最終話★ 地球のご当地ヒーロー
虚幌須市は、双成町中央。
トリニティたちを中に迎え入れた「ビッグモス」が、クリスマスイブのイルミネーションを彷彿とさせる神秘的な輝きを放ち始める!
もし「ビッグモス」自体が発光しているならば、目をくらますほどの輝きに巨人のシルエットすらも隠れてしまうはずだ。
だが、たった今起こったそれは巨人の内側から漏れ出したもの。
「ビッグモス」の体組織表面にヒビ割れた模様が入りつつ、外へ向く光は強さを増していく。
ブチッ! ブチブチブチブチ――ッッ!
そのとき、「ビッグモス」に異変が起こる!
体組織が波打ち、またさらに繊維断裂音を響かせながら膨張する。
元はエイリアンの巨人とでも言うべき骨格であったものが、じょじょに――人間に近しいもの――まるで「中に人が入っている」ような姿に変形していくのだ!
やがて、胴と四肢が完全に地球人のシルエットとなる。
「ん――ッ! ん――ッ!」
最後に残ったマジモス由来のハエフェイス下から、苦悶の声が上がる。
声の主は我慢ならずに頭のマジモスに手をかけるなり、両腕で上へと!
がばッ! 脱ぎ去った!
下からあらわれたのは、『商店戦士トリニティ』の鶏マスク。
白い塗料が鏡のように、月光を反射する。
トリニティの顔。
一体何が起こっているのか?
何をするのか?
巨人の行動を、町民も現場中継を観る人々も、戦うべき相手である「テュポーン」すらも、固唾を飲んで見守っている。
――ついに、よく知った声が発せられる。
「変身ッ!」
巨人はビッグなマジモスを頭にかぶる!
マジモスが変形し、グロテスクな紅玉の瞳・鋭い触角・鬣のごとき剛毛をかたどる。
すでに全身肉色の肩と腰には、真っ赤な手足の意匠が絡みつき、腹部のカサブタから蠢く触手が伸び、円環の模様を形作った。
その装いはまさに戦闘特化の触手スーツだ。
「――俺の名はッ」
言おうとするも、巨人の声はそこで途切れる。
考え足らずと勇み足が重なり、特段そこで名乗るべき名前もないままにノリと勢いで語り出してしまっていた。
数秒間の、重苦しい沈黙が流れる。
巨人は、ヒントはないものかと俯瞰した先に、とある駅舎のよく目立つオレンジの文字を発見する。
(清栗駅……栗……マロン……そうか!)
「俺の名は『キャンティマロン』、地球を守るヒーローだッッ!」
戦士の雄叫び!
「キャンティマロン」、その名は誇り高き戦士たるオスのみが名乗れる名だ!
明確な脅威を前に、生存本能か敵意かも知れない衝動から「テュポーン」は青白い光線を吐き出す。
爛れた闇たる口と胴の穴のほかに、首から肩にかけてのラインに1メートル径の穴が無数に開き、それらからも一斉掃射する。
光線は日輪のごとき網羅性をもちながら、地上を焼き払う――、
かに思われた!
「キャンティマロン」は肩から脇から触腕を伸ばし、触腕は追尾性を発揮して「テュポーン」の光線にぶち当たる。
そのことごとくを防ぎ切った。
焼かれた触腕が香ばしい煙を立てて炭焼きとなり、夕飯どきの町中に降り注ぐ。
「――ペルウィア?」
冬の蒼穹にぽつんと立つビッグな「キャンティマロン」の耳元へ、埃らしきものが取りつく。
埃にしては人型をして、白と梅鼠の色合いが気になる……間もなくそれがペルウィアと気づく。
「人間……頼みごとをされてほしいノ。恐らくセーメンティスの力をいっきに使った影響だと思うケド、どうやらテュポーン、マジカルパウアーが使えないみたい」
「使えない? 今の、ビームみたいなのは普通の攻撃だっつうことか?」
「そうネ。相当、からだの外も中もグチャグチャになって……もう後継生物どころか、生き物と呼んでいいかすらもわからない。だから、『必ず殺して』ほしい。それが救うことになるんだヨ」
飄然としたキャラを演じてきたペルウィアすらも同情を向ける。
「テュポーン」の人間様をした上半身は、天をも食らわんと巨大化を続け、触手が黒い塊をなした下半身も勢力範囲を広げている。
もはや天衝椿地区に留まらず、かの魔手は清栗駅、商店街にも触れんばかりの状況だ。
「……わかった。納得いかねえが……お前を信じる。その代わり、俺からも頼みごとをしたい。ペルウィアッ!」
オオン……地殻変動かと錯覚する地鳴りを起こして「キャンティマロン」が前進する。
「テュポーン」は来るな、と言っているのだろう立て続けに光線を照射するが、すべてを肉が無にかえす。
「キャンティマロン」が両腕を伸ばす!
正面、昏き黒の、かろうじて生き物をかたどっている腕部分を拘束した。
駄々っ子のように暴れる「テュポーン」。
しかし、腕に触手に殴られ、怯まされようとも、肉色の巨人「キャンティマロン」は掴みかかり、「テュポーン」を押さえつける。
「キャンティマロン」は天地に叫ぶッ!
「ペルウィア! コイツを連れて行く! 頼む、お前の力を貸してくれッッ!」
真っ赤な肉に覆われたヒーローのからだからペルウィアへ、何かが発射される!
ペルウィアは「穴」を使い、物体を手元に引き寄せる。
トリニティの私用スマホだった。
ある画面を映し出している。
「この場所――フフ、道連れにでもするのかと思ったケド。まだ、戦うのネ。いいワ!」
ダウナーな表情を一転、戦士の相に変えるとペルウィアは光となる。
マジカルパウアーの最大出力だ!
巨人たちの後方に、町一帯を呑み込むほどの「穴」があらわれる!
「あとは任せたヨ、人間!」
「ああッ!」
返事を合図に、「キャンティマロン」は渾身の水平蹴りを繰り出しッ、「テュポーン」の全身をおおきく後方へと傾けてみせる。
「いい場所知ってんだッ、連れてってやるよオラぁ!」
「キャンティマロン」は飛びかかる!
2体の、目にうるさい色をした巨人たちは、そうして一緒になって「穴」の中へと転がっていった。
◆
膨張する闇、「テュポーン」の巨体が天から降って来る!
「穴」の入口は横向きに、出口は縦向きに開いていた。
巨体が落ちた衝撃によって一面の水はざあああんッと轟きめくれ上がり、「テュポーン」に打ちつける。
「キャンティマロン」も追って「穴」から落下する。
「穴」内部のほんのわずかな時間で、「テュポーン」へ追い打ちを見舞ったのだろう。
降り立つと、足元の水が荒れ狂う。
場所は大いなる水の原。
津羅海。
虚幌須市北部に広がる雄大な内湾だ。
水面は空をも飲み込み、果てしない濃紺を映す。
「キャンティマロン」は正面に、「テュポーン」――生き物の成り損ないの姿をとらえる。
「グオオオぅ!」
「テュポーン」は威嚇と絶叫し、攻撃を繰り出す。
「キャンティマロン」は避けない。
すべて攻撃を自身のからだで受け止め、前進しながら反撃をする。
巨躯の全長はやや「テュポーン」の方が勝るが、闘争心のかけらもない様から「キャンティマロン」には敵わない。
「……ィ、タイヨ、ママ……イタイヨ、ママ!」
いきなり、判然と聞こえてきた。
「キャンティマロン」は耳を疑った。
しかし……「テュポーン」の出生を思い返せば、この悲劇的な子どもらしき鳴き声には妥当性がある。
「お前は何も、悪くないのにな。ごめんな。だからッ、俺がお前の命ぜんぶ、背負ってやる!」
それは意味上において、すべての後継生物に向けた「キャンティマロン」の誠意でもあった。
罪なき命に、罰を与える。
まったく人間の傲慢だろう。
誰しもが生まれたくて、その場所に、その親のもとに産まれたわけではない。
「敵」になりたかったわけではない。
だからこそ、何かを守る者は、また同時に何かを排する者であるべきだ!
それが、悲しくもヒーローなのだ。
「キャンティマロン」は――トリニティは――珠辻 園治は、理解していた。
(お前とだって、『家族』になってやりたかった! けど、もう間に合わねえ。だからそのぶんッ……俺がお前にとって一番の『敵』になってやる!)
「キャンティマロン」は攻撃の手をゆるめることなく、「テュポーン」に立ち向かう。
「トリニティいぃぃーッ!」
男の野太い大声が、人混み……なんてない、海上に響きわたる。
「キャンティマロン」は振り返る!
ペルウィアが開けた「穴」はそのままになり、純白の出口から一方的に双成町の音がもれ聞こえてくる。
はじめはただの騒音だった。
しだいに音は、はっきり彼を鼓舞する数多くの声援へと変わっていった。
「がんばえー、トリニティー!」
「トリニテーッ! 負けるんじゃねえぞー!」
「園治くーん!」
(誰も『キャンティマロン』って呼んでくれねえな……けど、まあいいか!)
声たちは呼ぶ。
何度も何度も。
遠くても、どこかでヒーローが戦っていると信じて。
「アルウゥス、セーメンティス……準備はいいか?」
彼は『トリニティ』として問いかける。
闘志の奥で、一体となった2人の戦士が、彼にうなずき返す。
「「「いくぞ!」」」
力みなぎる合図!
「テュポーン」へのさらなる猛攻に出る。
「キャンティマロン」のそれは相手を痛めつける暴力にあらず、相手の敵意をくじく体術だ。
「テュポーン」は大きく体勢を崩した。
「イタイッ! ヤダ、ママ……ヤダ! イタイヨォ!」
だが、足りない。
「テュポーン」を構成する細胞は、生き物としての尊厳をうしなった代わりに、個として生きるための強大な生命力をもたらしていた。
苦痛を嘆き、しきりに抵抗する彼だが――どうしてだろう、「ヤメテ」だとか「コロシテ」だとか、救いを求める言葉を発しないのだ。
そんなことを思いつきもしないというように。
「キャンティマロン」はついに胸が苦しくなり、攻撃の手を制止した。
「ッ……くそ、俺はどうしたらッ」
『園治、あきらめないで! あの技なら! もう、終わりにできる!』
――からだの内側で、アルウゥスが示してくれる。
アルウゥスも苦しい。セーメンティスも当然だ。
心が通っているからわかる。
そして今、彼らにはあって、『トリニティ』にないものが、はっきり1つだけあることも、わかっている。
「……あとは勇気を出すだけだ。ケリをつける、ってな!」
覚悟を決めるのに、10秒を要した。
たったそれだけで、生まれ変わったような気分になる。
「キャンティマロン」は上方、雲をもつらぬき成層圏付近まで飛び上がる!
はるかな先に漆黒の特異点を捕捉し、足を突き出す。
足は、炎の渦と白煙をまつわらせながら、一直線に!
落ちていく!
「叫べッ!」
その魂で!
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
必殺・厘月隕石ストライぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃクぅッッ!!
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
文字通り、必殺の一撃。
命を奪うための技。
けれど、確かに誰かを守り切るための力だ。
「――お母さん! あれッ隕石だよ!」
虚幌須市のどこか。
人々の熱狂を遠方から眺ながめていた親子。
小さな男の子は頭の上を指さしながらうったえる。
母親も息子のそれにしたがい、空を仰ぐ。
雲ひとつない星の海の夜空に、強い光が流れていた。
またたく星とまったく別の、激しく点滅する光だ。
燃えているようにも見えた。
母親はまた、息子に向かって、ゆっくりほころぶように笑みを浮かべる。
「違うわよ? あれはね……」
◆
ドガビシャア!
けたたましい破裂音が、膨張する闇、「テュポーン」の巨体から放たれる。
「キャンティマロン」の蹴りに心臓をうち抜かれた怪物は、侵攻を止め、みるみる瓦解していく。
ただし、それは最期どうしようもなく生き物だった。
真っ赤な鮮血が、よくわからない体液が、海に溶けた。




