第48話★ 力をかき集めて
後継生物の創造主――マ・ラの策謀によって、セーメンティスはマジカルパウアーの制御をうしない、暴走状態となる。
夜の街をいっせいに照らすほど強大なピンクの光は、やがてトリニティの腹の中で、誰にも知られず胎動していた「界物種」マジカルパウアーをもつ仔を、体外へと引きずり出す。
しかし、仔は、人間はおろか生き物なのかも判別困難な漆黒の異形という姿をしていたのだ。
◆
そのように、トリニティが腹を痛めて……否、突き破って。
マ・ラと誰の仔なのかも知れない後継生物を、まさに出産している時刻。
厘月町でのアルバイトを終えて、アルウゥスは清栗駅まで帰ってきた。
トリニティの思いつめた留守番電話のメッセージを聞いたからだろう。
真っ赤なあどけない顔には不安の色が上塗りされ、悲愴な人物画のごとくなっている。
「にーちゃん! さっき(第二みもみじ)商店街の方にトリニティが走ってったよ!」
「マジで? あー、お前にスマホ渡しとけばよかったあ……」
「……商店街に?」
図らずも駅構内で耳にした情報。
トリニティは何を思ってか「誰と」「なぜ」「戦闘になる可能性があるのか」をアルウゥスに伝えておらず、現時点では彼が事の顛末を知るすべはなかった。
(とりあえず、先に園治から送られた場所に行って……もしいなければ)
と、思案しつつ駅の南口から屋外へ出たアルウゥスは――ついにそれを目の当たりにする。
「な、に、あの黒いの……」
アルウゥスの真っ赤な肌が紫色になるほど、血の気が引く。
視線を無理やり上方へ移される。
彼だけではない。
駅、路上、学校……双成町のどこにいる人間であっても、闇の権化とでも言うべき巨大な存在を前に、人間としての思考力を引き剥がされてしまった。
「マジモスッ! 行かなきゃ、園治が危ないッ!」
アルウゥスはひっしの形相で叫び、巨大バエのマジモスと合体。
超人的速度で現場へ向かう。
だが、結果はとうに知れている。
アルウゥスは前後ともに、闇に覆われた。
前方――地面には腹が空になり、血の海に仰向きで倒れるトリニティ。
息があるかは、目視には定かでないが絶望的だ。
彼のかたわらでは、セーメンティスが意気消沈し、すすり泣く。
また、うわ言のように「ナオセナイ……」とつぶやいてもいる。
後方――辺園生川水系の小川に渡した橋の上、闇たる巨大生物が現在進行形で触手を伸ばす。
上部には人間の頭と胴、腕が生え、ぐんぐん高さを増している。
全長はすでに双成町のすべての建物高を超えた。
ビル景のひっそりした陰をくまなく見ると、黄緑色の巨大カエルのマ・ラが身を潜める姿があった。
闇の侵攻をどうすることもできず、吾関せずと見守るばかりだ。
さらに闇たる巨大生物は、口と胴から計2本の青白い光線を放つ。
標的となった双成町北東部と北部辺園生川近傍は――大爆発ッッ!
爆風が吹き荒れ、アルウゥスは地面に打ちつけられる。
繰り返す。
アルウゥスは前後ともに闇に覆われた。
「……ぁ、る、す」
ハエの羽音にも満たない小さな物音。
だが瞬時にアルウゥスはそれがトリニティの声であると理解する。
身勝手にも終わらせようとした世界を、トリニティに駆け寄ることで再び揺り動かす。
「園治! 園治いッ! お願いッ死なないで!」
アルウゥスが血の海に浸かり、からだを抱き上げてもトリニティは静かだ。
アルウゥスは奥歯に苦味を覚え、とっさに噛みつぶす。
あまりの強さに歯茎が切れ、にじんだ血の味で口の中がいっぱいになる。
意を決して、臆病な手つきで、トリニティから『トリニティ』たる証の鶏マスクを外した。
すると、その場にはただ死にかけの不細工な青年がいるばかりとなる。
青年の、白濁した肌色を見たアルウゥスは、安否確認をするつもりだった自身の浅はかさを恨み……。
凄惨な光景の前に、セーメンティスと同じようにただ無力な深い嗚咽をもらしてしまう。
◆
アルウゥスたちの関係ない場所――一応、双成町内ではあるが。
東方、川向こうの平野に「穴」がぽっかりと開いた。
それは夜の中であるなどお構いなしに、勢力を広める無垢な闇たる巨大生物と、対をなす、純白の「穴」だ。
しかも空中に、その巨大生物全体をも超える大きさであらわれる。
「――まったく。おいたが過ぎたようネ、マ・ラ?」
婉曲な表現をしている暇はない。
「穴」から顔を出したのはペルウィアだ。
あいかわらず、季節感の薄いパーカーに、ツッカケを履いた子どもくさい軽装をしている。
顔には性根に染みついた余裕っぽい笑みを浮かべるが、闇たる巨大生物に相対すると、わずかに動揺を見せた。
「これは……さながら、神をも殺す『テュポーン』、といったところかナ」
言葉は虚勢か、真性の能天気か知れないが。
ペルウィア自身もビッグサイズの何かを引き連れて、その上部に座っている。
ずばり、肉色の塔だった。
いかなる肉色か。
それはアルウゥスのものだ。
かつて、「舟」内部でセーメンティスがマジカル症を発症し、アルウゥスの飛ばした細胞から作り出した醜悪なオブジェクト。
――直後、これらをぼうっと眺めるしかできなかったアルウゥスの元に、ペルウィアから電話がかかってきた。
『あー、アルウゥス? 加勢しに来たヨ。そっちはどんな感じかナ?』
「ペルウィア……そ、その、ぇぐ、園治が……」
『なんとなく察したワ。セーメンティスがトリニティの体内で育てていた「界物種」を、マ・ラが何かしらで無理やり引っ張り出したのネ』
異様なほど状況把握が早いペルウィアだが、彼をもってしても事態は一刻を争うものだ。
スマホのスピーカーから、どちらのものか判別困難な浅い呼吸が鳴っている。
あるいは両者のものか。
突き刺す沈黙の時間をへて、ペルウィアが早口にアルウゥスへとある提案を話す。
『――ひとまず、君はマジモスを使って「界物種」を抑えててほしい。その間にワタシが、人間とセーメンティスを「舟」に避難させるヨ。つらいのはわかるケド、今は指示通りに動いて!』
「……わかった。マジモス、お願い」
アルウゥスの指示を受け、マジモスはびゅんッと飛翔する。
途中で、目の前に「穴」の入口が出現すると、速度を速めて突入する。
マジモスが入った「穴」の出口は、肉色の塔の頂点に位置していた。
雲がいっきに近づく。
マジモスは静寂の中で激しいピンクに輝き、マジカルパウアー「細胞を生み出す力」を行使する。
無から有と、アルウゥスの体組織が無数に宙で咲き乱れ、肉の塔と癒合していく!
少しの時間を要した。
肉の塔は巨人の脊柱となり、マジモスが作り出した体組織はその他の骨と筋肉を構成する。
その合わせ技が、筋繊維むき出しの、山をも見越す巨人を誕生させたッ!
頭部には雪だるま式にサイズを増したマジモスが据えられる。
「こっちは、デッカいマジモス……『ビッグモス』だネ。ンフフ」
何事かをつぶやいて1人笑いするペルウィア。
「穴」を作り、地上へと向かう。
「ビッグモス」VS「テュポーン」!
出会いから、たがいの自己紹介もなしに始まる理不尽な戦い!
「ビッグモス」はにじり寄り、「テュポーン」の醜く昏い人間めいた上半身を掴む。
「テュポーン」は再度光線を吐き、「ビッグモス」の脇腹を消失させるが、すぐにも新たな体組織が空白を肉で覆った。
「ビッグモス」は何度光線に貫かれても、果敢に実力未知数の相手へと挑みかかっていく。
◆
「……ま、て、アルウゥス」
バキバキ通りと川辺の狭間、血だまりでゆっくり立ち上がるアルウゥス。
それをすぐに制止したのは、立ち上がることもできない不細工な顔をした青年が、命を振りしぼり、発した声だった。
「大丈夫だよ、園治。ペルウィアが迎えに来てくれるから。今は休んでて?」
「俺も……俺、も、戦うぞ。アルウ、ゥス……」
「園治ッもうしゃべっちゃダメ! 本当に死んじゃうッ」
一度背を向けたアルウゥスだったが、我慢ならずに青年へ駆け寄っていく。
彼の目は閉じかかっているが、元が三白眼のため血の通った黒目のほとんどは、外界を見据えている。
「『俺たち』でヒーロー、だろ?」
「――ッ!」
言葉は――そのありふれたフレーズだけで、アルウゥスの心に立ち込めていた暗雲をまるごと消し去ってしまった。
アルウゥスは決意する。
後悔することになるかもしれない、それでも、この絶体絶命の危機をトリニティと戦い抜くこと。
彼のヒーローとしての強さを、誰よりも信じること。
「園治……やろう。『ボクたち』で!」
アルウゥスは戦士らしい勇ましさと、守護者らしいやさしさの笑顔をつくった。
『商店戦士トリニティ』の象徴的な鶏マスクから血のりを拭いさり、自身がかたくなに「園治」と呼ぶ1人の青年にかぶせる。
面長、わし鼻に三白眼。そのような顔がふさわしくないからとマスクしたわけではない。
「……うん、ぴったり。やっぱり、園治は『トリニティ』なんだね」
「あたり、前だろ!」
もう瀕死の弱った青年の姿はどこにもいなくなる。
「トリニティ」という力を、青年が手にしたから。
トリニティは、下腹部が泥のように血と肉と体液でぐちゃぐちゃになっても、ピカピカの鶏マスクを誇らしげに世界へ見せつけている。
アルウゥスはトリニティを肩に担ぎ、2人で、戦闘が起こっている方角を見上げる。
マジモス操る「ビッグモス」は、「テュポーン」へ回し蹴りをみまいビッグな隙を作る。
「ビッグモス」は、アルウゥスと一切の連絡もなしに2人がいる方へ腕を伸ばす。
それがたった今向かうべき道だ。
2人は迷いを棄て、毅然とした格好で歩み寄る。
「アルウゥス。……これ、使って」
そのとき、憔悴したセーメンティスが、アルウゥスの空いた手に手を割り込ませた。
アルウゥスは何かモノを握らされる。
ミセ・ヤリに汚されずに済んだ、右片方の白いオタマジャクシの髪飾り。
恐らく、内部にはまだ新鮮な伝達物質が充填されているのだろう。
セーメンティスの顔を、アルウゥスは?を浮かべて見つめる。
「……トリニティが、教えてくれた。アルウゥスの『仲間』と、セーの『家族』、同じだ、って。アルウゥスは……セーの、家族。セーは、アルウゥスの、仲間。力になりたい」
「――うん。ありがとう、セーメンティス」
アルウゥスはセーメンティスから、オタマジャクシの髪飾りを受け取る。
と、同時に、その手を掴まえた。
瞬間、2人は同時に「舟」で別れた日を回顧する。
暴走したセーメンティスを、当時のアルウゥスは突き放した。
互いにそうだと認識していた。
けれど、違う。わかる。
それは、「傷つけた者」と「救えなかった者」の間にある、互いへの罪悪感が原因だった。
それは、愛情の裏返しだった。
アルウゥスはトリニティと、セーメンティスも連れて「ビッグモス」に持ち上げられる。
3人を、絢爛な宝珠めく肉片が取り囲み、「ビッグモス」の中へといざなう。
「みんなでヒーローになろう」
◆
「フッ、フッ! さすがにここまで来れば、身の安全は問題ないか?」
マ・ラに任された大仕事を終え、無我夢中で疾走するのは巨大ウマのミセ・ヤリだった。
緑色の筋骨隆々とした首を激しく上下に振って走る。
逃げるように……否、逃げるために。
北上し、自身の愛着ある厘月町方面へと向かっている。
「――それはどうかナ?」
ストン。
空から、ミセ・ヤリの3メートルを超える馬体目がけ、ペルウィアが垂直に降って来た。
それが自然の成り行きといわんばかりに、一瞬の出来事だ。
「んなあ? おまッ、ペッ!」
「ンフフ、言うこと聞かないと、首はね飛ばすからネ?」
ペルウィアは容赦ない強迫を口にする。
梅鼠色のからだをピンクに発光させると、前方20メートル付近にどす黒い「穴」があらわれる。
「穴」はちょうどミセ・ヤリのウマ面がぶち当たる場所に位置している。
このままペルウィアを無視して走り続ければ、どうなるだろう?
「ヒヒイィィァ……」
絶望一色の想像を浮かべながら、ミセ・ヤリは悲痛ないななきを上げる。
狙い定めた相手を、簡単に生か死の分水嶺に追い込むペルウィア。
彼の要求とはその実、単純過ぎるものだった――。




