エピローグ 血と肉と愛をまとう、戦士たれ!
眠りの中で見る荒唐無稽な夢のほうが、理不尽な現実よりもずっと心地よいと感じるときがある。
着ている服やシーツに擦れるときの不快感のほうが、人間で擦れ合うよりもずっと気楽だと思う。
底冷えしていても、誰かから冷ややかに笑われるよりもずっとマシだ。
……そうだとしても、目を覚まさなければいけない。
現実こそ、自分がいちばん輝ける場所なのだから。
青年は覚醒する。
朝日が目を突くような、日当たりのよい窓際に、ゆっくりと。
自身を包み込んだ純な白色のベッドが確認できる。
ただ、目の前は通常の楕円形ではなく、爪楊枝でいくつも穴を開けたという状態。
――使い慣れた視界。
そう気づいた青年に、顔の上のかぶりものは、自身が『商店戦士トリニティ』だとあらためて自覚させる。
「ここ、びょう、いんか……?」
トリニティはか細い声を発する。
喉の渇きのせいでうまくしゃべることができない。
声はどこの誰に向かってのものでもなかったが、2つ――ベッドの中から人影が浮かび上がる。
「えんじ? ……園治ぃ!」
トリニティの声に反応したのか。
次に人影は大声で叫び、いきなり彼へ飛びかかってきた。
人影は、真っ赤な子どもと茶色っぽい子ども。
もちろんそのような特徴が人間の一類にあるはずもない。
ヒト型の地球外生命体。
どのような因果があって地球にたどり着いたのか知れないが、その2人を知る者は「アルウゥス」、「セーメンティス」とそれぞれを呼称した。
「ああ……よかった。全部、終わったんだな」
トリニティは遠いむかしを懐かしむように言う。
もっとも、本質的な意味上において、その言葉ははっきりと間違っている。
◆
日本は某県、虚幌須市。
その形は「地図上に浮かぶグラマラスな妊婦」に喩えられる。
トリニティが入院しているのは、妊婦の腹部にあたる厘月町の南、市立中央病院だ。
地方といえども1日に数百人が訪れる、現代文明のホットスポットに相違ない。
ただし、今は――町中で、暗黒の巨大生物が暴れ回った後だ。
病院はどこもかしこも大いそがしの喧騒を呈し、変態の集いなどという些末事には構っていられなかった。
というより、できれば関わりたくなかった。
そうだとわかりきって、アルウゥスがひとつの説明をする。
「あの日、『界物種』を斃してから、ボクたちは園治をすぐにテラ・ケルの『舟』に運んだんだ。それから……3日間。園治の細胞で、セーメンティスがなくなった臓器を作って、お腹の中に移植したの。病院にはその後連れてきて……」
トリニティはそれを聞いて、すなおに自身にかかったシーツをめくり、上着のすそをまくってみる。
異常だが健常な異なる肉色のカサブタが腹にあるだけで、大きな傷のひとつとして見当たらない。
少しめまいがした。
トリニティはどんな言葉をかけるのが適当か、少し考えて、「ありがとな。世話をかけた」と言った。
2人の説明はトリニティだけでなく、病室にいる他の患者にも聞こえてしまったが、どうせ何を話しているかわからないだろう。
わかったところで、もう過ぎた話だ。
それに、これからさらに意味不明だろう話が聞こえてくることになる。
「とりあえず……終わったことを訊いてもしかたない。けど、俺にはお前の真意を知ってこれからのことを考える責任がある。なあ、セーメンティス?」
トリニティが遠回しな言葉選びをしたのは、きっと仕返しだった。
それだけでセーメンティスは表情をくもらせ、目を伏せる。
だが、あどけない小さな口は態度に反して、真摯に言葉をつむごうとして開いた。
「……ごめん、なさい」
「謝るのはあとだ。まずは教えてくれ、お前が何をしたかったのか。……なんで謝らないといけないか、お前がちゃんとわかってないと意味がないからな」
たしなめる口調のトリニティは、明るい窓の外にぼうっと目を遣る。
晴天下。
ひしゃげた高層ビル。
平らにならされた住宅地。
焼けただれた公園の遊具。
町中の水路も、津羅海から流れ出た血液めいた赤黒い液体と混ざって、汚らしい。
町を歩く人も、車に乗った人も、ほとんどが景色から目を背けていた。
セーメンティスは下唇を噛む。
トリニティの鶏マスクをまっすぐ見すえると、それを解いた。
「セーは、トリニティに仔ども、産ませたかった。『界物種』(マジカルパウアー)、持った仔ども」
「そりゃ……ハハッ。悪ぃ、バカみてえな話なのに、あんま違和感かんじてない自分に笑っちまった。あれか、俺の腹にあるアルウゥスの細胞で、勝手に子宮でも作ってたとか?」
「そう、最初、セーの手とったとき」
「マジで?」
トリニティが驚いたようすで確認しても、首謀者は真面目なのかお澄ましなのか顔色ひとつ変えずに首肯する。
トリニティは当該の記憶をさぐってみる。
セーメンティスが示したのは、昨年10月下旬、清栗駅に出没した巨大クジャクと交戦した際のことだ。
(確かに……セーメンティスが力を使った後、腹が刺されたみたいに痛かった。そのときに?)
「セーは、まだオスだから。子宮使えない。使えたと、しても、マジカルパウアー使えなくなる、かも。困る……だから、トリニティにした」
「あのさ! ボクたちはずっと……その、マ・ラが、『界物種』マジカルパウアーを手に入れたくてセーメンティスの力を利用してたと思ってて。違う、の?」
「違う。セーが、考えた。全部、セーのため」
アルウゥスがおずおず差し出した疑問を、セーメンティスは強い口調でもって正面粉砕する。
「セーが、マ・ラに頼んだ、セーの頼みはマ・ラの頼みってことにする(と)。マ・ラが考えたこと、後継生物みんな手伝う。トリニティ、セー疑わない。うまくいって『界物種』産まれたら、マ・ラも嬉しい。天才のひらめき!」
ところが、現実はセーメンティスの目論見通りにならなかった。
その場にいる誰が訊かずとも、セーメンティスは自身に向けられる疑念に答えを明示した。
「……でも、マ・ラ、裏切った。セーの力、強すぎる、やりすぎると生き物こわれる。マジカルパウアーだけじゃない、全部、おかしくなる。のに……マ・ラ、知ってた。なのに。セーは、わからない」
(セーメンティスの言うことが本当だとして。マ・ラの目的はなんだ? 人間を自分のものに、みてえなこと言ってたが、結局『界物種』を制御できてなかったじゃねえか。しかも暴走させるなんてやり方……セーメンティスの信用が無くなるだけだろ。やっぱ他に事情が……?)
思い悩むセーメンティスにつられ、トリニティも疑いの牢獄にとらわれそうになる。
それでは話が進まないと、察したアルウゥスから問いかけがなされる。
「そもそも……なんでセーメンティスは、『界物種』(マジカルパウアー)なんかを、生み出そうとしたの……?」
「……わからない」
「おいッ、マ・ラの件はともかく、お前の目的がわからないなんてそんなことッ」
至極真っ当なツッコミを入れるトリニティ。
同時に、彼の精神はすぐにも、脳のニューロンを媒介し、どうにか納得のいく答えを自分勝手につくり出そうとしていた。
それはセーメンティスという、1人の子どもの見ている世界を知っているから。
「遺伝子ではない、自身が操れないものはいらない」と考える彼のことだ。
「界物種」を作るという目的が、マジカルパウアーを使って1人実験をするうちに、標的物を作ることができるという事実の前になかったことになってしまったのだろう。
だから代わりに、自身で自身を説得する言いわけを考えるほうが適当だと、このときトリニティの経験則が判断を下していた。
しかし――、
「わからない。でも、むかしのセーは……認めて、ほしかった、のかも? ママ――違う。メルケース博士は、(アルウゥスたちの人類種が)オスからメスになる、無くしたかった。『生き物として欠陥』、だからって。無くせる後継生物、自分で産みたかった。でも、セー産まれた」
「あの人、そんなこと考えて……いや、でもセーメンティスならッ」
「できない。セーは、1体ずつしか、力使えない。種は、まるごと変える、できない。存在しない遺伝子入れる、のも、できない。……セーは、メルケース博士の願い、かなえられなかった。だから、『界物種』使うの、思いついた。それで願い、かなえたかった」
セーメンティスは語った。
自身の言葉で、自身の気持ちを。
ただし念押しとばかりに「――そう思う。でも、わからない」と、きっぱり言った。
トリニティは放心状態となり、今しがた聞いた内容を精査する気すら起こらなくなる。
アルウゥスも似たような感情を覚えているらしい顔つきになっている。
「思う、か。なんつうか、もう、それだけでいい。要するに気持ちは変わったってことだろ? そうやって反省できてるんなら、後はどうとでもなるさ」
「……そうだね。やっと、セーメンティスの考えてること、わかった気がする。――でもッ、やっぱり今まで聞いてても、納得いかないよ。(第二みもみじ)商店街でボクと会うまで、園治が後継生物を殺すのを手伝ってたんでしょ……? セーメンティスが『界物種』の実験のためにやってたことは、まだわかるよ。でも……なんで『トリニティ』にそんなことッ」
「ん? なぜアルウゥスは、殺した、知ってる? HCC、探知しないはず」
「ペルウィアに聞いたよ。それから町の人にも……園治と戦ったとき、やっぱりそうなんだって確信した。あと、『探知しないはず』って、どういうこと……」
取り乱すアルウゥス。
セーメンティスに会ったら、すぐにも間近で問いただしてやるつもりだったのだ。
そのような静かだが揺るぎない憤りの感情を受けて、セーメンティスは怯みつつも答える。
「殺したのは、仔ども、早く大きくするため。トリニティに、力使う必要あった、でも、やりすぎる、『テュポーン』みたいになる。……それで、『界物種』作るとき失敗したもの、使った。トリニティ戦う、セーが力使うなら、ちょうどいい」
言葉を受け、トリニティとアルウゥスの脳裡に示し合わせたように、とある映像がフラッシュバックする。
マ・ラの棲処だという情報をたよりに訪れた場所の1つ「鈴ノ口鍾乳洞」、その奥――ペルウィアの「穴」がなければ地上から行けなかった――で見つけた、生き物の骨の山だ。
(もしかするとマ・ラが棲処を変えた後、セーメンティスはあの場所を『界物種』の実験に使っていたのか……)
しかし、今のアルウゥスにとって重要な事柄は他にある。
「そっか。つまり、子宮にいる仔どもを少しずつ成長させるために、戦闘にかこつけて園治にマジカルパウアーを使いたかったってこと? そのために、戦う力もない仔たちを犠牲にしてたの?」
「……そう。だから、『仲間』は殺してない。安心して?」
「違うよッ……セーメンティス。傷つけていい命なんてないんだよ! どんな理由があったって。だから、園治もボクも戦ったり守ったりするんだ。君は誰よりも生き物の形を知ってると思う……その大事さを、知ってほしい。園治だって、そう思ってるよ」
アルウゥスがうながす。
トリニティはそばに座る、赤褐色の子どもの髪を手で撫でつける。
「んなの、知ってるよな? 俺を助けてくれたとき、お前が感じてたことがそっくりそのまま答えだってさ。わからなくなったときは、それを思い出せばいい」
トリニティの手の自分勝手な強さに、セーメンティスは辟易するものと思ったが。
どうして懐っこい猫のように、彼の手に頭をこすりつけてくる。
「……わかった。セーは、命、大事にする。アルウゥス……ごめんなさい」
「うん。命は大事に、約束だよ。自分のものも、ね」
アルウゥスは言うと、対面するセーメンティスの手をぎゅっと握る。
自身の中に滞留していたモヤを、やっと晴らせたという安心感を、表情にやわらかく広げながら。
◆
「はあああぁ……ちょっと話し過ぎたな。病み上がりには堪える」
「あはは。ごめんね、てんこもりで。園治が休んでるあいだ、みんなそれどころじゃなかったから……」
「てんこもり、ねえ。俺からしたら、そりゃこれからだ」
自身が入院患者であることを忘れかけていたトリニティは、体力の少し衰えたからだをベッドに芯まであずける。
疲れがいっきに波と流れ込んできた。
多くの懸念をともなって。
行方不明となったマ・ラの捜索。
残党後継生物の捕獲。
保護犬の里親探し。
不法投棄ゴミの処理と注意喚起。
列挙すると、やはりトリニティがみずから問題を殖やしているようにすら見えてしまう。
だが、けっして違う。
これらはトリニティが後継生物との戦いの日々を通じて、明らかにした「虚幌須市の問題」なのだ。
(地球のヒーロー、なんて言っちまったけど……ハハ、まだまだそれどころじゃねえな)
自虐的に笑いながらも、不安がつのるばかりのトリニティ。
彼の心境を察してかどうか、当事者である後継生物の可愛らしいオスたちも同情するように笑みを浮かべる。
ふと、時刻を確認しようとトリニティがスマホを探し始める。
彼は窓辺でややホコリをかぶっていたスマホを手に取り、中身を確認する。
すると、メッセージアプリから大量の通知が届いていた。
直近の送り主の名は「羊備洲 くくる」と表示されており、
『おはようございます! もうお体はよくなりましたか?』
『前に言ってたネット新聞、やっと明日トリニティさんのインタビュー記事が載ります!(ノ*>∀<)ノイエーイ♪』
『きっとすごい話題になりますよ!』
『また会いたいです……』
そのような内容だ。
最後のメッセージの前に、何かひとつメッセージを削除したことが告知されている。
だが、トリニティの注目した点は別にあった!
「くくる……新聞、インタビュー記事……そうかッ、その手があった!」
うるさい声を上げ、ガッツポーズをとるトリニティ。
何がそんなに面白いのか。
わけもわかぬ2人は怪訝な顔を合わせ、やっぱり我慢できないといった風に噴き出して穏かに笑った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
冬の寒さがいっそう厳しくなる。
しかし、それは浪漫にあふれた春への助走だ。
虚幌須市は、双成町清栗。
とある高校の、新聞部の採光もの足りない薄暗い室内にこもり、羊備洲 くくるは熱心な作業へと打ち込んでいる。
子ども2人でも丸呑みしたのかと思うほど膨らんだ超乳を、PCとキーボードを打つ手との間にはさみ込み、背中を丸めた格好。
はた目には、超乳の下乳がタイピングしていると勘違いしてしまうだろう。
「できたッ!」
果実をしぼったように瑞々しいかけ声を発する。
くくるの前のPC画面には文書作成ソフトが立ち上がり、新聞部なのだから当然、新聞記事を作成している。
「トリニティインタビュー 改訂版」と、名のついた記事。
当事者たちの思いつきで、予定通り高校が運営するWEBサイト上に掲載されたはずの『商店戦士トリニティ』の記事は一度削除された。
たった今くくるの仕上げたものが、翌日、新顔ぶってサイトに載せられた。
場所は移り、清栗駅北口にほど近い小綺麗なアパート、その一室。
「何してるの、園治?」
部屋着のアルウゥスが気さくを装った声で、リビングにいる同居人の、鶏マスクの変態へ近づく。
テーブルの前についた彼はA3サイズの紙を広げ、その上で何かハサミを使った工作をしている。
見ると、紙は彼がこれまで使用してきた宣伝チラシだ。
そしてハサミで切っているのは、印刷したくくるの新聞記事の一部。
どんな内容だろう?
『正義の味方・キャンティマロンあらわる! 巨大生物見かけたときはすぐ通報』
それは真っ赤な皮ふのビッグなヒーローが写った1枚。
特撮顔負けのジャンプキックを海上にみまっている、スマホ特有の縦長サイズをしている。
『この子犬たちが家族を求めています。里親大募集中!』
それはトリニティが子犬を花束のように抱いたワンダフルな1枚。
画はなんとも作り物くさい。
『ゴミは自然にかえりません 人のゴミ、しまつも人の手で』
それは森林の中、不法投棄されたゴミの山を撮った1枚。
なぜか鶏マスクもその中に紛れ込んでいる。
小さいながらも目立つ赤い文字で、法規制においてゴミの不法投棄が違法であること、罰則の内容について記載がある。
「えっ! どうしたの。なんかごちゃごちゃしてるよ?」
アルウゥスの指摘を無視して、鶏マスクは切り出した記事を宣伝チラシの上にペタペタと貼り付けてしまう。
元あったオリジナルグッズの紹介や、制作ドラマのあらすじが記事によって隠された。
「ハハ! ごちゃごちゃしてるな。そんで、こいつ何やってるやつなんだろって気になって、『トリニティ』に興味もってくれたら……サイコーだろッ!」
彼はただ、自信満々と言う。
アルウゥスは気恥ずかしさと、少しの憧憬を覚えて、ぎこちなく口角を上げた。
「そうだね……」
そのとき――スマホから着信音が鳴りひびく!
これまで使用してきたのんきな着メロではない。
その用途のためだけの専用曲。
かつてどこかの少年があこがれた特撮ヒーロー、そのドラマ主題歌だ。
鶏マスクが電話に出る。
スピーカーからは切迫した声。
『助けて』としきりに訴えてくる。
その奥では、緊張した現場に場違いなマ・ラ語尾が聞こえた。
「ああ……で、場所は? 厘月町の、百貨店か。わかった。すぐに向かう」
電話相手を安心させる言葉もなく、電話を切った。
すると、アルウゥスが颯爽と玄関のほうに歩き出す。
真っ赤な髪を束ねる2つのオレンジの髪飾りが、大きく上下に揺れる。
けれども、後方から追いかける足音は聞こえてこない。
「どうかした?」
アルウゥスの問いかけに応じて、ふぅ……と大きなため息がひとつ。
先ほどは余裕の態度を演じていただけで、実際には大きな手が震えている。
「悪い。一発目だから、なんか緊張しちまって……」
「大丈夫だよ、ボクたちなら。さっ、行こう! 戦いに!」
素直でまっすぐないざないが、特効薬のようにすっと不安感をなくしてしまう。
「ああ……そうだな。いくぞ!」
後には炎と燃え盛る、闘争心だけが残る。
鶏マスクのそばを飛ぶ巨大バエの尻が、びゅんと視界から消えたかと思った瞬間――、
彼の力を、肉色が覆った。
そしてさらに「大いなる力」を、彼に授ける。
戦え!
「変身ッ! キャンティマロン!」
『性癖全開!キャンティマロン』 ひとまず完ッ!
新章 VS.セーメンティス
粧町 三美湖編
「むわぁっ♡香る漢と三美湖と」
鋭意制作中!
ご期待ください!




