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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第12話 『“忠告”』

 


 バットや鉄パイプなんかを振り回し、不良達が押し寄せる。

 真城はそれを迎え撃つ。


 人数は多い。

 が、“影”を使うまでも無いだろう。

 そもそも相手は一般人。

 今の真城なら、鍛えたフィジカルのみで十分だ。


 のらりくらり。

 極最小限の動きで不良の攻撃を躱しつつ、隙を見て一つ二つと、真城は拳を叩きこむ。

 それを何セットも繰り返す。

 不良からの攻撃は、一切合切受け付けない。


「なんだコイツッ!? 全ッ然ッ、当たらねぇ!!」


「かすりもしねぇ!!」


「捕まえるぞ!! まず押さえつけてから――、ごふッ!??」


 数分とかからずに、手前の不良二人をノックアウトして次に向かう。

 やはり、不良達の戦闘力は高くない。

 これならば、間違っても負けはしない。


 ……とは言え、やはり問題は人数だ。

 頭数が多すぎて、真城一人では流石に対処が間に合わない。


 真城達を囲う不良。

 その包囲網は、確実に狭くなっている。

 真城一人なら別にそれでも問題無いのだが……、今は白菊もいるのが問題だ。

 白菊へと群がろうとする不良達も、真城が同時に相手取り、何とか近づかせない様にしているが、……果たしていつまで持つのだろうか。


 もしも白菊が捕まれば、人質にされるのは必至だろう。

 怪我だってさせかねない。


 不良を蹴散らす程度、わけも無い。

 が、流石に何時までもこのままでは、白菊が邪魔になる。

 目先の不良達よりも、……まずは白菊をどうにかしなければ。


「行くぞ!!」


「え、ちょっと!?」


 真城は白菊の腕を掴み取り、白菊を連れて走り出す。

 力強く踏み込んで、包囲網の一点を一気に突き崩す。

 不良を一斉になぎ倒し、包囲網を突破する。


「よし、行け!! 逃げろ!!」


「ちょっと、正気!?」


 白菊の背を押して、安全地帯への逃亡を促すが、しかし白菊は動かない。

 振り向いて、真城へと目を向ける。


「真城くんはどうするの……?」


「俺だったら問題ない」


「問題ないって、でも、そんな……この人数なんだよ!?」


「あぁ、大丈夫」


 真城は言い聞かす様にそう告げる。

 しかし尚も白菊は動かない。

 真城を心配する様に、そっと真城の服を捕まえる。


「おい、早く――ッ」


 真城達を追って、不良達が迫り来る。

 真城は白菊の掴む手を振り払い、不良達へと向き直る。

 そして一気に駆け出して、不良達の足を押し止める。


「俺がこんな奴らに負ける訳がねぇだろ!!」


「で、でも」


 不良を一人、また一人とぶっ倒し、更に次と対峙する。

 が、このままでは止めきれない。

 時間をかければかける程、不良達がやって来る。


(ったく、埒が明かねぇ!!)


 このままではジリ貧だ。

 再び包囲網を作られるのは面倒だ。


「――だったら、先生でも呼んで来い!! それまで俺が押さえとく!!」


 必死に白菊へと訴える。


「――ッッ、早く!!」


「……う、うん。分かった」


 ようやく白菊が頷いた。

 やっと必死さが伝わった。

 或いは『助けを呼んで来い』と言い換えたのが良かったか?

 まぁそんな事はどうでもいい。


「すぐ呼んでくるから!! 待ってて!! 絶対だよ!!」


 そう言って白菊が駆けていくのを見て取って、今度こそ不良達へと目を向ける。

 もう白菊の方へは振り向かない。


 これで目の前の不良と戦える。

 ここからは真城の独壇場。

 真城は僅かに口角を吊り上げると、不良達へと切り込んだ。



 …… ……



「……ふぅ」


 白菊と別れて数分後。

 不良との戦いが一段落し、真城は小さく息を吐く。


 足元には倒れ伏す不良達。

 そんな不良達を見下ろして、真城は静かに立ち尽くす。


 あれからの戦闘は、一方的なものだった。

 数では勝っていたはずの不良達。そんな彼らの優位性。

 しかしそれが、一切活かされる事無く壊滅した。……真城晴輝の手によって。

 それ程までに、大きな力量差があったのだ。



 しかし。

 と、真城は少し考える。


 今回の襲撃。

 その背後には、影人がいると踏んでいた。


 それこそ前の任務であった様に、不良達の襲撃に紛れて影人が攻撃を仕掛けてくると読んでいた。

 だからこそ、何処から来るかも分からない“影”の攻撃を、戦闘中、ずっと警戒していた訳である。


 きっとこの襲撃は、真城が見た“影無し”の男。

 黒子の服を着ていたあの男が仕掛けて来た事なのだ、と真城はそう解釈した。

 そう、解釈をしていた。


 していた、……のだが。

 終ぞ、影人が絡んではこなかった。

 誰一人として、影を操ってはこなかった。

 影人が一人として紛れてない、純粋な一般人のみで構成されていた。



「…………、」


 襲撃があった時は「そら来た」なんて、そんな事を考えた。

 影人が遂に仕掛けて来たのだと、そう感じていたのだが……。


 これだけの時間があって。

 これだけのチャンスがあって。

 それでも影人からのアプローチが何もない。


 なんて事が、あるのだろうか……?

 もしそれが、あるとするのなら……?


「……やっぱり、俺の見間違いだったのか」


 そう思う他、そう考えるしか無いだろう。


「そう、か」


 真城は胸を撫で下ろす。

 緊張の糸が、ようやく解けて安堵する。


 影人なんていなかった。

 警戒する必要など、始めから無かったのだ、と。



「うん?」


 考えが一通り纏まった時だった。

 ガサガサと、人影がこちらへ向かってやって来る。


 不良の新たな援軍か?

 そんな事も一瞬脳裏を過ったが、どうやらそうではないらしい。

 複数の男性の声に混じり、真城の聞き覚えのある女性の声があったのだ。


(この声は、白菊か? ……ってヤバ)


 そこで真城は思い出す。

 白菊に助けを呼びに行ってもらっていたのだと。


(なんだ、思った以上に速いじゃないか!!)


 戦闘には数分しかかけていない。

 白菊が先生を見つけるまで、或いは人数を集めるまで、まだ時間があるとも思ったが……予想より随分と早いお出ましだ。


(まぁいい。とりあえず先に隠れるか)


 不良達から仕掛けて来たとはいえ、その全員を真城が殴り倒してしまった以上、只の被害者という訳にもいくまい。

 警察沙汰、とまではいかずとも、あれこれ話を聞かれるのは間違いない。

 流石にそれは勘弁だ。



 真城が身を隠してすぐ、先生達が到着する。

 倒れ伏す不良達を見てとって先生達は驚き戸惑い手を止める、が……その後の仕事は速かった。

 不良達を叩き起こし、何があったのかと問い詰める。

 不良達は白を切るが、先生達も流石に対応に慣れているのか、不良達全員の名前をメモに治めると、次いで不良のリーダー格である小倉とその他数名を捕まえる。


「だったら来い!! 詳しい話は部屋で聞く」


 そう言って先生は尾倉達の腕を引く。

 きっと職員室辺りにでも連れて行くつもりだろう。


 先生の話を聞く限り、真城の話題は出て来ない。

 もしかすると白菊が意図的に伏せてくれたのかもしれない。


 もう少し人が捌けたら出て行くか。

 そう思い、少しばかりの長期戦も視野に入れた時だった。

 今まで大人しかった不良達が、突如として動き出す。

 まるで合図でもあったかの様に一斉に、蜘蛛の子を散らす様に走り出す。


「なっ!? お前らどこに!!」


「コラッ!! 逃げるな!!」


「待ちなさい!!」


 突然の不良達の行動に、先生達が慌てだす。

 数秒遅れて、ようやく先生達も動き出す。が、まるで対応が追い付かない。

 その中で尾倉が隙を突き、不良仲間の名前が記されたメモを奪取すると、最後に事の(先生を)元凶である(呼んできた)白菊を睨みつけ「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して去っていく。

 先生が、必死に不良達を追っていく。


 ほんの数秒の事だった。

 たった数秒で、その場には白菊のみとなっていた。


 辺りを見渡す。

 そして人気が無くなった事を確認し、真城が木の上から降りていく。


「……そんな所にいたんだ、真城くん」


「戻ってくるのが随分と早かったな」


 運よく先生達が近くにいたのか。

 或いは、校舎が近くにあったのか。

 そんな風に考える真城へと、白菊がふふんと胸を張る。


「そりゃあ陸上部だからね、私」


 そう言ってニッコリと笑う白菊は言葉通り、息を切らしてはいなかった。



 …… ……



 白菊に連れられて正門を目指す途中。

 真城達は校舎に並んだ自販機を見つけて立ち寄った。

 先生を探す為に走った白菊も然り。一戦闘を終えた真城も、喉が渇いたからだった。


 缶ジュースを一つ飲み干して、ゴミ箱へと投げ捨てる。

 と、白菊が「私ちょっとお手洗い」といって校舎の中へと消えていく。


 喉が潤い、手持ち無沙汰になった真城は、スマホを取り出し現在時刻を確認する。

 その後、軽くニュースサイトを流し見て、白菊が戻ってくるまで暇を潰そうと試みる。


 ……そんな真城へと、近づいてくる人がいた。

 それは一言で言えば“ギャル”といった風体の女子だった。


「ふーん、君が白菊ちゃんに出来たっていう彼氏君かぁ」


 品定めでもする様に、真城の事を眺めつつ、そのまま真城の手前までやって来る。

 グイっと、ギャルの顔が真城の眼前まで近づいて、真城は咄嗟に距離を取る。

 あのままでは、息がかかる距離だった。


「な、なんだよ。突然……」


 真城は異性に対する耐性が高くはない。

 口元を引き攣らせ、真城はギャルへの警戒度を引き上げる。

 が、逆にギャルは口元を綻ばす。

 ニタリと何やら怪しい笑みのまま、再び距離を詰めて来て……、


「――ッッ!!??」


「おぉ、これは分かっていたけれど、随分と初心な反応だぁ。……これならチャンスはアリアリかぁ?」


 ギャルが、真城へと腕を絡めてくる。

 真城の腕から伝わってくるギャルの体温。そして、ほのかな柔らかさの正体は……いや、考えない方が良いだろう。

 絶対、わざと当てている。


「こんなにイイ男捕まえて、まだ遊んでないなんて……早く貰ってあげればいいのにね?」


「一体……なんの話を」


「あ、じゃあさじゃあさ、白菊ちゃんなんてほっといて、私と一緒に遊ぼうよ」


 焦る真城を気に止めず、ギャルは顔を近づける。

 と、真城の耳元でボソリと小さく囁いた。


「私……今日、“安全日”なんだよね」


「――ッッ」


「きゃッ!?」


 咄嗟に、反射的に。

 真城はギャルの腕を半ば強引に引き剥がして距離を取る。

 ギャルの動きを警戒し、一定の距離を保ってギャルの方へと向き直る。


「あれ……もしかして、こういう女は嫌なタイプ?」


 ギャルは一瞬、目を見開いて驚くと、次いで合点がいった様に「あぁ」と一言呟いた。


「……なる程ねぇ。まぁでも確かにいるよね。『やるんだったら処女がいい』みたいなこと思ってるタイプの男って。もしかして彼氏君もそんな感じ?」


 ギャルが何やら、ジットリとした視線を向けてくる。

 何か勘違いをしてないか?


「でもさでもさ、よく考えてもみなよ。どちらも初めて……なんて地獄だよ? 彼氏君が思い描いてるような甘酸っぱい思い出になんてならないんだからね、マジで。だからこういうのはさ、“初めて”は経験者を相手にしとくのが良いんだって。そこで大なり小なり手ほどきや経験を得てさ、エスコートしてもらってさ、そうして経験を積んでから……それから“初めて”って相手を探したらいいんだよ。今度は経験者の側として。……ね?」


「…………、」


 ……いきなり出て来て、何だコイツは。

 初対面で随分な事を言ってくれるじゃないか、このギャルめ。


 ……ていうか。

 おいおい、こらこら、ちょっと待て。

 訳も分からず聞いてれば、なぜ、どうして、真城が“初めて”という事になっている?

 “初めて”という事が前提で、この話が進んでる?


「……お、」


「お?」


 気が付けば、咄嗟に。


「俺は別に“初めて”じゃ――」


 と、そんな言葉を真城は口走っていた。

 それは意地か、プライドか。

 真城さえ、理解出来てはいなかった。


 ……が、それを受けたギャルは吹き出した。


「あはは、うっそだぁ~。童貞でしょ、彼氏君?」


「――ッ、な!?」


「な? 何で分かるのか、って? そりゃあ分かるよ。女性経験が無いの、バレバレだしぃ~」


 ニタニタと、見透かした様にギャルは笑う。


「まぁ判断材料は色々とあるんだけどさぁ、彼氏君は特に“目線”。やっぱ、これが一番分かりやすいかな。彼氏君だって、実は気付いてるんじゃない?」


「……ぅ」


「彼氏君さぁ、私と話してる時どこ見てる? 顔? 胸? それとも下半身? 或いはどこも見てないとか? ……どこに目線を置けばいいのか分からないからって視線が彷徨いっぱなしだよぉ~。全然こっちの目を見て話してくれないしぃ~、ねぇ?」


 完全な図星を突かれ、真城は言葉を詰まらせる。



「……ていうかさぁ、言っとくけど白菊ちゃんだって別に処女って訳じゃないからね? 彼氏君は知らないからかもしれないけどさぁ、白菊ちゃんだって結構遊んでいるんだよ?」


「……え、」


「そりゃあそうでしょ。若いんだし、お金がもらえるわけだしさ?」


 あっけらかんと、ギャルはそんな事を言い切った。


「まぁそれで白菊ちゃんを悪く言うつもりはないけれどねぇ。私だってやってるし、パパ活くらい別に珍しくもないからさぁ~」


 でも……と、ギャルはそこで一度言葉を切る。

 そして目を少し鋭くすると、声のトーンを少し落とす。


「白菊ちゃんは、私達みたいなのとは少し違う。“遊ぶ金”が欲しいんじゃない。どんな経緯で彼女を受け入れたんだか知らないけどさ、……あんまり信用しない方が身のためだよ? 彼女のせいで破滅した男、私……二人も知ってるんだから」


「……それは、」


 真面目な表情を作るギャル。

 そんなギャルの言葉は、不思議と真城の脳に自然と入ってきた。


 きっとそれは、真城の過去に起きた出来事。

 白菊とのトラウマと、重なったからだろう。


 “信用しない方が良い”。

 “破滅した男がいる”。

 これらの言葉に、真城は不快感を滲ませる。


 思い出したかの様に、白菊へと湧く不信感。

 そして、それに比例する様にギャルへと向けた警戒心。それが……少しずつ薄れてく。


「知ってる? 白菊ちゃんの両親、離婚してるんだよ」


「え……?」


 その話は、真城には初耳なものだった。

 少なくとも、小学生時代ではそういった事にはなっていなかったはずである。

 ……いや、詳しくは分からない。実際はそうなっていたのだとしても、ただ真城がそういった話を聞かなかっただけなのかもしれない。


「しかもその上で、母親との関係もあまり良くないみたいなんだよね。だから白菊ちゃんはお金を必死に求めてる。“一人で生活する為に必要なお金”を、ね」


「一人で生活する為に、必要な……お金」


 ギャルの言葉を繰り返す真城。

 そんな真城へと、ギャルはスッと目を向ける。


「彼氏君の両親は医者なんだってね。……気を付けなよ? あれこれと理由を付けて、お金をむしり取られないうちに、ね。――じゃ、“忠告”はしたからね」


 ギャルはそこまで言って一方的に話を切ると、真城から距離を取って背を向ける。

 そのまま立ち去っていくのかと思いきや「あぁそうだ」と言って再びギャルが、真城の下へと戻ってくる。……と、


「私としたくなったら、いつでも連絡してね」


 と言ってウインクし、真城に連絡先が書かれたメモを手渡すと、今度こそギャルが去っていく。嵐のような奴だった。


「絶対だよ~~」


 などと手を振って消えていくギャルから目を離し、溜息を吐いた時だった。

 まるでタイミングを見計らったかの様に、真城のスマホが振動した。



 …… ……



 校舎内、女子トイレの中の事。

 白菊は洗面台の上にいくつかの化粧品を並べると、大きな鏡を覗き込む。

 白菊は今、鏡の前で化粧を整えている最中だ。


 白菊がトイレへと来た理由。

 それはまさに、化粧を直す為だった。

 先生を探して走った事で汗をかき、化粧が崩れてしまったからである。



 白菊自身、自慢ではないが顔は元から整っている方だ。

 故に、ガッツリとしたメイクは必要ない。

 ただちょっと、それぞれのラインを軽く整えてやればお終いだ。


 時間にして、約五分。

 それだけあれば、白菊は化粧を終えて戻る事が出来ていた……はずだった。


 白菊の誤算。

 それは今が文化祭の最中である故に、コスプレやら何やらで、いつも以上にトイレを利用する人物が多くなっていた事だった。

 おかげで、白菊が化粧をし直す為のスペースを確保するのに十分近くもかかってしまった。



 白菊は急いで化粧を直し終えると、化粧品をバックに詰めて外に出る。

 トイレから真城の方へと駆け足で、一直線に進んでく。

 が、真城の後ろ姿が見えて来て、白菊は歩くペースを緩くする。


 何やら真城は通話中であるらしい。

 あ、いや、丁度通話が終わったか。


「どうかした……の?」


 白菊は真城に声をかけ……。

 トイレへと行く前と、真城の雰囲気が何か変わっている事に気が付いた。



 …… ……



 時は、数分前に遡る。


 真城が振動したスマホを手に取って確認する。

 画面を見ると、そこには“母”との表示がされていた。


 何かあったのか?

 そう思い、真城は通話を開始する。すると、母親からの第一声。


『今、お父さんが、目覚めたって!!』


 と、いった言葉が告げられた。


 母親は、これから会いに行くらしい。

 真城は急いで、手元の時間を確認する。


 すると……不良に絡まれたりした所為で時間を浪費してしまった所為もあり、時刻は18時を過ぎていた。

 父親が入院しているあの病院。あそこの面会時間は……確か、八時まではやっていたはずである。


(……今から行けば、間に合うか?)


 病院までは距離がある。

 が、今行けば、目覚めた父親と面会する事が叶うだろう。


 別に、そんなに急ぐ必要はない。

 父親が意識を取り戻したというのなら、寧ろ命の危機は遠のいた。

 このまま意識が覚めぬまま、“脳死”として永遠のお別れをする可能性は無くなった。


 で、あるならば。

 今日、急いで、面会時間ギリギリになってまで、父親に会いに行く必要は薄いだろう。

 明日になってからゆっくりと、会いに行けば良いだけだ。



 ……が。

 しかし、だ。


 不覚にも白菊への不信感、疑念が高まってしまったこの状況、状態が……或いは真城の精神が、どうにも白菊の存在を避けようと駆り立てる。


 あのギャルの話を……完全に信じる訳ではない。

 訳ではない、のではあるのだが……。


 真城の心に差した影。

 それが、次第に大きくなっていく。



 白菊は、何かしらの思惑・目的があって、真城を文化祭へと連れて来た。

 ……それはまず間違いない。

 “助けてくれたお礼だ”とは言っているが、果たしてそれは真実か?


 白菊はこの文化祭が“お礼”だと言っていた。しかしそれが終わることで“お礼”を完遂するとは一言も言っていなかったはずである。

 文化祭が終わった後にも、“お礼”と称して真城へと近づくための何らかの策を講じているのであるならば、このまま白菊の思い通りに事が進んでも良いものか?


 考えないようにしてた事。

 考えずにいた事が、どんどん真城に湧いて出る。



 白菊の思い通りにならないようにするのなら、……これは絶好の機会と言えるだろう。

 父親の件を理由にすれば、流石の白菊も断っては来ないはず。

 これならば、白菊から離れる事が叶うだろう。


「……、」


 真城は自身の考えをまとめると、母親との会話を再開する。


「だったら、俺も今から会いに行くよ」


『え、でももう遅いし……別に明日でも』


「いいや。意識が戻ったと言っても、すぐには安心出来ないし、やっぱり……会える時に会っておきたいからさ」


 そうとだけ告げて、真城は通話を終了する。

 丁度、その時の事である。

 白菊がトイレから戻ってきている事に、真城はようやく気が付いた。


「どうかした……の?」


 と、そんな事を尋ねてくる白菊に、真城はゆっくりと目を向けた。



 ……


 …… ……



 それからの事である。

 真城は今までの経緯について、白菊に一つ一つ説明する。


 父親が事故にあった事。

 大きな怪我は無かったが、意識が戻らずに入院をしてる事。

 そんな父親が心配で、真城が実家へと戻ってきた事。

 そして……。

 今さっき、そんな父親が意識を取り戻したという連絡を受けた事。


 真城の話を聞き終えると、白菊はワッと破顔する。

 真城の両手を掴み取り、


「そうなの!? 良かったじゃん!!」


 と嬉しそうにしてみせる。


 が、話はここで終わりじゃない。

 別に喜びを共有したくて、真城はこの話を白菊にした訳ではないのだから。


「それでさ、」


 と真城はすかさず本題を切り出した。


 意識は回復したものの、頭を強く打ったことが原因の為、まだ安心して良いのか分からない事。

 面会時間ギリギリにはなるが、今からでも父親に会いに行きたい事。

 病院までは距離があるので、今すぐにでも向かいたい。といった事。



 真城の話を聞いた後に白菊は、


「じゃあ、……私も付いて行っていいかな?」


 だなんて聞いてくる。

 余程、真城と離れたくない理由があるらしい。

 白菊の企む“目的”に、真城が必須である様だ。


 が、そんな事は関係無い。

 思い通りになるつもりなど毛頭ない。


「いや、ついて来てどうすんだよ。来てもやる事無いだろ?」


「……それ、は」


 真城から言葉に、白菊は言い淀む。


「で、でも……」


 それでも何か言いたげに口を開くが、しかし続く言葉が見つからずに押し黙る。

 真城の予想通りの反応だ。

 白菊の無言の反応を、真城は肯定だと受け取ると、校門の方向へと目を向ける。


「それじゃ、ここまでという事で」


 そう言って真城は簡単に手を振ると、病院へ向けて走り出す。

 別れ際、白菊が何とか慌てて口を開き、


「まだ全然、お礼が済んでないんだからね!! 話したい事だってまだまだ沢山あるんだから!! ()こそは最後までつき合ってよね!!」


 といった声を放つ。が、真城にはほとんど聞き取れない。

 いや、聞き取らない。と言った方が正しいか。

 真城の意識は、既に父親へ。……病院へと向いている。


 真城は内心で「はいはい、分かった分かった」だなんて簡単な相槌を済ませると、病院へ向かって、……夜闇の中へと駆けていく。



 …… ……



 真城が、闇の中へと消えていったその後で。

 白菊は、ポツンと一人で立っていた。

 真城と離れ、取り残されたその背中からは、きっと哀愁が漂っているのだろう。


 白菊だってバカではない。

 真城が今日、嫌々付き合ってくれていた事など分かってた。


 白菊と早々に別れたい。

 関わり合いたくない。

 そういった真城の感情は、先程の会話からでも読み取れた。

 いや……、そもそも初めから。再開したあの時から、真城の感情は読めていた。


 だからこそ、という訳ではないのだが……。

 父親を理由に、真城が白菊から離れて行こうとする事を、白菊は強く引きとめる事が出来なかった訳である。



 ……まぁ、理由はよく分かってる。

 真城が白菊を避ける理由。……そんな事は、百も承知なのだから。


 寧ろそんな“理由”があるにも関わらず、よくここまで一緒にいてくれたものである。

 もしも逆の立場であったなら、きっと自分は“こう”は出来ていないだろう。

 顔も合わせず、話も聞かなかったに違いない。


 真城は、かなりの譲歩をしたのだろう。

 それを考慮するならば、今まで付き合ってくれていただけでもありがたい。

 そう考えた方がいいのだろう。

 ……これ以上を望むなど、きっと贅沢というやつなのだ。


「…………ハァ」


 白菊は溜息を一つ吐く。

 そうやって、少しずつ自分を納得させていく。


 今はもう、過ぎ去ってしまった過去の記憶。

 その時にした“裏切り”が、どうしようもない今を作っているのだから当然だ。


 その事を、こうして真城と再会し……嫌という程に思い知らされた。



 真城は、もう自分とは会いたくないだろう。

 きっと今日の出来事が……譲歩に譲歩を重ねた今日こそが、真城にとっての最後の最後であったに違いない。

 “今回だけだ”とでも言い聞かせ、真城は自身を納得させていたに違いない。


 これでもう、心置きなく真城()白菊(自分)との縁を切るのだろう。

 白菊(自分)と会わない様にするなんて簡単だ。

 それこそ着信拒否にするだけでも、白菊が会える可能性はグッと下がる。

 会おうとせず、逃げに徹せられたなら、もう二度と会わない事だってあるだろう。

 真城から、会おうとでもしてくれない限りは永遠に……。



「…………、」


 でも。

 それでも。


 まだ、絶対諦めない。

 必ず“次”を掴み取る。



 真城が消えていった闇の中。

 その場所ただジッと、拳を握り締めながら、……白菊はずっと見続けていた。



 …… ……



 建物の壁に寄りかかり、息を荒げる男達。

 追ってきていた先生共を振り切って、なんとか逃げ果せたと笑うその者達は……紛れもない、尾倉が率いる不良達。


「ザマ見ろバーァカ!!」


「あんなんに、捕まるかってんだよ。ハハ……ッ」


 と、ここにはいない先生共に悪態をつく不良達。

 そんな奴らの中にいて、苛立ちを隠さずに壁を殴りつける男が一人いた。

 その人物は……言わずもがな尾倉であった。



「……クソが」


 何度思い出しても腹立たしい。

 あれだけ募った仲間達をあっさりと、歯牙にも掛けずに蹴散らした……あの(真城)


 奴は絶対に許さない。

 必ず居場所をつきとめて、報いを必ず受けさせる。

 この俺、尾倉法俊(おぐらのりとし)に恥をかかせた事を、必ず後悔させてやる。



 ギリリ、と奥歯を砕けんばかりに噛みしめる。

 どうしてやろうかと、思考をぐるぐる巡らせる。

 そんな尾倉の眼前。……視線の先に、何か不審な存在が突如として映り込む。


 一体いつからそこにいたのか。

 歌舞伎や何かの舞台裏にでもいる様な、黒子の衣装を纏った人物が立っていた。


「……なんだ、あい……――――ッッッ!!??」


 訝し気に目を向けて、そう呟いた尾倉へと、黒子の人物が一気に距離を詰めてくる。

 ほんの一瞬。それこそ一回まばたきをした刹那の間。それだけの時間で目先十数メートルは離れていたはずの人物が、手で触れられる程の距離に現れる。

 まるでワープ。瞬間移動としか言えない程の早業で。


 ……おおよそ人間に出来るような事じゃない。


 目の前で起きた事。

 その信じがたい出来事に息を呑むのは、何も尾倉に限った話じゃない。

 尾倉の周りにいた不良達。それらも一斉に息を呑み、或いは素っ頓狂な声を上げて後退る。


 事態が呑み込めない尾倉達。

 そんな彼らに、黒子の人物が抑揚の無い“(こえ)”でこう告げた。


「『気に』『食わない』『奴』『ヲ』『倒す』『力が』『欲しい』『カナ?』」


 それはまるで一音一音発する度にボイスチェンジャーを切り替えたかの様な。

 録音しておいた他人の声を切り抜いて、無理やりつなぎ合わせた物を再生したかの様な。

 同じ人物が発しているとは思えない(こえ)を響かせる。


 そんな不可思議な人物を前にして、尾倉は不敵に微笑んだ。

 こんな怪しい人物の話に乗っかるか?

 これは信じていいモノなのか?

 そういった、本来あるべき理性を置き去りに、ただ一点、“気に食わないあの男()をぶちのめす力”へと手を伸ばす。


 信用は出来ない。

 だが、この人間離れした人物からの申し出というのなら、それは充分な信頼に値する。

 例え悪魔だろうが構わない。

 俺は今、圧倒的な力を欲してる。


「……良いねぇ。寄越せよ、その力ッ!!」


「『良い』『ダロウ』。『君』『に』『力を』『与え』『ヨウ』」


 尾倉の答えを聞き取って、それから一瞬の事だった。

 黒子の人物が開いた手。右掌に何やら小さな黒い鉱石、結晶の様なものが一瞬キラリと光ったかに見えたその刹那。

 揺らめく様に蠢いた黒子の人物が、尾倉の胸にその右手を勢いよく突き刺した。


「――ッッ!?」


 突然の出来事に尾倉は目を見開くが、しかし刺されているにも関わらず痛みを一切感じない。

 血の一滴さえ出てこない。


 どよめく周りの不良達。

 しかし誰一人として動けずにいるうちに、尾倉の胸から黒子の人物が手を引き抜いた。

 掌には、もう鉱物の様なものは見て取れない。



「……なんだ、これ?」


 ドクンッ!! ……と、身体が脈打った。

 尾倉の身体に、徐々に力が湧いてくる。

 身体の内側から溢れ出し、それが遂に体外へと溢れ出るかの様な感覚だ。


 身体を覆う黒いモヤ。

 その現象に尾倉は一瞬驚くが、しかし、それを自在に操れる事に気が付いて、次いでそれでモノに触れられる事を理解する。いや、理解させられた様な感覚だ。

 まるで自分という肉体が、大きく膨らんだかの様である。


「ははは、この力があれば……あいつらを!!」


 高鳴る鼓動。

 湧き上がる高揚感。

 溢れ出る力と衝動に酔いしれて、尾倉が不敵に高笑う。



 もう誰にも、負ける気がしない。



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