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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第13話 『父の語り』

 


 電車に揺られ、真城は目的の場所に到着する。

 父親の入院する病院だ。

 時間を確認すると、面会時間は残すところ後三十分と少しといった所である。


 まぁ、白菊と別れたい一心で言った出任せの様なものなので、父親の元気な顔を拝む以外、特にする事も無いのだが……。

 それでも、急いだ方が良さそうだ。


 病院の中へと入ると、受付で面会手続きを済ませて病室へと移動する。

 部屋に付くと、父親の病室は個室である事が分かった。

 まぁ、頭を打っていたことに加えて、数時間前まで意識が戻っていなかったのだから何かと必要な機材を備える為にも個室の方が、都合が良かったということだろう。

 ……というか、意識の無い患者を普通の入院患者と同じ病室に置くというのは、何か問題が起こった時に不便だろう。そもそもきっと、何らかの問題点からなる決まり事もあるはずだ。真城は詳しくないのだが……。

 とはいえ、父親だけというのなら、寧ろ真城にとっても都合は良い。


「父さん?」


 そう言って、真城は戸を開けて部屋に入るとカーテンを開けて中を見る。

 ベッドには頭や首、胴体に包帯を巻いた父がいた。

 真城直輝(ましろなおき)。正真正銘、真城晴輝(はるき)の父親だ。


「おぉ、晴輝。お前も来たのか」


 父親が、真城に気づいて目を向ける。


「あ……、う、うん」


 父親と目が合って、真城は小さく頷いた。


 半月ぶりの再会だ。

 いや、厳密に言うのなら数日前にも会っている。

 父親が、まだ意識不明時の話だが……まぁその話は良いだろう。

 会うのは半月ぶり……の事ではあるのだが、こうして面と向かって話すなら、一体何月ぶりになるのやら。


 一体何を話そうか?

 そんな事をあれこれと考えていた真城だが、しかし先に口を開いたのは父親だった。


「久しぶりだな。……確かに、顔つきが少し変わったか?」


「……え?」


「いやなに、さっきまで晴子(母さん)も来ていてな……。その時に軽く話をしたんだが、晴輝(お前)が何かをし始めたってんで『きっと心境の変化があったに違いない』って、母さんが喜んでいたんだよ」


 父親が、真城の顔をまじまじと見つめて、納得した様にははっと笑うとそう告げた。

 一瞬なんの事かと首を傾げた真城だが、そういえば身体を鍛え始めたといった話を母親にした事を思い出して納得する。

 母親は、そんな話を父親に告げたのか。……ふーん、喜んでいたのか。なるほどね。


 そういえば母親も面会に来ると言っていたのに見当たらない。

 父親の話からして、来ていたのは間違いないのだろうが……もう帰ってしまったか。

 入れ違いになってしまったのは残念だが、まぁ時間が時間なので仕方がない。



「何か、やりたい事でも見つけたか?」


 父親が、そんな事を聞いてくる。

 言葉では疑問形。しかしその表情からすると、父親は何か確信を持っているのだろう。


 一瞬、真城は考え込む。

 が、当然“影狩り”の事は話せないので、そこを濁して「はい」とだけ言って頷いた。


 父親は「そうか」と一言呟いて、笑みを作る。

 それはまるで、合点がいったと言わんばかりの振る舞いだ。


「で、何になりたいんだ?」


 父親から、率直な質問が飛んでくる。

 が、しかし真城は目を逸らす。


 父親に、“影狩り”の事は告げられない。

 それは当然の事実として……父親も母親ほどではないにしろ、オカルト関連の話題は好ましく思ってない。という事も、理由の一つとして挙げられる。

 話を濁して切り出すにしたって、タイミングというものがあるはずだ。


「それは……、まだ言えない」


「なんだぁ? 恥ずかしい事でもしてるのか?」


「い、いや、そんな訳ないじゃないですか。ただちょっと、まだ言いにくいといいますか」


「ふーん。まぁ、反社みたいなのじゃないなら良いけどな。後、危険な仕事」


「…………」


 サッと真城は目を逸らす。

 が「まぁいいさ」と、父親は一人納得し、優しく顔をほころばす。



「晴輝がやりたい事だって言うならそれでいい。それが本当に“やりたい事だ”ってのは……目を見れば分かるからな」


「え……?」


「覚悟の決まった、良い目をしてるよ。私が医者を目指そうと決めた時とそっくりだ」


 父親は、昔の自分を思い出す様に天井を仰ぎ見る。

 そして、どこか安心した様な顔をして――、


「なぁ晴輝。知ってるか? お前も小さい頃、……事故に遭った時も初め、この病院に運ばれてきたんだぞ?」


 と、真城晴輝の過去の事。

 昔の出来事について、父親は思い起こす様に目を瞑る。



 ~   ~   ~   ~   ~



 本当に、ふとした瞬間の気の緩み。

 たったそれだけの小さくて、とても大きな失敗で、後にも先にもこれほど“あの日”の出来事を後悔した事はないだろう。



 日々の仕事で忙しく、晴輝が四歳になって尚、中々遠くへ連れて行ってやれないと。

 そんな僅かな不本意が溜まる日々もこれまでと、少し奮発して大きな遊園地へと晴子と晴輝の三人で外出し……沢山遊んだ帰り道。

 夕食の材料を買う為にスーパーへと立ち寄って……。


 本当に、ほんの少し。疲れからか、晴輝の事から目を離してしまったのが……全ての悲劇の始まりだったのだ。



 もしも言い訳をするのならその瞬間、直輝()晴子()が晴輝を見ていると思っていたし、彼女もまた、私が晴輝を見ていると思ってた。

 そんな認識の齟齬から来たものだった。

 要するに、……晴輝が事故にあったのだ。

 私達が目を離していたその隙に、晴輝が道路に飛び出して……そして車に撥ねられた。


 鳴り響くクラックション。

 急停止するようなブレーキ音。

 何かがぶつかる鈍い音と、その後に聞こえた落下音。

 騒めきだす人声に、ようやく……私達は事態を把握した。


 まるで現実味の無い出来事に、本当に文字通り“目の前が真っ白になった”かの様な錯覚と、頭をぶん殴られたかの様な衝撃と眩暈を憶えて、……一歩遅れて駆けだして。

 そこからは無我夢中の事だった。


 転がる真城を抱きかかえ、正面が大きく歪んだ車に絶望し。

 年甲斐もなく泣き叫び、呼んだ救急車を今か今かと待ち望み。

 病院へ、ようやく晴輝が運ばれて……本当に、あの時ほど“時間を巻き戻したい”と思った出来事は無いだろう。




 不幸中の幸い。

 と、言うべきではないのだが……。

 もの凄い勢いで車とぶつかったはずの晴輝は、ほとんど無傷のままだった。

 あったのは転がった時に出来た擦り傷程度のものだった。


 衝突のタイミング。或いは車との角度や、晴輝の体重が軽かった事など、様々要因が重なったのではなかろうか、と担当医師や駆け付けた警察官は言っていた。……が、それだけは本当に奇跡的な事だった。


 外傷はなし。

 身体の内側も同様だ。

 起きた事象・事故に対して、これ以上ないほどに晴輝は無事に済んでいた。


 命に別状もない、至って健康な状態。

 だが、それでも問題となったのは、……いつまで経っても晴輝の意識が戻らなかった事だった。


 事故による要因。精神的な側面など、ありとあらゆる可能性。憶測は浮上した。

 がしかし、結局の所は分からず終い。原因不明のままだった。



 それから、ほぼ一年間。

 晴輝は意識不明のまま、寝たっきり。

 稀に寝言の様なものを呟いてくれたりはするものの、その程度。

 “寝言には返事をしてはいけない”なんて話もあるけれど、この時ばかりは……何度も語り掛けたものである。

 が、結局どれだけ語り掛けたとて、晴輝は目覚めはしなかった。



 もう、このまま一生目覚める事は無いのかもしれない。

 そんな諦めの気持ちも大きくなりつつあった頃。……私達に一つの転機が訪れた。


 知り合いの医師から、東京のある病院で“脳に関する最新の検査機器”が導入され、運用が開始された話を聞かされた。

 その話は、その頃の私達には天啓にも等しく思えるものだった。

 藁にも縋る思いだったのも間違いない。

 まぁとにかく……私達は急いで転院の手続きを済ませると、東京にあるというその病院へと晴輝を移動した。



 これで原因が分かるはず。

 そう願っての転院。しかし、結果は無惨なものだった。

 導入された最新機器。その性能を持ってして、しかし……晴輝の意識が戻らないその理由・原因を突き止める事は無理だった。

 求めた結果は、得られなかった訳である。


 だが、しかし。

 それでも諦めはしなかった。

 故にそれからも、出来る限りの事をし続けた。



 ……だからだろうか。

 願いが、祈りが、神にでも届いたに違いない。

 ある日突然、晴輝の意識が回復した。


 意識不明になった原因が分からなければ、意識が戻った理由も分からない。

 しかしそれでも、私は、私達は、あれほど神へと感謝した日はないだろう。



 …… ……



 しかし。


 意識が回復したからといって、それで全てが終わったという訳ではない。

 約一年に及ぶほどの昏睡状態を経た晴輝の身体は、完全に衰え切っていた。


 故に、晴輝の筋力を回復させる為にリハビリを始めさせ……。

 更に意識不明と意識回復の理由を調べる為の検査入院・経過観察なども継続した。


 それは、早く晴輝を基の状態へと復帰させる事を願っての事だった。


 ……だが、それが。

 晴輝には、ある種のストレスになってしまったのだろう。

 ある時から、晴輝は“夢遊病”を発症し、家の中や病室をフラフラと徘徊するまでになっていた。


 リハビリ。検査入院。経過観察。通院。

 それに加えて、夢遊病の治療。

 真城医院での日々。

 そういった諸々に私達は……当然、全力で対応した。



 対応はした。

 ……が、必ずしもそれに結果が伴うとは限らないものである。

 結局のところ、晴輝に関するその他諸々。それら多くの事柄から解放されるまで、かなりの時間を費やした。

 なにせ、幼稚園はおろか小学生になってからも、しばらくは通院生活が続き……完全にそれを終えるのは、晴輝が四年生になって以降なのだから。



 …… ……



 四年生まで続く通院生活。

 その初めの頃のこと。

 一年生の時などは、晴輝も随分と苦労をした事だろう。


 なにせ一年の頃が、一番通院が多かった。

 また、リハビリを経て普通に歩けるようになったとはいえ、同年代の男子に比べれば、まだまだ筋力が虚弱気味であった事。

 脳検査と夢遊病改善の為の通院。そしてそれから来るストレスなど、諸々の事情が起因する不安定さによって、体調を崩してしまう事もよくあった。


 故に晴輝自身、勉学に励む余裕など、あまり無かったに違いない。

 それは、度々返ってくる小テストの答案。その点数からも分かる程のものだった。



 だからだろう。

 晴子()がよく、空いた時間を使って晴輝に勉強を教える様になったのは。

 それそこ晴輝が、学校で『勉強が出来ない』と馬鹿にされていると知ってからは特に……勉学の遅れをどうにか取り戻そうと、かなり必死にやっていた。


 それは私だって同様だ。

 晴子ほどではないにしろ、晴輝にはよく勉強を教えたものである。




 確かに、『失敗体験』は積ませたい。

 それこそ、失敗がいくらでも許される内に失敗し、転びかたを、受け身の取り方を、起き上がり方を学ばせたい。……その考えに違いはない。

 だが、それよりもまず先に『成功体験』を積ませたい。

 成功して成功して成功して、「努力をすれば実を結ぶ」事をまず覚えた方が良いだろう。

 『失敗体験』だけを積ませても、子供に良い影響はまず出ない。

 それだけでは、“学習性無力感”に思考を犯されてしまうから。


 ……なんて、考えてしまうのは親心であり、ある種のエゴ。

 例えそうだと分かっていても、そうせずにはいられなかった訳である。



 ほぼ一年間のブランク。

 それが、晴輝の人生を大きく狂わせてしまった。

 自由に遊び、学ぶ為の時間を失わせてしまった。

 勉強にも出遅れて、終始追い付くことも叶わずに、『失敗体験』をより多く積ませる事になってしまった。


 或いは、私達両親が“医者”であるという事もまた、晴輝にはプレッシャーになってしまったのかもしれない。

 『すごいのは晴輝じゃない』『凄いのは両親だ』

 そう、子供の頃から比較され、……随分と辛かったことだろう。



 ~   ~   ~   ~   ~



 未だに残る、遠き日の後悔。

 それを瞼の裏に思い起こし、そうして父親は目を開けた。



「……晴輝が『医者』になりたいと言ってくれた時は、嬉しかったんだけれどな。そうか、晴輝の夢は、変わったか」


「……ゔ」


「ハハハッ、なんてな。いや、良いんだ。別にそれで良いんだよ」


 父親。直輝は少し儚げな笑みを作る。

 晴輝が別の夢を目指す事。それは必然的な事である。



 晴輝が医者・医師を目指すなら、どうしたって勉学は必要だ。

 医師免許を必要としないようなアルバイトで良いのなら、その限りではないのだが……。

 当然、晴輝が目指したかった道は、そういったものではないのだろう。


 で、あるならば。

 勉学は、晴輝にとって、必須といって差し支えないモノである。

 そうであるにも関わらず……。


 晴輝の勉学。そのスタートダッシュの失敗。

 そして、そこから続いていく事になる勉学に対する負の連鎖。

 勉学の楽しさ、面白さ。学ぶ事への喜び。その、ありとあらゆる機会を奪ってしまった原因は、……私達なのだから。




 本当にずっと、心配をしていた。

 現実と、焦がれる夢との乖離に苦しんで、いつかどこかで、心がポッキリ折れてしまうのではないだろうか。自暴自棄にならないか。……“生”を、諦めてしまうのではないのか、と。

 ずっとずっと、そんな最悪の考えがこびり付き、本当に本当に……気が気でなかったのだから。


 晴輝が何かを失敗する度に、何かを成せなかったその度に、心臓が……締め付けられる程に痛かった。

 取り返しのつかない過ちを犯したと、何度も自分に苛立った。


 せめてどうにか晴輝を一人前にする為に、厳しく指導した事も一度や二度の事じゃない。

 たった一人の、目に入れても痛くない我が子だからと……、これは“愛のムチ”なのだからと自身に言い聞かせ……、晴輝を“標準値”にする為にと叱咤した。


 だがそれも、間違いだったと気が付いた。

 また過ちを犯したのだと後悔した。


 それは晴輝が、少しずつ他人行儀になっていると、ふと気が付いた時だった。

 いつからか、晴輝は両親(私達)に怯えた様な表情をする様になっていた。


 だから……お互いに一度気持ちの整理を付けようと、距離を取ろうと考えた。

 故に私達は、晴輝の一人暮らしを受け入れた。


 私達の様な毒親は、晴輝の傍にいるべきではないのだと。

 私達から解放され、自由に外を見て回り、晴輝がしたい事・やりたい事を見つけてほしいと……それが正しい事なのだと、そう思っての事だった。


 その結果。

 晴輝の“新たな夢”の発見に繋がったというのなら、もう……これ以上に喜ばしい事は無い。




「……う、ごめんなさい」


 突然、後ろめたさを感じてしまったのか、真城が頭を下げてくる。

 がしかし、ようやっと我に返った父親は、慌てて首を横に振る。

 頭を下げるべきは、寧ろこちら側であるはずだ。


「なに謝ってるんだよ、良いんだって。お前の人生だろ? お前がやりたい事をしないでどうするよ」


 と、諭す様に言葉を口にする。

 その言葉の裏に『晴輝は何も悪くないんだ』という意味も含ませているのだが、……まぁ気付いてはくれまいか。



「……そ、それはそう。だけど」


「まぁ、お前の成りたいものが医者じゃなくなっている事ぐらい……本当は、ずっと前から気づいていたんだけれどもな。寧ろ、今更みたいな話だよ」


「え……!?」


「当たり前だろ。私はお前の父親だぞ?」


 驚く晴輝に、父親はフフンと胸を張る。


「急にボランティア活動に参加してみたり、募金をやり始めたりしてただろう? 本棚に介護士関連の本が増えてた時期もあったしな。ああいうのを見ていれば……なんとなく、な」


「…………、」


 それも気付かれていたのかと、更に驚く晴輝。

 そんな晴輝の仕草に口元を緩ませて、そうして父親は真っ直ぐ目を向けた。



「本当に、心の底からやりたいと思えるモノが見つかって……良かったよ」



 心の底から安堵する様に。

 晴輝(我が子)が“新しい夢”を見つけてくれた事に喜んだ。



 …… ……



 面会を終えて、真城が病院から外へ出る。


 あの後の事。

 父親から、真城の過去……子供の頃にあった事故の件について、大まかな話を聞かされた。


 それは、両親の不注意。事故からの一連の流れ。

 そして、それが真城の学業に大きく響いてしまった事。……響かせてしまった事だった。

 加えて……真城の勉学の遅れを取り戻す為、厳しい指導をした事も。



 しかし、その話を聞き終えて。

 真城としては“面食らった”というのが、正直な所だった。


 ただでさえ、遠き日の過去の記憶。

 しかも事故の件については、“自業自得”くらいに考えていたのだから当然だ。

 子供の頃の自分が、考えもなく道路に飛び込んで事故にあっただけの事。……そう思っていただけに、その事について両親がずっと後悔していたなど、考えてもみなかったからである。


 真城からすれば、小さい頃に患っていたという“夢遊病”のことでさえ『そういえばそんな事もあったなぁ』ぐらいのものである。

 東京の病院に通っていた話だって同様だ。

 確かに、『やけに遠い病院へとわざわざ足を運ぶなぁ』とか『もっと近場の病院で良いじゃないか』といった疑念というか不満を抱いていたのは記憶に朧気に残っている。

 しかし、そうやってわざわざ出向いていた病院の事について。その名前などに至っては全く覚えがない訳だ。もう既に、遥か記憶の奥底に忘れ去られてしまった様である。


 ……そういった状態なのだから。

 むしろ“そんな事”でずっと両親に、自責の念や罪悪感を与え続けていた事について、申し訳なくなった程だった。


(そりゃあ、まぁ。両親にしてみれば“子供の事故”なんて、そう考えるのが当たり前なのかもしれないけどさ……)


 まさかそんな昔の出来事を、ずっと引きずっていようとは……。



 遅れた勉学を取り戻す為の厳しい指導。

 その事については、真城もしっかりと憶えてる。

 真城としては、てっきり両親に“期待をされてる”からだと思っていたのだが……。


(まさかあの行為の裏側に、“そういった考え”があったとはなぁ)


 完全に、真城の勘違いだったという訳か。いやまぁ、“愛ゆえに”という点においては何も間違っては無いのだろうが。

 ……もしかすると小さかった頃の真城は、両親からの指導が辛いから“期待されている”のだと思い込む事で精神を守っていたのかも知れない。

 まぁ仮にそうだとしても、今の真城には真偽を確かめる術は無いのだが。



 白菊から離れたいが為にやって来ただけだったのだが、思わぬ話が聞けたものだ。

 やはり“相手の真意は話して見ないと分からない”という事か。

 夜風に吹かれながら、ふと真城は阿久津の言葉を思い出す。


「相手の“真意”は、話して見ないと分からない……か」



 もし。もしも、だ。

 仮に“もしも”の話だが。


 白菊にも、そういった何かしらの“真意”があったなら?

 これもまた、真城が何かしらの“勘違い”をしていたら?


「なんて、……な」



 何を馬鹿らしい事を……などと首を振り、今思い浮かべた事を頭の中から払拭する。

 そうして真城は、入院中の患者が大勢いる病院内へと入るという事もあって、念の為に切っていた携帯の電源をオンにする。と、画面には一つの不在着信メッセージが表示され、


「――、え?」


 そこに表示されていた名前に眉を顰めた。



 …… ……



 真城が帰った病室で一人、真城直輝は息を吐く。

 必要な所だけを掻い摘み、話せるだけの事は話したが、それでも随分と長話になってしまったものである。



 事故にあって……。

 もしかしたら死んでいたかもしれない事実に直面し……。

 ”死”という、当たり前な現実があることを、思い出したからかもしれない。


 話しておきたい事を、話せる時に話しておこう。

 そんな気分にでも、なったのかもしれない。


 或いは単純に、自分が罪の意識から逃げたかっただけなのかもしれないし、ただの自己満足だったのかもしれないが……。

 今は『話して良かった』と、そう思う。




 全てを話し終えた後の事。

 晴輝から、どういった内容なのかはまだ話せないものの『今、自分はやりたい事をやっている』という事と、しかしそれ故に『学業が疎かになってしまっている』といった事を聞かされた。


 父親としては、晴輝が夢に向かってくれている以上、何も止めようとは思わない。

 無論、学業は大事だが……、しかしそれは『“夢”の実現には勉学・知識が必要だ』といった前提からくるものであり、また“夢”を叶える為の勉学・知識を得る為に『それを得られる学校へ行く』という、“その為”に必要な行為だから言っている訳である。


 基本的に一般的な知識・勉学を行う小・中・高の学校とは違い、“夢”に必要な専門的な知識・勉学を行えるのが大学だ。

 であるならば“夢”とは関係無い・適さない大学には行った所で意味が無い。

 というのが、極論ではあるが真城直輝の持論である。


 故に、改めて“やりたい事”がハッキリしたと言うのなら。

 そして、その“やりたい事”と今通っている大学に何らかの相違があるのなら。

 別に辞めてしまっても構わない訳なのだ。


 まぁ……自分は兎も角、母親()は何と言うのか分からない、が。

 しかし晴輝が“夢”を叶える。というのが重要だ。

 その点に置いて、私達が口を挟む必要は無いだろう。


 故に、晴輝からの言葉の回答には、一応了承しておいた。

 と言っても「母さんにも伝えてからにしろよ」と一言、付け加えておいた訳ではあるのだが。



 晴輝が抱いた最初の夢。

 “医者”になりたい、というその夢を……実現させてやる事が出来なかった事。

 その事について真城直輝が謝罪をした時に、晴輝が返してきた、


『大丈夫ですよ。確かに医者にはなれませんでしたけど……、それと同じくらい“したい事”を見つける事が出来ましたから』


 といった言葉を思い起こすと、口元を緩ませる。



 その直後の事だった。

 病室に看護師が顔を出すと、もうすぐ就寝時間である事を伝えてきたので真城直輝は返事をすると布団へと横なる。

 しばらくして、部屋の明かりが消灯し真っ暗闇が訪れた。




 真城直輝は目を瞑る。

 晴輝へと話せる事(・・・・)は、全て話した。

 これでもう、ある意味、心残りは何も無い。


 もしも心残りがあるのなら……。

 それは、意図して“隠している”事に他ならない。それは――、



 晴輝の“夢遊病”を治す為に通った“あの病院”。

 いや、それ以前に、晴輝の意識不明をどうにかする為に“脳に関する最新の検査機器”が導入・運用されたと聞いて転院させた東京の“あの病院”。

 そこで起こった、ある事件。


 “それ”に母さん()と晴輝が巻き込まれた……という事だった。


 忘れもしない十年前。

 晴輝が小学四年生の事である。

 運悪くその日は丁度、母さん()が晴輝を連れてその病院へと行っていた。……そこで悲劇が起きたのだ。


 突如、大学が爆破し、その余波で隣接していたその病院までもがその大半を失った。

 それは後に、“今世紀始まって以来の最低最悪の事件”などと称されるものとなる。


 今はもう存在しない、その病院。


「……東始大学附属病院」


 その名を小さく呟いて……。

 そうして真城直輝の意識は、眠りへと落ちていく。



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