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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第14話 『不可視の力に包囲網』

 


 真城と別れた後の事。

 白菊は、一人でトボトボと校内を歩いてく。

 向かう場所はメイド喫茶。


 何も今現在、白菊の中に蟠るこの気持ちをメイドさん達に癒しと貰いたい。などといった理由でもって、そういった場所へと行く訳ではない。

 ただ単純に、白菊が参加する部活動。女子陸上競技部が文化祭でやっている出し物が“メイド喫茶”というだけだ。


 つまるところ。

 白菊は今日一日、ほとんど参加出来なかったお詫びにでも、せめて『片付けくらいは手伝おう』と、まぁそういった訳である。



 メイド喫茶に到着すると、入り口は既に閉まっており、“OPEN”の掛札が裏返っていた。

 時間が時間なので、既に閉店したのだろう。

 一般人なら、ここで引き返すのだろう……が、しかし白菊は関係者。

 堂々と、白菊は正面扉を開けて店内へと入ってく。


 周りがガラス張りなので、外からでも見えてはいたのだが……。

 中では、部員達が店内をせっせと清掃していた。


 白菊が店内に入ってきた事に気づいた友人の一人、三船咲(みふねさき)がトテトテと駆けてくる。

 メイド服を着た三つ編みおさげの女学生だ。


「良かった!! 無事だったんだね。不良達が校外の人を相手に乱闘してたって話をちょっと前にお客さんから聞いて……しかも、先生達が追ってるみたいだけど、まだ不良達、ちゃんと捕まってもいないっていうから。……梓ちゃんも絡まれてないかって心配で心配で」


「あー……うん、大丈夫。心配しないで」


 白菊はポンポンと三船の肩を優しく叩いて落ち着かせる。

 全く、心配性な人である。

 ……まさか本当にその一件に白菊も関わっていただなんて、そんな事を知られれば、きっと今以上に心配をされてしまうだろう。

 黙っているのが最善だ。


 白菊からの答えを受けて、少し落ち着いてきたのか、今度は白菊の周りへと目を向ける。

 がしかし、目当てのものが見つからなかったのか三船は小首を傾げた。


「あれ? 彼氏さんって、一緒じゃないんです?」


「え、あー……と」


 そこに気づいてしまったか。

 白菊はピクリと動いた眉間を誤魔化す様に、前髪を少しいじると、内心を悟られない様に平静を装う。


「時間も時間だしね。ちょっと用事があるみたい」


「ふーん……そうなんだ。彼氏なんだったら家まで送ってくれれば良いのにね」


「……、」


 本当に。

 全くもってその通りである。

 例え白菊が、本当の彼女じゃないとしても、だ。


 実際問題、事情があった事は分かってる。

 嫌々付き合ってくれていた事も承知している。

 が、それはそれとして、である。

 納得はしていても、時として受け入れづらい事というものもあるのだ。

 理不尽な事は承知の上ではあるのだが……なんだか、ちょっと怒りが湧いてきた。


「おっと、ついにフラれたか?」


「速すぎない? 一体何をしたんだね、梓っちぃ」


「離婚か? 離婚か?」



「……いや、まだ結婚すらしてないんだけど」


 何やら面白そうな話題だな。と茶化しながら友人達が絡んでくる。

 一体いつから聞き耳を立てていたのやら……。

 気が付けば、キラキラと瞳を輝かせる友人達に、完全に囲まれてしまっていた。


 詳しく話を聞きたがる彼女らに大げさな溜息を吐きつつも、当たらずも遠からずな指摘に内心で「う゛」っとしながらも、白菊は友人達と軽く語り合う。


 が、今はそんな事をしている場合ではない。

 白菊と三船が会話に勤しんでいる合間も、他の部員たちは今日の片付けと明日の準備をしてるのだ。

 手伝いに来た手前、何時までも道草を食ってもいられない。

 急いで、皆で終わらせよう。




 と、不自然に思われない程度の空元気。

 ……そんな風に、自身を取り繕う事に必死になっていたからかもしれない。


 キャッキャと騒ぐ部員達の中心にいる人物。

 自身(白菊)へと、マイナスな視線を送る先輩ら。

 その二人組が、どこかの誰かに連絡を入れていた事などに……当然、白菊は気が付かない。



 ……


 …… ……



 片付けと準備。

 それが一通り完了し、部員たちはようやっとメイド服から私服へと着替えてく。

 そうしてメイド服をロッカーへと仕舞い終えると、ようやく解散のムードになってくる。

 明日のシフトなどを確認し、やる事を全てし終えると、白菊は皆の方へと目を向けた。


 部員達は、どうやら「どこかへ食べに行かないか」といった話題の最中だ。

 文化祭は明日もあるので、打ち上げというにはまだ早いが……まぁ確かに、小腹が減ってくる時間なのでその提案も分からなくはない。


「梓も一緒にどう?」


「そうそう。たまにはどうよ、梓っち」


「うーん、私はいいかな……」


 友人達が白菊にも誘いをかけてくるのだが……。

 しかし、いつもの様に白菊は首を小さく横に振る。


「も~、またかよ梓っち~!! 偶には食いに行こうぜぇ~?」


「付き合い(わり)ぃぞ~~!!」


「そうだそうだ~!!」


「あはははは……」


 ぶーぶーと、抗議する友人達に「ごめんごめん」と謝りつつ、それでも白菊はそそくさと出入口の扉へと手をかける。

 尚も「謝るくらいなら食いにこいよ~」だとか「形だけ申し訳なさそうにしても演技なの丸わかりなんだからな~!!」だとか様々な野次が聞こえるが、もはや聞き慣れ、見慣れた光景。飽きるほどに交わしたやり取りなので、白菊は立ち止まらずに外に出る。

 暖房が効いた部屋の中で掃除をしていた所為か、少し火照った身体には夜風が非常に心地よい。


「大丈夫? ……一緒に帰ろうか?」


 一度閉まった扉から、三船がひょこっと顔を出す。


「大丈夫だって、心配しないで。……ね?」


 尚も心配し続ける三船を宥める様に笑いかける。

 心配してくれるのはありがたい。しかし二人で帰った所で、不良達(あいつら)は構わずに襲ってくるのだろう。

 車で送ってくれる。といった話であれば別なのだが、生憎と白菊も三船も共に徒歩。

 であるならば、いざ襲われた時も考えて、白菊一人の方が良いはずだ。一人なら、全力疾走で不良達(あいつら)を撒く事が出来るのだ。

 いざという時、一人の方が立ち回りやすい。……それにもうこれ以上、不良達(あいつら)との変ないざこざに三船を巻き込みたくもない。


 まぁ、未だ先生に追われていると言うのなら、流石に今日はもう絡んでは来ないだろう。

 それに……例え絡んで来ようにも、不良達(あいつら)は未だに白菊が真城と共にいると思っているはずである。

 真城の強さは既に示している。であるならば、真城に勝てる算段が付かない以上、いくら襲ってきても無意味な事くらい、不良達(あいつら)だって分かるだろう。

 流石に無策で突っ込んでくる程の馬鹿ではないはずだ。


(まぁ流石に、校門を出る時には周りを警戒するけどさ)


 白菊は真城と共にいる。と、そう思われている状況こそが白菊の強みだ。

 流石の白菊だって、まさか真城とは別れて別行動をとっている……などと不良達(あいつら)にバレる様なヘマをするつもりは毛頭無い。


 無い事だとは思うが、それでも不良達(あいつら)が校門で待ち構えて見張っているといった最悪の想定くらいは出来るのだ。であれば“それ”を警戒するのは当然だ。


(こんな事になるんなら、自転車でくれば良かったな)


 自転車なら、それこそ振り切るのは簡単だ。

 などと、過去の自分がしでかした失敗に溜息をつくと、心配そうに見つめる三船に手を振って、夜の道を駆けていく。



 …… ……



 大学を出て、一人で夜道を歩く途中。

 白菊は、辺りに若干の違和感を覚えつつ、歩幅を変えずに駆けていた。


 歩幅を変えて全力疾走しないのは、単純に“違和感の元凶”に白菊が気付いていると悟らせない為のもの。それは、未だ存在が確定していない“違和感の元凶”が、確実にいると仮定した場合の処置である。

 現状が“違和感の元凶”に泳がされている状態であるのなら、白菊が“違和感の元凶”の想定する“枠内”から逸脱する行為……例えば全力疾走などをしない限りは向こうから新たなアクションを起こされたりはしないだろう、といった思惑だ。


 “違和感の元凶”。その存在を確定させる為ならば、寧ろ枠内から逸脱して新たなアクションを起こしてもらう方が良いのだが、如何せん今は場所がマズイ。

 左右の脇から別の道が続いていない、この完全な一本道で事に及ぶのは……圧倒的に不利である。

 気配が後ろからだけならば、突っ切ってしまうのが良いのだが、如何せん気配は複数人。前後左右、どこから飛びだしてきてもおかしくない。


 まぁ、“気配”とは言うものの、実際に人の気配を感じ取っている訳ではない。

 白菊は別に何かの達人という訳でも、幼少期から何らかの暗殺技術を叩きこまれる様な特殊な家庭・環境で育てられた訳でも無く……最終的に両親が離婚したという結果自体はあるものの、一般的に言えばごく平凡に近い部類の家庭で生まれ育った凡人に類する側の人間だ。

 故に白菊の感じる“気配”とは、人気の無い静けさ漂う夜道の中、足音や何かが擦れる音などが聞こえて警戒する。といった程度のものではあるのだが。



 “違和感の元凶”。仮にそう名づけた“ソレ”を、白菊は未だ視認出来てはいない。

 確実に“追われている”と断言するには早計……ではあるのだが、しかし確実に“違和感”と呼べる程度には“誰かがいる気配”を感じとれている訳だ。


 もちろん、“違和感の元凶”だって尾行のプロという訳ではあるまい。

 ド素人か、それにちょっと毛が生えた程度。それが練習もしていない一般人が出来る尾行のレベルだろう。

 それ故に、物音や足音を響かせてしまうのだって、しょうがない事である。

 それがほぼ無音の空間で、というのなら当然だ。


 ……ただ、白菊の感じている“違和感”は、そういった素人の尾行故に発せられたものではない。

 と、感じるのは、白菊が今日一日の出来事。主に不良達の襲撃で、いつもよりも強く辺りを警戒しているが故のもの……ではないはずだ。


 何と言えばいいのだろう。

 そう、例えば……あえて(・・・)存在をこちらに示す為に音を出している様な。

 わざと(・・・)尾行に気づかせて、こちらの反応を楽しんでいる様な。

 そういった、“悪意のある遊び”をしているかの様な、そんな意図・印象を受けるものなのだ。



 ……これは十中八九、あの不良(尾倉)達が絡んでいる。

 というか“違和感の元凶”は、まず間違いなくソイツらだ。


 はぁ、と白菊は走りながら溜息をこぼす。

 あいつらに見つかる様なヘマはしなかったはずである。

 学校を出る時は、辺りに必要以上に気を配り、見知った不良やそれに類する様な人物には一切顔を見られない様にしていたはずなのだ。


 それでもこうして追って来れたという事は、待ち伏せていたのが校門付近といった場所ではなく、白菊が帰宅時には確実に通らなければならない帰路のルート内の何処かで張り込んでいたという事だろう。

 敢えて遠回りをしてからいつもの帰路へと戻ったのだが、そもそも帰宅までのルートがバレているのなら、意味も無かったという訳だ。全くもって反吐が出る。


 ここまでやるかね普通?

 まさか自宅まで特定されているんじゃあるまいな、と湧いて出た疑念を振り払う。

 もしも自宅前であの不良達が張り込んでいたのなら、流石に警察案件だ。


 白菊は小さい頃から、この地域に住んでいる人間だ。

 であれば、真城医院なんて有名どころではないにしても、自宅の場所が噂になっていても……知られていても不思議じゃない。



「……いや、」


 自宅の場所がバレていると考えるのは早計だ。

 もちろん、“そう”であるといった前提知識を頭の中にインプットしておくだけでも意味はあるが、しかし“そう”と断定する段階ではまだ無いはずだ。

 自宅が既にバレているのなら別に今日以前にだって、自宅を張りこむ事が出来たはず。


 それこそ、四日前。

 真城に久しぶりに再会して助けられたあの日などのその後に。

 いくらでも白菊宅で待ち伏せる機会はあったのだ。


 そうなっていない、という事は……自宅を完全に特定された訳ではなく、あくまでも白菊が帰宅時によく通る道の一つに張りこんでいたら、偶々獲物(白菊)が引っ掛かった。ぐらいに思っておくのが無難だろう。


 まぁそれでも、白菊がいつそこを通るのか。

 それとももう過ぎ去った後なのかが分からないというのは完全な運になる訳で、そこは今回、白菊に運が無かったという事か。


「…………、」


 白菊が帰宅するタイミング。

 もしそれを、不良達が知っていたんだとしたら、どうだろう?


 それは運ではなく必然になるのだが……。

 そうなると、それは白菊の周りの誰かがその情報を不良達にリークしたという事に他ならず……?

 であるのなら、白菊が真城と別れて一人行動を取っていたという事実も筒抜けで……?



「――ッ、だから()なのか!!」


 白菊の向かう先。それが人通りの多い大通りへと続いているのだとバレたのか、突如白菊の目の前にガシャンと植木鉢が落ちてくる。


「――ッッ!?」


 当然、そんなものが落ちてくるような場所ではない。

 植木鉢を、ベランダで飾っている様な家はここには無い。

 であるならば、自然と落ちてくるはずもなく……これはきっと、投げられたものだろう。


 突然の出来事に対し、白菊は走る足を止めてしまう。

 それが失敗だったと理解したのは()の異変が起きてからだった。


「――――ッ、え!?」


 バンッ!!

 と、突如として白菊の身体が不可視の力によって真横へと弾き飛ばされる。

 一瞬、車にでも衝突したのかと動転し、白黒と点滅する視界のまま、ゴロゴロと白菊の身体がタイミング良く……いや悪く、丁度そこにあった横道、路地裏へと続く脇道へと転がった。


 口の中を切ったのか、少し血の味のする口を噛みしめて、何とかすぐに起き上がる。

 意図せずに入ってしまった脇道から出る為に、脇道の入口へと目をやって、気が付いた。


 白菊が元の道へと戻るのを阻む様に、一人の男が立っていた。

 それは白菊の良く知る人物。不良を束ねるリーダー、尾倉である事はすぐに分かった。


 チィ、と白菊は聞こえる様にわざとらしく舌打ちをする。

 やはり違和感の正体、その元凶はお前だったか、と言わんばかりに。


 全く。

 真城にボコられ、先生に追われたりしたのだから、今日はもう諦めれば良いものを……。

 と思う反面、“真城がいない”といった情報を得たのなら、そのチャンスを見逃すはずもないだろう、という嫌な納得もしてしまって嫌気が差す。


 ホント、こうなりたくないから警戒して学校を出たというのに。

 ままならないものである。


 ニッタリと歪に口元を歪めて笑う尾倉。

 そして、そんな尾倉の下に集う様に、更に複数人の不良達が現れる。

 白菊が目指す道、それを完全に塞き止める様に立ちはだかる。


 前は完全に塞がれた。

 であるならば、向かう方向は一つだけ。


 白菊はチラリと後方を視認して、そこにはまだ不良が一人もいない事を視認する。

 本当は行きたくない。しかし選択肢が無いならば、不本意ではあるが仕方がない。


 白菊は息を呑む。

 ついで勢いよく身を翻し、路地裏の奥へと駆けていく。


 目的の道を塞がれてしまった以上、別の道から行くしかない。

 人通りの多い場所、大通りへと行けたなら、あいつらも派手に動けはしないだろう。

 いくらでも、助けを乞う事だって出来るはず。


 正直、路地裏には詳しくない。

 いくつも枝分かれした様なか細い道の中で、どれが目的の道へと繋がっているのかが分からない。

 だが、それでも。立ち止まってはいられない。

 頼れる人がいない以上、自分で何とかするしかない。



 …… ……



 右へ左へ。

 白菊が全速力で路地裏の細道を駆け抜ける。

 時たま室外機に足をぶつけたり、酒瓶を入れる用のプラスチックケースの様なものを蹴り飛ばしたりするが無視だ無視。

 多少の怪我程度なら問題ない。走るのに影響さえ無いのならそれは些細な問題だ。


 今の白菊の思考。

 それは現状ただ一つ、あの不良(尾倉)達から逃げ延びる……その事だけに使われていると言っても過言ではないだろう。



 曲がり角に差し掛かり、勘で右に曲がると同時、白菊は自身が走ってきた道へとチラリと一瞬目を向ける。

 すると大体十メートル程離れた地点を、不良達が追って来ているのが見て取れた。


 本来、この場所がただの一直線の道であったなら、白菊が全力で走れていたのなら、不良との距離は高々十メートル程度のものではなかった事だろう。

 しかし今はそうではない。

 ただでさえ走りにくい細道に加えて、捨てられた空き缶や何かが入ったビニール袋といったゴミが散乱した足場の悪さ。剥き出しの配管の類や室外機といった障害物の数々。更にはあまり直線が続かずにカクカクと曲がりくねる通路等々……様々な要因によって時折妨げられる疾走が現在の“完全に撒けない”状況を生んでいた。


 それに加えて、


「……くそッ」


 前方から駆けてくる不良達を視認して、白菊は回れ右。

 来た道を舞い戻る。

 と、曲がり角から、先ほどまで十メートルは離れていたはずの不良達が三メートル程にまで距離を縮めている事に気が付いて、慌てて全力ダッシュで一直線に駆け抜けた。


「地の利に加えて、相手の人数が多すぎるのよ!!」


 前方の分かれ道。

 その左右に分かれた道の右側から、こちらに目掛けて駆けてくる不良達を視認して、白菊は左の道へと入ってく。



 こんな事を、かれこれ十分以上は続けてる。

 不良達が全部で十数人。枝分かれする道のおかげか完全な包囲網は敷かれきれてないものの、このままではジリ貧だ。

 自分が今、何処を走っているのかの方向感覚さえ分からなくなってきた。


 白菊は今日だけでもう何度目かも分からない舌打ちをしながら、額から垂れてくる汗を拭う。そして、チラリと後ろに目を向ける。


 不良()達の反応、表情が白菊を苛立たせる要因である事を、果たしてあいつ等は理解しているのだろうか?

 いや、きっと理解した上でやっているのだろう。

 非常に不快極まりない。


「お~~い。梓ちゃ~~~ん」


「どうしたの~? 早く逃げないと捕まえちゃうぞ~~」


「ほぅらほら、どんどん逃げ道無くなるよ~~」


 ゲラゲラと、下品な顔で笑う男達。

 あんなのに捕まれば、何をされるのか分かったものではない。

 どうせ碌な事には成りはしない。



 着々と築かれつつある包囲網。

 そんな中で足掻く白菊を、まるで手負いの獣をいたぶって弄ぶ様にニタニタと、次第に着実に追い詰める。


 実際にこの目で見ている訳ではない。

 しかしだからこそ、刻一刻と逃げ道を潰されていく様な、逃げ切る可能性を次第に摘み取られていく様な、そんな言い知れぬ焦燥感が募ってく。


「……、くそ」


 白菊がいくら脚力に秀でていようとも、女一人で複数人の男にタックルし、包囲網を崩せるなどと、どうにか突破出来るなどとは思わない。

 であるならば、どこかで男達とかち合わずに包囲網を掻い潜るしか手は無い訳だ……が、そんな方法が果たして本当にあるのかと言えば難しい。


 何かで男達の気を逸らす事が出来たなら。

 或いは男達が逃げ出す様な出来事でもあったなら。

 などと考えてはみたものの、良い方法は浮かばない。


「携帯さえっ、落としてなかったらなぁ……っ!!」


 思い起こすのは、この逃走劇を始めてすぐの事。

 距離を取って逃げながら、警察に助けを求めようと携帯を出した時だった。

 突然、不可視の力としか形容出来ない様な何かによって、手に持った携帯を弾き飛ばされてしまい、それを拾う事が出来ずに今現在となっていた。


 あそこで携帯を紛失していなければ、警察なり真城なり、いくらでも助けを呼ぶことが出来ていたというのに。

 まさかあんな不可解な事が起こるとは……。


 きっとあの携帯は、尾倉辺りに拾われてしまっているだろう。

 別に簡単に解けるロックはかけていないので、そう簡単にロックを外されて個人情報を抜き取られてしまう様な事は無いだろうが……、しかしそんな大事な携帯があいつの手中にあると思うだけでもう嫌だ。虫唾が走ると言っていい。


 大体、あの不可視の力は何なのだ。

 思い返せば、この逃走劇が起こったその要因。この路地裏へと突き飛ばされたのだって不可視の力が原因だ。


 最初は単なる偶然。

 突発的な自然現象か何かだとも思ったが、その可能性は携帯を弾き飛ばされた時点で無くなった。

 あれは意図的に起こされているものだ。


 では誰がそれを起こしたか?


 ……それはきっと、あの不可視の力が起こる事で、今回一番得をしている人物、尾倉が怪しいといった結論になるのだが。果たしてそんな事があり得るか?

 あんな強力な風圧的なもの。ただの人間が起こせるとは思えない。

 昔何かのテレビで見た様な超巨大空気砲的なものがあるならば、納得も出来るというものだが、そういった大仕掛けも見当たらない。

 そんなものがあるなら目立つだろうし、何より持ち運ぶのが大変だ。


 では何だ。

 何ならソレが可能だろう?

 いくら考えても、その答えは浮かばない。


 しかし、


「でも、まずはそれよりも」


 逃げる事が先決だ。と白菊は思考の一部を中断する。

 あの謎現象については一旦置いておこう。

 考えるのなんてこの状況から逃げきって、落ち着いた後でも良いはずだ。


 白菊は思考を一つ前。男達が築く包囲網をどうするか、その議題へと巻き戻す。

 着実に作られていく包囲網を突破する、その為の方法を模索する。

 そんな時だった。


「――っ、あれは」


 白菊の目線の先。

 十メートル程離れた前方にあるもの(・・・・)が置かれているのに目を止める。

 あれ(・・)を使えば、或いは包囲網を抜ける事が出来るかもしれない。……と、一瞬思考を巡らせるが、しかし「いや待て」と脳内でもう一人の白菊(理性)が制止する。


 それを使うという事は、ある意味愚策と成りかねない。

 逃げる為のメリットよりも捕まりかねないデメリットの方が大きい、ハイリスクローリターン。

 殺人鬼から逃げるタイプのホラー映画で、二階へと駆け上がっていく様な……。或いはトイレに立てこもる様な……。そういった行動と同義だろう。

 失敗した時に、取り返しが付けられない。


 ……が、しかし。

 四の五の言っていられない状況なのもまた事実。

 ハイリスクであろうとも、ローリターンであろうとも、包囲網を突破出来る可能性、その一つである事には違いない。



 白菊はもう一度、チラリと後ろを確認する。

 すると後方に、まだ距離はあるものの男達の追ってくる姿が確認出来た。


 であるならば、今あれ(・・)は使えない。

 あの、“掃除用具を入れるロッカー”に身を隠すにしても、隠れる所を見られていたら意味がない。

 であるならば……ここは、同じものが別にもあるとそう信じ、


「――てやぁ!!」


 彼らを足止めする為に、このロッカーは使用する。

 ガタンと、あまり重いものが入っていなかったのか、比較的簡単にロッカーを倒して道を塞ぐ。

 そして、男達がそのロッカーに足止めを食らっている内に、白菊は一気にこの一本道を駆け抜けて、別の道へと入ってく。



 ……


 …… ……



 あれから、どれほど経っただろう。

 手元に携帯が無い為に、現在の時刻を知る術は持たないが、感覚的に十分は経っているに違いない。


 ここまでの道筋は、これまでとそう変わらない。

 自慢の脚力と体力で逃げ切って、時に道を塞ぐ様に手あたり次第に物を撒き、そうして逃げ回っていた。

 今だってそうである。丁度、曲がり角から現れようとしていた不良達を、それを上回る速度で振り切って、こうして道を駆けている。


 分かれ道を右に曲がる。

 次の角は左へ曲がる。さらに次の角は……右でいいか。

 随分と曲がり角の多い場所に来たらしい。が、それ故に姿を晦ますには丁度いい。


「……っ! よし、あった!!」


 曲がり角を曲がった直後、白菊は目当てのものを発見してガッツポーズを決めると、追手が来るよりも速く掃除用具入れのロッカーを開けて、その中へと身を隠す。

 中にはモップや箒、バケツや雑巾やたわし等々が入っており、人一人隠れるにはギリギリではあるのだが、贅沢を言ってはいられない。


 腐った牛乳、或いは生ゴミに似た臭いがするが仕方がない。

 白菊は口と鼻を塞いで、音を立てない様に息を潜める。


 しばらくして、複数人の足音と共に男達の声が過ぎてく。

 が、それで安堵するのは早計だ。

 白菊の目当ては、後ろから来る追っ手ではなく、包囲網を築かんと行動する()から来る()達なのだから。



 その場所に、五分程隠れていただろうか。

 狭いロッカーの中で、音を立てない様に気を配り、態勢を変えない様に努めていた所為か腕や足が痺れて来た……そんな頃。

 ようやっと、目当てがやって来る。


 相変わらずのゲス笑いを響かせて、男達が白菊の隠れるロッカーを通り過ぎていく。

 こここそが正念場。しかしそれ故に無意識にこもる力、バクバクと高鳴る鼓動をどうにかこうにか押し殺し、完全に男達がいなくなるのを待ち続ける。

 完全に、奴らの気配が無くなった事を確認し、白菊は「ぷはぁ」と息を吐く。


 ガチャリとなるべく抑えた音で戸を開けて、周りの様子を確認する。

 やはり周りには誰もいない。

 実はロッカーに隠れているのがバレていて、遠くで待ち伏せされていた……なんて事も無いようだ。

 であるならば、今の内に出てしまおう。これで戻ってきた奴らと鉢合わす、なんてのはまっぴらだ。



 白菊は音を立てずに外に出る。

 密閉され、籠っていた異臭からようやっと解放された白菊は、外の良い空気を目一杯吸い込んで吐き出した。

 さて、もう一頑張りだ。

 男達が作っていた包囲網。その外から内側に向かって移動していた連中の索敵を抜けたのだ。であるならば、この場所は既に包囲網の外となる。

 もうしばらくもすれば追い込み漁をしてたはずなのに、いつの間にやら(白菊)が網の中におらず、穴から逃げられている事に男達も気付くだろう。


(……だったら、その前に)


 足元のゴミ袋やら空き缶やらを踏みつけて音を出さない様に気を付けて、尚も出来得る限りの速度で駆け抜ける。

 少しでも開けた道へ。少しでも人通りのある場所へ。必死で白菊は移動する。



 もう何度目かも分からなくなった曲がり角を曲がった時、月明かりではない人工的な光……街灯の明かりに照らされた道が、通路の先にある事に気が付いて目を留める。

 車が走り抜けていく音が、僅かにではあるがそちらの方から響いでくる。


「やった!!」


 ようやく迷宮の出口を発見し、そちらの方へと駆けていく。

 ざまぁみろ男共。などと、してやったりな笑みを浮かべつつ、白菊はゴールにたどり着く。



 ……とは、問屋が卸さない。


 白菊がゴールへとたどり着くその直前。

 不自然に風が吹き荒れる。と同時に不可視の力が白菊の身体を正面から打ち付けた。


「……――っっ!!!?」


 まず初めに感じたのは、透明なガラスの壁に突如衝突したような感覚……衝撃が駆け抜ける。次いで、前方から来た車とでも正面衝突したかの様な感覚と共に、白菊の身体が強引に後方へと弾き飛ばされる。


 突然の意識外からの衝撃に、白菊の意識が飛びかける。

 チカチカと点滅する視界。三半規管を狂わされたかのような不快感。そして地面へと背中を打ち付けて、尚も止まらず一後転した痛みを何とか噛みしめて、白菊は何が起こったのかを理解しようと試みる。


 まぁ不可視の力などという、ふざけた不可思議を起こす奴など限られる。

 未だにグラつく視界のまま見つめた先。そこに立つ人物に向かって、白菊は半ば無意識に舌打ちする。

 白菊の行動を阻害した人物は、言わずもがな尾倉であった。



「……まったく、あいつらは何をやっているんだか。遊びすぎだっつーの」


 やれやれといった風に髪をかきあげる尾倉だが、しかし目当ての相手は見つかったと口角を吊り上げる。


「この……」


 クラクラとする頭で、しかしフラフラと白菊は立ち上がる。

 足のみならず身体中が悲鳴を上げるが、しかし我慢が出来ない程ではない。というか痛がってもいられない。


 弾き飛ばされてしまった影響で、出口からは随分と離されてしまったが、しかし未だに出口が目と鼻の先である事には違いない。

 ここまで近づけたのなら、助けを求めるには十分だ。

 白菊は大きく息を吸い込むと、ありったけの力で声を張り上げようと行動を起こすが、


「――――ッ!?」


 次の瞬間、それを阻む様な不可視の力が働いて、白菊の口が物理的に塞がれた。


「んんんーー!!」


「おっと、残念。そんな事はさせねぇよ」


 これ見よがしに右手を白菊へ向けて突き出して、「今、お前の口を塞いでいる不可視の力は、この俺が出してます」といったジェスチャーを隠しもせず、寧ろこちらへとこれ見よがしにアピールでもする様な姿勢で尾倉がハハハと嘲笑う。


 白菊は慌てて口元に手を当てて、口を塞いでいる“何か”を振り解かんと足掻くが、それは一向に外れない。

 そもそも触る事が出来ないのだから、こちらから物理的に引き剥がす手段が見つからない。


(このっ……!! このっ……!!)


 このまま鼻まで塞がれてしまったら、窒息してしまうだろうが……そうしないのはきっと、“敢えて”なのだろう。

 簡単に終わらせず、弄びたい、いたぶりたい、こちらが足掻くのを見ていたい。そういったゲスさ故だろう。


「おらっ!! もうお(しめ)ぇだ!!」


「――――、ん゛ん゛!?」


 尾倉がこちらへと駆けてくる。

 そして思いっ切りの蹴りが白菊の腹へと吸い込まれ……、白菊を更に後方へと吹き飛ばす。


 ゲホゴホと咳き込む白菊を見下ろして笑う男。

 そんな尾倉を精一杯に睨みつけるが、しかしそんな白菊の反応が見たかったと言わんばかりに再び下卑た笑みを浮かべたのを見て取って、白菊はグギギと目を逸らす。



 そんな事をしていると、次第に男達が集まり出す。


「おぉ、いたいたぁ。いつの間にこんな所に」


「どっかに隠れてたのかぁ? 随分と姑息な事をするじゃねぇのよ」



「……てめぇら。もしこれで逃げられていたんなら、お前ら全員ぶち殺していた所だぞ」


 ったく、と部下達を睨みつけ、舌打ちをする尾倉。

 その言葉に委縮して「うっす……」と背筋を伸ばした男達が畏まる。


「くそ……」


 集まる男達に舌打ちし、白菊はどうにか突破口が無いものかと見まわしながら立ち上がる。が、既に膝は笑っている状態だ。

 これでは後どれくらい、本気で走れるのか疑わしい。


 そうこうしてる間にやら、男達が集まりきった様である。

 白菊と尾倉を囲う様に男達の壁が着々と築かれる。

 もう一刻の猶予も無いだろう。

 一か八か、最後の手に賭けるしかない様だ。



「――――ッッ!!」


 フッと白菊は息を吸い、止める。

 瞬間、一気に全力で走り出す。


「なに!?」


 まだそんな力があったのか。

 そう言いたげに目を剥いた尾倉へと、白菊が一気に接敵する。そして大きく腕を振りかぶり、思いっ切り拳を振り下ろす。狙うは尾倉の顔面だ。


「――がっっ!?!?」


 尾倉が顔面を押さえてよろめくと、そのまま地面へと転がった。

 思わぬ反撃にあったと悶え苦しむ尾倉だが……その反応も致し方ない事だろう。

 何せ白菊が振り下ろした拳は、ただの拳ではなかったのだから。


「そんなもの……ッ!! どこでッ!!」


 眼球に直撃はしていない。しかし涙を浮かべる瞳の先。

 白菊の振り下ろした手の中にあったもの。たわしを睨みつけてそう告げる。


 しかし白菊は答えない。

 それが、白菊の隠れていた掃除用具入れのロッカーの中にあった物である事。それを念の為、懐にしまって持って来ていた事などを一々説明したりしない。

 ただ、悶える尾倉を一瞥し、更にその後ろ。男達の壁へと駆けていく。


「でやぁあああ!!!!」


 渾身の力で、たわしを男達へ向けて投擲する。

 それを男達が避けた先。出口へ向かってタックルをかます勢いで突き進む。

 もう男だ女だなどとは関係無い。そんな事は言っていられない。

 このままの勢いで突っ込めば、多少の体格差など関係無い。


「どっ、けぇぇぇぇぇええええええええ!!!! ――――ッッ!!!?」



 が、それが白菊の最後となった。


 もう幾度となく邪魔された例のアレ。

 不可視の力の手によって、再び白菊の行動が阻まれる。


「――な、んで……?」


 不可視の壁に直撃し、後方へと吹っ飛ぶ傍らで尾倉を視界に収めるが……しかし尾倉は未だに顔面を押さえて転がっているだけなのだ。

 どう見ても、奴が不可視の力を使っている様には思えない。


 で、あるならば?

 この不可視の力は、一体誰が起こしている現象か?


(まさか……、)


 薄れゆく意識の中、嫌な予感が脳を過る。

 それはもしかすると、その不可視の力は尾倉ただ一人が使える特別なものじゃなく……ここにいる男達全員が、使えるものだという可能性。


 完全に油断した。

 どうして尾倉だけの特別なものだと思い込んでしまったか。

 どういった原理かは知らないが、尾倉が使えるというのなら、他の人物が使える可能性をも考慮すべきだったのだ。



「――ってめ、この野郎が!!」


「ゴフッ!?」


 八つ当たり気味に、立ち上がった尾倉が駆けて来て、倒れ伏した白菊へ向かって思いっ切り蹴りを叩きこむ。

 顔面ではなく腹なのは、傷を隠せる場所にしようという配慮からか或いは……。まぁ何であろうと関係無い。


 白菊の身体は限界だ。

 抵抗虚しく、ガックリと力が抜けて項垂れる白菊は、既に意識も限界だ。


「……やっと、大人しくなったのか?」


 白菊の髪を掴んで顔を持ち上げて、もう抵抗する気力が無いのを見て取って、尾倉は余裕を取り戻して嘲笑う。


「よし! よしよしよしよしよし!!!! ようやくコイツを手に入れた!!」


 ガッハッハと高笑う尾倉が部下に向かって指示を出す。


「よしお前ら、ずらかるぞ!! コイツをアジトに連れていく」




(…………、)


 薄れゆく意識の中。

 白菊が思うのは尾倉の事、不可視の力についての事……などではない。

 男達に運ばれて行く中で、思い浮かべるのはただ一人。


(……真城、くん)


 しかし。

 その声は届かない。


 届くことなく、白菊は闇の中へと……路地裏の奥の奥へと消えていく。



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