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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第11話 『お礼参り』

 


 鉄筋コンクリートで作られた全面灰色の部室棟。

 その場所は、他の棟よりも少し離れた所に建っており、また部室棟周りのエリアでは何もイベントを行っていない為か、人通りは多くない。

 一般客は見当たらない。

 いるのは部室棟に用がある学生か……或いは、文化祭に参加せず暇を持て余す学生くらいのものだろう。



 文化祭を華やかな“光の場所”とするのなら、ここは言わば“陰の場所”。

 文化祭に参加せず暇を持て余す学生達。参加する気もない学生達。そんな人達の溜まり場だ。


 そんな文化祭の陰の場所。

 部室棟の一角で、タバコを吹かして酒を飲む男達の姿があった。


 髪を染め、着崩したファッション。

 そんな如何にもな風貌の彼らは、しかし全員がこの大学に在籍する学生で、……どこの学校にも一定数はいるであろう“不良”にカテゴライズされる者達だった。



「お、あの子ちょっと可愛くね?」


 男の一人が、遠目に文化祭の様子を眺めながら、そんな事を呟いた。


「んぁ、どれどれ?」


「ほら、あの髪が長い、赤い服着た……」


「あぁ、あれか。……俺はどっちかってーと、その隣の女が好みだなぁ。どうにか連れ込んで一発ヤれないもんかねぇ」


「囲めば簡単でしょ、そんぐらい。あ、因みに俺はその後ろの巫女服の子が良いな。押しに弱そうだし、自分好みに染めれそう」


「巫女服って……あれ、コスプレでしょ? オタクじゃん。そんなのが良いの?」


「分かってねぇな。変に遊んでなさそうなのが良いんだろ? ビッチには飽き飽きしてんのよ、こっちは。たまには処女も食いてぇ」


「ふーん、案外むっつりだったりすんじゃないの、ああいう子って。じゃなけりゃあんな服着ないでしょ? 明らかな誘い受けじゃん」


 最初の言葉を皮切りに、男達が好き勝手に言葉を重ねてく。

 話に花が咲いていく。

 酒が入っている為か饒舌に、下衆に笑って女達を値踏みする。



 そんな男達を横目に、苛立たし気に酒を呷る男が一人いた。

 尾倉法俊(おぐらのりとし)。ここに集まる、不良グループのリーダーだ。



「(なぁ……なんか尾倉さん、今日機嫌悪い?)」


「(今日じゃなくて最近ずっと、じゃないか)」


「(そりゃ、あれでしょ。ほら、尾倉さんが狙ってる……白菊とかって女。全然思い通りにいかなくてイラついてんでしょ)」


「(へぇ、珍しい。狙った女はすぐにでも手籠める尾倉さんが、ねぇ)」


「(もう半年ぐらい経つんじゃない? 随分とガードの固い女だよなぁ、そいつ)」


「(陸上部で逃げ足が速い上、そういうの(・・・・・)を警戒してか飲み会とかにも全く参加してこない徹底ぶりらしいからねぇ、ソイツ。かなりの上玉だし狙ってる奴も多いから、堕とせりゃいい金になるだろうになぁ。早くこっちにも回して欲しい所だが……)」


「(最近の事もあるんじゃない? ほら、確か四日前の……――ッ)」



 不良の一人がそう言葉を口にして、視界の端で尾倉と目が合った。

 尾倉が目を細めたのを見て取って「しまった」とばかりに、不良は慌てて口を噤む。


 尾倉法俊。

 彼の暴力性は、ここにいる誰もが知っている。

 一度怒らせればどうなるか? 重々理解しているはずだった。


 だからこそ、尾倉の不機嫌さを察知して、声のボリュームをかなり落とし、ヒソヒソ声にしていた……のだが。

 聞かれていた事実に、サッと血の気が引いていく。



 ユラリ、と尾倉が立ち上がる。

 持っていたチューハイ缶を片手の力だけで握り潰し、力任せに床へ向かって打ち付ける。

 カン、カラン。と床から跳ね返った缶が再び宙を舞い、明後日の方へと消えていく。

 尾倉の視線は、真っ直ぐに不良達へと向いていた。


「ヒェ……」


 死刑執行。

 そんな行動が尾倉から出力されるその直前。

 部室棟に一人の女性。いわゆるギャルの格好をした女がやって来るとこう告げた。



「ねぇ、尾倉っちいる~? 尾倉っちって確か女子陸上競技部(女陸部)の白菊って子の事、狙ってたよねぇ。……今さっき聞いたばっかの話なんだけどさぁ、なんでもその白菊ちゃんに彼氏が出来たって噂が~……って、どしたの?」



 女の言葉に目を見開き、死刑執行……その為に伸ばした手を引っ込めて、尾倉は女へと目を向ける。


「……それは、本当か?」


「え、うーん。事実かどうかは分からないけど、さっき聞いた話だってのは本当だよ?」


「…………、」


 尾倉は口元に手を当てて考え込む。


「ほらほら、これこれ。さっき美羅(みら)真緒(まお)からヲインで送られてきたんだから」


 そう言って、女は手元のスマホ画面を尾倉に向けて差し出した。

 画面には、隠し撮りされたであろうメイド喫茶での様子。テーブルに座る白菊と、一人の男のツーショット写真が映し出されている様だった。


「――ッ」


 尾倉はその写真を一度見て、そして舌打ちを一つした。

 写真に写る男の顔。それは尾倉も知っている、会ったことのある人物だ。

 四日前に、白菊を囲いこみ……後もう少しという所で現れた、あの男と瓜二つの人物がそこには表示されていた。


「……こいつは、……こいつが」


 尾倉は無意識に拳を握り締めて歯噛みする。

 思い起こすのは、あの苦々しい……敗北した時の記憶だけ。


 まるで、鬼神の如き強さでもって、尾倉を含めた三人をものの数分で蹴散らした、……おおよそただの一般人とは思えないあの男。

 その男が……、


「白菊の、彼氏……だと?」




 尾倉の中に、動揺。驚愕。怒り。

 それらあらゆる感情が湧き上がり、膨れ上がる。


 白菊梓(ソレ)は、俺が先に狙っていた獲物だ。

 それを、それなのに、後から来た奴が掻っ攫うなど許さない。

 あんな上玉。誰かに渡してなるものか。


 ガンッッ!!!!

 と、コンクリートの壁に向かい、怒りに任せて拳を一発打ち付ける。

 が、それで怒りは治まらない。


 尾倉は記憶を掘り起こす。

 確かに、白菊とあの男は知らない間柄ではなさそうだった。

 だが、白菊を囲い込んだあの時点。男が助けにやって来た“あの時点”までであるのなら、どう見積もっても“恋人同士”などといった関係には見えなかったはずである。


 何故?

 どうして?


 この俺へのあてつけか?

 或いは、白菊が“助けられた拍子にコロッといく”様なチョロい女だったという事か?

 それとも何か別の理由が……、



「しかもこの彼氏、医者の息子なんだってさぁ~。いいなぁ、チョー羨ましい~」


「……、へぇ」


 あの女も、所詮は金目当てという事か。

 それならば、随分とあくどい女もいたもんだ。


 俺からのアプローチは散々シカトしておいて、他の男になびくなど……。

 どうやら、少しばかり泳がせすぎていたらしい。


(この俺が……、思い知らせてやるッ!!)


 どんな手を使っても、俺は必ず手に入れる。

 俺は、今までもこれからも、狙った女はモノにする。

 俺が飽きて捨てるまで、散々に使い潰してやるからな。



「仲間を集めろ、全員だ」


 尾倉は手下の男達へと向き直る。

 手下達へと指示を出し、自らもカランと鉄パイプ(武器)を手に持った。



「まさか、また会えるとは思ってなかったぜ。……お礼参りだ。この俺に楯突いた事、後悔させてやるからな」



 あの男。

 そして、白菊め。



 …… ……



「そこっ!! ……~~っっ、くっっっそォ~~~~」


 白菊が、まるで子供の様に地団駄を踏んで悔しがる。

 そんな姿を後ろから眺めつつ、真城は溜息をついていた。



 ここは白日院大学、C棟。一階。

 広々とした教室で様々な遊びを提供する、ボードゲーム部主催のイベント会場。


 今はその中にある“遊び”の一つ。

 “輪投げ”でもって、白菊が熱中している最中だ。


 輪投げとはどういったものなのか。

 と言えば……フリスビーの様なサイズの輪っかをそれこそ、フリスビーの様に放り投げ、数字の付けられた(ピン)に向かって引っ掛ける……といった遊びにはなるのだが、まぁ知らない人もいないだろうし、それ以上は割愛しても良いだろう。


 今回のイベントでは、その輪っかが引っ掛かった棒の数字に応じて景品が手に入る、といったものである。

 因みに、輪っかは五つで三百円。

 いわゆる“射的”の輪投げバージョンといった所だろう。



 メイド喫茶を終えた後、白菊と合流してすぐの事。

 不機嫌(決して不機嫌ではないが?)な真城の手を引いて、何やら、


白日院大学(白日大)の文化祭はイベントが盛り沢山だからさ、色々遊んで回ろうよ」


 などと言う白菊によってC棟に連れて来られた矢先のこと。

 教室入り口に置かれた景品のその一つ。

 掌サイズの白いクマのぬいぐるみに目を輝かせた白菊が、意気揚々とイベントに参加して……そしてこの有様となった訳だった。


 水ヨーヨー釣り、ペットボトルのボウリングに新聞紙を丸めて作ったボールでするストラックアウト、等々。

 どうやらこの場所でやっている内容は、文化祭に遊びに来た小さな子供たち向けのものであるらしい。

 その為か、ここには他よりも小さい子供がよく目立つ。

 ……そんな子供達の中に混じって、


「あとちょっと!! もう数センチ、数センチ左だったならァっっ!!」


 既に値段にして九百円。

 十五回目の輪投げを失敗し、頭を抱えるのは言わずもがな白菊だった。

 白菊はガックリと膝を折り、オーバーリアクション気味に床へと崩れ落ちていく。



 別に彼女がノーコンだ、と言うつもりはない。

 目当ての景品(ぬいぐるみ)を狙って投げた結果の副産物として、今まで既に二つは景品を手に入れた。

 ……ただ、目当ての景品(ぬいぐるみ)がどうしても、ど~~しても手に入らない。

 それだけの事だった。


「くぅぅ、今度こそ!!」


 そう言って財布を取り出した白菊が、小銭が無くなったのか千円札を差し出す姿が見て取れた。

 もはや必死の形相だ。


 “埋没費用”。或いは“コンコルド効果”。

 ……とまでは言わないが目先のぬいぐるみ以外、もう何も見えていない。


 一体何をそんなに必死になっているのだろう。

 それは真城には分からない。

 きっとそれは、一生かけても真城には分からないものなのかもしれないが、しかしこれだけは言える事だろう。


 あんな小さな、掌サイズのぬいぐるみに九百円以上の価値があるとは思えない。

 無駄な事は止めにして、とっとと諦めるのが正解だ、と。


 とは言えど……きっと白菊は頷かない。

 何せ決して諦めず、獲れるまで粘るという覚悟を感じる形相だ。


「………、」



 あぁ、まぁ。

 もう分かってる。

 どうするのが正解か。

 どう動くのが正しいか。



 真城は脳内で葛藤し、あれこれと一通りの言い訳をこねくり回して、自分をどうにかこうにか納得させると、盛大な溜息を一つ付いた。


「……はぁ、ここで一体いくら使うつもりなんだよ。俺がやる」


「あっ、ちょっと……」


 言うが早いか、真城は白菊が店員から受け取ったばかりの輪っかをひったくると位置に付き、狙いを定めて輪っかを一つぶん投げる。


 雑に放ったかの様に見えた輪っか。

 しかしそれは、綺麗な放物線を描いて飛んでいき、ストンと狙いの棒にものの見事に引っ掛かる。

 すかさず、店員が持っていたベルをカランカランと響かせて「おめでとうございます!」と、景品を取りに走ってく。その表情には、どこか安堵の感情が見て取れた。


「うそ……すごい、たった一回で獲れるなんて……」


 目を丸くし、驚く白菊。

 そんな白菊から真城はスッと目を逸らす。


「……もしかしてプロの方だったり?」


「何のプロだ、何の」


 驚きのあまり、おかしな言葉を口にする白菊を適当にあしらって、真城は小さな溜息を一つつく。


 今回のこの輪投げ(イベント)では小さな子供と、それ以外の学生(大人)達で輪を投げる距離が違う。その差はざっと二倍ほど。

 故に白菊は、これほどの苦戦を強いられていた訳である。


 真城とて、普通に(・・・)にやっていたのなら、苦戦をしていた事だろう。

 少なくとも、一発成功。なんて事にはなっていない。


 ……何が言いたいのかというと、だ。

 真城は今回、簡単な不正を行った。


 要は“影”を使った訳である。

 影を操作し、輪を操り、目標の(ピン)へと導いた。

 それだけの事だった。



 ……では、何故そんな事をしたのか、と言えば理由は二つ挙げられる。


 一つは単純に、こんな所でいつまでも時間を潰すのが嫌だったからである。

 真城には今現在、捜しているヤツがいる訳だ。

 それは先ほど、メイド喫茶を出た時に見つけた……と思われる影人の存在だ。

 その存在が、本当にいるのかどうなのか。それを早く確認しに行きたかったからだった。


 もし、本当にこの文化祭に影人が紛れているのなら。

 さっさとこんな無駄な事(白菊との行動)を切り上げて、本部へと連絡し、状況に応じての指示を仰がなければならなくなる。

 相手が“フェイズ2”や“フェイズ3”であるならまだいいが、それが“フェイズ4”であるのなら……真城の単独行動での対処が出来ない可能性だって捨てきれない。

 文化祭が戦場に代わるなら、本部との迅速な連携は不可欠だ。


 故に、こんな所でいつまでも足止めを食っているこの状況。

 それは避けたい事だった。



 もう一つの理由。

 これも、その影人捜索に由来する。


 ここから動きづらい状況にあるのなら、せめてこの場所からでも出来る事。……出来る範囲での影人捜索を行おう。

 と、考えた故のものだった。


 操作した影は、一般人には視認不可。

 それが視認出来るのは、“影耐性”を持つ者のみに限られる。


 まぁ一応、例外も存在しなくはない。

 “影操作”を扱う者があえて(・・・)そう“設定”をするのなら、一般人でも操作された影の視認は可能であるのだが……それは今回関係無い。

 真城は“そう”設定をしてはいない。なんら普通と変わらない、ただの“影操作”を行ったからである。


 これでもし、真城の“影操作”を視認出来た者がいたのなら、それが影人()という事になる。……のだが、その結果。



(見当たらない、か……)


 真城は内心で、とりあえず一つ安堵する。


 輪を投げた直後から、真城はずっと警戒をしていた。

 周りの人々の目の動き。そして一挙手一投足に至るまで、全てに気を張っていた。

 にも拘らず、怪しい動きをする者は、一人としていなかった訳である。


 只ここにはいないだけ?

 “影無し”の、影人の存在は見間違い?


(……、いや、それを判断するには早計か?)



「お待たせしました。こちらが商品になります!」


 そこでやっと、店員が景品を持ってやって来る。

 真城へと白いクマのぬいぐるみを手渡して、「おめでとうございます!」と笑顔で深々とお辞儀する。

 真城は景品(それ)を受け取ると、白菊の方へと向き直り、


「ほら、これが欲しかったんだろ?」


 そう言って、景品のぬいぐるみを白菊へと投げ渡す。

 フワリと、ゆったりとした放物線を描きながら飛んでいく景品(それ)を、白菊がキャッチしたのを見届けて、C棟のイベント会場の出入り口へ向かって歩いてく。


「あ、ありがと」


「用が済んだなら行くぞ」


 白菊の反応には目もくれず、真城は出入り口へとたどり着く。

 いつまでも、こんな所で油を売っている暇はない。

 この文化祭に、影人がまぎれ込んでいるかもしれないのだ。

 真城は一刻も早く、その真偽を確かめなければならない。



「次はどこに――」


 真城がそう言って振り返り、後を追ってくる白菊へと視線を向けた時だった。

 白菊の更に奥。楽しそうに走りまわる子供達の内一人が盛大にバランスを崩して転倒する所を目撃し、真城は言葉を詰まらせた。


 膝を擦りむいたのか、男の子が膝を押さえたままで蹲り、大声で泣きだしたのを見て取って、真城は走り出していた。

 見たところ小学生、低学年と言った辺りだろうか。

 近くに親の姿が見当たらない所から考えるに、迷子……と言うよりは友達たちと一緒に遊んでいる内に親達から離れてしまったか或いは、そもそも子供達だけで遊びに来た。といった感じだろう。


「君、大丈夫?」


 そう言って、大人たちの中で誰よりも先に駆け付けた真城は、泣いている男の子を宥めながら助け起こすと、子供が押さえている膝部分に目を落とす。

 見れば、少し擦りむいてしまったのか赤くなり、僅かに血が滲んでいる様だった。


「ありゃりゃ」


 真城は腰に付けていた小さめのポーチから、持ってきた洗浄綿を一つ開けると、それを血の滲んだ傷に優しく押し当てた。

 ポンポンと、なるべく痛くない様に傷口を拭いた後、乾くのを待ってから絆創膏を張り付ける。


「ほら、これでもう大丈夫」


「……、うん」


 泣き止んだ男の子は、服の袖で涙を拭うと、そのままゆっくりと立ち上がる。


「次は転ばない様に気を付けるんだよ。なるべく走らないようにな」


「ありがと……」


 真城の言葉を受け取って、男の子は素早くお辞儀をすると友達の下へと駆けていく。


 ふう、やれやれ。また転んでも知らないぞ。

 そんな風に思いながらも、真城も微笑みながら立ち上がる。

 やはり子供は、元気な姿が一番だ。


 一仕事を終えた様で気分が良い。

 真城は床に付いた膝部分をはたきつつ、『あっ』と思い出したかのように白菊を探して目を動かす。

 すると、白菊はすぐに見つかった。というか、すぐ傍にいた。

 走り出した真城を追って、白菊も駆けて来たのだろう。


 何やら神妙な面持ちでこちらを見ている白菊。

 しかしその理由を訊くよりも、真城にはやる事が先にある。

 少し脇道にそれてしまったが、真城には影人の存在を確かめるという最優先事項があるのだから。

 真城は、すぐさま白菊の下へと移動する。


「あっ、あのさぁ! その、……少し話したい事が、あるんだけ、ど」


 合流した直後。

 白菊がそう言って口を開く。

 が、真城はそれを遮る様に声を出す。


「悪い。ほら、速く別のところへ行こうぜ」


 言って、今度こそ出口に向かって歩き出す。


 何やら言いたい事があるらしいが関係無い。

 今日はこうして、仕方なく付き合う羽目になっているだけで、真城は白菊に興味がない。

 これ以上、変な事に巻き込まれたくもないし、話は訊かない方が安定だ。


 過去の件もある。

 さっき(メイド喫茶裏)の事だってそうだ。

 正直、……もうあまり関わりたくはない。


 今はもう、面倒事に関わらず、最低限……必要な事だけをやって過ごしたい。

 だから、必要な事……それを速く終わらせたい。

 それ以外はどうでもいい。



「え、……っと、……う、うん」


 早々に歩き始めてしまった真城。

 そんな真城を追う為に、白菊は言おうとしていた言葉を飲み込んで頷くと、真城を追って歩き出す。



 ……


 …… ……



 その後。

 真城と白菊は気の向くまま、あちこちの館へと足を運ぶと、文化祭……その様々なイベントを見学しながら移動する。

 写真展示。クイズ大会。自主制作映画の上映。お化け屋敷。占いの館。ダンスショーにマジックショー。

 その他多くのイベントが行われている事に驚きつつ、時間をかけて見て回る。


 時たま見つかる景品に目を輝かせた白菊が、小銭を握り締めて沼にハマり、深々と溜息を吐いた真城がそれを何とかする。

 ……そういった事を何度か繰り返しつつ、裏で密かに真城は影人探索をも繰り返す。


 文化祭に参加する人々。

 その中から、何とか“フェイズ1”を数体発見し、処理することには成功した。

 のだが……肝心の影人。真城が目撃したはずの黒子の恰好をしていた“影無し”の人物は見当たらない。


(本当に、ただの俺の見間違え……だったのか?)



 状況に応じて、影の見え方というものは変化する。

 光の辺り具合。角度や光量、複数の光源。

 それにより、影は濃くなったり薄くなったり、或いは複数生じる事や影が見えなくなる事だってある訳だ。


 無論“影人化”を起こしている影ならば、そういった変化は起こらない。

 “人格を持った一つの影”だけがハッキリと見えるので、影人かどうかを判断する分には問題ない。……のだが、その逆は非常に難しい。

 特に“影が無い状態”であるならば、本当に“無い”のか“見えない”だけなのかが分かりづらい。


 もしもあの時。

 真城が発見した黒子の衣装を着た人物が、そういった“影の出来づらい場所”にいたのなら、……本当に真城の見間違い。

 ただ“影が見えなかった”だけの一般人、といった可能性も浮上する。


 ……いや。

 現状の結果だけで見るのなら、寧ろその可能性の方が高くなる。



(…………、うーん)


 真城は無言で思考する。

 口元に手を当てて、何か忘れている事は無いかと記憶の奥を掘り起こす。

 が、やはり“決定打”となる様なものは見つからない。


 これだけ捜してもいないなら、その答えは……必然的に湧いて出る。

 見つからないというのなら、それはもう“いない”という他無いだろう。


 少なくとも“現時点”で、の話ではあるのだが。



「……、ふぅ」


 一応の考えが纏まって、キリが良くなった時だった。

 タイミングでも見計らったかの様に、真城のお腹がグゥと鳴る。


「……あっと」


 気を張っていた為だろう。

 自分の空腹具合に、全く気が向いていなかった。

 朝食として屋台であれこれと物色し、満腹になったつもりだったが。


 気が付けば、時計の針は既に五時を指していた。

 随分とイベントを回ったのも確かだが、こんなに時間が経っていようとは……。

 一つの物事に集中し、それ以外を忘れさせる程の集中力。

 我ながら恐れ入る。


(流石に何か小腹に入れるか)


 集中力も途絶えた事。

 そして空腹に意識を向けた事。

 それにより、より強く“空腹”を感じる様になってくる。

 本当に、よく今まで忘れられていたものだ。



「そろそろ何か食べよっか?」


 真城の表情。或いは動作から察したのか、白菊がそんな事を訊いてくる。

 真城は「そうだな」と言って頷くと、辺りを軽く見渡して、ある一点で目を止めた。


「ここら辺にあるものだと……お、いい所に焼き鳥が」


「あ、本当。でもどうだろう。……もう結構な時間だし、もしかしたらもうあんまり残っていないかもよ」


 白菊の言葉を受けてハッとする。

 そういえば、文化祭が終了する時間はいつだったか。


 真城の記憶が正しければ、真城の通う凪原大学での文化祭終了時間は七時だったと記憶している。

 どこの大学も文化祭の終了時間など、然程の違いは無いはずだ。


 とりあえず、終わりを19時と仮定しよう。

 その場合、確かに現時刻が17時なので、そろそろ人気な屋台なら在庫も心許なくなる頃合いか。



 真城は屋台へと近づいて、品揃えを確認する。

 が、まあ案の定というべきか、いくつか売り切れになっていた。


「モモとカワの塩を二本ずつ下さい」


「じゃあ私はモモのタレを一つ」


「はいよ!」


 二人が注文をすると、店員がテキパキと動き出す。

 真城の注文した計四本の焼き鳥はプラスチックのパックへと。

 白菊のものは小さな包み紙へと入れられて、すぐにビニール袋に詰められる。


 真城は白菊が動き出す前に、「ここは俺が払うから」とすかさず小銭を差し出して会計を終わらせると、白菊の分の焼き鳥を手渡した。


(理由があるとはいえ、いくら何でもずっとお金を出してもらうってのも何か気分が良くないしな……)


 白菊は何か言いたげな顔を作るが、しかし諦めた様である。

 真城から受け取った焼き鳥を手に持って、すかさずそれにかぶり付く。


 真城もそれは同様だ。

 すかさずパックから取り出して、焼き鳥を頬張った。



「…………、ふむ」


 ……ものの数分で平らげてしまった。

 が、まだお腹は空いている。

 流石にこれで満腹、とはならない。


 もう少し焼き鳥を食べようか?

 いやでも、一人で大量に買い占めるのは良くないか?

 そんな感じの内容で頭を悩ませる真城の下に、ある男性の声が届く。


「いらっしゃいませ~。焼きそば、いりませんか~。焼きそば、いりませんか~」


 見れば、いくつかの焼きそばパックをお盆に載せて持ち歩く学生店員がそこにいた。

 腰に括りつけた“焼きそば”と書かれた旗を靡かせながら、焼きそばを売り歩いている様だった。


 丁度いい。

 いくつか購入し、腹の足しにするとしよう。



「すみませ――」


 そう言って、真城が近づこうとした時だった。

 真城の横を子供が一人、笑いならが駆け抜けていく。

 追いかけっこでもしてたのか、度々後ろを振り返り、何かから逃げているらしかった。


 ……故の悲劇だった違いない。

 走り抜けていった子供が、前方不注意で焼きそばの売り歩き店員とぶつかった。

 そのぶつかった衝撃で、店員がよろけると、手に持ったお盆からいくつかの焼きそばパックが宙を舞う。

 しかもよろけた店員に驚いて、そのすぐ後ろを歩いていた女子生徒までもが持っていたフランクフルトを手放した。


 ドミノ倒しの様に、被害が周りに伝播する大惨事。

 このまま事が成されれば(・・・・・)、目も当てられない事になるだろう。


「――ッッ!? あぶない!!」


 咄嗟に真城が動き出す。

 鍛えた脚力でもって一気に踏み込んで、一瞬で距離を詰めていく。

 そして、すかさず現場に到着すると、真城は焼きそばパックに目を向けて――、


「ほォ!! はあッ!! やぁっ、とっと!!」


 目にも留まらぬ早業で、空中の焼きそばパックをかき集め、……最後にフランクフルトをキャッチして静止した。


「――……ふぅ」


 間一髪だった。どうにか何とか間に合った。

 集中。緊張の糸が切れ、真城は思わず溜息をこぼして立ち尽くす。



「おぉ……」


「うぉぉおおおおお!!!!」


「鮮やか!!」


「すげぇええええええええ!!!!」



「――ッ!?」


 突如、拍手喝采が巻き起こる。

 誰もが真城へと目を向けて、称賛の声を上げていく。


(しまった、……少し目立ち過ぎたか)


 人々からの視線に、真城は顔を引き攣らす。

 咄嗟の事とはいえ、少し本気を出し過ぎた。

 おかげで注目の的になってしまった。



「最初に助けてもらった時も思ったけど……、晴輝くんってめちゃくちゃ動ける人だったんだね」


 驚きの眼差しで、白菊もそんな事を言ってくる。


「あ、あぁ。うん、まぁ」


 否定せず、真城は軽く頷いた。

 いつでも動けるように特訓をしているのだ。これくらいは当然だ。

 まぁ言わずもがな今回も、“影”を使ってパックの回収をサポートしたのだが。



「…………、」


 今尚鳴り続ける拍手。

 その音に、流石に気恥ずかしさを覚えた真城は手に持った焼きそばパックとフランクフルトをそれぞれの持ち主に手渡すと、そそくさとその場所からダッシュする。


「あっ、ちょ……待って待って真城くん!!」


 唐突に走り出した真城を追って、白菊も一緒に走り出す。



 わいわいガヤガヤと。

 二人が立ち去った後の場所は、しばらく真城の話題で持ち切りとなっていた。



 ……


 …… ……



「はぁ、さっきの焼きそば。買っておけば良かったな」


 校舎の壁にもたれ掛かって、真城はそう呟いた。

 溜息を一つ零すと、タイミングよくお腹がグゥと鳴る。


「ハァハァ、ハァ~……。やっと追いついた」


 少しして、白菊が息を切らして駆けてくる。結構な事である。

 随分と走ってきたつもりだったのだが、よくぞここまでついて来た。

 結構な全力疾走だったはずなのに。……それにしても、


「ここは、どこだ?」


 見渡すと、ほとんど人が見当たらない場所にいた。

 人が賑わう大学の中心部からは、随分と離れてしまったらしかった。

 まぁ、人気のなさそうな場所を選んで逃げて来たのだから当然ではあるのだが。


「ここは~……どこだろう?」


 辺りを見渡して、白菊も首を傾ける。


「何でお前も知らないんだよ……」


「言っとくけど、私だってまだ一年生なんだからね? 半年しかいないんだから、知らない場所があって当然でしょ」


「…………、はぁ」


 まぁいいか。

 少し先に見える塀。あれがこの大学の敷地を囲うものであるならば、塀に沿って歩いて行けば正門か後門、そのどちらかには着くだろう。

 時間的にも丁度いい。日も落ちて来たし、どの道ここらで文化祭巡りもお開きだ。



 ガサガサ。


「……ん、なんだ?」


 突然の事だった。

 ガサガサと、何者かの草をかき分ける音が聞こえだす。

 これは、複数人の足音だ。音がどんどん近くなる。こちらに向かってくる様だ。



「いたぞ、こっちだ!!」


「やっと見つけた!! 囲め囲め!!」


「二人一緒だ、逃がすなよ!!」


 複数人の男達。

 武器を持ち、殺気立つ彼らが殺到し、真城と白菊をあれよあれよという間に取り囲む。


「ちょっとちょっとちょっと、何なのよ一体!!」


「………、」


 慌てふためく白菊。

 そんな白菊を一瞬だけ流し見て、真城は男達へと目を凝らす。


 頭数は二十人程度。

 強行突破は出来なくない。が、それは真城が一人である場合……。

 今は、白菊がいるので難しい。


 理由は定かではない。

 が、男達の言動から察するに、狙いは真城と白菊にある様だ。

 であるのなら、ここで全員を軽く捻ってしまう手もあるのだ……が、


(にしても、)


 ここ最近。

 たった数か月ぽっちで真城自身。随分と“喧嘩(暴力事)”に抵抗が無くなってしまったものである。

 七月の下旬も下旬。夏休みに入った直後の事。

 影人の絡む事件に巻き込まれ、“影狩り”へと入隊し、戦闘訓練からの“初任務”・“任務”と立て続けにやり遂げて……感覚が、かなり麻痺してしまったに違いない。

 “そんな世界”に踏み込んでさえいなければ、“喧嘩”とは無縁の生活を送っていたはずなのに、随分と変わってしまったものである。

 生活も、内面も。



 さて、どう対処をしたものか。

 男達の包囲網を見渡して、手薄な場所を探し出す……その最中、先に男達に動きがあった。

 男達の包囲網の一部をかき分け、一人の男がやって来る。

 その男に、真城は見覚えがあった。


「……お前は、確か」


 白菊の事を狙ってる。

 と、そう白菊から聞いている……確か“尾倉(おぐら)”とかいう奴ではなかったか。


「はん、……また会えたな」


 真城を見て笑う男、尾倉。

 パキポキと指を鳴らして、鉄パイプを振り回す。


「前回はよくもやってくれたよな。……たっぷりと礼をしてやるぜ。行くぞ野郎ども!!」


 (尾倉)が地面に鉄パイプを打ち付ける。それが合図だった。

 男達が一斉に、真城達へと動き出す。


 戦闘が、始まった。



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