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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第10話 『文化祭』

 


 賑わい、活気づく人々の群れの中。

 真城は白菊に連れられながら歩いてく。

 文化祭と言うだけあって、イベント用テントと組み立て式の長テーブルで作られた多くの屋台が立ち並ぶ。

 屋台では様々な食品が作られ、並べられ、売られてく。


 ざっと見渡すと、でかでかとした手作りの看板には“やきそば”や“じゃがバター”、“カレー”の文字が見て取れた。

 その他にも“焼き鳥”であったり、少し珍しそうな物で言えば“トルネードポテト”なるものまで見つかった。

 飲み物は“ビール”や“ラムネ”。……“タピオカミルクティー”なんて物まであるらしい。


 こういった祭り行事では、屋台は鉄板なのだろう。

 見なかった試しがない程だ。


 屋台から漂う様々な香りが、真城の鼻孔をくすぐった。

 と同時に、不覚にも真城の腹が盛大な音を響かせた。


「…………、」


「そう言えば朝ご飯まだなんだっけ? 何か買って食べようか。今日は奢っちゃうからさ!」


 そう言って白菊が財布を取り出す。


「え!? いや、いいよいいよ。普通に自分で払うから」


「何言ってるの。今日はお礼がしたいって言ったでしょ? それに、“例の件”でも助けてもらう訳なんだし、寧ろ安いくらいだよ」


 そう言って、満面の笑顔を向ける白菊。

 しかしその顔には、“絶対に譲らない”と書いてある。


(“例の件”、ねぇ……)


 先ほどのやり取りを思い出し、真城はゲンナリと気を落とす。

 それは言うまでもなく、“彼氏を演じる”といった内容のものである。


 了承した直前は、我ながら良い考えだと自画自賛したものではあるのだが……時が経つにつれ、どうにもそれが良い選択だったのかどうなのか。

 もしかして、選択を間違えたのではあるまいか?

 などと、疑念が強さを増してゆく。


 既に決めた事なので、ここから撤回する気はさらさらないが、それはそれとしてその矛盾を孕んだ様な感情が、真城の精神を擦り減らす。

 真城は小さな溜息を一つついた。


「何が食べたい?」


 真城の脳内葛藤など露知らず、白菊がそう聞いてくる。

 もう何を言っても無意味だろう。


 まぁ、お腹が減っているのは間違いない。

 奢ってくれるというのなら、ここは素直に受け入れよう。

 真城は匂いを頼りに、視線を大きく彷徨わせ、ある一点で目を留めた。


「じゃあ……、やきそばで」



 …… ……



 真城と白菊は、食べ歩きながら進んでく。

 どこからか楽器の音色、歌声が聞こえる。

 きっと演奏系のサークルか部活がライブを行っているのだろう。


 行き交う人々。その装いも様々だ。

 私服やジャージ姿で歩く者もいれば、コスプレ系のサークルに属しているのかアニメキャラクターの様な衣装を纏う者。お揃いの売り子衣装や着ぐるみに身を包む者など、中々に視界が騒がしい。


 視界の端っこに、大きな大学の全体図・地図が貼り付けられた看板を発見する。

 それを見るに、校舎の内部では制作物の展示や自主制作映画の上映なども行われているらしかった。


 道の奥へと歩を進め、開けた場所へとやって来る。

 そこはグラウンドであった。

 普段はスポーツ系のサークルが使用するのだろうが、今はここにも屋台が沢山立ち並び、かなりの賑わいを見せていた。

 いくつかのステージも設置され、その一つではクイズ大会の様なイベントが行われている最中だ。


「…………、」


 白菊は一体、どこに向かっているのか?

 それは分からないが、真城は無言でついていく。

 あれから、やきそばの他にフランクフルト、サンドイッチと奢ってもらってしまったので真城としては何も言うまい。

 既に朝ご飯というには十分な量にありついて、腹八分……とはいかないまでも腹五分といった所である。


 人の流れをかき分けて、グラウンドの更に隣。

 陸上競技場にあるような白いライン、トラックが描かれた場所に行きつくと、白菊が真城へと声をかけてきた。


「実は私さ、元々走るのが好きだったのもあって、中学の頃からずっとそれ系の部活を続けてるんだけど……」


「ふーん」


 真城はまともに聞いているとも分からない様な相槌を返す。

 走るのが好きか、なるほどね。それでそんな走りやすそうな服装をしてるのか。

 確かにそう言われて見れば、白菊の身体は引き締まっていてスタイルが良い事が服の上からでも伺える。

 ただ細身で不健康そう。或いは、無理なダイエットをしている風でもない。生き生きとした、至って健康的な肉付きだ。


「この大学では女子陸上競技部に入ってるんだよ」


「はぁ」


「それでね。今は十月末にある大会に向けての最終調整を……って、聞いてる?」


「ん? あぁ、聞いてる聞いてる」


 雑にコクリコクリと頷いて、話をテキトーに受け流す。

 真城は正直、そういった話題に興味はない。


 確かに小学生の時、白菊がよく走っていたのを目にした記憶もあるが……その程度の事である。

 白菊が何に興味を持っていて、今は何をしているか。などといった話など、真城には意味のない情報だ。


「……ホントかなぁ」


 真城の反応を見て取って、怪訝そうに頬を膨らませる白菊。

 しかしそんな仕草もすぐにやめ、「まぁいいか」と口にする。


「ほら、着いたよ。とりあえずまずは、ここに連れて来たかったんだ」


 そう言って、えへへと笑う白菊。

 そんな白菊の言葉を聞きとって、真城は到着した場所へと目線を合わせる。

 と、そこはグラウンドの北側に建てられた校舎の一つであった。


 校舎はグラウンドに面した一階部分がガラス張りになっていて、外からでも中の様子が分かる仕様となっており、見たところ食堂ではないものの広いスペースには複数人が座れるテーブルとイスが整然と並べられたオシャレな休憩室。……の様な雰囲気の場所であった事が伺えた。


 “であった”、などと過去形を使う理由。

 それは現在その場所が、別用途で利用されている為だった。


 今、真城の眼前に見えるのは、そのオシャレな雰囲気をそのままに利用した喫茶店……の様なもの。メイド喫茶がそこにあった。

 衣装はそこまで派手ではない。大学の出し物(イベント)なのだから当然だが、露出はかなり控え目だ。

 まぁそれでも硬派、というよりは萌系に区分される見た目ではあるのだが。


「なんでこんな所に…………?」


 それは真城が、本当に自然に、無意識から出た言葉だった。


 その意味は、何故大学でこんな出し物を?

 何故、真城(自分)をこんな所に連れて来た?

 そういったニュアンスのものだった。


 唖然とする真城へと、白菊が向き直る。


「ほら、さっき言ったじゃん。私、大学では女子陸上競技部に所属してるんだ、って。……やっぱり話聞いてなかったんだ」


「いや、待って!? 陸上部とメイド喫茶って全く繋がり無くないか??」


 真城の弁明を受け取って白菊は「んっ!」と言ってある一点を指さした。

 真城はその一点を目で追って、メイド喫茶の看板の右下に小さく“女子陸上競技部”と書かれている事に気が付いた。わかるか。


「ほら行くよ」


 そう言って白菊が真城の手を取って、グイグイと引っ張った。


「え、マジで!? ここに入るの??」


 慌てる真城に、白菊がジトッとした目を向ける。


「なーに恥ずかしがってるの? 別にエッチなサービスなんてやってないよ?」


 当たり前じゃ!!

 分かってるわい、そんな事。


 別にそういった心配事はしていない。

 真城はただ、あまり女に慣れていないだけである。


 無論、何も話せないという訳じゃなく、普通の会話や仕事であるのなら別段問題はないのだが、それはそれとしてこういった女子率の高い場所というのは、何と言うか……あまりにもアレなのだ。居心地が悪すぎる。

 エッチとかエッチじゃないとか、そういった話では無い。



 ……訳ではあるのだが。

 そんな真城の葛藤などなんのその。

 白菊は構わず、真城を喫茶入り口まで連れていく。


「ちょ、……ちょっとッッ」


「それじゃあ、何度も確認する様で悪いけど……」



 慌てる真城へと、白菊が顔を近づける。

 そうして真城の耳元で、囁くように呟いた。


「――あの件のこと、よろしくね」


「……っ」



 …… ……



 白菊がメイド喫茶に近づいた時だった。


「あっ、(あずさ)ちゃん!!」


 三つ編みおさげを振り乱し、メイド服の店員。学生の一人が白菊に気が付いてやって来た。

 それが友人の一人、三船咲(みふねさき)であると、白菊にはすぐに分かった。


「……? どうしたの、そんなに慌てて」


「どうしたのって……。見当たらないから心配してたんだよ。また悪い人達に絡まれてるんじゃないかって……っ」


「あー……、あはは」


 白菊は乾いた様な笑みを浮かべながら、一瞬、真城の方へと目を向けた。

 遅れた理由はこの男にあるのだが、まぁそれはこの際どうでもいい。



 文化祭の準備中。

 出かけた先で、白菊は不良グループに絡まれた。

 その際に、共に絡まれてしまったのが、この三船咲であったのだ。


 不良リーダーの目的が白菊にあった事。

 白菊が機転を利かせた事。

 その二つが合わさって、どうにか三船咲を逃がす事には成功した。

 ……のだが、彼女は元から気が強い方ではない為か、ここ数日、ずっと周りのガラの悪い人達を警戒してビクビクと身体を強張らせるようになってしまったのは、本当に申し訳なく思っている。


 不良から逃がした次の日。

 白菊に会うや否や、何度も頭を下げられた。

 その後、白菊自身も『通りすがった男性に助けられたので問題無かった』と言って宥めたのだが、……どうにも半信半疑であるようで、あの日以来、三船自身が警戒しているのと同様に、白菊のことも気にかけている様なのだ。


 心配してくれるのは、非常にありがたいことではあるのだが……。

 いつまでもそんな状態というのも、それはそれでよろしくない。


 なのでこうして、その“助けてくれた男性”を実際に連れて来る事にした訳なのだ。

 まぁ無論、それ以外の目的もあるのだが。



 ……というか、今日は事前に「用事があって店を手伝えない」といった旨の話をしておいたはずなのだが……さては忘れているな。こやつ。



「えーっと、そちらの方は?」


 三船が、真城に気づいて聞いてくる。

 白菊は、待ってましたと胸を張り、彼の肩をポンと叩いた。


「この人が前に言った、私を助けてくれた人!! 真城晴輝くん」


 ニッコリ笑顔で、真城を三船に紹介する。


「え、えぇぇぇぇええええ!!??」


 三船は驚きの声を上げ、何度も白菊と真城を見比べた。


「つ、つつ、連れて来たの!?」


「えぇ。だって、ずっと疑ってるんだもの。実物を見た方が早いと思って」


「えぇ……」


 三船はガクッとうなだれると、真城の方へと向き直る。


「そ、それはそれは、よくぞお越しに」


「あぁ、いえいえ。お辞儀なんてそんな」


 ペコリと頭を下げ、申し訳なさそうにお辞儀する三船に、真城は困った様に手を振った。


「それでさ、実は真城くんとは小学生の時からの知り合いでね。あの時、久しぶりにあったんだけれど、今回の事がきっかけで……付き合う事になりました!!」


「……――ッッ!?!?」


 白菊からの突然の告白。

 それを聞き、三船は目を白黒させ、口をパクパクと動かした。

 相変わらず、喜怒哀楽のリアクションが騒がしい人である。



「えぇ~~、梓。それ本当!?」


「マジで!? ガチで付き合い始めたの!?」


「この人が梓の好みのタイプかぁ~。なるほどねぇ……」


 気が付けば、メイド喫茶の入り口にはメイド服の店員。

 女子陸上競技部のメンバー達が、集まって話を聞いていた。

 誰もが、白菊の恋愛事情の興味津々のご様子だ。


 接客はどうした接客は。


「……ちょっと、アンタ達。いつから聞いて」



「最初から」


「男と来たのが気になって?」


「咲は声が大きいし……」



「あぁー……」



 白菊は額に手を当てる。

 まぁどの道、みんなにも説明をするつもりだったので手間が省けた訳ではあるのだが……なんかちょっと恥ずかしい。


 白菊は頬を染め、コホンとわざとらしく咳き込むと、頬を引き攣らせて固まる真城の手を引いた。

 そしてキャッキャしている友人達を無視してメイド喫茶へ入店する。



 …… ……



 メイド喫茶、店内。

 案内された一つのテーブルに腰掛けて、真城は一人、呟いた。


「一体どうしてこんな事に……」


 右を見ても左を見ても、女子が視界に入らない所がない。

 心なしは、ふんわりとした女子特有の甘い匂いが漂って……何とも精神によろしくない。


 現在、真城は二人用のテーブルにたった一人で座っていた。

 どこを見ても、白菊の姿が見当たらない。

 一体何処に行ったのか?

 こんな落ち着かない場所に連れて来て、一人にするとは何事か。


 あまりチラチラと周りを見回しては、不審者に間違われかねないのでテーブルの一点を凝視したまま静止する。


 足を閉じ、膝の上に手を置いて、白菊が帰るのを今か今かと待ち続ける。

 そんなこんなで数分後。真城の背後から、白菊の声がかけられた。


「おまたせ~」


「お前、一体どこに行って――」


 勢いよく振り返り、そして真城は停止した。

 真城の視界のど真ん中。

 メイド服を着た白菊が立っていた。


 紺色のワンピースに白色のエプロンドレスとカチューシャ。

 首元には赤いリボンと黄色いブローチを付けた、とても正統派でシンプルなものだった。


 真城がここで待っていた数分で、着替えて来たということか。

 この姿を見せる為。


「おかえりなさいませ~、ご主人様」


 語尾にハートでも付けていそうな声色で、スカートの両端をつまんで少し持ち上げる。

 フリルとスカートをはためかせ、白菊が小さくお辞儀する。


「どう、少しはドキッとしたんじゃない?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ニヤリと真城を見つめる白菊とは対照に、真城はサッと目を逸らす。

 先程までのボーイッシュな印象の服装からは対照的。完全真逆と言っても良い程の“可愛らしさ”を前面に押し出したかのような出で立ちに、真城は寸瞬面食らう。


 不覚にも、可愛いと思ってしまった思考を抑え込む。

 じっくりと頭の奥底へと押し込んで、厳重に鎖を巻きつけ鍵をかけ、ようやっと今まで通りの思考力を取り戻したのを確認し、コホンと一つ咳をする。


「そんな事ねぇよ」


「またまた~」


 真城へと全身を見せつける様に、含みのある笑みのまま、くるりと身を翻す。

 白菊のブロンド色の髪の毛が、スカートと同様に、フワリと遠心力で持ち上がる。

 白菊が付けているであろう香水の匂いが、メイド服から漂う洗剤の匂いに混じって真城の鼻腔をくすぐった。



 不意ににやけそうになる真城。

 しかし、『熱々だねぇ』とそんな言葉を聞きとって、真城はハッと我に返る。

 一瞬、白菊との過去の出来事を忘れそうになっていた自分に歯噛みする。


 きっと、このような真城と白菊のやり取りを見て、メイドの誰かが発したものであるのだろう。……が、“恋人”などというのはあくまで仮の“設定”だ。

 真実などでは毛頭ない。


 白菊から受けたトラウマ。

 それが、この様な事で払拭されるなどあり得ない。

 真城は冷静さを取り戻し、気持ちを、表情を引き締めた。



「どうよ、ホレホレ~」


 左回転、右回転。

 ヒラリ、フワリ、バサバサと、スカート部分を振り回し、まるでうちわの様に真城へ風を送り込む。


「ちょ、おまッ!? はしゃぎすぎだ!! それは流石に周りに迷惑だろ!!」


「……確かに」


 真城の指摘を受け入れて、白菊はすぐに大人しくなった。

 白菊も我に返った様子で、やりすぎたかといった表情を作ると気まずそうに周りに向かってお辞儀する。


「も、申し訳ございませんでした~……。オーホホホ」


 貼り付けた様な笑みのまま、わざとらしい笑い声を響かせて白菊がキッチンへと消えていく。


(おい、逃げるな!! この空気の中、俺を置いてくな!!)


 白菊が逃げる様にして消えていったキッチンを睨みながら、真城は内心涙する。


「…………、」


 残された真城含めた客たちは、シーンと静まり返った店内で、時が止まったかの様に静止していた。

 心なしか、客達の視線が真城へと向いているそんな気が……いいや、気のせいではないだろう。

 十中八九。九分九厘、間違いない。


「……スーーーーッ」


 誠に不本意ながら、この事態の元凶。

 その片割れたる真城は、気まずい空気に耐えられず、


「すみませんでした」


 と皆に聞こえる声で謝罪する。

 やはり白菊、許せない。


(……どうして俺までこんな目に)


 とほほほほ。

 真城は天を……、天井を仰ぎ見た。



 ……


 …… ……



 真城の謝罪から数分後。

 徐々に、賑わいを取り戻していく店内。


 真城はふぅと胸を撫で下ろし、少し落ち着いてきた精神で、再びキッチンへと目を向けた。

 メイド姿の白菊が、真城の座る席からでもチラチラと見て取れる。

 何か、調理を手伝っているご様子だ。


 また、しばらくここで待つ事になるのだろう。

 そう思い、軽い溜息を吐いた時。


「ねぇ。真城晴輝くん……だっけ」


 振り向くとメイド姿の女子がそこにいた。

 顔に見覚えは無い。ということは真城の知る人物、という訳ではないだろう。


 まぁ相手の女子が何故“真城の名前”を知っているのか?

 という疑問については、白菊がメイド喫茶の前で“付き合うことになった”人物として、ついさっき紹介して軽い騒ぎになっていたので、知られているのは別に当然ではあるのだが。



「はぁ……、そうですけど」


「違ってたら悪いんだけどさ、真城ってのは……もしかしてあの真城医院の所の?」


「――ッ」


 女子からの突然の問い掛けに、真城はハッと息を呑む。

 キラキラと目を輝かす女子からは、悪意は一切見て取れない。

 百パーセント、好奇心からのものだろう。


「……、」


 真城は一瞬。

 女子に気づかれない程の小さな反応で眉間にシワを寄せるが、すぐに表情を元に戻して「はい、そうですよ」と短く告げた。

 女子はそれを聞き、驚いた様に口元に両手を当てると、次いで喜ぶ様な表情を作った。


「わ、私。小さい頃、身体が弱くてよく風邪を引いてて……。その時、いつも真城医院にお世話になってたんですよ」


「へ、へぇ。それは……」


「そっかぁ、あなたがあの真城医院の所の……。ゆっくりしてって下さいね!」


 女子は嬉しそうに笑うと、予想とは違う反応に唖然とする真城を置いてキッチンへと去っていく。


「……何だったんだ、今の?」


 目をパチクリとさせる真城。

 そんな真城の下へと、女子と入れ違う様に、今度は白菊がやって来た。


「おっ待たせ~」


 ニッコリ笑顔で、手に持った皿を真城の前にポンと置く。

 皿には盛り付けられたオムライスが載っていた。

 しかし、


「ん、あれ?」


 オムライスにはケチャップが付いていなかった。

 一面、真っ黄色のままなのだ。


 小首を傾げる真城へと、白菊がフフンと笑いかけ、ある物を取り出した。

 それは何の変哲もない、よく見慣れたケチャップだ。


「…………?」


 しかし真城はピンと来ない。


「あれ? 知らない?」


 そう言って白菊は驚くと「こうするんだけ、ど」と、ケチャップでスラスラとオムライスに文字を描いていく。

 カタカナで“ハルキ”とまず描いて、それをハートの形で囲みこむ。


「どうよ?」


 良く出来たと言わんばかりに、白菊はフフンと胸を張り、それを真城に見せつける。


 そうか。

 絵や文字を描く為に、ケチャップを後回しにしてたのか。

 合点がいき、真城は内心で頷いた。


「さ、食べて食べて」


 そう急かしてくる白菊。

 そんな白菊を見て取って、再びオムライスへと目を向ける。


 ケチャップで描かれた、ハートの囲われた真城の名。

 改めて見てみれば、……見れば見るほど恥ずかしいものである。

 別に白菊に他意はない。あくまでも仕事として、或いは恋人演技の一環としてやっているだけだろう。

 そんな事、分かってはいるのだが……それはそれとして、恥ずかしくはなってくる。


 ほんのりと赤面する真城。

 そんな真城を見て取って、白菊も慌てた様子で目を逸らす。


「ちょ、ちょっと。……何照れてんのよ」


 見れば、白菊も少し頬を染めていた。



 ……


 …… ……



 オムライスを半分ほど食べた頃。

 白菊が「着替えてくるね」と言って再び何処かに歩いてく。

 更衣室が近くにあるのかは知らないが、少なくともまた数分はかかるだろう。

 ならばその合間に、オムライスを完食するのが良いだろう。


 正直な話をするならば、既にお腹が一杯だ。

 ここに来るまでに、色々と食事を取り過ぎたからである。


 ……とはいえど、それで食べ物を残すのは、主義に反するというものだ。


 真城は大きく深呼吸。

 覚悟を決め、一気に口へと掻っ込んだ。


 咀嚼して、水で一気に流し込む。

 げふー。もう何も食べられない。

 真城は膨れたお腹を擦りつつ、小さなゲップを一つした。



 オムライスを食べ終えて、真城はゆっくり立ち上がる。

 周りを見渡して、会計する場所を見つけると、お金を支払い外に向かう。


 席で白菊を待っていてもいいのだが、やはり居心地がよろしくない。

 食べている内に慣れてくるとも思ったが……、そうはならなかったからである。


 別に白菊からも、室内で待っていろとは言われてない。

 外で待っていれば、白菊もきっと気付くだろう。



 真城は腹ごなしがてらフラフラと辺りを見て回る。

 現在メイド喫茶となっている校舎。それを何の気なしにぐるりと一周しようとし、人の会話に歩を止めた。

 校舎の裏側から聞こえた声。それが、白菊の声だったからである。


 気づかれない様に近づいて、校舎裏を覗き見る。

 すると裏口扉のある場所で、白菊と他数名の女子達が何やら会話している様だった。


「ちょっとちょっと、夏美(なつみ)から聞いたよ~。彼、あの医院の所の人なんでしょ? 凄いじゃ~ん」


「じゃあ彼って、頭が良くってお金持ちって事? 良いなぁ」


「……別にそういう訳じゃ」


 小声で話してはいるものの、真城に聞こえぬ程ではない。

 真城は息を潜めると、その会話を盗み聞く姿勢をとって静止する。


「でも要するに玉の輿ってやつじゃない? 医者って給料良いらしいし、嬉しくないの?」


「そりゃあ、……お金とか、あるに越したことはないけどさぁ」


「あっ、それにお医者さんの身内になったら、病気になっても無料で見てもらえたりもするんじゃない? もしかしたらお薬も……」


「……コラコラ、」


 やれやれとした表情で、しかし楽しそうに友人達と話す白菊。

 そんな白菊の様子を見て取って、真城は無言で立ち上がる。


(……まぁ、大方そんな事だとは思ったよ)


 やっぱりか。といった面持ちで、真城は踵を返してその場を去る。

 もうそれ以上、耳は傾けない。

 これ以上ここにいても意味は無い。


 もともと、分かっていた事なのだ。

 落胆も失望も、何も無い。

 ただ当たり前に、“知っていた”結果がそこにあっただけだった。



「……、ん?」


 来た道を戻る途中。

 不意に校舎の脇から、メイド喫茶の様子が見られる窓を発見する。

 特に興味はなかったが、不穏な気配を僅かに感じてその方へと目を向ける……と、メイド喫茶の中。裏口扉の外でたむろする白菊達へと目を向ける、二人組のメイド達に目を止めた。

 腕を組み、白菊達を……というより白菊を不愉快そうに睨んでいる人達は、もしかしたら部活の先輩かもしれない。

 理由は単純に仕事のサボりを注意したいだけなのか、或いはそれ以外に何かあるのか。

 白菊に対して、何かしらの私怨を抱いてそうにも思えるが……、


(ま、俺の知った事じゃないしな)


 真城は知らん顔で目を逸らす。

 校舎の裏から顔を出し、メイド喫茶の入り口へと戻ってくる。


 先ほどチラリと白菊が見えた時、白菊は既に着替えを終えていた。

 で、あるならば、ここにいればすぐに白菊も来るだろう。


 ……本当は、もう帰ってしまいたいところだが、しかし約束は約束だ。

 “お礼”という名の彼氏ごっこに、今日一日は付き合ってやるしか無い。



「……――ッ」


 何の気なく、視線を人混みに向けたときだった。

 人混みの中を抜けていく人物で目を止める。


 “影無し”の人物が、そこにいた。


「――ッ」


 真城は勢いよく走り出す。

 その人物のいる場所へ、一目散に駆けていく。


 ただ“影が欠けている”という意味での“影無し”なら、真城もこれほど驚かない。

 故に、あの“影無し”はそうではない。

 その人物は、足元にあるはずの影がまるまる全て消えていた。


 であるのなら、それが示す答えは一つだろう。

 影が分離して行動している状態の“フェイズ2”か、既に身体を乗っ取った“フェイズ3”かは知らないが、まず間違いなく影人だ。“影人化”が起きている。



「……あれ?」


 先ほど“影無し”の人物を見た場所までたどり着き、真城は一言呟いた。

 どこにも、その人物が見当たらない。

 急いで来たはずなのに、一体何処に行ったのか?

 あの、黒子(・・)の衣装を来た人物は……。


 何度も辺りを見渡すが、やはりその人物は見つからない。


(見間違い、か?)


 とも考える。がしかし、もしもという可能性が否めない。

 もしも影人であったなら、周りにどういった被害が起こるか分からない。

 “フェイズ2”ならいざ知らず、“フェイズ3”以上であるならば、戦う場所も一緒に考える必要も出てくるのだから。


 この文化祭に、影人が紛れてる。

 そう思って行動した方が良いだろう。



 とりあえず影人の捜索を開始しよう。

 それで見つからなければ問題ない。

 発見したとしても、一体くらいなら真城で対処は可能だろう。


 沢山の訓練を重ねたのだ。

 “フェイズ4”。“識別名”持ちならいざ知らず、ただの“フェイズ3”程度なら数分とかからず片が付く。

 一人で手に負えない事態と分かり次第、その時に本部へ連絡を入れれば良いだろう。

 それでも遅くはないはずだ。

 少なくとも、まだ“いる”事が確定でない以上、下手に連絡はすべきじゃない。


(まぁ、強い影人がこの街の付近で目撃された。……なんて話は神崎さんも言ってなかったし、十中八九は野良で発生したタイプだろうしな)


 真城は前に買い物に行った時にすれ違った、スーツ姿の男性の事を思い出す。

 影人が人為的な事件を起こさずとも、“影人化”は起こりえる。

 今の日本は、そういったストレス社会の国なのだ。


 偶々発生した“影人化”が進行し、“フェイズ3”に至ることだってあるだろう。

 それこそ、あのスーツ姿の男性だってあのまま真城や“影狩り”に見つかっていなければ、そのまま“フェイズ3”になっていた。


 前の任務の時の様に、“フェイズ3”が徒党を組んで襲ってくる。

 そういった事態が稀なのだ。



「じゃあ、とりあえずここら一帯を」



「やっと見つけた。……って、どこ行くの?」



 真城が、高い場所へと移動しようとした時だった。

 後ろから、白菊が声をかけて来た。

 急いでこちらまで来たらしく、走ってきたであろう事が見て取れた。


「……、」


 先ほど盗み聞いた会話の内容を思い出し、真城は『う゛っ』と嫌な顔をしそうになる気持ちを堪えて口を開く。


「……別に」


「……、何か怒ってる?」


「怒ってない」



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