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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第7話 『真城医院』

 


 支度を終えて操車場(一階層)へと駆けていく。

 黒い新幹線に乗り込むと、搭載されたAIが真城の顔を照合する。

 合致と同時、戸が閉まる。そして新幹線は動き出す。


 十分そこらで東京駅に到着し、そこからJRへと乗り換えて目的の駅まで移動する。


 一時間は乗っただろうか。

 真城は電車を降りて駅を出る。


 そこは父親が運ばれたという病院がある場所だ。

 真城の実家、白日町がある駅からだと徒歩で一時間近くかかる為、こうして直接病院のある駅へと来た訳だ。


 …… ……



 無事、目的地に到着し、真城は小さく溜息を一つした。

 決して長旅といった道のりではなかったが、電車に乗り、人混みに揉まれたのが久しぶりだった為、すこし疲れた。


 ……とはいえ、のんびりもしてられない。

 すかさず真城は動き出す。



 病院に到着すると、入り口で母親が立っていた。

 ここに来る途中『もうすぐ着く』と連絡しておいたからだろう。

 真城が来るのを、待ってくれていたらしい。


 母親に連れられて、真城は父親のいる部屋へと移動する。

 もう既に治療は済んでいる様で、父親はベッドで横になっていた。


 医師の適切な処置により、命に別条は無いらしい。

 ただ、意識が戻らない……との事だった。



 とりあえず、父親の命の危機が去った事。

 その事のみに安堵する。


(やっぱり、医者ってすごいなぁ)


 内心で、医者の凄さに感動する。

 持てる知識と、それを活かす技量や技術。

 それらは“人を助ける事”にのみ注がれる。


 真城自身が至りたい到達点。

 人助けをするヒーローの在り方。その姿に……感服する。


 もしも今までの、これまでの真城であったなら、あまりの劣等感に嫉妬してしまっていたに違いない。



 しかし。

 今はそうじゃない。


「…………、」


 真城は右手を見つめ、強く握り締める。


(俺にも……、俺にしか出来ない方法で、人を、助ける事が出来るんだ)


 その“力”を手に入れた。

 その可能性を手に入れた。

 手に入れて、前に進む事が出来ている。


(俺ももっと、頑張らなきゃな)


 そう自分に言い聞かせ、向上心を膨らます。



 眠る父親に寄り添って、手を握る。

 当然ながら脈拍もあり、温かい。

 子供の頃に見た手より、少しシワも増えている。

 心なしか柔らかい。


(まぁ……もう五十代なんだし、そりゃそうか)


 顔を見れば、小ジワも増え、髪や髭には白い毛が混じっている。

 こうして翌々見てみれば、もうお年なのがよく分かる。


 人生100年時代とは言われても、人間必ずしもそうではない。

 仮にこうして事故を起こさずとも、何かしらが原因でぽっくりと逝ってしまう可能性だって無くはない。

 父親は、……いや、母親も、もうそういった年なのだ。


 生きている事が当たり前。

 こんな日々がこれからもまだまだ続いてく。

 そういった考えは、……そろそろ改めねばなるまいか。



 とはいえ。

 それはまだ、“今”じゃないはずだ。


(俺も、お母さんも、まだまだ話したい事があるんだから……早く目を開けてくれよ、父さん)



 …… ……



 眠る父親を病院に残して帰路につく。

 母親と二人でタクシーに乗車して、実家まで移動する。

 十分程で白日町へと到着し、そこから更に少し入って『真城医院』と書かれた病院で停車した。


 その間、簡単な相槌以外、真城は無言のままだった。

 理由は言わずもがな。単純に、母親の存在に緊張している事もそうなのだが、それはそれとして、たった少しの会話から勉学の内容に話題がシフトしてしまうのを嫌がった為である。

 真城はタクシーを降りると、真城医院へ向き直る。

 少し壁が傷んではいるものの、真城の知る真城医院と相違ない。


 今はPM3時頃。

 今日は土曜日なので、医院は既に閉まっていた。


(父さんが倒れたのが平日じゃなかったのは……不幸中の幸い、か)


 ふと、そんな考えが真城の脳裏を過るが、すぐさま『いやいや』と否定する。


 そもそも医院の仕事があったなら、父親は車に乗っていない。

 午前、午後共に働いているはずである。

 真城医院は、土曜は午前中しかやっていない。

 故に、仕事を午前で切り上げて、買い物にでも出かけた所で事故ってしまった。といった流れだろう。


 今日が平日であったなら。

 いや、そもそも子供が飛び出してさえ来なければ……。


(いや……)


 流石にこれ以上は止しておこう。

 事故は事故。起きてしまったものは仕方がない。



「……? どうしたの。早く家へいらっしゃい」


 いつまでも医院を見つめて立っている真城を疑問に思ったのだろう。

 母親が手招きで急かしてくる。


 真城の実家。

 それは真城医院の横に建っている二階建ての(周りと比較して)少し大きめの家である。


「あ、はい」


 慌てて真城は、久しぶりの実家へと入っていく。

 それは高校を卒業して以降、大学生になって一人暮らしを始めて以来……実に半年振りの我が家であった。



 …… ……



 家に入ると一言二言、母親と他愛のない言葉を交わしつつ、真城はそそくさと二階へ上がってく。

 階段を上がって初めに目に入る戸。その先が真城の部屋だった。

 真城は自室に入るなり、戸を閉める。そして、大きな深呼吸を一つした。


「……、ふぅ」


 真城がこうして部屋に籠った理由は二つほど。

 それは、母親に大学での生活や成績について聞かれるのを避ける為。

 そして、未だ立派に成れていない。隠し事をしている等の、“後ろめたさ”があったから。


 しかし、ここへと帰省する為に、真城は覚悟を決めてきた。

 それは、阿久津から“想いは言葉にしなければ伝わらない”、“相手の真意は話して見ないと分からない”と言われたから。

 そして、それを受けて真城も“ちゃんと気持ちを伝えよう”……と、そう思ったからだった。


 “今している事を続けたい”。

 そう言って、両親に胸を張って行く為に。


 が、しかし。

 それはそれとして。


(学校の話題までは……ちょっと、な)


 それとこれは別の話だ。

 それに、そもそもの話ではあるのだが、


(組織が不自然にならない程度に、俺の成績を弄ってくれているらしいけど……実際、どれくらいの改竄をしてるんだ? どういう方法で、とかの話は俺も聞かされてないからなぁ)


 下手に変な事を言えばボロが出る。

 後に調べて知った事ではあるのだが、ありがたい事に真城の通う大学では成績の内容が親へと郵送されるのは年に一度であるらしい。

 真城が“影狩り”に関わり始めたのは夏休みに入ってからであり、その時既に終えていた前半期の成績が親へとバレる可能性が無くなった!! と喜んだまでは良かったが、……その前半期の内容にまで“影狩り”の介入があったなら、前半期終了と同時に真城が大学で受け取った成績表でさえ信用する事が難しい。

 ……いや、“影狩り”の改竄がされていない真城の持っている成績表こそが真実ではあるのだが、後に両親宛で届く成績表と違った点があるのなら、……やはり何も言わない方が無難だろう。


 というか、真城の持つ成績表の内容をそのまま母親に伝える方が問題だ。

 何せ単位は実質ゼロである。大学に行ってないのだから当然だ。

 そんな事を伝えれば、マジで実家に戻って来いと叱られる。


「……、」


 怒る母の姿を想像し、ぶるると身体を震わせる。


 触らぬ神に祟りなし。

 見えてる地雷は踏み抜かない。

 それは、生きる為の鉄則だ。



 覚悟はして来た。

 しかしそれでも、オカルトが特に嫌いな母親に『自分はこれからオカルトに関わる』と、そういった話を告げるのだ。

 ……いや、もちろん。本当にそういった事を直接的には話さない。

 話さない。が、まぁ実質そういった事になる。……事の成り行き、話の流れ方次第では。


 で、あるのだから、それに加えて成績の話など……最早怒られに行く様なものである。

 成績で怒られた勢いで、仕事の件でまで怒られる様な事態になってしまっては事だ。

 話すにしても、話すタイミングを見計らう必要があるだろう。

 少なくとも今は、まぁ……必要ない。話すのは、仕事の件だけで十分だ。




 それから数時間が経過した。

 夜になり、母親から「ご飯が出来たよ」と声がかかると、真城は久しぶりの自室から出て一階のダイニングルームへと移動する。


 父親のいない、母親と二人きりの食卓。

 母親も今回の件で精神的に参っているだろうに、しかしそれでもコンビニで買って済ませる事も無く、ご飯と味噌汁、その他複数の副食が並べられているのが見て取れた。


(別に今日ぐらい休んでも誰も責めやしないのに……)


 いや、そもそも責める責めないといった話でもないのだが。

 そんな事を考えながら席に着く。


「少し痩せた? ちゃんとご飯は食べてるの? 若いからって食事を疎かにしてると後々響いてくるんだからね。きちんと栄養取らないと。年取ってから後悔しても知らないよ」


「分かってるよ、母さん」


 他ならぬ医者からの忠告。

 しかし、真城だってその子供。

 医者の不養生、なんて言葉もあるくらいには医者と健康は切っても切れない関係にある事は知っている。

 過去に医者を目指していた真城が、その辺の事を弁えていないはずもない。

 健康には人一倍気を払っている。……一応は。

 それに、


「心配はないですよ。それに痩せたのは栄養を取れてないからではなく、筋肉がついて引き締まったからだと思いますよ。最近身体を鍛え始めたので、……ほら」


 そう言って、真城は自慢げに腕をまくると力コブを見せつける。


「ジョギングも始めたので、最近は体力も増えてきましたし」


「あら、ホント。それなら別に良いけれど……学業だって疎かにしちゃダメだからね。晴輝は勉強が苦手なんだから、人一倍努力しないと」


「…………あ、あぁ。うん。……はい」


 しまった、藪蛇だ!!

 こうなるのが心配で部屋に籠っていたというのに、台無しだ。


「授業はどうなの? ちゃんと話は理解出来てる? みんなに追いつけてる? 単位はしっかり取れてるの?」


 矢継ぎ早にグサグサと、痛い質問が飛んでくる。

 真城は内心で絶叫を上げながら、当たり障りのない解答ではぐらかす。


 嘘をつくのは心が痛むが、こうするより他にない。

 元は自業自得ではあるのだが、これは自身の夢の為なのだから仕方がない。


 満身創痍。

 しかし何とか致命傷は免れた真城が、どうにか話題を切り替える。


「そ、そうだ。大学の事と言えば……しばらくお休みする事にしました。父さんの事も心配ですし、母さんも仕事が大変になるでしょうから……。折角戻ってきたんですし、すぐに帰るのもアレなんで……俺も、出来る限り手伝います」


 無論、医療の手伝いは行えない。

 医師免許を持っていないのだから当然だ。

 しかし、そういった部分以外なら、免許が無くても手伝える。

 受付や事務作業なら問題ない。何せ高校時代、バイト感覚で真城医院の手伝いをしていたくらいだ。

 今だって、作業内容は忘れてない。


 医者に成れないとしても、せめて医療に携わる形で人助けを行いたい。

 尊敬する両親を、真城にも出来る方法で助けたい。

 そんな思いで始めた手伝いではあるのだが、巡り巡ってこうして今回役に立てるのだから人生何があるか分からない。

 やはり人生に無駄な事は殆んど無い、といった所だろう。

 すればしただけ、その経験は自身の血肉となる訳だ。


「そんな事言って授業はどうするの? ついていけなくなったら大変じゃないの。単位が取れなかったら留年だってあり得るんだからね?」


「だ、大丈夫ですって。一週間ぐらいなら授業も一回休むだけで済みますし、それでついていけなくなる。なんて事にはならないので……」


「……、」


 本当に?

 そう言いたげな視線を母親から感じるが、しかし真城も止まらない。


「出席日数の関係もあるので休んでばかりはいられませんが、そこをクリアしていれば後は最終日のテストの点数が全てなので……。そこで良い点を取れれば、単位も問題ないはずです」


「まぁ……それならいいけど」


 今度は真城が矢継ぎ早に説明し、母親の言いくるめに成功する。




「後の片付けは俺がやっておきますね。母さんはもう休んで下さい。今日は大変でしたよね?」


 食事が終わると、せめてこれくらいはと真城は食器の後片付けを提案する。

 母親はそんな真城の考えを汲み取って「それじゃあお願いしようかな」と一言口にすると、ダイニングルームを後にする。

 が、母親が出ていった直後「あぁ、そうだ」再び顔を覗かせた。


「一週間ほどこっちにいるんなら、その間にいらない物の整理もしてくれない? 子供の頃の絵本とか玩具とか。外の倉庫にもあるんだけど、晴輝の部屋にもいくつか置いてあるからさ。……手伝うって言ってくれているところ悪いけど、明日は医院も休みだし、する事も何も無いわけよ」


「あぁ、明日は日曜日ですもんね。分かりました。そちらの片付けもやっておきます」


「よろしくね~」


 手を振って、今度こそ母親はいなくなる。

 真城は「よし、やるか」と気合を入れて腕をまくると、まずはと、目の前の食器片付けに取り掛かる。



 …… ……



 食器を洗って棚へ戻し終えると、真城は自分の部屋へと帰ってくる。

 戸を閉めて一息つくと、部屋を軽く見回した。


 机。ベッド。本棚。

 改めてちゃんと見てみても、変わった物は特に無い。

 大学へ進学し、一人暮らしを始める為に家を出た時と、さほど違いは見て取れない。

 あの時の光景、そのままだ。

 強いて上げるとするならば、ベッドに布団が敷かれてない事くらいだろう。

 が、その布団はどうなったのかと言えば、畳まれて布団袋に入れられた状態とはいえ、きちんとベッドの上に置かれてる。

 別に消えてしまった訳ではない。


 それに、消えたというならそれもいい。

 真城が今、探している物は“消えた物”ではなく“増えた物”。

 つまるところ、母親が言っていた整理すべき“いらない物”であるからだ。


(置いてあるなんて言うから、てっきり分かりやすい所にあると思ったんだけど……)


 よくよく思い返してみると、晩御飯に呼ばれるまで真城はずっと部屋にいた。

 にも関わらず、不審な代物を見つける事も無く過ごせていたのだ。

 ならば、そう簡単に見つかるような場所にはないだろう。


(ん、……いや待てよ)


 そう言えばと、ふと閃いて歩き出す。

 向かった場所は押入れだ。


 ガラガラと戸を開ける。

 と、中には代えの布団の他に、積まれた本の山と玩具箱が見つかった。


「これだな」


 よっこら。と、押入れからブツを取り出すと畳の上に広げてみる。

 それは母親が言っていた通り、真城がまだ小さかった頃に遊んでいた物だった。


「あっこれは、……懐かしいな」


 その中から真城は一つを手に取った。

 それは真城が生まれた時からずっと読んでもらっていた大好きな絵本だ。


 タイトルは『かんパンマン』。

 困っている人やお腹を空かせている人を見つけては、乾パンを施して人助けをするヒーローだ。

 しかもそれだけではない。

 悪い奴が現れれば拳一つで立ち向かい、必殺技の“かんパンチ”でやっつける。

 と、そういった一面も併せ持つ、……まぁそんな感じの作品だ。


 真城はよく、寝る前にこの絵本を読んでもらった。

 またアニメにもなっているので、録画をしてもらって何度も何度も観ていたし、映画館にだって何度も何度も連れて行ってもらったものだ。


 それは、真城がまだ医者を目指す前。

 最初に思い描いたヒーロー像の原点と言っていいだろう。



 ……これは余談ではあるのだが。

 子供の頃によく聴いた『かんパンマン』の主題歌、『かんパンマンマーチ』のリズムはなんと心肺蘇生時に行う心臓マッサージのリズムに非常に適したものであるらしい。

 『かんパンマン』と医者。“人助け”のベクトルは違えど、こうした所で思わぬ接点があるというのは、何とも感慨深いものである。



「…………、」


 真城は絵本を見つめ、これまでの事を振り返る。


 思えば最初の任務でも、またその次の任務でも、真城は……ヒーローらしい事は出来ていただろうか?


 彼女を苦しめた男への復讐劇。

 いじめ被害者のいじめ加害。


 どちらも真城のやる気が、ただ空回っていただけではないだろうか?

 真城の行った行動は、果たして本当にヒーローの行いに沿うものであったのか?

 その答えを真城は未だ出せていない。


 真城なりに頑張った。

 それは確かな事だろう。


 ただそれは、真城の描く“正義”を押し付け、人を助ける行為に酔っていただけのヒーロー気取りの思い上がった行動。だとも言えなくない。

 何せ、結局は独り善がりに行って、最終的に自他ともに満足いく結果に成ったのだ……とは、口が裂けても言えない顛末なのだから。


 少なくとも、真城には。

 未だにあの復讐を止める事が良かったと、はっきり胸を張る事は出来ないし、自分自身の行いも“いじめ”であるのだと言われたあの言葉は、真城の胸に深く突き刺さって抜けやしない。


 が、だからと言って。

 復讐を応援する事も背中を押してやる事も、当然真城は看過しない。しようなんて思えない。

 いじめだってそうだ。看過しない。

 だってそうだろう? あそこで誰かが止めなければ、被害は連鎖・拡大する一方だったはずなのだ。救う為の暴力は……決して、いじめではないはずだ。



 ふぅ、と真城は重い溜息を一つする。

 これは、薄々気付いていた事ではあるのだが……。


 人助け。

 正義の味方。

 ヒーロー。


 真城が子供の頃から描いている(幻想)は、真城が思っていたよりも単純ではないのかもしれない。


 少なくとも、ヒーローの原点。

 この、物語の主人公のようには簡単ではないようだ。

 物事も、人の心も、世界も、そう単純には出来ていないのだから。


「…………はぁ」


 世界が、この物語みたいに、もっと単純明快だったら良かったのに。



 …… ……



 月曜日の朝。

 真城は布団袋から取り出して、再び敷いた布団から飛び起きた。


 母親から言われていた事。

 いらない物の片付けは、前日の日曜日に滞りなく行われた。

 特に残しておきたいものも無かったので、一から十まで、いらない物全てを丸ごと一気に片づけた。

 数がすごい量になってしまったゴミ袋は、今後決められた収集日にそれぞれを分けて捨てていく事になるだろう。

 今はまだ、袋の山は物置の中に入れてある。

 そういった意味では、まだ片づけが終わってない。とも言える訳だが、そこはまぁ良しとしよう。


 真城は支度を整えて家を出る。

 と言っても向かう場所はすぐ隣。真城医院であるのだが。

 一昨日、母親に話していた通り、今日はこれから真城医院の手伝いだ。



 真城医院は内科と小児科を兼ねている。

 主な担当は父親が内科を。母親が小児科をしているが、別にどちらがどちらをしなければならない、といった決まりはない。

 当然、どちらの科の患者であっても両親は診る事が出来る。

 故に、父親が倒れた現在であっても、真城医院を開くことは可能である。


 そもそも。

 身体を病に蝕まれ、苦しんでいる患者には、医者達のそういった事情は関係無い。

 そしてそれは、医者である母親にとっても同様だ。

 医者にどういった事情があろうとも、患者を助ける事こそが医者の本懐。使命であり存在意義。詰まるところ……母に休むといった選択肢は無い訳だ。


 とはいえ、父親の分だけ人手が足りないのもまた事実。

 ただでさえ小児科というのは忙しい。にも関わらずそこに内科の仕事が増えるのだ。

 母親が手を回しきれない部分。母親が快適に仕事に専念できる様にサポートするのが看護師、並びに真城の役割だ。



 真城医院に到着し、真城は着てきた上着を脱ぐと自分のロッカーへとかけて入れる。

 そして脱いだ上着の代わりに、真城医院の白衣を羽織る。

 後三十分もすれば真城医院の受付開始時間になる。急いで準備をしなければ。


「おはようございます! 今日からよろしくお願いします」


 元気よく挨拶し、真城は看護師たちの前に出る。

 真城医院で働いてくれている看護師さんのほとんどは、真城がバイト感覚で働いていた頃から知り合いだ。

 大変な時に、助けてもらったのは一度や二度の事じゃない。

 それは真城のみならず、両親だって同様だ。

 故に、挨拶は欠かせない。


「あらあら、晴輝ちゃん。いつの間に帰って来たの~」


「まぁ……、ちょっと見ない間に大きくなってぇ」


「今回の事、あまり深刻に考えすぎないようにね。直輝(なおき)院長も、絶対戻ってきてくれるから」


「そうよそうよ。晴子さんや晴輝くん残して、いなくなったりするものですか!」


「すぐに意識も戻るわよ。そう信じていれば、必ずね」


 真城に気付いた看護師さん達が、真城の周りに寄ってくる。

 その反応は懐かしむ者、励ます者と様々だ。

 真城はなるべく心配をかけないように努めると、力強く頷いた。



 そうこうしてる間に、時間はすぐにやって来た。


 病院が開くと同時、それを待っていたと言わんばかりに体調の悪い子供を連れた親達が数人、入って来る。

 真城も看護師に並び、受付に立って対応する。

 真城医院の診察券と一緒に保険証とお薬手帳を受け取ると、受付のボードに名前と、体調の悪いお子さんの体温を記入してもらう。

 また、その際に体温をまだ計っていない方には温度計を手渡して、それで体温を計るように伝え、体温が分かり次第それをボードに記入する。



 真城医院の待合室は、ざっと八畳間ほどの広さがある。

 そしてその中に、五人が並んで座れるほどの横長な椅子が壁に沿うように三つ並べられ、その他に赤子用のベッドが一つ。待ち時間をつぶす為の雑誌や、子供用の絵本が置かれた本棚が二つ置いてある。

 他にも必要とあらば、喘息の人の為の吸入器を置く用の机とスペースもあるのだが、必要のない現在は、吸入器も机と一緒に受付カウンター裏に収納中。

 待合室から続く診察室の扉は二つあるのだが、その一つは父親がいないため使えない。ここしばらくは一部屋のみでの診察だ。



 ぐずる子供をあやす親。

 ぐったりする子供を抱きかかえ、背中をさする親。

 そんな光景を見守りながら、真城は自分の仕事をこなしてく。

 テキパキとキーボードで必要な情報を打ち込んで、作業を一つ終わらせた。


 手慣れたものである。

 昔はパソコンの操作など、何一つ分からなかったほどなのに。

 今では手元を見る事無く、キーボードを入力する事だって出来るのだ。

 いわゆるブラインドタッチというやつだ。最近は別の名で呼ばれていたりもするらしいが、そこんところは詳しくない。


 真城はすぐに次の作業に取りかかる。

 なんの気なく、辺りを軽く見回すと、物の配置が驚くほど何も変わってない事に気がついた。

 書類の棚。印刷機。コピー用紙の束。その他必要な機材に至るまで、バイトしていた頃と何も違いがない。


 そりゃ、書類なんかに関しては、場所がコロコロ変わっては一大事。どこになにがあったのか、……それが分からなくなるくらいなら変わらない方が安心だ。

 しかし、とはいっても、機械類まで変わらないというのはどうだろう。

 物持ちが良い。というのは大変喜ばしい事ではあるのだが、少しは新しい物をとりいれて、最新機器で心機一転。……みたいな事をしてみても良いのではなかろうか。

 まぁ新しい機器を取り入れて一から使い方を覚えるよりも、手慣れて馴染みのある物の方が性に合っている。ということなのかもしれないが。


 作業を次々と終わらせる。

 その間に一人、また一人と患者の名前が呼ばれてく。

 しかし待ちの人数は一向に増すばかり。


 時間の経過と共に、子供からお年寄りまで幅広い年齢の人々が真城医院にやって来る。

 それは信頼と人気ゆえであるのだが、……多くの患者が来てくれる事自体はあまり“喜ばしい”とも言いにくい。

 何せ、誰もが健康で、病気にならない事こそが、一番であるのだから。



 受付での接客。

 保険証と診察券、お薬手帳の受け取りと受け渡し。

 カルテの出し入れ、整理。

 検査スケジュールの管理。

 診療費領収証や処方せん、その他書類の作成と受け渡し。

 受診料の会計。その他の雑用や、看護師さんの補助等々。


 それらの仕事をこなしつつ、更に空いた時間で、目に付いた患者さんをサポートする。

 泣き止まない子供には動物の人形や絵本をオススメし、お年寄りには寄り添って体を支えたり靴の履き替えのお手伝いをしたりと様々だ。


 出来る事をコツコツと。

 それだけが、……それだけしか、真城に出る事は無いのだから。

 もっと、たくさん、頑張らなければ。



 …… ……



「……ふぅ」


 月曜日。一日目の業務をやり終えて、真城は一息ついた。

 真城へとあいさつをして、看護師さん達が次々と帰っていく中、真城は椅子に腰をかけて目を瞑る。

 知った内容とはいえ久々の仕事だったからだろう。思った以上に身体の疲れを感じるのは、気のせいではないはずだ。


「お疲れ様」


 ぐったりする真城の前に、同じく業務を終えた母親がやってくる。

 これから帰宅するのだろうか。

 それならば、真城も一緒に帰った方が良いだろう。最後の戸締りをするのなら、その方が都合も良いはずだ。

 真城はゆっくりと立ち上がる。そんな真城へと、


「ねぇ、晴輝。大学で何かあった?」


 と、そんな言葉がかけられた。

 一瞬、また授業の話を蒸し返されるのか? などと警戒し、身体を硬直させたものの、次いで母親から、


「いやね、なんだか随分と見違えた。というか、生き生きしてる? ……というか、何か、大きな心境の変化でもあったのかなぁ、なんてさ」


 といった言葉が続けられた。


「……あぁ、」


 大きな変化は、確かにあった。

 それは“影狩り”の出来事。……いや、それ以前に、人を助ける為の“力”を手に入れた事だろう。

 それにより真城は、ヒーローになる決意。覚悟が決まった。

 それが真城の心境に大きく影響を及ぼした事は、言うまでもないことだ。


 身体を鍛え、体力を身に付けた。

 人を助ける為の努力をした。実際に人を救った。

 そうして、少なからずの自信だって身に付いた。

 現状にだって、まだ満足していない。まだまだ先へ行く意欲だって持っている。


 それが、真城の“今”なのだ。

 家を出た頃の、何も持ちえていなかった“過去”の真城とは天地の差があるだろう。

 その変化の一端を、母親は感じ取ったに違いない。


 とは言えど、その話を母親に言う事は叶わない。

 “影狩り”の内容は口外厳禁。血の繋がった家族であっても例外は許されない。


「……うん。ちょっとね」


 故に悪いとは思いつつ、真城は故意にはぐらかす。

 しかし対する母親は誇らしげな顔をして、


「南さん達、褒めてたよ。笑顔もよく出来てるし、周りもよく見てる。仕事も速くなったって。お母さんも見ててビックリしちゃった。……あれはホントに晴輝なの? なんて」


「ほ、本当?」


「ホントホント」


「……、」


 真城に笑顔を向けて来た。

 母親に素直に褒められて、真城に嬉しい気持ちが湧いて出る。

 自然と頬が緩んで熱を持つ。ニヤニヤしそうになる口元を、真城は必死で制止する。

 まるで何でもないように振舞って、「まぁ手伝いに来てるので、足を引っ張ってしまっては元も子もないですから」とだけ口にする。

 ちなみに、南さんというのは真城医院で働く看護師の一人である。


「ふーん」


「…………、」


 目を逸らし、決して母親の方を見ようとしない真城から何かを読み取った風の母親が、何とも言えない表情と共にじっとりとした視線を向けてくるのだが、真城はそれでも目を向けない。

 まだ、ニヤついてしまいそうになるからだ。


「……そ。それじゃあ明日もよろしくね。といっても、あまり張り切りすぎないようにしなさいよ。適度に休憩する事も、重要な仕事なんだから。今日はゆっくり休むこと」


 これ以上、事態の進展は無いと悟った母親が、先に話題を切り替える。

 そして言いたい事だけ言った後、玄関へと向かってく。


「ほら、速く帰るよ。鍵閉めるんだから速く出る」


「は、はい」


 慌てて真城は追いかける。

 そして真城も一緒に外に出て、真城医院を閉めると母親と共に家へと帰るのだった。



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