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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第6話 『帰省』

 


 真城は母親から連絡を受けた。



『は、晴輝。落ち着いてよく聞いて』


『お父さんが車で事故を起こして、……今、病院に運ばれたって』



 それは、驚くべきものだった。




 母親の話によれば、だ。

 父親の運転する車の前に、突然子供が飛び出して来た……との事らしい。

 急ぎハンドルを切ったため子供に怪我は無かったが、車はそのままの勢いで電柱へと衝突し……父親は意識不明で救急搬送、との内容のものだった。


 父親は、なおも意識不明。

 事故の際、頭を強く打ち付けてしまった事が原因であるらしい。



「……そんな」


 内容を聞き終えて。

 通話が終了してもなお、真城の口は、塞がらないままだった。



 ~   ~   ~   ~   ~



 真城の父親は真城直輝(ましろなおき)

 妻の真城晴子(ましろはるこ)と共に、真城医院という名の小児科・内科を営む。

 正真正銘。真城晴輝の父親だ。



 真城晴輝の産まれるよりも前の事。

 白日町(はくじつちょう)に越して来た両親は、そこで真城医院を設立・開院した。


 両親が越して来た理由。

 それは白日町が、病院の不足する地域であった為だった。


 真城医院の設立は近隣の住民から大いに喜ばれる事となり、また開院してからも、患者に寄り添う真城夫妻の誠実な対応に住民たちは喜んだ。


 以来、町の人々から親しまれ続けて今に至る。


 真城晴輝が生まれて以降。

 そして物心がついた時には既に、この地域では知らない人がいない程の有名人とまで言われる様になっており、隣町の住民たちからも大評判の存在となっていた。



 本当に。

 本当に、本当に、本当に。


 真城晴輝が尊敬する人物(両親)だ。



 ~   ~   ~   ~   ~



 そんな真城の父親が。

 真城直輝が事故にあった。

 事故にあって、意識不明となったのだ。


 会いに行きたい。今すぐに。

 安否を確認したい。早く無事だと、落ち着きたい。


 命に別状は無いのだと。

 すぐに意識を取り戻すものだと信じたい。

 居ても立っても居られない。そんな思いが込み上げる。



 母親が通話を終了する前。

 最後に言っていた言葉を思い出す。

 それは、


『今から父親(おとうさん)が運ばれた病院へ行ってくる』


 といったものだった。

 真城も今から向かうなら、あるいは母親と共に、父親の詳しい容態を聞く事が叶うだろう。



 が……しかし、だ。

 真城は今にでも走り出しそうな身体を、力いっぱいに制止した。


 父親の事は心配だ。

 その言葉に噓は無い。


 しかし。

 しかし、だ。


 真城には今。

 “やるべき事”が残ってる。


 それも、ただ真城が“やりたいだけ(・・)の事”……ではない。

 大勢の人達が携わる、そんな大切な物事だ。



 真城の持つ“力”の研究。

 真城自身の戦闘技能の向上。


 それらを実現する為に、真城専用に組み立てたカリキュラムに沿って、組織の人間は動いている。

 そして真城は、そのカリキュラムに自分の意思で参加した。


 今日も明日も明後日も、予定はびっしりと埋まっているのだ。

 当然、明日や明後日の訓練に間に合わせる為にと、今も研究員達が頑張って仕事をこなしてくれている。


 頭が上がらない事この上ない。


 そんな状況を知っていて。

 理解しているにも関わらず。


『親が倒れた』

『心配なので一旦家に帰ります』


 等とは言いにくい。

 言い出しづらい現状だ。



 それに真城は今、影人から命を狙われている状況だ。

 真城が現在行っている訓練は、任務などで外出した際の襲撃を避ける為。そして仮に襲撃された場合の対処を、真城が一人で出来るようにする為のものである。


 故に真城としても組織としても、本部に籠っている方が安全……という状況下。

 今のそんな状態で、真城は外に出られるか? 組織が許可を下すのか?

 といった問題にもなってくる。


 神崎に頼めば、或いは……といった可能性も望めるが。

 前回の“AI暴走事件”以降、頻繁に“影狩り”に顔を出すようになった水樹(みずき)という人物がそれを許してくれるか分からない。

 真城の今の実質監禁状態が、水樹からの提案であったらしい事を考えれば、ほぼ許可が下りる事は無いと考えた方がいいだろう。



 今は状況が状況だ。

 父親の事が心配なのは事実だが、それで真城は動けない。

 沢山の研究員が真城の為に尽力している手前、真城一人の判断・感情で行動は起こせない。

 ここで父親に会いに行ったとして、その先で怪我をしたならば……。

 或いは命を失うような事があったなら……。

 それは研究員にのみならず、両親だって浮かばれないはずである。


「…………、」


 真城の身体が完全に動きを静止する。

 それにだ。と、真城は更に考える。


 仮に真城が病院へと駆け付けて、一体何が出来るだろう?

 そんな思いが湧いて出る。


 結局、眠る父親に寄り添って、無事に目覚める事を願う以外に無いだろう。

 それ以外、真城に出来る事は何も無い。

 ただそれだけの事ならば、母親がいれば十分だ。

 真城が危険を冒してまで向かう必要も無いはずだ。


 影人を分離し人間を救出する。

 そんな凄い“力”を持っていても、こういった状況下では意味が無い。

 無力となんら変わらない。


 ならばいっそ割り切って、今の真城に出来る事。

 それを精一杯やる方が良いはずだ。



「……、」


 少しばかりの冷静さを取り戻すと、あまりの驚きで忘れかけていた“ある事”を思い出す。


 父親が運ばれた病院へと向かうというのなら、当然母親には会う訳だ。

 母親が向かっている場所に行く、というのだから当然だ。


 という事はその時に。

 父親の安否を医師達が判断している待ち時間といった時にでも。

 母親から、“大学の状況”について聞かれかねないという事だ。


 大学での成績は良くは無い。

 このままでは留年確定といった状態だ。


 言い訳は無理だろう。

 当然、組織(影狩り)の事も話せない。


 ……そうなれば。

 『実家に戻って来い』などと、言われかねない事になる。

 最悪、連れ戻される可能性さえあるだろう。


 もしもそんな事になるのなら。

 真城の“夢”。

 “影狩り”を、続ける事が叶わない。



 下手に会って、ボロを出すくらいなら……。



「会わない方が賢明、……か」


 自分にそう言い聞かせる様にして、真城は独り言を呟いて歩き出す。

 向かう先は、……変わらない。

 予定通りに、大浴場へと進んでく。



 …… ……



 大浴場にたどり着くと、真城は衣服を脱いで湯に浸かる。

 心に未だわだかまりを残しつつ、しかし“いつも通り”を維持しようと試みる。

 バシャバシャと顔に湯をかけて、一心不乱に不安や恐れといった感情を洗い流すことに躍起する。

 真城が“影狩り”に残る事。それが一番正しいのだと言い聞かす。


 が、しかし。

 どうやっても両親の話題が頭にチラついて離れない。

 まるで永遠に続くとも思える様な葛藤に、真城は重々しい溜息を一つして、湯船の中へと沈んでく。


「…………、」


 何故、ここまで“帰るべきではない”理由を並べ立て、正当化して言い聞かせ、帰る事を拒む(・・)のか。

 それは真城に、両親には……母親には、会いたくない。

 そう思う事情もあるからだ。


 真城が帰宅を渋る理由。

 それは、真城が両親へと抱く感情。“苦手意識”故だった。



 一体いつから芽生えたものだろう。

 小学生に上がる頃には、既に持っていた気さえある。


 小さい頃から、厳しく指導をされたから?

 或いは、そんな両親の期待に応えられなかったから?

 それは、……今となっては分からない。

 しかしそうして芽生えた感情が、日に日に膨れていく事が、真城は堪らなく嫌だった。


 両親と比較されるのが嫌だった。

 怒られるのも、叱られるのも嫌だった。

 いつ、失望されるかが怖かった。

 自分の不甲斐なさに落胆するのが怖かった。

 “罪悪感”や“後ろめたさ”。様々な感情が入り混じり、気が付けば両親とさえ、あまり砕けた会話も出来ない程になっていた。



 そんな真城であるからこそ、“一人暮らし”はある種の自由であったのだ。

 会わない事が、交わらない事が、ある種の心のセーフティとなっていた。

 もしそれが、無くなるかもしれない。崩れるかもしれないと言うのだから……。

 “会う”という一歩が踏み出せない。踏み出せなくなっていた。


 両親を尊敬し、心配していることは本当だ。

 しかしだからこそ、そんな人達に失望され見放されるのが怖いのだ。

 だから極力会いたくない。離れすぎず近すぎない、そんな距離が心地よい。

 一緒にいたら、否が応でも比べられる。真城が……比べてしまうのだ。


 ……だが、「なら、会わなければ良いだろう」と判断を下せるかといえばそうじゃない。

 家族はやはり大切だ。“苦手意識”があることが、心配しない理由には繋がらない。

 大切で尊敬する両親に、もしも何かあったなら。そう考えるだけで胸が張り裂けそうになる。


 もう何度目かも分からない葛藤をやり終えて、真城が湯から顔を出す。

 と、そんな時だった。



「あれ、……真城さん、でしたっけ」


 突然、声をかけられた。

 声がした方を振り向くと、阿久津遼汰(あくつりょうた)がそこにいた。


 確か今は“影操作”の訓練中だ、といった話を聞いていたのだが……ここにいるという事は、もう訓練は終えたらしい。

 察するに真城や切矢、立花とは違い、食事より先に大浴場で汗を洗い流しに来たのだろう。


「……どうかしたんですか? 何か、随分と(やつ)れている様に見えますが」


「……、」


 真城から違和感を感じ取ったのだろう。

 阿久津が不安そうに、そんな事を聞いてくる。


 真城は無意識に湯に映る自分の顔に目を落とし、……憔悴した様な顔と目が合った。

 あぁ、これは確かに心配されても仕方がない。そういった自分の顔が映っていた。


 これでは流石に隠せまい。

 そう思い、真城は一つ溜息を零すと『もうどうにでもなれ』といった感情でポツリポツリとこれまでの経緯を呟いた。


「……実は、さ」


 それは。

 一人で抱え込むよりも、誰かに話して聞いてもらって楽になりたい。……そんな心理でも働いた結果だろう。



 ……


 …… ……



「そんな事が、あったんですね……」


 話を聞き終えた阿久津は、神妙な面持ちで呟いた。

 視線を落として、何か考え込む様な素振りをみせると、少しして真城の方へと目を向けた。


「……そういう事なら、神崎さんに話してみるべきじゃないですか?」


 意を決して、そう真城へと訴える。


「何かあってからじゃ間に合いません。会えるなら……会える時に会うべきだ」


 力強く、そう言い切る阿久津の拳は、強く強く握り込まれているのが見て取れた。

 まるで自分の事の様に告げる阿久津。その瞳に宿る感情は……“不安”だろう。


 或いは本当に、自分と重ね合わせているのかもしれない。

 阿久津の本当の両親についての事柄。

 その情報についても、少なくはあるが聞いている。


 阿久津の両親に起こった出来事。

 そして突然、一人残された阿久津の心境を考えれば、まだ確実に間に合い、出会う事も叶う今の真城の状況は……確かに『会いに行け』といった答えとなるだろう。


 理解は出来る。


 だが。

 しかし。

 それでも。

 真城には他の問題も山積みだ。


「でも……、許可が下りるかどうか――」


「事態が事態ですよ。流石にダメとは言えないはずです。仕事や使命が大切な事は分かります。……でも、だからって、肉親を蔑ろにして良い訳もないはずだ。両親だって、大切じゃないですか!!」


「…………、」


 真城の言葉を遮る様に、阿久津は言葉を口にする。


「でも、……さっきも説明しただろ? 今の俺の状況を母親(かあさん)には話してないんだ。話せないよ。“影狩り(ここ)”の事も、大学の事も。話せば……何を言われるか分からない!! それに、怖いんだ。……“影狩り()”を続けられなくなるかもしれない事が!! 嫌なんだ、……夢を追えなくなるかもしれない事が!! ……否定されるかもしれない事が!!」


 それに負けじと真城も言葉を紡ぐが、


「…………、」


 阿久津は尚も止まらない。

 一度、阿久津は言葉を区切ると、深呼吸を一つする。

 そして、


「……話して見れば、良いんじゃないですか?」


 と、そうゆっくり口にした。



「――……え?」


「あ、いや。本当に全てを話す訳ではないですよ!? “影狩り(この仕事)”の事とかは当然伏せての話になりますが」


 今までの威勢とは打って変わって、肩の力を抜いたように脱力し、しかし真城への視線は外さずに……阿久津は話をし続ける。


「真城さんは、……“影狩り”を続けたいんですよね?」


「もちろん」


「だったら、その気持ちをちゃんと伝えて見れば良いんですよ。たとえ言えない事があったとしても、その想いが本物なら……ちゃんと相手に伝わるはずです。……『今、したい事をやっている。だからそれを続けたい』。そう言えば良いんですよ、両親に」


「……、」


「想いは言葉にしなければ伝わりません。……同様に、相手の真意だって話して見ないと分からないんじゃないですか?」


「――ッ」


「話せる内に、話しましょうよ」


 阿久津は真城を見据えて離さない。

 その瞳には、言葉通りに、真城の真意を確かめる意図があるのだろう。


「もしかすると、案外簡単に許しが出るかもしれませんよ? ……実は俺も、この“影狩り”(組織)に入る時、おじさんといくつかやり取りをして許可を貰って来たんです。まぁ『こんな仕事を始めます』なんて、わざわざ親の許可を貰う必要もないんですが、それでも、いつまでも隠し事をしたままっていうのも、なんだか気持ち悪いですし……。何より親からも応援してもらえるって考えると、すごく気持ちが良いじゃないですか。素直に胸を張れますし」


 まぁ、俺の場合は親ではなく親戚のおじさんなんですが。と、そう言って阿久津は自嘲気味にハハハと笑う。


(話して見ないと分からない、か)


 阿久津から言われた言葉が、真城の胸を打ち付ける。

 反芻し、ジワジワと真城の鼓動を高めてく。


(そう、だよな)


 真城は、意を決して立ち上がる。

 その顔には、もう憔悴の色は見当たらない。


 真城は阿久津へ向き直り、お礼の言葉を口にする。


「ありがとう。決心が付いたよ。行ってくる」


 阿久津が頷いたのを確認し、真城はもう一度前を見る。

 今度はもう振り向かない。

 真っ直ぐと前を見て、行くべき場所へと進んでく。


 神崎のいる執務室へ。

 帰宅の許可を貰う為。……いや。もぎ取る為にと。



 …… ……



 真城は執務室へとひた走る。

 実家へと帰る決心がついた事で、真城の中に沸々と考える事も湧いてくる。


 父親の状態。

 それはもはや言わずもがなだが、もしも何かあったなら……それこそ事だ。

 何かあってからでは間に合わない。

 事が起きてからでは遅いのだ。

 その事は、阿久津から十分に伝わった。


 母親の事だって気がかりだ。

 まさに青天の霹靂だった事だろう。

 あまりに突然の事すぎて、動転していなければいいのだが。


 実家(病院)の事だってある。

 父親が抜ける穴は小さくない。

 母親だけでも回す事は可能だろうが、どうしたって負荷はかかる。

 真城にだって、何か手伝える事があるはずだ。


 親に会う、“怖い”という気持ちは変わらない。

 しかしそれでも、そんな事は言っていられない。

 今は、そういった時なのだ。



 執務室に到着し、真城は勢いよく戸を叩く。

 すぐに神崎からの返答はあった。


「入っていいよ」


 その言葉聞いてすぐ、真城は執務室の戸を開ける。


「失礼します」


「どうしたんだい。……何かあったようだけど」


 部屋に入って来た真城の表情を見て取った神崎。

 一瞬、驚いた表情にはなったものの、すぐに普段通りの顔に切り替わる。

 声のトーンは少し低い。

 真城の纏う気配から、何か“真面目な話”を切り出す事を察したのかもしれない。


 神崎の他にも二人。

 九条と水樹がそれぞれ、神崎の背後と客人用のソファーの位置にいるのも確認する。

 言葉は無い。しかし、二人からの視線は十二分に感じ取れる。

 神崎を含めた三人が、真城の次の言葉に注視しているからだろう。


 気圧されそうになる気持ちを奮い立たせ、真城は神崎へと口を開く。

 内容は包み隠さず全て話す。

 父の事。母の事。実家の事。

 そして、どうか一度実家へと帰宅したい事。その気持ちの全てをだ。



 …… ……



 真城が全てを話し終えて一息つく。

 真城が話し終えるまでの間、ジッと清聴していた三人がそれぞれ視線を交わすのが見て取れた。

 少しして、神崎が口を開きかけた時だった。


 突然、一つの声が部屋中に響き渡った。


『無理無理無理ッ!! 絶っっっ対、無理に決まってるじゃん!! たっくんが頑張って立てた計画をそんな理由で台無しにするとかあり得ないんだけど!! 親なんてほっとけ、そんなもん!! 大体、真城晴輝!! お前さぁ、自分の立場とか分かってる?? たっくんが心配して匿ってくれてるってのが分からないのかよバァァk――――』


「……っと、すまない」


 神崎が急ぎ、腕に付けた腕時計のような機械に手を回し、機械横のスイッチをカチリッとスライドさせると、鳴り響いていた大声を停止させた。

 どうやらその機械の電源ボタンであるようだ。


「…………、」


 神崎の後ろで控える九条が『またか……』といった表情で目を瞑り、眉間にシワを寄せる。

 ソファーに腰掛ける水樹からも、そこまで表情には出さないまでも同様の感情を抱いているであろう雰囲気が溢れ出す。


 しんとなった部屋の中。

 唖然とする真城の眼前には、この事態の元凶とも言えなくはない人物。神崎が引き攣った笑みで脂汗をかいていた。

 どうにも居心地が悪そうだ。


「あの、今の声って……」


 どうにも話が進まなそうなので、真城から話題を投下する。

 父親の件を蔑ろにするつもりは毛頭ないが、先程の声に、話し方に、どうにも聞き覚えがあったからだった。


 真城の脳内を(よぎ)る一つの答え。

 それが正しくない事を願いつつ、問いかけたものだった訳なのだが……その願いは神崎の、


「あぁ、“アイ”だ」


 といった言葉に玉砕する。


「あ、“アイ”って……、あの“アイ”、ですか?」


「そうだ。その“アイ”だ」


「なんで!?」


 さも当然といった面持ちでそう言い切った神崎に、真城は思わずツッコんだ。



 ~   ~   ~   ~   ~



 悪夢の面倒事がよみがえる。

 “AI暴走事件”。それは一体のロボットにより、“影狩り”本部が壊滅しかけた事件である。

 何故、そんな事が起きたのか?


 “アイ”(AI)曰く、『神崎(たっくん)が構ってくれなかったから』であるらしい。

 なんとも馬鹿馬鹿しい限りである。

 或いは、本人からすると重要な事なのかもしれないが……、それで本部が壊滅しようものなら、真城達職員は堪ったものではない訳だ。


 加えて言うのなら“アイ”の操作した、その他複数のロボットによって、真城は軽いトラウマを植え付けられた。


 正直、こういった出来事は二度と起きてほしくない。

 そうなる兆候。そのきっかけさえ、出来れば真城は見たくない。


 この考えは、決して真城だけの考えではないはずだ。

 或いは“影狩り”の大半が。それこそ九割にとどく程の人物が、賛同をくれるものだろう。



 ……で、あると言うのに。

 神崎は、“アイ”を再び自由にしたらしい。



(あの時はなんとかなったけど、もしまた次に暴走する事があったら……どうにか出来る自信が無いぞ)


 言って見れば、あれは奇跡であったのだ。

 偶々“アイ”が油断をしてくれて、真城の作戦が上手くハマった。それだけだ。


 奇跡的なものが重なって、真城は“アイ”を撃破した。

 “アイ”が宿る、ボディ(ロボット)の破壊に成功したのだ。


 ボディ(ロボット)が無くなった事で、“アイ”は本部への物理的な干渉方法を失い、一件落着。

 もうこれで、“アイ”に出来る事は無くなった。

 神崎製スーパーコンピュータの中で大人しくしててくれ。めでたしめでたし。


 ……となっていたはずなのに。



 ~   ~   ~   ~   ~



 真城の「なんで!?」という言葉が木霊する。

 じっとりとした視線を神崎へ浴びせかけ、真城は説明を要求する。


「ま、まぁ、まずは落ち着いて聞いてくれ」


 まるで良い訳でもする様に両手で『待った』のポーズを決めながら、神崎は説明をし始める。

 何でも、


『この腕時計の様な端末は、“影狩り”屈指のスーパーコンピュータ(スパコン)から“アイ”のAI(人格)を出力し、意思の疎通を可能にしたもの』


 であるらしく。しかし、


『それ以上の機能は(今のところ)無い』


 らしい。……つまり、


『もし仮に“アイ”が暴れても、“アイ”がうるさく騒ぐだけで、必要なら先程の様に機械の電源を落とせばいい』


『この機械から“アイ”が別端末へとアクセスする事は出来ない様に組まれている為、前回の事件の時の様な「コンピュータウィルスの拡散」や「手頃なロボットをハッキングしての物理的干渉」を行う事は不可能』


 との事だった。



「だから絶対安全だ!! もうあんな事件は起きないんだ!! “アイ”と話せるだけ!! その為だけのツールだよ!! ……ね?」


「……、」


 ね?

 などと言われても正直困る。


 確かにその言葉が全て事実であるのなら。

 暴走が起こらないというのなら。

 百歩譲って『……しょうがないか』と受け入れても良いのだが……。


 先程の九条や水樹の反応的に、“騒ぐだけ”でも十分に実害のある干渉が為されているのではなかろうか?


 現状、(多分)一番今までで実害を受けているであろう九条が容認(?)しているなら、真城があれこれと口を挟む必要はないだろう。


「……――ッ」


 無意識にチラリと向けた視線が、九条とかち合った。

 死んだような瞳の奥。そこに黒々とした闇の様なものが見えた気がした。


「大丈夫ですよ、真城さん」


 九条が静かにほほ笑む。



「何かあれば私が神崎さん()を殺します」



 透き通る様な、冷たい刃物の様な声だった。



 …… ……



「それで、話を戻すけど」


 コホンと一つ咳をして、神崎は話題を無理やり挿げ替える。


 今回の本題。

 それは真城の父親に起きた不幸と、それを起点とした真城の帰省。

 その可不可についての事柄だ。


 “アイ”の件で話題が逸れてしまったが、いつまでも後回し、という訳にもいかない。

 神崎は思考を瞬時に切り替えて、ムムム……と腕を組んで考え込む。


 真城には現在、戦闘技術の向上。

 それと能力の理解、精度の向上を目指して、日々励んでもらっている。


 龍牙(一ノ瀬)からの報告によれば、訓練の結果は上々。

 既に規程のレベルは、十分に超えていると言って良いだろう。


 これならば、仮に“識別名(コードネーム)”持ちからの襲撃を受けても、安全に逃げ切る事も叶うはずだ。

 それこそ、戦おうとさえしなければ。


 能力についても結果は出ている。

 まだ実戦レベルとは言えないが、しかし任意で後遺症も無く“フェイズ3”の分離が可能になったというのなら、大きな成果と言えるだろう。

 これから再現性がどれほどのものか、その精度を検証していく必要はあるものの……結果だけ見れば、真城は十分によくやってくれている。



(……が、しかし、本当に外に出しても良いものか)


 一人が危険と言うのなら、誰か護衛を付けるという選択もあるのだが、しかし……、


(龍牙君は今、出払っているし……同じく天道君も任務中。切矢君にはこの後すぐに向かってもらいたい(任務)があるからこの件は頼めないし……立花君は阿久津君の訓練をしてもらっている最中。桜井君は能力の訓練中、だったかな? 頼もうと思えば頼めなくもないが……今の彼女じゃ“フェイズ4”クラスの脅威に対処出来ないだろうし。そうなると……)


 神崎は先程から、背後より冷たい視線を突き刺してくる人物を意識する。


九条(くじょう)君にでも頼む他ないが……)


 そうすると今度は、本部の戦力をどうするか?

 といった問題が湧いて出る。



 “影狩り”には常時、待機組が控えており、『戦闘部隊』やその他部隊に何かしら非常事態が起きた際の補佐役。並びに、不測の事態で本部へと影人が襲撃・侵入を許してしまった時の対処・戦闘を任せる事となっている。


 待機組は、戦闘面だけでなく、場合によっては司令塔としての役割を果たす為、それぞれの『部隊』や『人員』の事情のみならず、“影狩り”全体を大まかにでも把握していなければならない。

 故に、待機組は多くない。

 現状、待機組に該当するのは本部長の神崎を含めても、一ノ瀬と九条の三名のみといった状態だ。


 本当は、清水とか天道とか西郷(さいごう)とか、将来的に切矢とかにもそうした役割を与えたいのだが……中々、首を縦に振ってもらえない。

 あまりにも勝手気ままに動きすぎるんだよね、あの人達。



(……何も起こらない可能性の方が遥かに高い。が、それでもこの“影狩り(組織)”を任されている身としては今、本部を手薄には出来ない。やはり、九条君を護衛にやる訳にはいかないか)


 どうにもタイミングが悪かった。

 よりにもよって戦力が本部を離れているこの時に。

 そんな思いに歯噛みする。


(…………別に危険がある場所へと任務に行かせる訳じゃない。真城君の実家があるという白日町(はくじつちょう)には“フェイズ4”の目撃例は出ていない。過去に起きた事件を遡ってみても、影人が関係していそうな事件も見当たらない。これならば、潜伏している可能性も低いだろう)


 手元のPCを操作して、白日町に関するデータを読み漁り、目的地の危険度を予測する。

 しかし、いくら調べてもこれといった懸念事項は見当たらない。


(これなら真城君一人で行かせても……)


 問題ない。

 そういった結論にたどり着く。


 真城の表情。

 それを見れば、事故に遭った父親が心配な事。

 居ても立っても居られない状態にある事はすぐ分かる。


 真城にはこれまで、戦闘・能力訓練をさせてきた。

 しかしそれで着実に結果を出せているのは、真城の努力の成果と言えるだろう。

 真城の考え・目的がどうであれ、神崎の思惑にちゃんと答えてくれている。


 で、あるならば。

 その努力に、神崎もちゃんと報いるべきだろう。



「…………、」


 チラリッと、水樹の方へと目を向ける。


 今回の件。

 反対するなら水樹(彼女)だろう。


 ここ最近。

 それこそ、真城を訓練という名目で半ば監禁状態にした頃より、度々本部へと顔を見せる様になった水樹の目的は、表向き“AI暴走事件”を引き起こした神崎の監視をうたってはいるものの、来るたびに真城の訓練成果や能力向上のデータに目を通し、今後の方針についても詳しく聞いてくる辺り、後者をメインの目的としている事は明白だ。


 真城が実家に帰るなら、それはそのまま向上訓練の停滞を意味する。

 まず間違いなく、渋ってくるに違いない。


(今まで通り事後報告で済ませられるなら良かったが、本人が目の前にいる以上……どう話を切り出すか)


 ぐぬぬぬぬ……。

 神崎は思考を巡らせ、何とか答えを導き出そうと試みる。

 が、しかし良いアイデアは湧いてこない。


 口元に手を置き、険しい表情のままでいること十数秒。

 沈黙を破ったのは水樹であった。



「別に良いのではないですか? これまでの訓練の経過から見ても、きちんと一定の成果は出して頂けているようですし……何より、身内に不幸があったというのであれば、止める理由もありません。報告書通りなら、“フェイズ4”から逃げる分には問題もないですし。そうですよね、神崎さん?」


「え……あ、あぁ。そうだね」


 まさか水樹(むこう)からそう言い出してくれるとは……。

 こうもあっさりと、承認が貰えるとは考えてもいなかった。

 神崎は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になりながら、しかしきっちり返答する。


 折角の好機だ。

 水樹がそう言ってくれるなら、気が変わらぬうちに決定まで持ち込もう。


「ここ最近、随分と過酷なスケジュールになっていたしね。とてもそんな気分には成れないかもしれないが、真城君の肉体面のリフレッシュも兼ねて、しばらく休暇を取るのが良いんじゃないかな? その間に僕達も、真城君の今後の訓練内容について今一度吟味しておくとしよう」


「……ッ、はい!! 分かりました!!」


 真城の元気な返事が木霊する。

 きっと、真城も帰省の許可は下りないと考えていたのだろう。

 その予想が良い意味で裏切られ、ホッとしているに違いない。


「気を付けて行っておいで」


「はい!! 行ってきます!!」


 神崎と真城。二人は簡単な挨拶を交わし、この議題は終了する。

 真城はその後、九条と水樹にも小さく会釈をすると、すぐさま部屋を後にする。


(……さて、と)


 真城がいなくなった執務室で、神崎は再びPCと向かいあう。

 何せ、今日もやる事が山済みだ。


 とほほ。



 …… ……


 急いで支度をする為に、真城は自室へとひた走る。

 その途中、真城は阿久津とすれ違う。


「あ、阿久津さん!!」


 気付かずに歩いて行こうとする阿久津をどうにか呼び止めて、一時帰省する事を説明する。と最後に、


「相談して良かった。背中を押してくれてありがとう!!」


 とそう言って、今度こそ自室へと駆けてく。

 まるで嵐の様に過ぎ去っていく真城へと、阿久津は小さく笑みを零す。


「気を付けて行って来てくださいよ!!」


「はい、行ってきます!!」


 それ以上の会話は必要無い。

 二人はそれぞれの場所へと向かって進んでく。


 お互いの、やるべき事をする為に。



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