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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第5話 『報せ』

 


「――お、おい!! 真城っ!??」


「――――ブッッッ!!??」


 戦闘開始と同時。

 一気に距離を詰めた切矢の拳が向かい来る。


 やる気満々の切矢。

 対するは、心ここにあらずな真城。


 結果は明らかなものだった。

 振り下ろした拳を切矢は急には止められない。

 寸瞬後。拳が真城の顔面に突き刺さる。

 ゴッッと鈍い音を響かせて勢いよく吹っ飛んだ真城は、受け身も取れずに壁に背中を打ち付けて……肺の空気をもろに出し、そうして何度も咳き込んだ。


「だ、大丈夫か!? 真城ッ!!」


 慌てて駆け寄ってくる切矢。

 しかしそんな切矢へと反応を返す余裕は、今の真城には当然無い。


 拳がクリーンヒットした顔面。

 そして壁に打ちつけた背中。

 それら二つの場所からは、じわりじわりと、痛みが波紋の様に広がっていき、身体全体が痛いのではないのかと錯覚させる程になっていく。


 ズキズキと痛みを訴える身体を丸めて呻く真城。

 しかしそんな、痛みを訴える身体をよそに、真城には一つの閃きが湧いていた。

 それは幸か不幸か、この痛みから得られたものだった。


 二つの場所。波紋。痛み。……そうだ。

 一気にしなければいいのだ、と。



 ~   ~   ~   ~   ~



 そもそもの話、だった。

 真城は失念していた事があった。

 失念している前提があった。


 “ソレ”は真城がここ最近、実験室でのみ影人の分離作業を行っていた事に起因する。

 “その状況”があまりにも当たり前になり過ぎて、“ソレ”でしか考えていなかった。

 無意識に、“ソレ”でしか考えられなくなっていた。


 “ソレ”とはつまり、影人を分離する為の工程だ。


 倒して拘束した影人に調整した“力”を押し当てる。

 “力”を浸透させていき、“混沌点”を見つけだす。

 それらを全て綺麗に引き離し、それで分離は完了だ。


 ……などというやり方が、そもそもの間違い。

 勘違いであったのだ。


 何せ戦闘中であるのなら、そもそも『影人の身体全体に“力”を浸透させ終わる』などとゆったりはしてられない。

 『“混沌点”を全て発見』し、その後『分離へと取り掛かる』……などとやっている余裕も無いだろう。


 拘束だってしていない。

 影人()は動くし、当然暴れる。

 あまり悠長にしていては、危機を察して逃げに徹する者だっているだろう。


 そんな影人を相手取り、戦闘中に分離作業をするのなら……?



 “力”の浸透。

 “混沌点”の発見。

 綺麗に引き離す、といったそれら作業を全て少しずつ並行して行っていけば良いのである。


 一つの工程を全て終えてから次に行く、のではない。

 一気に全てを分離するのではなく、“一つ見つけたら分離”という工程を数度に分けて繰り返す。


 これならば、影人の身体に“力”が全て浸透するのを待たなくてもいい。

 “混沌点”を一つ分離し終えたら、一旦戦闘に意識を切り替えて精神的疲労を回復する事だって可能だろう。

 ずっと分離作業に精神を集中させておく必要が無くなるのだから、疲労も軽くなるはずだ。



(…………――――ッッ)


 降って湧いたアイデアに、真城の心が色めき立つ。

 真城の表情が、みるみるうちに明るくなる。


 拳を寸瞬だけ打ち付ける事で起こる“力”の波紋。

 それを複数回、それぞれ別の場所で行う事で、影人の全身に“力”を浸透させていく。

 これならば、“ずっと右手を押し当て続ける”なんて事をしなくとも、影人の全身に“力”を行き渡らせる事が出来るはず。



 これはもしかすると、もしかして。

 画期的なアイデアなのではなかろうか?



 ……


 …… ……



「痛い……」


「それはすまないとは思ってるが、戦いに集中してなかったお前も悪い」


「それはそう……」


 痛む顔面を抑えながら、真城はその場に座り込む。


「どうしたんだ? 一体」


「それなんですが」


 かくかくしかじか。

 真城は今さっき浮かんだアイデアを切矢にも共有する。

 切矢はそれを聞き終えると口元に手をやって、


「つまり……例えば、戦闘中に影人の右腕のみにスポットをあてて“力”を浸透させていって、そこで“混沌点”を見つけたらまず分離。そこに“混沌点”が無ければ左腕を……ってな感じでやっていって、少しずつ分離を進めてくって寸法か。確かに実験でするみたいな“混沌点”を全部見つけて全部分離してってやり方は実戦向きでは無いわなぁ」


 と納得して同意する。

 その間、真城はというと更に考えを巡らせる。


「うーん……」


 “力”の浸透。

 その波及なり伝播なりの原理は変わらない。

 違いがあるとするのなら、それはやはり純度だろうか。


 真城が戦闘に用いる方の限界まで純度を高めた状態。

 それは影の攻撃を一瞬で無効化するのには使えるが、効力が強すぎて人と影とを綺麗に分離する間もなく引き剥がしてしまう。故に、分離作業では純度をあえて下げた状態で使用する。だが……。

 では仮に、真城が今思いついたスタイルで戦闘兼分離作業をするのなら戦闘と分離、その状況に応じて純度を使い分ける事となる。


 必要となるのは純度の上げ下げ。

 その切り替えの速度だろう。


 分離作業に使う純度の“力”では、先ほど実演した様に影の無効化までにかかる時間が約十秒。と、とても使えるものじゃないからだ。


 もう少し純度を上げるとどうなるか?

 もしかすると、触れ続けなければならない時間を短縮出来るかもしれないが……すると今度は分離作業がどうなるか分からない。

 これで分離作業に差し障る様になるのなら、それは本末転倒だ。




 ……とは言えど。

 結局の所、現状では全てが妄想の段階だ。

 思いついたアイデアを、これから実際に行って検証をするしかない。


 検証。となると必要なものは何なのか?


「やっぱり、影人が必要かぁ~~」


 結局そこで息詰まる。

 堂々巡りをしている事に気が付いて、真城は髪の毛を掻き乱す。

 アイデア自体は悪くない、……はずである。

 しかしそれを証明出来る状況が揃わない。


 真城は大の字になって横になる。

 これ以上考えても仕方がない。といった心境で、真城はゴロゴロと寝転がる。



「なぁ」


 ふと、切矢の声が木霊する。


「そういえばさ。さっきふと思い出した事なんだが、分離の実験にロボットって代用出来ないのかな?」


「えっと……、それってどういう事です?」


 影人の分離実験。

 その影人の代わりにロボットを、とは一体どういう事なのか。


「いや、ほら。真城が言ってる“混沌点”ってのが要するに“侵食率”の事って話はしただろ? その時に少し思ってた事なんだが、ロボット……というか機械とか物質にも“浸食率”ってのはあるんだよ」


「――ッ!?」


「ほら、“影世界”に携帯とかをそのまま持ち込むと壊れちまうって話は知ってるだろ? あれってさ、人間と同じく無生物の物質も“影世界”に入ると“影エネルギー”の影響で一種の“影人化”を起こしちまうのが原因なんだとさ。んでその結果、影と同化しちまった部分が機能不全を起こしたり何かして、使い物にならなくなっちまうってな理屈らしい。まぁ生きてる人間と違って物質が“影人化”したからといって、勝手に自我が芽生えて動きまわったりとかはしないらしいんだがな」


 そう言われて真城も一つ思い至る。

 そもそもの影人の服装だ。


 影人は着ている衣類なども肉体と同じく影と同化させる事によって、流動的な影の身体と同様に衣類などをも操作していた。

 衣類が影と同化する。そんな事が可能なら、その過程で重要な“影人化”も同様に衣類……つまりは物質にも起こり得るという事だ。


 何故、今の今までこの事に気が付かなかったのか。

 真城は自身の思考の足りなさ。点と点の結び付けの甘さに唖然とする。


「“戦闘訓練用ロボット”や“警備ロボット”もさ、月一の点検に“侵食率”をチェックする項目があるんだよ。AIで“影操作”を扱える様にしているロボットも、俺達人間と同様に“浸食率”を調べていって影と同化しちまってる様な部品は交換したりしてるのさ。でさ、ここからはさっきの話に戻るんだが、ロボットにも“侵食率”があるのなら、当然真城の言う“混沌点”ってやつもあるはずだろ? だったら、居ない影人の代わりとしてそういったロボットを使うってのもアリなんじゃねぇかなって」


「……、」


 確かにそうだ。

 しかも真城が回避訓練で使っている“戦闘訓練用ロボット”であるのなら、影人との戦いを再現出来る上、戦闘中に行う分離作業の訓練をする相手としても最適だ。

 加えて言うのなら機械であるが故、分離作業に失敗したとしても問題無い。

 寧ろ実験に使うなら、これ以上のものは無いだろう。

 惜しむらくは、ロボットには痛覚が無いので真城の“光”を浴びた際に、影人と同様に怯んだり強張ったりといった挙動を期待出来ないことではあるのだが……そんなものはそれ以外の利点を上回るようなものではない。

 寧ろ影人だって決死の覚悟で挑んでくるのなら、痛みに怯まずに突っ込んでくる機会だってなくはない。“そういった敵”を相手にするという前提でいくのなら、或いはそれさえもメリットだ。



 今後何回かこちらで行ってみて、影人でするのと変わらない成果がでるのなら、研究室での分離実験。その影人の代わりとして、安室に提案しても良い程だ。

 影人と違って無秩序に暴れる心配も無い。……そういった点で見れば、寧ろ影人を使うよりも安全だ。



 …… ……



 真城と切矢。

 二人の話し合いの結果、出た推測。

 その真偽、立証を兼ねた“お試し”実験は迅速に開始した。


 無論、それは真城の提案であるのだが、それに対して切矢も同意をくれた事が何より大きいものだった。

 或いは戦闘訓練を優先したい。といった話もあるかとは思ったが、真城が“力”を十全に扱える様になる事は切矢にとっても悪い事ではないのだろう。


 切矢の友人を影人と分離する。

 その一件があるからこそ、切矢は今回の真城の悩み事にも快く乗って来て、頭を捻り、意見を出してくれたのかもしれない。




 真城は一定の距離を保ちつつ踏み込むタイミングに注視する。

 相手からの影の攻撃を躱しきり、今という隙をついて一気に懐へと滑り込む。

 影の合間を縫う様に。影の陰へと入り込み、動きを相手に悟られるより先に移動する。


 真城の現在地点を見失い、しかしそれでも接敵されつつある予兆を感知したロボットは、最後の手段と言わんばかりに影のドームを作り出す。

 ロボットを中心に半径一メートル程で展開した影のドーム。しかしそれは、何も防御の為の行為じゃない。

 所々で影が足りず、まるで黒い蛇がとぐろを巻いている様にも見える影のドーム(それ)は、使える影の総量を超えて作られた為に“そう”なっている訳ではない。


 残しているのだ。

 真城がドームに接敵し、ドームを破壊する行為をする刹那。それを捉えたロボットが真城を迎撃する。……その為の影を。


 しかし真城には関係無い。

 関係無く出来るものを持っている。


 真城は右手に“力”を溜めていく。

 それは純度の上限を考えない、確実に一瞬で影を霧散させる程のもの。

 真城は右拳を振り下ろし、影のドームを、その迎撃する為の影ごとまとめて打ち砕く。


 相対するその相手。ロボットを眼前に捉えると、すかさず“力”の純度調整に着手する。

 影を全て霧散させる威力から、影を分離する威力へ切り替える。

 実験で何度もやっただけあって、出力の調整にも大分慣れてきた。

 流石に純度を上げれるだけ上げて良い状態に比べれば遅れるが、それでも誤差一、二秒といった所だろう。


「――らッ!!」


 ロボットが真城の動きに対処する……より先に、真城の右拳がロボットの左肩へと突き刺さる。


 真城の拳がロボットへと触れたその瞬間。そして拳が離れるまでの間。

 真城は“力”の流れに注視する。


 真城の右手に濃縮された“力”の一部が、触れたロボットの中へと流れ込む。

 “力”が浸透・波及して、まるで船舶レーダーやソナーの様にして真城が探すべく“混沌点”をあぶり出す。そして……、



「――――…………ッ!!!!」




 ……とまぁ。

 結果として、やってみて分かった事なのだが。


 それは、修練場に置かれているロボットは月一で点検しているだけあって、“混沌点”が無いのがほとんどで、仮にあっても“混沌点”と呼べる程に混ざっていない“なりかけ”といった曖昧なものばかりだった事である。


 “なりかけ”では分離作業をするまでもなく、放っておいても“力”の浸透による時間経過で勝手に解れて消えていく。

 その為、戦闘中に実際に分離作業が出来るのか?

 といった問題・疑問点は依然として解決するに至れなかった。


 しかし良い点が無かったか、と言えばそうでもない。


 実際に影人と戦い、その只中で分離作業を実行する。

 その感覚、イメージが真城の中でより鮮明になった事。

 それはガラス部屋の実験室では得られなかった新しい経験であった。



 とは言えど。

 ロボットを用いた分離訓練。

 切矢的にはあまり芳しい成果とは言えなかったのだろう。

 不服そうな切矢から「“侵食率”で言うのなら俺で試すのもアリなんじゃないか?」などと影人やロボットの代わりに“戦闘相手兼分離対象”になろうとする提案もなされたが……、それは当然却下した。


 確かに“侵食率”が上がり過ぎるのは、“影狩り”を続けていく上で良くはない。

 しかし、と同時に“侵食率”がある程度まで上がる事においてはメリットにもなり得る事も今の真城は知っている。


 そんな切矢の“侵食率”を下げる行為。

 それは、延いては切矢の弱体化と成りかねない。


 もしもやるとするのなら、それは“影暴走”が起こり始めるタイミングでも遅くない。



 …… ……



 今日の戦闘訓練。それが一段落した後の事。

 真城と切矢、二人は食堂へとやって来ていた。

 二人はお互いに昼食を手に持つと、一つのテーブルを見つけて席に着く。


 結局、ロボットを使った分離訓練の件は保留となった。

 この件はやはり、後に神崎や安室等の意見も交えてから進めていく方が無難だと考えたからである。

 故に、それ以降はそういった話を切り上げて、本来の目的である戦闘訓練に着手する事となった。


 結果は上々。

 単純な戦闘技術のみならば、真城は既に切矢を超えていると言っても良いだろう。


 しかしそれでも、常に勝てる訳ではない。

 それは単純に真城の性格が“まじめ”であるが故に、積み重ねられた経験から来るいくつもの対策や搦め手をも取り入れる切矢の戦闘スタイルとは、非常に相性が悪くやりづらいからだった。特に、


「それにしても切矢さんとの戦いって、本当に“慣れた”と思った瞬間が危険ですよね……」


 先程の戦闘を振り返る様に、真城はそんな事を呟いた。

 思い返すのは切矢の得意とする戦法だ。


 切矢は戦いの最中、決まって同じ攻撃パターンを繰り返す時がある。

 そしてそれは、こちらが対応出来る様になるまで執拗に繰り返され……、パターンに慣れてきたタイミングでそのパターンを変えられる。

 しかも、その変わるタイミングは切矢がこちらに仕掛けてくるタイミング。


 こちらが“慣れた”と判断し先手を打とうと動く時、切矢はそれを的確に読んでくる。



「そりゃあまぁ、それが俺の必勝スタイルだからな」


 自慢げに胸を張り、ふふんと笑う切矢。

 そんな切矢へと、なんとも言えない表情を向けるしかない真城であったが、視界の隅に見知った顔がある事に気が付いた。

 その人物は、食事の乗ったトレーを持ったままトコトコと真っ直ぐこちらへとやって来ると、


(ゆう)は……よくやる。……戦闘、訓練でも……してるんです、か?」


 と、そんな事を口にする。

 狐の面を頭の右側にずらして付ける黒髪ロングの女の子。立花ひなたである。

 どうやら今までの真城達の話が聞こえていたらしい。


 立花はテーブルにトレーを置くと、そのまま切矢の隣の席に着く。

 昼食はおにぎり二つに唐揚げと豚汁だった。

 見た目に違わず小食なのかもしれないが、その背丈や細い身体から考えればもっと食べても良いはずだ。成長期なのだし……とも思うのだが、真城はそれを口にしない。思うだけである。


(今日は狐の面なのか)


 立花の付けるお面を見て取って、真城はそんな感想が湧いて出た。

 立花の付けるお面。それは立花のその日の気分で変わるらしい。

 猫や犬、狐や狸といった動物のお面から、鬼のお面など様々だ。

 初めて会った時などは、そのお面の存在に中々困惑したものだが……、今では随分と慣れてしまった。


「しょうがねぇだろ? 最近こいつはメキメキと実力を伸ばしてる。正直言って、純粋な戦闘能力や力比べじゃもう勝ち目が無いんだよ。……だったら残るは、持てる技術しか無いだろ?」


 少しバツが悪そうに唇を尖らせて、切矢がそんな事を言ってくる。

 “こいつ”とは当然、真城の事を指している。


 自分の実力が認められている事。

 その事に内心真城は歓喜する。が、そこで満足してもいられない。


 切矢が真城に勝つ手段。

 持てる技術には未だ翻弄されたままなのだ。



「というかひなた一人なのか? 阿久津(あくつ)はどうした?」


 突然会話に混ざってきた立花。

 そんな立花の周りを見回して、切矢は疑問を投げかけた。


 立花は阿久津の指導をしていたはずだ。

 もう今日の指導を終えたのか?

 或いは休憩の最中か?

 阿久津とは一緒にいないのか?

 そういった意味の問いだろう。


「こ、コツが掴めそう、だから……もう少し、訓練したい、って……。先にお昼、食べて来て良いって……」


「……ふーん」


 対する立花は答えを返すが、切矢は腕を組んで考え込む。


「今の阿久津の訓練って、確かまだ“影操作”じゃなかったか? 俺も修得には時間をかけた部類だが、……それにしても随分と時間がかかってるな。何か問題でもあったのか?」


「……え、っと」


 立花は少し言いにくそうに目を伏せた。



 真城は運良くコツを掴んだおかげか二日、三日程で終わったが……果たして他の人物だとどうなるか?

 その答えを真城は詳しく知らないが、阿久津がこの“影狩り”に入隊し、訓練を始めてからもうすぐ半月となる頃合いだ。

 現状、阿久津がどの様な状態にあるのかは不明だが、確かに少し心配になってくる。


 中々影が操れない。

 そんな状態・状況に落ち込んだり、焦心していなければ良いのだが。



「も、元々、影が動く事に……良いイメージ、が、持てなかった……人、だから」


「あぁー……、それもそうか」


 意を決した様に呟いた立花。

 その言葉の意味を察した切矢は押し黙る。


 それは、真城とて同様であった。

 阿久津の詳細な過去を真城はちゃんと聞いていない。

 その理由はプライベートな事情である故な部分が大きいが、しかしそれでも過去に“影耐性”を発現させた事が原因で“動く影”を“死神”と思い込み恐怖していた。……といった事の起こりは聞いていた。

 しかも、その“死神”が起こしたであろう出来事の責任を全て、阿久津が背負い込んでいた。といった内容も。


 そういった理由があるのなら、確かに“影操作”で“影を動かす”といった訓練は、阿久津にとって気持ちのいいものではないはずだ。

 それが例え、自分の影であったとしても“動く影”といった現象にトラウマを刺激されないとは限らない。


「……、」


 “影操作”の訓練。

 それが阿久津にとって非常に精神的負荷のかかるものならば、その訓練に半月かかるのも頷ける。

 いや寧ろ、事情を詳しく理解した今ならば……半月で“コツが掴める”かもしれない段階にある状況は、むしろ速い部類なのかもしれない。



「……で、でも、本当に後少し……って所まで来てる、ので」


 周りの空気が重くなったのを察したであろう立花が、慌てて言葉を捕捉する。


「“硬化”も、少しずつ……出来て、いる、ので……」


「ほーん。ってぇことは、後一週間もすれば戦闘訓練に行けるかね?」


「い、一応、……その予定、です」


 阿久津の現状を話し終え、立花はふぅと息をした。

 立花としても人に“影操作”なり“戦闘訓練”なりを教えるのは初めての事だろう。

 立花なりに色々と予定や試行錯誤がある様だ。


 切矢と立花の会話が終わる頃。

 真城は昼食を食べ終えた。

 目の前の二人は更に次の話題に進む様子だが、真城としてはそれに付き合える時間は無さそうだ。

 それにしても……、


「あ、……あー、ん」


「ん? あぁ、はいよ。あー……ん」


 またやってるよ、このお二方。

 立花が自分のご飯の一口目を切矢に口元に持っていき、切矢がそれを口にする。


(やれやれ、これだからバカップルもどきは……)


 真城はじっとりとした視線を向けながら、内心で溜息を零す。

 これで付き合ってないというのだから、嘘みたいな話である。


 確かに、この二人からはそういった雰囲気は感じられない。

 どちらかといえば子供と保護者だろう、というのも頷ける。

 それはここ最近で付き合いの増えた真城でも分かる話だ。


 まぁ、といっても……配役的に見るならば、「あーん」をする側とされる側は逆だろう、とツッコミをいれることにはなるのだが。


 真城は食堂の時計を確認すると、名残惜しそうに席を立つ。


「もう行くのか?」


「はい。午後からは研究室での実験があるので」


「あれ? まだそこそこ時間があるんじゃないか? この時間だと」


「あぁいえ、研究室に行く前に軽く汗を洗い流しちゃおうと思いまして」


「あ~、なるほどね。そんじゃあな」


「き、気を付けて」


「はい。行ってきます」


 切矢と立花に会釈して、真城は食堂を後にする。

 向かう先は大浴場。

 そしてその後は、もう行き慣れた研究室。ガラス部屋のあるあの場所だ。

 まぁ捕獲された影人はいないので、それ以外の用途で使う訳ではあるのだが。



 …… ……



 小走りで大浴場に向かう途中。

 真城は携帯の着信音に気が付いた。

 一瞬、神崎さん辺りからの連絡かとも思ったが、着信音が違う事に気が付いた。

 鳴っているのは“影狩り”から支給された専用端末ではなく、真城が個人で持っている方の携帯だ。


「……なんだ?」


 真城に緊張が駆け抜ける。

 嫌な汗がドッと噴き出した。


 親友だった原田はもういない。

 迷惑電話の類ならある意味ありがたい事ではあるのだが、もしもそうでないのなら……真城の携帯にかけてくる人物は驚く程に限られる。


 真城の両親。

 “父”か、“母”か、だ。


「…………、」


 足を止め、恐る恐る携帯の画面をチェックする。

 画面に表示された文字には簡潔に一文字、『母』とだけ。


「お母さん、か……」


 深呼吸を一つして、ゴクリと唾を飲み込んで、どうにか緊張を解きほぐし、ようやく真城は応答する。


 母親の第一声。

 それが大学や授業、成績の話題で無い事を願いつつ。



「は、晴輝。落ち着いてよく聞いて」


「――、え?」


「お父さんが車で事故を起こして、……今、病院に運ばれたって」



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