第8話 『人助け』
翌日、火曜日。
今日も昨日と同様に、真城は仕事を進めてく。
昨日、少し早めに寝たおかげか、体力もすっかり回復したようだ。
母親や看護師さん達も、変わりなく昨日と同じ作業を繰り返す。
患者さんだって変わらずだ。
日々、体調不良、熱、咳、その他様々な症状を訴える患者さん達に……限りはない。
誰も、なりたくてなっている訳ではないからだ。
十二時半を少し過ぎ、患者さんがはけてくる。
それは午前の受付時間が十二時半までのため、十二時半になって以降は患者さんが増えなかったからである。
故に、今残っている患者さん達を診終われば、それで午前の診察は終了だ。
午後からの診察は三時から。それまでしばらくは暇になる。
……
…… ……
休憩時間に入る。
その間に看護師さん達は昼食を取ったり、使った器具の洗浄をしたり、午後の準備をしたりする。
それは真城も同様だ。……が、真城はそれ以外の事もやろうと試みる。
何せ休憩時間はたっぷりと、二時間半ほどもあるのだから。
何もしないのは勿体ない。
色々と手伝って、数をこなせば、それは母親の助けになるはずだ。
それにきっと、…………褒められる。
何か手伝える事を探そうと、真城は辺りを見回した。
が、何も気になるものは見当たらない。
そんな時、ふと昨日ちらりと見た家の冷蔵庫の中身を思い出す。
そういえば、中身が空に近かった。
この時間を利用して、近くのスーパーへ買い物に行くのはどうだろう?
(……よし、)
そうと決まれば、すぐさま行動に移行しよう。
「母さん。これから、スーパーに行ってこようと思うのですが……」
かくかくしかじか。
そうして、忙しくて動けない母親の代わりに、食材の調達を真城がしてくると提案する。
母親も、それを断りはしなかった。
いや寧ろ、助かったとばかりに、嬉しそうに顔を綻ばす。
「本当に? じゃあ、お願いしようかな」
「はい。それでは、行ってきますね。何か買ってきてほしいモノはありますか?」
「うーん。あ、ちょっと待って」
すぐに支度を始める真城へと、母親はメモ帳の切れ端を手渡した。
それはたった今、急いで母親が書き終えた『買い物リスト』であった。
書いていた時間の割には、随分とびっちりと書かれてる。
これは手際よく回らねば、そこそこ時間を食いそうだ。
それでも休憩時間はまだあるが……、しかし急いだ方が良いだろう。
何せ手伝える事は、これ以外にもあるはずだ。その事を思うなら、この買い物だけに時間を多くはかけられない。
「では、行ってきます」
「あっ、ちょっと。お金はあるの? 今お金を……」
「あ、それなら、後でレシート渡すので!」
そう言って、真城は医院を飛び出した。
……
…… ……
スーパーへの道すがら。
開けた道に出た時の事だった。
真城の視線の先。横断歩道を進むおばあさんを目に留めた。
手押し車を押しながら、横断歩道を進むおばあさん。
ゆっくりとした歩速であるものの、足取り自体は問題無い。……のだが、真城が気になった点はそこではなかった。
……結果はすぐに表れる。
横断歩道の半分を、おばあさんが過ぎた時だった。
信号機が、チカチカと点滅を開始した。
「……ッ、危ない!!」
そう言って、真城はいきなり走り出す。
おばあさんも、きっと焦ったに違いない。
慌てて歩速を速めるが、ガラゴロと激しくなった振動で、手押し車の上に載せていたリンゴのつまったビニール袋が落ちてしまう。
更に、結びが甘かったからだろう。落ちた衝撃で袋から飛び出した複数のリンゴが、ゴロゴロとあちらこちらに散っていく。
信号も、完全な赤へと切り替わる。
おばあさんの状況を理解してくれたのか、車が走り出してこないのは不幸中の幸いだ。
人によっては、おばあさんの状況を無視して走り出す輩がいないとも限らない。
もしそうなっていたならば、横断歩道で立ちすくむおばあさんが一人取り残される形になってしまう。
先頭車両であるならば、おばあさんを視認して、避けて進むことも可能だろうが……後続車両は難しい。もしも周りをよく見ずに、前の車のすぐ後を追うように走っていただけならば?
前の車が避けた時、初めておばあさんを視認する事になる。ブレーキが間に合えばまだ良いが、もしもそうでないのなら……事態は悲惨な事になる。
周りには、まばらに歩行者も見て取れる。
しかし、おばあさんの状況に気づいている中で、助けに入ろうとする者は誰もいない。
チラチラと周りを確認し、誰かが助けてくれるのを待っている。
それは気恥ずかしさから来るものか。あるいは、どんな状況であろうとも赤信号である為に、道路へと足を踏み込みたがらないだけなのか。
それは分からない事ではあるのだが、しかしその状態が更なる“妙な動きだし辛い”空気となっていた。
……が、そんなの真城に関係無い。
その場の雰囲気に気を留めず、真城が現場にたどり着く。
“妙な動きだし辛い”空気をぶち壊し、散ったリンゴを集めてく。
「大丈夫、おばあさん? 手伝うよ」
そう言って笑いかけると、真城は集めたリンゴを手に持って、おばあさんが歩くのをサポートする。
歩幅を合わせて、おばあさんが焦らない様にゆっくりと横断歩道を進んでく。
おばあさんが渡り切るとほぼ同時、待ってましたと言わんばかりに車が続々走り出す。
周りで事態の成り行きを見守っていた人達も、どこかホッとした様に去っていく。
全く、少しは手伝ってくれればいいものを……とは真城も考えない。
彼らだって、別に冷たい訳ではないのだ。ただちょっと、恥ずかしがり屋というだけだ。
その責任を負いたくない。そういった、聴衆抑制が働いた結果とも言えるだろう。
「あの……このリンゴは、どうしましょうか」
おばあさんの無事を確認し、真城はそう問いかける。
持ったリンゴを差し出して、それをおばあさんに見せつける。
ぱっと見で、目立った傷は無さそうではあるのだが……路上に落ちたものなので、勝手に袋に入れてしまうのはマズいだろう。
そう思っての発言ではあるのだが、しかしおばあさんは、
「大丈夫よ、これくらい。汚れたとこなんて、取っちゃえばいいんだから」
と笑いながらリンゴを袋に入れていく。
「ありがとうねぇ、助けてくれて」
「あぁ、いえ。……たいした事じゃないですよ」
おばあさんからお礼を言われ、真城は頬を緩ませる。
が、少し気恥ずかしくなってきて目を逸らす。
この程度、本当にたいした事ではないはずだ。
あれこれと思考を巡らせる、そんな真城の事など露知らず、
「それじゃあ、気を付けてねぇ」
そう言って、真城に頭を下げると、おばあさんは手押し車を押して歩いてく。
それは真城の行く道とは反対側の方向だ。
「あ、あぁ。おばあさんこそ」
真城はおばあさんに手を振って、スーパーへ向けて歩き出す。
目的地はまだ先だ。
…… ……
ついつい鼻歌を口ずさむ。
スキップするような足取りで、真城は道を進んでく。
この心の軽さは、きっと先程おばあさんにお礼を言われたからだろう。
人から感謝をされる事。これほど嬉しいことはない。
人助け。
それは難しい事でも何でもない。
当然、珍しい事でも何でもない。
別に、影人なんて存在が絡むような不可思議事件でなくっても、困っている人、助けを求めている人は大勢だ。
それこそ、真城医院を訪れる患者さん達が良い例だ。
世の中にはそういった人達で溢れてる。
そしてそんな人たちを救うのは、誰にだって出来るのだ。
別に特別な“力”や“肩書”が無くても、やる気さえあるならば、いくらでもヒーローになる機会はやってくる。
要は心持ちの問題だ。
真城は別に、“影狩り”に所属してるから、“人を助けたい”訳じゃない。
“人を助けたい”から、“影狩り”になったのだ。
だから“影狩り”かどうかは関係無い。
そこに困っている人がいるならば、助けを求める人がいるならば、真城は手を差し伸べる。
そうする努力を惜しまないと決めている。
出来る事からコツコツと。
“それ”もまた、真城の夢への第一歩になるはずだ。
「…………、」
そんな事を考えながら、真城は赤信号で立ち止まる。
待ち時間が暇な為、軽く辺りを見渡すが、今度は先ほどのおばあさんのように困っている人はいないらしい。結構な事である。
なんとなく気分が良くなってきたので、もっと人助けをしてみたい。
……と、そんな欲も出てくるが、“人助け”とは決して押しつけがましいものであってはならないとも考える。
困っている人が、必ずしも助けを求めているとは限らない。それもまた事実だ。
明らかに困ってる。
明らかに助けを欲してる。
その見極めも重要だ。
「あははははッ、わーい! ママーー、はやくはやくー!!」
「こーら、真清。ママからそんなに離れない」
ふと、後ろから声が聞こえる。
母親とその子供だろうか。
ガラゴロと小さなタイヤを転がす音も聞こえる。母親の方が、ベビーカーを押しているのかもしれない。
微笑ましい。
そんな事を思っている真城のすぐ横を、四歳ぐらいの男の子が走り抜ける。
何か面白い事でもあったのか、はしゃいでいて周りを見ていない。
「おっと、やべっ」
真城は慌てて子供の手を掴む。
今は信号が赤なのだ。たとえ何も知らない子供でも、道路に飛び出すのはよろしくない。
子供が怪我をしないよう、調整した力加減で子供を歩道へと連れ戻す。
子供が驚いて真城の方へと振り向くが、その直後、大きなトラックが先程子供のいた道をブロロロロと音を立てて抜けていく。
危ない所だった。
もしも真城が子供を引っ張っていなければ、今頃どうなっていたか分からない。
子供が轢かれていた可能性。
いや、その他にも、車側に何らかの事故が起きた可能性も否めない。
……そう。
真城の父親が、子供を避けて電柱に衝突した様に。
「真清ーー!!」
子供の母親が、慌ててこちらに駆けてくる。
ガラガラガラ、と押してくるベビーカーの中にはもう一人。赤ん坊が驚いたように泣いていた。
「道路に飛び出しちゃダメっていつも言ってるでしょ!!」
叱る母親。
そんな母親へと、子供が泣きながら駆けていく。
「ごめ゛んなざーい」
母親に抱きついて、子供はずずずと鼻水を啜る。
そんな子供を抱きしめて頭を撫でると、次いで母親は真城に向き直って頭を下げた。
「ありがとうございます! ほら、真清も」
「……あ、あぁがと」
「あぁ、いえ、それほどの事では」
お礼を言われ、真城は咄嗟に首を振る。
嬉しいのは確かだが、かと言ってそれを表にはあまり出したくない。
まさか褒められたくて人を助けている。……などとは思われないだろうが、しかしそれでも可能性は捨てきれない。
あまり喜んだ顔をしない方が無難だろう。
手を振って、母と子に別れを告げると、真城は再びスーパーへと歩を進める。
思った以上に、時間をかけてしまった。
真城はスマホを確認し、少し小さめの溜息をついた。
おばあさんと男の子。
二人も助けていたのだから、時間を使うのも当然だ。
これでは、スーパーで買い物をして帰ってくるという行動だけで、休憩時間が終わってしまいそうである。
そりゃ、困っている人がいたのだから仕方がない事ではあるのだが、それで時間を使い切ってしまうのは、真城の望むところじゃない。
…… ……
真城は足早にスーパーへとたどり着く。
カゴを片手に、メモ帳を確認しながら品物を探してく。
ここはかなりの規模があるスーパーだ。
店の端から端まででも結構な広さがるのだが、更に二階もあるのだからその大きさが分かるだろう。
「えぇっと、お肉売り場は……っと」
メモ帳と店内の地図を見比べて、目的地を確認する。
今いる惣菜売り場からだと、少し距離がありそうだ。
より正確に言うのなら、ここの隣の野菜売り場のその隣、魚売り場のまた隣。
ならば、まずは野菜からカゴに入れていった方が良いだろう。メモ帳には野菜の記述もあったはずだ。そこから道なりに進んで行って、最後に肉を買うのが良いだろう。
「よし、行くか」
真城が振り向いた時だった。
「マ゛マ゛ー!! どごーー!!」
泣いている、四歳ほどの女の子と目がった。
きっと迷子に違いない。
「……………………、」
今は真城も急いでる。急いている、のだが……見逃すことも出来ない、か。
困ってる人が最優先。真城は自分にそう言い聞かせ、女の子の前まで歩いてく。
目線を合わせる為に膝を付き、女の子へと話しかける。
「どうしたの? お家の人とはぐれちゃった?」
「……うん」
やっぱりそうか。まぁ、そうだろうな。
迷子以外には無いだろう、とは思っていたが……案の定、迷子との事だった。
真城は目をつぶって考える。
(うーん、しっかしどうしたものかな)
ほっとけないから関わった。
とは言えど、迷子というのは扱いが難しい。
下手に手を繋いで歩いた結果、誘拐犯か何かと間違われては事である。
ではここから動かずに、この子と一緒に親が見つけてくれるのを待つことは?
いや、それもマズイだろう。下手すりゃ、女の子に話しかける不審者だ。
全く。ここ最近は人助けをする側に優しくない世の中になってきた気がする。
親切心で助けようと動いても、感謝されるどころか悪く言われ、最悪通報されてしまう。……なんてことを想定しなければならないとは、何ともトホホな世の中だ。
迷子の女の子を助けるにしても、慎重に動いた方が良いだろう。
となると、だ。
(店員に事情を説明して、手伝ってもらうのが無難かな)
本当の事を言うのなら、真城一人の力でどうにかしたい。と言うのが本音だが、人の手を借りるというのも時と場合によっては不可欠だ。
「……あの、すみません」
かくかくしかじか。
通りかかった店員さんに訳を話すと、店内放送で女の子の親を呼んでもらえる事になる。
店員さんに連れられて、真城と女の子は店の奥、事務所へと入ってく。
すぐに店内放送が告げられると、しばらくして慌てた母親がやって来た。
「ママーー!!」
「歩美ーー!! もうっ、すぐどこか行っちゃうんだから!!」
女の子と母親が抱き合って、これにて一件落着だ。
「良かったね」
そう真城は呟いて、母と子の喜ぶ姿をじっと見る。
こうした姿を見れるのは、助けた人の特権だ。
母と子にお礼を言われるが、これまた真城は「大した事じゃないですよ」とそれだけ伝えて去っていく。
最後の母と子の笑顔を思い出し、心がほっかり温まる。
満足感を胸に抱き、そそくさと真城自身の目的へと戻ってく。
……
…… ……
メモ帳に書かれた物を全て買い終え、真城はようやく帰路につく。
思いの外、時間がかかってしまったが、困っている人達を助ける事が出来たのは不幸中の幸い。いや寧ろ僥倖といったところだろう。
困っていた人達は救われて、真城自身もほくほくだ。
こういった幸せのスパイラルであるのなら、どんどん増やして損はない。いや、積極的に増やしてこう。それで嫌がる人なんて、そうそういないはずである。
一番大きなビニール袋を二つ、両手に持って歩いてく。
前の自分であったなら、重くてとても運べない量だったかもしれないが、鍛えた今の自分なら楽々……とまではいかないものの難なく運ぶことが出来ている。
やはり鍛えた筋力と体力は偉大だ。
それさえあれば、大抵どうにかなるものだ。
この筋力作りと毎日のランニングはこれからも欠かさず続けてこう。
「……うん?」
よっこらよっこら。
遅れた時間を取り戻すべく、少し急いで歩く途中。
真城の視線の先。前から歩いてくるスーツ姿の男性に目を留めた。
より正確に言うならば、その足元ではあるのだが。
男性の足元に映るその影が、僅かに動いた気がしたのだ。
気のせいかとも思ったが、もしかする事もある。
今度はしっかりと影にピントを合わせると、ジッと十数秒見続ける。
「――ッ!!」
動いた。
やっぱりだ。
気のせいではなかった。
見たところ、影はくねくねと動いているだけだ。
未だに本体の男性から分離していない所を見ると、“フェイズ1”であるのだろう。
見つけたタイミングが良かった。
もしも“フェイズ2”になっていれば、対処が難しくなっていた。
が、今ならば真城が片手間で片づける事も可能だろう。
今の真城は、任務としてここにいるわけではない。
しかしもしもの事を考えて、神崎からは“影結晶”を持って行くことを許可された状態だ。
今もその、“影結晶”を収納した腕時計を腕に巻いている。
真城は両手に持った袋を二つ地面に置くと、「ふぅ、疲れた」と言って肩を回す動作をしながら、さり気なく腕時計を操作する。
文字盤のフレームを摘まんで180度回すだけ。
そうする事で時計の裏面から“影結晶”が現れる仕組みになっている。
後はその“影結晶”が肌に触れ、“影操作”が可能となる。
真城はすかさず足元に影を纏わせる。
そして靴裏にスパイクの様な棘を影で作り出す。
前方から歩いてくる男性とすれ違うその瞬間。
真城は“影人化”を起こしている“フェイズ1”の影人へと、その靴裏を押し当てる。
まるで影踏みのごとく影に足を押し付けて、ぐりぐりと靴裏を擦りつける。
それだけで、“フェイズ1”なら充分だ。
影人はビクンビクンと大きく痛がるように揺らめいて、次第に動きを失った。
そこに残るのは、もうただの影である。
生まれた人格が消滅し、元の影へと還元する。
元と違う点を挙げるなら、影の一部が少し欠けている事だろう。
これが俗に言う“影無し”という状態だ。
影人へと一度変化したその影が、元に戻った証とも言えるだろう。
これでもう、この男性の影が再度“影人化”を起こす心配は無いはずだ。……一部の例外を除くなら。
この男性が“影無し”になったこと。
それは後で、本部に連絡しておこう。
真城はもう既に過ぎ去った男性の顔をバレない様に写真へと収めると、再び袋を手に持って歩き出す。
“影人化”の一因にはストレスが挙げられる。
ここ最近は影人達が人為的に“影人化”を引き起こすよう促している“影人工場”に出くわす事が多かったが、本来そういった特殊な環境でなくとも“影人化”は起こり得る。
あの男性は、きっとそういった天然の“影人化”であったに違いない。
日本人がストレスを溜めやすい傾向にある事が理由なのだから、仕方ない事ではあるのだが……。
ただ影人を斃すだけじゃなく、“影人化”を起こさない様な環境・社会作りも今後は重要になってくるのは明白だ。
ストレスの無い社会。
そういったものを、確か水樹が目指していると言っていた様な気がする。
果たしてどうすれば良いのか、具体的な案の出せない真城には難しい課題であるのだが。
もしも水樹が行動を起こすなら、その時は真城も協力するとしよう。
…… ……
ようやく真城医院の前にたどり着く。
が、このまま真城医院に入っては、買ってきた荷物が邪魔になる。
本来、この買ってきた品物は真城医院ではなく真城家で使うものなのだから、この品物を置くならば、当然場所は真城家だ。
真城は、隣の真城家に着くと鍵を開けて中に入る。
そしてそのまま玄関からダイニングルームを経由してキッチンへと移動する。
冷蔵庫の戸を開けて、空いてるスペースにどんどん買ってきた物を入れていく。
手元のビニール袋が空になると、袋をしまって外に出る。
ようやくお使いが完了だ。
後は真城医院に戻るだけ。
その後は休憩時間が終わるまで、別の手伝いをするだけだ。
そうすれば、また午後の仕事が開始する。
真城は急ぎ、真城医院へと駆けていく。
が、後少し。もう少しで戸を開ける、その……数歩前といった距離だった。
「ちょっと!! 放しなさいよ!!」
道の先。角を曲がった辺りから、女性の怒鳴る様な声が響いてくる。
続けて、
「いいだろ別にさぁ、ちょっとくらい」
といった男性の声も届く。
他にも何か言い合いになっている様だが、真城には詳しく聞こえない。
が、声の質から言って男が三人、女が二人ほどいる様だ。
ざっと聴いた感じだが、嫌がる女に男が無理やり詰め寄っている、といった様子だろう。
女の方も負けじと声を張って抵抗をしてはいるものの、男にはあまり効果が無いらしい。……いや寧ろ、おちょくる様に笑う男の声からして、女の抵抗でさえも“遊び”の一部と考えていそうな気配である。
女は明らかに困っている。
威嚇する様な大声が、次第に小さくなっていく。
「…………、」
真城はゆっくりと声のする方へ向き直る。
困っている人は見逃せない。
今更、一人も二人も変わらない。
いや、どうせならこのまま今日一日で、どれだけ人助けが出来るのか。
挑戦するぐらいの気持ちで行くのもアリだろう。
“……なんて。
その時は、きっと浮かれていたのだろう。”
「……よし、」
真城は声のする方へ向かって走ってく。
“人を助ける喜びに、有頂天になっていた。
だからこそ、この時も迷わなかった。
何も考えず、ただ、人助けをする為に駆けていた。”
“その時は、それが仇になるとも露知らず。”
角を曲がる。
すると予想通りに男三人、と……女一人が見て取れた。
あれ? 女の声は二人分あったはずなのだが……或いは一人、逃げる事が出来たのか。
男三人が女を囲む様に立っており、内一人が女の腕を乱暴に掴んでいる。
女は、男の掴んでいる腕を強引に離そうとしているがびくともしないらしく、また残りの男二人は、その状況をニタニタと笑いながら見つめてる。……といった何とも不快な有様だ。
真城は男達へと声を張る。
「何やってんだよ、お前ら!! その子が嫌がってるだろ!!」
「あん?? 何だてめぇ……」
お楽しみを邪魔された様な顔で、真城を睨む男達。
しかし真城は怯まない。
昔の真城ならいざ知らず、“影狩り”で鍛え、影人とも戦った今の真城からしてみれば、この程度の一般人。恐れる必要は一切ない。
突然現れた助っ人へ、女もゆっくりと目を向ける。
“助かった”。そう言いたげな表情だ。
……が、すぐに女は、真城を見て目を丸くした。
「……え」
女の驚く声を聞き、真城も反射的に目を向ける。
(……う、ん?)
この女の顔。
どこかで見覚えがあった気が……。
“もっと早く、彼女に気づいていたならば。
あんな厄介事に、……関わらずに済んだのに。”
(いや……、嘘だろ? …………まさか、そんな)
嫌な予感。
脳が、心が、彼女を拒む悪寒が身体中を駆け巡る。
いや違う。
そんな事は無いはずだ。
と、そういった感情が、真城をグルグル犯す中、女は決定的な事を口にした。
「……もしかして、…………真城、くん?」
「――ッッ!?」
間違いない。
他人の空似の可能性は断ち消えた。
彼女は……白菊梓に間違いない。
真城もよく憶えている。
いや、……忘れられるはずがない。
何せ彼女は、
小学生時代の真城へと、トラウマを植え付けた人間なのだから。




