第2話 『ガラス部屋の実験室』
朝。真城は“影狩り”の自室で目を覚ます。
目を開けて身体を起こすと、真城は反射的に専用端末を確認する。
それは、時刻を確認する為のものであったのだが、しかし端末に一件のメールが届いている事に気が付いた。
メールを確認すると、安室博志からのものだった。
安室は“影狩り”の研究者。そして、真城の能力研究・訓練に協力してくれる研究チーム。そのリーダーに抜擢された人物だ。
真城は視線をスライドさせていき、今度はメールの内容へと目を向けて……ハッとした。
何故なら画面には、影人が捕獲されたので午後から研究室に来てほしい。といった文章が書かれていた為だった。
真城の能力訓練。
それにはどうしたって影人が不可欠だ。
“フェイズ3”となってしまった影人。その被害者は助からない。仮に影人を斃しても、乗っ取られていた人間は目覚めない。身体を衰弱させていき、最後には死に至る。
そんな今までの事実を覆す事が出来るのが、真城の持つ能力だ。
しかしその能力も今は不安定。
今まで助けられなかった被害者を助ける事は可能でも、その被害者が何の後遺症も無く助かる確率はまだ低い。
確率を上げるには、どうしても数をこなす事が重要だ。
“出来る事”は分かってる。なら後はその“出来る事”を意識的に、確実にこなせる様に訓練し、経験を積ませてく。……そういった経験の蓄積が必要だ。
代用品や疑似的なものでなく、本物の影人を使って実際に被害者を助ける訳なので、それを実験だの訓練だのと言ってしまうのは中々に倫理観に欠け、不謹慎極まる様にも感じるが……しかし、どうしてもこの行いには本物の影人が必要で、必要不可欠な行いだ。
……にも関わらず、だ。
研究・訓練に必要な影人が不足している現状が、今だった。
それは、神崎が発明した“影牢”(影人を捕獲する手錠)が完成し、当初の手筈通りに『もしも影人を捕獲出来る状況になった時、“斃すことを望まないのであれば”その装置を使って捕獲して、本部へと送ってくれ』との通達を、“影狩り”全体に行ったにも関わらず、だ。
“影狩り”は、そのほとんどが“復讐者”の集まりだ。
影人の被害者を救いたい。より、影人を斃したい。そう考える者が大半だ。
故に、分かっていた事ではあるのだが……協力をしてくれる者は、片手で数えられる程度のものだった。
それに加えて更に、“影操作”しか使えない“フェイズ3”の影人……などという条件が限定された存在に、中々出会えないといった事情も重なって、前回の任務で真城と切矢が確保してきた影人達を既に使い果たしてしまっているにも関わらず、新たな捕獲による補充がここしばらく無い状態となっていた。
そんな、やりたくても行えない、停滞期間が動き出す。
というのだから真城が息を呑むのも当然の事と言えるだろう。
「やっと、久々に、能力の訓練が出来るのか……ッッ!!」
真城は拳を握りしめ、グッとガッツポーズを決めていた。
その喜びを、抑える事無く顔に出し、今にも踊り出しそうな真城からは、既に眠気は消えていた。
…… ……
真城はランニングマシンを止めると一息つく。
持参したスポーツドリンクを一飲みし、首にかけていたタオルで汗を拭う。
真城は現在、第六階層にあるスポーツジムへとやって来ていた。
その理由は、一ノ瀬の不在。そして研究室での訓練の追加という、スケジュールの大幅な予定変更があった為だった。
午後からの能力研究・訓練。
それにはかなりの体力と集中力が必要だ。
単純な肉体的な疲労の度合で言うのなら、一ノ瀬との戦闘訓練に軍配が上がるだろう。が、しかしそれ以外の疲労も加味して言うのなら、能力訓練の方が別格だ。
故に、午前中の訓練はウォーミングアップ程度の軽いもので済ませよう。と、まぁそんな感じの思惑でたどり着いたのが、このスポーツジムという訳だった。
真城は時間を確認する。
と、時刻は10時半を指していた。
いつもならもう少し長い時間、訓練や肉体作りをするのだが、今日はこれくらいで良いだろう。
ある程度息を整えて、真城はスポーツジムに備え付けられたシャワールームへと移動する。
修練場とは違い、ジムでの汗をすぐに洗い流せるのがここの利点。
わざわざ大浴場まで行かなくても良い。というのもまた、ここを選んだ理由の一つなのだった。
汗を流し、シャワールームから出ると、持ってきたタオルで身体を拭いて服を着る。
今まで来ていたトレーニングウェアは汗でびしょ濡れなので、当然着る服も別物だ。
さっぱりとした身体で、着替えや濡れたタオルをリュックに詰めて準備完了。
真城はすかさずジムを出て、食堂への移動を開始する。
昼食をとって少し休憩した後は、いよいよ研究室での訓練だ。
…… ……
真城は第九階層へと移動する。
そしてそこにある複数の研究室。その一つの扉をノックする。
「おぉ真城、やっと来たか。ささ、入ってくれ」
部屋から男が一人、顔を出す。
出迎えてくれたのは、白いワイシャツに藍色のジーンズ、そしてその上から膝下まで伸びる長い白衣を羽織っている、明るめの茶色に染めたツンツンヘアをした三十代くらいの男性。安室博志であった。
安室に促されるまま研究室の中へと入っていく真城は視線の先、研究室の中央に設けられている分厚い強化ガラスによって構成された六畳ほどの広さの実験室で目を止めた。
どこにも入り口が見当たらないガラス張りの部屋。
その中央には、人一人を寝かせて固定する為の“X”型の台が立てて置かれ、部屋の八つの角には工具箱サイズの黒い機材が取り付けられている以外は何もない物だった。
しかしそんな六畳ほどのガラス部屋を取り囲む様にして、いくつもの机やら研究機材が置かれており、どの角度からでもガラス部屋内部の状況を捉えられる状態となっている。
異様な光景にも見えるだろう。
真城も初めてこの部屋に来た時は、その異様さに顔を顰めたものである。
今はもう慣れてしまったが、その時に抱いた感情は今でもちゃんと覚えている。
そして、あの中に真城が入った時の感情も……。
ここ最近は、ここまで機材が多く集まる事もなくなっていたのだが……、今回はそれと事情が違うのだ。
久々のこと故に、研究員も張り切っているに違いない。
研究室での訓練。
それには真城の持つ“力”についての研究も含まれる。
その“力”の出来る事、出来ない事。秘めているポテンシャル。それらを全て調べ上げ、それを真城の能力訓練へと還元するのが目的だ。
故に、能力研究チームの協力が必要不可欠な訳である。
ここでやる事は主に二種類。
研究チーム達のデータ収集として、真城の“力”を“影操作”された影や“影結晶”に当ててみて、それがどういった変化・結果を起こすのか。それを多種多様な機材を使って分析・研究する事ともう一つ。『戦闘部隊』が捕獲してくれた影人“フェイズ3”に真城の“力”を当てていき、被害者の分離を行う実験・訓練だ。
前者ならいざ知らず、後者の実験・訓練をするのなら、影人が必要だ。
そして、真城としても、どちらかと言えば後者をやりたい……というのが正直な所である。
が、しかし影人がいないなら、どうしたって後者の実験・訓練は行えない。
故に、ここ最近は研究員としても真城としても、“力”の分析・研究のみの内容にせざるを得なかった訳なのだ。
が、それも昨日までの事である。
そんな停滞する状態もようやっと、好転をし始めた。
今朝のメール。
その内容は、『任務中の切矢が影人二体の捕獲に成功した』というものだった。
これでようやく真城も訓練が出来るのだ。非常にありがたい事である。
「真城が来たぞ!! どうだ、準備は万全か?」
「はい。いつでもOKです」
「こちらも問題ありません!!」
安室の声を受け、他の研究員達がそれぞれ応答していく。
そうしてこちらでの準備が全て整った事を確認すると、今度は安室が自身のインカムで今この部屋にいない別部隊へと呼びかける。
「こっちは準備OKだ。連れて来てくれ」
『了解』
インカム越しからの返答を確認し、次いで真城へと目を向ける。
「それじゃあ真城。君も中に移動してくれ」
「分かりました」
真城も頷くと行動を開始する。
今までと同じだ。久々とはいえ、やる事は分かっている。
真城は全身に影を纏うと、研究室にある適当な影を使って“影世界”へと移動する。
そして今度は、その“影世界”から再び外の世界へと戻ってくる。
但し、出口は先程“影世界”へと侵入した入口とは違う場所。
ガラス部屋の中央に設置された“X”型の台が作る影からだ。
「よいしょっと」
ほぼ一瞬で、真城はガラス部屋の中へと移動する。
“影世界”を経由する事でのみ出入りが可能な場所。
だからこそ、ガラス部屋自体には入口が無かった訳である。
真城がガラス部屋へと移動を終えてから少しして、ガラス部屋に別の者達が入ってくる。
それは先程、インカムを使って安室の指示を受け取った『影世界専門部隊』の者達だ。
この訓練・実験には『影世界専門部隊』にも協力を頼んでいる。
彼らには、『戦闘部隊』が捕獲した影人“フェイズ3”達を閉じ込めている牢獄部屋からこの研究室まで、影人“フェイズ3”を安全に運び込んでもらう手筈となっているのだ。
実験に影人を使う以上、何らかの非常事態が起きた時(捕まえていた影人達が暴れ出した等)に研究員を守る為の戦力が真城以外にも必要だろうとの判断でもあるのだが……神崎曰く、『真城自身。或いはその“力”の事』であったり『ただ影人を斃すだけでなく、乗っ取られてしまった人間が助かるところ』などを、余りにも「影人憎し」で動きすぎる『影世界専門部隊』に見せる事によって意識改革が起こる事を期待する狙いもあるらしい。
『影世界専門部隊』へは、協力の話を神崎自身が持ち掛けた事もあり、とりあえずは了承をしてもらえた上で手伝ってくれてはいるものの……あくまでも神崎の事を立ててもらっているだけである。
『影世界専門部隊』も、本心から協力してくれている訳ではないだろう。
意識改革というのなら、まずはそんな彼らから見限られない様に真城も精一杯やるしかない。
「おい、こっちを持ってくれ」
“影牢”によって拘束された影人を運んで来た『影世界専門部隊』の一人からそう言われ、真城も『影世界専門部隊』の補佐をする。
まずはガラス部屋中央の“X”型の台を横に押し倒す。そうして台に拘束された影人を寝かせると、その四肢をそれぞれの枷で拘束し、お腹周りを更にベルトで固定する。
最後に“X”型の台を再び縦に起こして完了だ。
やる事をし終えると、台の影を使って『影世界専門部隊』の人達が消えていく。
今日の訓練で切矢が捕獲してくれた影人を二体とも使用する。故に『影世界専門部隊』の人達は、再び牢獄部屋で待機して次の指示を待つのだろう。
ガラス部屋に真城と拘束された影人のみが残される。
(相変わらず、動物園の動物になった様な気分だな……。いや、文字通りに“実験動物”、か)
ガラス部屋。その中で研究員達の視線をあちこちから浴びながら、今の自分がどういった状態なのかを思い浮かべ、なんとも自嘲気味な笑みが零れ出る。
「……うむ」
問題が無い事を確認し、安室は研究員達に指示を出す。
「よし!! 実験開始だ。“黒箱”を展開しろ!!」
安室の掛け声と同時。
研究員の内の数名が動き出す。
カチャカチャというキーボードの打鍵音が一斉に鳴り響く。
「“黒箱”、展開します」
研究員の一人が声を発したその瞬間、ガラス部屋の八つの角に設置されていた工具箱サイズの黒い機材が起動する。
八つとも同時に音を立て、ガラス部屋の内側全面を黒い影の膜で覆い尽す。
「“黒箱”、安定しました」
「よし、透過を始めろ!!」
「はい」
研究員が次の作業に取り掛かる。
すると今度は、黒一色の影に覆われて中の様子が分からなくなっている状態だったガラス部屋内部が、少しずつ見える様になってくる。
黒から灰、そしてガラスと同じ透明度へと変化する。
これは影人の“フェイズ2”が持つ異常な状態の影の性質。
“人間の脳を撹乱し認識を誤認させる効果”を利用して、人間の脳に“ここには黒い影の膜など無い”。“無色透明なガラスがあるだけだ”と誤認させている訳である。
これにより、実際には影の膜はしっかりと存在し、“黒箱”は正常に機能しているにも関わらず、それを人間に視認させない事を可能にしている。
用いている技術は、“変装マシン”と同様だ。
ただ“変装マシン”の方は『別人と誤認させる』事が主な使用法、というだけで。
この『透明に誤認させる』という技術。
実は研究員達にとっても、かなり有用なものである。
~ ~ ~ ~ ~
例えばこのガラス部屋で説明する。
このガラス部屋内部の壁に“黒箱”を張る理由。
それは単純に、何らかの不測の事態によって影人が拘束を抜け出した場合でも“影世界”へと逃げられない様にする為の処置であると同時に、ガラス壁の硬度を補強する目的がある訳だ。
しかし、そうであるが故に『“黒箱”を張らない』といった選択肢を取る事は難しい。
だが、“黒箱”を張るというのならガラス部屋の外側から実験の状況を『研究者達が視認出来ない』『カメラなどの機材で収める事』が出来なくなる……といった問題点が浮上する。
……いや、正確に言うのなら『カメラなどの機材で収める事』自体は可能である。
しかしそれで撮った写真や動画にも変化した影は映るのだ。
“ソレ”を認識出来る者であったなら……、現実で起きている事と同様に写真や動画の中でさえ“ソレ”を認識出来てしまう。
その結果、見えるのはガラス部屋に張った“黒箱”のみ。その内部がどうなっているのかを、“影耐性”持ちは見れないし分からなくなってしまうのだ。
仮に“影耐性”を持たない者が見たのなら、それが現実の事であれ写真や動画の中であれ、問題無くガラス部屋の中を視認する事が可能である。
何せ起きている影の変化が分からずに、ただ“普通”の影がそこにある様にしか認識出来ない訳だから。
しかし、ここは“影狩り”だ。
例え研究員であってさえ、“影耐性”を持っている。
そういった人のみが入れる場所であるからだ。
……では、一時的にでも“影耐性”を無くせれば問題は解決か。と言われればそうでもない。
そういった『“黒箱”内部が見れない』という問題を解決する為に『“影耐性”無しの視界が見たい』というだけの話なら、やりようは他にある。
単純に“影の変化が分からなくなるメガネorコンタクトレンズ”を使えばいいだけだ。
しかしそうしないのにも訳がある。
“影の変化が分からなくなるメガネorコンタクトレンズ”では、今度は当然“影耐性”無しの視界となってしまい……影の変化が、完全に分からなくなってしまうのだ。
研究員としては、それも嬉しくない事態である。
“黒箱”の影は見たくない。しかしそれ以外の影の変化は見たいのだ。
でなければ、真城の“力”によって影人が“どうなるっているのか”が研究員に伝わらず、データさえも残せない。
そんなジレンマの解決策。
それが『“黒箱”の透明化』な訳である。
“黒箱”の中に専用のカメラを乗せたドローンを飛ばしての内部撮影という強引な手段もなくはないが……ドローンでは積む機材に制限があるし、機材の種類に応じて多種多様なドローンを飛ばすというのは、それはそれで邪魔になる。
やはりデータ収集という観点から見た場合、ガラス部屋を囲う様にしてあらゆる角度・あらゆる機材から同時に撮影が可能な状況というのが好ましい。
加えてこの方法であるのなら、“黒箱”に使われている影のみを認識・性質変化させるので、それ以外の影が見えなくなる事態も阻止できる。
そして、その認識・性質変化によって“影耐性”持ちの脳さえも誤認させられる状態に影を変化させているのだから、その状態で撮影された写真や動画のデータでも、その影は見えないままになっている。
とまぁ、良い事尽くしの環境を作り出せる訳なのだ。
~ ~ ~ ~ ~
ガラス部屋に張られた“黒箱”が、完全に透明に“見えるようになった”事を確認し、安室は次の指示を出す。
「では真城君。準備を始めてくれ!!」
「はい!!」
真城もそれに応答する。
ようやっと、ここから影人に“力”を当てて被害者を分離する訓練・実験が開始する。
…… ……
磔にした影人の前に移動した真城は、一度大きく深呼吸。
そしてそれが終わると、右手の“力”を使用する。
落ち着いて、集中し、右手を白くさせていく。
しかしまだ影人には触らない。
今の影人は“影牢”で拘束中。
外見も分からない、人型のシルエットの状態である為だ。
いまのままでは、“影牢”が邪魔になる。故に、
「“影牢”を解除しろ!!」
真城の準備が整ったのを見て取って、安室は最後の指示を出す。
と、同時。遠隔操作によって“影牢”による拘束が解けていく。
「――ッが、こんにゃろ……、」
口元の拘束が無くなって、ようやっととばかりに影人の怒声が木霊する。
出てきたのは髪を黄色く染めた不良風の男であった。
厳つい見た目の影人。しかしそんな影人も、真城を見て、そしてガラス部屋を確認し、更にその奥に見える大量の機材と研究員を認識した頃には……、世界の終わりでも見たかの様に顔を引き攣らせて黙り込む。
何かを悟った様に、絶望を顔に滲ませる。
しかしそんな影人を放置して、真城はすべき事に集中する。
右手に溜めた“光”。その純度を、今までの訓練・実験で培った経験則に従って調整する。
純度を高め過ぎず、下げ過ぎない絶妙な具合で保つ為に精を出す。
もう安室からの指示は無い。
後は、真城自身によるタイミング。
成功する。成功出来る。と、そう思う瞬間で始めていい。
「…………、」
真城は過去の記憶を振り返る。
“力”を当て、分離させてきた影人を思い出す。
後遺症を出してしまった人達。完全に助けられた者達。その失敗と成功。その僅かな違いを巡らせる。
初めて手に入れた“力”を、原田の影人に使った時の事。
凪原大学での任務の最中、複数の影人に“力”を使った時の事。
そして波嵐高校での幽霊騒動を起点とした任務中、不良のアジトで複数の影人に“力”を使った時の事。……それらをまずは想起する。
その時の真城では、一体何が違うのか。何が成功と失敗を分けるのか。それが理解出来てはいなかった。
数をこなして何かしらの“違和感”、感覚を掴めたら。……そのように考えていたにも関わらず、一向にその感覚が分からないままだった。
しかしその問題もこの訓練・実験が始まって、ついに光明が見えてきていた。
それは真城と切矢が“影牢”で捕獲した十体の影人。その全てを使って得た結果だ。
戦闘時とは違い、真城が“力”を使う事のみに集中が出来る事。
急がずにゆっくりと、真城が思う様に始められる事が大きな理由として挙がるだろう。
初めの内は、ガラス部屋や大量の機材。研究員に囲まれての作業という事に意識を乱され、上手くはいってなかったが……そういった環境にも慣れていき、“力”を使う事のみに集中出来るようになってからは凄かった。
今まで感じる事の出来なかった感覚。
その微かすぎるものの中に繊細な“人と影の混じり合う箇所”。言うなれば……というか名づけるなら“混沌点”と呼べる部分を知覚出来たのだ。
今回は、……その感覚を更に深くハッキリと感じ取れる様に努力する。
それは、今までの真城では気が付かなかった事。
“力”の純度を高めていくだけでは気が付けなかった事だった。
純度を出来得る限りに高めても、それでは影と人との分離が速すぎて、分離“作業”といった段階には至れなかった訳なのだ。
故に“作業”をする為に、“力”の純度をあえて下げる選択を行った。
結果、得られた感覚がコレだった。
「――――ッ」
意識を集中し、ゆっくりと影人に手を触れる。
“力”を纏った、白い右手を押し当てる。
「ぐわぁぁぁぁあああああああああ!!!?」
その直後、影人の絶叫が響き渡るが、それで真城は手を止めない。
しっかりと集中し、影人の中の微かな“混沌点”を感じ取る。
(――……これだ)
影の部分とそれ以外の人の部分。
その、まるで人の細胞に影の分子が侵食し、混じってしまったかの様な印象を受ける箇所を見つけ出し、それを真城の“力”で分けて剥がしてく。
イメージとしては、紙に張り付いてしまったシールをお互いが破れない様に綺麗に剥がしていく。といった感じだろうか。
影と人。その混じってしまった部分を千切ったり、破ったり、残さない様に意識して……集中し、綺麗にそれを分けていく。
(この影人……)
そんな中。
真城は集中しつつも、今まで訓練・実験で行った他の影人とこの影人の違いを感じ取る。
(あまり、混じってない)
今まで作業をしたどの影人よりも、影と人の混じる部分が少なくて荒いのだ。
或いは、まだ“フェイズ3”となって日が浅いのかもしれない。
影と肉体の同化があまり起きてなく、軽く“力”で撫でるだけでも簡単に綺麗に剥がれてく。
(……これなら)
影と人の分離もすぐ終わる。
パンッッ!!
という音がして、人から影が分離する。
分離して影が弾け飛ぶ。
「よし!! 後は……」
乗っ取ったはずの肉体から追い出され、“フェイズ2”となった影人を目で追って、撃破するだけである。
スルルッ、と真城の股の間を抜けて逃げようとした影人に、勢いよく影を纏わせた左拳を振り下ろす。
ゴスンと鈍い音と共に影人が完全に霧散する。
影人の人格が消滅し、ただの影へと還っていく。
その影はどこか欠けており、“影無し”と言われる状態になった事を確認し、ようやく真城は一息つく。
「……終わりました」
真城は安室へと向き直り、終了した事を宣言する。
これにて、今日一回目の訓練・実験は完了だ。




