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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第1話 『訓練の成果』

 


 “ヒーローは遅れてやって来る”。

 そんな言葉がある。


 でもそれは、本当に遅れているわけじゃない。


 ここぞという絶妙なタイミングでは必ず駆け付け、どんな人でも救ってしまう。

 そんな人の事を指して使う言葉であるわけだ。


 つまりは……、間に合っているのだ。ヒーローは。

 本当に、最後の最後まで現れず、全てが終わってから現れる。

 そんなものはヒーローじゃない。


 助けを求める人がいた。

 助ける手段も存在した。


 それなのに――――、



 ~   ~   ~   ~   ~



 夜、蠢く影があった。

 それは漆黒な闇に溶け込む姿でありながら、明らかに場違いな格好をした存在だ。

 もしそれが、或いは舞台上であったなら何の違和感を覚えなかったであろうその者は、しかし誰の目にも止まる事無く人混みの中をのらりくらりと突き進む。


 その視線の先には何があるのか。

 それを確かめる術はない。


 頭のてっぺんから足のつま先まで黒一色。

 黒衣(くろご)と呼ばれる衣装に身を包んだかの様なその者からは表情や髪型、或いは体格や性別すらも読み取れない。


 人混みを通り抜け、その者がふと立ち止まる。

 そうして、まるで夜空でも見る様に天を仰ぐと、


「『ま』『シ』『ロ』」


 と、一音一音ゆっくりと声を発した。


 それはまるで一音一音発する度にボイスチェンジャーを切り替えたかの様に。

 録音しておいた他人の声を切り抜いて、無理やりつなぎ合わせた物を再生したかの様に。

 同じ人物が発しているとは思えない(こえ)へと変化する。


「『ハ』『る』『キ』」


 それは成人男性の。

 それは女児の。

 それは初老女性の。

 それはしわがれた老夫の。

 そう聞こえる(こえ)は自前のものなのか。そうでないのか。

 それは分からないがともかく、それだけを発してその者は夜の闇へと溶けていく。


 ゆっくりとゆっくりと。

 黒一色の衣装は夜の闇と混じり合い、ついには……初めからそこに誰もいなかったかの様な空間だけが残される。


 最初から最後まで。

 その者の言動を見聞きした者はいなかった。



 ~   ~   ~   ~   ~



 九月から変わって十月。

 夏の暑さが完全に終わりを告げ、肌寒くなってきた秋の季節。


 朝。

 しかし部屋に差し込む光は無い。

 何故ならこの場所は地下だから。


 ここは“影狩り”本部、私室エリア。

 目覚まし時計のアラーム音。それをきっかけとして真城晴輝(ましろはるき)は目を覚ます。


 時刻は6時。

 真城は自分の頬を両手で叩いて刺激を送ると、残る眠気を払いのけて起き上がる。

 小さなあくびを一つして、寝巻のままでタオルと専用端末だけを持って部屋を出る。

 向かう先はトイレ。私室エリアに用意された個々の部屋にはトイレが無い為である。


 トイレに着くと用を足し、手洗い場で手と一緒に顔も洗う。

 自室にも洗面所ぐらいはあるのだが、こうした方が楽なのだ。

 持ってきたタオルで顔を拭き、専用端末を確認する。


 知りたいのは今日一日のスケジュール。

 朝起きてから夜の22時まで。びっしりと詰め込んだスケジュールの内容をチェックして真城は頷く。


 普通の人が見たならゲンナリと項垂れる、或いは卒倒しそうな内容のソレを見て取って、しかし真城は目を輝かせ、「よし!!」とやる気に満ち満ちた掛け声と共に意気込んだ。


 真城晴輝の一日が今、始まる。


「今日も張り切っていきますか!!」



 …… ……



 自室に戻って、服を着替える。

 寝具を脱ぎ捨て、動きやすいトレーニングウェアを身に纏う。

 そうして財布と携帯、専用端末。加えてタオルや、替えの服をいくつか入れたリュックを持って準備は完了。

 真城は急いで部屋を出る。


 向かう先は第九階層の修練場。

 途中、適当な自販機で立ち止まりスポーツ飲料水をいくつか購入する事も忘れない。


 修練場に着くと、もう何日も借り続けている部屋の場所まで移動する。

 バスケットコート程の大きさの部屋である。

 真城は着くや否や簡単なストレッチを始めると、それが終わり次第部屋の壁にそって軽いジョギングを開始する。


「……よしっと」


 ざっとウォーミングアップが終了し、身体が温まってきた事を確認する。

 さてさて、ここからが本番だ。


 真城は修練場にある扉の一つから“戦闘訓練用ロボット”を三体ほど出してくる。

 少し前は例の事件の影響でこのロボットに軽いトラウマというか苦手意識を持っていたのだが、“慣れ”というのは凄いもので実際に使ってみてその便利さに気が付いてからは何てことなかった。

 やはりああいった事件さえ起こらなければ名前通り、戦闘訓練にこれ以上適したものもそうは無い。

 非常に便利なものとして、こうして使わせてもらっているわけである。


 真城は“戦闘訓練用ロボット”を三体同時に起動すると、その強さレベルを“上級”に設定する。

 強さレベルは上中下の三段階。

 設定されたそれぞれのレベルにどれ程の差があるのかというと説明は難しいが、とりあえず一番上の“上級”が『影人“フェイズ3”の平均戦闘能力と同程度』といったぐらいだろう。

 一通りの戦闘技能に加えて、内蔵されたAIによる“影操作”。それだけ備えているのなら、戦闘相手としても申し分ない程の代物だ。

 ……まぁ実際の“フェイズ3”を相手にするのなら、“影操作”以外の能力も保持している事が多いので、単純に(イコール)という訳ではないのだが。


 そんな“戦闘訓練ロボット”三体を相手取り、真城がするのは回避と防御の訓練だ。

 “戦闘訓練用ロボット”達には全力で真城を攻撃してもらい、真城はそれを出来るだけ回避しつつどうしても回避が出来ない攻撃に対しては影硬化で対処していくものになる。

 その際、防御は出来る限り少ない面積の“影纏い”と硬化でやり凌ぐ。


 この訓練は真城の咄嗟の判断を鍛えていくものである。


 まず第一に、敵の動きや攻撃を見極める。

 そうして出来る限りは“回避”して、次の動きへと繋げてく。

 防御とは、基本的には動きを止めて守りに専念する事だ。それ自体が悪い事だとは言わないが、あまりにも動かなければそれは相手からの“的”になる。

 守りだって無限じゃない。守ってばかりでジリ貧になるぐらいなら、攻撃の隙を見つけ出し、出来る限り動いて“的を絞らせない”……そういった技が重要となる訳だ。


 真城にとっては特にそう。

 “灰”との契約で、欲しい“力”と引き換えに自身の影を失っているのが原因だ。

 契約自体を後悔はしていない。

 しかしそれはそれとして、真城は他の“影狩り”や影人と違って使える影の全体量が少ないのは欠点だ。

 衣類や持ち物などで多少の融通は利くものの、それでも全身を“影纏い”してしまえばそれだけで使える影は残り僅かとなってしまう。


 これは真城の抱える大きなハンデだ。

 攻撃に大量の影を使いたければ、それだけ防御に使える影は少なくなる。

 防御以外に影を回せば回す程、残った少ない影で的確な防御をする必要がある訳だ。


 真城が必要だと感じたトレーニング。

 それがこの方法といった訳である。


「――――ッ」


 ロボットの拳が頬を掠める。

 ロボットの影が脇腹へと迫り来る。


「お、とっと」


 真城は身体を回転させながらギリギリで攻撃を避けていく。

 三体のロボットの居場所を把握して、それぞれから距離を取れる位置へと移動する。

 真城からの攻撃は当然禁止。“力”も同様に使わない。

 これはあくまでも敵の攻撃を捌ききる訓練だ。


「来るか!!」


 三体のロボットが同時に動く。

 真城を包囲する様に移動して、更にそれぞれから影の鞭が降り注ぐ。

 真城は深呼吸をして一撃目、二撃目と影の鞭を躱していくが、


「……このままだと、逃げ場が無くなるな」


 それぞれの影の動きを先読みし、ロボットの立ち位置を確認し、真城はそう確信する。

 このままでは確実にロボットの攻撃が被弾する。


「――なら、そこ!!」


 真城は鞭の一つを睨みつけ、その方向へ向かって走り出す。

 右腕の一部に掌サイズの影を纏わせる。そうして硬化させたその場所で鞭を受け止めて、その軌道を無理やり変えさせる。

 そうする事で、無かったはずの突破口を作り出す。

 小さな穴に飛び込む様にして、真城はロボット達が完成させつつあった包囲網を掻い潜る。


 だがロボット達もそれで終わらない。

 真城の行動をいち早く察した一体が、影を足に纏わしての大ジャンプ。

 そして真城の目の前に着地する。

 着地と同時の上段突きと中段突き。更には回し蹴りからの肘鉄と攻撃の手が止まらない。


「あ、っぶね」


 真城は寸で躱して距離を取る。

 もちろん残り二体の事も忘れてない。それぞれの動きに気を配る。


 そうしてロボットの繰り出した踵落としを真城が躱した所で、設定しておいた専用端末のアラームが鳴り出した。


「ふぅ。もう時間か」


 アラームが鳴ると同時、真城とロボットの手が止まる。

 このアラームは、休憩を伝えるものだった。

 訓練を二十分する毎に十分の休憩を挟んで身体を休ませる。これが一セット。

 休憩中にも脳はフル回転。反省点から改善点を考えて次に活かす為のイメージトレーニングも怠らない。



 ……


 …… ……



 修練場に来てから約二時間が経過する。

 訓練を四セットほど終了させた所で、相も変わらずなボサボサの髪を掻きながら部屋に男が一人やって来た。

 一ノ瀬龍牙(いちのせりゅうが)だ。


「どうだ調子は?」


「えぇ問題ないですよ。やる気も、十分です」


「……、その様だな」


 真城の不敵な表情を見て取って、一ノ瀬も口元を僅かに弛めると、準備運動とばかりに常備されているプラスチック製の棒を手に取って振り回す。



 真城が切矢、立花との三人で行った幽霊騒動。

 あの任務で、真城は自分の弱さを痛感した。

 影人達との戦闘後、最後の最後に乱入してきた……あの影人。聞けば、切矢の友人が変じてしまった存在らしいその影人に、真城は手も足も出なかった。

 文字通り一方的に、真城は惨敗してしまった訳である。

 あの時、天道(てんどう)が助けてくれなければ、真城は殺されていた事だろう。


 故に、だ。

 あんな事態、二度と起こしてはならないと思い立ち、一ノ瀬に戦闘訓練の指導を願い出た。

 始めは断られるとも思ったが、一ノ瀬は思いの外あっさりと、真城の申し出を受け入れた。



 今回の一件。

 その出来事に危機感を持ったのは、何も真城に限った話ではなかったのだ。

 神崎や水樹といった“影狩り”上層部の人間も、同様の感情を抱く結果と成ったらしい。


 加えて、“真城が影人から狙われている”といった情報だ。

 結果……本部の考えとしても、真城の早急な戦闘力強化を望む声が強まった。

 と、まぁそういった事である。


 もし今後、真城の命を狙う影人が増えていくのなら、“影狩り”としても出来る限りの対応をした方が賢明だ。

 そこでまず、例え“フェイズ4”と相対することになった場合でも、“勝てずとも殺されずに撤退出来る”程度には真城に強くなってもらいたい。……というのが、本部の考えである様だ。


 そして。

 真城の戦闘力強化に伴って、その指導役に抜擢されたのが一ノ瀬だった訳である。

 ……あっさりと真城の申し出を受け入れたと思ったら、こんなカラクリだったらしい。

 真城が願い出るよりも前から、一ノ瀬が本部から指令を受けていたのなら、承諾も当然の結果と言えるだろう。



 まぁそんなこんなで、“自衛出来る程度には強くなった”と認められるまでは実質本部に監禁状態となってしまっている訳なのだが……正直、大学にはもう行く気がほとんど無いので関係無い。


 真城は今、夢に向かって進んでいる。

 そちらの方が真城にとっては重要だ。

 大学に未だに在籍したままなのは、あくまでも真城が親の目を離れて一人暮らしを続ける為であり、延いては“影狩り”としてやっていく為の方便だ。



「そんじゃあ始めるぞ。昨日からどれくらい強くなったのか、この俺が確かめてやるよ」


「えぇいいですよ。……存分に味わわせてやりますとも」


 真城は“戦闘訓練用ロボット”の電源を切って一ノ瀬と向かい合う。

 一ノ瀬がやって来るまでの戦闘訓練。それさえも言わばこの戦いの為の準備期間の様なものだった。

 頭を起こし、身体を温め、いつでも全力を出せる状態にする為の……。


「……行きます!!」


「――来い」


 掛け声とほぼ同時。

 真城が一ノ瀬へ向かって接敵する。

 迎え撃つ一ノ瀬はプラスチック棒を握り締め、真城の一挙一動に注視する。

 そうして二人がぶつかり合う。



 ……


 …… ……



 真城と一ノ瀬は激しい攻防を繰り広げる。


 影を纏わせたプラスチック棒を振り回し、攻撃を繰り返す一ノ瀬。

 そんな一ノ瀬の攻撃を真城は回避し、出来ないものは“影硬化”で防御をして対処する。

 “戦闘訓練用ロボット”でやった回避訓練の成果だろう。今までは躱しきれなかった攻撃も、なんとかギリギリで回避が間に合う様になってきた事を実感する。


(――そこッ、だ!!)


 距離を詰め、“影纏い”をした拳を何度も叩きこむ。

 がしかし、その全ては一ノ瀬のプラスチック棒にガードされ、まともに攻撃が通らない。

 真城の“力”で目眩まし等をしたならば、或いは不意の一つでもつけるかもしれないが……如何せん今回のこの模擬戦は“影操作”のみを使った戦闘だ。


 影人との戦いはどこが舞台になるか分からない。

 もしも人通りの多い場所。或いは“影世界”の中であったなら、“力”に頼っての戦闘は不可能だ。

 “力”を使わずに、単純な戦闘能力と繊細な“影操作”のみが試されている訳なのだ。


「まだ、――あまい!!」


 攻撃に集中し過ぎた真城が、不意に一ノ瀬の影を使った足払いによって態勢を崩される。


「――なッッ!??」


 気付いた時には遅かった。

 バランスを崩されて、視界がいきなり傾いた。


 一ノ瀬が突きの姿勢をとるのが見えた。

 攻撃が、来る。


「――ッ、!!!!」


 真城は倒れ込む身体の流れに沿って身体を捻る事で、何とか一ノ瀬の突きを回避する。

 床に転がってすぐに立ち上がり、態勢を立て直す。


「……危なかったぁ」


「ふん、足元がお留守なんだよ。警戒を忘れる、な」


「そうです、ねッ」


 話の途中でもお構いなしに振られる斬撃を真城はすかさず回避する。

 今さっき言われた通り、警戒を忘れない。


 真城と一ノ瀬の攻防は尚も続いてく。

 切って、弾いて、撃って、逸らして。応酬が激化する。 

 ……そんな中、次第に真城の視界が鮮明になっていく。


(あれ、……これは)


 応酬の速度が上がり続けるにも関わらず、真城の捉える世界ではその速度が徐々に遅くなっていく。

 真城はこの状態を知っている。“ゾーン”だ。



「……んぁ?」


 真城が“ゾーン”に至った事。

 それを一ノ瀬は、僅かな変化で感じ取る。

 一ノ瀬の放つ斬撃を寸での所で躱せていた(・・・・・)真城の動きが僅かに速くなり、ほぼ確実に躱せる(・・・)様になってきたと判断した為だろう。

 勘に頼ったものではない。ただ速度に慣れたという訳でもない。

 一ノ瀬の起こす一挙一動の動作ほぼ全てを、真城は見て、理解し、対処している。とてつもない程の、集中力を使って。


(――ッ、更に速度を上げてくるか)


 ほとんど防戦一方に近かった真城が次第に攻撃に転じ出す。

 一ノ瀬の斬撃を捌き切り、更には予備動作の時点で先読みして停止させ、開いた隙で一ノ瀬へと拳を振り下ろす。


「――ッ」


 次第に一ノ瀬が崩れ出す。

 攻撃の手が止まり、防御や回避に徹する事が多くなる。

 一ノ瀬がプラスチック棒に纏わせた影をうねらせて、攻撃範囲や軌道を複雑化させるがそれでも真城は怯まない。

 まるで全てが見えている様に、一ノ瀬の放つ攻撃の隙を掻い潜り、握り拳を撃ち放つ。


 そうして時はついに来る。

 ドスンッと鈍い音を響かせて、真城の拳が遂に一ノ瀬の脇腹へと突き刺さる。


「ぐ……っ」


 しかし二人はそれで止まらない。

 一ノ瀬はペースをより速くする。

 今の真城でも追い付けぬ速度へと至る為、心と身体を引き締める。


 連撃が炸裂する。

 ドガガガガッッッ!!!!

 鈍い音がいくつも木霊する。



「――いっ、」


「ぐ、お」


 本気の二人が激突し、そうしてドサリと誰かの倒れる音を最後に、戦いの音が止む。



 ……


 …… ……



「よっしゃああああぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


 意識を取り戻し、状況を理解して、真城は歓喜の声を上げていた。

 或いは、これほど喜んだのは“影狩り”に来て初かもしれないと思う程の勢いで。


 理由は単純な事だった。

 まず初めに、一ノ瀬の攻撃を掻い潜っての一撃を決めた事。

 そして遂に、一ノ瀬に本気を出させた事。

 更に最後の激突で、結果負けはしたものの一ノ瀬に二撃目を入れた事。


 真城が今までずっと一ノ瀬と戦ってきた中で、ついに成し得た快挙だったからである。


 今までの努力の成果。

 それが遂に実った瞬間だ。

 喜ばないはずがない。


 ……まぁ最終的な目標は、本気の一ノ瀬に勝利する事なのでまだまだ先ではあるのだが、それにしたって喜ばない理由は無いだろう。


 千里の道も一歩から。

 いままでは朧気だった『一ノ瀬に本気を出させる』といった目標も遂に達成されたのだ。

 であるならば、この努力の先に必ず『本気の一ノ瀬に勝利する』道があるはずだ。



「いつまで叫んでるつもりだ?」


 そう言いながら、一ノ瀬が部屋に戻ってくる。

 気絶した真城の無事を確認し、意識が回復したのを見届けてから追加の飲料水を買いに行っていたのである。


「ほれ、お前も飲め」


 そう言って買ってきた飲料水を真城にも投げて寄越す。

 真城はそれを受け取ると礼をする。


 まさか真城の分まで買ってきてくれるとは……。

 思い返せば、一ノ瀬の対応も随分と丸くなったものである。


 初めの出会い。

 そして病院で『“影狩り”に入る』といった真城を問答無用で殴り倒そうとしてきた時とはえらい違いだ。

 一週間の戦闘訓練の時だって、最初の頃なんて特に嫌々つき合っているといった様子だったのに。

 一体どういった変化が一ノ瀬にあったのか。

 それはあずかり知らないがともかく、真城としては有難い限りである。



「もうこんな時間か」


 一ノ瀬が専用端末で時間を確認してそう呟いた。

 言われて真城も自身の専用端末を確認する。

 表示されている時刻は11時。

 戦い始めてからざっと三時間程だろう。

 随分と長い事、一ノ瀬と戦っていたらしい。


「腹も減ったし、俺は飯でも食ってくる。が……午後からは面倒事に呼ばれていてな。またしばらくは特訓につき合えないからそのつもりで」


 何か用事が出来たらしい。

 いくら許可を貰ったとは言っても、一ノ瀬は“影狩り”の最高戦力。その一つ。

 真城が戦闘訓練で独り占め、という訳にはいかないのだ。


「あ、はい。分かりました」


「そうか。そんじゃあな」


 そう言って去っていく一ノ瀬を見送って、真城も支度を整える。

 真城も昼食を済ませたいがその前に、この汗を流す必要があるからだ。


「俺も腹減ったし、少し急ぐとしますかな」



 …… ……



 大浴場に到着すると、真城は汗を洗い流す。

 疲れた筋肉を揉み解し、湯船に首まで使ってゆったりする。


 深く深呼吸をしつつ目を瞑る。

 まぶたの裏に浮かぶのは、先程の一ノ瀬との戦いだ。


 今思い出しても、ついつい頬が緩んでしまう。

 きっとこれからも、しばらくは同じように思い出しては口元を綻ばせてしまうだろう。


 また一歩、一ノ瀬に近づいた。

 また少し、夢に近づいた。


 人々に危害を加え、不幸へと貶める影人達。

 そんな影人と戦い、勝利する為の力。それがまた増したのだ。


 これで、より強い“フェイズ4”の影人達。それこそ“識別名(コードネーム)”持ちの奴らとも少しはやり合える……かもしれない。

 少なくとも、これからも努力を続ければ本気の一ノ瀬に勝利する事。延いては究極の人助け、……“人類の救済”だって成るはずだ。


「……よし!!」


 軽くのぼせ始めた頭を起こすように、頬を叩いて気合を再び入れ直す。

 一ノ瀬が参加出来なくなってしまった為、しばらくはロボットを使った訓練になってしまうのが少しばかり味気ないが、そうは言っても仕方がない。

 回避訓練だって、戦闘訓練と同じ様に重要だ。

 無下にするようなものではない。



 真城は勢いよく湯船から立ち上がると、出口へ向かって歩き出す。

 次は昼食を済ませよう。それが終われば修練場で引き続き特訓だ。


 本来のスケジュールでは、午後からの予定は“トレーニングルームでの肉体作り”となっていたのだが……。

 今日の快挙。あの一ノ瀬に二撃を入れた事。その熱気、興奮……の余熱がまだまだ治まらない。

 今日はもう何というか、まだまだ訓練をしていたい気分なのだから仕方がない。


 一ノ瀬の動きを思い出し、今日の快挙を忘れない内に身体に覚え込ませてやるとしよう。

 今日の偶然を、偶然のままでは終わらせない。

 いつでも引き出せる必然へ、出来る様に努力しよう。



 ……


 …… ……



 そうして、真城の一日は過ぎていく。


 夜。

 多少の変更はあったものの全てのスケジュールをやり終えた真城が自室へと帰還する。

 一日の疲れを大浴場とマッサージで流し終え、真城が部屋で一息つく。


 時刻は22時半を指していた。

 程よい眠気から、誘われる様にベッドに横になる。

 専用端末を操作して、明日のスケジュールに目を通し、それを終えると目を閉じる。



 あぁ今日も、良い一日だったな。

 ……と、そんな事を思いつつ、真城は意識を手放した。



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