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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第37話 『これからのこと』



 真城達の任務が終了して一日が経過した。


 真城、切矢、立花。

 三人は病室がバラバラではあるものの、共に入院して治療を受けている最中だ。


 今回の任務。

 その最後の最後で現れた強敵。

 黒羽という人物は、その時の切矢のセリフからも何となく察せていた事ではあるのだが、どうやら本当に切矢が捜していた友人であったらしい。

 それはつまり、任務前に食堂で話していた“助けたい友人”とはあの黒羽の事だった訳である。


 あの黒羽を倒せねば、友人は救えない。

 救うという、その第一段階目に至れない。


 黒羽に敗北し、折角見つけられたにも関わらず取り逃がしてしまった状況は、切矢にとって耐えがたいものとなっただろう。

 それはあの時の切矢の反応を見ても明らかだ。


 救いたいのに救えない。

 そういった感情は、真城にも理解出来る。

 切矢とは状況が全く異なるが真城も今、その“救いたいのに救えない”問題に直面している最中だ。


 切矢は今回の事をバネにして、きっと更に強くなるだろう。

 あの強敵を、あの黒羽を……倒すつもりでいるのだろう。


 黒羽の持っていた能力。

 それは分かっているだけでも、貫通力を上げるものがあった。

 真城達はあの能力で完封されたと言っていい。

 それだけでも強かった相手だが、黒羽は今回の戦いで更なる能力を手に入れた。

 それは見たところ風を操る様なものだった。


 今回は天道に助けられた事。

 そして覚えたての能力を上手く扱いきれなかった事が幸いし、見逃される形となった訳だが、次会う時にはそうもいかない。

 完全に風の能力まで操って、更に強くなった状態で戦う事になるだろう。

 そんな黒羽と戦って勝利するというのなら、……切矢は並み以上の努力が必要だ。


 いや、努力をするのは何も切矢だけじゃない。

 真城だって同様だ。


 今回の黒羽戦で負けて分かった事。

 そして天道の戦闘を見て分かった事。


 それは単純に、真城が弱いという事だ。


 今回は上手くいった。

 奇跡的に何とかなった。

 しかし次はどうだろう?

 更にその次は? 生き残れるか分からない。


 影人の力は強大だ。

 きっと黒羽以上に強い奴もゴロゴロといるのだろう。

 “黒鉄”や“黒点”は、それよりも更に強いのかもしれない。


 今の力で満足していては、今後を生き残る事は困難だ。

 真城の持つ“力”以外。

 単純な戦闘技術ももっと磨いた方がいいのだろう。


 人を救う手段。

 しかしその“力”があっても、それを成しきれるだけの(強さ)が無ければ……そもそも人を救えない。

 影人に負ける様では、“人を救う”というスタートラインにすら届かないのだと。……黒羽に圧倒的に敗北して思い知った。


 まだまだ……やる事は山積みだ。



 天道が助けに来てくれた事。

 もしもそれが無かったら、きっと今を真城達は生きていないだろう。

 黒羽によって敗北し、そのまま死んでいただろう。


 助けてくれた事には感謝している。

 しかしどうしてあの時間にあの場所にいたのか?

 そして助けてくれたのか?

 そういった疑問はあった。


 しかしその疑問も、この入院中で解決した。

 病室へと運ばれて九条とあった時、その事について質問をしたのだ。

 九条はその質問に対して簡単な答えをくれていた。


 なんでも、立花が戦闘不能で離脱した事。

 事前に切矢から擬態した影人が思ったよりも多いという事で、『戦闘部隊』増員の要請を受けていた事。

 そして、丁度良く天道から任務を終えたという知らせが入った事などが合わさって、奇跡的に起こった事らしい。


 まぁつまりは……天道が別の任務を先に片付け、尚且つその足でこちらの増員要請に応じてくれた、というのが全てであった。

 本当に頭が上がらない。


 どおりで先に一人で帰った訳だ。

 一つ任務を完了してからの対応なのだから、疲れているのも頷ける。

 むしろよく助けに来てくれたものである。



 今回の事件。

 “波嵐卍進”の壊滅と、集団の昏睡事件についての事は表向きには内部抗争があった結果という事で処理される事になったらしい。

 ……が、それについて真城に出来る事は無いだろう。

 後の事は『収拾部隊』に任せよう。


 任務の発端となった“幽霊騒動”。

 それについても、稲守賢史(いなもりけんし)をいじめていた生徒達の“罪の意識が見せた幻覚”。そしてそこから伝染した集団幻覚の類だったのだろう、といった声明がされたらしい。

 それにより水樹が懸念していたような“オカルト要素”も収束し、本題であった波嵐高校の現状・“いじめ問題” 摘発へと水樹は踏み込んでいく様だ。

 “波嵐卍進”が壊滅した事で、今後は街も良くなっていくのだろう。

 これについても、今後真城が出来る事は何もない。水樹の今後の仕事に期待しよう。


 真城としては、治療に専念するのみだ。



 とは言えど病室に一人でいると、どうしても考えてしまう事がある。

 それは鴨平が戦いの最期に残したあの言葉。


『お前の信じるその正義とやらも端から見ればただの悪と変わらねぇのさ』


『お前は俺達”影人”をいじめにいじめ抜いて死に追いやっているだけの、――ただの加害者でしかなんだぜ??』


 ……そして、


『どうして、俺を……助けてくれなかったんだ』




 真城の信じる正義。

 そして影人を斃す事は、ただのいじめと変わらない。

 ……なんて言われては、反論の一つでもしたくなる。

 がしかし、と同時に鴨平の言っていた言葉にも納得せざるを得ない部分は確かにあったのだ。


 影人を斃す事。

 そして影人に乗っ取られた人間を救う事。

 それは確かに人類にとっての正義ではあるのだろう。


 だがその“影人を斃す”という目的の為に暴力を使用した。

 暴力を用いて無理やり影人という存在を排撃して殺す行為は、いじめの加害者が被害者を死へと追いやる過程と一緒だと言われればそれまでだ。

 それは確かに、いじめの加害者とやっている事と違いない。


 では何だ?

 暴力以外の道があると言うのか?


 確かに桜井明花(さくらいめいか)という人物は影人と仲良くなりたい……と、和解の道を求めていた。


 しかしそれはそれとして、和解など本当に出来るものなのか?

 それがまず分からない。


 しかしそれでも分かる事。

 それは“影人化”した被害者の身体を“乗っ取った”時点で、影人に和解の意思は無い。といっているのも同じだろう。

 影人側が和解を求めるというのなら応じるが、それは少なくとも“影人化”した被害者を乗っ取っていない状態が前提だ。

 その前提が無い段階で、“お前らが行っているやり方は、いじめのソレと変わらない”と言われても「じゃあお前ら影人はどうなんだ?」、「被害者の意思も尊重せず、勝手に乗っ取ってしまうのも、いじめと変わらないじゃないか」となってしまう。


 結局それでは平行線のままであり、現状実害が起きている影人を“影狩り”が駆除する。といった形となる訳だ。



 では、暴力を振るう事も、影人を斃す事も、全ては被害者を救う為の免罪符であったとし、被害者を助けられないと分かっている“フェイズ4”以降の影人を殺す事についてはどうなのか?

 被害者を殺す為に影人を殺すなら、そこには“被害者”を助けるといった免罪符は働かない。

 そうなると、他の“影狩り”であったなら“一般人を守る為”といった別の免罪符を掲げる事になるのだろうが、果たして真城だとどうなるか。


 ……“能力を十全に扱える様になり、未来の被害者を助ける為”になるのだろう。


 しかしそれは“未来”であって“今”ではない。

 故に『どうして助けてくれなかったのか』と聞かれれば、実力不足という他無いのである。

 それは真城自身の問題だ。

 助ける事が出来るなら真城だって“今”救いたい。

 救いたいという気持ちは本物だ。


 それでも“今”は救えないと飲み込んで、必死に“犠牲を糧にする”道を選んだのだ。

 もしも、それさえ間違ったものだと言うのなら……?


 自分の考えがまとまらない。

 頭の中がグチャグチャになっていく。


「だったら俺は……、どうすれば良かったんだよ」


 病室の天井を見上げて、真城は独り言を呟いた。



…… ……



 真城達の任務終了から三日後の事。


 “影狩り”本部。

 その執務室に、二人の影があった。

 それは神崎と水樹である。


 二人は真城達の任務完了の結果を受け、話し合いの最中であった。

 手元にあるのは真城が提出した報告書(切矢と立花は重傷の為、報告書がまだ出来ていない)。

 それを基に、真城晴輝の今後の処遇について考える。

 それが元々の“この任務”の目的の一つだった為である。


「報告の内容からすると真城晴輝の戦闘能力は“能力”による補正もあるとはいえ、十分に『戦闘部隊』の基準値を上回っていると言えますね。これなら今後の任務内容は他との差異を与える必要も無いでしょう」


「そのようですね。龍牙君に鍛えて貰った甲斐がありました。現時点で“フェイズ3”は難なく撃破可能。例え“フェイズ4”であっても識別名(コードネーム)持ち並の相手でない限りはまず負ける事は無いはずです」


 今回、真城達が斃した“フェイズ3”の影人は全て合わせて十六体。

 その内の一体、“幽霊騒動”を起こしていた稲守賢史(いなもりけんし)の影人を除く十五体は、全て“影操作”以外の能力を持たない影人であった。


 そして“影操作”以外の能力を持っていた稲守賢史の影人も、特に苦戦も無いままに撃破している。

 “フェイズ3”の影人に囲まれて攻撃されても問題ない。(今回、撃破したのは切矢)

 といった以上の事から考えて、今の真城の段階でも“フェイズ3”が相手なら何体であろうとも問題なく対処・対応が可能だろう。

 と、そう思えるだけの結果を残した事になる。


 『戦闘部隊』。『影世界専門部隊』。

 その戦闘能力は、“フェイズ3”なら単体で撃破出来る事。

 そして単体の“フェイズ4”を相手にして、二人掛りなら安定して勝てる事。

 これが大まかな平均・基準値だ。

 ここ最近は戦える者も増えて来て、その基準値も年々上昇してはいるものの、とりあえずはここまで出来て一人前。そういったラインがここである。


 そしてほとんどの任務というものは、複数の“フェイズ3”と単体の“フェイズ4”の撃破が目的である事が多く、そういった任務に対して『戦闘部隊』から二~三人を選出して対応させる。

 というのが“影狩り”での一般的・平均的な“任務内容”であり危険度だ。


 故に、“フェイズ4”を単体で撃破でき、複数の“フェイズ3”が相手でも戦える真城は『戦闘部隊』、『影世界専門部隊』で見ても十分に上の部類と言えるだろう。

 それこそ識別名持ちと渡り合える戦闘員など、極少数の限られた者のみだ。

 それが出来ないからと言って、それを責められるものじゃない。



 実際、今回の任務には“フェイズ4”が複数いる可能性は想定されていた。

 そしてそれ故に、真城の他に切矢と立花が選ばれた訳である。

 本来であったなら、その三人でも十分に任務達成が出来るような選出ではあったのだ。


 問題となったのは、最後に起こったアクシデント。

 事前調査からは想定出来ない、本来そこにいるべきではなかった影人。黒羽が乱入して来た事だった。

 そして更に問題であったのが、その乱入して来た影人(黒羽)が“フェイズ4”。それも識別名持ちに匹敵する力を持っていた事である。


 それさえ無ければ、全て滞りなく完了したはずだった。



 “影狩り”が特に危険視している識別名持ちの影人は、その行動範囲・テリトリーが大まかに決まっており、そこから動く事はほとんど無い。

 そしてそういった影人の情報は、“影狩り”でも大まかな把握はとれている。


 それはこちらの戦力が整っていない段階で影人を下手に刺激して、壊滅的被害を防ぐ為である事ともう一つ。

 そういった危険度の高い影人の行動範囲・テリトリーに安易に新人や戦闘力に乏しい人材を送り込み、むざむざこちらの人材を減らさない為である。


 大まかになら把握は出来ている。

 しかしそれは当然、絶対という訳じゃない。

 偶に今回のアクシデントの様に、その行動範囲・テリトリーを超えて危険な影人がやって来てしまう事もあり、そうした場合は……運が悪かったとして諦めるしかない事がほとんどだ。

 自分では手に負えない強敵と遭遇したのなら、逃げる事は恥じゃない。

 何より、まず生き延びる事が大切だ。

 しかし相手がそれを、易々と許してくれるとは限らない。

 どうにもならない事もある。


 もしも間に合う様ならば、そういった時に備えて本部に待機している一ノ瀬や九条が助けに向かう事もあるのだが、今回は一ノ瀬をそういった補佐にまわすのは控える様に通達がされていた。


 それは、真城が戦力面で問題無いと判断出来るまでずっと一ノ瀬を同行(サポート)させてしまうのは、本部にとってあまり好ましくない事。

 そして、真城がいつも一ノ瀬さんに頼り切ってしまって成長が疎かになる可能性。

 そういったものを出来る限り削いでおきたかったからだった。


 一ノ瀬は使えない。

 しかしいざ問題が起きた時、真城を影人に殺させない為の準備は一応必要だ。


 今回は九条がその役割を担っていたのだが、……立花が倒れるというハプニングも起きてしまい、そちらを守る目的で本部を出払ってしまっていた。

 真城程ではないものの、立花も貴重な戦力だ。

 “フェイズ4”を単体で斃せる人材を、みすみす失ってしまうのも問題だ。

 故に、九条を立花に付けたのは仕方のない選択だ。


 本来であったなら、それでもう問題が起きた際に真城を助けに行く人材はゼロだった。

 最後の最後、苦肉の策で一ノ瀬を使う事となっていた。

 ……しかし。


「それにしても、備えあれば患いなし。何かあった時用に天道君を本部に待機させておいて正解でしたよ。おかげで今回想定していなかった影人(黒羽)を撃退し、真城君を無事に帰還させる事が出来ました」


「……それはそうなのですが、結果的に本部の戦力が九条と天道で二人分減っています。これでは一ノ瀬さんがいなくなるのと大差がそうないのでは? 一ノ瀬さんを使わない。一ノ瀬さんに依存させないようにする。……確かに私はその様な事を言いましたが、それはあくまでも防衛すべき本部内の戦力を一定数維持しておく為のものであり、一ノ瀬さん以外なら誰をどれだけ使っても良い。本部の戦力を減らして良い。などと言ったつもりではなかったはずなのですが……?」


「……ま、まぁ良いじゃないか。結果的に真城君が助かった訳なんだし。それに天道君を本部に待機させている間に、本部の復旧を一部手伝ってもらっていたから早く作業も終えられて、天道君が出て行く頃にはほとんど元の本部の状態に戻っていた。だから本部の防衛戦力的には問題も無かったよ」


「物は言いようですね。全く」


 相変わらずの神崎の物言いに、水樹を重めの溜息を吐いていた。


「話を戻しますが、真城晴輝の戦闘面は概ね問題なし……と、言いたい所なのですが、やはり真城晴輝の持つ存在価値を踏まえれば、現状でも心許ないと言えるでしょう。何やら影人の今回の動きもきな臭い。報告によれば“真城晴輝”が影人内でも殺しの対象になっているようではないですか。これでは今後の任務でも強敵、識別名持ちの乱入をより一層警戒しなくてはなりません。真城晴輝にはとりあえず戦力アップを図ってもらい、識別名持ちでも十分に戦えるだけの力を身に付けるまでは、迂闊に(任務)に出さない方が良いのではないですか? それに、真城晴輝には“力”を使いこなしてもらう必要もあります。丁度あなたが製作した“影牢”とかいうアイテムで今回の任務中、“フェイズ3”を十体も確保したそうですし……それらを使って、真城晴輝の“力”を伸ばす事に尽力するという選択もまた、無くはないはずですよ」


「……そうですね」


 神崎は言われて考え込む。

 確かに水樹の言う事はもっともだ。


 真城を下手な危険に晒すより、戦力アップと能力開花を優先するのもアリだろう。

 元々“影牢”を製作して影人を捕獲してきてもらったのは、当然真城の“力”を研究し、出来る事を増やす為に必要だったからである。

 真城自身の傾向。行動の目的からしても“力”を完全に扱える様になる事は、真城がしたい事でもあるはずだ。


 それは“フェイズ5”に“力”を使いたいと言い、“フェイズ4”が救えなかった事に落ち込んで、“フェイズ3”から後遺症も無く被害者を救えた事に喜んでいた事からしても、まず間違いない事だろう。


 今回の任務。

 その中で救えた“フェイズ3”の被害者は六人だけ。

 その内で今回、後遺症が出なかったと確認が取れた者は一名のみ。

 それ以外には多かれ少なかれ後遺症が確認されていた。


 確実に後遺症無く被害者を救う事は可能だろう。

 しかし今の所は、その確実な方法の確立が出来ていない。


 その事に、一番心を痛めているのは真城だろう。

 今回も、“フェイズ4”は霧散した。救う事が叶わなかった。

 しかもそれだけじゃない。

 “フェイズ5”にも今回“力”を使ったらしい。

 結果は、火を見るよりも明らかだった事。

 それが“分かっていて”、それでもやらなければならなかった思いは神崎には計り知れないものだろう。


 助けられない。

 そんな犠牲の数をなるべく減らす事。

 その責任を真城だけに背負わせず、共に背負ってやる事。

 それは神崎の仕事だろう。



「……では今後は、真城君の能力開発を優先する方針で進めましょうか。そしてそれと並行して、開いた時間で龍牙君には真城君の戦力アップの特訓をしてもらう事としましょう」


「それは構いませんが、良いんですか? 確か真城晴輝の戦闘訓練を一週間行った際、一ノ瀬さんは嫌な顔をしていたと窺っていましたが」


「あぁ、それなら問題ないですよ。何せ“真城君の教育係をもう少し続けたい”と言質は得ていますから」



……



 神崎と水樹の話し合い。

 それをした、その日の夜の事。

 執務室にいた神崎に、一本の着信が入ってきた。


 神崎はそれを取ると、着信の主の声に耳を傾ける。

 誰が駆けてきたのか。それは端末に表示された名前と番号から分かっていた。


「黒羽を……見つけた」


 その相手は切矢である。


「やっぱり、俺の感は間違っていなかった。黒羽は……“影耐性”を元々持っていた」


「……それはつまり、君の友人は影人に乗っ取られた訳ではなく、その友人君の意思で影人に協力している、と?」


「いや、そうじゃない。俺は今回、その事について影人側から聞いた事がある。……驚くぜ?」


 そう言って切矢は、神崎に自身が得た情報を事細かに伝えていく。

 それは影人、大谷が言っていた内容だ。


 影人側が、“影耐性”を持った人間を集めている事。

 そしてそれ故に、今回“影耐性”を持っていた阿久津遼汰(あくつりょうた)が連れ去られかけた事。

 

 影人側が“影耐性”を持った人間を欲した理由。

 それは、“影耐性”を持つ人間を“影人化”させる実験に使うらしい。

 そして最終的には、そういった“影耐性”持ちの人間も影人側の戦力にしよう。とする動きがあるらしい。


 もしもその技術が完成したのなら……例え“影耐性”を持った人間であっても、“フェイズ5”の様な人格が無い存在ではなく、ちゃんとした影人として戦力運用も出来るそうな。



 “影耐性”を持った人間がその技術で“影人化”した場合。

 影人の人格が主人格を食いつぶし、肉体の主導権を乗っ取ってしまう従来の“影人化”とは違い、二つの人格が混ざり合う感じになるといった事が起こる様で、それを体験して“そう”なったのが黒羽らしい、と。



「うーん……。つまりそうなると、切矢君が“影狩り”に入った時に話してくれた事。その時に君に説明し、君の友人が“影耐性”を持っていたとしたら“影人化”は起こらないと否定した事が……事実だったという訳、か。すまなかったね」


 あの時は信じられなかった事。

 それを信じなかった事を、神崎は謝罪する。

 が、切矢は「別に謝罪が聞きたい訳じゃない」とその話を終わらせる。


 実際、その話を聞いた神崎が本当に何も信じなかった訳じゃない。

 信じられないものとして扱いつつ実際にそうだった場合の仮説として『影人がそういった事を画策しているかもしれない』という予想程度には“影狩り”も一応は警戒をしていたのだ。


 しかし、それはあくまでも“予想”の域を出なかった。

 その理由は天才と言われる神崎が、その方法を実現出来るだけの実験結果・成果を得られなかったからだった。

 神崎が出来ないというものを、誰が実現出来ようか。

 その現象を実現・再現出来ないのなら、それは夢物語(空想)といった枠を超えられないからである。



「とりあえず報告したかったのはそれだけだ。黒羽の事でもあったし“影狩り”にとっても重要そうだったから、報告書を書くより先に伝えておいた方が良いと思ってな」


「うむ。そうか、ありがとう。この話は確かに重要なものだった。……正直、驚いたよ」


「だろ?」



 そう言って、切矢との通話が終了する。

 執務室にしんとした空気が帰ってくる。


 神崎は一人、切矢からの情報を反芻する。


 “影耐性”を持った人間の“影人化”。

 そしてそれは、神崎があえてやろうとして出来なかった、実現出来なかった事柄だ。


 そんな事が出来る人物。影人の存在。

 それは、偶々そういった能力を持った影人。それこそ“影人化”した人間を救い出そうとする真城とは真逆の能力を得た影人が生まれたか。

 或いは……、



「……僕を越える天才の存在、か」



…… ……



 神崎との通話を終えて、一人で病室の天井を見上げる切矢。

 切矢は切矢で神崎の言葉を思い出す。



『……それはつまり、君の友人は影人に乗っ取られた訳ではなく、その友人君の意思で影人に協力している、と?』



「……、」


 “影耐性”を持った人間がその技術で“影人化”した場合、本人と影人の二つの人格が混ざり合う感じになるという。

 それが本当だと言うのなら、或いは切矢を攻撃してきた黒羽も。影人達に協力する黒羽も。……もしかしたら黒羽の意思という可能性も確かに無くは無い。


 いや。


 流石に、黒羽に限ってそんな事は無いはずだ。

 影人に協力してるのも、影人側の人格がそうしているだけだろう。

 断じて黒羽本人の意思じゃない。……はずである。


 もしも黒羽が、自分の意思で影人と協力していたのなら……?


 いや、この話を考えるのは止めておこう。

 そんな事を考えるよりまず先に、切矢にはするべき事があるはずだ。


 切矢は今回の戦いで、黒羽に手も足も出なかった。

 こちらの攻撃が届かない空中から、一方的に嬲られた。

 切矢の纏った影の防壁も、全く役に立たなかった。

 一方的に蹂躙された。……されてしまった。


「……くそッ!!」


 誰もいない病室に、切矢の声だけが木霊する。


「もっと強く。……もっと強くならねぇと」


 切矢が一方的に負けた黒羽を、一方的に追い詰めていた天道の事を思い出す。

 まずは天道よりも強くなる。

 そして更に強くなった黒羽も超えてやる。


「待っていてくれ。必ず俺が……お前(黒羽)を救い出してやる」



…… ……



 真城達の任務終了から一週間。

 阿久津はようやく怪我も完治して、退院が出来ていた。

 

 とは言えど、何も怪我だけが原因で一週間も入院していた訳じゃない。

 病院の地下へと運ばれて、そこで(ほぼ)監禁された為だった。


 理由は、阿久津が“影耐性”を持っており影人の事が見える事。

 そしてそんな影人の存在について一般人としては知りすぎている為だった。


 病院の地下へと運ばれて、阿久津は“二つの選択肢”を選ばされた。

 一つは薬を飲み、“影耐性”を抑制して影人を見えなくする。一般人として社会へと復帰して、影人の存在を口外せずに忘れて過ごすというもの。

 そしてもう一つは“影狩り”に所属して共に影人と戦うというものだった。


 この選択をしなければ、外には出せないと言われ……結果、阿久津はその選択を選ぶのに、ほぼ一週間を費やした訳である。



 “影耐性”。

 それは阿久津にとって、気付いたら持っていた“力”だった。

 影人を死神だと思い込み、随分と苦労をした訳である。

 本当はこんな“力”なんていらなかった。

 この“力”の所為で両親が死んだのだと、クラスメイトを殺したのだと、そう考えた事だってあった。

 こんな“力”を持った事で『どうして自分だけが』と憤った事もあったのだ。


 そんな望んでいなかった“力”を、自分の意思で捨てられる。

 立花の言っていた薬の存在を目の前にして……喜ばなかった訳がない。

 これでやっと楽になれる、と……そう思わなかった訳がない。



 でも。

 しかし。

 そんなチャンスが目の前に訪れた瞬間に……。


 この“力”を本当に手放して良いのか?

 と、そう思う自分がいる事に気が付いた。


 あれだけ忌々しく思っていた“力”。

 それを使って戦う人達。人助けをする存在を知ったからだろう。

 自分の持つものと同じ“力”を持つ人達の集まりがあると知ったからだろう。


 そこなら自分は怖がられない。

 忌み嫌われない。腫物の様に扱われない。

 自分も誰かの役に立てる……そんな世界がある事を、知ってしまったからだろう。


 このまま一般人に戻っても、きっと阿久津に帰る場所は無いだろう。

 “力”が無くなったと伝えても、信じて貰える保証は何処にもない。

 仮にそれを信じてくれたとしても、阿久津を忌み嫌っていたという事実が無くなるわけではないのである。


 “力”を失って、それで生きづらい日常に帰るなら……、いっそのこと自分を受け入れてくれる場所へと行く方が、遥かに生きやすくなるだろう。



 自分を追い詰めて憤る事しか出来なかった阿久津。

 そんな阿久津を、地獄から救い出してくれた立花の言葉を思い出したのだ。



『あ、あの……もしも良かったら、あなたも“影狩り”に来ませんか? ……さっき説明した通り、か、“影狩り”には、あなたと同じ“力”を持った人が沢山、います。だから、“影狩り”なら、あなたの“力”を恐怖する人も、仲間外れにする人もいません。……みんな、その……話せばいい人だらけです!! ……なので』



 思い出して。

 そうして阿久津は“影狩り”に入る事を決意した。


 まずは立花にお礼を言おう。

 立花に困った事があったなら、今度は自分が助けよう。

 ……その為にも、“影狩り”に入る事は必要だ。



 決意を済ませ、その事を“影狩り”へと伝えると、ようやっと外に出る事が出来る様になった。



……



 阿久津の入隊の準備が済まされて、ようやく今日“影狩り”本部へと行く事が決定した。

 病院の外に出て迎えが来るのを待つ途中、阿久津は親戚の家へと連絡を入れる事にした。

 その連絡についての許可は、既に“影狩り”からも取っている。


 大きく深呼吸をして、携帯の通話ボタンを押す。

 しばらくして、数回のコール音の後、聞き馴染んだ親戚の声が聞こえてきた。



『……どうしたんだ、一体。こうしてお前から連絡をくれるなんて珍しいじゃないか。……何かあったのかい? そう言えば学校から連絡があったぞ。入院してたそうじゃないか。何でその時に連絡を一度もくれないんだ。心配したじゃないか、身体に異常は――』


「……じいさん。あのさ、俺」


 親戚の話を遮って、阿久津は伝えるべきことを言う。


「俺さ、学校を辞めるよ。……やりたい事が出来たんだ」


『学校を辞めるって、お前……別に学校を辞めなくても、やりたい事は出来るだろ?』


「いや、出来ないよ。……働く事にしたんだ」


『働くって……お前、それがお前のやりたい事なのか……?』


「うん。だからさ、……折角出してくれた授業料、無駄にした分は必ず稼いだお金で返すから……だから」



 高校の授業料。

 それは親戚のおじさんが、


『せめて高校くらい行かせてやらなけりゃ、死んじまった君の両親に顔向け出来ない。お金は出す。だから安心して高校に行きんさい』


 などと言って出してくれていたものだった。

 高校に行きたかったかどうかは置いておいて、そう言って高校へ行かせてくれた事には感謝をしているのだ。

 そんなお金を捨ててしまう、棒に振ってしまう事への罪悪感。

 申し訳ないと思う気持ちがあるからそこ、“お金を返す”といった言葉が出たのである。

 しかし、


『いや、別に返さんでいい』


 親戚のおじさんはそれを否定する。


『お前がやりたい事をするんなら、その為にお金は使いんさい。こんな老いぼれにわざわざ返す必要ないやろう』


「でも……」


『良いんだよ。ワシはなぁ……お前を幸せにしてやる事が出来んかった。どうしてもお前の事を恐れてしまった。そんなワシがそれでもお前に出来る事、それが将来を願ってせめて学校に行かせてやろう……その為のお金を出してやろう、ってぐらいしか出来なかった。思い付かなかったってだけなんだ。だからな、お前が自分で幸せを掴みに行くってんならなぁ……その邪魔だけはしたくねぇ。さっきも言ったがな、お金は自分の為に使いんさい。そのお前が稼いだお金は……お前が幸せになる為のもんだ。こんな老いぼれの為のものじゃない』


「…………分かりました」


『金が必要なら言うんだぞ。ワシにはもう、……それぐらいしか……出来んからなぁ』


「い、いえ、流石にそこまでは……自分で何とかやってみます」


『そうか、まぁ頑張りなさい。人生ってのは一度っきりだ。やりたくねぇ事をしてる時間なんてねぇからな!!』


「はい。……頑張ってきます!!」


 そう言って通話を切る。

 少しだけ、晴れやかな気持ちになっていた。

 喉元につっかえていた物が取れた様だった。


 携帯をしまって前を向くと、その視線の先には立花が立っていた。

 誰が迎えに来るのかは事前に聞かされてなかったが……まさか立花だったとは。

 流石に今は、お面を付けていない。

 素顔を出したままだった。


「あ、えっと……お、お話は……済みました、か?」


「はい。もう大丈夫です」


 オドオドと聞いてくる立花へ、阿久津はハッキリとそう言った。


「そ、それじゃあ……行きましょう、か」


「はい。これから頑張ります。色々と教えてもらえると嬉しいです!!」


 あわあわとしている立花を見て、阿久津は更に決意を固めてく。

 立花を守ろう。もう絶対に、立花を血の海に沈めるような事態は起こさせない。




 こうして、“影狩り”に新たな仲間が加わった。

 その活躍がどうなるか?

 阿久津の活躍で何がどう変わるのか?




 それを知る者はまだいない。



第三章 ―完―

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