第35話 『襲撃者』
廃ビルの二階。
そこでは切矢が動きまわっていた。
大谷の撃破以降、切矢は斃れる不良達を一般人と影人に分けて別々の部屋へと運んでいた為だった。
理由は大まかに二つ。
一つは先程まで上階から響いていた音と揺れ。
それにより、最悪このビルが倒壊するといった可能性を考慮したからである。
いざという時の為に、人をまとめて置いておいた方が避難させる時に楽なのだ。
そしてそれともう一つ。
影人の方は“影牢”を付けて拘束する目的がある為だ。
まだ“影操作”しか使えない“フェイズ3”。
そんなニッチな条件の影人が、こうしてここにいるのなら捕獲するべきだろう。
元々、そういった目的の為に神崎から“影牢”を貰って来たのだ。
この影人達を使って真城が“力”を扱う上での何らかのヒントが得られるのであればそれに越したこともない。
倒れていた人々。
それら人々を一般人と影人に分けて移動する。
そうして仕分けし終わった後、影人の拘束中に……分かっていた事態に頭を悩ませる。
「……どうしたもんか」
目の前に倒れている影人の数は十五体。
神崎から貰って来た“影牢”は全部で十個。
そして切矢が今持っている“影牢”は五個だけだ。
残りの五個は真城が持っているのだが、それを合わせても十個足りない。
真城と共にいるのなら、内五体はこの場で真城に“力”を使って処理させて、残り十体を“影牢”で拘束して持ち帰る。といった選択肢も可能だが……現状はそうではない。
影人は気絶をしているだけだ。
“影牢”で拘束して無力化が出来ない状態であるのなら、そのまま放っておくのは危険だろう。
意識を取り戻して襲ってくるなら、また気絶させればいいのだが……逃げられて姿を眩まされると厄介だ。
ここで斃せたチャンスを見逃して、結果被害が拡大するならば……ここで殺しておいた方がいい。
「……やれやれ、気が滅入るな」
本来であったなら、こんな事で頭を悩ませる必要などなかったのだ。
“フェイズ3”になった瞬間に、もう飲み込まれた被害者は助からない。
二度と目覚める事無く衰弱し、最終的には死亡する。
だから“フェイズ3”を斃す事を躊躇う必要は何も無い。
影人に飲み込まれた被害者は既に死んでいる様なもの。
結局助けられないのだから助けようとする必要も当然無い。
と、何も考えずに切り捨てる事が出来ていた。
だが。
今は違う。
真城の“力”がその在り方を変えさせた。
助けられなかったはずの“フェイズ3”が、助けられる様になった。
それは革命であると同時に、今までの自分達の在り方も変えざるを得なくなった。
否が応でも、そういった問題に目を向ける必要が出てきてしまったのだ。
目の前にいる影人、十五体。
その内の五体を、切矢が“選んで”殺す事になる。
……いや、すぐに真城と合流して“力”を使えるのかも分からない。
確実に今の切矢が無力化出来るのが五体のみと考えるなら、“選んで殺す”数は十体だ。
先に“影牢”で五体を先に拘束し、残り十体を保留にして置いておく。……という事も難しい。
先に“影牢”で五体を先に拘束した後、目を離している内に拘束していない影人達が目を覚まして、既に拘束済みの影人に付けられている“影牢”を破壊しに動く。といった事態だって考えられる
もしもそうなってしまったら、今度こそお終いだ。
“影牢”が無くなれば、全ての影人はここで始末しなければならなくなる。
「…………、」
切矢は何度も考えて答えを出す。
これで失敗したならそれは切矢自身の責任だ。
切矢は急いで動き出す。
気絶したままの影人五体を別の部屋へと運び出し、その五体に“影牢”を使用する。
変化はすぐにあった。
“影牢”をはめた途端、影人の身体から影が溢れ出し全身を纏っていく。
そうして全身の“影纏い”が完成し、黒い人型シルエットの様な物が出来上がる。
これで拘束が完了したのだろう。
切矢は影人五体が拘束されたのを確認し、急いで上階へ向けて走り出す。
三階には真城がいるはずだ。
既に上階からの轟音は止んでいる。
つまりは戦闘も終わったのかもしれない。
急いで三階へと駆けあがり、真城を呼んで戻ってくる。
そうして真城の“影牢”を使って後五体を拘束し、残りの影人をこの場で真城に処理させる。
この選択が、一番良いはずだ。
すぐに上階へと続く階段にたどり着く。
後は階段を上るだけ。
そんな時になって、……異変が起こった。
「――ッッ!?」
突如、一階から放たれた殺気が切矢の身体を突き抜けた。
それは今まで戦っていた大谷を軽く凌駕する程の大きな気配を持って現れた。
「……嘘、だろ」
その気配から察するに、間違いなく今まで戦ったどの影人よりも格上だ。
まず間違いなく“フェイズ4”。
それも識別名付きの影人か、それに匹敵する力の持ち主だ。
そんな人物が。新手が。
二階へと登ってくる。
切矢は無意識にゴクリと息を吞む。
新手が上ってくる方の階段へ、視線をゆっくりと向けていく。
階段から男性が顔を出す。
そして男性は切矢の事を認識する。
「お、なんだ。君だったのか。――切矢」
「――ッ」
同時だった。
男性が切矢の顔を確認し、声を放ったとほぼ同時。
同じく男性の顔を認識した切矢が動き出す。
一気に床を蹴って男性に向けて接敵する。
「黒羽ぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
雄叫びを上げて、すごい形相で竹刀を振り抜く。
剣先に纏う影が大剣に変化して、一気に男性に向けて下ろされる。
ズガァン!!
と轟音を響かせて、黒羽ごとビルの壁を突き破る。
切矢と黒羽が二階から落下する。
しかしそれでも、黒羽の顔は笑っていた。
…… ……
立花は周囲を見渡して確認する。
しかし階段が見当たらない。
どうやら、正規の方法でこの屋上へと来る手段は、このビルの構造的に無いらしい。
こうなると、阿久津を抱えた状態で下の階に移動する必要があるだろう。
幸いな事にこの廃ビルの窓ガラスはほとんどが割れた状態のままで放置されている。
あらかじめガラスの破片を取り除いておけば、そこから侵入しても怪我をする事は無いはずだ。
下へと続く階段が無いのなら、一度一気に下まで降りてしまってから再び階段を使って上っていく。という事も考えたが、正直なところ今の立花の身体が落下した衝撃にどれだけ耐えられるのかも分からない。
無論、一気に飛び降りず影を使ってゆっくりと下りる事も可能だが、それなら完全に下まで降りてしまうより三階へと移動する方が楽である。
このボロボロの身体で一階から階段を上っていくのも面倒だ。
痛覚は能力で遮断している。
付いた傷も開いた傷も、能力で多少は治りが速まっている。
しかし、流れてしまった血液まではそうもいかない。
なるべく激しい動きを抑えるという目的も込みならば、三階に移動してそのまま一階まで下りていく方が負荷も少なかろう。
因みにだが、後の事は真城と切矢に任せて待機しよう。安静にしていよう。……というのは却下だ。
「それじゃあ、行くよ?」
そう言って立花は手を伸ばす。
そうして阿久津と手を繋ぐ。
「……はい、分かりました」
阿久津は頷く。
そうしてゴクリと唾を飲み込む。
決して立花の力で三階へと移動するのが恐いという訳じゃない。
決して止めても無駄な事。
立花は止まらずに向かう事。
それが分かってしまうから、心配はしていても“止める”といった行動を起こさずに、ただ付き添い見守るという覚悟を決めただけ。
「……行きましょう」
「うん」
阿久津の返答を待って、立花と阿久津が屋上から飛び降りる。
その瞬間、影を操作して一気に三階の空いた窓枠へと滑り込む。
阿久津を守る様に移動させ、お姫様抱っこをした状態で立花が着地する。
着地してすぐに辺りを見回して警戒し、誰もいない事を確認すると、ようやっと阿久津を床に降ろす。
「……、」
辺りの気配を探るが、動いている人物は見当たらない。
少し移動して三階内を見て回ると、両開きの扉の前に人の山が出来ていた。
見たところ影人ではない様だ。
その全員が眠っている。これはガスの所為だろう。
この人の山の状態から察するに、両開きの扉。その部屋の中から無理くり押し出された様だった。
両開きの扉の上には『社長室』と書かれたプレートが付いていた。
(この中に、誰かいる)
そう思い、取っ手に手をかけ開こうとするも何かが邪魔して開かない。
少し当たりを確かめて、扉横の壁。その下の方に、ひび割れて出来た片手サイズの穴を発見する。
立花は腰を落として、その穴から部屋の中を覗き込む。
「――ッ」
中に見えた人物。
その正体は、呆然と立ち尽くす真城の姿であった。
……
少しだけ声を張り上げる。
そうして何度か真城の名前を呼びかける。
しばらくして、真城が気付いた様だった。
「……え!? そ、そのお面は立花さん!?」
立花が被っていた“猫の面”を認識し、真城は驚きの声を上げる。
が、説明は後にしてまずはその部屋の扉を開けてもらうよう告げる。
ガチャガチャと何かが外れる音がして、ようやく扉が開かれる。
真城の手には“影牢”が握られていた。
「何をしてたの?」
「え!? ……あぁ、えっとですね、扉が開かない様に“影牢”を使って施錠してたんですが、外すのに手間取りまして……」
真城が手に持った“影牢”を見せながら、何をガチャガチャしていたかについての説明をし始める。
“影牢”ははめると自動的にロックされ、簡単に外す事は難しい。
ロックを外す為の鍵や鍵穴が付いていない為、ロックを外すには別の手段が必要だ。
専用端末のアプリで“影牢”の識別コードを読み込ませ、アプリの方でロックを解除させる。……これが出来ないのであれば、後は破壊するしか無いだろう。
真城達は“影牢”を受け取る際、そういったやり方も聞いていた。
専用のアプリも、その時に入れてもらっていた。
が、やり方を聞いていれば実際に出来るのかと言えばそうではない。
それで実際に出来る人もいるのだろうが……、少なくとも真城は聞くだけではなく“実際に自分でやってみて覚える”といった工程が必要であったのだ。
それに加えて、“影牢”は影人を捕獲する為の物。
影人を捕獲さえすれば後は“影狩り”本部へと運ばれて、ロックを解除するのは研究員などの人物だ……と勝手に思い込んでいた為に「まぁ解除方法は詳しく覚えなくてもいいでしょ」、「任務中に使う事はあっても外す事は無いだろう」といった考えが先行し、まともに覚えていなかった。
その結果、僅かにある記憶を頼りに“影牢”を外すのに手間取った。
……といった事らしい。
それを最後まで聞き終えた立花は、折角説明してくれた事に罪悪感を覚えつつポリポリと頬を掻く仕草をすると、
「いや、そうじゃなく。何を立ち尽くしてたんですか?」
立花は疑問を訂正する。
真城はハッとして、少し言いにくそうに目を逸らし、
「えぇっと、…………考え事を」
とだけ呟いた。
様子からして何かはあったのだろうが、あまり詮索されたくもないらしい。
まぁそれでも任務に支障がないのであれば立花的には問題ない。
そう。とだけ返答し、話題を別の事へと変えていく。
まずは立花からの説明だ。
病院で治療を受けた後に目を覚まし、ここまでやって来た事。
影人に拉致られていた男子生徒、阿久津を救出した事。
影人の女性、“フェイズ4”の姫川を撃破した事。などである。
「君がその……」
「あ、はい。阿久津と言います。助けに来ていただいて、ありがとうございます」
「ま、まぁ助けたのは俺ではないですが……無事でよかった」
立花と阿久津、そして真城の挨拶などはそこそこに、真城は小さな声で立花に耳打った。
「(……今更ですけど、阿久津さんがいる前で影人についての話をして良かったんですか?)」
「問題ない。彼には影人の事についても話してる」
「え、そうなんです!?」
「うん。彼が噂になっていた『“死神”が見える人』だった。話を聞いたらそれが“影耐性”の影響で見えていた影人だって事が分かった。だからその事について説明した。今はもう彼の“影耐性”についても安定してる」
「……そうだったんですか」
「それで、今はどういう状況になってるの?」
立花に聞かれた事で、今度は真城からの説明が開始する。
切矢から男子生徒が影人に連れていかれてしまった事を知り、影人のアジトを捜索した事。
そのアジトを発見し、乗り込んだ事。
一般人の不良が多かった為、“睡眠ガス弾”を使用した事。
切矢に“フェイズ4”の可能性が高い大谷を任せて、自身は三階に上がって来た事。
そこでこの街の黒幕を名乗る“フェイズ4”、鴨平と戦い撃破した事、などだった。
「それじゃあ、祐……切矢はまだ二階にいるの?」
「だと思います。別れて以降の事は分からないですが、こっちに来てないという事はまだ戦ってる最中か……或いは何かしらの理由で一度一階に下りたのか」
切矢が負けたという可能性。
……というのもあるにはある。
が、切矢に限ってそんな事は無いだろうという思いから、その事は伏せておく。
「とりあえず、この階にはもう用は無いですし二階に降りてみましょうか」
「うん、そうする」
……
真城達は移動を開始する。
階の間取りを知っている真城が先導し、立花が阿久津を守りながら後ろを歩く。
すぐに階段に到着し、二階へと下りていく。
そんな時だった。
「黒羽ぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
突如聞こえた怒鳴り声。
それは聞き馴染みのある切矢のもので間違いない。
しかし、切矢は無事だった。切矢は影人に負けていない。……そう思える状況でもないらしい。
切矢の怒声が聞こえたその直後、ズガァン!! という轟音が、二階から響いてくる。
「切矢!?」
何かがあったに違いない。
真城達は一目散に駆け下りる。
二階へと到着する。
「これは……」
まず初めに目に飛び込んだのは、壁に出来た大穴だ。
まず間違いなく、聞こえてきた轟音の正体はこれだろう。
更に辺りを見渡して、二階のエリアに切矢がいない事を確認する。
もしやこの穴から外へ出た?
敵の姿も見当たらない。
なら敵も一緒に外へ出た?
「あの……あれ」
阿久津が不安そうな声を上げ、二階の角を指さした。
それにつられて、その箇所へと目を向けた真城は気が付いた。
人が並べて置かれてる。
しかも何やら、黒い人型の様なものまで発見する。
「……あれは?」
そう呟いた時だった。
「真城!! 見つけた!!」
今度は立花の方から声が上がる。
どうやら壁に開いた大穴から、外の様子を眺めている様だった。
「切矢がいた!! 影人と戦ってる!!」
「……ッ!!」
やはりこの穴は、影人との戦闘で出来たもの。
今も切矢が戦闘中という事は、大谷はそれだけの強敵だったという事か。
「真城、阿久津をお願い!! 私は先に行って切矢を援護する!!」
真城は先程の黒い人型が気になっていた。
先にそちらを確認したいと考えていたところだった。
真城は出会って日が浅いが、切矢と立花は既にセットのイメージだ。
任務でも二人行動が多いらしい(これは二人が本部に全然帰って来ないからではあるのだが)。
立花は、切矢が心配なのだろう。
「……分かりました。ですが気を付けて!!」
「ん!!」
真城が返答したその直後、立花が大穴から外へと飛び降りる。
影を纏い、まるで弾丸の様に飛んでいく。
「立花さん……傷口は大丈夫でしょうか」
「あまり無茶な事はしないと思いたいですが……」
阿久津の発した心配に、真城も同意する。
今のところは動きに支障はない様だったが、それでも一度病院で治療を受けた身だ。
服には血も滲んでいた。
流石に死ぬほどの無理はしないと思うが、敵の強さによっては万が一も無くは無い。
こちらも少し急いで事を済ませて、切矢と立花の援護に向かった方がいいだろう。
真城と阿久津は急ぎ、黒い人型の様なものがある部屋まで移動する。
すると、その部屋以外にも二部屋で同じように人が並べられているのを発見する。
「おっと、……これは」
よく見れば三つの部屋にそれぞれ並べられた者達は、理由があって分けられたものである様だ。
一つは一般人。
もう一つは影人。
そして最後が黒い人型だ。
気になっていた黒い人型。
それは近くで見ると、全身を“影纏い”した状態に酷似した影の繭の様になっていた。
数は全部で五つ。
その全ての人型の両腕に手錠がはめてある事から、これが“影牢”による捕獲状態なのだと納得する。
未だに気絶する影人が十体。
“影牢”で捕獲した影人が五体。
この事から考えるに、切矢が持っている“影牢”の分だけ影人を捕獲して残りを気絶状態で置いているのだろう。
切矢からすれば斃してしまった方が早かったろうに、わざわざ真城の為に気絶に留めて置いたに違いない。
もしそうであるのなら、真城に出来る事は一つしか無いだろう。
真城はリュックから“影牢”を取り出して、影人十体の内の五体を“影牢”で拘束する。
すると変化はすぐに起こり、真城がさきほど確認した黒い人型シルエットが完成する。
真城はその捕獲した影人を阿久津と一緒に、他の捕獲済みの影人が置かれた部屋まで移動して、更にもう一度残り五体の影人がいる部屋へと戻ってくる。
「それにしても……これが影人って奴らなんですね。真城さん達“影狩り”? の方も影を操ってる時は足元に影が無いみたいですけど……なんだか不思議な感じです」
「……、」
阿久津が、まじまじと影人の様子を確認しなからそんな事を呟いた。
実際の所、真城は影を操っていなくとも自分の影を持っていないのだが……そういったややこしくなる話は、今はしなくても良いだろう。
「俺を連れて行った影人は、もっとこう……実体が無いような流動的な身体の動きをさせてましたけど、こっちの影人達が普通に触れるのには何か違いがあるんですか? それとも今は気絶しているからですか?」
阿久津からの疑問を受けて、真城は少しだけ考える。
阿久津は“影耐性”に目覚めた人間だ。
だから立花も、影人について説明したと言っていた。
だが、果たしてどこまで説明していいものか?
“影耐性”に目覚めたからと言って、必ずしも“影狩り”になる訳じゃない。
戦いが恐いなどの理由で一般社会へと帰っていく人も多いと聞くし、現状でどこまで話して良いのかが分からない。
……が、説明をはぐらかすというのも真城的には気が引ける。
“影狩り”になろうがなるまいが、真城達は同じ世界で生きている。
共に影人によって脅かされる世界を生きている。
戦う力を欲するか否か。というだけで、同じ世界を生きている人間という部分で違いは無い。
少なくとも阿久津は、本当に何も知らない一般人とは訳が違う。
影人という存在がいる事までを知ってしまっている以上、下手に“教えない”というのも何か危険な気もしてくる。
それを知りたいが為だけに、行動を起こさないとも限らない。
“好奇心は猫をも殺す”。
何も知らないというなら問題もないのだが、下手に中途半端に知ってしまった状態というのは、更に今以上を知りたいという好奇心を駆り立てる。
駆り立てて、行動し、その結果良からぬ事態に発展するのを避ける為、最低限の納得がいく程度には……教えてしまった方がいいのかもしれない。
「影人には成長過程と言いますか、その段階があるんです。今ここにいるのは“フェイズ3”と言って、自我を持った影によって人間の肉体と自我を乗っ取られてしまった状態なんですよ。だから身体に触れる事が出来る。阿久津さんが言っている“実体が無い”、“流動的な身体”というのは“フェイズ4”の事ですね。身体と自我を乗っ取った“フェイズ3”が成長し、その乗っ取った肉体までもが影と同化してしまった状態を影人を我々は“フェイズ4”と呼んでいます」
「へぇ……、そんな事が……」
「少し離れていて下さい。先に残りの影人を処理してしまうので」
真城は、捕獲しなかった残り五体の影人へと近づいていく。
“力”を発動して集束させ、白く発光する右手が出来上がる。
「殺すんですか……?」
「……そうですね。影人は殺します。……でも、影人に乗っ取られた被害者達は救えます」
その直後。
真城は影人に向かって右手を押し当てる。
影人の絶叫が響き、起き上がり、抵抗しようとするが逃がさない。
真城の“力”が触れた瞬間から、影人が纏う影が霧散して消えていく。
何度か右手を押し当てて、影人が完全に消滅し、人間に戻るまで繰り返す。
五体をほぼ同時に実行し、一分とかからずに終了する。
影人の意識が無くなって、倒れ込む身体を真城が影で支えてゆっくりと床に降ろしてく。
これでこちらのやる事は完了だ。
すぐに外に出るとしよう。
「それじゃあ行きましょうか」
「え、もう大丈夫なんですか?」
「はい。俺がここで出来る事はとりあえず終了です。後は外の影人を何とかしましょう」
……
階段を使って下に降り、真城と阿久津はようやっと外に出る。
急ぎつつ、寝ている不良達を踏まない様に気を付けて、どうにかこうにか移動した。
「大穴の向き的に……こっちか」
立花が下りて行った方角を目指して真城と阿久津は駆けていく。
廃ビルの裏側に広がる駐車スペース。そこから微かに、金属同士がぶつかり合う戦闘音が聞こえてくる。
駐車場所。
それが見える場所までやって来て、真城は目を疑った。
「――なんッ!?」
それはアスファルトの地面に倒れ伏す切矢と、それを庇う様に前に立ち荒く肩を上下する立花の姿だったからである。
二人は既に血まみれで、切矢に至っては意識があるのかすら怪しい状態にも見える。
まさか二人がここまで追い詰められる強敵がいるなどと、真城には理解出来ないものだった。
真城は辺りを見渡して、影人が見当たらない事に気が付いた。
暗くて見えない訳じゃない。
何度見ても、切矢と立花の周りには人影一つも見当たらない。
「ま、真城さん。あれ!!」
横にいた阿久津が上空を指さした。
真城はその先を目で追って、
「――ッ!?」
気が付いた。
影人だ。影人が空を飛んでいる。
「……何だ、アイツは?」
真城は目を細め、上空の影人を見やって呟いた。
あれは大谷ではない。見た事が無い影人だ。
しかもその影人は背中から大きな黒い翼を生やして空を飛んでいる。
あの翼はそういった能力か?
或いは影で翼を形成してるのか?
あれが。あの人物が、阿久津を取りにやって来た……“黒点”か?
影人について分かる事は現状無い。
しかし切矢と立花がマズイ事。負けている事はよく分かる。
今考えるべきは影人の事じゃない。
空を舞う影人が動き出す。
翼を大きく展開し、勢いよく羽ばたいた。
しかしそれは、影人が移動する為のものじゃない。
真城はその目でしっかりと捉えていた。
影人が翼を勢いよく羽ばたいたその直後、黒い翼から何か黒い針の様なものが放たれた。
あれは間違いなく攻撃だ。
動けない切矢と立花に向かって撃ち出したトドメの攻撃に違いない。
「阿久津さんは隠れていて下さい。俺はあの影人を何とかします!!」
そういって、答えを待たずに真城は飛び出した。
切矢と立花の下へと全力で駆けていく。
今が闇夜である事など関係無い。
多少目立つくらい問題ない。
真城は“力”を集束させて右手を白く輝かす。
そうして切矢と立花を守る様にして、影人の攻撃が飛んで来る射線上で右手を構えると出来得る限り打ち落とす。
しかしそれでも、完全に守り切る事は叶わない。
それどころか、“力”を纏っていて影を纏えない右腕以外を“影纏い”で防御していた
にも関わらず、その防壁を難なく突破され、真城の血飛沫が舞い上がる。
ブシュブシュと音を立て、真城の身体を貫通する。
「が……ッ、え??」
“力”を纏った右手を斜め上へとかざしていた為、奇跡的に頭や心臓などの命に直結する様な箇所に孔が開く事態は防げたが、それ以外の腕や脚、腹などに複数の小さな穴が開く。
「ごふっ……」
身体や口から血を吹き出し、真城も前のめりに倒れ込む。
身体が、思う様に動かない。
立ち上がれない。それどころか意識が混濁する。
真城が肉壁になったお陰で、その後ろにいた切矢や立花への被害は最小限で済んだようだが、それでも無傷とはいかない。
二人も真城と同様に、動かない。
或いは意識を保つので精一杯といったところだろう。
真城達がもう抵抗できないのを見て取って、影人が空から下りてくる。
開いた翼を折りたたみ、真城の右手に目を向ける。
「その“力”。なるほどね、君が真城か。“黒点”さんから聞いてるよ」
薄いオレンジ色のTシャツに黒色のパーカーベストを来た男性。
高校三年生ぐらいの見た目をした影人が、真城に声をかけてくる。
が、真城の返答を期待してはいないらしい。
男性はすぐに話し出す。
「納得したよ。それでアイツ等はこの選択を取ったのか。……“真城晴輝”を殺す為に」
別れを惜しむ様に、男性は天を仰ぎ見て……そうして再び真城へと目を向けた。
「残念だったね。いくらその“力”が強くても、その小さな手の範囲では俺の攻撃は防げない。俺がする攻撃は相手へ触れる面積が小さければ小さい程その貫通力を増大する。指一本あれば樹にだって穴を開けれる。俺の最大威力なら“黒鉄”さんの防壁だって貫ける。……まぁする意味は特に無いんだけれどね。つまりはそれだけの威力が出せるって事なのさ。君程度の影硬度じゃ俺の攻撃は防げない。避けるべきだったのさ。君も、そっちの女の子も。そうすれば今こうして倒れてない」
真城は声を発せない。
そう出来るだけの気力が無い。
男性は、今度は切矢へと目を向ける。
心底残念そうに見下して、
「切矢。まさか君がここまで弱いなんて思ってなかったよ。どうやら俺は、君を過大評価してたらしい」
そう言って、黒い翼を展開する。
「――ッ、黒ッ羽……ッッ!! お、れは……お前、を……ッッッッ!!」
声にならない声を振り絞り、切矢はなんとか言葉を繋いでく。
しかし男性は意に介さない。
どうでも良さげに嘲笑い、
「フッ……何? もういいって、喋らなくても」
黒い翼が後ろへと引いていく。
後は翼を前に振るだけで、真城達三人はまとめて死ぬだろう。
「バイバイ。――切矢」
まるで死刑宣告の様な冷たい声が木霊する。
それと同時に翼が大きく振るわれる、――その刹那の事だった。
響く小さな発砲音。
そして無数の弾丸が、男性の身体を打ち付けた。
「――ッ!?」
男性は影を纏っていた。
が、その影の防壁がひび割れて男性を後方に仰け反らす。
しかもそれだけで終わらない。
更に無数の弾丸が男性に向かって降り注ぎ、たまらず男性は空中へと飛び退いた。
勢いよく翼を羽ばたかせ、一瞬で上空へと舞い上がる。
しかしそれで、逃げられた訳じゃない。
男性を貫かんと降り注いだ弾丸が、上空へと逃げたはずの男性へと目掛け、軌道を変化させてどこまでも追尾する。
「――ッ、何ィ!?」
直後、無数の弾丸が男性の翼や身体に着弾し、男性の落下が開始する。
「こ、この攻撃、は……」
「……まさ、か」
真城と切矢は驚き、声を発した。
軌道を変える弾丸に、真城達は見覚えがあったのだ。
そんな事が出来る人物を、真城達は一人知っている。
その人物は……もしかして?
「呼ばれて来てみれば、何だこの状況は? なんてザマだ?? ……切矢」
声のした方向に、目だけを動かし確認する。
そこにいた人物は、真城も本部の“アイ”騒動で知り合った、――天道秀才、その人であった。




