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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第33話 『姫川の策略』



 病院。

 その廊下を九条蘭(くじょうらん)は歩いていた。

 今しがた“影狩り”本部へと定期的な連絡や指示を終えて病室へと戻る最中だ。


 九条にはやる事が沢山ある。

 その内の一部。病院内でも出来る仕事を片付けて本部へと送信し、また口頭で伝えねばならない指示や連絡をする為に一時的に病室を離れていた訳だ。

 いくら特別に、病院に泊まれているとはいっても通常の患者もいる場所だ。


 郷に入っては郷に従え。

 ここでは病院のルールに従うのが第一だ。


 九条は目的の病室へとたどり着く。

 この病室に今いるのは、立花ひなたという“影狩り”の少女である。


 影人、姫川からの襲撃で重傷を負ってこの病院へと運ばれた。

 現在は治療も終了し、安静にしている状態となっている。

 立花は今も意識が戻ってない。

 

 九条がこの病室にいるのは、そんな状態の立花を守る為である。

 今の弱った立花を影人が襲撃しないとも限らない。そういった理由から、九条が護衛として控えている訳である。


 九条は静かに扉を開けると病室の中へと入っていく。

 未だ眠っている立花を確認する目的だ。

 もしも意識が戻ったなら、一度医師に連絡をいれる事になっていた。


 しかし。


「……え?」


 目の前にあった光景に、九条は目を丸くした。

 その状況を理解して、九条は言葉を失った。


 病室はもぬけの殻。

 投げ出された掛け布団と、扉が開いたままのタンスだけ。

 タンスの中に入れておいた立花の私物も消えていた。


 目を離したのは数分程度。

 しかし警戒は緩めていなかった。

 悪意や殺気といった気配を、何一つ感知しなかった。


 一瞬、九条が席を外している間に襲撃があったのか?

 そうも考えたが違うらしい。

 部屋に争ったような跡は見当たらない。

 それに襲撃であるならば、わざわざ立花の私物まで持ち去るのは不自然だ。


「……まさか」


 九条は一つの考えへと思い至った。

 というか寧ろ、それ以外の選択肢も無いだろう。


「波嵐市に、切矢さん達の所へと……?」



…… ……



 影の巨人、その右腕が伸びていく。

 真城を圧し潰す勢いで迫り来る。


 だが真城は放心した様に佇んだまま動かない。

 抵抗する意思も無いままに、影の巨人の右手が真城の身体に衝突する。


 ズガンッッ!!

 バキバキバキッッッ!!!!

 と音を立てて真城が壁にめり込んで、それでも勢いは止まらずに壁がひび割れていく。

 直撃と同時、廃ビルが轟音を立てて振動する。


「……ガッ、……ハッッ!!!?」


 呻く真城へ、それでもなお力が込められる。

 ギリギリと、真城の身体を握り締め……鴨平が勝ち誇った様に高笑う。



「……く、そッ!!」


 “フェイズ5”は救えない。

 例え真城の“力”でも、確実に殺す事になる。

 今の真城の力量では、絶対に助ける事の出来ない領域だ。


 真城の戦う理由。

 真城が“力”を使うのは、人を救いたいからだ。

 人を殺す為じゃない。

 殺したい訳じゃない。


(一体、……どうすればいいのだろう?)


 薄れゆく意識の中で、真城は深く考える。



 神崎だって言っていた。

 牢獄部屋で見た“フェイズ5”に真城が“力”を試したいと行った時。

 『今の真城君の“力”であの人達を救うのは無理だろう』とキッパリと。

 『そんな状態の“力”では、“フェイズ4”の更に上の“フェイズ5”なんて到底救えないんじゃないのかい?』とそう言った。


 それには真城も同意見。

 “フェイズ5”なんて相手は現状お手上げだ。

 試す以前の問題だ。


 本来であるのなら、まずは“フェイズ3”の影人から被害者を救い出す。

 完全に後遺症無く助けられる様になる事が最優先。

 それが出来る様になってから“フェイズ4”となった人間を救う事が出来るのか?

人間に戻す事が出来るのか?

 といった流れになっていき、実践と試行錯誤を繰り返し“フェイズ4”となった人間を救う方法を模索する。

 そして救えると分かればそこから更に後遺症を無くす方法を考える。

 ……“フェイズ5”なんてのは、更にその後なのだ。


 助けられる可能性があるのなら、真城は構わずにするだろう。

 こんなにグダグダと悩まずに、とっとと“力”を使うだろう。


 だが今回は……その可能性すらゼロである。

 理論上は出来るはずという、そういった次元の話でしかない訳だ。


 殺してしまう。

 自分では救えない。

 助ける事が叶わない。

 そういった思いを噛みしめて、それでも殺すしか現状出来る事は何も無い。

 覚悟を決めて進まねば、ここで真城が死ぬ事になるだろう。



 真城は死ねない。

 死ぬわけにはいかない。

 まだこんな所では終われない。


 助けを待っている人がいる。

 “影人化”して苦しんでいる人がいる。

 真城がここで死ぬような事があったなら、そういった人々を救えなくなってしまう。

 それだけは……絶対に勘弁だ。


 切矢とだって約束をしている。

 友人を助けると、真城は確かにそう言った。

 それさえ叶えれぬままに、終わる事なんて許されない。



「――ッ、」


 真城は覚悟を決めて目を開ける。

 倒すべき相手を睨みつけ、真城は“力”を発動する。


 “フェイズ3”と戦って、真城の現状の“力”では人を助ける事は出来ても後遺症までは完全に消す事が出来ないのだと理解して。

 それでも“フェイズ3”に“力”を使うと決めた時。

 真城には決意した事があったのだ。


 真城の“力”。

 そのメリットとデメリットを知る為に、少しでも多くの“結果”を増やす事。

 そして、そうして手に入れた結果と犠牲を無駄にしない。

 その結果と犠牲を糧にして、なるべく早くこの“力”の使い方をものにするのだと。


 どの道この先、真城が“力”を完全に使いこなすまで、様々な犠牲があるだろう。

 “力”で救済したとして、後遺症を出さずに完治させられる人間がどれだけいるのだろう。

 そういった犠牲は、避けては通れない道のりだ。


 犠牲自体は仕方がない。

 それを糧にして、次へと活かせばいいだけだ。

 犠牲にした人数よりも多くの人間を真城が未来で救えばいい。


 “フェイズ3”。

 “フェイズ4”。

 “フェイズ5”。

 症状の悪化具合が違うだけ。

 影人という点は共通だ。


 例え相手が“フェイズ5”でも、何かしら“フェイズ3”の人間を後遺症無しに救い出す手がかりが……何かしらあるはずだ。

 真城はそれを、見逃さなければそれでいい。

 これから斃す“フェイズ5”全員の犠牲も無駄にしない。



 視界を埋め尽くす程の眩い閃光が迸る。

 それにより、真城を握り締めていた影の巨人の手が緩む。

 すかさず真城は右手に“力”を集束させていき、掌のみを白く発光させると追撃で“力”を押し付ける。


「――、何!?」


 鴨平が驚きの声を上げる。

 その顔を、“まさか真城が抵抗するなんて”といった表情で歪ませる。


『ぎゃああぁぁぁぁあああ!!??』


『いだぃぃいいいいいい!!!!』


 真城が触れた場所を成していた“フェイズ5”の影人達が悲鳴を上げて悶絶する。

 影の巨人の右手部分がボロボロと崩れてく。

 真城の“力”を押し付けられ、触れられた部分が霧散して消えていく。


「何のつもりだ!! そんな事をすれば影人は……影人に乗っ取られた人間は、助からない!! お前が殺す事になるんだぞ!?」


 怒鳴り声を上げる鴨平を睨みつけ、真城は一歩前に出る。


「……それも仕方のない事だ。俺はこの犠牲を無駄にしない。絶対にこの経験をも糧にして、必ずこの“力”をものにする。それが俺に出来る……犠牲にする人達への償いだ!!」


 真城は鴨平が潜むであろう地点を指さして、力強く宣言する。


「お前も必ず糧にする。行くぞ!! “フェイズ4(鴨平)”!!」


「クッッソ、がぁぁあああああああ!!!! こんのぉ偽善者風情がぁぁあああ!!!!」


 影の巨人が大きく蠢く。

 無くなった方の右腕を引っ込めて、左腕側を振り回す。

 そして崩れて分離した“フェイズ5(影人)”達も真城へ向かって襲い来る。


「行けェ!! 殺せェ!! “真城晴輝”をぶっっ殺せェェ!!!!」


「俺は負けない。俺は死なない。お前たち影人から人々を守り抜く!! “影人化”した人達も、いずれ俺が救い出す!!」


 白く発光する右拳を握り締め、真城は影人の群れ。影の巨人へと向かって走り出す。

 影の巨人(鴨平)と真城が正面から衝突する。


 力と力が激突する。



…… ……



「さぁて、どうなってくれるのかしらねぇ……。私の一人勝ちっていうのが一番美味しいシナリオなんだけれどもなぁ~」



 そう言って、ほくそ笑んだ姫川が立つ屋上に、一つの人影が舞い降りる。


 その気配を察知して、姫川はその方へと目を向けた。

 “黒鉄”が到着しかのかと思ったがそうではない。

 纏う気配が“黒鉄”とは似ても似つかない。


 振り向いて、そうして目に飛び込んできた者は……。

 夜風に黒く長い髪をなびかせる、“猫の面”を被った一人の少女。


「……見つけた」


 呟く少女の声を聞き、


「アンタ、まさか――」


 姫川は、一つ合致した声の主を思い出す。


 だが“あの時”とは声の質がまるで違う。

 声は確かに同じであるにも関わらず、抑揚のない話し方。

 一切の感情が感じ取れない、平坦な声であったのだ。


「……へぇ、あれだけの傷でまだ動けたの。私はてっきり、もう死ぬんだと思ってた」


 それはこの街に侵入してきた“影狩り”の内一人。

 姫川が襲撃して勝利した。血の海に沈めた女の子。


 立花ひなた、その人であった。


阿久津遼汰(あくつりょうた)は、返してもらう」


「無理無理。絶っ対に無理だって。だってもう……私のなんだから」


 立花と姫川が向かい合う。

 睨み合い、一気に距離を詰めていく。

 そうして戦いが開始する。



……



 カチカチカチと音を立て、立花が手に持ったカッターナイフの刃を伸ばす。

 それに対して姫川は、スカートのポケットに手を入れただけだった。


 立花は構わずに姫川に向かって駆けていく。

 カッターナイフに纏わせた影が伸びていき、刀身が二倍以上に変化する。

 姫川へと接敵し、カッターナイフで切りかかる。が、


「おっと、――なんてね」


 しかし切りかかった刀身が、姫川の身体をすり抜ける様に通過する。

 影で出来た刀身が、姫川の流体と化した肉体を抜けていく。


「!?」


「あれぇ? 私が“フェイズ4”だって事、アンタ知らなかったっけ? 忘れてた? ……それともそんな余裕もなかった、か」


 思い出したかの様にハッとする立花へ、姫川が手を振った。

 それは先程スカートのポケットへと入れていた方の手であった。


 立花へ向けて、何か光る物が飛ばされた。

 それはオリジナルのアクセサリーなどを作る時に使う素材。ガラスや鉱物で作られたビーズの様な物だった。


「――ッッ!?」


 その刹那、立花に向かって放たれたビーズが目の前で爆発する。

 爆破点を中心にして直径1m程の爆炎と熱風を撒き散らす。

 そしてそれに連鎖して、他のビーズも爆発する。


 範囲自体は広くない。しかしその熱が問題だ。

 撒き散らされる熱量は、軽く肌に触れただけでも十分に火傷の危険があるものだ。

 爆発時の衝撃や飛んでくる破片などは影の防壁で防げても、熱ともなればそうもいかない。

 下手な箇所に直撃でもすれば、致命傷になりかねない。


 立花は急遽、全力で熱風の中を移動する。

 わき目も触れず、ただその場から離れる事に専念する。


「ケホッ、コホッ」


 咳き込みながら、喉を焼かない様に口元の面を手で押さえつつ、爆炎からの脱出に成功する。

 床を少し転がって、服についた火の粉を払いつつ起き上がる。

 この爆発が、姫川の能力であるのだろう。

 爆炎から脱出した立花へ、再び姫川がビーズをいくつか投げてくる。


「……だったら」


 あのビーズは爆発する。

 あまり広範囲に撒かれれば、非常にマズイ事になる。


 立花はすぐさま移動を開始する。

 態勢を立て直し再びカッターナイフを振り回す。

 立花に向かって投げられたビーズを振り払い、爆発するより先に別の場所へと飛ばしてく。そうして一気に踏み込んで、姫川の脇を抜けていく。


「は? ……ちょっと!!」


 立花の目的が姫川でない事を悟って、姫川は怒り声を上げる。

 が、それを立花は意に介さない。

 立花は素早く倒れている阿久津を回収して距離を取る。



「大丈夫? しっかりして」


 軽く揺すって阿久津の反応を確かめる。

 息はある。怪我はしているが大きな傷は無いようだ。

 眠っているだけに見えるが、しかし起きる気配も無い。


「何をしたの?」


「私は何もしてないわよ? やったのはアンタのお仲間さん」


「そう、分かった」


 言われて立花は納得する。

 大方“睡眠ガス弾(睡眠玉)”でも使用したのだろう。

 今回の任務では影人に関わっている一般人が多くいたに違いない。


 入院中の立花の荷物から“睡眠ガス弾(睡眠玉)”が消えていたので、もしかしたらとも思ったが……何やら事情があったらしい。

 眠っていた立花では色々と事情を察する素材が足りないが、“睡眠ガス弾(睡眠玉)”を意味も無く使う二人でもないはずだ。

 

 今はとりあえず、立花に出来る事をするとしよう。

 戦いに巻き込まない様に、屋上の隅に阿久津を寝かせると立花は姫川に向き直る。

 この影人を処理する事。それが今の立花に出来る事。


 相手が“フェイズ4”だというのなら、こちらも全力で戦える。

 こちらが本調子ではない以上、最初から全力で一気に決めるのがいいだろう。


「ねぇ、早くその子から離れなさいよ。私だって巻き込みたくはないんだからさぁ。折角の手土産を殺す訳にもいかないし」


 そう言って急かしてくる姫川に頷いて、立花は持っているカッターナイフの先端の刃に手を添えた。……その時だった。


「あれ……? ここは」


 寝かせた阿久津が声を発した。

 どうやら目が覚めたらしい。


 眠りの原因が“睡眠ガス弾(睡眠玉)”によるものであったなら、そう簡単に起きるはずもないのだが……或いは、ガスを少ししか吸ってなかったか。


「……立花、さん?」


 虚ろな瞳が立花を捉えると、次第に焦点が合ってくる。

 そうして辺りを見渡して、阿久津は現状を理解して、再び立花で目を止めた。

 立花の被った“猫の面”。それには見覚えがあったのだ。


「どうして立花さんがここに!? 血は、怪我は大丈夫なんですか!?」


 阿久津が最後に見た光景。

 それは立花が血の海に沈んで動かなくなっていく、そんな状態であったのだ。

 あの状態で動けるなど、とてもじゃないが思えない。


「本当に、大丈夫ですか!?」


「うん、問題ない。あの後、病院で治療した」


「そう、ですか。ちゃんと病院に運ばれて、……良かった」


 立花の無事を確認し、阿久津はようやく安堵する。

 あんな状態の立花を放置して、阿久津は連れ去られてしまったのだ。

 心配しない方が嘘である。


「それにしても、どうやってここまで。……場所だって分からない、はずで」


「貸しておいたメガネがあったでしょ? あぁいう物には紛失防止で専用のGPS機能みたいなものが付いててね。専用端末で位置情報が割り出せるようになってるの。今回はそれを頼りにここまで来た。……まさかあのメガネがこうして役に立つなんて思ってもみなかったけど」


 立花が言うメガネとは、“死神”が見えるのを嫌がっていた阿久津へと渡していたアイテムの事である。

 言われて阿久津は無意識にポケットへと手を伸ばす。

 すると確かに、ソレはポケットに入っていた。


「心配しないで」


 今度こそ姫川へと向き直る。

 カッターナイフの先端の刃に手をやって、折れ線に向かって力を入れていく。

 そうしてパキッと先端の刃をへし折った。


 纏わせた影が、カッターナイフの先端から伸びていく。

 そうして影の鞭を作りあげ、更にその鞭の先端で折った刃を捕まえる。

 影の鞭の先端で、折った刃が更に影を纏うと拳大の球体に成っていく。

 出来上がったもの。それはいわゆる鎖付き鉄球(モーニングスター)のようなものだった。


「すぐに、――終わらせる」


 拳大の球体をブンブンと振り回し、立花は姫川へと向かって駆けていく。

 そしてそれに答える様にして、姫川はビーズをばら撒いた。


 戦いが激化する。


 鎖付き鉄球(モーニングスター)を振り回し、ばら撒かれたビーズを根こそぎ弾き飛ばしてく。

 立花の鎖付き鉄球(モーニングスター)が姫川のビーズに触れた瞬間、ビーズは爆発し爆炎と熱風を撒き散らす。

 が、その時には既に立花はそこにいない。

 爆炎と爆風が届かない所まで、十分な距離を取っている。


 姫川がビーズを投げつける。

 しかしそれを立花は一つずつ打ち落として対処する。

 状況は立花が有利な様に展開する。

 


 いくつものビーズを打ち落とされて、姫川は舌打ちする。


(はぁ、マズったなぁ……。こんな事ならあの部屋から出てくるんじゃなかったなぁ)



~   ~   ~   ~   ~



 姫川の能力。

 それは無機物を爆弾に変化させ、自在に爆破出来るというものだ。

 生物には使えないが、それが無機物であるのなら大抵の物は爆弾として武器に出来る強能力。

 ビーズなど小さいものであるならば、触れてすぐ爆弾化が可能である。


 しかしそんな姫川の能力にも、欠点はある。

 それはあまりにも大きい物であった場合、爆弾化に時間がかかるか、そもそも爆弾化出来ないかの二択となる点だ。


 例えば、ビルの壁や床などは爆弾化することが不可能だ。

 それは単純に壁や床が広範囲の代物であるという点と、壁や床が“ビル”という一つのカテゴリとしてみなされてしまう為である。



~   ~   ~   ~   ~



 元々、姫川が隠れていた部屋の中にあった代物は、そのほとんどを爆弾化させていた。

 “影狩り”がその部屋に入った瞬間に爆破し、仕留める予定であったのだ。


 しかしそれを姫川自身が放棄した。

 私利私欲の為に自身に有利な場を離れて移動した。

 結果、不利となっていた。


 ポケットに手をやって、残りの残弾(ビーズ)数を確かめる。


(残りは……一握り分、か)


 ここで逃げる選択はありえない。

 折角手に入れた“影耐性”持ちの人間を、取り返される訳にはいかないのだ。


 姫川は掴んだ一握りのビーズを取り出して影を纏わせる。

 ビーズ一つ一つを影のモヤが包み込み、百円玉サイズの影の球体が出来上がる。


 百円玉サイズの影の球体。

 それが一握りのビーズの数だけ出来上がり、姫川の“影操作”で空中に自在に浮遊する。


「こうすれば、アンタだって対処出来ないでしょ?」


 そうして立花を指さして、


「丸焦げにしてやる」


 一気に球体を射出する。


「――ッ!!」


 爆炎が広がる。

 熱風を撒き散らす。

 その中で、立花は無数の球体と格闘する。


「そらそら、そらそらそらそらァ!!」


 爆発する影の球体が縦横無尽に空中を飛び回る。

 立花を追って立体的に駆け巡る。



 対して立花は鎖付き鉄球(モーニングスター)を振り回す。

 少しでも爆発の前兆を悟ったら、全力でその場から離脱する。

 しかしそれでも、次第に肌を炙られる。


「この……」


 ポタポタと流れる汗に混じって、赤い液体が少しずつ服を汚してく。

 それは立花の血であった。

 爆発が直撃した訳ではない。

 破片がぶつかった訳じゃない。

 しかし爆発を避ける為、激しい動きをした事で治療した傷が開いてしまったのだろう。


 元々、縫って塞いだだけの傷。

 完全な治癒は出来ていない。

 そんなのは当然だ。

 何せあの怪我からまだ一日として経っていないのだ。


 荒くなる息遣い。

 しかしそれでも、傷を庇う様な動きは起こさない。

 痛みなど気にしてないと言わんばかりに、普通の動きをして見せる。


「立花さん!! ……血が!? ……やっぱり無理してるんじゃ」


「大丈夫。問題ない。……すぐに終わるから」


 血を見て焦る阿久津を立花は制止する。

 視線は姫川へと向いたまま、立花は宥めるようにそう告げる。


「アンタさぁ……、その傷でよく動けるねぇ」


「……、」


「やせ我慢? それとももう痛みすら感じない程に感覚が麻痺してる? まぁ別にどちらでもいいわね。……早く死ねば楽になるのに。……あぁそうか、アンタも殺しちゃまずいのか。――私の優しさでアンタも一緒に“黒点”様の下へと送ってあげようか?」


 立花は空中を飛び回る球体を回避して、姫川に向かって接敵する。

 対して姫川は更に球体を増やして操作する。



 立花と球体が激突する。

 そうして爆炎と爆風を撒き散らす。

 が、その中でいくつか爆発せずに霧散する球体を見て取った。


(……? あれは爆発しなかった……?)


 何度か球体を打ち落として確かめる。

 するとやはり、爆発するのとしないものがある様だ。



(もう気付いた、か)


 立花の反応を見て取って、姫川は内心で舌打ちする。

 だがそれでも、姫川は手を止めない。

 立花が打ち落とした分の球体を再び姫川は作り出す。


 残弾(ビーズ)数は限られる。

 残弾(ビーズ)数が増える事は二度と無い。

 それはつまり爆発する球体も、これ以上増える事が無い。


 だがそれを、立花(相手)には悟らせない。

 こちらの手の内がバレたなら。

 残弾(ビーズ)数が少ない事がバレたなら。

 それは立花(相手)に付け入られる隙になる。


 だから姫川は偽装する。

 “ビーズ(爆弾)入りの影の球体”の中に、何も入っていない“只の影の球体”を織り交ぜて、全てが“ビーズ(爆弾)入りの影の球体”であるかの様に見せかける。


 爆発する球体としない球体。

 仮にそれがあるという事は分かっても、立花(相手)にはそれがどれなのかは分からない。

 分からないから結局、立花(相手)は全ての球体を警戒して対処する。せざるを得ない状況を作り出す。


 これは言わば“影耐性”を持つが故の欠点と言えるだろう。


 もしも“影耐性”が無いのなら、影の変化に気付けない。

 影の変化に気が付けないという事は、数ある影の球体の……どれにビーズ(爆弾)が入っているのかを考える必要なんて無い。

 何故なら影の球体など見える訳がないのだから、空中に何故か浮遊するビーズだけが見えるのだ。


 ……だがそんな状況も、“影耐性”を持つが故に気が付けない。

 どこにビーズ(爆弾)が隠れているのかも分からずに、全て同じ影の球体としてしか視認する事が出来なくなっているからだ。



 姫川は更に影の球体を量産する。

 これだけ増やせば、そのどれが爆発するかも分かるまい。

 立花を球体で包囲して、立花が意識する隙間を縫う様に爆弾を送り込み、そうして一気に焼いてやる。



 姫川が操作する球体を、立花目掛けて射出する。

 立花の全域を埋め尽くす勢いで、大量の球体が殺到する。


「――ッッ」


 立花は息を呑む。

 殺到する全ての球体を警戒し、爆発に備えて鎖付き鉄球(モーニングスター)を振り回す。

 飛び回る球体。その一挙一動を見逃さない。

 立花は一歩踏み込むと目の前の敵、姫川の姿を睨みつける。

 意を決して、球体の群れに飛び込……もうとしたその瞬間、


「そのまま真っ直ぐ突っ込んで!! 正面には爆発する物がありません!!」


 阿久津の大声が耳に届く。


「――ッ!!」


「――ッッ!!!?」


 立花はその声に従った。

 阿久津の言葉を、寸瞬の迷いなく聞き入れた。


 対する姫川は顔を引きつらせて驚愕する。

 何故、目の前に配置した球体にビーズ(爆弾)が無い事がバレたのか。

 それが理解出来なかったからだった。

 阿久津も“影耐性”を持っている。

 であるのなら、ビーズ(爆弾)の有無を知る事は不可能なはずだった。


 直後、立花は踏み込んで球体の中に突っ込んだ。

 振り回す鎖付き鉄球(モーニングスター)のその先端。

 拳大の球体の中心に埋め込まれていた、カッターナイフの折れた刃が勢いよく回転し、その動きに沿う様に拳大の球体が回転する円盤の様に変化する。

 円盤の周りにはギザギザとした刃が作られて、最終的に鎖付き回転ノコギリとしか呼べないものに成り代わる。



 姫川は反射的に阿久津の方へと目を向ける。

 そうして姫川は気が付いた。

 阿久津が、黒縁のメガネをかけている事に。


 その原理は分からない。

 しかしあのメガネはもしかして……“影耐性”というフィルターを除外しての視認が出来るアイテムか?

 何故、阿久津が……そんなものを持っている??



「――覚悟しろ」


 気付いた時には遅かった。

 既に立花が、目と鼻の先にまで距離を詰めている。

 今からの操作では、立花をビーズの爆発に巻き込めない。


「くっ……!!!!」


 こうなれば最終手段を使うまで。

 出来れば使いたくはなかったが、命には代えられない。

 姫川自身が纏っている、衣類を爆弾化・爆発させて退避する。


 “フェイズ4”の身体なら爆炎や爆風などは受け付けない。

 全て通過し、効果が無い。

 この爆発で……出来る限り立花を。


「これでも――ッ」


「――遅い」


 立花が鎖付き回転ノコギリを振り回す。

 姫川が衣類を爆発するよりも速く、回転ノコギリで切りつける。

 何度も何度も。

 この隙を逃すまいと、連撃で畳み掛けていく。

 姫川が影として流体化する隙さえ与えない。


「こ、こんな……はずじゃ」


「これで、お終い」


 トドメの一撃を振り下ろす。

 回転ノコギリが姫川の身体を真っ二つに引き裂いた。


「こん、なぁ……クソガキにぃぃいいい!!!!」


「バイバイ。おばさん」


 姫川の身体が四散する。

 空気に溶けていく様に、影の身体が霧散する。

 跡形も無く、消えていく。


 姫川を、撃破した。

 立花と姫川の戦いが、今こうして終結した。



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