第32話 『騙し合い』
「輪縞達を擁護する訳じゃない。輪縞達がやった事は許されるようなものじゃない。……だが、輪縞達がそうなる切っ掛けを作ったのはお前だろ!! 自分がやった事を棚に上げて、他人を碌な奴じゃないとか言うんじゃねぇ!!」
「助ける価値が無いのは事実だろ?」
「そんな訳がないだろ!! ……やった事は許されない。でも、それが“助けなくていい理由”になんてなるものか!! 罪の有無で助けるかどうかを値踏みするんじゃねぇ!! それじゃあ、“いじめられる側にも問題がある”なんて言っていじめを傍観する人達とやってる事が変わらない!! いじめに加担する人達と同じだ!! 仮に、本当に被害者側にも落ち度があったとしてもだ。それを理由に『じゃあいじめていい』なんて流れになって良い訳がないんだよ!! いじめていい、見捨てていいなんて……そんなのは論外だ!!」
「へぇ……助けたいの。死んだって良い奴らなのにね」
「例えどんな奴らでも、命は命だろ!!」
真城は拳を握り締め、攻撃を再開する。
「……まぁいいか、別にこんなどうでもいい話をした理由はちゃんと達成したんだし」
「……!?」
突然の事だった。
真城と鴨平を覆っていた黒煙が、その色を無くしてく。
黒煙の持続時間、五分強を過ぎたのだ。
(しまった、もう時間が経ったのか!!)
“煙玉”が効力を失って、黒煙のドームが維持出来ずに崩壊する。
こんな事になるのなら一つと言わず、もっと沢山の“煙玉”を持ってくるべきだった。
わざわざ鴨平が稲守の話をしたのには、“煙玉”の効力が消えるまでの時間を稼ぐ目的があったのだ。
鴨平が稲守や輪縞達の話のみならず、“波嵐卍進”の設立などという部分から話し始めた時点で察するべきだった。……もっと急かすべきだったのだ。
真城は急いで身を翻すと、社長室の入り口へと向かう。
そこには黒煙の壁に押しのけられた不良達が大勢いる。
もしもまた鴨平の“影の塊”を付けられて操作されたら面倒だ。
「守り切れるかな? 助けられるかな?」
ニヤリと笑った鴨平が手を伸ばす。
掌に、いくつもの“影の塊”が出来上がる。
「く……っ!! 鴨平ァ!!」
鴨平の名を、怒りのままに叫ぶ。
そうして放たれた“影の塊”から不良達を、身を挺して庇う様に大の字で立ちふさがる。
「……ぐ、この!!」
いくつかの“影の塊”は真城に阻まれ停止するが、そのいくつかは真城をすり抜け不良達へと付着する。
そしてその直後、不良達がビクンッと身体を脈打ってゾンビの様に動き出す。
「ほら、どうした? 守れてないぞ? また俺の手駒が増えたぜ?」
どうして鴨平は戦わない。
自分の身体で戦わない。
一般人を利用して、まるで自分の道具か何かの様に振舞って……。
それでいて、ニヤニヤと笑っている?
「……ッ?!」
真城の身体に電流のようなものが走り抜けたその直後、真城自身の身体が意に反して動き出す。
(……こいつッ、俺の身体まで!!)
念の為、全身を“影纏い”で守っていた。
そうすれば問題ないのだと、そう思っていたのだが……どうやらそうではないらしい。
鴨平の“能力”は、影で作った防壁さえも突破する……?
“アイ”の暴走で、どうして一ノ瀬が倒れたか。
その倒れた理由、仮説から……或いは“影纏い”の防壁を貫通する“能力”もあるのでは? といった予想を立てていた。
が、実際に“それ”を目の当たりにして舌打ちする。
嫌な予想が的中してしまった事に歯噛みする。
(こ、この!!)
真城は慌てて“能力”を使用する。
完全に肉体の支配権を奪われる前に、大量の光を放出する。
十秒ほど経過して、そうして“影の塊”が消え去って、身体の自由が戻ってくる。
それと同時、真城の後ろにいた不良達も再びドサドサと倒れていく。
もう二度と、こいつらを使わせない。
鴨平の都合のいい玩具になどさせない。
真城は悪いとも思いつつ、入り口で倒れ伏す不良達を一気に蹴り飛ばして社長室から退出させると、そのまま両開きの扉を閉扉した。
そしてリュックから“影牢”……という名の手錠を取り出すと、その両端を扉の取っ手にかけて扉を完全に施錠する。
手錠としての用途とはまるで違うが……こうしておけば最悪、外に蹴飛ばした不良達が再び操られるような事があっても、この扉を突破するのはそうそう無理だろう。
ここまでして、ようやく真城は向き直る。
鴨平を睨みつけ、一対一で戦える事に安堵する。
「もう何も、お前を守るものは無い!! 決着をつけるぞ!! 正々堂々、勝負しろ!!」
「嫌に決まってるじゃん。……そもそもさ、お前の“力”が相手だと接近戦は分が悪い訳よ。わざわざ負けに行くとか馬鹿でしょ? 俺は当然、自分に有利なポジションを崩さない」
鴨平はひらひらと手を振って、真城の申し出を断ると歩き出す。
「お前を殺す瞬間さえ俺は自分の手を汚すつもりは無いし、お前に近づくつもりも無い。全部俺の駒達に任せるよ。これはお前の“力”を警戒すればこその対応さ。……あ、そうだ。良い事を思いついた。輪縞達にやらせてみようかな。お前を気絶でもさせた後にじっくりと、アイツらに今度こそ間接的ではない“人殺し”を体験させてやろう。上手くいけばそれでアイツらも“影人化”が出来るかな?」
口角を吊り上げて歪に笑う鴨平が、そんな事を言ってくる。
と同時には、真城は既に駆け出していた。
距離を取ろうと必死な様だが関係無い。
何が“自分に有利なポジション”だ。
鴨平に近づく意思が無いのなら、こちら近づいてやればいい。
こんな距離、真城には無いも同然だ。
「もういい加減口閉じろ!! もう打つ手は残っていないだろ!! お前の負けだ!!」
“力”を集束させた拳を握り締め、鴨平へと接敵する。
今度こそ、真城と鴨平を隔てるものは何もない。
誰に邪魔される事も無く、鴨平に“力”を当てられる。
……そう思っていたのに。
その直前で真城の視界を覆う程の巨大な影の壁が出現する。
だが、所詮は付け焼刃。
鴨平の最後の足掻きだろう。
そう思い、真城は足を止めずに突っ込んで、影の壁に右拳を打ち付けた。
パァン!!
と弾ける様な音がして、影の壁が右拳に触れた場所を起点として崩れてく。
だが、真城は殴った壁の感触に違和感を覚えてすぐに拳を引っ込める。
何だ? そう思うより早く、変化が先に訪れた。
「ぎゃああぁぁぁああああ!!!!?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
「助、げて……ぐれ。じにだぐ……ない、よ」
壁から上がる、耳をつんざくような叫び声。
藻掻き苦しむ、人々の呻き声が木霊する。
うねうねと真城の“力”から逃れる様に影の壁が蠢いて、ボトボトと剥がれ落ちていく。
「何なんだよ……ッ、一体!?」
足を止め、困惑し、言葉を失う真城をよそに、鴨平は淡々と呟いた。
「確かに少し遊び過ぎたのは失敗だった。余興はそろそろ終わらせて、俺も本気で行くとしようかな」
蠢く影の塊が、鴨平を守る様に集っていく。
それらは虚ろな目をした影人……の様だった。
しかしそいつらは人の形を保ってない。
身体の一部がドロリと形を失って、まるで黒いスライムをぶちまけたかの様にグジュグジュに溶けている。
……真城はその存在に、見覚えがあった。
それは“影狩り”本部の中で隔離された牢獄部屋。そこで目にした……、
「……“フェイズ5”」
末期状態の影人であったのだ。
「知ってるか? “影世界”の深影二層には昔大量に生まれた“フェイズ5”どもが彷徨っている事を。俺もあの“厄災”程ではないけれど、そんな“フェイズ5”を自在に操る術を持っている。“フェロモン”とでも言えばいいのかな? まぁともかく、俺はその“能力”で無意味に徘徊する“フェイズ5”どもを集める事が出来るのさ」
「……何だと?」
「しかもそれだけじゃない。俺の“生体電気を操る能力”と併用すれば更に細かい命令も思いのまま。その点においては“厄災”さえ超えていると言えるだろう。……こうなる結果も予想して、あらかじめ“影世界”で集めて来といて良かったぜ」
笑顔で真城に向けて呟いて。
「お前、“助けたい”んだったよな? “フェイズ3”までならお前の“力”で救う事が出来るみたいだが……果たして“フェイズ5”はどうかなぁ??」
煽るように、言葉を真城にぶつけてく。
「ほら、痛がってるぞ?? 助けてくれって泣いてるぞ?? どうした? 早く助けてやらないの?? アハハハハッ!!」
真城は拳を握り締め、一歩目を踏み出すも集まる“フェイズ5”の「死にだぐない!!」、「助げでぇ!!」といった鬼気迫る言葉を受けて後退する。
前回の任務。
助けられると思って振るった“力”で、救えなかった記憶が甦る。
“フェイズ4”の身体が跡形も無く霧散して消えたあの光景が、何度も脳裏をフラッシュバックして真城の動きを阻害する。
“フェイズ4”さえ救えなかったのに“フェイズ5”が救えるはずがない。
また『殺してしまう』、『自分では救えない』といった感情が精神を蝕んで、真城は怖気づいてしまう。
動け。前へ進め。
……と、そう分かっているのに身体が言う事を聞いてくれない。
今回斃すと決めていた“フェイズ4”とは訳が違う。
一体どれだけの“フェイズ5”が犇めいているというのか。
これだけの数の人間を全て殺さなければならない……と?
「助けられないと手が出せない?? なら、こういうのはどうなのよ!!」
鴨平を中心として集っていた“フェイズ5”が一斉に鴨平を飲み込んだ。
飲み込んで、一つの大きな塊に……巨大な人型の様になっていく。
それはまるで影の巨人。
床から天井までの高さからして、頭のてっぺんから足のつま先までとはいかずに上半身だけの人型ではあるものの、しかしそれから受ける威圧・脅威は変わりない。
呼吸を荒くしてその光景を見ている事しか出来ない真城へと、鴨平の声が届く。
ゲラゲラと大笑いしながらも、勝ち誇った口調で言い放つ。
「お前のその顔が見たかった!! 見たかったんだよ、俺はよォ!!!!」
~ ~ ~ ~ ~
……ずっと、気になっていたんだ。
“真城晴輝”とかいう存在が。
“黒点”から説明を受けた時からだ。
そいつの持つ“能力”が影人の弱点で、且つ――“影人化”した被害者を救える可能性を秘めた“能力”なのだ、と知った時からだ。
なんでも “真城晴輝”という存在は、望んでその“力”を欲した様だ。
“灰”と呼ばれる輩から、自身の影と引き換えに得たらしい。
何故だ?
俺はそう思った。
何故自分の影と引き換えに、他人なんかを助ける力を欲したのか気になった。
会ってみたかった。
会って、その真意を問いただして見たかった。
だが、結果は散々なものだった。
“真城晴輝”を見ていると、沸々と怒りが湧いてくる。
イライラして、自分を忘れそうになってくる。
あの目だ。
あの目が気に食わない。
気に入らない。癪に障る。
人を助けたい。
助けられると思っているその思考も気に食わない。
気に入らない。癪に障る。むしゃくしゃする。不快極まりない。
現実を教えたい。
現実で心をへし折りたい。
二度と立ち上がれない程に、完膚なきまでに分からせたい。
ほら、助けられない。
……と、満面の笑みで言ってやりたい。
それだけの為に動いていた。
~ ~ ~ ~ ~
「ずっと気に入らなかった!! 不快だった!! 薄っぺらい言葉を並べ連ねて『助ける』とかほざくお前がなァ!!」
黒い影の塊が。
巨大な影の人型が。
真城を目掛けて押し寄せる。
真城を押しつぶさん勢いで、巨人の右腕が伸びていく。
「死んじまえ!! “真城晴輝”!!!!」
…… ……
ズゴゴゴゴッ!!
と、“波嵐卍進”アジトの廃ビルが音を立てて振動する。
それは影の巨人が動いている為だ。
その振動を感じて、
「私らまで巻き込む気じゃないだろうねぇ……」
廃ビルの三階。その社長室の隣部屋に潜む影人。
金髪ウェーブの女性、姫川がそんな風に呟いた。
横に目をやると、眠って動かない阿久津の姿がそこにはあった。
姫川が気絶させた訳じゃない。
どうも“影狩り”が散布したガスが原因らしかった。
だが別にそれに対して姫川は何とも思ってない。
寧ろ変に暴れさせずに、阿久津を無力化出来た事をありがたく思っている程だった。
が、こうなると少し面倒だ。
振動の大きさから察するに、鴨平が“切り札”でも使ったのだろう。
あの状態となった鴨平なら、まず負ける事は無いだろうが……しかし鴨平が暴れた結果こちらが巻き込まれないとも限らない。
無論、姫川がそれでどうにかなる事は無い訳だが、しかし阿久津はそうもいっていられない。
阿久津に影を纏わせて守る事も可能だが……最悪、アジト自体が崩壊した場合は安全の保障も難しい。
「大谷も苦戦してるみたいだし……」
一向に大谷がこちらへ来ないという事は、大谷も苦戦しているのだろう。
「うーん……」
姫川はこめかみに指を当てて考える。
鴨平も大谷も負ける事は無いだろうが、しかし負ける可能性だって無くは無い。
もしも二人が負けたなら、あの“影狩り”二人を相手に戦闘するのは不可能だ。
阿久津を庇いながらの戦闘ともなれば尚更だ。
ともなれば。
今ここで重要なのは……鴨平と大谷が勝とうが負けようが、阿久津を取り返されない事が重要、か。
「……なるほどねぇ」
二人が負ける事は無い。
負ける事は無いがしかし、もしも負けてくれたなら……この阿久津捕獲の手柄は姫川だけのものとなる。
いやいや待て待て。
もし仮に二人が負けた後、疲弊した“影狩り”二人を良い感じに襲撃し、……特に“真城晴輝”を殺す事が出来たなら?
フッ、と思わず笑いがこみ上げる。
“影狩り”と影人が殺し合い、その手柄だけを姫川のものに出来たなら……それはとても良い事だ。
姫川は部屋の窓へと目をやった。
この部屋には窓が一つ付いていた。
それは人一人くらいなら余裕で通れる窓枠の大きさだ。
まずはこの部屋を離れよう。
阿久津の安全を考えて、ここから出た方が良いだろう。
姫川は影を操作して眠る阿久津の身体を持ち上げると、窓を通って外に出る。
外へ出て、上の階。……屋上へと移動する。
本当はアジトからも離れてしまいたいが、“黒鉄”がここに取りに来る以上はアジトから離れる訳にもいかない。
とりあえず戦闘が終わるまで、ここで待機していよう。
そして戦いの結末を見届けて、その結果に応じた行動をすればいい。
「さぁて、どうなってくれるのかしらねぇ……。私の一人勝ちっていうのが一番美味しいシナリオなんだけれどもなぁ~」
…… ……
話の途中。
大谷が勧誘をしていた最中で、切矢が突然動き出す。
大谷へ向けて、切矢は竹刀を一閃する。
「おいおい何だ、いきなりか!?」
大谷は身体を流体にして逃れると、その身体のまま床を蛇の様に這って移動して、金属バットを拾い上げると再び人型へと切り替わる。
「いてててて、……地雷でも踏んだかね」
そう言って身体を擦りながら呟いた大谷は、そこでようやく変化に気が付いた。
切矢の纏う殺気。それが一段と重く、冷たさを増していた。
「俺は、アイツの最期の言葉を知っている。……『化物になりたくない』、『俺を止めてくれ』とアイツはそう言っていた。だからアイツは、黒羽はそんな事で喜ばねぇ」
鋭く冷たい視線で大谷を睨みつけ、
「それで喜ぶ様な奴なら、そいつはただの影人だ。俺の友人の意識と身体を乗っ取っただけの……俺にとっての倒す敵に変わりない」
そう強く言い切った。
「黒羽は俺が助け出す。影人は全員ぶっ斃す。……それが俺の戦う理由。“影狩り”に入った理由だ。だから俺はお前らの仲間になんてならねぇし、お前もここでぶっ斃す。人間だから人間を守っているだって? 関係無いね、そんなもん。そういう話は別の奴に任せてる」
「……はぁ、そうかい。こんなチャンスはそうそうないのに残念だ。わざわざ死ぬ方を選ぶんだからよぉ」
切矢と大谷が睨み合う。
もうこれ以上の無駄話は意味が無い。
どちらにとっても利益が無い。
とっとと決着を付けるが吉。
ズゴゴゴゴッ!!
と音を立てて突如、廃ビルが振動する。
ガサガサと天井から土煙や埃が降ってくる。
この揺れの発生源はどうやら三階にあるようだ。
「これは……、真城に何かあったのか?」
「あぁ~あ、ついにアレを使ったか。こりゃあ……下手するとこのビルが持たなくなる可能性も考えとくべきかねぇ」
「上で何が起きている?」
「さぁねぇ、自分の目で確かめたらいいだろう? まぁその前に俺を斃せればの話だが」
「そうだな、そうしよう。どの道速く終わらせるつもりだ」
「そう簡単にいくのかねぇ。俺に速く殺される、の間違いじゃねぇのかなぁ?」
瞬間、二人が一気に床を蹴る。
そうして距離が縮まって、二人が勢いよく衝突する。
金属音を響かせて、竹刀と金属バットが鍔迫り合う。
切矢が刀身を伸ばした竹刀を振るい、大谷がそれを迎え撃つ。
大谷が重量を増した影を纏わせたバットを薙ぎ払い、切矢がそれを躱すと再び竹刀を振り下ろす。
そうして何度か攻防を繰り返し、
「剣技・一の型――“旋剣舞迅”」
「面倒な!! だったらこっちは“かまいたち”といこうじゃねぇか!!」
切り結ぶ規模が少しずつ拡大する。
大谷がバットの先端から伸ばした影の鞭を振るい、その鞭の動きと連動して不可視の斬撃が飛ばされる。
切矢が身体を加速させて回転し、大谷を翻弄しつつ斬撃を叩きこむ。
大谷が流体へと切り替わって移動する。
それを切矢が追撃する。
切って、振るって、避けて、突いて、薙いで、逸らして、加速して、斬撃が放たれて。
攻防が激化する。
「……んぁあ、やっぱその速さは面倒だ」
大谷が自身の腕を増やすかの様に、両肩から無数の触手を生やすとそれを切矢に目掛けて伸ばしてく。
「――ッ」
切矢はそれを、身体を加速させて回避するが、一瞬顔を顰めて動きを停止した。
「苦しそうだなぁ!! そろそろ“能力”の限界かぁ!?」
愉快に笑う大谷が、チャンスと見るや触手から不可視の斬撃を無数に射出する。
切矢は急ぎ顔を振って集中すると、動きを加速し斬撃の雨をつき抜ける。が、流石に無傷とはいかない。
身体のあちこちに浅い傷を作りつつ、それでも目だけは腕で庇いながら大谷へと向かって移動する。
「剣技――、ッ」
竹刀を構えて技を叩きこむその刹那。
大谷の口元が笑っているのを見て取った。
何か来る。
そう思い、警戒しようとした矢先。
「――ッ、……え!?」
不可視の斬撃が、切矢の身体に降り注ぐ。
“影纏い”では防げない斬撃がついに切矢の肌や肉を裂き、鮮血が宙を舞う。
「何……で――ッ」
大谷は動いてはいなかった。
手に持った金属バットはおろか肩から伸ばした触手さえ、動かしてはいなかった。
それなのに、不可視の斬撃が飛んで来た。
「まさか……」
「ハッ!! お前は多少頭が回るが、それでも俺のが上だったな。“かまいたち”や“ソニックブーム”と聞いて、“振った結果で出せる衝撃波”か何かだとでも思ったか? 残念だったな!! 俺の“能力”、不可視の斬撃は……別に“振らなくても出せる”のさ!!」
「……っぐ!!」
痛みに堪えて、切矢は一旦距離をとる。
が、しかし大谷はそこを逃さない。
後退する切矢を追いかけて、金属バットを渾身の力で振り下ろす。
切矢は咄嗟に竹刀で受けるが、
「――ッ」
メキリッと音を立てて、竹刀に纏った影が砕け散る。
しかもそれだけに止まらない。
受けた竹刀でも威力を殺しきれずに、切矢の身体ごと大きく後方に吹き飛ばす。
「くっそ、重てぇな……」
切矢は身体をわざと回転させて受け身を取り、威力を少しでも和らげて着地する。
が、そこで止まってはいられない。
すぐに大谷の追撃がやって来る。
「そらそら、どうしたどうした!!」
触手を振らず。
腕も振らずに、予備動作無しで放たれた不可視の斬撃が襲い来る。
それを切矢は、舞い散る土煙の動きのみを頼りに躱してく。
が、それだけで斬撃全てを見切れる訳ではない。
身体に幾つかの切り傷を作りながらも壁や天井へ移動して何とか斬撃回避を試みる。
「剣技・二の型――“刺突白雨”」
隙を見て、大谷に向けて刺突の雨を連打する。が、
「もうそれは見切ったァ!!」
大谷が金属バットを横に構えて薙ぎ払う。
それだけで金属バットから伸びた影の鞭が迫り来て、切矢は攻撃の中断し回避に移らざるを得なくなる。
切矢は攻撃を、長く続ける事が叶わない。
何故ならあの鞭は受けられない。
どうせ“重く”なっている。
しかも不可視の斬撃が飛びかねない。
どちらにしろ……近づかれたくない代物だ。
(さて、どうしたもんかな……)
切矢は目を細めて考える。
室内を立体的に移動しつつ、攻撃を躱しながら勝利までの道筋を立てていく。
時折くる頭痛が“能力”の使用時間の残り少なさを伝えてくる。
気合で多少どうにか出来るが、……しかしこの後にも戦いは控えていると考えると、さて何処まで“能力”を使えるか。使うべきか。
(やはりここはダメージ覚悟で突っ込んで行くしかない、か)
勝ち筋は、整いつつある。
が、流石にこちらも血を流しすぎている。
本来ならもう少し前準備をしたかったが……大谷の不可視の斬撃が“振らずに出せる”事が予想外過ぎていた。
その結果、思った以上にダメージを受ける羽目になってしまった。
これ以上、長引かせる意味も薄いだろう。
(――行くか!!)
切矢は意を決して、壁を蹴る。
そうして一気に距離を詰め、大谷へと接敵する。
「これで決める!!」
「来るか!! だったら俺が仕留めてやる!!」
無数の不可視の斬撃が放たれる。
予備動作も無く一斉に、四方八方無差別に。
切矢はそれを受けながらも一直線に突き進む。
少しでも被弾の数を減らす為、移動する速度をめいっぱい加速させ。
「剣技・二の型――“刺突白雨”」
至近距離で刺突を連打する。
が、その直後大谷は身体を流体化させて出来る限りの攻撃を受け流す。
影人の“フェイズ4”は全身が影と同化しており、自在に身体の実体を無くす事が可能である。
そして実体を無くしている状態の影人は、“影纏い”されている攻撃以外のあらゆる攻撃を通過・無効にする。
故に、“フェイズ4”の影人が“影纏い”されている攻撃を対処する場合は、実体を無くすのではなく身体を流体に変化させ、攻撃を受けると同時にその身体の形を変化させる事で“受け流す”といった方法をとる訳だ。
しかし。
相手の攻撃を見て、自身の身体の形を“当たらない様に”変化させるといった工程が必要である以上、“影人の視覚外からの攻撃”や“影人が身体の形を変化させる速度よりも速い攻撃”であったなら、普通にダメージを受けてしまう。
“フェイズ4”の影人にも、攻撃を与える事が可能となる。
遠距離からなら躱せた刺突の雨も、近距離ならどうなるか?
それは火を見るよりも明らかだ。
「……鬱陶しい!!」
切矢の攻撃を受けながら、大谷はそれでも触手を振ってくる。
だがそれも、想定通りの行動だ。
攻撃を躱して距離をとるより、多少のダメージを受けてでも攻撃を中断させに来ると思っていた。
切矢はすかさず刺突を中断し、身体を回転させて触手を回避する。
そして構えを変えて、
「剣技・一の型――“旋剣舞迅”」
すかさず別方向から攻撃を叩きこむ。
大谷の身体の周りを旋回し、防御が薄い箇所を上中下段の三段階で切りつける。
こちらの攻撃は身体を流体化させて躱すより、全身を硬化させて対処するのが無難だろう。
何せ、“刺突白雨”という一点から続けざまに攻撃が放たれる型とは違って、切矢自身が動きまわって四方八方あらゆる角度から攻撃を加える型である。
攻撃方向が定まらず、どこから来るのか分からない攻撃は脳死して全身を守ってしまった方が良い。
無論、硬化に自信がある場合に限る訳だが。
案の定、大谷は全身を硬化する。
そうして、反撃と離脱の機会を待つようだ。
だがそれが命取り。
大谷が完全に硬化したタイミングを見計らい、
「剣技・二の型――“刺突白雨”」
瞬時に型を変え、硬化された大谷の身体を貫く勢いで刺突を連打する。
「――ッッッ!!!?」
流体になって受け流すべき攻撃が、硬化させた身体に無数に突き刺さる。
近距離で放たれる刺突など、いくら硬化させても意味が無い。
同じ箇所に何度も刺突される為、どれだけ固く硬化させた影の防壁も簡単に砕かれる。
無数にダメージを受けながら、咄嗟に身体を流体にし始める大谷をよそに、切矢は更に攻撃を加える為に更に大きく踏み込んだ。
「剣技・一の型――“旋剣舞迅”」
「やはりそう来た――」
先程の攻撃で、またしてもすかさず型を変える事が察せられていたのだろう。
切矢が技名を叫ぶと同時、大谷は流体化させかけた身体を再び硬化する。
……が、
「――かッ、は…………ぁ、え?」
その硬化させた大谷の身体を、影で刀身を増した竹刀が貫いていた。
完全に影人・大谷の身体を貫いて、大きな孔を開けていた。
「が、な、何故だ……。お前、一の型……だと」
「“旋剣舞迅”を撃つと思った、か?」
「……、」
苦虫を噛み潰したような顔をする大谷へと、切矢は笑いかけて言う。
「『必殺技とか出すときに技名とか叫んじゃうタイプなの?』、お前はそう聞いたよな? 言う訳ないだろ、普通なら。わざわざそれを言うって事は罠があるって事だろう。お前だってそうしてたじゃないか」
“かまいたち”、“ソニックブーム”が撃てるとそう言って、撃たずに相手を油断させ、油断したその瞬間に不可視の斬撃を叩きこむ。
不可視の斬撃を撃つ前に、鞭や触手を振るう動作をする事で“振って出す技”なのだと思わせて、実は“振らずに出せる”技。
そうした様々な嘘で相手の油断を誘うその手法。
自身が“それ”をしてるのに、相手が“それ”をしないというのはいささか自惚れが過ぎるだろう。
「俺がわざわざ技名叫んでたのは、相手に技を覚えてもらう為のもの。その技名を叫べばその技が来るのだと、相手にそう思わせる為の手段。全てはこうして相手を騙す為にある」
深々と突き刺さった竹刀を引き抜いて、切矢は勝ち誇る。
既に勝敗が決した大谷に背を向けて、切矢は一人歩き出す。
「騙し合いは俺の勝ちだな」
「……は、はは。……参ったぜ。この俺が……負け、る……とは」
大谷の身体が崩れ去る。
膝を付き、前のめりに倒れ込み、そのまま霧散し消えていく。
大谷を、撃破した。
「あぁ……くっそ。流石に俺も、疲れたぜ……」




