第17話 『アイテム置き場』
任務内容を全て聞き終えて、真城達は執務室を後にする。
あの後も切矢は何かと文句を述べていたのだが、結局聞き入れられる事も無く、真城、切矢、立花の三人での任務が決定した。
「たっくよ~、相も変わらず適当なんだよなぁ神崎は……」
「うん、……変わってない」
溜息をつく切矢と、それに同意する立花。
二人の言動から察するに、神崎は大体いつもあんな感じなのだろう。
まず間違いなく仕事は出来るのだろうが、適当なのか掴みどころがない感じ。
それは素なのか演技なのか。
神崎のその態度、その真意を、真城達があずかり知る術はない。
「既に決まったことですし、仕方ないですよ」
真城は二人を宥めながら、その後をついていく。
これから三人が向かう場所。
それは、九階層目にある研究室だ。
何故、真城達がその場所に向かっているのか。
その答えは単純だ。
~ ~ ~ ~ ~
「そうだ、今回君達にお願いしたい事がもう一つあるんだよ」
去ろうとする三人を神崎が呼び止める。
「真城君には以前話したが、“影人を拘束する装置”の件だ」
「……!?」
神崎からの言葉を受け、真城は息を呑む。
“影人を拘束する装置”、それは読んで字のごとく。
影人を捕まえる為のもの。
「その試作品が完成した。出来るならそれで影人を数体捕まえて来てほしい」
確か前に聞いた話では、研究員達が作っている最中ということだったが、……まさかもう出来たとは。
「まぁあくまでも試作品さ。想定している捕獲対象は“フェイズ3”、それも“影操作”以外の能力に目覚めてないっていう条件下でのみ使用可能……だろう、って程度のね」
まだまだ改良の余地がある、と神崎は笑う。
「使ってみて仮に“捕まえられなかった”だの“不特定条件下での誤作動”だの、まぁ色々と問題は出るだろうけど、それで失敗したのならそれはそれで上出来だ。何せ次に生かせるからね。とにかくまずはそれを使ってみてほしいのさ」
「それは分かりましたけど、装置……ってどれくらいの大きさなんですか? あんまり大きいと、その……移動に支障が」
「あぁそれなら問題無いよ」
そう言って神崎は懐から物を取り出す。
現れたのは、刑事ドラマでよく見るような手錠だった。
「やり方はそのまんま。犯人を確保するみたいにガチャリッと影人の両腕に手錠をかけるだけ。それだけで機能する」
「……まさか、手錠を付ければもう抵抗できませ~ん、とかそんなふざけたオチじゃないだろうな?」
手錠を人差し指を使ってクルクルと玩ぶ神崎を見て、切矢がじっとりとした視線を向ける。
しかし対する神崎は胸を張り、空気を大きく吸い込むと、
「HAHAHA……、そんなまさか。見た目は確かに何の変哲もないただの手錠。だけれどその実態は中々ハイテクなものなんだよ? 名付けて“影牢”!! その機能は――」
「要件だけ簡潔にまとめてくれよ?」
「……、」
説明を始めようとする神崎の出端を切矢がすかさず挫きに行く。
何やら長話を聞かされる予兆を感じとったらしい。
真城も神崎の長話にはもうこりごりなので、切矢の今回の対応はありがたい。
文句を言いたげな視線を送りながらも、神崎は一つ大きな咳払いをして説明をし始める。
「実は“影牢”にはAIが組み込まれているんだ。詳しい説明は……省くけど、この手錠をかけられた影人は“影操作”の主導権をAIに奪われる」
「……こわ」
「と言っても、気絶させた影人じゃないと無理なんだけどね。……んで、“影操作”の主導権を奪ったAIが影人を全身“影纏い”させて拘束する。つまりは影人が自分自身の影に捕縛されちゃうって話だね」
「……なるほど」
「始めは“黒箱”を小型化した感じで確保しよう、って案だったんだけど、そうするとじゃあその影人を捕獲する為の檻を作る影をどこから持ってくるのか? って話になってね。それだけの影を作れる質量のものを持ち運ぶとなると、いくつも持ち歩くのはあまり現実的なものじゃない。ってな事で、じゃあ影人本人の影を使って拘束しちゃえばいいじゃないって話になり……」
「おい、話が長くなってきたぞ」
「……で、まぁ結果こうなった訳だ。これなら場所をそんなに取らないでしょ? 最終的には指輪サイズに出来ればいいとは思ってるんだけれど、それはまぁ追々ね。それでこの“影牢”の弱点の話なんだけど、単純に壊されたらアウト。これには理由はいらないね。で、さっき言った『“影操作”以外の能力に目覚めてないっていう条件』の話になるんだけれど、“影牢”はあくまでも“影操作”の主導権を乗っ取るだけ。気絶させている内に付けて、影を乗っ取ってしまえば影人の意識が目覚めた後でも問題なく効力は持続する。だけど“それ以外の能力”についてはなんら制限をかけられていないんだ。そもそも個々の影人がどういった能力を持っているのかも分からない以上、制限もかけられない。だから、気絶した影人が目を覚まし、別の能力を使って“影牢”を破壊されちゃったらアウトってわけ。後、他の仲間に“影牢”を破壊されちゃうってのも問題だね。だから使うならその場の影人を完全に制圧し終えてからの方が良いだろう」
そう言って神崎は話を終えると、
「この手錠はただの見本。現物は『アイテム置き場』に置いてあるから悪いけどそこまで取りに行ってくれるかな」
~ ~ ~ ~ ~
……と、まぁこんな感じである。
因みに、『アイテム置き場』という名称から真城が一つ思い出し、
「そう言えば、“戦闘補助アイテム”ってどこで手に入るんです?」
と、真城が質問をしたところ、どうにも手錠と同様に“戦闘補助アイテム”も『アイテム置き場』にあるとの事らしい。
それなら一石二鳥だ。
因みに、どうして真城が“戦闘補助アイテム”の入手場所について尋ねたのかといえば、真城達がこれから任務へ向かう前に準備をしっかりとしておく必要があると考えた為である。
前回、桜井と任務に行った時はそれほど気にしてなかったが、実際に一度任務に行ってみて、色々と準備が不十分であったと思い知らされた。
そういった準備不足の記憶から、切矢に“戦闘補助アイテム”が貰える場所を知っておきたかった訳なのだ。
桜井も前の任務では“煙玉”を持って来ていた。
使い道があるかはさておいて“煙玉”、……或いは他に使えそうなものを幾つか持っていくのもアリだろう。
仮に何も持って行かないにしても、どういったアイテムがあるのかを知っておくだけでも意味はある。
(……また、“アイ”の暴走に鉢合わせないとも限らないしな)
……
…… ……
少し歩いて、目的の場所に到着する。
研究室の一室。その入り口にデカデカと『アイテム置き場』と書かれた看板が立っていた。
「ここにある物は任務への持ち出しが許可されているから、好きな物を持ってくといいぜ」
そう言って、切矢が扉に手をかける。
「お邪魔しま~す」
「ん」
「……失礼します」
部屋へ入っていく切矢に続いて、立花と真城も中に入っていく。
中は薄暗く、いくつもの横長の棚が並べられた倉庫のような作りとなっていた。
「らっしゃい。これから任務かい?」
入ってすぐ、男性に声をかけられた。
ガタイの良い男性だ。
見た目からして、ザ・職人といった風貌でツナギの作業着に手袋と長靴。
もじゃっと厚みのある顎髭を蓄えおり、それはまるでファンタジー世界におけるドワーフといった印象を抱かせる。(背は高い)
「ほぅ、切矢と立花か。そういや帰って来てたんだったな。……そっちは、あぁ確か真城だったか。ここに来るのは初めてだろ」
「え、えぇ。そうですね」
本人は意識していないのかもしれないが、圧がすごい。
男性の話に対して、相槌を打ってはみたもののそれ以上の会話が続かない。
ただでさえ真城はコミュニケーション能力が高くはないのだ。
何を話したものか?
そんなふうに真城が頭を悩ませていると、
「神崎から手錠がここにあるって話を聞いて来たんだが」
「あぁ、あるよ。試作品だな、今朝出来たやつだ。とりあえず十個ほどあるから、持っていってくれ」
切矢が助け船を出してくれる。(いや、多分違うと思うが)
真城は内心でホッとしつつ、切矢の話に耳を傾ける。
「……十個って、そんなにいらないだろ」
「いやいや、分かんねぇぜ? 別にあっても困らんだろ。その内いくつかは誤作動起こすかもしれねぇし、こっちとしちゃ出来るだけデータが欲しいんだ」
「仕方ねぇな」
そう言って切矢は男性から“影牢”を受け取った。
合計十個。とりあえず三人の手持ち分は後で考えよう。
「それで、他になんか新しいアイテムは増えたのか?」
「そうだなぁ。最近増えたやつだと“気配玉”って奴だな。気配を誤認させるんだと。……それくらいだな、他は特に変わってねぇな」
「ふぅん」
男性の答えに相槌を打つ切矢。
あまり興味が無さそうだ。
“気配玉”は真城も聞き覚えがあった。
確か“アイ”との戦闘中、神崎から長々と説明を受けたやつだ。
真城も実際にくらってみたが、確かに気配を誤認するだけの効力はあった。
あの時は“煙玉”と併用して使われた為、厄介ではあったが……それ以外の用途があまり浮かばない。
まぁ“戦闘補助アイテム”というくらいだから、用途はそれぐらいのニッチなものなのかもしれないが。
よくよく考えてみれば、“煙玉”だって場所を選ぶ。……っていうか、かなり限られた場所以外では使えない。
案外、そんな物しかないのかもしれないな。
「もしかして……、“酔い促進剤”とか“失神針”も置いてあったりするんです?」
何の気なしに真城は、前に会話の中で聞いたアイテムの名を口にする。
“気配玉”は“アイ”も使っていたものである。
“気配玉”が置いてあるのなら、“アイ”が使ったとされていた他アイテムもあるのでは?
その程度のものだった。
しかし、
「んなもん、置いてあるわけねぇだろ」
という男性の返答が返ってくる。
「そりゃアレだろ、神崎さんが趣味で作ったってやつだろう? あぁいう危なっかしいのは安全確認が取れてねぇから外の世界にゃ持ち出せねぇよ。ここに置かれてるのは、そういった人体への被害・影響も含めた安全確認が取れた物だけさ」
「あぁ~……、なるほど」
真城もそれを聞いて納得する。
確かに真城もアレらの名前を聞いた時、『なんだその物騒な物は!?』と思ったものである。
……っていうか、安全確認が取れてなかったのかそのアイテム達。
“アイ”の暴走で被害にあった人らも大勢いたろうに。
後遺症とか出てないと良いのだが。
「あ、えっと……、それじゃ、その、いつものセット、を、お願いしますっ!!」
「あいよ、嬢ちゃん。少し待ってな」
頭を下げる立花。
それを受けて、男性が部屋の奥、一つの棚へと向かっていく。
「セット?」
「あぁ。俺達は中々本部に帰って来ないからな。こういったアイテムは多めにまとめて貰ってくのさ。まぁしばらくはお前の“力”が見たいから本部に留まるつもりだが……一応な。アイテムはあって困ることも無いし、あればあるだけ選択肢が増えるってもんだ。神崎も普段はアレだが、こういった発明品に罪は無いしな。安全確認も取れてるし」
「はははは……」
真城の疑問には切矢が答えてくれた。
が、相変わらずの神崎の評価には真城も何も言えずに、乾いた笑いをする他ない。
言うて真城も同意見だ。
男性が立花の注文の品を取ってくる間、真城は部屋を見てまわる。
それは単純な好奇心。
その他に、真城が欲するアイテムがないかの確認だ。
切矢や立花も暇だったのだろう。真城の後をついて来る。
近くの棚を物色すると、適当に目に付いた品を手に取った。
「これは何に使うものなんです?」
それは指輪の形をしたアイテムだった。
見たところ、何の変哲もないただの指輪にしか思えない。
「あ~……これは多分、暗示に使うやつなんじゃないかな」
「暗示?」
切矢から不穏な単語が飛び出して、真城は再び聞き返す。
「あぁ。これは『収拾部隊』が後処理で使うやつだな、きっと。影人なんかを目撃しちゃった一般人に専用の薬を飲まして暗示をかけたりするんだよ。俺も原理は詳しく知らないんだが、例えば“影人”とか“影世界”とかそういった影人にまつわる単語に記憶のロックをかけて、意図的に思い出せなくするんだってさ。催眠術の一種? みたいな感じらしい。この指輪はそういった暗示と関連付けることで暗示を更に強化する為の……とかだったかな」
「ん。後確か、暗示が解けちゃった時……とか、ロックしてる単語を聞いちゃった時とか、に、本部に分かるように信号が出るようになってた、はず……」
「でもそうなるとこれは旧タイプなんじゃねぇかな。ここ最近は指輪なんて目立つもんより人体に直接ナノマシンだかを埋め込んで記憶の一部を制御するやり方に変えたって話も……。まぁこの指輪は別の事をする為のものかもしれないが」
「……へ、へぇ」
暗示だの催眠術だの。
真城には専門外なのでよく分からない。
半分も分からなかった。
それにしても、
(指輪で暗示、か……)
確かにそういった『収拾部隊』の話は、真城も前に聞いた事があった。
前の任務で影人に、復讐の対象とされていた男性教授にそういった処置をした。といったものである。
話を聞いた時は、何の事だがさっぱりだったが……。
なるほど、こういったアイテムを使ったという事なら納得だ。
「都合の悪い記憶を完全に消したり改竄したり出来る技術でもあれば、わざわざ暗示なんて使った挙句、思い出した時の保険なんてまどろっこしい事をしなくても済むんだろうけどな。……確か、前に『そういうアイテムを早く作れ』みたいな事を政府から言われて困ってる~……みたいな愚痴を神崎から聞いた気もするが、未だに出来ない辺り、難しいんだろうな」
切矢が何やら思い出したかのように呟く。
「記憶を改竄、ですか……。流石にそこまで行くと催眠でどうこうっていうよりは直接脳をどうにかする、みたいな感じになりそうですね。……エグそう」
記憶云々とは関係無いがその昔、医療の一つで『ロボトミー手術』なるものが行われていたという話を思い出す。
詳しい話は控えるが、真城が思い浮かべたイメージはそういったものだった。
頭を切り開き、脳にメスを入れ、電極を埋め込んだりする様な……。
発想からしてR18指定を受けそうだ。
「いやいや、流石にそういったグロいやり方じゃないだろ。この暗示の指輪や薬だのだって、その大本は“そういった能力”を解析して応用した技術らしいしな。俺ら“影狩り”の職員か“フェイズ3”以上の影人からそういった“記憶を改竄できる能力”でも見つかれば、それをサンプルにして、神崎が作ってくれるんじゃねぇのかなぁ」
「能力を解析して応用、ですか?」
「あぁ。例えばの話だが、そこに“発火能力”があるとして、その能力を使って発火現象が起こる場合、この現実世界に能力の何らかの“力”が作用・干渉を起こして発火という結果が起きた訳だろう? ならその“起こるメカニズム”を解析して、“ソレ”と同じ現象を科学的に再現出来たなら、“発火能力”と同じメカニズムで発火を起こせるようになるって事だよな? 神崎が作ってるアイテムのほとんどは、そういった“ソレ”を科学的に解析して再現し、誰でも扱えるようにしたものなんだよ」
「……なんか、凄い話ですね」
「だろ?」
あまりの事に真城の頭が付いてかない。
ただ『凄い』という事だけが分かる。そんな感じだ。
「だからその暗示のアイテムも、確か女性の――」
「すまねぇな、長く待たせたみてぇで」
切矢が何か言いかけた所で、男性がアイテムの山を抱えて戻ってくる。
「足りねぇもんはねぇか? 一応確認してくれ」
男性がそう言うので切矢と立花がアイテムの数を確認しにいく。
しばらくして問題ないことを確認し終えたのか、アイテムを一つ一つ立花が手持ちのリュックに詰めていく。
「ん。あ、ありがとう……ございます。……大丈夫、です」
「おう。また来てくれよ」
簡単な挨拶を済ませて、真城達は『アイテム置き場』を後にする。
真城も最後の最後にアイテムを一通り見て回り、前の任務でも使った事のある黒い煙幕を放つ“煙玉”を一つだけ頂いた。
今回の任務も高校だ。
まず使い所があるのかは怪しいが、一応保険くらいに持っておこう。
そう思っての事だった。
…… ……
真城達は一旦別れて、それぞれの自室へと戻っていた。
アイテム以外のもの。
衣服や戦闘道具、財布や専用端末など、各自で必要なものを荷物に纏めていく。
真城が準備を丁度終えた頃、専用端末が音を立てた。
確認すると、メールが一通。
『操車場へお越しください』
差出人は九条蘭。
内容は、黒い新幹線の準備が完了したというものだった。
今回の任務先。
波嵐市は、本部からそこそこ離れた場所に位置していた。
近場であったなら個々人で“影世界”を経由して任務先へと移動するのだが、今回は距離がある為そうもいかない。(主に、真城の全身“影纏い”可能時間から逆算した結果)
その為、黒い新幹線で近くの駅まで送ってもらえる事になったのだ。
「それじゃあ、行きますか!!」
真城は一人で気合を入れると、操車場へと歩き出す。
目的の操車場は“影狩り”本部の一階層目に存在する。迷うことも無いだろう。
階段を上って黒い新幹線が待つ場所へと到着する。
するとそこには切矢と立花が既にいた。
これから任務とはいうものの、切矢と立花は共に見た目に変化がない。
切矢は変わらず、赤一色の簡素なTシャツに黒いパーカーベストを羽織り、黒のクロップドパンツを穿いていた。
変わった物といえば、赤と黒の千鳥格子柄の竹刀袋の他に黒のリュックを背負っているくらいである。
立花は、黒髪ロングにセーラー服。そして背には大きめのリュック。“猫の面”は被っておらず、代わりにリュック横に付けていた。
二人を確認して近づくと、その他に九条も待っている事に気が付いた。
「真城さん。こちらを」
そう言って九条が手渡してきた物を受け取る。
それは、波嵐高校の制服と生徒手帳だった。
「任務中、必要な場合にお使い下さい」
「分かりました」
真城は九条に礼をすると、切矢達と共に新幹線へと乗り込んだ。
「お気を付けて」
「はい。行ってきます!!」
真城が再び九条に礼をすると同時に、新幹線の扉が音を立てて閉まった。
そうして扉が閉まると同時、新幹線も出発する。
これからまた任務が始まる。
これが二回目の任務である。
「頑張りましょう!!」
真城は気を引き締める。
「おう、程々にな」
「ん」
切矢と立花も軽く頷いて返事をする。
二人はもう慣れっこなのだろう。
任務だというのに、緊張している様子ない。
寧ろ落ち着いて、堂々と……くつろいでいる。
立花が開けたポテトチップス等を切矢と一緒に食べている。
「えぇ……」
これ、本当に大丈夫?
そんな真城の不安をよそに、新幹線は音を立てて目的地へと突き進む。
(大丈夫、……なんだよな??)
真城の疑問に、答えてくれる者は誰もいない。
……
…… ……
三十分程して、新幹線は目的の駅に到着した。
ここからは“影世界”を経由して、波嵐市へと向かっていく。
専用端末を確認し、方角をチェックする。
“影世界”には目印になる様なものは何もない。方角のみが頼りである。
全身の“影纏い”の他に、専用端末を含めた機器類の影纏いも忘れないようにしないとならない。
“影狩り”で配布されている端末などはある程度丈夫に作られている為、“影世界”内に裸のまま入っても小一時間ほどは耐えられる。
しかし市販で購入できる様な機器類はそうもいかない。
特殊な加工が施されてない以上、“影世界”の“影エネルギー”に触れた瞬間に故障してしまうのだ。
原因は詳しく分かっていないようだが、何かと機械には毒なのだろう。
「ここら辺でいいか」
切矢がそう言って浮上を始める。
「あれ、もう出るんですか? 地図だとまだ波嵐市は先ですけど」
「良いんだよ、ここで。もしも波嵐市が本当に神崎の言う様な“影人工場”になってるなら俺らが街に来たのを早期に感づかれるのはよくない」
「ん。か、“影人工場”になってたら影人もた、沢山、いる。“影世界”で監視してる、か、影人もいるかも、です」
「そういうこと。“影世界”は遮蔽物が何もないからな。俺らがこうして泳いでると目立つんだよ。だから波嵐市に着く前には“影世界”からは出ちまって徒歩で波嵐市に入るわけだ」
「なるほど」
真城は納得すると切矢の指示に従って浮上する。
“影世界”の出入り口。
“影世界”から見た空の景色。
水面が作る水の影の様にうねうねと揺れ動く無数の模様。
その模様一つ一つに映る外の景色を見て取って、その中の一つを選択する。
どれでもいいわけではない。
真城達が必要とするのは、人目の無い裏路地辺りに出来た影。
その影を出入り口として使用する。
それは、“影世界”から出入りする瞬間を一般人に見られない為である。
「よっこいせ」
「ん」
「よいしょ」
タイミングも見計らい、まず切矢が脱出する。
次いで立花、最後に真城だ。
「大丈夫そうです?」
「あぁ、問題ない」
辺りを確認し、目撃者がいない事に安堵する。
“影世界”。そこから出るだけでも一苦労だ。
真城は“影世界”から出ると同時、腕時計型のブレスレットの文字盤部分を回転させると再び“影結晶”を収納する。
「なぁ真城、お前のそれ」
「え?」
切矢が何かに気付いたように真城に質問を投げてくる。
その切矢の視線の先には、先程真城が操作した腕時計型のブレスレットがあった。
「もしかして“影世界”出たり入ったりする度に一々操作してるのか? 面倒じゃないか? ……ていうかそれだと敵からの咄嗟の襲撃とかにどう対応するんだよ。俺なんてほれ、出しっぱなしだぜ? 俺だけじゃなくってひなたもな」
「ん」
そう言って切矢は、真城が持っている物と同じ様なブレスレットを見せてくる。
その裏側に付けられた開閉口は既に開いたままとなっており、その中からは“影結晶”が顔を出していた。
「もちろん自分の身体に“影エネルギー”を蓄えてるなら“それ”を使って咄嗟の“影操作”をしても良いんだろうが、それよりも“影結晶”を使った方が楽だろう? “影結晶”だって外気に触れっぱなしだと溶けて消えちまう訳だけど、それだって別にドライアイス並にすぐ無くなるってわけじゃないんだ。それこそ、このブレスレットに内蔵してあるこの豆粒サイズのやつだって半月程はもつんだぜ? 任務の間くらい、ずっと出してても問題ねぇよ。ただでさえブレスレットの裏なんて、一般人が簡単に触れないような場所にあるなんだしな」
「……それもそうですね」
真城は納得するとブレスレットを操作して、“影結晶”を露出させる。
確かに、ここはもう敵地といっても過言ではないのだ。
まだ目的の街についてないというだけで、影人と遭遇しない可能性だってゼロではない。
しっかりと気を引き締めないといけない所だ。
真城はブレスレットの操作ついでに現在の時刻を確認する。
腕時計には13時半と表示されていた。
「そういえば高校って授業は何時まででしたっけ?」
「その日の時間割にもよるけど大体、15時半か16時半辺りなんじゃないか? あぁ、でも学校によって変わったりするらしいからどうだろう。俺とかもう高校に通って無いし忘れちまったな」
「え、そうなんです!?」
「そりゃあまぁ。……じゃなきゃ“影狩り”で落ち着いて任務なんて出来ないだろ?」
真城の質問に、切矢は首を傾げて回答する。
切矢は現高校生らしいので、現大学生の真城よりも高校の事に詳しいと思って訪ねたのだが、どうやらそうではないらしい。
というか、思わぬ所で思わぬ事情を聞いてしまった。
「てことは、高校中退……」
「そうだな」
「……、……親御さんにはなんて?」
少し踏み込み過ぎた質問だとは思った。
しかし真城としては聞いておきたいものでもあった。
故に、少し躊躇いつつ、それでも意を決して問いかけた。
「……、」
初め、切矢は『何故そんなことを?』といった表情を作ったが、しかし真城の表情から何かを読み取ったのだろう。
少し間を置いて、
「親には何も話してない。……俺は家出したんだよ。親に何も話さず家出して、それで“影狩り”に入ったんだ。そんでもって神崎に“行方不明”って扱いにしてもらった」
そう答えを口にした。
「……すみません。言いたくないであろう事を、話させてしまって」
真城は謝る。
意を決したつもりではいたのに、それでも思っていた以上に重い話を聞いてしまった。
重い話を、させてしまった。
その事に対して、真城は頭を下げる。
しかし、
「あぁ、いいよいいよ。気にしなくて。それに俺らみたいに“行方不明”扱いにしてもらってる奴は他にも沢山いるしな。表向きの会社でも何でも作ってくれりゃ、わざわざ“行方不明”扱いになんてならずにその会社に所属してるって事に出来るのに、不便だぜ本当に」
唇を尖らせ、切矢はブーブーと文句を垂れる。
本当は家族と無理に別れたくはなかったであろうに。
無駄に家族を心配させる様な事をしたくはなかっただろうに。
しかしそれでも、切矢は『気にするな』と笑ってみせる。
強い奴である。
「そう、なんですか」
真城は少し考え込む。
神崎に“行方不明”扱いにしてもらった、という話。
そして、そういった扱いの者が他にもいるという話。
“影狩り”は“秘密結社”。
表向きの企業を隠れ蓑にはしていない。
故に、“影狩り”に所属する者達は、表向きには“ニート”や“フリーター”といった扱いになってしまう。……といった話は真城も既に知ってる。
が、“影狩り”に所属する際に、表向きで“行方不明”扱いにしてもらえるというのは初耳だった。
確かに、表向き“ニート”や“フリーター”といった肩書になるくらいならいっそ表舞台からは退場し、“行方不明”扱いとなってしまった方が都合の良い者もいるのかもしれない。
幸い、というにはいささか不謹慎ではあるものの、現在の日本で“行方不明”という現象は然程珍しいものではない。
被害者が“影人化”して行方を晦ませるのに便乗し、“影狩り”職員も姿を晦まそう。という魂胆なのだろう。確かに理にかなっている。
……自身が“行方不明”となることで、悲しむ人間がいなければ。ではあるのだが。
ここ最近の真城の頭に常にあった事。
大学と“影狩り”の両立。
そして、学業が疎かになったと両親に知られた際の問題だ。
(……、いっそのこと俺も)
真城も“行方不明”として表舞台から消えたなら、……“影狩り”に専念する事が出来るのだ。が、
(――、でも)
“コレ”は、そんなに簡単に決めていいものなのだろうか?
両親には、ここまで育ててもらった恩がある。
それは、子を産む事を選んだ親からすれば当たり前。当然の事なのかもしれないが、それにしたって何も告げずに親元を去り、無駄に心配をかけさせ悲しませる行為は、親不孝なのではなかろうか?
もちろん切矢の行為を否定しているわけではない。
切矢には切矢なりの考えがあり、その上で真城の考えるような親不孝の問答を天秤にかけて尚、それでも“そう”する道を選んだ訳なのだ。
ここで切矢の名を出して、その行為を責めるのは筋違いもいいとこだ。
これは、他の誰でもない真城自身の問題だ。
問題であるべきだ。
(…………、いや、今はやめよう)
真城は一旦考えを中断する。
そういう選択肢もあるのだと、今はそこまでにしておこう。
別に今、すぐに決めなければいけないものではないはずだ。
この答えは、時間をかけてじっくりと、ちゃんと考えるべきものである。
「あの、端末」
「あぁ、そうだったそうだった。困ったらとりあえず端末の確認だよな」
考えに耽っていた真城の耳に、立花と切矢の声が届いた。
真城は意識を引き戻すと、会話の内容を頭に入れていく。
と突如、切矢に話をかけてくる。
「お、あったぜ真城。波嵐高校の時間割が載ってる。これによると授業は遅くても16時半には終わるみたいだぜ? そっから部活動もあるようだが、部活動は20時までって校則らしい」
「あぁ、なるほど」
とりあえず返事をしてから、話の内容を咀嚼する。
そうか、そうか、そうだった。
話を脱線させてしまったが、初めは高校の授業が何時終わるのか? という所から始まった話題だったのだ。(しかも真城から始めた)
真城は思考を切り替える。
当初の話題に立ち返る。
「じゃあ、少なくともこのまま波嵐高校に到着してもまだ授業をやっている最中ですね。授業中に校内を見て回るのはかなり目立つでしょうし、先に波嵐市の様子を見て回りながら“波嵐卍進”について調べていきます?」
真城の意見を受け、切矢はしばし考える。
「……いや、先に波嵐高校の方を見に行こうぜ。神崎も行ってたが、“波嵐卍進”は実際に影人と関わりがあるのかも分かってない。調べてみて何もなかったじゃあ時間が無駄になるだけだし、それなら確実にいるのが分かってる“幽霊騒動”から手を付けよう。何も四時半までずっと授業をしてるってわけじゃないんだし、移動教室や体育なんかを考えれば俺らが徘徊しててもそう目立つ事も無いだろう。制服だってあることだし」
「まぁ確かに」
「それに、街の方は夜からでもいいしな。学校に生徒がいる内はそっち優先のがいいだろう。いくら“幽霊”ったって正体が影人である以上、夜な夜なこっそりって事も無いだろうし、目的があって学校を陣取ってる以上は、その目的に“生徒がいる時間”でないと出来ない事があるはずだ。“ストレスを与えて生徒の影人化を促す”ってのも、きっとその一つだろうしな」
切矢の話を聞きながら、真城も自身の端末の情報を確認する。
真城達が既に得ている情報。その中から、『波嵐高校には不良生徒も多い事』と『授業中でも授業に参加せず、学校裏で不良生徒がよく屯している』といったものを見やる。
この情報が確かなら切矢が言う様に、真城達が校内をうろついていても然程目立ちはしないのかもしれない。
それに街の調査は夜でも出来る、というのもそれはそう。
やはり、学校に生徒が多くいる内に“幽霊”について調べて回るのが良いのだろう。
真城達が授業終了から調査を開始したとして、仮に“幽霊”にターゲットなる人物。
原田の影人からした真城。足立からした環樹教授のような存在がいる場合、その人物が授業終了と同時に家へ帰宅してしまう様な事があったなら……。
その後いくら真城達が調査・探索をしようとも、“幽霊”が動きを見せる事はないだろう。
限られた条件下ではあるものの、そういった可能性が的中した場合。
真城達の調査が徒労に終わってしまう事となる。であるならば……、
「そうですね」
真城は切矢の意見に同意する。
切矢はその答えに満足そうに頷くと、
「んじゃまぁ、任務開始といきますか」
そう強く意気込んで、波嵐市へと踏み込んだ。




