表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/87

第15話 『見定めと提案』



 真城と別れ医療所を後にした神崎は、寄り道をすることも無く執務室へと向かっていた。


(少しゆっくりし過ぎたか……? 九条君も怒ってないといいんだが)


 なんてくだらないことを考えながら、進む歩幅を広げてく。

 しかし執務室が見えて来て、神崎は一人の人物に目を止めた。


 それは九条蘭。

 執務室。その扉の前に立ち、誰かを探すように左右へと視線を向けている。


 十中八九、神崎を探しているのだろう。

 やはり真城を医療室へと連れていくだけのことに時間を使い過ぎてしまったか……。

 部屋の中で待つことさえ諦めて、外にまで出てきたに違いない。


 かなりご立腹な様子である。


 頬を強張らせながら、それでも回れ右は出来ない。

 そこに向かうしか出来ない。


 嫌な汗をかきながら、執務室に近づいて……。

 そうして九条と目が合った。

 九条がこちらを認識し、目を大きく見開いたのが遠くからでも分かった。


(――ッッ)


 神崎は、自身の身体が強張るのを自覚した。

 初めに飛んでくるのは蹴りか拳か。

 そう思い身構えて、こちらへと駆け寄ってくる九条を警戒し――――、


「か、神崎さん!!」


 しかし続く九条の第一声。

 その声色が怒りではなく焦りや困惑といったものであると理解して、神崎は警戒心を解いた。


 一体全体何事か。

 今の九条を“こう”させる程のもの。

 それは一体何なのか?


 そんな疑問符を浮かべる神崎へ。

 九条の答えが述べられた。


水樹(みずき)さんが!! 水樹蒔那(まきな)さんが!!」


「――ッ、な!??」


 神崎の思考が停止する。

 背筋にゾワリッと悪寒が突き抜けて、先ほどとは別の意味での身体の強張りを自覚する。

 それは確かに一大事。大問題だ。


「……なんでこんな時に」


 いや、むしろこんな時だからなのか?

 そんなことを考えながら、ゴクリと生唾を飲み込んで。

 神崎は執務室へと踏み込むのだった。



……


…… ……



 神崎が執務室に入ると部屋の奥、神崎の机の前に一人の女性が立っていた。

 上下共に鼠色のスーツを身に纏うショートヘアの女性である。

 その者は腕を組み、不機嫌さを顔に出し、神崎が部屋へと入ってくるのを見るや否や鋭い眼光で睨みつけてくる。


「やっと来ましたか」


 怒気を含んだ声色。

 それに加えて一段階も二段階も低い声のトーン。

 水樹蒔那、その人であった。


 水樹蒔那(みずきまきな)

 彼女は普段“影狩り”本部にはおらず、国家公務員としての表の顔を持ち活動をしている人物だ。

 いわゆる国と“影狩り”とのパイプ役。

 政府からの要求を“影狩り”へと伝え、逆に“影狩り”からの要請を政府へと申告しあれこれと人を動かしてもらう。

 そんな重要な役どころを担っている者である。


 では、どうしてそんな人物が、わざわざ本部にやってきたのか。

 時は現代。通信技術というものは時代の流れ、変化によって日々進化するものであり、連絡一つ取ってみても、今では面と向かって話す必要さえありはしない。

 そんな現代を持ってして、わざわざ足を運んできた理由。……それは。


「どうして私がここに来たか、分かりますか?」


「いえいえ。何かそちらで問題でもあったのですか?」


 絶えず睨みをきかせたままの水樹。

 そしてそんな水樹からの圧を受けながらも素知らぬふりで返す神崎。

 その後ろには九条が控えるが口を閉じ、動揺を抑えながら成り行きを見守っている。


「相変わらずの態度ですね、白々しい。“アイ”暴走の件、私が知らないとでもお思いですか?」


「……、」


 やはりその件か。

 そう思いつつも神崎はそれを顔に出さずに平静を装う。

 しかし、無言をついたのがまずかったのか、或いは反抗的に映ったのか水樹はこめかみに手を当てた。


「これで一体何度目ですか? 清水さんの友人だか何か知りませんが、あまり調子に乗らないことです。いくら開発や研究に腕が立つとはいってもこういった事態を何度も引き起こす問題点まで考慮すれば、あなたに代わる人材などいくらでもいるというものですよ? 分かっているのですか?」


「――ッ、そんなことは!!」


 咄嗟に声を上げたのは、今まで後ろに控えていた九条だった。

 しかし、神崎はそれを右手で制すると、目で問題ないことを訴える。


「むぅ……」


 神崎の思いが伝わったのだろう。

 未だ不満はあるもののそれでもなんとか頷いて、もとの静観する立ち位置に戻っていく。


 九条は、もしかすると水樹の言った『代わる人材などいくらでもでもいる』といった部分に反応を示したのかもしれない。

 九条自身、毎度のこと神崎に振り回されてご立腹ではあるものの、それはそれとして神崎の技術力については認めてくれている節がある。

 そんな高い技術力を持った神崎に代わる存在、人物が『いくらでもいる』といった意見には流石の九条でも口を挟まずにはいられなかった。といったところだろうか。


 振り回され、文句は確かにあるものの、本来の“影狩り”のリーダーである清水がいないこの現状。

 そんな中でよく本部を切り盛りしていると、そういった部分での評価があるのかもしれない。


 しかしそんなやり取りを気にも留めず、


「それだけではありませんね。真城晴輝の一件、アレはあなたの管理不足が原因です。私は言いましたよ。彼の“力”は我々組織にとっては劇薬だ、と。彼を受け入れる体制を完全に整えてから本部に迎え入れるべきだ、と。上層部の決定を伝えていましたよね? “灰”などという存在についてもそうです。敵か味方かも分からないそんな存在をわざわざ公表するメリットが無い、と。今はまだ秘匿すべきであると私はそういいました。しかしあなたはそんな意見を無視して“灰”の存在を公表した。強行した、と言い換えられる程にあなたの行動は目に余る」


 キッ!! と、眼光を強くして更に言葉を続けてく。


「これからは私も本部へ足を運ぶ回数を増やしましょうか? 清水さんが不在の間、確かにあなたには本部の運営が一任されている。しかしかといって勝手な行いが許される道理はありません。少なくとも私の目の黒いうちはあなたに勝手はさせませんよ。勿論、真城晴輝のことについてもです」


「それは厳征君の指示なのかい?」


「違います。あなたも分かっているでしょう。“影世界”を探索中の清水さんに連絡をとる手段なんてありませんから。これは私の判断です。それに、それを言うのなら現在のあなたの行動こそ清水さんの指示なのですか? 清水さんの把握していない人物。ましてや今まで清水さん以外との接触が確認されていなかったという“灰”……そんな存在に接触し、何やら異質な“力”を手に入れた真城晴輝なる人物を清水さんの判断も待たずに招き入れ、あまつさえその“力”について研究を始めようとしているという事実。そんなことが本当に清水さんの為になると、確信を持って言えますか?」


「当然だね。厳征君が君を信頼し政府との橋渡しを任せたように、僕だって彼に信頼されてこの本部を任されている。下手なことなんてやらないさ」


 ピリピリとした空気が互いを、空間を包む。

 仲が悪いというよりかは、どちらかと言うと水樹から神崎への一方的な当たりが強く(事が事なだけに仕方ない気もするが)、それを神崎が受け流すといった感じではあるのだが、それを見せられる九条としては気が気ではない。


「……、」


 先程一度、水樹へと食って掛かった態度はどこへやら。

 オロオロと、九条は話の決着を今か今かと見守っているのみだ。


「……下手なこと、ですか。今回の“アイ”の暴走も、そうではないと?」


「むむ、そこを突かれるのは少し痛いな……。確かに、今回の件が起こったのは僕自身の落ち度だよ」


 肩をすくませ、そこに異論が無いと肯定する。

 が、しかし、


「それでも、今回の件が全くの無駄じゃないという事もまた、理解出来るものだろう?」


「機械工学とサイボーグ技術。それとAI……ですか。確かにそれらは“影狩り”にとって有益なもの。ですが、それが(イコール)で清水さんの役に立つものか、と言われればいささか疑問がありますが?」


「……、」


 上手く話を言いくるめようとしたものの。

 やはり“アイ”暴走の件が尾を引く所為でこちらが手綱を、主導権を握れない。

 それだけ、今回の失敗は神崎にとっても小さくない痛手なのだから当然か。


 或いは……だからこそ、この失敗で大きく出られない神崎へ、チャンスとばかりに釘を刺しに来たのかもしれないが。


 このまま話を続けてもあまりいい結果にはなるまい。

 話を早く切り上げるのが吉だろう。

 でなければこの失敗を盾にして、最悪、折角とりつけた真城の“力”の研究についての内容さえ反故にされかねない。


 神崎は「ゴホン」とわざとらしく咳をして、


「ですがそれでも、真城君の持つ“力”についての研究はさせてもらいますよ」


 と、先手とばかりに宣言する。


「その研究については間違いなく、厳征君だって同意する。それは君にだって分かるはずだ。厳征君が影人を根絶させたいと思うのと同じくらい、彼が影人化した者達を救う手立てを探していたということは、君も知っているはずだろう?」


「…………、」


 互いに睨み合い。

 沈黙が場を支配する。

 

 そうして、そんな沈黙の数秒後。


「失敗は、許しませんよ?」


「えぇ。必ず結果を出しますよ」


 という二人の短い言葉が交わされた。



……



「それで、他の要件は何ですか?」


 神崎は少し間をおいて来客用のソファーに腰掛けると、水樹へと向かって問いかけた。


「察しがいいですね」


「えぇ、いくら僕に釘を刺す為と言っても、その為だけにわざわざ本部に来るとも考え難い。となると、他にも何かあると考えた方が自然だ」


「…………、」


 水樹は無言のまま神崎の座る向かいのソファーに腰掛ける。


「単純に、見定めに来たんですよ。……真城晴輝の実力。今後の課題。その全てを。前回の任務の一件、我々政府側に伝わるより先に決行した――誰かさんがいましたので」


「真城君から得られた情報で急遽浮上した案件でしたからね。凪原町の行方不明者の数からしても緊急性があると判断したまでのことですよ。それに、一々任務内容をそちらへと報告する義務も無かったと記憶してますが? ……まぁ、使わせる予定の無かった“力”を真城君が使ってしまった点に関しては、あなたから言われた通り僕の管理不足が原因だったわけですが」


「事後報告では困るのですよ。真城晴輝の持つ“力”については、特に慎重に対処しなければならなかったというのに……あなたという人は。戦闘訓練のみとの話だったはずなのに、まさか任務にまで行かせるなど……真城晴輝に何かあれば、それこそあなたの首一つでは足りなかったところです」


「影人が潜伏した先が真城君の通う大学とのことだったので、真城君を行かせるのが一番手っ取り早かったんですよ。それに、真城君の安否に関しては万が一にも無かったでしょう。何せ、龍牙君を付けておきました」


「…………、」


 変わらずに睨みを利かせる水樹とそれを軽く受け流す神崎だ。

 そこに何の違いも無い。

 しかし、先程。一番初めの邂逅の時よりは少しばかり空気が軽くなっただろうか。

 二人はそれぞれ九条が持って来てくれたコーヒーを飲んで一息つく。


「そういえば、その節はありがとうございました。真城君の戦闘訓練中、影武者を配備してくれていたようで」


 真城の影武者の件。

 それは、真城から連絡を受けて知った事だった。


 元々、その件については水樹にも伝えており、あれこれと根回しをしてもらえる様にと頼んでおいたものである。

 それは例えば、長期休みを“体調不良”の所為にして診断書を偽造。医師との口裏合わせ等々だ。


 高々バイト程度でそんな事、などとは思わない。

 どんな理由であれ、こちらからの指示で真城がバイトを休むことになるわけだ。

 それに対する埋め合わせ。

 ちゃんと済ませるのは当然だ。

 

 まぁまさか、その根回しの結果が“バイト先に真城の影武者を送ること”になっていたとは神崎も予想していなかったわけではあるのだが。

 

「あぁそのことですか。いいですよ、お礼なんて。それが私の仕事ですから」


 神崎が頭を下げるが、それに対し水樹は当然とばかりにすました顔で言い放つ。


「影武者を送ったのは単にその方が楽だったからですしね。仕事を休んだ言い訳を捏ねるより、いっそ休まなかったことにしてしまう方が楽かと、そんなわけです」


 水樹が用意した影武者。

 それは当然、神崎が作り出したアイテムによるものだろう。


 名を“変装マシン”。

 “黒箱(ブラックボックス)”と同様の仕組みで人間の脳を誤認させ、別人の姿形に成り代わる装置である。

 これには誤用……もとい裏技機能として、変装ではなく光学迷彩のように姿を眩ませるといった使用法も存在し、その機能を水樹が気に入った(政治活動で相手の弱みを握るのに役に立つ)ということで一つ持たせている代物だ。


 まさか水樹自身がソレで真城に成り代わってバイトしていたなどとは思わないが、水樹が政府内で活動するにあたって、それをサポートする人材を“影狩り”から数名渡していることを考慮すれば、それら人物の中の一人が、“変装マシン”を使って真城の影武者をしたというのが事の真相となってくる。



「それよりも、話を戻しますよ?」


 水樹がそう短く告げると、自身のバックから数枚が纏められた書類束を神崎の前へとスライドさせた。


「さっきも言いましたが、私が今回ここに来たのは真城晴輝の見定めです」


 書類を手に取った神崎がパラパラと軽く中を読む。

 読んで、そうして水樹へと目を向ける。


「……これは」


「はい、任務の依頼です。つい最近小耳に挟んだので、こちらで軽く調べてみたのですが……どうやらその背景に影人がいるようで。折角ですので持ってきました」


「……いじめ、ですか」


「えぇ。今現在、ある高校で起きている事態ですね。あまり隠蔽しておきたくもないですが、公表するにしても影人の存在が邪魔でして。それに校内ではオカルトな噂話も囁かれている様なので、まだ報道は止めてもらっているんです」


「…………、」


「そこに真城晴輝を向かわせて下さい。他に同行者を加えても構いませんが……一ノ瀬さんは今回無しの方向でお願いしますよ? 今後、真城晴輝が戦力面で問題無いと判断出来るまでずっと一ノ瀬さんを同行させてしまっては本部の戦力が手薄となり、いざという時の対処が困難になります。加えて今現在、誰かさんの作ったロボットが暴走した所為で“警備ロボ”もドローンも完全復旧には程遠い状況ですしね。今後の真城晴輝が随時、一ノ瀬さんに頼り切ってしまう可能性もありますし、それでは彼そのものの見極めや成長が見込めません。無論、万が一を考えていざという時に真城晴輝だけでも保護し離脱させる為の人員は別途用意しておいてもらいますが……それは真城晴輝には内密に」


 水樹からの提案。

 真城へ向けた新たな試練。新任務。

 それを受け、神崎も頷いた。


「そうですね。分かりました」


「この任務結果を以って、真城晴輝の“今後”を考えることと致しましょう」



…… ……



 神崎と水樹の邂逅。

 そんな二人のイベントから小一時間ほど経った頃。

 真城は健康診断を終えて私室への帰路についていた。


 健康診断の結果。

 異常は見られなかった。

 気になっていた“侵食率”も、真城の持つ“力”のお陰か0%だったらしい。

 それは真城の持つ“力”による影響か。或いは単純に“影結晶”を使い続けて日が浅いということなのか。

 まぁどちらにしても気は抜けないが、とりあえず今は良かったという事にしておこう。


 真城の今日の予定はもう終わり。

 他にすることも特にない。

 時刻も10時を過ぎた頃。昼ご飯を食べに行くにも早いだろうし……どうしたものか。

 と、そんなことを考えていた時だった。


「なんだ、真城じゃねぇか」


 男性の声がかけられた。

 声のした方を振り向けば、そこにいたのは一ノ瀬だった。


 “アイ”暴走した今回の事件。

 その初戦でかなりの痛手を受けたらしく、最後の“巨大ロボット”との戦闘では終始体調が優れない様子だったのだが、どうやら一日経って完全に回復したらしい。

 その顔色や立ち振る舞いからも、疲れや体調不良といった雰囲気は見て取れない。


「久しぶりだな、まともに話すのは一か月ぶりか」


 相も変わらず皺のついた白いワイシャツに茶色いロングコートを身に纏う男性。

 気怠げにボサついた髪を掻きながらこちらへとやって来る。


 一ノ瀬が言うように、まともに顔を合わせるのは久々だ。

 今回の騒動でのことを抜きにするのなら、最後に会ったのは初任務の後のこと。

 真城の“力”のことが知れ渡り、本部が騒がしくなった頃。

 騒ぎが収まるまでの期間、本部を離れなければならないといった判断を受けて以降全く会う機会が無かったのが理由である。

 ……というのも、


「はい。……懲戒処分を受けてましたから。その節はご迷惑をかけました」


 真城の勝手な行動が原因であるからだ。

 そのことについて、真城は深く深く頭を下げる。


 結局、勝手な行動をして以降。

 あれやこれやと騒ぎが大きくなっていき、まともな謝罪さえ出来ぬまま出勤停止を言い渡され、本部から隔離されたわけである。

 ここで今一度、きちんと謝罪をすべきだろう。


 そう思っての行動だった。


 しかし一ノ瀬はヒラヒラと手を振って、まるで“過ぎたことは気にするな”とでも言いたげな態度のまま、『こっちにも責任はあるからな』とだけ簡単な答えを返してくるのみだった。

 そうして、これでもうこの話はお終いとばかりに、


「健康診断も終わったようだな。これから少し付き合えよ」


 と言って一ノ瀬は回れ右。

 背を向けて歩き出す。


 真城に今日の予定は無い。

 昼ご飯まで時間もある。

 故に、真城も拒否をすることはしなかった。


 一ノ瀬の背を追って、目的地も知らぬままに歩き出す。



……


…… ……



 一ノ瀬に連れられて訪れた場所。

 そこは、真城もよく知る修練場であった。

 

「ここは……」


 息を呑む真城を余所に、一ノ瀬は受付で簡単に処理を済ませると「ほら行くぞ」と先に中に入っていく。

 既に“アイ”の騒動が終結しているとはいえど、ここは(くだん)の騒動でも問題となっていた戦闘訓練用ロボットの格納地。

 今はもう問題無い。現在はロボットも納まってない。

 ……と、分かっていても、身体に軽い拒否反応が起きてしまう。

 しかしそれでも、


「……――ッ、よし!!」


 真城はパシパシと両手で二回、頬を叩くと動揺した気持ちを引き締める。

 一ノ瀬が真城をここへ連れてきた理由。

 そんなもの、一つしか思い至らない。



 修練場、その一部屋に着くや否や一ノ瀬は部屋に置かれているプラスチック製の棒を手に取った。

 それはこの修練場で、模擬戦をする際に使用する専用武器。

 長さ四十センチほどの物である。


 一ノ瀬が部屋の奥へと進んでく。

 そうして真城の方へと振り返り、武器を構えた。


「ほら、早くお前も構えろよ」


「……、」


 やはりそれが目的か。

 真城は自分の予想が合っていったことに内心で溜息を吐くと、そのまま無言で武器を取る。


 戦闘訓練。

 模擬戦。

 ここでした一週間の記憶は今も鮮明に覚えている。


 何度も一ノ瀬と戦って、結局一度の勝利も出来なかった。

 させてさえもらえなかった。

 出来たことといえば精々、一撃を入れたぐらいのものだった。


 それは、とてもじゃないが“戦闘”と呼べるものではなかった。


「ふぅー……、」


 しかし。

 しかしだ。

 真城だって、あれから何もしなかった訳ではない。

 

 その後に行った初任務。

 その中で、真城は“フェイズ4”と戦った。

 戦って、勝利した。


 それだけでは無い。

 懲戒処分の期間中、バイト以外にもしていたことがあった。

 それは、体力作りの一環として始めたジョギングと筋トレだ。

 毎日毎日コツコツと、努力を続けてみた訳だ


 そして、その結果……とまでは言わないが。

 結果として、今回の騒動で“アイ”の撃破にも成功した。


(今の俺なら……或いは、少しの可能性くらいはあるんじゃないか? 一ノ瀬が勝てなかった“アイ”にだって勝てたんだ)


 息を整える。

 武器を構える。

 そして、そして……。



「行きます!!」



 真城は、一ノ瀬へ向かって挑みかかった。



……


…… ……



「ぐふぅ……」


 戦闘を開始してはや数分。

 そこには、床に倒れ伏す真城の姿があった。


「ど、どうして……。“アイ”にだって勝てたのに……??」


 身体の痛みを堪えながら呻くように呟く真城へと、「やっぱりな」という一ノ瀬の声が耳に届いた。


「だからお前を修練場(ここ)に誘ったんだよ。お前が調子に乗る前に、その鼻をへし折ってやろうと思ってな」

 

(うっ……)


 一ノ瀬の何の気無いように告げた言葉。

 しかし、その言葉に“心当たり”があった真城は内心で言葉を詰まらせた。


 何せ、一ノ瀬と戦う寸瞬前『少しの可能性くらいはあるんじゃないか?』……などという考えを持っていたことは言うまでもない。紛うことなき真実である為だ。


 しかし、かと言ってソレとコレとは別の話。

 どうにも心の内を見透かされたようで宜しくない。

 まさかそんな考えをした結果が敗北に繋がった……などとは思わないが、どうにも居心地が悪く目を逸らす。


 そんな真城の態度を見て取ってか、一ノ瀬は額に手を当てると、


「お前、もしかして……今なら“黒鉄(くろがね)”にも勝てるかも? なんて、考えてるわけじゃあるまいな?」


 と声のトーンを落として少し探る様に、切り込む様にそんなことを言ってきた。


「――なんッ、!?」


「図星か?」


 真城の反応を読み取って、一ノ瀬は今度こそ大きく溜息をついた。

 その瞳は、『そんな事だろうと思った』とも『まさかここまでとは……』とも読み取れるような、いわゆる“馬鹿に対する憐れみ”にも似た感情が見て取れた。

 一ノ瀬は一瞬だけ固まって、コツコツと頭を指で小突いて考える素振りを見せると、


「ハッキリ言って、お前が“アイ”に勝てたのはお前が強かったからじゃない」


 と、まるで頭の悪い子供に言って聞かせるように、


「“アイ”がお前の“力”を把握しきれていなかったこと。そして、そもそもお前の“力”が“影操作”を主体にして戦う相手との相性が良いってだけの話だ」


 ただ、真実のみを口にする。


「……大体な」


 一ノ瀬は武器を床に放り投げると真城が倒れ伏す横につき、腰を下ろした。


「“アイ”を楽々倒せる俺がいて、どうしてあの時……お前と初めて出会ったあの邂逅時に、俺は“黒鉄”を斃せていない? 加えて言うならそれ以前も。なんで“黒鉄”が現在に至るまでのうのうと生きていられていると思ってる」


 真城の目を見て、強く。


それ(・・)だけが(黒鉄)の強さじゃないからだろ?」


「……、」


 一ノ瀬の言葉に、真城はハッとし押し黙る。



 影人フェイズ4。識別名(コードネーム)・“黒鉄”。

 それは、“影狩り”本部がその戦闘能力の高さから危険視している影人の一体だ。


 知られている能力などごく一部。

 そしてそんな断片的なデータの少なさは、彼と遭遇し、戦闘を始めた“影狩り”がまず生きて帰れない。情報を持って帰れない。そんな理由から来るものだ。


 そして、そんな彼の力を誇示するかの様に挙げられる……有名なもの。

 それこそが、“影纏い”。

 『現在確認出来ている“影纏い”の最高硬度を持つ』というものだ。

 

 “アイ”の使っていた“影纏い”。

 それは理論上、“黒鉄”の影硬度に匹敵するものなのだと神崎が言っていた。

 “黒鉄”の持つ影硬度を再現する。

 それはつまり、“黒鉄”の持つ影硬度こそが“影を硬化させる”という事における一つの到達点であり、同時に神崎とAIがそれを超える硬度を生み出せなかったということだ。


 “アイ”は確かに脅威だった。

 “力”を使って戦えた真城だからこそ、然程脅威とは感じなかったというだけの話だ。

 実際問題、“アイ”の影を正面から破壊出来たのは、例外の真城を除きただ一人。

 一ノ瀬以外にはいないのだ。


 一ノ瀬が“アイ”の影を突破出来るのはただの技術。

 影の纏わせ方。硬化させる場所やタイミング。力や身体の運び方。その他諸々のお陰らしいが……そんなものは当然、一朝一夕で出来るようなものじゃない。



 ……そして、そんな“アイ”より“黒鉄”は強いと一ノ瀬は言っている。

 しかしそれも当然の話である。

 何せ“黒鉄”にはそれ以外にも複数の能力を隠し持っているのだから。


 影の硬化。などというものは、あくまでもその一端。

 “影狩り”や影人。その誰もが扱える基本スキルが、ただ一番優れているというだけなのだ。


「……、」


 その事実を、真城はようやっと理解して。

 唇を尖らせて、……負け惜しみとばかりに、


「でも今回“アイ”を楽々倒せないどころか負けてたじゃないですか……」



 その直後だった。


「ふん!!!!」


 真城の頭蓋目掛けて、一ノ瀬の肘鉄が炸裂した。



…… ……



「いてててて……、そんなに怒ることないじゃないか。どんだけ“アイ”に負けたのを根に持ってるんだ」


 フラフラとした足取りで廊下を歩く真城は、まだ痛む身体を擦りながらそんなことを呟いた。

 現在の時刻は11時。

 程よく身体を動かしてボロボロになったお陰かお腹もすいたので、今は食堂へ向かう最中だ。


 あの肘鉄を受けて以降、怒りに任せて暴れまくる一ノ瀬を相手に何とか死に物狂いで抵抗した時の記憶を思い出す。

 その中で交わした言葉の中で重要そうな内容を掻い摘む。


 結局の所。

 一ノ瀬がどうやって“アイ”に敗れたか?

 その答えを、一ノ瀬は最後まで“ハッキリと”口にする事をしなかった。



 だが、推測出来る事はあった。


 一ノ瀬は今回の件を除く、過去全ての“アイ”の暴走を止めている。

 “アイ”の撃破に、成功している。

 その理由は単純に、戦闘技術が上回っている点と“黒鉄”に匹敵する影の防壁を破壊する技術の二つが合わさって出来る芸当だ。


 今回の一ノ瀬の敗因。

 それは九条曰く『一ノ瀬さんは神崎さんの発明品には疎い』、『その隙を突かれてしまった』のではないか? といった話だったが、いくら疎いからといっても今までの“アイ”との戦闘経験から鑑みて、全くの無策・無防備だったとは考えにくい。


 それこそ、例えば“睡眠針”。

 アレは神崎から貰った“湿布の様な物”を首の後ろに貼ることで対処出来たが……そもそもの話、全身を“影纏い”して常時固めていたのなら問題無いようにも思える。


 ……いや、もっと言うのなら。

 そもそも“アイ”からの攻撃を全て回避し、又全ての怪しい動作を警戒し、その射線上に入らないようにすればいい。

 それこそ、真城が“巨大ロボット”内部で行った、“アイ”との最終決戦の時の様にだ。


 真城でさえ出来たこと。

 一ノ瀬が思いつかないはずは無い。

 やって出来ないことも無いだろう。


 まぁ実際には真城が“アイ”と相対した初戦。

 そういった回避行動を取らせない為か、或いは集中力を乱すのが目的か、どこに打ち込もうとしてるのかを隠すのが目的かといった事までは分からないが、“アイ”が“睡眠針”を打つ直前に“閃光弾”を使用してきていたので、初見の真城では対処が叶ってなかったが……。

 一ノ瀬なら或いは、そういった初見の技であっても見切れる可能性もあるだろう。


 で、あるならば?

 そうなってくるのなら、……敗因は“それ以外の方法”に絞られる。


 第一に、怪しい動作の射線上から逃れても躱せない。

 第二に、全身“影纏い”を通過する。


 つまりは、“睡眠ガス”のようなガスの類。

 いくら全身“影纏い”をしたとして、人間が生きる為には呼吸が必要不可欠だ。

 空気までは遮断出来ないしするわけにもいかない。


 また或いは、音。振動。

 それこそ音響兵器の類などだ。

 真城はそう言った知識に詳しくないし、外での技術がどれだけ発展してるのか知らないが、……或いは神崎であるのなら、狙って失神だの気絶だの。三半規管や平衡感覚の狂わせだのを行えるような発明品を作れていても不思議じゃない。


 一ノ瀬の体調不良の原因。

 それは果たして、薬物過剰投与からくる気分の悪さだったのか。

 それとも三半規管や平衡感覚を狂わされたが故の不快感だったのか。


 ……まぁ結局の所、どれだけ考えたところで推測の域を出ないのだが。



(それよりも、俺が考えるべきなのは……)



 全身“影纏い”でも防げない攻撃があるという点だろう。


 真城は今までの影人との戦いで、全身“影纏い”という脳死防御手段に何度も救われたことがある。

 それこそ、一回の戦闘で必ず一回は使っているんじゃないかと思う程。


(……、)


 思えば、物理攻撃を防ぐのみならず、大柄の影人戦では“念動力”を防ぐのにさえ役立った。

 あの時、“念動力”を“影纏い”で防げてなかったなら?

 真城と桜井はあそこで敗北し、死んでいたことだろう。

 運よく“影纏い”で防げていたから良かったが、……もしも“影纏い”で防げないような能力があったなら?

 或いは、あの大柄の影人の扱う“念動力”のみが、偶々“影纏い”で防げただけであったなら?

 ……ありえない話でもないだろう。

 あまり考えたくもない。



「あれ、真城晴輝か。丁度良かった、アンタも昼飯食いに来たところなのか?」


 考えに耽る真城を呼ぶ声があった。

 その呼びかけによって、真城の意識はようやく現実に引き戻される。


 声のした方向。

 視線の先には知った顔の男性、切矢祐真(きりやゆうま)とその背中に隠れるように張り付く見知らぬ少女が立っていた。


 どうやら真城が考えに耽っている間に食堂に着いたらしい。


「あ、あぁ。そうだけど」


 急いで返事を返す真城。

 そんな真城を見て、切矢は、


「ほら、ひなた。いつまでも後ろに隠れてないで出てこいよ」


 と、背中に張り付く少女に声をかけた。

 その瞬間、真城は「あっ」と思い出す。

 着ているセーラー服に長い黒髪の女の子、立花(たちばな)ひなたの存在を。


「あ、あの……、……こ、こ、こんにちは」


 少しして、オドオドと切矢の背中から離れずに顔のみをギリギリこちらへと覗かせていた少女が声を発した。

 それは真城が咄嗟に耳を澄まさなければ聞き取れない程の声量だった。


(あれ? ……こんな感じの子だったか?)


 真城の初めの印象と食い違う。

 もっとこう、淡々とした抑揚のない喋り方をする子だった気がしたが。


(……ん?)


 考えてみれば、あんなに印象が強かった“猫の面”を付けていない。

 通りで見知らぬ少女のはずである。

 何せ、顔を見たのが今回で始めてなのだから。


 もしかすると、お面で顔を隠していない事がこの子の性格変化の原因なのかもしれない。

 元々が恥ずかしがり屋。

 そんでもって、お面で顔を隠して精神を安定させている的な感じで。


 確か『仮面効果(ペルソナ)』とかそんな感じのものがあった気もする。

 何でも、自分の顔を隠すことで自信を持てたり、落ち着いて他人と会話が出来るようになるんだとか何とか。

 自分ではない誰かを演じているという免罪符を掲げることによって、精神の安定性をはかる……とかそんな感じだっただろうか。


(まぁいいか)


 正直、真城はそういった詳しい知識を持っていない。

 人には色々あるのだろう。

 そう思い、あまりこちらからは触れない事に決めると、


「あぁ、こんにちは」


 とだけ、真城も言葉を返すにとどまった。

 ひなたと真城の会話(?)が終わり、それで満足したのだろう。

 切矢は頷いて、ひなたの頭を撫でると、


「これから俺らも飯なんだ。良かったら一緒に食わないか?」


 真城にそんな提案を切り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ