第14話 『超能力研究』
医療所から出てきた女性。
それは膝下まである白衣を纏った黒髪の人物で、胸のネームプレートには『五十嵐』の名が書かれていた。
怒気を含んだ声と共に現れた彼女だったが、神崎の顔を見るなり目を丸くして驚いた表情を作った。
「あら神崎さん。……どうしたんだい、こんな所で」
「それは君こそ。……君の仕事場は別の場所だったと記憶しているが」
驚いたのは神崎も同様のようだった。
二人が顔を見合わせて停止する中、一人真城はどうしたらいいのかオロオロする。
たっぷりと数秒の時間が経過して、とりあえず思考を開始した神崎が先に尋ねる。
「山下先生はいるかい? 話は事前に通してあるんだが、この真城君に健康診断を受けてもらいたくってね。連れて来たのだけれど」
医療所の中をキョロキョロと見渡して、神崎がそう告げる。
しかしそれを受けた五十嵐は、深く深く溜息を吐いて、
「いないよ。今の状況は知ってるだろう? 君が起こした事件の所為で本部はてんやわんや。山下先生も看護師引き連れて病室から病室を駆け回ってるってわけさ。昨日の今日で事態が完全収束してないってのは、君も分かっていることじゃないのかい?」
「あぁー……」
「人手が足りなくてカウンセラーの私までこっちで仕事させられているんだ。本職の人らが暇をしているわけがないだろう」
事件の元凶である神崎を睨みつけ、五十嵐は愚痴をこぼしながら自身のウェーブがかった黒髪を弄ぶ。
「それは、その……申し訳ない」
と、何も言い返すことが出来ずに頭を下げた神崎に、『はぁ~』と再びわざとらしい溜息を吐いた五十嵐は、
「まぁいいさ。健康診断の準備はほとんど終わっている。元々私がここにいたのは件の山下先生から真城くんの健康診断を代わりにやってくれないかってな話を頼まれたからなのだし」
そう言って真城に向き直り、
「あなたが真城くんだね、はじめまして。私は五十嵐だ、好きに呼んでくれて構わない。さっき言ったが私は元々カウンセリングを担当してる……んだけど、まぁ今回は非常事態ってことでよろしくね」
といった感じで軽く頭を下げる。
そして、
「もう少しで準備も終わる。それまで椅子にでも座ってゆっくりとくつろいでいたまえ」
とだけ言い残し、部屋の奥へと消えていく。
部屋の中に、真城と神崎の二人だけが残された。
シンと静かになった部屋の中。
そんな中で、神崎が真城に向けて口を開いた。
「真城君。君がさっき言おうとしてた事、……“フェイズ5”となった人達を真城君の“力”で救いたいって話だろう?」
それは、先ほど診療所の扉の前で話していた内容の続きだった。
真城は『はい』と小さく頷くと、
「どうか、俺に試させてくれないでしょうか」
そう言って、深々と頭を下げて願い出た。
しかし、それを受けた神崎は『うーむ』と唸ると、
「だが、今の真城君の“力”であの人達を救うのは無理だろう」
そう。
キッパリと。
端的に告げられた。
「――――ッ、」
息を呑み、何か言おうとする真城であったが、それより早く更に神崎が口を開いた。
「もちろん“可能性”という意味だけで言うのなら、真城君の“力”で“フェイズ5”となった人達を救うことも可能だろう。だがそれは現状、あくまでも“可能性がある”というだけの段階だ」
「……、」
「それは真城君も察しているんだろう? 君は確かに“フェイズ3”となった人間でも救うことが出来る唯一の存在だ。しかも初任務で助けた松田椎菜君に至っては“影無し”になる以外の人体的な後遺症も無く社会復帰も果たせている。これは今までなら考えられない程の出来事だ。……しかし、と同時に“フェイズ4”を救うことが出来てはいなかった」
「……ッ!!」
「情報はしっかりと届いているよ。真城君は戦闘中、“黒隠”……あの“フェイズ4”に確かに“力”を浴びせていた。しかし、にも関わらず“フェイズ4”は霧散して消滅した。それは今まで我々が“フェイズ4”の影人を斃した時と全く同じ現象だった。……それでは、そんな状態の“力”では、“フェイズ4”の更に上の“フェイズ5”なんて到底救えないんじゃないのかい?」
真城は答えに詰まった。
それは神崎のその言葉が、正論以外の何ものでもなかったからだ。
真城を真っ直ぐに見つめて、淡々と正論のみを重ねていく。
そんな神崎に、真城は何も言い返す言葉が浮かんでは来なかった。
……しかし、それでもと。
真城は頭の中をこね回し、なんとか答えを振り絞ろうと努力する。
何か。
何か無いのか?
何か、きっとあるはずだ……。
ぐるぐると何度も思考を巡らせて。
真城は考えに考えて。
しかしそれでも、答えは出てこなかった。
ガクリ、と真城は力無く項垂れて、
「……それでも、やってみなくちゃ分からない、……ことだってあるはずで」
それでも気持ちだけは諦めず、根性論のような言葉を振り絞る。
それだけだった。
再び静まり返った部屋の中。
『――フッ』と吹きだすような声が聞こえた。
驚いてその音源へと目を向ける。
その音の正体は、神崎が笑いを堪えきれなくなって発した声だった。
真城の顔が困惑で染まる。
事態を少しも飲み込めず、頭の中が真っ白になる。
そんな真城へと、
「いや、すまない。少し意地悪をし過ぎたなと思ってね」
くつくつと申し訳なさそうに笑いながら、神崎は真城へと目を向けた。
「それについての話も今後の本部の『“力”の運用について』関わることだったんだけれどね。……話すタイミングを見失っていたというか、寝不足で頭が回ってなかったというか……まぁ説明し忘れていただけなんだけれどもさ」
「……おい!」
「まずは真城君の“力”がどういうものなのかを調べ上げ、メリットとデメリットを徹底的に洗い出す。これは前にも言ったこと。そしてこれからはその“力”を研究し、最終的に“フェイズ4”や“フェイズ5”であっても問題無く人々を救えるように強化させることを目的として活動する。……それもまた今後の本部の方針として決まったことではあるんだよ」
「めっちゃくちゃ重要な話じゃねぇか!!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれ真城君」
食ってかかろうとする真城を手で制すようなジェスチャーを見せながら、神崎は「こほん」と一つ咳をする。
「……とはいえ、だ。方針として決まったとは言ってもこれには君の同意が不可欠だ。何せ能力を使うのは真城君自身な訳だからね。この試みは数ある未開の領域に真城君の意志で踏み込んで、手ずからの力で切り開いていくことに他ならない。環境は用意する。しかしそれでも時に危険が無いとは言い切れない。結果さえ出ないかもしれない。思い通りに行かないことだってあるかもしれない。……その“力”を、失うことにさえなるかもしれない。それでも――我々の研究・実験に協力してもらえるかな?」
「…………、」
「もちろん返事は今でなくても問題ない。ゆっくり考えてみるといい」
神崎はそこで言葉を区切った。
そうして、それ以上に語ることも無くなったのだろう。
そそくさと背を向けて、医療所を後にする。
――そんな神崎を、真城の声が呼び止める。
「……それで、俺が“力”を強化出来れば――“フェイズ4”や“フェイズ5”でも救うことが出来るようになりますか?」
「さぁ、それはどうだろう。真城君の努力次第……と言いたい所ではあるけれど、……世の中、どうにもならない事の方が多い。どうなるかは、僕にだって分からない」
神崎は振り返り、真城を見つめる。
そして、
「だが、“そう”出来るようにするのが我々の目標だ。さっきは否定したが、もしも真城君が“そう”なったと思える段階に来たのなら――牢獄部屋の“フェイズ5”で試してもらっても構わない。その時が来たのなら寧ろ、僕から願い出たいぐらいだよ」
そこまで聞いて、真城はコクリと頷いた。
そこまで聞ければ十分だ。十分であった。
真城は背筋を伸ばすと頭を下げて言い放つ。
「――やらせてください。お願いします!!」
それは、真城の今までの人生の中で一番に力強い。
意志の籠った返事だった。
…… ……
「えーっと、それで……具体的にどうするんですか? “力”の……能力の強化っていうものは……」
医療所の中。
部屋に置かれた椅子に再び腰かけながら、真城と神崎が向かい合う。
そうして、初めに口を開いたのは真城だった。
「ふむ。それなんだが、実は“影狩り”本部では影人に関する事象、“影世界”や“影結晶”、“影エネルギー”についての行われている研究とは別にもう一つ、盛んに進められている研究があるんだ。――それが“超心理学”。“超能力についての研究”だ」
神崎は少し複雑そうに。
しかしそれと同時に、未知への探求に満ちた眼差しでそう告げた。
「超能力……研究ですか?」
「あぁ。だからそれら研究によって蓄えられたノウハウ、成果達を基にして、真城君の“力”を強化する方法を色々と試していく流れになる。……もちろん、それで確実に強化出来るかと言われれば難しいが、それでも何もせず受動的な変化を待つよりは可能性があるはずだ」
「……、」
「能力の種類にもよるが例えば、その人専用のアイテムを作って能力の発動や効果範囲の拡張を図ったり、あるいは能力発動までの処理や制御を一部AIに肩代わりしてもらったり、とかね。サポートの方法は様々だ」
そう言われ、真城はふと考える。
AIに色々肩代わりしてもらうやり方は、どうにも“アイ”暴走の一件の所為で良いイメージが湧かないが……それはともかく、思い当たる節があったのだ。
それはAI事件の最中に、桜井が起こして見せた放電だった。
なんでもあれは、桜井に目覚めた新しい“力”であるらしい。
しかしその話を聞いた時は目先の問題で忙しく、その事に関しては真城自身もあまり深く考える余裕が無かったのでスルーしていたものだった。
そういうものなのかと、勝手に受け入れてしまっていたものだった。
だがここは“影狩り”だ。
影についての研究・対策を行う機関である。
そんな機関・結社に属する研究員に対し桜井は『この能力をどうにか実戦向きに出来ないか』『もうちょい強化出来ないか』といった相談していたらしいのだ。
それは、よくよく考えて見れば引っ掛かる事だった。
その時点の真城であったなら、疑問に思って然るべきものだった。
しかし今、神崎の話を聞いた後でなら、その話にも合点がいく。
“影狩り”が影についての研究とは別に超能力についても研究しているというのなら、そういった内容の話を桜井が研究員に持ち掛けていても、なんら不思議なことではない。
「超能力研究。それはある日、龍牙君が超能力に目覚めた事がきっかけで始まった。真城君も既に知っているかもしれないが、龍牙君が使えるようになったのは“念話”と言われる超能力の一つだった」
それを聞いて、真城はハッとする。
一ノ瀬の持っていた異能力。
あれはそんなに前から持っていたものなのか。
「元々僕が“影結晶”や“影エネルギー”について研究していたのもあって、その時の龍牙君の状況を見てピンと来たんだよ。影人の使う異能と龍牙君の超能力、そこにもしかしたら共通点、因果関係があるんじゃないかってね。ほら、影人は“フェイズ”が進めば進むほど使える能力が増えるだろ? “フェイズ3”で一つ以上。“フェイズ4”ともなれば三つ、四つと持ってる奴も少なくない。そんな影人の能力、……超能力の発現メカニズムを理解出来ればそれを人間にも応用する事が出来るんじゃないか? もっと影人との戦闘が楽になるんじゃないか? とね」
神崎はそこで一度言葉を区切る。
「そこで僕が着目したのが“影エネルギー”だった。理由は色々あるけれど、一番の理由は僕の立てていた仮説との矛盾が無かったからだ。仮説というのはほら、前に言った世界中でのドッペルゲンガーの目撃例。それらは白川教授が人工的に生み出した“影世界”と同じ状況下で自然発生した“影世界”と、そこから漏れ出た“影エネルギー”によって中てられた人々が原因だ、とする考えだ。もしも“影エネルギー”に触れた人間が引き起こす現象が“影人化”だけでないのなら? 超能力の発現も、またそのトリガーとなっているのなら? 世界中で囁かれる超能力者と呼ばれる者達の能力発現にも説明が付けられる。それこそ、ある者は“影人化”を引き起こし“ドッペルゲンガー”に苛まれ、またある者には超能力が発現して有名人……ってな感じでね」
昔のことを懐かしむような表情で、神崎は更に言葉を続ける。
「その頃はまだ“影狩り”が国との関係を持っていなくてね。誰からの支援も援助ないままで、影人に恨みを持った人々が勝手に集まって出来ただけの集団でしかなかった。……そんな時に閃いたものだから僕も凄く喜んでね。丁度、支援金を求めて国との交渉をしようって話が持ち上がってもいたからさ、この研究ももしかしたら交渉の役に立つかもしれないって事で色々と頑張って、まぁ……結果として、仮説を裏付けるような根拠は上がらなかったんだけれどもね。それでも“その可能性を妄想として切り捨てるには惜しい程にはある”という点と、“影操作”や超能力が発現した龍牙君達の“能力を応用した技術の開発・発展”が認められて、それが国管轄の“影狩り”設立に繋がった。真城君もどこかで聞いているかもしれないけれど、僕が“影狩り”設立の基盤を作った一人……なんて言われているのはこういった部分が大半なんだ」
ドヤリ、と神崎は笑みを浮かべてみせる。
が、その顔に再び影を落とし、
「今では国からの支援金が影人対策よりも多く配分されているくらいでね。お上からは超能力研究を優先的に進めろとさえ言われている。“影狩りで能力に目覚めた者が少ないこと”に加えて、“能力を持った影人を捕獲出来たとしても、協力的でない限り能力を研究出来る段階に至れない。単純に不向きであること”なんかの理由から研究サンプルが少なく、あまり良い研究成果が出ていないにも関わらず、ね。毎度毎度ことあるごとに『早く“影エネルギー”と超能力の因果関係についての報告を』『“影エネルギー”が超能力発現と関係があるのなら、安定した能力発現の方法模索を』『関係が無いのなら、影人や一ノ瀬達の超能力は何が起因して発現したのか突き止め、意図的に能力を発現させる方法を模索しろ』とか何とか。……どうにもお上の人間様には影人による世界の危機よりも、超能力者の量産・安定化といった武力の充実や軍事利用の方がよほど魅力的に見えるらしい。確かに僕も“影狩り”の戦力増強を図る目的で始めた研究ではあったんだけれどもね。それを向ける矛先は対影人のみのつもりだったのに。……全く、研究というものはほとほと研究者の望む用途とは違った目的で利用されるものなのだね……」
「……、」
「まぁとにかく。そういったものについてのメカニズムを証明・研究・解析と、その能力の技術的開発・応用・転用をしようとしているのが“影狩り”での超能力研究チームって所なのさ。真城君も今後お世話になるんだし、これくらいは事前に知っておいても損はないはずだよ」
一通りの説明を飲み込んで。
真城はふと思った疑問を口にする。
「てことは……じゃあ影人の使う能力、それと一ノ瀬さんや俺の持っている能力は大きく言って同じものって事なんですか?」
「仮説通りとするならば、そういう事になるだろうね。真城君や厳征君みたいな“灰”との接触で得た“力”についてはまだ分からない事だらけだから同カテゴリーに含んでいいのか定かじゃないけど、少なくとも現在で確認されている超能力のほとんど……それこそ、桜井君や龍牙君の持つ能力と影人の扱う能力については根本的な部分で同種の“力”。能力発生のメカニズムは同じものだと考えている。まぁそもそもの話からして、“影操作”がまず我々人間と影人が唯一共通して扱える能力なわけだし、なにより“影人化”自体が一種の超能力の発現と解釈することも出来るから、そこから派生した……或いはそれをきっかけとして発現した能力もまた同じものって考えるのが自然だよね、って程度のものではあるんだけれども」
「…………、」
何と言うか、分かったような。分からなかったような。
次々と説明される内容に真城の頭がついていかない。
まぁとりあえず“影狩り”では影人の脅威への対策の他に、超能力についての研究もしていること。
加えて、どうやらその超能力というものと“影エネルギー”との間には、なにやら繋がりがあるらしい。
と、そんな辺りを理解しておけばいいのだろうか?
(――うん?)
ふと、真城は何か違和感のようなものを感じ取る。
それはまるでデジャヴ。
前にも何か、こんな話を聞いたような……? そんな感覚。
「――ッ」
真城は突如思い出す。
それは“影狩り”にやって来てすぐ、神崎から受けた説明。
“影世界”の誕生にまつわる話を聞いた時。
『科学者でもあった白川宗介教授の専門は“超心理学”。
また医療にも精通していてね。
東始大学附属病院では“臨死体験”・“体外離脱”・“前世の記憶”などのデータ収集・研究を裏でしていた様で、……その研究の最終目標は“超能力の有無”であったとか。
その他にも“サイ科学”や“オカルト”など、幅広く手を出していた人物で、“東始大学爆破事件”があった当時の研究テーマは「影について」。
しかもその日、何らかの実験を決行した……とか』
「――――ッ!?」
真城の中で何かの点と点が合致する。……そんな気がした。
(もしかして、白川教授は知っていたのか……? 影と超能力との因果関係。その何らかの事柄を……?)
真城がこの話を聞いた時。
まず初めに、理解出来ないものだと諦めた。
しかし同時に、疑問にも感じたチグハグさ。
並べられた単語一つ一つの繋がりが見えてこなかった言葉の羅列に、……初めて、何らかの繋がりを察知する。
そしてそれと同時に、どこか不思議と腑に落ちる……といった奇妙な感覚も自覚する。
(……なるほど。それなら確かに、行方をくらました白川教授の捕獲が優先事項になるわけだ)
真城は内心で納得し、その話題を飲み込んだ。
……それにしても、
(超能力、ねぇ……)
しかし、それと同時に新たな……というより素朴な疑問が浮上する。
それは真城の考える“超能力”というものが、いわゆる科学ではなくオカルトに分類されるべきものではなかろうか? と、いったものだった。
「なんか、すごいですね……。超能力っていうと何ていうか摩訶不思議な力といいますか、スピリチュアルといいますか、科学で証明出来るようなものじゃないと思っていましたよ」
真城は率直な疑問を口にする。
が、神崎はそれを「そんな事無いさ」と簡単に否定する。
「そもそも超心理学というものが既に、超能力というものを科学的に解明しようとする学問なのだからね」
神崎は目を瞑り、右手人差し指で襟首を捕まえて整えるような仕草をした後「こほん」と一つ咳をする。
そしてさらに「ん゛んんッ」と喉の調子を整えてから目を開けた。そうして――、
「――いいかね? 真城君」
とだけ、神崎は短く低くそう告げた。
ゾワリッ、と。
真城に何か悪寒のようなものが駆け抜ける。
「まず超能力というものが摩訶不思議。科学では証明できないオカルトや超常現象だと捉えてしまうのは間違いだ。科学で証明出来ないものなんてこの世には存在しない。もしも証明出来ない様なものがあるとするならば、それはただ単に僕達が知り得ない未知の原理・法則があるというだけの話……現象を解明し説明しうるだけのピースを人類がまだ揃えていないというだけの事なんだ」
神崎は瞳をキラキラと輝かせ、更に言葉を繋いでく。
「この世の原理や法則を知らなかった大昔の人々は、大雨や日照り、火山の噴火や地震、日食や月食などありとあらゆる物事を神や悪魔、天使や仏、妖精やら悪霊やら妖怪やらといった様々な超常の存在の所為だとし、それらの存在が怒り、悲しみ、或いは悪戯に行動を起こすことによって、そういった現象が引き起こされるのだと考えていた。そしてそういった存在を治める為に生贄や供物、祈りや舞なんかを捧げていた時代だってあったんだ」
「…………、」
「でも、今はそうじゃないだろう? 天候の変化も火山活動も、地震だって解明され、原理・法則を知り尽された今となっては、単なる自然現象の一部に過ぎないということが“分かっている”し、だからこそ世間でもそれが一般常識として知られるようになっている。超常現象やオカルトなんて言われているものだって別に特別なものじゃない。同じものなのさ。まだ“分かっていない”ってだけなんだ。例えばそうだな……有名どころとしてはやっぱり“天動説”から“地動説”へと切り替わる“パラダイムシフト”の話なんてどうだろう。……昔の人々は地球を宇宙の中心だと考え、その周りを太陽やその他惑星が回っていると思っていたし、なんだったらその地球でさえ初めは球体ではなく平らな円盤の形をしているとも考えられていた。因みに地球が平面上の大地だとする考え方は“地球平面説”と呼ばれるものだね。しかしそこへ“四元素説”といった説で宇宙や地球を説明出来ると考える者が現れ、また次々に惑星などの天体が回る理由を“エーテル”や“渦動説”。天体の不規則な軌道を説明する為に“同心天球説”や“周転円説”、加えて“離心円”や“エカント”……といった具合に否定・改良が様々な者達によって施され、最終的には月食など様々な理由から地球が球体であるという“地球球体説”が支持され、また地球の自転軸が傾いていること。そして複雑な方法を使わずに太陽が中心でその周りを地球含めた惑星が回っていると考えた方が辻褄も合うとした“太陽中心説”……つまりは“地動説”へと行き着き、地球の軌道が真円ではなく楕円であることにも気が付いた。さらにそこから重力の説明のために“万有引力の法則”。それでも解明出来ない問題の為に“一般相対性理論”、“特殊相対性理論”が誕生した。そうした経緯で今現在、我々は太陽系惑星の動きを全て数式で表せるまでに至ることが出来るようになっている。人の目による観測よりも先に、数学的計算によって海王星の存在を導き出した後、実際にそれを発見したというのは有名な話だ。“ラプラスの悪魔”、その片鱗とさえ思えるよ。説明のつけられない超常現象だと諦めず、必ず説明の出来る科学的法則があるとして諦めなかった結果がコレら全て、あらゆる偉業を成せた理由と言えるだろう。間違える事は罪じゃない。その間違いを間違いのままで終わらさず、失敗を積み重ね、導き出された新たな知識を取り入れて、より真実に近しい形へと変えていけば良いだけだ。いま『間違いない』とされる知識や定説だって正解とは限らない。我々が歩んできた科学の歴史というものは、決して不変なものではないのだから。いつ何時、それが覆るか分からない。覆った真実なんてものは、いくらでもあるのだからね。だからこそ、まずは超常現象・オカルトなどというものなど無いのだということを胸に刻んだ方がいい。まだ“分かってない”というものをただひっくるめて“超常現象”だとか“オカルト”だとか“魔法”だとか“心霊現象”だとか“ダークマター”・“ダークエネルギー”と名称を変えて呼んでいるだけに過ぎないのだから。隠れた変数理論、それと同じようなものというわけさ。他にもそうだな……真城君の知ってるようなオカルト話で、既に科学で判明出来ている例を挙げてみようか? 例えば『金縛り』なんてどうだろう。夜に突然目を覚まし、起きているはずなのに身体が動かないって現象だ。昔はよく幽霊が身体の上に乗っかって動けないようにしているとか何とかって話もあったが実際は“睡眠麻痺”と言われるものの所為なんだ。他にも例えば『こっくりさん』。アルファベット、或いは五十音や数字、『はい』『いいえ』なんかを書いた紙、通称“ウィジャボード”と硬貨を使って遊ぶ降霊術……なんて言われるが、それだって原理は“不覚筋動”、“自動書記”と呼ばれる現象が原因だ。ほら、“分かってしまえば”何も不思議なことではないだろう? 人間は理解の及ばない未知のものに対して恐怖し拒絶したがる習性があるから仕方がないのかもしれないが……その昔、そういった恐怖が蔓延した結果『魔女狩り』なんていう集団ヒステリーが起こったなんて話はあまりにも有名なことだろう。ありもしない呪いや魔術、悪魔や魔女といった存在をでっち上げ、多くの犠牲者を積み上げた。もちろんこれには“宗教上の”なんて要素など様々な原因も含まれる訳なのだがそれはそれとして、無智が不安を生み、疑心から恐怖、そしてそれが伝染・伝播していった悪い例だ。そんなものが無いなんて“分かっていた”のなら……正常な判断が出来たなら、そんなことにはならなかったはずなのに。だからこそ真実を“分かっている”かどうか、知識として“知っている”かどうかという話は物凄く重要な事なんだ。それこそ『知は力なり』だ。……その“知”の是非がどうであれ、ね。その昔、数多くの人間が“分かっている”ことと思想を纏め上げて生み出した学問、“暦”や“占星術”、“魔術(呪術)”や“錬金術”や“陰陽道”等々……これらを扱える者達は当然、国にとっての武器となり得たし、力の誇示に一役買い、政治に利用されることもあったわけだ。例えばの話、星の位置から季節を割り出して湿度を計測、気圧の変化などを総合し大まかにでも気象の移り変わりを当てたとしよう。そんなことを“知識”が無い者達が見たらどう思う? 次の日の天候をズバリ的中させた、なんてことがあった日は? 或いはもっと飛躍して、太陽と月の位置を計算し、“食”のタイミングをズバリ的中させて見せたなら? ……“魔法”を扱っているようにしか見えないだろう? 今の人間でさえ知らなければ騙される占いも“バーナム効果”や“シンクロニシティ”、“確証バイアス”、或いは“ホット・リーディング”といった情報を知っているか否かで大きく反応も変わってくる。そういうものなんだよ。世の中の不可思議。超常現象だ何だと持てはやされているものの正体なんてものは……。真城君もどこかで聞いたことは無いかい? 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』なんて言葉を……、それと一緒だ。まぁ僕が言いたいのはそれの逆、翻って『魔法としか思えない事象でも、十分に発達した科学技術なら説明可能』……といったところなんだがね。例えばそこに不可思議と言う他無い現象が有り、そしてそれら不可思議な現象を、今現在の我々が持ち合わせた科学技術をもって説明不可能であったとする。……であるならば? その“説明出来ない”おかしさは、世界のバグか何かなのかな? 不確定因子に不確定要素が積み重なって起きるようなイレギュラーな事態かな? 現実や世界の方が間違っているから起こり得た事象なのかな? いいや、違う。神がサイコロを振らないように、目の前で起こることのみが真実だ。科学的理論・論理と現実をすり合わせ、それでもなお現実で起こっている現象を説明出来ないというのなら、それは現実の、世界の、不具合なんかじゃない。間違って、欠けて、足りないのは知識であり、そしてそれを基にして構築された科学であり、常識の方なんだ」
神崎はそこで一度言葉を区切り、息継ぎし、
「まぁ案外、本当にこの世の中で“分かっている事”なんてものは、実は何も無いのかもしれない。……なんて話もあるんだけれどね。“分からない事”以外。認識出来ている範囲の事象から法則性を割り当てて、再現性がとれただけのものを“分かっている事にした”だけに過ぎなくて、実際に“ソレ”が正しいものなのかを調べる手段なん――――」
「待って待って、いつまで続けるつもりですか!!? 話が脱線してますって本当に!!」
いつ神崎の話が終わるのか。
そのタイミングを今か今かと待っていた真城から、流石にもう待ってられないとツッコミが入れられる。
それにより、やっと忙しなく動いていた神崎の話が中断する。
知識も何もない状態でいきなり“なんとか説”がどうのこうのと言われても、全く内容が頭に入ってこない。
加えてもの凄く早口で、最早呪文の詠唱の様にさえなっていた。
真城は神崎が話をし始める前に感じた謎の悪寒の理由に納得しながら耳を押さえる。
(なんか耳鳴りが……、心なしか頭も痛い……)
その症状はきっと気のせいではないだろう。
何せ真城は頭の出来が良くはないのだ。
疲弊して、目を回しそうになっている真城にやっと気が付いたらしい神崎が、
「いやぁ、すまない。話に熱が入りすぎてしまって……よく話が脱線してしまうのが僕の悪い癖なんだ。仕事中は特に気を付けているんだけれどもね」
と申し訳なさそうに頭を下げる。
本当に勘弁してほしい。
こんなことが確か“アイ”との戦闘中にもあった気がする。
あれは気配だったか電気の話だったか。幽霊の話だった気もする。
とにかくよく覚えてない。
トラウマになりそうだ。
(これからは神崎さんに質問する時は気を付けよう……)
そんなことを心に誓う真城であった。
……
…… ……
「何やら話し声が絶えないと思ったら、……まだ続けていたのかい?」
そう言いながら戻ってきたのは五十嵐であった。
五十嵐は小脇になにやら数枚の書類を挟んだバインダーを抱えている。
戻ってきた、ということは健康診断をする準備が終わったという事だろう。
「ほら、本部長殿は帰った帰った。私もとっととこの仕事を終えて自分の部屋に戻りたいんだ。私だって暇じゃないんだからね」
そう言って五十嵐は神崎を睨みつけ、
「早く行かないと九条ちゃんに連絡してここまで迎えに来てもらうことになるよ? 君も今の九条ちゃんをあれ以上怒らせたくはないだろう?」
ビクリッ、とその言葉に神崎が反応を示すと頬を少し引き攣らせ、
「確かに……それは勘弁願いたいな」
と苦笑う。
そそくさと神崎は立ち上がり、……しかし、すぐには入り口に向かわずにもう一度真城へと向き直る。
「真城君。今、僕の指示で研究員達には影人を拘束し確保する為の装置開発を行ってもらっている。本部の戦闘員達にはその装置が完成し次第、『もしも影人を捕獲出来る状況になった時、“斃すことを望まないのであれば”その装置を使って捕獲して、本部へと送ってくれ』といった旨の通達をする予定だ。その装置で捕獲し送られてきた影人達はその後、真城君の“力”を試すために利用する方針だ。そうなれば……真城君の“力”を鍛える特訓にもなるし、より多くの人間を助けることにも繋がっていくだろう。初めは後遺症も出てしまうだろうが、そこはまず仕方がない。しかしそれで“コツ”を見つけたその結果、確実に後遺症もなく人を助けることが出来るようになるのなら、それは間違いなく未来への希望の光となるはずだ」
語り終え、神崎は手を伸ばす。
真城にはそれが握手を求めているものだとすぐに理解できた。
「その時は人類の為、協力してくれ!! 共に世界を救おう!!」
真城もそれに答えるように手を伸ばし、――固い握手を交わす。
「はい!!」
神崎の手を握り締め、力強く頷いて。
そうして二人の会話は、今度こそ終了した。




