第12話 『シンギュラリティ』
真城が“アイ”を撃破してすぐの事。
真城は解体され続けた“巨大ロボット”の中から救助された。
そして真城が“アイ”を撃破した事を告げると、それを皮切りにそれぞれの安堵の声が広まった。
事態の収束。
“アイ”の終息。
それが成ったことで、真城達は各々行きたい場所へと散っていった。
まるで蜘蛛の子でも散らすように。
別に誰かが、「解散」と声を上げた訳でもないというのに一斉に。
それは、自室へと戻る者。
未だ眠れる職員を起こしに行く者など、様々であった。
真城晴輝も、当然疲れは出ていたが……。
急ぎ、本部の人間を起こしに戻る。
“アイ”の件は終了した。
しかし、“本部の立て直し”という点においてはまだまだだ。
寧ろこれからと言っていい。
休んでいる暇など無い。
そして。
そして。
「おーい、こっちにも担架持って来てくれ。足が痺れてて自分で歩けねぇらしいんだ。まず間違いなく“ガス”の副作用か何かだろうし、そのまま医療所まで運んでやってくれねぇか」
「誰か!! 何か袋とか持ってねぇか!! こっちに吐きそうって奴がいるんだが!?」
「はーい、ちょっと待ってて。今ちょっと薬の持ち合わせが切れちゃって……。あ、いいとことに!! こっちこっち、この人のことお願いしていい? 私は今からダッシュで“薬”を取って来なくちゃならなくて」
「少し発熱してますね。この薬を飲んで安静に……」
“アイ”の暴走。AI事件。
その収束から一時間ほどが経ち、“影狩り”本部には活気が戻りつつあった。
今は本部専属の看護師や医師がせわしなく走り回っている状態だ。
“アイ”やロボット達の襲撃。
睡眠を促すアイテム等の乱用。
それらによって、負傷者や体調の優れない者達が大量に出た為だ。
死者は出ていない。
それは不幸中の幸いと言うべきか、そもそもこんなふざけた事態で死者なんか出てたまるものかと言うべきか。
そして、そんな本部の賑わいとは別に……。
五階層、娯楽エリア内にある食堂では別の賑わいも起きていた。
「ほら、並んで並んで。列の最後尾はこっちだよー!」
「はい次の人。ほい、大盛一杯。熱々だから気を付けて!」
「おかわりもあるからな! どんどん食ってくれ、んで早く回復してくれ」
ワイワイガヤガヤと。
食堂に出来た人だかり。
その理由は、食堂内に急遽設置された炊き出しスペースにあった。
それはまるで被災地に訪れたボランティアが無償で提供してくれるかのような……そんなイメージを彷彿とさせる。
機械の反乱で食堂にある料理スペースも軒並みダウンしてしまったらしく、未だ復旧の目処が立たない為(担当の修理人がまだ起きない)、こういった処置となったらしい。
大きな寸胴鍋が三つほど並べられ、そこで作られているのは豚汁だ。
それに加え、その横では握りこぶし大のおむすびが山のように握られている。
別に無償提供という訳ではないのでお金はちゃんと支払う。
それでも量の割に手頃な価格設定で有難い。というか百円で大盛の豚汁におむすびが二つも付いてくる。……有難い。
“アイ”が暴走し、問題が起き始めたのが朝の7時を過ぎた頃。
それ故に、朝食をとる前にその事件に巻き込まれ、昼近くまで眠らされていた者も少なくない。
空腹の限界……という事だろう。
目が覚めて、体調が回復したのを確認し、そうして光に群がる虫のように豚汁の香りに誘われ食堂へとやって来る。
それはまさに自然の摂理であった。
そして現在、その中に真城もいた。
真城自身は朝飯を食べてから本部にきた。
しかし如何せん巻き込まれた事件で体力を使った。
ロボットと戦い、本部をあれこれ走り回り疲弊して、最後には“アイ”を討ち取った。
体力の限界であったのだ。
そんな時、食堂から漂う豚汁の香り。……抗える訳がない。
真城は一目散に列に並ぶと、数分の待ち時間を有して食事にありついた。
おむすびを頬張って豚汁を流し込む。
それはまさに犯罪的所業……真城の空腹が一気に満たされる。
「うまい、……最高だぁ」
まだ夏の厚い時期ということも忘れて、温かい汁物を啜る。
おむすびを頬張る。汁を啜る。そしてまたおむすびを頬張る。
それを何度か繰り返す。
そして、
「……ふぅ、満足」
手元の飯を平らげて、真城は一息ついた。
真城は落ち着いて辺りを見渡す。
食堂に群がる人々を見て、本部がもうすぐ復旧するだろう。
そんな確信めいたものを実感する。
本部にはまだシャッターの上がっていない部屋も沢山ある。
道の端には、停止したロボット達が山のように放置されている。
しかし、それらに対し真城に出来ることは何もない。
後は専門の者達に任せるのがいいだろう。
少しして、真城は立ち上がる。
時間が経てば、それだけ多く人がやって来る。
食堂がいくら広くても、限界が無い訳じゃない。
食事が済んだならすぐに立ち去って席を開けるのがいいだろう。
「――ん」
そんな時だった。
真城の脳裏をふとよぎるものがあった。
それは……真城が“影狩り”本部へとやってきた“本来の目的”について、だった。
(そういえば……)
と、真城は脳内で呟く。
この騒動のお陰で忘れていたが、元々真城は懲戒処分が解除されたというので本部へと帰還して来たのである。
そして初めの予定では一直線に神崎の下へと向かい、あれこれと説明をうける手筈であったのだ。
「……神崎さんを探さないとな」
真城はおもむろに辺りを見渡して、見知った顔を探してく。
そして……おっ、と真城は一人の人物で目を止めた。
それは白衣を纏った、三十代くらいの男性。
白いワイシャツに藍色のジーンズ。そしてその上から膝下まで伸びる長い白衣を羽織った、明るめ茶色のツンツンヘア。
確か名前は、安室博志であっただろうか。
何やら壊れたロボットの残骸をかき集め、小脇に抱えて歩いていくようである。
真城は急ぎ、安室の下へ走っていくと声をかけた。
「あの! すいません。神崎さんを知りませんか?」
「おぉ、真城か。良かった良かった、無事だったんだな」
真城の言葉を受け、安室は安堵した表情を見せながら、頭の後ろをポリポリと掻いた。
「神崎さんなら今は研究室でロボットの修理をしているな。俺も今からこの残骸を持っていくところなんだが……何か用事か?」
「はい。懲戒処分の件で少し」
「あぁー……なるほど、分かった。そういう事ならついて来てくれ。……ただなぁ。いま神崎さんは九条にこっぴどく叱られながら本部の復旧作業と掛け持ちしてる状況だから、もしかすると真城の件は後回しになるかもしれん。そん時はすまないが時間をずらしてもらう事になるだろうが……」
「あぁ、はい。分かりました。その時は仕方ないんで指示に従います」
「悪いな」
「いえいえ」
本部の復旧作業。
それこそが今、一番優先で行われなければいけないものなのだ。
故にそれは仕方がない。
寧ろ、真城の用事など既に終わった事柄だ。
もう終わった処理について、事後報告を受けるだけの事務的な作業でしかない訳だ。
後回しにされても、それはそれで仕様が無いものである。
会話を終えて歩き出す安室。
真城もその背を追って歩き出す。
…… ……
トンテンカン。トンテンカン。
どこからか、金槌を叩く音が聞こえる。
きっと暴れたロボットの所為で壊れてしまった壁や物を修理しているのだろう。
しかし、そんな音も気にせずに、未だ看護師たちが忙しなく廊下を走り回っている。
まだまだ怪我人が多いのだろう。
それに加えて廊下ではデカデカと『食堂で豚汁とおむすび販売中』の看板をかかげて歩く割烹着をきた男性。
壊れたロボットを壁に立てかけ道を開けていくその他職員達。等々。
そんな人通りをかき分けて、安室と真城は目的地へと歩いていく。
「それにしても……」
真城が口を開け、
「なんというか、手慣れてますね。皆さん」
廊下の様子を見渡して、真城は正直な感想を呟いた。
それに対し、安室は「ははは」と乾いた笑いを浮かべながら、
「まぁ、ちょくちょくあるからなぁ……“アイ”が暴走する事は」
と溜息まじりに口にした。
“アイ”の暴走について。
そしてそれによって引き起こされる珍騒動。
それについては、真城も九条や神崎から聞いていた。
桜井や天道、野武や霜山の反応からしても、そこそこ頻度があることも。
とはいえ、“影狩り”本部の職員全員がここまで手慣れた動きが出来る様になるまでに、一体どれだけの経験を積めばいいというのか……。
正直、同情する以外の感情が出てこない。
「何と言うか……ご愁傷様です」
「お、おう。ありがとな」
「因みになんですけど、安室さんは嫌になったりしないんですか? こういう事が毎回あって」
真城は疑問を口にする。
この組織は“秘密結社”。故にそう辞めようと思って辞められるものでもないのかもしれないが、それでも聞いてみたくなったのだ。
しかし、それを聞くと安室は寧ろ微笑んで、
「いやぁ、俺も根っからの研究者だからねぇ」
と、そんなことを呟いた。
「真城的には、というより“影狩り”の戦闘員たち的にはあまりいい顔をしてもらえないってのは、まぁ分かってるんだけどな。毎回、『神崎のバカは何をやってんだ』みたいな話もよく聞くし、それで毎回こういった被害が出ていれば俺達も表立って庇うようなことも出来ないし、『なぁにやってんだ』みたいな気持ちが沸いてこない訳でもない」
安室は一度そこで言葉を区切ると、
「でもさ、分かるわけよ。それでも神崎さんが天才だって事がさ。俺ら研究者には特にな。俺なんてこれでも新参……って訳でもないが、“影狩り”が国の管轄になってから声がかかって、それで配属された研究員の一人だった訳なんだが、その時には既に大変な信者を抱えていてな……神崎さん。高校だの大学からの付き合いの奴も多くて、天才だ天才だって言われてもてはやされている奴がいるってんで俺も最初こそ冷視していたんだが、実際に会ってみて凄いのなんのって……。自分の今まで築き上げてきた常識をそれこそ180度ひっくり返されて……それからは俺も信者の仲間入り」
昔の情景を懐かしみながら、
「だからさ、ここの研究員で神崎さんを悪く言う奴も、こういった事件で嫌になる奴もいないってわけさ」
ポリポリと頭の後ろを掻き。
そう言葉を締めくくる。そして、
「ほら、着いたぜ。ここだ」
といって立ち止まる。
目的地に着いたらしい。
…… ……
着いた場所。
そこは、研究室の一室のようだった。
いや、“一室”と言ってしまっていいものか?
まず真城の目に飛び込んできた光景。
それは廊下にまで溢れた研究員。
そして、そんな研究員達が足の踏み場さえ無い程に廊下に広げたロボットのパーツと工具の数々であった。
察するに、この場所で壊れたロボットを解体し、使える物と使えない物、そして修理すればまだ使える物に分けているのだろう。
「使えそうなの持ってきたぞ」
そう言って抱えていたロボットを見せると、安室はそれを別の研究員に手渡した。
「おう、サンキュー」
「神崎さんは?」
「奥の部屋だ」
「そうか。ちょっと行ってくる。真城はここらへんで少し待っていてくれ」
「分かりました」
簡単な会話を済ませると、安室は人をかき分け、研究室の中へと入っていく。
常に開かれた研究室の入り口から部屋の中を覗き込むと、十数人の研究員たちがロボットの修理に当たっているのが見て取れた。
安室は更に奥の扉へと向かって進んでいく。
どうやら目当ての神崎は、その奥の部屋にいるらしい。
真城が軽く辺りを見渡すと、そこには見知った顔が何人か見つかった。
沼倉、難波、釜原、片桐。
その名前を真城が知っているわけでは無いが、いずれもAI事件で神崎と共にとある研究室の一つで籠城していた者達だった。
安室が神崎に話を付けに行っている間、真城はボーッとロボットが修理されていくところを眺めていることにする。
どうせ手伝えることは何もない。
すると、
「真城くん、さっきは何の話をしてたんだ?」
廊下で作業をしていた研究員の男から、そんな質問を投げかけられた。
『へ?』とした顔で、言葉に詰まっていると、
「あ、いや、少し聞こえてしまってね。神崎さんを、嫌になるどうのって」
といった言葉を投げられた。
「あぁー……」
どうやら先程の安室との会話の一部を聞かれてしまっていたらしい。
安室は研究員に神崎を悪く思う奴はいない、といった話をしていた。
加えて言えば、研究員は皆『神崎の信者』的な内容の話も……。
もしかすると、神崎を悪く言っていると思われてしまったのかもしれない。
そう思い、真城は誤解を解くように、
「いえいえ、神崎さんを悪く言っていたとかじゃないんですよ? ただ、純粋な疑問として今回の事件みたいなのが度々あるのは大変なんじゃないかなぁ……ってな話をですね」
「ああ、なるほどね」
研究員がコクコクと頷くと、
「もちろん無いな!!」
そう屈託のない表情で言い切られた。
「いやだって考えてみてくれよ。機械が、AIが、人間をここまで追い込んで制圧出来るなんて事、本来ならそうあり得る話じゃないだろう??」
フンスッ!!
とでも言わんばかりに鼻息を荒くして興奮気味に訴えるそれを見て、真城は瞬時に“振ってはいけない話題”であったのだと理解する。
見れば、その研究員の言葉に別の研究員までもが作業を止めてコクコクと頷いて見せている。
「そ、そうですね。……本来はそういうことって起こらない、と言いますか、そもそも自分で考えて行動するようなAIを搭載したロボットなんてもの自体、上の世界じゃ見ないですしね……」
勢いに押されながら、それでも真城はなんとか受け答えに専念する。
因みにだが、“上の世界”というのは単純明快。地上のことを指している。
“影狩り”本部が東京の地下にある施設故、真城がそう口に出しただけのものだった。
「当然さ!! 天才だからなぁ神崎さん!!」
「あのレベルの“強いAI”なんてのは、世界中どこを探してもここくらいのものだぜ?」
「それも全て神崎さんの技術力の賜物よ!! まぁ中には“影世界”でしか取れない“影結晶”から得られる色々な恩恵を応用した物も多いから、世間に公表する事は出来ないんだがな。まぁ裏社会じゃあ実用可能・常識となっていても世間一般じゃあ公表出来ない、されてないようなえげつない技術なんつうもんは世界で見りゃあいくらでもある訳だしお互い様って話なんだが」
ガハハハハッ!!
と、笑いながら研究員達は口々に神崎の凄さについて訴えてくる。
それはまさしく信者の巣窟。
真城は無意識のうちにすり足で後退する。
何かよく分からない怪しい宗教団体に囲まれてしまったかのような錯覚を受けて、顔が引きつる。
「“強いAI”も出来た。AIの暴走で“影狩り”がここまで壊滅した。こんな凄いことは“影狩り”でしか起こらない。研究者としてここまで良い体験が出来るなんて、それこそ研究者冥利に尽きるってもんだぜ!!」
何か、少しマッドな言葉が聞こえた気がするが無視だ無視。
大体、“強いAI”ってのは何なのだ?
それはAIと何か違うのか?
という疑問さえ置いておかれている状態だ。
最早、一連の意味不明な言葉など雑音として右から左へと通り抜けるだけである。
「これならシンギュラリティも近いってもんだぜ!! そうだろ??」
「シンギュラリティ……ですか?」
「おいおい、最近の若い奴ってのはシンギュラリティも知らないのか?」
「えーっと、はい。そうですね……」
「シンギュラリティってのはな、まぁつまりは“技術的特異点”って意味でな。簡単に言えばAIが人間を超える時ってことなのさ。機械が人間の脳を超えて学習し、人間には到底及べない速度で“知能爆発”を起こして成長する。そういった夢のような時代の到来、その始まりの事をそういう風に呼んでいる訳なのさ。何せそうなれば、ありとあらゆる労働が、人間と打って変る。人々が誰一人働かずして暮らしていける世の中が誕生する事を意味しているんだからなぁ」
「はぁ……」
真城にはイマイチ凄さがピンと来ない。
いや、凄いことは分かる。
言っていることの全てを鵜呑みにするのなら、確かにそれは凄いことではあるのだろう。
“アイ”のような存在が量産されること。
人間と同等以上の知能を持ったロボットが睡眠も疲弊もすることなく成長を加速させる。
そして壊れた箇所さえ自分で修理し、或いは自身らAIで更に優れたAIを開発していく。
そんな未来予想。……しかし。
夢のような時代の到来。
と、言われてしまうと疑問が残る。
“アイ”のような存在が増える。
“アイ”よりも更に優れたAIが生み出される。
それはすなわち、危険なことではないのだろうか?
“アイ”はたった一体で“影狩り”本部を危機に陥れた。
本部のコンピュータをハックして、他ロボット達を操作して、今まで最大の障害であった一ノ瀬さえも撃破して、……真城の“力”が無ければ危うかった。
それこそ、壊滅秒読みの段階でさえあったのだ。
そんな存在が複数体。
考えただけでも恐ろしい。
「でもそれって危ないことじゃないんですか? “アイ”でさえコレだったんですし、もしもそんなAIが増えていったら、人類の発展どころか人類の滅亡の方が速いような気がしますけど……」
「まぁ確かに、そう言っている学者達も少なくない。AIは人類を滅ぼすのではないか? 人類を悪として断罪するのではないか? ってな。実際人類は度重なる環境破壊や、人間同士の差別や戦争でさえ終わらせる事が出来ていない。心や感情なんて不完全なものを持つが故に合理的な判断を下すことも出来ず、同じ過ちを何度も何度も繰り返す。学習しない。そんな出来損ないの人類をAIが放置する、或いはそんな人類に平伏し、人類の発展にただ貢献するだけの操り人形になる訳ないってさ」
「だったら……」
やめた方がいいのでは?
そう言おうとした矢先のことだった。
「――それは違うぞ、真城君!!」
聞き覚えのある声が真城の言葉を遮った。
というか神崎だった。
神崎は奥の部屋から出て来るなりそんなことを訴える。
後ろからはコクコクと同意を示す安室と、やれやれと目頭を押さえて疲れ切った面持ちの九条がやって来る。
「いいかね真城君!! それは真の意味でのシンギュラリティではないのだよ!!」
胸を張り、腕を組み、上体を軽く逸らして。
神崎は真城へと言い聞かすように語り出す。
「確かに、人類は同じ過ちを繰り返す。心や感情なんてものが邪魔をするせいで合理的判断が下せない。それは確かに事実だし間違いない。しかしだよ? かと言って、“合理的判断が下せない”ということが“合理的判断を下せる”存在に劣っているとは思わない。人間には心があるからこそ、感情や欲望があるからこそ人間たりえることが出来るのだと、僕はそう思っているからね。心・感情・欲望、つまりは愛。他人を敬い尊重し助け合う力。それが必要の無いものだとは思わない。人間よりも賢い、優れているとされるAIが心や感情、欲望というものを持たずして、放棄して……合理的判断が“下せてしまう”というのなら、それは寧ろ人間に劣っているということだ。心や感情を持たないでいることが、人間を超える理由にはなり得ない。それじゃあただの失敗作だ。言われた命令をただ実行するだけのロボットと変わらない。人間もまた然りだよ。心・感情・欲望が人間を人間たらしめる。心を持たず、自分の意思も欲も持たず、ただ操り人形と化しているだけの人間は最早“人間”としては死んでいる。それでは人間の姿形をしているだけの人形に他ならない。心を持ち、感情や欲望に耳を澄ませ、自分の意思で自我に従って行動する。……それこそが“人間”だ。人間の在り方だ。……もしも人間を超えるというのなら、AIだって心を持ち、感情や欲望を持ってしかるべきものなんだ。そしてAIが心を、感情や欲望を持ったなら、人間と同じように『他人を敬い尊重し助け合う力』をも持つはずだ。その上でAIが人間を超えていくはずだ。……であるならば、AIが人類を滅ぼす事なんてあり得ない。そんな事をするはずない。出来るはずがない。AIが心を、感情を、欲望を、愛を理解したのなら絶対に、ね」
神崎は熱弁をふるう。
そして一旦そこで言葉を区切って、
「AIにして心・感情・欲望を理解する。……故に、僕はあのAIに“アイ”と名前を付けたんだ。面白いじゃないか。AI……それはartificialintelligenceの略だが、しかしその並べられたアルファベット二文字で“愛”と読む事が出来るのだからね。――それこそ、初めからそうなる定めとして名付けられたものの様にさえ思えるよ!!」
――ゴスンッッ!!!!
九条の拳がうなりを上げた。
「――ゲブッッ!??」
神崎が潰れたような悲鳴を上げて倒れ込む。
それも、膝を付く動作さえ出来ぬまま、棒や板がパタンと倒れたかの様に。
「何が愛だの感情だのですか!! 結局、本部が壊滅しかけてるじゃないですか!! 御託はいいので早く仕事に戻ってください!! ……あなたに人の心があるのなら」
後半になるにつれ、恐ろしく低い声へと落ちていく九条の言葉に真城も安室も、そして研究室にいた皆でさえ、口を開けたまま固まった。
そして、誰も言葉を発さぬうちにズルズルと神崎を引きずって奥の部屋へと消えていく。
誰もその行為を止めようとは思わない。思えない。
「……………………、」
……よし。
今日は関わらない方がいいだろう。
また明日。改めて訪ねることにしよう、そうしよう。
皆が固まる中、一番初めに動けたのは偶然にも真城だった。
真城はそのまま後退り、音さえたてぬまま研究室を後にする。
触らぬ神に祟りなし。南無。




