第11話 『vs “アイ”in“巨大ロボット”』
カツン、コツン。と足音を響かせて。
そうして、ついに目的の場所にたどり着く。
十六畳ほどの縦長部屋。
その部屋の中、巨大なモニターや多数の機材が置かれた空間とは別に、真城の目を引くものが部屋の奥に鎮座していた。
それは分厚く透明な強化ガラスで作られた円筒状の代物。
ガラスのコップを逆さまにして置いたような、あるいは透明な釣鐘をそのまま地面に置いたかの様なものだった。
そしてその中に、――“アイ”がいた。
この円筒状のものが“巨大ロボット”のコックピットなのだろう。
真城としては重機の操縦席や、飛行機のコックピットのようなものを想像していたが……思いの外、近未来的なデザインだ。
部屋の巨大なモニター。
その画面には外の状況。一ノ瀬や切矢たちの戦う姿が映し出されている。
それを見ながら円筒状の空間内で身体を動かすことで、同様の動きを“巨大ロボット”にさせるような仕組みだろうか?
しかし真城がこの部屋に入った時。
“アイ”は微動だにせずに直立のまま止まっていた。
外で未だに戦いを続けているのなら“アイ”の身体が停止している、というのもおかしい。
では何だ。
もしかすると、あの円筒状のものがある事に何かしらの意味があるのかもしれない。
それこそ例えば、あの円筒状の中いっぱいに何かのエネルギー。人間の脳波を感知するような磁場を発生、満たすことで身体を動かさずとも、身体を動かす意思を感知して“巨大ロボット”に反映させるような仕組みでもあるのかもしれない。
“アイ”は機械でAIだ。
脳波は存在しないしそれで身体を動かしているわけでもない。
しかし、人間の脳波と同じ電気信号を発信、送信することで、人間と同様の操縦を可能とするくらい……“アイ”ならやってのけそうだ。
『ついにこんな所まで来たの? 忌々しい!!』
真城の存在に気が付いたのだろう。
いままで電源が消えたかのように黒い画面のままだったブラウン管テレビのような頭部。
その頭部の画面が色付いて、可愛らしいアニメ調にデザインされた女性顔が表示される。
真城へと視線を向けるとその言葉と同様に、“アイ”は表情を歪ませた。
真城と戦うこと自体は問題ない。
しかし、今の状況が問題だ。
一ノ瀬が復帰してしまったこの状況。
ここでもし“アイ”が“巨大ロボット”の操縦をやめて、自動制御にでも切り替えようものなら、一ノ瀬はその隙を突いて“巨大ロボット”の解体にかかるだろう。
“アイ”の影の防壁さえ不自由なく切り裂くような男だ。
“巨大ロボット”の影の防壁、並びに機体の装甲だってあの男の前には意味をなさない。
一ノ瀬の解体を阻むなら、確実に“アイ”が“巨大ロボット”を操縦する必要があるだろう。
……が、そうなると今度は目の前の真城の対処がままならない。
どうしたものか。と“アイ”が思考を巡らせる中、その答えが出力されるより先に状況が動いた。
そんな“アイ”の挙動を見てとるや否や、真城が一気に駆け出していたからだった。
“アイ”へと目掛けて、一直線に。先手必勝と言わんばかりに。
真城は影を使って両手持ちの大剣を生成すると、そのまま一気に切りかかる。
影を使った攻撃。それは影以外の意識したものを通過させる事が可能である。
それは土で作った壁しかり、身に纏う鎧や衣類しかり、人間しかり……。
当然、強化ガラスで作られた円筒状の代物さえも同様だ。
“アイ”は今、その中から動けない。
逃げることが叶わない。
ならば当然、今が攻撃チャンスというわけだ。
『くっ……!!』
“アイ”は呻くと、ガラス越しに手をかざす。
手で触れた場所から影が侵食するようにして円筒の一部、真城の振り下ろした大剣が触れる箇所をコーティングし守るように展開する。
そうしてその影を硬化させ、真城の斬撃を受け止める。
ガチィン!!
と、まるで強化ガラスとは思えない金属音が響き渡る。
その音とほぼ同時、ひび割れて形を崩したのは真城の大剣の方だった。
「ちぃっ……!!」
やはり“アイ”の相手は一筋縄ではいかないか。
真城は素早く大剣を左手に持ち替えると、右手の“力”を発動する。
集中し、真城の右手その一点に“力”を集めて纏うようなイメージで固定する。
光は周囲にばら撒かない。
右手のみが、まるで白いペンキでも被ったかのように色を変えて淡く輝く。
その時だった。
“アイ”からの攻撃、影の槍が向かって来たのは。
真城はそれを、身を捻って回避するとすれ違いざまに右手を強く打ち付ける。
影の槍は霧散し消えるが、攻撃はそれだけに止まらない。
二本、三本と新たな槍が作られては真城に向けて飛ばされる。
真城は影の大剣を霧散させると、槍の回避に専念する。
真城の影の大剣では、“アイ”の生み出す影の槍は防げない。
下手に大剣を振るっても、先ほどの様にこちらの大剣が砕かれるだけである。
ならば、今は持っていても邪魔なだけ。
出来るだけ身軽にし、“力”で影の槍を無効化する方が賢明だ。
“アイ”の操る影。
その硬度は“黒鉄”に匹敵し、最硬の攻撃力と防御力を誇る。
影同士の打ち合いでは真城に勝利は訪れない。
「はぁ!!」
真城は一歩踏み込む。
と同時に、向かってきた影の槍をまとめて二つ無効化する。
しかし、この“力”なら別だ。
“アイ”の影が最硬であっても関係ない。
触れたその瞬間に霧散させ、無効化する。
真城が“アイ”を倒すなら、この“力”に頼る以外に勝利はない。
ゴウンゴウン。と音を立て、強化ガラスの円筒が天井へと持ち上がる。
それによって、ついに“アイ”の動きが自由となる。
『鬱陶しい。まずは真城晴輝を速攻処理して、操縦に戻る』
一歩、二歩と前進し、真城を見据えて両手を構える。
「そう簡単にいくかな?」
『真城晴輝の戦闘能力は学習済み。すぐ終わる』
「……、」
確かに“アイ”と真城は一度、戦っている。
その時は“アイ”の影の防壁と体術によって翻弄され、手も足も出ずに敗北した。
その後“力”を使って持ち直せたおかげで、最終的には“アイ”の右腕を切り落とし撤退まで追い込めたが……“力”が無ければ初めの数手で詰んでいた。
『ここで散れぇ!!』
しかし、それも真城が変に慢心をしていた事。
“アイ”の実力を聞いておきながらも、ついつい“影纏い”の硬度を知りたくて色々と見誤ってしまった事。それが全ての原因だ。
だがら。と真城は身構える。
こちらへと向かってくる“アイ”を警戒し、こちらも最善の動きで対処する。
「はぁぁぁああああ!!」
もう見誤らない。
もう失敗しない。
最初から全力で、“アイ”を一気に破壊する。
“アイ”と真城が激突する。
これが最終決戦。
これが最終戦闘。
この戦いを制して、真城は“影狩り”本部を立て直す!!
…… ……
拳を守り、また攻撃力を上げる為の革手袋は既に装備済み。
また“閃光弾”を使われると面倒なので、サングラスを急いで付ける。
そうして、重心を低くして迫り来る“アイ”を真城は迎え撃つ。
“アイ”の最大の武器は何と言っても攻防一体の“影操作”。
しかし脅威となるのはそれだけに止まらない。
単純な体術、戦闘能力が高いのだ。
九条さんからも、簡単に一ノ瀬に倒されない程度には強いといったお墨付きも貰っているし、その強さも経験済み。
加えて神崎特製のアイテムまで保有しているというのだから、厄介の塊みたいなものである。
が、真城も考えに考えた。
“アイ”を倒す勝利法。
正直、神崎特製アイテムについては全く考慮出来ていないので、運任せのような部分も多々あるし、戦闘能力についても真城の身体がちゃんと動けるかはぶっつけ本番みたいなところもあるが……そこはまぁ仕方ない。
とりあえず、アイテムを使わせる隙さえ与えなければいいはずだ。
…… ……
“アイ”の両手が蠢いた。
鞭のようにしならせた影が五本。それぞれを両手の指先から伸ばしつつ、手を振ると同時にその影が槍へと形を変えて襲い来る。
真城は右手を構えて迎え撃とうと試みるも、
「おわっと!!」
寸での所で回避行動へと切り替える。
それは真城の勘が“先程打ち払った影の槍と今回の攻撃では何か違う”という言い知れぬ不安を訴えたが為だった。
計十本の影の槍。
それをどうにか躱しつつ、真城は部屋の中を駆け回る。
その行動に、
(……チッ)
“アイ”は内心で舌打っていた。
そのことを真城があずかり知ることはないのだが、結果的に真城の回避行動は正解であったのだ。
それは“アイ”が、先程の影槍が“力”で無効化されたのを確認し、操作を改めた為である。
今、真城へと向かって操作している影槍は“アイ”の持つ演算能力をフルに使って、真城の右手の動きを先読みし、緻密な回避行動と並行しての攻撃を可能としたものだ。
それに加え十本の影槍が常時、真城の行動を先読みし、囮役の影槍が真城に無効化されるのを待っている状態だ。
基本は真城の“力”を回避して、たまに囮を用いて真城の動きを誘導し、餌に食いつけば刺し殺す。そんな戦法であったのだ。
しかし今のこの状況。
真城は完全に逃げに徹しており、囮役にも食いつかない。
完全な真城の勘の勝利となっていた。
(……勘のいいやつ)
が。
それでも。
“アイ”に焦りはほとんど無かった。
結局のところ時間の問題であるからだ。
人間には体力というものがある。
全力で動き続けるにも限度がある。
加えて、時間経過で包囲網を狭めてく。
今は逃げきれているだけで、既に終局まで計算済み。
“アイ”はそれを待てばいい。
そして付け加えて言うのなら、真城が攻撃を的確に躱せなかった時など。
隙を見せれば見せるだけ、更に早く片が付く。
たったそれだけの事である。
例え“待つ”といっても、数分程しか掛かるまい。
(後八手。……七、……六、……五――)
そんな時だった。
ドゴォォオオン!!
と突如、轟音と共に“巨大ロボット”が大きく揺れる。
ゴゴゴゴといった地震のような揺れにより、真城と“アイ”の戦闘が一時中断されてしまう。
「な、なんだ? 一体……」
『これは……』
二人の視線が、自然と部屋の巨大モニターへと向いていく。
巨大モニターの画面、そこに映し出されている光景を目の当たりして……二人の身体が静止する。
画面には、“巨大ロボット”の切断された右腕と、それを影で掴み取って“巨大ロボット”へと投げつける一ノ瀬。
その瞬間の姿が、映し出されていたからだ。
今の音は右腕を切断された音だとでもいうのだろうか?
あれほど太い腕を、切り落とすなどどうやって?
そんな疑問が二人に浮かぶが、その切断面から一直線に伸びる切り込みを確認し一つの答えにたどり着く。
(あの縦の切り込みは……切矢が咄嗟に切りつけて作った傷。ってことは……)
(チィ、偶然見つけたハリボテの脆い部分を重点的に攻撃して切断したのか!?)
いくら“巨大ロボット”の腕が太くても、中がほぼ空洞では意味が無い。
しかもその空洞箇所が相手にバレているのだから、相手がそこを狙ってくるのは当然だ。
しかし予想以上に速い一ノ瀬たちの猛撃。
そしてその解体作業に、“アイ”はすかさず思考を開始する。
(くそ!! 早く操縦に戻らないと……その為にはまずこの真城晴輝を始末して……。さっきの作戦、“待ち”は止めて積極的な排除を最優先。その為の作戦を組み立てて)
“アイ”が真城へと視線を移す。
両手の指から先程と同様に影を伸ばすと、
(なら……これでっ!!)
それを影槍へと変化させて真城へと射出する。
「――――ッ!?」
突然の戦闘再開。
それを受け、真城も思考を切り替える。
完全に包囲され逃げ場を失う前に、どうにかこの影槍の群れから抜け出したい。
そう思い、辺りを見渡した真城は視線を天井へ向けて停止する。
(こうなったら……!!)
真城はそれを足元に纏わせた影を使って大ジャンプ。
身体を捻って天井へと着地することで影槍の包囲を突破する。が、その真城を追うようにしてうねった影槍が素早く軌道を変更する。
すぐさま真城を追うように、天井へと伸びてくる。
「く……ッ!!」
真城は天井を蹴って横の壁に移動する。
そこから更に壁を蹴って床に向かうが、その真城を追うようにして影槍の軌道もまた変わる。
(くそっ!! ダメか!!)
三次元的に跳び回れば、確かに影槍の包囲を振り切れる。
しかしそれも一瞬だ。
結局は最後に追いつかれ、影槍によって包囲される。
埒が明かない。
どうしたものか?
そんな思考をする真城の視界の端っこに“アイ”の姿が映り込む。
(な!? まずい――躱せない!!)
『その隙を待ってたんだよぉ、バァァァカ!!』
真城が着地した直後、すでにその場所に着地してくることを想定していた“アイ”が、足裏の影を使って自身を砲弾のように投げ飛ばす。
上からは影の槍が降り注ぎ、真正面からは“アイ”がもの凄い速度で飛んでくる。
“アイ”は真城の弱点を分析したのだろう。
ただの影の攻撃は“力”で無効化出来るが、単純な質量攻撃は打ち消せない。
そして“力”発動中の右手には“影纏い”による硬化が行えない。
そしてそして、そもそも右手に触れさえしなければ攻撃は無効化されないし、“力”をただ放出しただけならば影が霧散するより先に真城に攻撃が到達してしまう、ということを。
だから“アイ”は自分の身体を武器にした。
砲弾のように自らを打ち出して、“力”を使われても打ち消せない質量に速度の乗った機体そのものの一撃をあびせる為に。そして“力”を使わないのなら、単純な超硬化された影による一撃を食らわせる。
そういった、どちらをとっても真城には防げない攻撃を当てる為。
しかもその攻撃を真城が受けずに逃げるなら、上から降り注ぐ緻密に計算、修正される影槍が真城の右手に触れることなく身体に無数の孔が開く。
受ければ死ぬし逃げても死ぬ。そんな完璧な作戦だったのだ。
(どうする!? どうする!?)
迷っている時間もない。
上からは影の槍、正面からは“アイ”が高速で跳んでくる。
八方塞がり。絶体絶命。
そんな状況下で、一体真城がどう動けば助かるか?
そんな考えを真城は必死で巡らせる。
「――――ッ」
ふと、思い浮かぶ妙案があった。
それはここへ来る途中、『“影世界”のエネルギーを追い払って遮断するシステム』……“影操作”での思わぬ新たな使い方を知って思った事だった。
まだ見ぬ“影操作”の……『奇抜な使い方』について。
あまり深く思考している余裕はない。
ぶっつけ本番。これで失敗したらそれはそれ。
そんな諦めにも似た投げやりな考えで、しかし成功するはずだ、といった妙な確信も持ちながら……行動を開始する。
真城は落ち着いて自身の手前に、影を使った真っ黒な長方形の壁を築く。
それは真城自身を覆い隠せる程度の大きさのものであり、同時に真城の今の状態を“アイ”に悟らせない為の代物だ。
次いで真城は後ろに大きく飛び退いた。
それにより、真城は影槍を回避する。
影槍の細かな動きと修正は、もちろん“アイ”が常時行っている訳だ。
しかしかと言って、影槍自体に目があって自動の追尾が出来ているという訳じゃない。
従って、影の壁を使って身を隠し、“アイ”に真城の正確な居所を把握されさえしなければ影槍の軌道変化はそれほど警戒しなくていいと考えた。
結果は案の定、影槍が元真城の居た場所の床へと突き刺さり、既に移動した真城には害はない。
作戦は成功した。
真城が咄嗟で思いついた妙案。“影操作”の奇抜な使い方とはこれだった。
単純に言えば“目隠し”だ。
影で作った壁を築き、自分の姿を隠すことで相手の動きを鈍らせる方法だ。
真城はすぐさま次の行動へ移行する。
その直後、影の壁を“アイ”のタックルで突き破られるが、
『な、え!?』
真城はもう、そこにいない。
真城が作った影の壁の所為で、“アイ”は真城の位置が把握出来ていなかった。
しかしそれでも、タックルで壁を壊せば問題ない。そうすればその奥に真城もいるはずだ。
そんな風に考えていた事だろう。
だからこそ“アイ”は声を上げていた。疑問の声を。
そこにいると踏んでいたはずの真城が、突如姿をくらましていたのだから。
急いで周囲を見渡しても、やはりいない。
一体どこに行ったのか?
そんな疑問が“アイ”を支配する中、着地音が背後から木霊した。
“アイ”は条件反射にも似た速度で振り向くが、
「取った!!」
『――――ッ!? しまっ!!』
咄嗟に裏拳のように伸ばし、振り回した“アイ”の左腕を真城は“力”を発動した状態の右手で受け止める。
バシィン!! と鞭でも打ち付けたような大きな音がしたが、その音から考える程のダメージは真城に無い。
あっても、投げられた野球ボールをグローブでキャッチしたぐらいの衝撃か。
“力”を使っている為に“影纏い”による硬化は行えていないが、その変わりとして付けていた革手袋が真城の手を保護する役割を担っていた。
“力”を受け、真城によって掴まれた“アイ”の左手から左肩にかけての“影纏い”が霧散する。
そしてさらに時間経過で胴体の影まで少しずつ霧散を始めてく。
咄嗟に“アイ”が離れようと試みるも真城はそれを離さない。
真城は左手に影で棍棒の様な物をこさえると、
「これでも!! 食らえ!!」
と思いっきり“アイ”の左腕にその棍棒を叩きつけた。
『――――ッ』
バキン!! と音を立てて“アイ”の左腕が破損する。
関節の裏側を狙って叩いたお陰で、驚くほど簡単に左腕が千切れ飛ぶ。
“影纏い”のされていない機体なら、真城でも破壊は簡単だ。
それは前回の戦いでも把握済み。
『……ど、どうやって、……背後に』
「さぁ? どうやって、だろうな?」
しかし真城は答えない。
真城は答えをはぐらかす。
振り下ろした棍棒を構え直すと、距離を取ろうとする“アイ”へ向かって接敵する。
『――――ッ』
別に答え自体は簡単だ。
“アイ”が突進で壁を破壊するタイミングを見計らって、ただ上に跳んだだけ。
なるべく多くの壁の破片に紛れる様に注意しながら。
しかしそれをあえて教えない事に意味がある。
もしも答えを教えてしまったら、“アイ”はそれで満足する。
満足してスッキリする。スッキリしたら、別のことを考える余裕を与えてしまう事となる。
だからそれを真城は阻害する。
ずっと答えを知れぬまま、“アイ”にはあらぬ勘繰りをしてもらおう。
それで真城が、本部の情報に記されていない能力を隠し持っているのかも? とでも警戒させられたのなら御の字だ。
とにかく今は“アイ”の頭脳を、演算処理能力を正常に働かせない事が肝心だ。
“アイ”は真城を早く倒したくて仕方なかった。
加えて、真城の戦闘能力は把握済みですぐに終わると踏んでいた。
完璧な作戦も立てていた。……だからこそ慢心して油断した。
そしてそれは最終的に、破片に紛れて“アイ”の身体を跳び越える真城の存在を見逃せてしまえる程の結果をもたらした。
“アイ”の今のこの状況は、何も真城を侮ったから。慢心したからというだけじゃ無い。
一ノ瀬や切矢など、真城以外の様々な人間が協力したものが積み重なった結果だろう。
怒りと焦りから、判断を見誤った結果だろう。
咄嗟の妙案が上手くハマった結果でもあるだろう。
しかしどんな理由があったとて、そうした失敗一つが命取り。
それは、真城もよく知っている事である。
いままで真城がしでかしてきた様に、今度は“アイ”が失敗をして躓いた。
ただ、それだけの事だった。
『ぐ……っ』
「終わりだ!!」
慢心をしない。
油断もしない。
適格に着実に、“アイ”を仕留める行為を積み重ね。
勝利を確実なものとするその時まで見誤る事もない。
真城が動く。
真城が仕掛ける。
両拳を握り締め、“アイ”にトドメを刺すために。
……
…… ……
そこからの戦いはほとんど一方的なものだった。
“アイ”が慢心したおかげでもぎ取った左腕。
その無くなった左腕というアドバンテージもさることながら、真城が元々考えていた勝利法。それも上手くハマった結果となっていた。
真城の右拳が“アイ”の胴体へと突き刺さる。
そうして“力”が発動し、“アイ”の影の防壁を引き剥がす。
そしてそこに真城の追撃。
左手で振るった影の棍棒が、“アイ”の装甲、機体を大きく軋ませ凹ませる。
“アイ”がどれだけ影で防壁を張ろうとも、真城の“力”がそれをいとも容易く無効化する。
“アイ”が影で剣を作り、あるいは槍を、或いは鞭を振るおうと、真城は“アイ”の手首を“力”で叩くことで無効化する。
影を使って戦う“影狩り”。影人。
それらがどれだけ強くとも影を扱う以上、真城の“力”は弱点だ。
“影操作”に対するジョーカー。それこそが真城の宿す“力”である。
相手が影に頼り切っているのなら、この“力”は絶大な効力を発揮する。
“影操作”とは、自身の持っている影を操作する能力だ。
それはつまりは、全ての影を使った事象が“影操作”を扱う人物を中心として展開するという事だ。
で、あるならば影を使った武器、あるいは武具。
それらが人物を起点に生えてきた瞬間に常時接敵した真城が“力”を使ってその根元、“核”を断ってしまえば……その生成自体が無効化されるわけである。
例えばの話。
“アイ”が右手を起点とし影鞭や影槍を一度展開したのなら、その緻密な軌道修正によって縦横無尽に飛び回るそれぞれの影鞭や影槍に対して、真城の“力”を当てるのは困難だ。
しかし“力”を当てる場所が、その影鞭や影槍を生成し続けている右手であったらどうだろう?
相手に接敵出来ている状態であるのなら、変幻自在に動き回れる影よりも狙うのが簡単だ。
しかも加えて、その右手で生成しているものが複数あった場合でも、複数の武器にそれぞれ“力”を当てるより、根本からまとめて全て打ち消せる場所を叩いた方が楽である。
普通の“影狩り”や影人では出来ない方法。
“力”がある真城だからこそ可能な戦法だった。
『……ぐ、ぁ』
“アイ”がそれを嫌がって距離を空けようと試みるも、真城はそれを許さない。
それこそ影のように粘着し、執拗に張り付いて“アイ”の行動を阻害する。
例え影による攻撃が出来ずとも“アイ”の持つ戦闘技術は相当なものである。
しかし片手を失った状態では、出来ることにも限度がある。
そこから更に攻撃を加えられ破損箇所が増えていくのだから、次第に攻撃どころか防御すら困難になっていく。
身体のバランス感覚さえ保てなくなっていく。
頼みの綱であっただろう神崎特製アイテム。
それも真城は淡々と回避する。
“閃光弾”は無論サングラスで無効化し、“睡眠針”も神崎から渡された小さな湿布の様なもののおかげで意味が無い。
それ以外にも何やらアイテムを飛ばしてきていだが、その予備動作を見切って躱せば問題ない。
“睡眠ガス”を気付かない間に撒かれていないかは少し不安だが、それも多分心配ない。
真城が“巨大ロボット”に突入する前。
真城たちが勢ぞろいした時に、天道からある薬を貰っていた。
“睡眠ガス”の効力を弱めるために即席で調合したものらしいが、その効果は天道や野武、霜山が動けていることからも信用に値する。
そして当然、その薬は服用済み。
戦いが始まるまではどうなるかとも思ったが……。
始まってみれば思いの外簡単に事が運んだものである。
『くっそ、がぁぁああああああ!!!!』
“アイ”が右手を大きく横に切り払う。
しかし真城はそれを、上体を低くすることで回避する。
『――――ッッ』
大きく破損し、空いた胸元。
その奥に剥き出したコンピュータ。
それへと目掛けて、強く握り締めた真城の拳が伸びていく。
「はああああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
そうして。
上体を屈めた反動をバネにした右ストレートの一撃が、“アイ”の核を貫いた。
…… ……
『……、許さない』
“アイ”が呻くように声を上げた。
後ろによろめき、そうして視線の先にあった巨大なモニターに目を止める。
そこには一ノ瀬や切矢たちの猛攻によって最後の腕を切り落とされた“巨大ロボット”が、抵抗虚しく解体されていく、そんな映像が表示されていた。
それは“アイ”のみにとどまらず、“巨大ロボット”までもが敗北したことを意味していた。
『せっかく、最優先で排除したのに……またして、も』
ノイズと砂嵐が走る中、“アイ”は怨敵である一ノ瀬を睨みつけ、
『お前も、……真城晴輝』
真城の顔へと視線を移すと、――――そうして機能を停止した。
それは。
見事な真城たちの勝利であった。




