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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第3話 『“アイ”』



 真城の入った部屋。

 そこは研究室の一室だ。


 部屋の電気は点いていない。

 それは本部を徘徊するロボット達から視覚的に見つかりにくくする為の処置なのだろうが、故に薄暗く、部屋の隅々を見渡す事が叶わない。


 それでも出来る限り周りの範囲を見渡すと、見知らぬ機材やら様々な研究資料などが収められたカラフルなバインダー、ビーカーやフラスコに入れられた怪しげな液体などが目に留まる。


「悪いな。散らかってて足の踏み場もねぇだろ?」


 白衣を纏った男は、頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに呟いた。


 白衣を纏った、三十代くらいのこの男。

 男の服装は至ってシンプルだった。

 白いワイシャツに藍色のジーンズ。そしてその上から膝下まで伸びる長い白衣を羽織っている。

 髪は明るめの茶色に染めたツンツンヘア。

 

 それはどう見ても、普通の人間の様だった。



「……そうですね」


 真城は男の言葉に相槌を打ちながら、その後をついていく。


 警戒は怠らない。

 何故なら今は緊急事態だ。


 本部に何が起きたのか?

 それは真城には分からない。

 しかし、ここまで見て回った結果を総合すれば、……本部が“敵”からの攻撃を受けてこうなったと考えるのが打倒だろう。


 であるならば、本部を襲撃してきた“敵”。

 戦闘訓練用ロボットを操り、神崎拓富を探している“元凶”がいるはずだ。


「…………、」


 ……正直な話をしよう。

 真城は今、この男を疑っていた。


 この状況で会う人間。

 それが怪しくない訳がない。


 人間。確かに、見た目は人間のそれである。

 しかし、かと言って安心できる訳でもない。


 それは……影人も、見た目は人間と変わらないからである。

 ぱっと見で判断する基準と言えば、“その人間の足元に影があるがどうか”くらいのもの。

 

 だが、その基準さえあまり当てになるものではない。


 一般人かどうかを判断するのであれば、その基準さえあれば問題ない。

 しかし相手が“影狩り”か“影人”か? となると、少し状況が変わってくる。


 何故なら、“影狩り”も“影操作”を使う時に自身の影を使用すれば当然足元の影は無くなるし、逆に影人も“影狩り”からその存在を隠す為に使わない影を足元の影として偽装することもあるという。


 つまりは現状、この男が生存者を偽った影人である可能性も捨てきれない。


 襲って確かめる手もある。

 見たところ、この男が今“影結晶”を持っている様には見えない。

 もしもこの状況で男が“影操作”を使うなら、それは影人である事がほぼ確定。

 それは“影狩り”として影人と戦う戦闘員であってさえ、“影操作”を使用するには“影結晶”に触れている必要が基本的にはあるからだ。


 とは言えど、もしもこの男が本物の研究員であった場合が問題だ。

 彼の見た目は研究員。つまりは“影耐性”を持っただけの一般人と変わらない。

 そんなただの人間を襲えばどうなるか……など、考えるまでもない。


 ……どうしたものか。


 このまま男の後を追い、罠に嵌ってからでは事である。


 ロボット達に追われて必死に逃げていた矢先、突然やってきた助け舟に飛び乗ってはみたものの、時間が経ち翌々考えてみれば少し迂闊な行為となってしまった。


「…………、」



「そういやぁ自己紹介がまだだったな。俺はここの研究チームのメンバーで安室博志(あむろひろし)ってんだ。よろしくな」


 真城が警戒していることがバレたのか。

 或いは、無言の空気に気まずくなったのか。

 男は自身の名を明かす。


「歓迎会の時に一度会ってはいるんだけどな。あん時は他にも人が沢山いたから、真城が覚えてないのも仕方ねぇか。……おっと、いきなり呼び捨てはまずいか。とりあえず真城君とかでも」


「いえ、真城でいいですよ」


「ん、そうか」


 なんて事の無い会話を交わす二人。

 しかし、その会話によって真城は警戒を少し緩和させた。


 歓迎会。

 それは真城が本部に来た時に行われたものの事だろう。

 その事を知っているのなら、……敵の可能性は低くなる。

 まだ絶対とは言い切れない。

 事を起こす機会を窺う為にずっと前から潜伏していた可能性も無くは無い。

 しかしそれでも、十分に疑いは晴れたと言っていいのかもしれない。



「着いたぞ。この部屋だ」


 安室がたどり着いた目的地。

 それは研究室にある一つの扉だった。

 ガラス窓がついていないシンプルな扉。

 しかしそれ故に、中を窺い知る事は出来ない。


 やはり罠か?

 そう思う真城だったが、しかし安室は扉を開けると先に中へと入って言った。


「神崎さん!! 真城が無事に帰ってきましたよ!!」


「……っ!?」


 安室の言葉に驚く真城。

 どうやらこの扉の奥に、神崎がいるらしい。



…… ……



 安室に続いて、真城は部屋へと入る。

 そこは簡易な資料室、或いは物置のような小部屋だった。


 部屋の明かりは点いていない。

 しかしその変わりに、非常時などに利用するランタン型の照明器具を使った明かりの確保はされていた。

 そして、その明かりの周りを囲う様にして数名の男女が座っていた。


 真城は全部で六つあるその人影を見渡して、そして見知った顔で目を止めた。

 神崎と九条だった。



「やぁ、すまないね。こんな事になってしまって」


 部屋の中。

 ノートパソコンで何やら作業をしていた神崎であったが、真城が来たことに気が付くと申し訳なさそうに頭を下げた。


 一体、どういう事なのか?


 頭に疑問符を浮かべる真城へと説明する様に、



「ぶっちゃけますと、……今、本部がこの様な事態に陥っている原因は神崎さんにあります」



 九条が、そう呟いた。

 呟いて、そして語り始めたのは、今日ここに至るまでの経緯だった。



~   ~   ~   ~   ~



 時間を少し遡る。

 それは、真城が本部へと到着する――三時間ほど前の事。



「うーん……」


 “影狩り”本部。執務室。

 机の上。大量の資料の束に囲まれて、神崎は唸る様な声を上げた。


 目の前にあるこの紙の束は、ここ三年間前後で行われた影人の関わった事件や、影人が関わっていると予想されていた事件の数々が記されたものである。


 神崎は前回、真城が行った任務。

 その事件の結果から、『“影狩り”設立によるいざこざで見逃した影人がいないかどうか』といった事柄に焦点を当て、再調査をしている際中だった。


 頭を乱暴に掻きむしり、そうして再び机の資料と向き直る。

 ここ数日、まともに睡眠をとった記憶がない。

 気付くと机に伏して寝ている事が多く、起きるたびに首肩腰がゴキゴキと音を立てる。

 ……そんな、規則正しくない不健康な生活を続けていた。


 それは真城晴輝に懲戒処分を下して以降、ずっとである。

 

「あまり無理をしないようにお願いしますね」


 そう告げながら、九条が持ってきたコーヒーを神崎の前に差し出した。

 彼女も今回、この再調査を手伝ってくれている一人である。

 神崎程ではないにしろ、彼女にも目の下に薄いクマが出来ているのが見て取れる。

 目に見えて分かる程度には、疲弊している事がよく分かる。

 にも関わらず、こうしてコーヒーを作ってくれるのだから『ありがたい』と言う他無い。


「分かっているさ」


 神崎はその言葉に頷くと、受け取ったコーヒーに一口つける。

 鼻孔をくすぐるコーヒーの良い香りを楽しみながら、『はあぁ』と一つ長い溜息をはいた。


 少しして、書類の一束を切りのいいところまで仕上げると神崎は筆を置いた。

 軽く首を回し、肩を揉んでほぐす。


 このまま次の書類の束へと進みたいところだが……。

 如何せん、今日は10時過ぎに真城と会う予定が入っている。

 その事を考えるならば、今からでも少しは寝ておいた方がいいかもしれない。


 先程、コーヒーとはいえ温かい飲み物を飲んだおかげか、程よい眠気も出て来たところだ。

 予定の時刻までまだ三時間もある。

 その全てを使って寝ようとも思わないが、三十分ほど仮眠を取れば、多少は頭もスッキリするだろう。



「しばらく仮眠を取るよ」


 そう九条へと告げると、神崎は座っていたイスの背もたれを倒し、そうして瞼を閉じた。

 大きく深呼吸をして、眠る準備を整える。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 執務室にある扉の一つが、勢いよく開け放たれた。

 それは執務室の出入り口の扉ではない。

 執務室の奥にある一つの部屋。神崎の自室へと繋がる扉だった。


『たっくん、あ~そ~~ぼ~~~!!』


 入って来たのは一人の女の子。

 女の子、と言っていいのかは定かではないが、少なくともそれは女性用の衣類を来た一体のロボットであった。


 背丈は大体160cm弱くらい。

 そのロボットが発する合成音声も、女性用のものとなっていた。

 顔にあたる部分には小型のブラウン管テレビの様なものが付いており、そのディスプレイ画面には可愛らしいアニメ調にデザインされた女性の顔が表示されている。

 見た目のシルエットは頭部を除けば人間とも瓜二つ。

 そして、目に見える範囲の両手両足のみならず、首から下の胴体部分には全て自己修復する培養皮膚が施されており、ぱっと見では色も質感も人間の肌と相違ない。

 そんな、……持てる技術の集大成の様な存在であった。

 


 その声を聞き、目を開けた神崎は小さな溜息をはいた。

 九条は、ロボットを見て驚いていた。

 ……反応はそれぞれである。


 しかしそんな二人の反応を無視して。

 或いは気付く事も無く、トテトテとまるで人間の様にスムーズな小走りで近くまでやって来る。


 そうして、神崎が横になるイスの下へ来るや否や、バン。と、神崎の身体に手を置いた。


『遊ぼ!! 遊ぼ!! 遊ぼ!!』


 ピョンピョンと何度も身体を弾ませて、『遊びたい』アピールを全力で神崎へと向けてくる。

 それは見た目の体格の割には、随分と子供らしい言動だった。


「……神崎さん。また身体を作ってあげたんですか?」


「まぁねぇ。最近は特にかまってあげられないから、せめてもの気分転換にと思ってね。身体があれば一人でもゲームなりなんなりして遊ぶ事が出来るだろ?」


「それは、……そうかもしれませんが」


 女の子の姿をしたロボット。通称“アイ”。

 その正体は、神崎が作り出したAI(人工知能)だ。


 彼女に搭載されているAIは、ここ“影狩り”本部に存在する様々なAIの元祖にして頂点。

 その機能は全てのAIを凌駕する。


 限りなく人間に近い思考能力と人間を超えた演算能力を持った存在だった。


「しかし、彼女は……」


 それはそれとして。

 九条がこのAIに対してあまり良い印象を持っていない。

 それには、とある理由があるからだ。


 このAI。通称“アイ”は、ある女性(・・・・)の脳波を基にして生み出されたAIだ。

 ある女性の脳波。それはつまり、その女性から思考回路・思考パターンを学習したと言っていい。


 ある女性と同じように行動し。

 ある女性と同じように会話する。

 ある女性と同じものを好み。

 ある女性と同じことを苦手とする。


 それはつまり、ある女性と限りなく瓜二つなコピー体だ。


 しかし九条が快く思っていない理由は、それに対する倫理観だとかそういった類の話が原因ではなかった。

 ただ単純に、その“ある女性の思考回路をコピーした事で起きた欠陥”。

 ある女性の“問題行動”さえもこのAIは再現してくる、といった問題点によるものだった。


 しかも現在、このAIは身体を手にしている。

 身体がなければ、まだうるさいだけで済んでいた言葉に、行動が付与される事となる。


 そして、そうして起こった“問題行動の再現”は今までに何度も(・・・)起きている。……それだけで、警戒するには十分なものだった。



『遊ぼ!! ねぇ遊ぼってば!! たっくん!! 遊ぼ~よ~!!』


 しかし、そんな九条の警戒心も露知らず、“アイ”は何度も神崎に話しかける。


 ……まったく。

 相変わらず“アイ”は、場の空気を読まない。

 “アイ”の基となった生前の彼女も、確かにこのような感じだった気もする。

 まぁ、あちらの場合は能力(・・)のお陰もあり、変なスイッチさえ入らなければ落ち着いていたのだが……。


 少し落ち着いて場を確認すれば、神崎がこれから眠ろうとしている事も理解出来る。

 であれば、“アイ”と遊べる状況じゃない事だって分かるはずだ。


 それにそもそも、そんな状況を理解せずとも神崎がここ一か月ほど仕事で忙しくしている事くらい知っていそうなものなのに……。


「神崎さんは疲れているんですから、休ませてあげて下さい」


 そう言って“アイ”を宥めながら、隙を見て“アイ”と神崎の間に割って入る。

 神崎さんの仮眠は邪魔させない。

 九条も今回の再調査にはいくつか協力し、携わっている身だ。

 身体を休めて休憩する時間。それが今、何を置いても代えがたい重要なものである事は理解しているつもりである。

 それを、……“アイ”のワガママで台無しにするわけにはいかない。


「なんでしたら私が相手をしますよ? 囲碁ですか、将棋ですか、それともテレビゲームが良いでしょうか? なにぶん私も疲れていますので、身体を動かす系は勘弁してもらえると良いのですが……」


 正直な所、九条だって疲れている。

 休憩できるなら自分だって休憩したい。

 しかし“アイ”のこの状態を放っておいて、怒りが爆発しましたではシャレにならない。

 九条が全面的に“アイ”に折れる形となるのも癪ではあるが、そこはこの際仕方がない。

 我ながら損な役回りである事に嫌味の一つでも言いたいが、……今は堪えて、そう提案したわけだ。

 ……しかし、



『嫌だ!! たっくんと遊びたい!!』


 “アイ”はそれを拒んだ。


「ワガママを言わないでください。……神崎さんが倒れてしまっても良いんですか?」


『嫌だ!! 遊ぶの!! 今日は絶対に一緒に遊ぶんだもん!!』


 “アイ”は九条を押しのけて、神崎の身体へと手を伸ばす。

 ガクガクと神崎の身体を揺らしながら、「あーそーーぼーーー!!」と何度も何度も訴える。


「うーん……」


 横になっていた神崎が、目を擦りながら身を起こす。

 この場は九条に任せて、寝てしまおうかとも考えてはみたものの、どうやらそうもいかないらしい。


「“アイ”。今度沢山遊んであげるから今日は」


『今度っていつ!!』


 神崎が“アイ”を宥めようと口を開くが、話の途中で言葉を遮られてしまった。

 今度、とは言ってみたものの確かに詳しい日時はわからない。

 少なくともこの再調査が終わるまで、まだしばらくは難しい。

 だが、それをそのまま伝えてもしょうがない。


 多少嘘をついてでも。

 言い訳してでも日取りを先伸ばすのが重要だ。

 まずは今日。

 明日は明後日。

 そうやって何度か繰り返す。


 ただ遊ぶくらい良いじゃないか。

 そう思う者のいると思うが、そうもいかない。

 “アイ”の遊びに付き合えば、まず半日以上は拘束されてしまうから。

 それ一日で終わればいい方だ。

 その日遊んだからといって、その翌日に遊びの誘いが来ないというわけじゃない。

 結局“アイ”が満足するまでは、何度も遊びに誘われ続ける。


 遊びの内容もゲームとかならまだいいが、スポーツ等の身体を動かすものとなるとかなりキツイ。

 神崎は根っからの研究者。

 一日中、部屋に籠って研究をしているような人間が、まともに身体を動かせるわけがない。

 そんなこんなで……、


「うーむ、そうだなぁ。明日か明後日か。………将又、明々後日か」


 適当にはぐらかす。

 適当にはぐらかして、そしてその後考える。……そんな判断を、したつもりだった。

 ……しかし、


『嘘!! 嘘嘘嘘嘘、絶っっ対に嘘!!!! 昨日もそうやって、私に同じこと言った!!』


 その判断が間違いであった事を理解する。


 “アイ”が、感情を――――爆発させていた。


『一昨日も、その前も、ここ最近ずーーーーっとそう!! 私と遊びたくないんだ!! 私と遊んでも楽しくないんだ!! だからそうやってはぐらかすんだ!! ずっと!! ずっとずっとずっとずっと!! これからも遊んでくれないんだぁ!!!!』


 椅子の上から突き飛ばされ、床に転げ落ちる神崎。

 それを見て、慌てて駆け寄る九条。

 しかし“アイ”の目は既に二人を見てはいなかった。

 何処か虚空。何もない空間を虚ろな瞳で見つめていた。


『ずっと遊んでくれるのを待ってたのに!! 楽しみにしてたのに!! もう私の事好きじゃないんだ!! 好きじゃなくなったんだ!! 好きな女が出来たんだ!! たっくんなんてもう知らない!! 嫌い!! 構ってくれないたっくんなんて大っっっ嫌い!!!!!!』


 突然の事態に目を白黒とさせる神崎へと、“アイ”の拳が振り下ろされる。


『大っっっ嫌いだああああああああああああああああああああ!!』


「ぎゃあああああああ!??」


 反応出来ない神崎に代わって、先に状況を完全把握した九条が動く。

 “アイ”の振るった拳から神崎を助ける様に、神崎の身体を強く引くと、自身の身体を軸にして別方向に投げ飛ばす。

 されるがまま、身体を浮かせた神崎が床に着地すると同時。


 ゴスン!!

 と、神崎の元いた場所に“アイ”の拳がめり込んだ音が木霊する。

 

 その音を聞いて、ようやく状況を飲み込んだ神崎の脳内が動き出す。

 眠いとか言っている場合じゃない。

 睡魔にボケた脳細胞を叩き起こし、脳をフル活性させて事態の収拾を試みる。


 “アイ”がめり込んだ拳を引き抜いて、もう一度拳を振り上げたのが見て取れた。


「ア、“アイ”!! 待て!! 話せばわかる!!」


 そんな浮気がバレた男の言い訳のような事を言いながら、“アイ”へと弁明を試みる。が、しかし“アイ”はそれに応じない。


 “アイ”の身体が、黒いオーラを纏っていく。

 それは負の感情の具現化。……などではなく単純に“影纏い”。

 しかしそれは、最早話し合いによる解決が望めない状況。

 臨戦態勢となった事を意味していた。


『たっくんの…………、バカああああああああああああああああああ!!!!!!』


 怒りの“アイ”が迫り来る。


「……っ!! 逃げますよ神崎さん!! こうなっては私達では勝てません!!」


「だがっ、しかし」


 この場に留まろうとする神崎の手を引いて、執務室の出入り口へと駆ける九条。

 しかし神崎は、何やら未練がある様でおとなしく引かれてはくれない。


「……奥の部屋には発明品が!!」


「なら“アイ”さんに捕まりますか? その方が私としては楽なのですが」


「いえ、何でもないです。助けてください」


「よろしい」


 こういった扱いは慣れたもの。

 伊達に毎回、神崎や一ノ瀬に振り回されてはいないのだ。

 扉を開け、執務室から飛び出すと逃げの一手で駆けていく。


 そのすぐ後方から、全速力でやってくる“アイ”を後目に、九条は深く溜息をついた。



『待てえええええええええええ!!!! 逃げるなあああああああああああああ!!!!』



 こうして、――――“影狩り”本部での逃走劇が始まったのだった。



~   ~   ~   ~   ~



「私達が逃げ切ったまでは良かったのですが……。“アイ”さんは怒りのまま暴れ回り、鎮圧に駆け付けた部隊を一掃。修練場に侵入すると、神崎さんを見つける為に戦闘訓練用のロボット達を不正にハッキングして使役。それにより更に被害を拡大させて今に至ります」


「えぇぇ……」


 事の成り行きを聞き終えた真城は、言葉が出なかった。

 あまりにも予想していなかった答えに、開いた口が塞がらなかった。

 精々、困惑と呆れが入り交じった感情から漏れてしまった溜息のような声のみであった。



…… ……



 状況は何となく理解した。

 とりあえず今回の騒動の犯人。首謀者は神崎が作り出したAI(人工知能)の“アイ”と呼ばれるロボットであるらしい。


 AIである彼女が、神崎に構ってもらえず大暴れ。

 彼女と彼女が操る戦闘訓練用ロボットが、神崎の確保を邪魔する人間達を倒して回っている……と。


 状況を咀嚼して、飲み込んで。

 そうしてやっと、頭がある程度働くようになってから……。

 真城が出した答え。結論は、


(……バカなの?)


 その一言だった。



…… ……



「本部の皆さんを再起不能にしたのは、何も武力による行使のみではありません。神崎さんが作った発明品、“睡眠ガス弾(睡眠玉)”や“睡眠針”、“酔い促進剤”やら“失神針”による被害も確認しています」


「……なんですかその発明品!? 特に後ろ二つ!! なんかやけに物騒なんですが!?」


「しかも途中から面倒になったんでしょうね。今では“アイ”さんを止めようとする人物以外も手当たり次第に無力化させてるようですし。……見つけた人間を片っ端から仕留めて行けばいずれ神崎さんに出会えるとでも考えているのでしょう」


「雑!!」


 困惑に困惑が重なって、最早ツッコミが追いつかない。

 無言で神崎へと目線を送るが、


「いやぁ、秘密結社って隠す事が多いだろう? ……だから、目撃者とかの意識を瞬時に無くせる道具って、必要かなぁ~……なんて?」


 などと供述しながら目を逸らされた。


「彼女は神崎さんの発明品を熟知していますからね。いくら逃げるのが最優先だったとはいえ、神崎さんが懸念していた発明品。それが保管、封印してあった執務室奥の部屋を放ったままだったのは失敗でした。……おかげで鎮圧に動いた一ノ瀬さんもやられてしまいましたし」


「えぇ、一ノ瀬さんまで!?」


 マジかよ。

 一ノ瀬までやられたと言うのか。

 それは流石に一大事ではなかろうか。


「一ノ瀬さんは神崎さんの発明品には疎い、……というよりも興味を示しませんから、その隙を突かれてしまったんでしょうね。これまで“アイ”さんが暴走した時は一ノ瀬さんが対処してくれていたのですが、……今回は“アイ”さんの策略の方が一枚上手だったという事でしょう。『今まで一ノ瀬さんが対処してきた』という事は、逆に言えばそれだけ“アイ”さんも強く警戒していたでしょうし、何より戦闘・行動・思考パターンも読まれやすくなっていたでしょうから」


「…………、」


 真城は無言で考え込む。

 この本部において、一ノ瀬以上に戦闘が出来る者などいるのだろうか?

 

 ……いや、いないだろう。

 正直、真城はまだ誰が強いとかは分かってない。

 しかし、それでも戦闘訓練で戦った事のある真城から言わせれば、あれ以上はそうはいない。

 それ程のレベルの存在だ。


 その一ノ瀬が負けた。


 純粋な戦闘力で上回られたわけではないだろう。

 話を聞く限りは、絡め手を使われての敗北だ。


 それは分かる。

 しかしそれでも、ことこの状況に置いては痛手以外の何ものでもない。


 どんな手を使ったのかは分からないが、それでも一ノ瀬を倒した相手だ。

 そんな相手に、果たして真城は勝てるのだろうか……?

 いやそもそも、人手を増やしてどうにか出来る問題か?


 理由があるにはあるにしろ、随分と面倒な発明品を作ってくれたものである。


「……神崎さん??」


 真城は再び、神崎へと視線を移す。

 『一体何してくれたの……?』と、そう暗に告げた視線を向ける。

 しかし、



「……てへ」


 可愛らしく舌を出し、ウィンクを決める神崎がそこにいた。


 どうしよう。

 これが“殺意”というものか。

 今、完全に理解した。


 殴っていい?

 ぶん殴ってもいいよね?

 許されるよね? この状況。



「……私達がこれから取るべき行動。案は二種類です」


 それは反省の色が見て取れない神崎に対してか。

 或いは、そんな神崎へと内心で怒りを抱える真城を落ち着かせる為のものなのか。

 単に話を進めたかっただけなのか。


 神崎と真城のやり取り。

 それを静観していた九条が、突如それに割り込むように口を開いた。


「一つは“アイ”さんのボディを破壊することです。それさえ出来れば“アイ”さんは現実世界への物理的な干渉が出来なくなり、事態の収拾が容易になります」


 九条が、真城達に見える様に人差し指を立てると、さらに説明を付け加える。


「本部内を徘徊するロボット達。あれらは現在、“アイ”さんの不正アクセスとウイルスによって操られているものです。なので当然、司令塔でありその元凶である“アイ”さんを撃破すれば不正アクセスも停止します。後は神崎さんにでもワクチンソフトを作らせてロボット達に一斉送信してしまえば、書き換えられてしまったロボット達のプログラムも正常に直り一件落着。といった感じのルートを辿ることが可能です。しかし……問題となるのは」


「その“アイ”っていうロボットを撃破出来るかどうか。ってところですね」


「はい。先程も言いましたが“アイ”さんは神崎さんの発明品を熟知していますので、その情報を知っているか否かで対処の仕方を変えなければならないのが厄介です。幸い、命の危険に直結する様な物は神崎さんも作っていないはずなので、発明品自体に殺される事は無い……とは思いますが」


 九条がチラリと視線を神崎へ向ける。

 信用したいが信用出来ない。そういった類の表情だった。


「…………、当たり前だろ」


「おい、なんだその長い間は!? 無いんだよな? 本当に作ってないんだな!? 信じますよ!!?!」


 そこはハッキリしてくれよ。

 重要な所なんだから。

 

 どうしてくれるよ。

 さっきから(真城)、ツッコんでばかりじゃないか。

 これでツッコミキャラが定着したら恨むからな。


「……作ってはいないよ。けれど何事も過剰摂取すれば危険だし、何より僕が作った薬と薬の併用がどういった症状をもたらすか。それは正直わからないところが、何とも」


 神崎も今回は流石に、苦い表情を作って説明する。

 安全を断言する為には、今この状況は予想不能なことが多すぎるからだろう。



「問題は他にもあります。それは単純に“アイ”さんの戦闘能力が高い点。加えて“アイ”さんの操る“影纏い”、その防御力の高さです」


 発明品の事は置いといて、さらに撃破の障害となる問題点を並べていく九条。


「まず“アイ”さんはAIなので学習能力も高く、今までに培われた経験によって並の人では相手になりません。単純に真城さんがここまで来る途中で遭遇したであろうロボット達とは比べ物にならないぐらいには強いんですよ。……それこそ、わざわざ発明品に頼らなくとも易々と一ノ瀬さんに倒されない程度には」


 それを聞いて神崎が頷き、言葉を繋げる。


「それに加えて“アイ”の“影纏い”は、現在確認出来ている“影纏い”の最高硬度、影人“黒鉄(くろがね)”にも匹敵するレベルにまで仕上がった僕の最高傑作だ。その代わりに今の“アイ”を全力で稼働し続ける為には僕ら研究チームの技術を集結させて作った自慢のスパコンをフル稼働させてなきゃいけないから、電力も馬鹿にならないし量産はほぼ不可能なわけだけどね」


 神崎が「ふんす」と胸を張り、ドヤ顔を決める。

 一瞬。真城の脳裏を『そんなん量産するんじゃねぇよ……』といった、今回の騒動の元凶へと向けた愚痴が支配する。

 が、よくよく考えてみればこういった暴走さえ起きなければ『一ノ瀬に拮抗する戦闘力』と『“黒鉄”に匹敵する最高硬度の“影纏い”』が出来るロボットという事だ。

 それこそコレが量産出来たなら、それはもう人間が命がけで戦う必要さえ無くなるような物である。


 聞けば聞く程、本当に倒せるのか自信が無くなってくる代物だ。


「まぁ、“アイ”の使う“影纏い”の硬度については気にしなくてもいいと思うよ。何せ真城君には“力”があるからね。それで纏った影を霧散させれば、その防御は突破出来る」


「それはそうでしょうけど……」


 はたして、話はそう簡単な事なのだろうか?

 真城は疑念が拭えずに、しまらない返事をする。


 例え防御力を突破出来るとしても、それは一時的なもの。

 再び距離を取られて影を纏われでもしたら意味も無い。

 確かに、“アイ”の“影纏い”を突破するのは勝利する為の条件の一つである。

 しかし条件の一つであるというだけで、それだけでは意味が無い。

 結局の所、その“影纏い”を突破した先で、攻撃を打ち込む必要があるわけだ。


 “アイ”の戦闘力は、一ノ瀬にも劣らないものであるらしい。

 簡単に倒されない程度には拮抗出来る実力を持っている。


 なら……。

 そもそも、一手目(真城の力)を成功出来たとて、二手目(攻撃)を成立出来るのか?

 それが問題となるわけだ。



 それにしても、


「……ところで話の流れで“アイ”を倒すことになってますけど、そんな凄いロボットを破壊しちゃっていいんですか? 何かこう、色々と損失的に」


 真城は疑問を投げかける。

 しかし、


「はい。問題はありません」


 と九条はハッキリとそう告げる。


「さっき言いましたが、“アイ”さんのボディを破壊出来れば“アイ”さんは現実世界への物理的な干渉が出来なくなります。それは“アイ”さんの意識部分というか“核”、本体はスーパーコンピュータであり、そこから一時的に神崎さんが作った特製ボディという器に意識を移すことによって稼働している……というのが今の状況だからです。ですから“アイ”さんのボディを破壊したからといって“アイ”さんそのものの意識データが破損する心配はありません。“アイ”さんの意識はボディを失いスーパーコンピュータへと強制送還されるだけですし、ハッキングもウイルス作成もボディにある機能を悪用して、又はボディを動かして操作した別PC等が引き起こしているものが大半なので、ボディの破壊でそれらの悪化も阻止できます。まぁ、ボディ自体の損失という意味では気にしなくてもいいですよ。あれはただ神崎さんが趣味で自作しただけのものですから」


「ひどい!!」


 冷静に説明を続ける九条とツッコミを入れる神崎。

 神崎への当たりが強いのは最早当然だろう、と真城もさして気にしない。

 気にしなくなってきた。



「そしてもう一つの案ですが……」


 九条がチラリと神崎へ視線を移す。

 しかしそれも一瞬で、すぐに真城へと向き直る。

 その表情は真顔だった。


「神崎さんを拘束し“アイ”さんに引き渡すことです。“アイ”さんが神崎さんを手にすれば満足して事態も収まるでしょう。いつまでも本部がこの状況では“影世界”から影人の攻撃を受ける可能性も大きくなります。一秒でも早い収束を望むなら……これが最善かと」


「なるほど、ではそれで」


「君達には人の心は無いのかい!?」



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