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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第2話 『ロボット』



 階段を下りる。

 一段一段、慎重に下りていく。


 “影狩り”本部。第二階層。

 私室エリア。


 真城は軽く見回るが、しかし操車場と同様の静けさだ。

 人の気配を感じない。

 

 さらに階段を下りて三階層。

 ここも同じく私室エリア。

 真城は再び軽く見回り、人がいない事を理解する。

 適当な部屋の扉をノックしてみるものの返事も無い。


 真城は“影狩り”に来て日が浅い。

 しかし、そんな真城であっても現状が異質である事は何となく分かる。


 そもそも、人の声が聞こえない。

 足音や気配についても同様だ。

 そんな事、人が住み込みで活動する拠点では、そうそうありえることではない。

 任務などによって、多少本部内の人数が変動しようとも、かなりの人間が同じ空間で暮らしている事に変わりはない。

 にも関わらず、そういった生活音が一切聞こえないのは不自然だ。


 部屋の壁は防音仕様。

 しかし、トイレや洗濯などの共有スペースは存在する。

 別に今が早朝。或いは深夜帯というわけでもないのだ。

 寧ろ、何かしらの音がして然るべきはずである。

 

 

「一体何が……」


 起こったんだ?

 そう、言葉を続けようとした瞬間に異音を感じて身体を素早く屈ませる。

 壁を背にして、音がした方へと目を向ける。


 キシ、キシ、キシ。


 何か、金属の軋む様な音がする。

 しかしそれは、少なくとも人間が発する音ではない。

 いや、或いは全身に鎧を纏った人間が歩けばこんな風に聞こえるかもしれない。

 がしかし、この本部内でその様な装備をする必要は無いはずだ。


 やはり敵襲か。

 敵が攻めてきたのなら、或いはそんな状況もありえるか?

 全身を武装して、攻めてきた敵を探してる。……そんな状況も浮上する。

 或いは、攻めてきた敵の方なのか。

 未だ本部に残る生存者を執拗に探しているのかもしれない。


 敵か味方か。

 真城は息を潜める。


 キシ、キシ、キシ、キシ、キシ。


 音は四階層目へと続く階段の方から聞こえてくる。

 何かが、こちらの階へと上って来る。


 危なかった。

 もしもこの階を見回らず、そのまま下の階まで下りていたのなら、或いは鉢合わせていたかもしれない。


 キシ、キシ。


 異音を立てる者の正体。

 “ソレ”が階段から現れる。


「――――ッ!?」


 その姿を見た瞬間、息を呑む。

 真城が見たもの。――“ソレ”は。



 ロボットであったのだ。



~   ~   ~   ~   ~



 真城の知識にあった物。

 あのロボットは確か、戦闘訓練用として作られた物だったはずである。

 普段は修練場に置かれており、申請を出せばいつでも利用は出来るのだとか。


 一週間の戦闘訓練で真城が使う事は無かったが、そういった物があるという事は九条から聞いていた。

 訓練の休憩時間。

 そこで軽く見せてもらった事もあったので、あのロボットが“そう”であるのは間違いない。


 正式名称とかは特に無かったはずだ。

 九条は“戦闘訓練用ロボ”とか“訓練用ロボ”とかそんな感じで呼んでいた。

 そのまんまである。

 利用方法もそのままで、影人と戦うことを想定した訓練用のロボットだ。


 なんでも、神崎が作ったAIによって稼働していて、内蔵された“影結晶”により“影操作”も扱えるのだとか。

 機械のAIが“影操作”を利用する。

 まさかそんな事が出来るなど、真城としては想像だにしないものであった為、聞かされた時は驚いた。……が、“影狩り”では既に当たり前。実用レベルのものらしい。

 恐ろしいことである。



 ここ“影狩り”には、そういった世間一般では公表出来ないような技術が溢れている。

 それは“影狩り”の研究者や神崎といった者達の賜物なのだが、……まぁあまり驚かないのが身の為だ。


 一々大げさに反応していると疲れてしまうからな……。



~   ~   ~   ~   ~



(なんで訓練用のロボットがこんな所に……?)


 物陰に隠れて様子を窺う。

 相手がロボットと分かっていても、自然と息を殺してしまう。

 それは、それだけ真城が今の異様な状況に呑まれてしまっているという事だろう。


 戦闘訓練用ロボット。

 あれは修練場にしか置かれていなかったはずだ。

 修練場は七階層から九階層。

 しかしここは三階層。


 何故、こんな所にいるのだろう?


 少なくとも、誰かが起動させたのは間違いない。

 目的は定かではないが、もしかすると本部に進入した敵、……影人を捜索する為とかなのかもしれない。


 あのロボットは誰にでも起動できるわけではない。

 確か、起動用のカードとパスコードが必要だったはずである。

 敵の影人に起動され、使役されているなんてことは無いはずだ。


(なら別に、俺が隠れる必要は無いわけか)


 もしもあのロボットが真城の予想した通り、敵を捜索する為のものであるのなら、現在あのロボットに搭載されているカメラの情報は司令室の画面などに表示され続けている可能性が高い。

 そして、であるならばその画面を見ているのは神崎や九条といった“影狩り”の者達のはずである。


 ならむしろ、真城の存在は教えておくべきだろう。

 真城が今、本部に到着していること、この場所にいることをカメラ越しに伝えておけば、何かしら向こうからのアプローチもあるはずだ。

 

 敵の脅威がどれほどのものかは知らないが、それくらい今の真城でも手伝える。



 そう思い、真城が物陰から顔を出そうとした、――……その時だった。


 首を動かし、辺りを調べていたロボットの動きが止まる。

 ある一点。真城の隠れている物陰を見つめて停止する。


 なんだ?

 と、真城が言いかけたその時、ロボットから合成音声が響いた。


『熱源ヲ確認、人物ヲ捕捉シマシタ』


 真城はすぐに、それが自身の事だと理解する。

 しかし、それだけなら良かった。

 元々見つかるつもりだったのだから、何も問題は無かったのだ。

 続く言葉を聞くまでは。


『速ヤカニ、拘束シマス』


「……っ!?」


 真城の背筋に悪寒が走る。

 何故……?

 そう思う、余裕すら無かった。


 何故なら、ロボットの言葉が真城の耳に届いた時には既に、ロボットは真城に向けて動き出していたからだ。



 何も状況を掴めぬまま、真城は戦闘を開始した。



…… ……



 影を纏い、接近してくるロボット。

 以前、九条から見せてもらった時は詳しく確認しなかったが……。

 今回“それ”を見て真城は内心ホッとした。


 よく見れば、ロボットは随分と簡素な作りをしている様に思えたからだ。


 それは勿論、真城がただ素人目で見ただけなので参考にはならない。

 見る人が見れば四肢があり手の指も五本ある事や、まるで瓜二つな人間の動きを再現出来ている事に驚きもしただろう。

 しかし真城としては、技術面はどうでもいい。


 問題となるのは“倒せるか否か”であり、真城の下した“簡素”というのも装甲の薄さや、ロボットを構成する部品等々がアルミやプラスチックといった軽い素材を使っていると、そう判断した為だ。


 正直な話。

 “影纏い”が使えるという事は、装甲の薄さなどに関しては影硬化でどうとでもなる。

 機械特有の“重さ”を極力捨てる事で得られる俊敏な動きが可能なら、そちらを取るのもいいだろう。


 しかし、真城からすればその捨てた“重さ”こそ……。

 重量に任せたタックル。或いは圧し潰しといったものこそが警戒するべきものだったのだ。



(これなら、いけるか……?)


 慢心はしない。

 警戒は怠らない。

 しかし、勝てる要素は集めてく。



 ブオン。と、ロボットの腕が迫り来る。

 が、左腕に付けた腕時計に内蔵された“影結晶”を、真城は既に転回させて露出済み。

 “影操作”はいつでも使用可能となっていた。

 真城は落ち着いてロボットの動きを見極めると、“影纏い”をした腕でガードする。


(やっぱり、拳は軽い)


 真城は自身の推察が合っていたと確信する。

 元々このロボットは影人との“戦闘訓練”をする為に作られた。

 ならば早々、真城達人間が重症を負う様な作りにはなっていない。


「らぁ!!」


 真城はロボットと距離を取るべく、その腹を強く蹴る。

 するとロボットは思いの外軽く、真城の予想よりも簡単に吹き飛んだ。


 キシキシと音を立てるロボット。

 しかしそんな音とは裏腹に、装甲を覆う影によりキズは一つも付いていない。


 互いに警戒する様に、距離を保って旋回する。


『顔認証開始シマス。“データバンク”ト照合。…………確認。「真城晴輝」ト断定シマシタ』


 真城を見つめていたロボット。

 その顔にあたる部分に付けられたカメラがキュイキュイと稼働する。

 

 この数秒で顔から人物を特定したのだろう。

 流石AI。凄いものだ。


『我々ハ「神崎拓富」ヲ探索中。心当タリハアリマセンカ?』


 質問までしてくるのか。

 流石AI。凄いものだ。……じゃない。


「今戻って来たばかりなんだ。知るわけがないだろ」


 何だ?

 このロボットは神崎を探してる?


 真城は質問の内容から、本部で今起こっている状況を推測するが何も思い浮かばない。

 むしろ疑問が増えたぐらいだ。


『「神崎拓富」ノ今日ノ“スケジュール”ニヨレバ貴方ト会ッテ、ナニヤラ話ヲスルトイッタ情報ガアリマス』


 そんなことまで知っているのか。

 というか、神崎のスケジュールとは一体どういう事なのか。


 秘書の九条辺りならいざ知らず、どうしてこんな戦闘訓練用ロボットなんかがそんな情報を得ているのだろうか。

 そういえばさっき、データバンクと照合してどうの、といった事を言っていた。

 

 ……まさか神崎は“今日のスケジュール”とやらも、AIが検索可能なデータバンク内に保存しているのではあるまいな。


『アナタハ、コレカラ「神崎拓富」ト会ウ予定デハナイノデスカ?』


 真城は無言で思考を巡らせる。

 確かに真城は、本部には神崎と会う為にやって来た。

 その事は真実だ。


 が、しかし。……それをこのロボットに話していいものか?


 現在の状況がよく分からない。

 もし仮に、ここで神崎の居場所を知らせる事によって、神崎に、或いは“影狩り”にとって何かしら不利益となる可能性もゼロではない。


『シラナイ可能性ハ低イデス』


 ロボットは真城から視線を外さない。

 頭部に内蔵されたカメラが時折動いて音を鳴らす。


 もしかすると、目の動きや表情、仕草といったものから真城が神崎の情報を隠しているかどうか。

 本当に知らないのかどうかを割り出そうとしているのかもしれない。


「――ッ」


 真城は咄嗟に顔を片腕で隠すと、同時にロボットとの距離を詰める。


 どの道、あまりここで時間を食っている余裕は無いだろう。

 本部から何故か人の気配がしないこと。

 加えて、何故か徘徊する戦闘訓練用ロボットが襲い掛かって来たこと。

 そして最後に、“影狩り”の本部長である『神崎拓富』を探していること。


 これだけ揃えば、少なくとも“影狩り”本部にとって良くない状況である事は間違いない。


(まずはこいつをとっとと倒す!!)


 今はまだこのロボットだけで済んでいる。

 しかし、真城はそれで安堵できるほど能天気ではないつもりだ。


 この(・・)ロボットが徘徊しているぐらいだ。

 それ以外(・・・・)にも戦闘訓練用ロボットが徘徊していても不思議じゃない。


 ここで何分も足止めを食らっている間に、真城を拘束する為に何体ものロボットが押し寄せてこないとも限らない。

 別にそうじゃなくとも、この本部で悪さをしている“元凶”が来る可能性だってある。


 無音のこの本部内であまり長く戦闘音を立て続ければ、それだけ“元凶”に真城の存在を教えることになってしまう。



 なるべく速やかに。

 なるべく音を立てずに。――この戦闘を終わらせる。



…… ……



 右手が光を発する。

 それは真城が“力”を発動した合図。

 それと同時に、左手に影を纏う。


 向かってくるロボット。

 その挙動は人間と瓜二つ。

 しかしそれ故に、大方の動きは人間と同様に予測可能。


 ロボット相手だからなどという“おごり”は無い。

 一ノ瀬との戦闘経験を積んだ真城からすれば容易なこと。


 真城は最小限の動きでロボットからの攻撃を捌ききり、足元に纏わせた影を使って宙を舞う。

 一瞬でロボットの背後へと移動すると、そのままロボットの背後を確認する。


(確か、この辺に…………あれ?)


 しかし、目当ての物が見つからない。

 一面の黒一色。

 それは戦闘中、常時ロボットの全身を纏って硬化している影の色からくるものだ。


 九条から聞いた情報を頼りにし、ロボットの背中を凝視する。

 だがそれでも、あるはずのものが見つからない。


 何か記憶違いをしていたか?

 そう思いながらも、真城は右手の“力”を使ってロボットが纏った影を無効化する。



(――あった!! 見つけた!!)


 それは赤いボタン。

 ロボットの電源ボタンだ。


 ロボットが振り返り、真城への攻撃モーションを開始するがしかし遅い。

 真城は数歩下がって距離を取る。

 それと同時、左手を紐でも引っ張る様な動作をした瞬間。


 ガクン!!

 と、ロボットが膝を付き、頭から(くずお)れた。



~   ~   ~   ~   ~



 戦闘訓練用ロボット。

 その背面には、赤い引きボタンが付けられていた。

 それがこのロボットの電源ボタン。或いは、停止ボタンである。


 相手と戦闘する過程で転倒し電源ボタンが押され、誤って停止してしまう事を考慮して“押される”ではなく“引く”ことによって機能する引きボタンを採用したのだとかどうとか。


 また、ボタンが背面に付いている理由だが、これは正面に付けると邪魔になる点。

 引きボタンの仕様上、突起物となってしまう為、殴られたり等々のダメージで極力破損しない様にする為だ。


 他にも確か、音声認識で『止まれ』などの指示を出せば電源を停止せずとも待機状態になる機能もあれど、その機能が何らかの不具合で機能しなかった際に第三者が後ろからボタンを引いて停止させる。……といった対処をしやすいよう配慮してあるのよ~、みたいな事を九条が言っていた気もする。

 神崎は確かに天才だが、それはそれとして機械が暴走したり爆発させたりするから、そうなった時の対応策も同時に考えなければいけないらしい。

 難儀な話である。


 とにかく、そういった配慮のおかげで今回、楽に対処出来たわけなので何も言うまい。


 真城が行ったのは単純な事。

 左手で操った影の糸を使い、見つけた背面のボタンを絡め取って引っ張った。

 それだけの事であった。


 本来、この電源の引きボタンは誰でも引けるように、戦闘訓練用ロボットが例え戦闘中であってもその箇所だけは影を纏わないようにプログラムがされているらしいのだが……にも関わらず、今回何故がそのボタンにまで影が纏われていて、真城の“力”が無ければ見つけられなかったし引くに引けなかった。というのは、……まぁ、バグかもしれないし些細な事ということにしておこう。



~   ~   ~   ~   ~



 停止したロボットを見やる。

 緊急の事態ゆえ、速攻で片を付けたがどうやら壊れては無いようだ。


 元々、戦闘用に作られた代物だ。

 衝撃には強く、壊れにくいようには作られているのだろう。


「よかったよかった」


 これでもし壊れていたのなら問題だ。

 まさか無いとは思うが、それで「弁償しなさい」とか言われればまた面倒になってくる。

 状況が状況なだけに仕方ない面もあるが、これが実は防災訓練か何かの一環だったというだけで、一方的な真城の勘違い……という事も無くは無い。

 

 未だに本部の状況が掴めないのだから、話が二転三転しても不思議ではないのだ。


 とりあえず、このまま倒れたロボットを廊下の真ん中で放置しておくわけにもいかない。

 真城はロボットを引きずって通路の隅に寄せると、近くにあった洗濯スペースに置いてあった洗濯済みの掛布団を持って来て、ロボットを隠す様にその上へと被せた。


 この掛布団は本部から支給されている共通の物であり、いつでも好きな時に変えられるようにと予備が何枚も置かれているのだ。

 本部の者であれば、勝手に持って行って使っていいことになっているので、真城はこれ幸いと利用する事にしたのである。


 ロボットを隠すのは、何も後ろめたいからではない。

 折角真城が鎮圧したロボットを、現状本部にいると思われる黒幕ないし他のロボットが再び電源を入れて稼働させないとも言い切れない。

 その為、無いとは思うが一応の処置だった。



 真城はロボットが上って来た階段を使い、下の階層へと降りていく。

 第四階層。ここもまだ私室エリアだ。


 どれだけ耳を凝らしても、上階と同様に人気が無い。――しかし。


「――――っ!!」


 ここにも同じく戦闘訓練用ロボットが徘徊していた。

 それも二体。


 だが、まだ真城には気付いていない様子。


 これなら、先程三階層での戦いにも気づいていまい。

 早々に倒しておいて正解だった。

 あの戦闘にこの二体が加わっていたのなら、あの戦闘ほど簡単には終わらなかったかもしれない。

 最悪の場合、鎮圧を諦めて戦略的撤退も視野に入れる可能性もあっただろう。

 もしそうなっていたら……。

 いや、止めておこう。

 今、この状況であまり悪い想像ばかりしても得が無い。


 とりあえずは良かった。

 それだけでいい。

 何より、この階層ではロボット達よりも先に真城が気付く事が出来たのだ。

 運が良いこの状況を、わざわざ無駄にする事も無いだろう。



 静かにロボット達を観察する。

 見れば、このロボット達も先程のロボットと同様に背面の電源ボタンが影で覆われているようだ。

 もしも覆われていないなら、背後から影を伸ばして気付かれない内に機能を停止させる事も出来たのだろうが、しかしそれは叶わない。


 仮にあのロボット達を停止させたいのなら、真城が近づいていって“力”で纏っている影を無効化した後、電源ボタンを引っ張るしか方法がない。

 それはつまり、また戦闘をするということだ。


 折角気付かれていないのだ。

 なら、わざわざ戦う必要も無いだろう。


 戦えば戦うだけ、さらに他のロボットをおびき寄せるリスクも上がる。

 ほっといた方が無難だ。



 そう思い、真城はロボット達を無視し下層へ降りる事にする。

 

 抜き足、差し足、忍び足。

 一歩一歩丁寧に。

 音を立てず慎重に。



 ギシッ!!



「――――っっっ!??!?」


 真城が足を下ろしたその瞬間。

 階段が音を立てて軋む。

 軋んで、……音を立てた。



「………………、」


 ギギギギギ、と。

 まるで油差しを怠って錆びついてしまった機械が無理やり動くかの様なぎこちない動作で首を回し、真城はロボット達のいる方へと目を向ける。


『…………、』


『…………、』


 その瞬間。

 ロボット達の視線が自身へと向いている事を理解した。


『人物ヲ発見シマシタ』


『拘束シマス』


「ち、ちっきしょおがああああああ!!!!」



 襲い来るロボット達。

 そして自身へと舞い降りた不運へと恨み言をぶちまけるかの様に。


 真城の絶叫が木霊した。



…… ……



 真城は一気に階段を駆け下りる。

 追ってくる二体のロボット。

 それらに構っている余裕は無い。

 戦闘し、起動を停止させる余裕も無い。


 そう、何故なら。


 真城の下りる階段。

 その下からも二体のロボットが迫って来ていたからである。

 

 挟み撃ちな状況だった。

 どうやら下の階層を徘徊していた二体のロボットが、真城の軋ませた階段の音に反応して上って来たようなのだ。


 合計四体のロボット。

 いくらその一体一体が一ノ瀬には遠く及ばない戦闘能力であったとて、まとめて相手に出来るものでもない。


「くそ!!」


 真城は足元に纏わせた影を操作し、宙を舞う。

 下の階から上ってくる一体のロボット。その顔面を踏みつけて、さらに二体目の顔面をも踏みつける。

 そうしてロボット二体を足場にして踏み越えて、その後再び階段を駆け下りる。


 ダンダンダン、と階段を下る音が鳴り響くが気にしない。

 もはやこのような状況では気にするだけ無駄である。

 事情はどうあれ、こうなってしまった以上は諦めよう。


 一刻も早く、このロボット達から距離を取る。

 撒いて、撒いて、撒いて。

 追跡を振り切って、どこかの部屋にでも入って隠れてしまえばいいだけだ。



 五階層。

 娯楽エリアにたどり着く。


 素早く辺りを見渡す。

 食堂、大浴場入り口、マッサージルーム入り口、談話スペース。

 隠れるなら大浴場かマッサージルームの中だろうか。

 或いは食堂の厨房か。


「んあ!?」


 見渡して、目に飛び込んできた状況。

 それを見て、思わず真城は声を上げた。


 それは、娯楽エリア。

 その見た目が、真城の知る娯楽エリアとは随分と違った光景へと変わっていたからだ。


 物が散乱する現場。

 食堂のテーブルやイスが倒れ、テーブルに置かれていたと思われる食品や食器類が辺りに散らばっている。

 無論、食器は砕けているものが多く、足の踏み場もありはしない。


 食堂内の店舗には全て堅牢そうなシャッターが下りており、中を窺い知る事が叶わない。

 また、同様に大浴場への入り口やマッサージルームの入り口にもシャッターが下りており、中に入れそうもない状態となっていた。


 が、それだけではない。

 真城を何より驚かせたのは、人の存在だった。


 人がいる。

 それも沢山の人間が。

 散乱するテーブルやイス、食器類に紛れる様にして倒れていた。


「お、おい!! 大丈夫か!!」


 一番近くで倒れている人間に駆け寄る。

 しかし身体を揺すっても反応がない。


 死んでいる……わけではない。


「……息はある」


 眠っている。

 或いは、気を失っている。


 素人目には分からないが、少なくとも怪我をしている様子は無い。

 血が出ている訳でもない。


 さらに移動し、他数人も確かめるが、皆同じような状態だ。


 ここで一体何が起きたのか。

 その答えは分からないが、……少なくとも元凶に本部の人間の命を奪う意図は無いらしい。


「それにしても」


 倒れている人間達。

 白衣を着ているのは研究員なのだろう。


 彼らは基本、影人と戦う力を持っていない。

 “影耐性”は持っている。

 “影結晶”も研究目的で所持してはいるだろうが、しかし“影操作”を戦闘レベルで扱えるかと言えばそうではない。

 あくまでも研究者は自分らが戦うよりも、斃すべき敵である影人の弱点、“影世界”の解明や研究、武器や道具の製作が主な仕事であるからだ。


 故に、敵が攻めてきたような場合では戦力としてはカウント出来ない。

 今回の様な事が起こった場合、当然こうなる事は予想できる。

 

 それは仕方のない事。

 役割が違うのだから当然と言えるだろう。


 ……しかし。


「まさか戦闘員達まで……」


 倒れた者達の中には、戦う事が専門の者まで紛れているという事実が真城の不安感を否応なしに刺激する。

 しかも、中には軍服のような黒い服を纏った者までいるのだから相当だ。


 この黒い服の人物らは“過激派”と呼ばれる一派である。

 本部の決めた部隊。

 その中の『影世界専門部隊』というものに所属する、戦闘員達の中で特に強い集団だ。


 性格に難があるとは言っても、常に“フェイズ3”以上の影人と遭遇するリスクがある“影世界”内での任務のみを請け負うような連中が、真城の遭遇したような戦闘訓練用ロボットの群れ程度に後れを取るとも思えない。


 それはつまり、下手をすると“フェイズ4”。識別名(コードネーム)持ちレベルの存在が、今この本部内で悪さをしている事となる。


「……、」


 果たして、そんな相手と戦えるのか?

 真城一人で立ち向かい、勝てる自信、勝てる可能性は本当にあるのだろうか?


「まずは生存者を探そう」


 探して、そして仲間になってもらおう。

 一ノ瀬レベルなんて贅沢な事は言っていられないが、少なくとも研究員ではなく戦闘員を複数人見つける必要があるだろう。


 ここで倒れている人々を起こす手もあるが……。

 如何せん真城にそんな余裕も無い。

 すぐに起きてくれるなら問題ないが、多分そうではないだろう。


「……っく!!」


 今はタイミングが悪い。

 ゆっくりもしてられない。


 真城の耳に、聴きなれてしまったキシキシという音が届く。

 階段の方からだ。

 真城が踏んづけながら飛び越えたおかげか、階段ですっころんで団子状態になっていたロボット達も、もう態勢を立て直しているのだろう。

 直にまたやって来る。


 しかも、それだけじゃない。

 キシキシとした機械の軋む様な音が、この娯楽エリア内のいたる所から聞こえ出す。

 真城のもとへと、近づいて来ている。


「……っ!!」


 娯楽エリア内を徘徊していたであろう戦闘訓練用ロボットと目が合った。

 加えて、他にも遠くからこちらへと向かってくるロボット達も視認する。


(二、三、四、……計六体か)


 階段側のと合わせれば合計十体にもなる。

 いったいどれだけのロボットが徘徊しているというのか。


 そもそも、この本部には何体の戦闘訓練用ロボットがあるのだろう?

 簡単に作れる様な物でもないとは思うが、……まぁ少なく見積もっても現状の倍くらいはあると想定しておいていいかもしれない。


 ……面倒な。


 残念ながら、もうこの階層には用は無い。

 ロボット達を停止させている余裕も無い。


 真城は急ぎ回れ右。

 もと来た階段へとひた走る。


 上へと上る方の階段。

 そこからチラリとロボットの姿が見えたが、それを無視して下への階段を下っていく。



 六階層。

 ここも娯楽エリア。

 こちらにはカラオケやらスポーツジム、映画鑑賞スペース等があるんだったか。


 到着するや否や、辺りを見渡して確認する。

 どうやらこの階も上の階と同様にシャッターが下りて店が閉まっているようである。

 物が散乱しているのも変わらない。

 人も同様に倒れている。


 ぱっと見で、生存者は見つからない。


「くそ!! またか!!」


 こちらへと向かう影。

 ロボットの存在を捉える。


 何処へ行ってもキリがない。


 数体のロボット。

 それらを軽くあしらいながら次の階段を目指して進んでく。

 ロボットの操る影を“力”で無効化し、隙があれば背後を取って電源ボタンを引いていく。


 しかし。


 真城が離れると同時、停止したロボットに近づいたロボットが、再び電源ボタンを引いて再起動をさせてしまう。


「なんで!?」


 起動にはカードとパスワードが必要なはずである。

 にも拘らず、それを必要とすることなくロボットが動き出す。

 もう訳が分からない。


 訳は分からない……が、これでは何度やっても意味が無い。

 ここにいるロボット達。その全ての電源を停止させる他、解決手段が見当たらない。


「だあああああ!! くっそ!! どうすりゃいいんだこの状況!!」


 どれだけ叫んでも、状況は好転しない。


「これじゃあ、いつかこっちがやられて……」


 全速力で、逃げる様に階段へと向かってく。



 この六階層は少し特殊だ。

 厳密に言えば、ここより下の階の所為で少し特殊な作りになっている。


 一階層から六階層目までは一本道。

 階段やエレベーターでも、ここまでは一つの階段。一つのエレベーターで行き来が出来る様になっている。


 しかしこの下の階。

 六階層から七階層へと降りるには二つの道が用意されてる。

 一つは修練場。

 もう一つは研究室および実験室。


 それぞれが七階層から九階層目まで続いており、修練場と研究室および実験室とは分厚い壁を隔てて繋がってはいないのだ。


 その後、下の十階層目で再び一つのエリアとして統合されるが、……まぁそれはそれとして。


 今、真城が向かうのは研究室および実験室へと繋がる階段だ。

 どうせエレベーターは上にあるのと同様で、動いてはいないのだろうし仕方ない。

 修練場側の階段の方が近くにあるが、戦闘訓練用ロボットが置かれていた場所である。

 いわばロボット達の本拠地のようなもの。わざわざ近づきたくもない。


 ロボット達からの攻撃をくぐり抜け、目当ての階段に到着すると、そのまま下へと下りていく。

 そろそろ体力の限界が近い。

 息切れも激しくなってきた。

 早く生存者を見つけねば。

 いや、それよりもまずは隠れる所を見つけるべきか。



 七階層に到着する。

 ここには真城も足を運んだ試しがない。

 完全に未知の場所。

 

「ハァハァ、何処か、隠れる所は……」


 周りを見渡す。

 しかし入れそうな部屋も無い。


 如何せん、どこもかしこもシャッターが下りている。

 大事な研究資料などがあるからか、娯楽エリアで見たものよりも更に頑丈そうな作りである。


「ハァハァ……ここも、何もないのかよ」


 ドッと疲れが溢れ出す。

 休憩出来そうな所も無い。

 生存者もいそうにない。


「……一体、どうすれば」


 これ以上、下に行き、……果たして本当に生存者などいるのだろうか。

 もう既に、元凶に制圧されてしまったのではなかろうか。

 いやそもそも、こんなヘトヘトな状態では元凶を見つけてもまともな戦闘なんて行えない。


 いくら考えない様にしていても、気を抜けば不安が顔を覗かせる。

 鎌首をもたげてくる。

 階段から、キシキシとロボット達の音も聞こえてくる。



 ……そんな時だった。


 突然、エリアの奥にあった扉。

 シャッターの横にある防火扉の様なものが突然開くと、そこから白衣を纏った一人の男が顔を出す。


「真城か!? 真城晴輝か!! やっぱり帰って来ていたか!! よく無事でここまで……、早くこっちに来い!!」


「……っ!?」


 いきなりの事で驚くが、迷っている暇も無い。

 真城は急ぎ、男の下へと向かうとそのまま扉の中へと駆け込んだ。



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