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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第1話 『帰還』



「――――がっ」


 “影世界”。

 その一面が灰色の世界の中で、一つのうめき声が響いた。


 それは今しがた、力無く倒れ伏した影人が放ったものだった。

 影人には、既に身動きをする体力さえ残っていない。

 両手両足を広げて大の字に、ただ揺らぐ“影世界”の中で浮き漂う。

 


「――――こ、んな……と、――ろ……で、お――」



 それが最期の言葉であった。

 

 息も絶え絶え。

 言葉さえ途切れ途切れ。

 そんな中、何とか絞り出した言葉さえ最後まで発する事も叶わずに事切れる。

 それと同時に、男の身体を包んでいた黒いモヤ。影が霧散し消えていく。



「ふぅ……」


 “フェイズ3”の影人。

 その存在が完全に死んだ事を確認し、切矢祐真(きりやゆうま)は一息つく。

 右手に構えた竹刀。それを竹刀袋へと収めて肩に担ぐと、茶髪の青年は合掌をして目を瞑る。


 黙祷。


 切矢は無言のまま頭を軽く下へ傾けると、数秒して目を開けた。



 “影世界”の中、意識無く漂うこの男性。

 今の今まで影人により意識と肉体を乗っ取られていた被害者だ。

 この男性は死んでいない。生きている。


 では何故、切矢はこの男性に向けて黙祷を捧げたのか?

 その理由は単純だった。


 まだ(・・)死んでいない。

 まだ(・・)生きている。

 ただそれだけであるからだ。


 死ぬ事が決定した。

 切矢が、この“男性が死ぬ事”を確定的なものとした為だ。


 この黙祷の意味。

 その中には『自分が死の運命を確定させてしまった事』への謝罪、或いは自責の念といった感情が込められたものだった。



 影人には“影狩り”が定めた成長度合に応じて主に“フェイズ1”から“フェイズ4”までの四段階が定められている。

 “フェイズ1”。影が自我を持ち、動き始める。

 “フェイズ2”。本体から独立して行動可能。人型シルエットから影の所有者と瓜二つに。

 “フェイズ3”。自我を持った影が、本体の身体と人格を乗っ取った状態。

 “フェイズ4”。“フェイズ3”から年月が経過して成長。身体が影と同化して実体を失った。複数の能力を保持して脅威度が増した。

 ……といった具合だろうか。


 そしてその中で、“フェイズ2”までと“フェイズ3”以降との間にはある明確な差が存在する。

 それは影人化。つまりは影が自我を持つといった現象を起こしてしまった被害者が“命に別状がない状態で助けられるか否か”といった事である。

 

 影人を斃す事が出来たなら……影人の人格は消滅し、何の変哲も無いただの影へと還る。

 その過程で、還った影が“影無し”と呼ばれる“影が一部欠けた状態”になってしまうのは些細な事。

 それ自体も影人化が及ぼした後遺症の様なものではあるのだが、問題となる後遺症は他にある。


 手が動かなくなる。

 足が動かなくなる。

 目が見えなくなる。

 耳が聞こえなくなる。

 記憶が無くなる事もある。

 その他様々。機能しなくなる箇所は完全なランダムと言っても差し支えない。

 そのような現象が“影無し”とは別に、“稀”に起こる後遺症なのである。


 “稀”にしか起こらない。

 しかしそれは“フェイズ2”までの話。

 影人が成長し“フェイズ3”となって以降、その影人が斃されれば必ず(・・)発現するものとなる。

 それも、もっとも最悪で重い状態。

 本人の意識が覚醒しない。……植物状態として、である。

 しかもその状態に回復の見込みはない。

 植物状態となった人間はいずれ衰弱して死に至る。それは覆せない事実。


 “フェイズ3”以降となった被害者を救う手段は存在しない。

 どれだけ影人を斃しても。

 乗っ取られた肉体をいくら解放しようとも。――被害者が助かる道は無い。


 だが、助けられないからといって影人を放置していいわけでも無い。

 影人の存在は、また新たな影人を生み出す種と成りかねない。

 芽が出る前に、例え被害者が死んでしまうと分かっていても、それを承知で影人を斃さねばならない。それが“影狩り”としての仕事である。




「終わったの?」


 黙祷を終えた切矢の背に幼い女性の声がかけられた。

 切矢が声のした方を振り向けば、そこには一人の少女が立っていた。いや、ここは“影世界”の中なのだから『浮いていた』というべきなのかもしれないが……。


 少女の名は立花(たちばな)ひなた。

 彼女の外見を述べるなら、それはセーラー服を着ているだけの黒髪ロングで小柄な女の子。

 何処にでも居そうなただの普通の女子であった。


 ……が、そんな少女にもただ一つ、異質な物が存在した。

 それは、ぱっと見で得られる第一印象の全てが“ソレ”によって統一される程の物。

 黒髪ロングだとかセーラー服だとかいった情報よりも視線を惹き付け、思考を上書きする程の物。――“猫の面”を付けていた。

 それも、顔全面を覆い隠す程の面。

 

 その“猫の面”事体は大層なものではない。

 適当な祭りの屋台にでも行けば手に入る程度のプラスチック製の物だった。

 しかし――、


「あぁ、もう大丈夫だ」


 そんな立花の異様な恰好に対しても、切矢の反応は変わらない。

 それは切矢が、何の変哲もない普段の光景として、既に受け入れているからだ。


「そう。なら、上がろう」


 切矢からの返事を受け取ると、少女は淡々とした無機質な声でそう告げて“影世界”の上へと浮上していく。

 決して短いわけでもないスカートを穿いているにもかかわらず、水中を泳ぐ様にバタ足で浮上する立花を下から見やるわけだから、時折なびくスカートの中から白い生地がチラチラと顔を覗かせる。

 そんな状態である事を知ってか知らずか、立花は全く気に留める様子がない。

 切矢からしても何を今更と思わなくもないのだが、わざわざガン見するのも悪いだろうと良心が訴えてくる故に目を逸らす。

 が、それはそれとして。


「え!? ちょっと待てって!! 手伝ってよコレ!! この人、早く運び上げないと!!」


 そう言って、一人浮上していく立花を追いかける様に、慌てて影人に乗っ取られていた被害者男性を切矢が押して行くのであった。



…… ……



 “影世界”の中から外の様子を確認し、人がいない事を確かめてから外の世界へと浮上する。

 とある街の路地裏で、被害者の男性を横に寝かすと切矢は愚痴を呟いた。


「……結局、手伝ってくれなかった」


「でも実際、一人でも問題なかった。本当に無理そうなら手伝った」


「いや。無理とか無理じゃないとか以前に、二人で協力した方が楽だし速いでしょうよ、といった話をですね?」


「これで任務達成。本部へ報告しておくね」


「……聞いてないね」


 ハァ、と軽い溜息を吐きつつも、切矢は被害者男性の顔を見る。

 その顔は切矢が記憶している情報。本部から送られてきた顔写真の男性と一致する。

 数か月前、この街で失踪届が出されたらしい男である。

 何やらお金のトラブルで揉め事があったようだが、まぁ十中八九それが原因だろう。


 今回の任務は、この街に潜伏する影人を撃破する事。

 本部からの情報では“フェイズ3”が五体との記述であったが……この男性、というよりこの男性の生み出した影人が最後の五体目となるわけだ。

 “フェイズ4”がいないだけ大分楽に終わったが、“フェイズ4”が紛れていればもう少し時間もかかった事だろう。今回は運が良かった。


 とりあえずこれで任務は一段落。

 切矢としてはやるべきことは他にあるし、どちらかと言えばそちらが本題といっても過言ではない。

 早々に『収拾部隊』には片付け(・・・)をしてもらって、こちらは本題に戻るとしようか。



「……ん、どうした?」


「うん」


 本部へと連絡をすると言って専用端末を操作して以降、一言も喋らずにいる立花を疑問に思い、声をかける。

 見れば何やら端末の画面を眺めている。

 重要なメールか何かだろうか。

 そう思いながら立花からの答えを待つ。


「神崎さんから『帰還命令』が来てる」


「はぁ? 『帰還命令』? それなら前も断って――」


(ゆう)も読んで見るといい」


「……どれどれ」


 切矢が立花に近づくと画面を覗き込む。

 がしかし、それを立花が拒否する様に距離を取るのでメールの内容が分からない。


「まだ最後まで読めてない。自分のを見て」


「俺のったって、俺の端末にはメールなんて一通も……」


 いや、待てよ。

 そういえば戦闘中に端末が振動した気もする。

 如何せん状況が状況だったので気にしていなかった訳なのだが……確かに何か来ていた気もする。

 そう思い、切矢は自身の端末を確認する。


「……来てますね」


 見れば確かに端末の画面には『新着メールが一件』といった文字が表示されていた。

 急いでメールを開くとその内容を確認する。

差出人は神崎から。

 内容も立花が言うように『帰還命令』についての事が記されていた。


 “影狩り”となって早二年。

 切矢とて“影狩り”本部へとずっと帰っていないわけではない。

 月一で行われている健康診断を受ける為、月に一度は必ず本部へは帰っている。

 まぁ確かに、それ以外の用事で帰る事も無いわけなのだが、それを咎められる筋合いは別に無い。

 任務は端末にでも送信してくれれば良いわけだし、その任務を断った試しも無い。

 今もこうして任務を一つ終えた所だ。


 それでも尚、こうして帰還命令が届くのだから分からない。

 これ以上、神崎は切矢に何を求めているというのか。


 確かに“影狩り”の年齢層は高い。

 高い、と言ってもまぁ三十から四十頃の人間が非常に多く、それと比べれば二十代なんて三分の一もいるかどうか。

 一応は高校三年生である切矢が十八歳。

 中学一年生である立花が十三歳。

 その自身らを数に含めても、十代ともなれば両手で数えられる程の人数になってしまう事を考えれば、若い人材育成も兼ねて本部での作業も覚えてほしい的な話なのかもしれないが……どの道、切矢には興味が無い。

 そういう事であるのなら、もっと適任な奴がいるはずだ。


 ……しかし。

 内容を流し読みしながら少しずつスクロールしていた手が止まる。

 とある内容。そこに書かれた文章は、件の『帰還命令』を突っぱねてまでしたかった“本題”へと直結するものだった。


(ゆう)、どうする?」

 

 同じく内容を読み終えたであろう立花が問いかける。

 切矢の本題。それについては立花も知っている。

 知っていて、且つこのメールを読み、そうして切矢へと判断を委ねているのだ。


「……あぁ、そうだな」


 力強く頷いて、立花へと視線を送る。

 そんな事、決まってる。

 答えはもう出ていると。


「帰るぞ。――――本部に!!」



~   ~   ~   ~   ~



 それは九月半ばの事。

 真城晴輝(ましろはるき)の夏季休暇、つまり夏休み期間が残り半月程となった日の事だった。


 真城は、神崎から“ある連絡”を受け取った。

 その内容は『本部での問題は粗方片付いた』。

 そしてその意味は同時に、真城が受けていた“懲戒処分”。その“出勤停止”の期間が終了した事を指していた。



…… ……



 “懲戒処分”……とは、真城が“影狩り”となって初となる任務において、ある取り決め、ある約束事を破ったことで生じたものである。



 夏休みまで残り三日と差し迫った七月下旬の事。

 大学生となった真城は、高校卒業以来会っていなかった親友より連絡を貰い、――そして一つの事件に巻き込まれた。


 それは現在、ここ日本において秘密裏に侵攻、蔓延する事態。

 “影が自我を持つ”という現象。

 その現象を、真城の親友が起こしてしまった事に起因する。


 真城は親友を助ける為に、“灰”と呼ばれる人物。灰色の燕尾服を纏った、明らかに場違いな男と取引し、特別な“力”を貰う代わりに自身の“影”を失った。

 が、結果として真城は親友を助けることに成功した。


 その後、真城は“影狩り”という秘密結社の存在を教えられ、自身もその組織に所属することを選んだわけではあるのだが、……そこである問題が生じた。

 真城が“灰”と取引して手に入れた“力”。

 その特異な“力”の存在が、今まで活動をしてきた“影狩り”にとっても初めての事であり、また不測の事態を引き起こしかねない、……“影狩り”のこれまでの活動、そしてこれからの活動を大きく揺るがしかねないものだった。


 真城が戦った親友の影人。

 それは“影狩り”が定めている成長度合、“フェイズ”において――“フェイズ3”に該当する影人であったにも関わらず、真城はその親友を助ける事に成功した。

 それは親友の意識が回復した(・・・・)という事だった。


『“フェイズ3”以降となった被害者を救う手段は存在しない』


 それが、いままでの常識。

 しかしその常識が、その瞬間、覆ったのである。



 “影狩り”へと入った後、神崎と交わした約束事。

 それは真城の持つその“力”を使わない(・・・・)事だった。


 理由は大きく二つある。

 一つはその“力”を使う事によるメリットとデメリットがハッキリとした形で判明していない事。

 そしてもう一つは、……混乱を防ぐ為。


 “影狩り”の持つ大義名分。

 いままでのそれであるならば、“フェイズ3”となった影人は問答無用で斃すことが出来ていた。

 それは何故なら、上でも述べた様に『“フェイズ3”以降となった被害者を救う手段は存在しない』為である。

 被害者は救えない。助ける事が出来ない。

 そして影人は斃さなければならない。でなければ被害が拡大する。

 ……だからこそ、であるならば、“救えないなら仕方がない”といった大義名分を掲げる事が出来ていた。

 “大義名分”を掲げて、“フェイズ3”の影人を問答無用で屠ることが出来ていた。


 しかしそこに、“助ける方法がある”となればどうだろう?

 問題が発生する。

 助ける手段があるのなら、……助けない訳にはいかなくなる。


 だがそれは、更なる問題を発生させる。

 “フェイズ3”となった被害者を救えるのは真城の持つ“力”のみ。

 真城は一人。“力”もそれ一つだけ。


 ではそんな状態で、いざ“フェイズ3”の影人と相対し、『真城がいないから斃せません』などとするわけにもいかない。

 『真城が来るまで待ってくれ』などと斃すことを先送りにした結果、影人に逃げられてしまっては元も子も無い。


 “影狩り”という組織が存在し、影人を斃す戦力と手段があるにも関わらず、それを活用することが出来ない事態。出来なくなる事態。……それだけは、避けねばならない事だった。


 だからこその約束事。

 真城の“力”を一部の者以外に秘匿して、そういった問題の解決案が出ぬままでの運用を禁止する。

 それが、“影狩り”本部。その上層部の人達の判断でもあったのだ。



 ……にも関わらず、真城は初任務の際に“力”を発動した。

 真城の勝手な判断で、“影狩り”本部に混乱をもたらした。


 結果は案の定といったものだった。

 いや、もしかすると……真城が想像していたものよりも更に酷い有様だったかもしれない。



 ――『殺そう、この男を』



 まさかそんな結果になろうとは……。


 秘密結社“影狩り”。

 その組織の成り立ちを考えれば当然ではあるのだが、そんな構成員の中には“過激派”と呼ばれる者達が存在した。

 意味は読んで字のごとく。

 影人に対する負の感情、憎悪や憎しみが人一倍強い集団だ。


 “影狩り”で影人と戦う戦闘員に属する者達は皆、大なり小なり影人に対して良い印象を持っていない。

 そして、そのような事前情報は真城も既に知っていた。

 九条から確かに、『“影狩り”は復讐者の集まりだ』といった話を聞いていた。

 『“過激派”には気を付けろ』といった忠告も、桜井から受けていた。


 ……とは言えど、ここまで酷い扱いを受けるとは思ってもみなかった。

 予想していなかった、というのが正直な感想だった。


 確かに、“過激派”の者達からしてみれば真城の“力”は邪魔なものに他ならない。

 真城自身、決してそのようには思わないが『影人を斃す事』が目的な者達を前にして。

 影人を生んだ『被害者さえも憎む』者達を前にして。

 「被害者を助けたいから影人を斃すのを待ってくれ」などと言ったところで「何を言ってるんだお前は」としか思われない。



 ……まぁ、そんなこんなで。

 真城の“力”の事が本部中に知れ渡って以降、“過激派”から一方的なバッシングを受ける事となってしまった。

 邪魔だ何だと言われている内はまだ良かった。

 問題となったのは……“過激派”故だろうか、真城を排除する。つまり“殺すこと”で解決しようとさえしてきた事である。

 流石にそれは犯罪だ。

 許されるはずもない。


 結局、その一連の騒動は本部長である神崎が割って入った事で事なきを得た。

 一ノ瀬や九条の働きによって、事態が収拾する運びとなった。


 しかしそれでも、“過激派”との問題は解決していない。

 上の立場の人間が、半ば無理やり押さえつける形で収束させただけのもの。

 表面上、鳴りを潜めるに至っただけで、今尚問題は彼ら“過激派”内で燻っている。


 それに、“影狩り”内で真城の“力”に対し反発を起こしたのは何も“過激派”に限ったものでもない。

 “過激派”が第一に声を荒げ、行動を起こしたというだけの話。

 『影人を斃せる時に仕留める事が出来ない』とあっては、戦闘員……いや、組織全体に関わる問題でもある為だ。



 真城の懲戒処分。

 それは何度も言う様に、真城が約束事を破った事。そして並びに、本部に混乱をもたらした事が挙げられる。要は、真城への罰である。


 しかし、それ以外の目的もあった。

 懲戒処分。その種類で言えば“出勤停止”が真城に下された内容だ。

 真城が本部へと来る事を制限、規制する。それはつまり、裏を返せば“真城の命を守る事”でもあるわけだ。


 先程述べた様に、“過激派”は混乱の元である真城の排除を厭わない。

 あくまでも鳴りを潜めただけ。

 表面上、おとなしくなっただけ。

 隙さえあれば、行動を起こす可能性はゼロではない。

 何せ、死んだ人間は生き返らない。

 もし何かの手違いで偶然、真城を殺してしまっても、殺した後ならどうとでもなってしまう。


 ……そういった、不安因子の削除。

 それも神崎の狙いだったわけである。

 真城としても、そんな理由で殺されてはかなわないので素直に従う事にした。

 それで問題が完全に収束するのなら、本部長である神崎に全て任せてしまうべきだと考えたからである。



 “出勤停止”の期間中、給料がカウントされないという点は別にどうでもいいのだが、折角『人々を助ける仕事だ』と入った矢先の出来事。

 多少強引な手ではあったし、それによって本部内で混乱が起こった事について悪いとは思っているのだが……、しかし後悔はしていない。

 何せ真城の持つ“力”の運用。その今後に関わる問題だ。

 出来る限りそういった問題は早めに解決しておくに限るだろう。

 今この瞬間、この時でさえ日本の何処かで影人が斃され、“死”が確定してしまった被害者がいるはずだ。

 出来るだけ早く。

 一秒でも早く真城の“力”を知らしめて、運用していく方針に切り替えてもらう必要があったのだ。

 

 松田椎菜(まつだしいな)

 彼女が何の後遺症も無く復帰した。生還した。

 その事実は、神崎など本部の上の人間にも伝わったことだろう。


 曲がりなりにも真城は結果を出したのだ。

 それに対し、“影狩り”も何かしら結果を出してもらわなければ、今度は真城が困ってしまうというものだ。



…… ……



 ――『本部での問題は粗方片付いた』


 そのメールの内容を、真城はもう一度確認する。

 問題が片付いた。……さて、“粗方”とも書かれているのだが、果たしてどれ程という意味だろう?


 まぁ、メールを真城に寄越したという事は、少なくとも真城の命が危険に晒されるといった点は無くなったと見るべきか。

 問題の収束。その対応がどのような形で収まったのか。

 それはこのメールには記されていない。

 それを詳しく説明する為にも、一度本部へと帰還してくれとの事らしい。


 はてさて、どうなることやら……。


 “過激派”との間で起こったいざこざ。

 真城とて、不安が無いわけではない。

 馬鹿にされたり、蔑まれたりといった経験はあれど、あそこまで面と向かって嫌悪され殺意を向けられる程に嫌われるなんて事態は、そうそうの人生では起こり得ない。

 凹まないといえば嘘になる。


 もちろん、真城が“過激派”の言い分を受け入れる気はさらさら無いし、真城の“夢”を考えるならば“過激派”にも“力”の運用に納得してもらう他無いわけだ。

 その結果、過程で対立する事も予想出来るし、簡単に上手く行けるとも思ってない。


 ……対立は、まず避けられない事だろう。


 しかしそれでも、神崎や一ノ瀬、九条といった面々が動いてくれた事により、真城があの時点では不可能だった何かしらの着地地点を得たのだろう。

 それがこのメールでの知らせ。

 その結果が、良いか悪いか。

 それをこれから真城が判断し、真城なりの着地地点を見つけていけばいいのである。

 それが真城の今後の仕事。目的の一つであり、いずれ“夢”へ繋がる一歩となる。



……


…… ……



 午前10時。


 指定された時間に東京駅へと到着した真城は、そのまま携帯端末に送られていた指示に従って指定されたルートを進んで行く。

 そうしてたどり着いたのは、例の地下鉄駅。

 真城が最後の階段を降りきると、そこには既に黒い新幹線が停車しているのが見て取れた。


 真城はすぐに新幹線へと乗り込むと、それを察知したのか扉が閉まる。

 そうしてガタゴトと動き出す。


 特にする事も無い真城は大人しく席に座る。

 後は数分間ゆられているだけで“影狩り”本部へとたどり着く。



 この出勤停止の期間中、真城は色々と考えていた。

 それは“力”についての事では無い。

 それについては、もう真城に出来る事は何もない。

 神崎に任せるのみである。

 それで思った様な結果に至れていなければ、また何か考えればいいだけだ。

 別に今から考えることではない。


 真城が考えていたのは『学業と仕事の両立について』である。

 真城は今、大学生。

 凪原大学一年生、普通科に所属する。

 そして、大学の入学とほぼ同時に始めたコンビニのアルバイトをこなしている。

 そしてそして、そんな身で大学の夏季休暇中に“影狩り”の仕事も開始した。

 ……言ってみれば、キャパオーバーなのである。


 なので、真城は考えて考えて、一つの決断を下した。

 結果から言えば、コンビニのバイトを辞める事にしたのである。


 “影狩り”は辞めたくない。

 それは真城の“夢”にとって必要な事。


 大学も辞めたくない。

 授業を受けたいという訳では無い。

 大学に通う為という口実が真城の一人暮らしの生活を、延いては自由にできる環境を生み出しているからだ。

 大学を辞めたいと言い出せば、両親からは『ならば戻ってこい』と言われてしまう。

 そんな気がしてならないのだ。


 何か職に手を付けるなどして、帰れない理由をでっちあげられるならまだいい。

 しかし“影狩り”は秘密結社という立ち位置だ。

 その組織自体を公言する事は出来ないし、“影狩り”は表向きの何かしらの会社といったものを隠れ蓑にしている訳でもない。

 つまり、“影狩り”に所属するならば表向きの職業は何もなく、“ニート”とか“フリーター”とかそういったものとなってしまう。



 その昔。

 “影狩り”が国管轄の機関となって活動を始めるにあたり、そういった表向きの隠れ蓑も必要だろうという意見も上がったが、結果として最終的には無しの方向で決定した。

 

 影についての研究。

 “影世界”や“影結晶”、影人といった事柄は秘匿するべきことが多すぎる。

 そう判断されたのだ。

 ただでさえ、“影世界”が日本のみに展開する代物である事を良いことに、“そういった情報”は今なお海外には隠している状態だ。

 こう言ってはなんだが、“そういった情報”が他国へと洩れる事を恐れてか、“影狩り”へと所属する際には“外国人との交友関係が無いか”だとか“両親が共に日本人かどうか”、“国籍”などといった様々なものを調べ上げ、問題が無いかどうか等々のチェックがなされる。

 まぁ要するに、国家公務員のようなものである。(向こうはここまで厳しくないが)

 なので“影狩り”には日本人しか存在しない。……わけなのだが、その話は置いておいて。



 つまりは、大学を辞めてしまうと真城は実家に帰ることとなり、“影狩り”として秘密裏に活動する時間が作れないということだ。


 なので、組織に所属することで金銭面での問題が解決される以上、続ける必要が無くなってしまったコンビニアルバイトはまず辞めてしまおうと考えたわけなのだ。

 コンビニの店長にいきなりバイトを辞めたいというのは心苦しかったが仕方がない。

 本来であれば早くとも三か月ぐらい前に伝えておくのが礼儀だろうが、……まぁ、もう過ぎた事である。


 今後“影狩り”で暮らすなら、もうバイト先のコンビニに近づく事もないだろう。



 これで問題は一つ消えた。

 しかし話の本題は終わっていない。

 結局の所、バイトを辞めたからといって『学業と仕事の両立について』という問題が解決したわけでは無いからだ。

 言わば学業(大学)仕事(影狩り)を上手く回す為の不純物を取り除いたに過ぎない。

 本題はここから。

 しかしこの本題は現状、今の真城にとっては難しい問題だ。

 早々に解決できるものでは無いと思う。


 なのでここからも神崎の進展待ちとなる。

 この件は一度、真城が“影狩り”に入る為に本部へと行った際、神崎に相談していることなのでこちらも“力”の件と同様に丸投げだ。

 正直、悪いとは思っている。

 しかし、現状真城に出来る事などバイトを辞めるくらいなので仕方ない。

 大学生とはいっても、所詮は子供の延長線にあるものだ。

 年齢で言えば大人でも、出来る事は子供と然程変わらない。


 『色々やっておく』といった答えは受け取っているのだが、それについての回答は未だ聞けていない。

 真城が起こした初任務のいざこざの所為でもあるのだが……、成績の事も含めて今回聞いてみようとも思っている。

 

 まぁ、大学での成績云々については全て真城が悪いわけだし、いざこざの所為で忘れていても責めるつもりは無いのだが……。



 しばらくして。

 車内アナウンスが鳴り、もうすぐ本部へと到着することを告げてくる。


 真城は不安な気持ちを払拭するように、両手で頬を軽くはたく。

 気合を入れ、気持ちを新たに切り替える。


 そうして真城は列車が本部で停車するのを待ってから、本部の駅へと降り立った。


 操車場。

 それは“影狩り”本部の第一階層。

 東京の地下に存在する本部への基本的な入り口だ。



「……ん、あれ?」


 列車を下りた真城はふと、違和感を覚えた。

 ここは本部の一階層。“影狩り”本部の入り口だ。……にも関わらず、人の気配が一切しない。

 確かにこの場所へと頻繁に人が訪れる事も無い。

 あくまでも本部への出入り口なので用が無ければ来る事も無いのだが。

 しかし、それにしたって人が居なさすぎる。


 真城は以前にも黒い新幹線に乗ってここで降りたが、あの時だって人はいた。

 列車を整備する者や、この操車場自体を整備する者。

 任務へ向かう者や帰って来た者。

 その他、研究者と様々だ。

 

 ……にもかかわらず、今日に限ってそれが無い。

 音が、一切しない。


 真城の乗って来た列車の運転席を調べたが、どうやらそこにも人はいない。

 一瞬真城も驚いたが、そういえばこの黒い新幹線は神崎が自作したAIによって管理され、司令室から送られてきた命令に従って送り迎えをしている無人列車らしい事を思い出したのでよしとする。



 それから数分、操車場を見て回ったが、やはり一人も人はいなかった。


 まぁそういった日もあるだろう。

 そう思い、とりあえず神崎の元へ向かう為にエレベーターの前に立つが、どうやら起動していない。

 いくらボタンを押そうとも、うんともすんとも言わない。


 もしかすると真城の居ない間に、本部でトラブルでもあったのかもしれない。

 例えば、大規模な機械トラブルとか。

 それにより、メンテナンス作業を行う者達がこぞって対応に追われている、とか。


 ……いやいや、それは無いだろう。

 いくらそういった問題が起きたからと言って、ここに誰もいない理由は無い筈だ。

 そもそも、真城は今さっき本部へと帰って来たのだ。

 この、黒い新幹線に乗って。

 

 列車のトラブルか何かで送り迎えが出来ない。とかなら分かるが、現に真城の乗って来た列車は無事なのだ。

 列車の送り迎え機能が生きているのなら、それを利用する者だっているはずだ。


 ……ならば何か別の理由があるのだろう。

 と、そこまで考えて。


「…………まさか、敵襲?」


 そんな考えが頭を過った。


 何度も言うが、“影狩り”本部は地下にある。

 それは人目を避ける為である。

 しかしかと言って、影人達にもバレていないかと言えばそうではない。そのはずだ。


 例え陽の光が一切届かない様な地下の施設であっても、人が利用するのなら何かと“光”は不可欠だ。

 そして“光”があるのなら、……影だって出来るのだ。

 影が出来るという事は、この本部であっても例外なく、“影世界”と繋がっているわけだ。


 なら、何かの拍子で“影世界”を彷徨っていた影人が偶然にも本部を発見して襲撃。なんて事だってあるはずだ。

 それが“フェイズ3”程度ならまだいいが。

 “フェイズ4”。或いは“識別名(コードネーム)”持ちであった場合は問題だ。

 いくら本部とはいえど、いつだって戦力が揃っている訳では無い。

 任務などで『戦闘部隊』や『影世界専門部隊』が居なければ、残るは非戦闘員や研究者。

 一応そういった襲撃を警戒しての待機組もいるにはいる。

 それこそ、九条や一ノ瀬が良い例だ。

 しかし、襲撃者が強敵であったなら、或いは突破されるかもしれない。

 相手も一人とは限らない。数が多ければ、それだけでも厄介だ。


 突破されたかもしれない。

 それが、今日だったのかもしれない。



 真城がゴクンと唾をのむ。


 落ち着け。

 まだそうと決まった訳じゃない。しかし……。


 操車場に人はいない。

 エレベーターも動かない。

 ならば残るは、階段のみ。


 行くしかない。

 下りるしかない。

 

 下がどうなっているのかが分からない。

 まずはとにかく状況の確認だ。


 何事も無いのか。

 或いは敵の襲撃か。

 もし仮に襲撃だったとして、敵はどんな奴なのか。


 真城は、もう一度唾をのむ。

 やけに喉が渇く。

 得体の知れない違和感。恐怖。状況が、焦燥感を募らせる。



「――――行くしかない、か」



 真城は覚悟を決めて、本部の階段を下りて行く。



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