表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/87

第34話 『夢幻泡影』



「ここは……そうか。

 落ちてきたのか、俺は」


 男の目の前にあるのは、緑の葉が茂る桜の木々達。

 そう。ここは、桜広場の中だった。



 そこそこの高さから転がって来たはずなのに、不思議と身体の痛みを感じない。

 いや、……きっと痛いはずである。

 痛みを感じない程に、身体がボロボロという事だろう。


 “黒隠”と呼ばれていた存在も、もう何も感じない。

 きっとさっきまで戦っていた者の攻撃で、……消えてしまったのだろう。

 あの、目を焼くほどに莫大な……光の一撃を諸に浴び。


 男は、その戦いを一部覚えていた。

 まるで夢の中にいる様な、自分という存在をまるで第三者視点から見る様な、不思議な感覚としてではあるものの。


 その中で相対していた男の言葉を思い出す。……――いや、それよりも。


「指、輪は……」


 かすれた様にか細い声で、男は小さく呟いた。

 

 そう言えば指輪もこの辺に。

 桜広場に来たはずだ。

 飛ぶ勢い。向かった方向からしても……。


 ズルズルと、身体を引きずる様に起こしてく。

 思う様に動かない首を曲げ、更に目線を動かして周囲を探す。



 ――見つけた。



 キラリと一つ。

 太陽光を反射して、光るものがあった。



 ズルリ、ズルリと。

 ほふく前進でもする様に、ほぼ動かぬ足を引きずって進んでく。


 目当ての指輪があった場所。

 それは桜広場の中央にそびえ立つ一本の、大きな大きな桜の木の下だった。



 小さな指輪を手に取って、握り締める。

 この指場は……男にとって、とても大事な物だった。



 靖田優沙(やすだゆさ)

 彼女と付き合い始めて、最初に買ったプレゼント。

 結婚指輪なんてまだ買えない、そんな俺が……いつか本物を渡せるまでの期間。

 その代わりにと買った代物だ。それだって、そこそこ値段は高かった。


 ……でも、結局。渡す事はしなかった。

 付き合ったばかりで結婚まで視野に入れる。そんな重い奴だと、思われたくなかったから。


 結局最期まで、渡す事も出来なかった。

 彼女が死んでしまったから。


 彼女を思い出せる物。

 それはもはやコレしかない。

 俺と彼女が、……一番幸せった時期の物。


 

 一体何の因果だろう。

 そんな指輪がこの桜の場所にまで、転がって来てたのは……。


 この桜を見れば思い出す。

 彼女との思い出を。

 今でも一番記憶に残ってる……彼女からの告白を。




 あぁ……。

 どうして俺達は、幸せになれなかったのだろう。



 幸福の総量。

 人間がどれだけ幸せになれるのか、その大まかな量は決まってる。


 生まれながらに……どちらの“運気”をその生涯、どれだけ引き寄せることが出来るのか。

 それはもう、才能という他無いものが決まってる。


 『幸運エネルギー』と『不運エネルギー』。

 誰かがどちらかを手にすれば、誰かは残された方になる。

 エネルギーの総量はどちらも同じ量だけ存在し、プラスマイナスゼロになる。


 誰かが幸せになる為に、誰かの幸せを奪い取る。

 誰かが幸せになる為に、誰かに不幸を押し付ける。


 そうやって、世界は成り立っている。

 例えどうあがいても、運のエネルギーの総量が増える事はないのだから。

 奪うか、押し付けるかしか選べない。



 俺達が不幸になったのは、あの男に幸せを奪われてしまったから。



 復讐は止めるべきだと、相対した男は言っていた。

 それは彼女の望んでない事なのだと、そう男は言っていた。



 ……そんな事は分かってる。


 彼女は、靖田優沙は……。

 俺が幸せにしたいのと同じくらい、俺の幸せを願っていた人だから。


 でも。

 だけど。


 あの男は許せない。

 例え復讐に手を染めて、彼女の望まない道を歩んだとしても。

 それだけは譲れない。……譲れなかった、はずなのに。



 身体が朽ちる音がする。

 自身という存在がどうしようもなく欠落し、足元から瓦解する。そんな予感。



 俺と相対した男は、俺を助ける事を望んでいたはずだ。

 だがそれも、叶いそうにない。


 俺はもう帰れない所まで、“毒”に浸っていたのだろう。

 

 身体がまるで水に落とした砂糖菓子の様に空気の中に溶けていく。

 身体が霧散し消えていく。

 実体化した影が、真城の“力”を受けた時の様に。


 俺はもうすぐ死ぬのだろう。

 だがそれも怖くはない。

 どの道彼女を失って、生きる希望は何もない。

 彼女無くして、俺はもう生きられない。

 彼女を忘れて生きられない。


 あぁ、……これでやっと俺も逝ける。

 

 

 ふと。

 俺が消えるその間際。


 俺の眼前に。

 俺の目の前に彼女の、靖田優沙の存在を感じた。

 彼女が、そこにいる気配がした。


 それは夢か幻か。


 俺が幸せに出来なかった彼女は……、泣いているだろうか? 怒っているだろうか?


 ごめんなさい。

 俺は結局、何もしてあげる事が出来なかった。

 何も成し遂げる事が出来なかった。

 君を幸せに……する事が出来なかった。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 こんな不甲斐ない俺でごめんなさい……。

 

 

 

 そうして、身体が崩れ去る。


 最期に思い出すのは彼女のこと。

 楽しかった思い出。

 彼女の笑顔。

 そういった、数々の走馬灯。



 目の前に生い茂る、緑色の葉を付ける桜の木。

 それが一瞬で、……一面桜の咲き誇る、桜色の景色へと塗り変わる。


 それは幻想的な光景だ。

 しかしそれは、文字通りの“幻想”だ。


 何せ、俺と彼女は。

 一度だってこの場所で、桜を拝んだ事が無いのだから……。


 しかしそれでも、彼女が好きだった桜の花。

 そんな桜の幻想に包まれる俺を……。


 彼女の気配が優しく抱き留める様に包み込む。


 懐かしい。

 安らぎの匂いの中、俺は。

 その散り逝く桜の花びらに目を止めて、桜の花言葉を思い出す。



――『私を忘れないで』

 

 

 あぁ、忘れるわけがない。

 絶対に、忘れられるわけがない。


 俺はお前と。

 優沙と出会えて。

 世界で一番、幸せだったんだ。



……



 一陣の風が吹く。


 夢から覚める様に。

 幻想が晴れる様に。

 泡が弾けて消える様に。

 影人が霧散し還る様に。


 小さな命の灯が、小さな幸せを抱いたまま。


 この世界から消えていた。



……


…… ……



 足立尊が消滅した。

 その瞬間を、真城晴輝は眺めていた。


 “黒隠”が桜広場へと落ちていってしまった為、追って来たわけである。

 その追って来た場所で見た光景。


 影人ではない。

 しかし半透明の人間が、身体を溶かして消えていく。

 そんな光景。


 どうして人間が消えるのか?

 影人を斃し解放したはずなのに……。

 “力”で分離したはずなのに……。


 “フェイズ4”だからダメなのか?

 肉体が完全に影化してしまったからダメだった?

 影化した肉体も、“力”の所為で霧散した?


 ……どうしてだ。


 ……どうして。


 ……助けられたはずなのに。

 ……人間に戻したはずなのに。



 真城は全身の力が抜け落ちて、崩れる様に倒れ込む。

 それは、足立尊を救う事が出来なかったから。……だけではない。


 真城が最後に発した“力”。

 ほぼ無意識に、防衛本能によって発した“力”。


 それは真城の体力を、ごっそり削り切っていた。

 まるで長距離を全力疾走でもした様に、どっと疲労が押し寄せる。


「ハアハア……。まだ、行かなきゃならない所があるってのに」


 真城の感情はどうあれ、“黒隠”は斃れた。

 今回の任務の討伐対象、その撃破に成功した。

 しかし任務は終わってない。

 桜井の方へと任せてきた、大柄の影人の撃破が済んでない。


「助けに、行かないと」


 薄れる意識の中。

 それでも尚、研究室のある場所へ。

 身体を無理に動かし歩いてく。


 もう気絶なんかしない。

 意識を手放すなんてしない。


 真城は奥歯を噛みしめる。

 倒れそうになる身体に抗って、全力で進んでく。



 桜広場を後にする。

 そんな真城の背後からメキメキと、何か音がしたが気にしない。

 前へ進む以外、何も余裕は無かったから。



~   ~   ~   ~   ~



 あまり使いたくはなかった。

 もうこれ以上、陽の光が照り付ける場所……屋上で、やりたくはなかった。

 しかしそれでも仕方がない。


 桜広場の時よりも、短い時間で終わらせよう。

 そう決意を再び固めて行った行動。


 戦いの最中、大柄の影人に気付かれない様に目視では確認出来ない程極細に引き伸ばした影の糸を操作する。

 飛び降り、或いは落下を防止する為に設置された屋上一帯の鉄柵へ、少しずつ絡めてく。


 そうして整えた舞台へと、大柄の影人を誘導する。

 糸を張り巡らせた中心地。その一点へ向かい着々と。



 そうして時は訪れた。



 大柄の影人の、腕と拳が膨張する。

 それは大柄の影人が持つ能力“肉体強化”によるものだ。

 高速で振り下ろされた拳。それにより周囲の空気をも抉り取る。


 その攻撃を受けて、桜井の身体がよろめいた。

 予測を上回る程の一撃を完全に躱しきれずにバランスを崩して後退(・ ・)する。


「貰ったぁ!!」


 桜井に生まれた隙を見逃さない。

 大柄の影人はよろめく桜井に追いつくと、トドメとばかりに右拳を握りこむ。


「――死ねぇ!!」


 振り下ろされた一撃が桜井の身体を穿つ、……その瞬間。

 桜井が、笑っているのが目に付いた。


「――――ッ」


 瞬間、大柄の影人の顔が引きつるがもう遅い。


「捕縛!!」


 と叫ぶ桜井の一声で、大柄の影人の動きが静止する。

 一瞬で大柄の影人の肉体を、影の糸で締め上げる。


 桜井は、本当にバランスを崩していたわけでは無い。

 攻撃を避けきれず、よろめいたわけでもない。

 全ては作戦。

 あと一歩、もう一歩と、大柄の影人を指定の位置まで移動させる必要があった為。

 わざと隙を作って見せたというわけだ。



 今現在屋上に、桜井と大柄の影人の二名のみ。

 大柄の影人が保有する能力で、一番厄介な“瞬間移動”も今は使えない。

 “瞬間移動”での移動地点。それは人の眼前にのみ限られる。

 桜井の眼前。見つめる先には大柄の影人しかいない。

 転移出来るだけのスペースも、そこには確保されて無い。


 “念動力”も意味が無い。

 桜井は既に身体全体に影を纏っている為だ。

 “影纏い”をしていれば、“念動力”の影響は受けにくい。

 更にここは屋上だ。

 桜広場とは違い、ここには操作する土も無い。



 警棒を振り上げる。

 今ここで叩きこむは、桜井の持つ渾身の一撃。


 警棒に纏わせた影が変化する。

 それは、人一人分はある巨大な大剣。

 大柄の影人を捕縛する影と自身の身体全体を覆う影。それ以外の使える影を、全て使って作ったもの。

 強度も今現在桜井が出来る最硬度。


「いっけぇええええええ!!!!」


 大柄の影人の“影纏い”。

 その硬度など関係ない程莫大な、影の量で押しつぶす。



 ドゴォ!!

 という音と共に地響きが、九号館自体を軽く揺らす。


 勝負はあった。

 そう思うには十分な威力の攻撃を、叩きこんだはず……だった。


 しかし。



「そん、な……」


 それでも大柄の影人は斃せない。

 斃しきるには至れない。


 桜井の振り下ろした大剣は、確かに大柄の影人に深々と……。

 “影纏い”で硬化された肉を切り、その刃を肩口から脇腹へと右斜めに切り裂いた。


 だが……それだけ。

 

 大剣の刃は途中で停止して、大柄の影人を完全に真っ二つにするに至れない。

 大体身体の中心で、……鳩尾の辺りで止まってる。


 影人の使う影硬化。

 それは身体の表面に影を纏って防御する人間とは根本的にわけが違う。

 “フェイズ3”という特殊な状態を除くなら、その身体全てが影である。

 故に影の硬化とは、影人にとっては身体全てに及ぼせる。

 そうそれは、例え身体の“中”でさえ。

 

 しかも大柄の影人は、それだけに止まらない。

 身体全体の筋肉を“肉体強化”で膨張させる事により、より分厚く強固になった肉圧が絶大な防御力となっていた。



 ……これでも尚、届かない。


 桜井の放った全力の一撃。

 それでさえ、大柄の影人を仕留める事は叶わない。


 桜井の集中力が途絶えると同時、大柄の影人へ深く切り込んだ大剣が霧散する。

 大柄の影人を捉えていた極細の糸の束も霧散する。



 もう、これ以上は無理だった。

 桜井の、体力の限界が……もう間近に迫っている。



「惜しかったな」


 桜井の限界を見て取った大柄の影人が、勝利を確信し言い放つ。

 その身体に付いた傷。

 大剣によって付けられた傷は、既に“再生”により完治していた。


「そん、な……」


「終わりにしよう。

 俺も時間をかけ過ぎた。

 万が一の事もある。そろそろ足立様の下へ向かわねば」


 そうして桜井に手を伸ばす。

 戦いの決着を付ける為。桜井にトドメを刺す為に。




「――――ッ」




 突如、大柄の影人に異変が起きた。


 大柄の影人の困惑する表情。

 顔を顰め、額には大粒の汗を溜めていく。

 髪を毟らん勢いで、自身の頭を鷲掴んで立ち尽くす。



「あ、あぁ……」


 呻くように絞り出される声からは、先程まで戦っていた大柄の影人とは思えない感情のこもった声色が聞こえ出す。

 

 虚ろな瞳に無表情だった影人が、顔に生気を戻してく。



「あ、あああぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 今までの大柄の影人とは思えない程に怒気を孕んだ雄叫びに、桜井はしばし唖然とする他ない。

 一体何が起きたのか?

 そんな疑問を桜井が浮かべた次の事。


「足立!! 足立!! 足立ぃぃぃいいいいいい!!!!

 俺の頭に何をしたああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 大柄の影人の言葉で、その答えを理解する。

 大柄の影人にかけられていた洗脳が解けたのだ、という事を。



「自由になったこの俺を……、散々利用しやがって!!

 許せねぇ許さねぇ!! 許さねぇぞおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 この俺の邪魔をする奴は皆殺しにしてやる!!

 足立も!! 影人も人間も!!」



 怒りの感情を爆破させ、地団太を踏む大柄の影人。

 その姿を見つめる桜井と、大柄の影人の目が合った。


「てめぇもだ、女ぁ!!!!」


「――ッ!!」


 ただ単純な一直線の攻撃。

 影を纏った大柄の影人が全体重を乗せて突っ込んでくるだけの突進だ。


 避けるのは容易いはずだった。

 それが万全な状態の桜井であったなら。


「――――がはッ」


 しかし今はそうではない。

 大柄の影人の突進を、正面からもろに受け……桜井は後方へと吹き飛んだ。

 影の硬化自体は間に合った。

 だがしかし、攻撃を完全に受けきれるだけの硬度にする事が間に合わない。


 攻撃を受けた直後、そして攻撃を受けて以降、地に身体を打ち付けて止まるまで。

 激しい痛みと衝撃が、桜井の全身を駆け巡る。

 

 肺が圧迫された事により取り込んだ空気を強制的に吐き出して、加えてせき込んだ唾には血が混じる。


(もうヤバい……、本当にヤバい……)


 ただでさえ疲弊している状態で、痛み止めまで服用し、無理をして戦った。

 だがそれもこれまでだ。

 もう意識が混濁し、まともに立つ事さえ叶わない。


(……もう、打つ手も)


 大柄の影人は既に傷の回復を終えている。

 桜井の放った渾身の一撃。あれが頼みの綱だった。

 あれで倒すはずだった。……なのに。


 桜井に、あれ以上の攻撃は不可能だ。

 あれで倒せなかったなら、桜井にはもう策は無い。


 完全に終わり。

 完全な詰みだった。



 いつまでも起き上がらない桜井を見て取って。


「死ね!!」


 桜井の息の根を止めるべく、大柄の影人が腕を振り上げる。

 振り上げるのが、目に見えた。


 死ねない。

 こんな所ではまだ死ねない。


「はああああああああああああああ!!!!」


 ありったけの力を振り絞る。

 最後の最後、この一瞬だけでいい。

 起き上がれ!

 早く攻撃を躱すんだ!!




 突然の事だった。


 バチンと、小さな電気が迸る。


「……あ?」


 大柄の影人が、攻撃を止めて痺れた腕を凝視する。

 桜井へと向けて、腕を振り下ろした直後の事。桜井に当たるその瞬間。

 小さな電気の塊が現れた直後にはじけ飛び、その電気に触れた右腕がピクピクと軽い痙攣を起こしていた。


 拳を開いて閉じてと繰り返し、動く事を確認する。


「……これは」


 大柄の影人には思い当たるものがあった。

 それは大柄の影人や“黒隠”が持っているのと同じもの。

 “影狩り”の中の者達も、稀に持っていると言われてる……。“超能力”と、そう呼ばれるものだった。


 桜井の感じた死の危機が。

 ここで死にたくないという意地が。

 この土壇場で、“能力”を覚醒させたのか。


(――危険だ。

 この女は今ここで、必ず殺しておくべきだ)


 未だ意識を失わず、大柄の影人を睨みつけるその視線。

 そして覚醒した“能力”と……、大柄の影人にそう抱かせるには十分なものだった。


 目覚めたばかりの能力を使いこなすより早く。この女を始末する。

 大柄の影人の人生を。

 自由への道を阻む若き芽を、今ここで摘んでやる。



「死ねぇええええええええええええ!!!!」



 今度こそ終わらせる。

 小さな電気適度では、止められない攻撃で……。



 身体の影を変化させ六本に増やした両腕を、更に“肉体強化”で強化する。

 そうして放った拳の雨。


 しかし。


 その攻撃が、――――桜井に届く事は無かった。




「な、ん……ッ!?」


 一瞬の出来事。

 突如大柄の影人の両腕が……、増やした六本の両腕が、全て付け根から切られて宙を舞う。



「なんとか間に合ったみたいだな」


「――!!??」



 目の前には一人の男が立っていた。

 それは影人達が知る中で、二番目に警戒する男。


 一ノ瀬龍牙その人だった。


「……く!!」


 大柄の影人は、状況を理解して距離を取る。

 受け入れがたい事実として、現実を受け入れるしか出来ない。


(こいつ俺の腕を簡単に……!!

 いや、それ以前に。……武器を、持ってねぇ!!)


 一ノ瀬は武器を持っていない。

 それはつまり、ただ変化させ硬化した影のみで大柄の影人の身体を切ったという事だ。

 大柄の影人も、硬化を怠ってはいなかった。

 にも拘らず、こうも簡単にあっさりと……。


「くそが!!」


 大柄の影人の“再生”が起動する。

 切られた両腕が生えてくる。


「いくら切ってもこの俺には……!!」


 意味は無い。そう続くはずだった大柄の影人の言葉が、途切れる。

 生やしたはずの両腕が、再び切られて宙を舞う。


「……な!?」


 しかもそれだけには止まらない。

 桜井の渾身の一撃をもってして、完全に切り裂く事の出来なかった身体さえ、豆腐の様に簡単に切られてく。


「あ、がッ!?」


 これでは回復が追いつかない。

 いや、それ以前に……大柄の影人の精神がまず持たない。


 大柄の影人の“再生”は身体の傷を癒すもの。

 切り落とされた腕さえも、この能力なら生えてくる。

 しかしこの能力の真骨頂はそこではない。

 能力を使う代償として疲弊する脳の処理限界。或いは傷ついた精神も、例外なく治癒される。

 どんな肉体的、精神的ダメージも回復出来る能力だ。


 が、それらはあくまでも限界を超えるだけ。

 他の者達よりも長くなれるだけ。

 無限という訳では無い。


「や、やめッ!!」


 一ノ瀬の攻撃は止まらない。

 両手に纏わせた影の剣。それを何度も振り下ろす。


 大柄の影人が、いくら影を硬化させても意味が無い。

 硬化自体は問題ない。間違いなく出来ている。

 しかしそれでも一ノ瀬の攻撃は止まらない。

 まるで硬化されていないのかと、そう思える程に簡単に……切られてく。


「なんで……!! やっと自由になったのに!!

 お前らなんかにこの俺が!!!!」


 精神が、……削れてく。

 それは影人にとっての生命力。命が無くなるのと同義である。


「……あ、――あッ」



~   ~   ~   ~   ~



 誰かの為になるのなら。


 いつからだろう。

 物心が頃には、俺の気持ちの根底にそんな想いが存在した。

 

 親の言う事は素直に聞く。


 俺は両親の喜ぶ顔が(・ ・ ・ ・)見たい(・ ・ ・)が為に。

 両親を喜ばせたい(・ ・ ・ ・ ・)が為に、色々な習い事を頑張った。


 書道。そろばん。ピアノ。水泳。塾。

 その他にも色々と。


 俺は昔からよく、『良い子』だとか『真面目な子』だとか呼ばれてた。

 俺はそれを、喜ばしく(・ ・ ・ ・)思ってた。


 そんな性格だったから。

 そんな想いがあったから。

 

 俺は、宅配関係の仕事を選択した。


 誰かの為になるのなら。

 誰かの笑顔が見れるなら。


 そう思い、選んだものだった。

 ものだったはずなのに。



 ……ある時、俺は事故を起こした。

 それは完全に俺の前方不注意が招いたものだった。

 幸い死者は出なかった。それだけが幸運な事だった。


 だがしかし。

 それで俺は左腕を骨折し、また俺の運転していたトラックの後輪もパンクした。

 死者は出なかったものの、俺の後続を走っていた車の運転手も怪我をした。


 まだ宅配は終わってない。

 まだまだ荷物は残ってる。……それなのに。


 ドクンと、心臓を鷲掴みでもされた様な激痛が、俺の胸部に襲い来る。

 その痛みの原因を、俺は最後の最後まで理解してはいなかった。



 他人に傷を負わせてしまった罪悪感。

 仕事をまともに遂行出来ない焦燥感。

 そして知らず知らずに積み重ねてきたストレスが、爆発したものだという事に。


 それは時に人間を死に至らしめる程のもの。

 過度なストレスが引き起こす突然の心不全。不整脈。


 “キラーストレス”と言われるものである事に……。



……



 一体何が、“喜ばしく思った”……だ。


 そんなもの。

 お前が『両親に愛されていると信じたい』という想いから生んだ幻想だ。

 “嬉しい”とでも思わなきゃ、やっていく事が出来なかった。ただそれだけの事だった。


 俺はただ小心者であっただけ。

 逆らって、怒られるのが怖かった。それだけだ。


 事故の原因だってそうだった。

 ただ小心者である俺が、上司からの言い付けを断れなかっただけの事。

 自分が頑張れば良いのだと、自己犠牲の精神で頑張りすぎた末路がコレだった。


 “俺”は俺ほど馬鹿じゃない。

 “俺”は“俺”のやりたいようにやる。


 他人の笑顔なんぞ知った事じゃない。

 “俺”は誰にでも逆らうし、誰にだって抵抗する。


 この身体はもう“俺”のもの。

 俺に出来なかった自由を“俺”は手に入れた。


 もう誰にも縛られない。

 誰の指図にだって従わない。


 “俺”は、自由だ!!



~   ~   ~   ~   ~



 自由になれたはずなのに。


「があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 大柄の影人の、最期の断末魔が木霊する。


 パァン、と。

 まるで風船が割れたかのように、大柄の影人の身体が弾けて霧散する。


 “フェイズ4”の影人は、この世に死体を残さない。

 元々あったはずの肉体は、影と同化してしまった為である。

 そこには初めから何も無かったかのように、その全てが無に還る。

 塵一つ、残さずに。



「……ふぅ」


 大柄の影人を討伐し、攻撃を止めた一ノ瀬が息を吐く。

 “影操作”を解除して桜井へと向き直る。


「随分とボロボロに……」


「ちょっとぉ!!

 折角あの影人さんの洗脳が解けたのに!!


 もしかしたら仲良く出来たかもしれないのよ!!

 問答無用で斃すなんて酷いじゃん!!」


 倒れた桜井へと向けて、差し出した手が行き場を失い、宙を彷徨う。

 折角助けてやったのに、御礼より先にコレである。


 桜井の目的とやらは一ノ瀬も知っているし、穏健派というのも心得てはいるのだが……。


「仲良くしようとする相手ぐらい選べや!!

 どう見たって話が出来る相手じゃなかっただろうが!!


 ……なんでここ最近“影狩り”として影人斃してるだけなのに、こうも咎められる事が多いんだ? 俺は!?」


 約一週間前の事。

 原田の影人を始末して、真城に突っ掛かれた事を思い出して苦笑う。


「いいから早くずらかるぞ。

 “黒隠”は既に真城が討伐に成功した。

 その他影人達も全て討伐済みでお終いだ」


 これにて任務は完了だと締めくくり、動けない桜井を引きずって“影世界”へと入ってく。

 引きずられながらも桜井が、何やら文句を垂れているがその全てをシカトする。


 『戦闘部隊』がやる事はここまでだ。

 後処理は『収拾部隊』に任せて早期撤退するが勝ち。

 面倒事は後の奴らに任せよう。



 一ノ瀬も今は体力に余裕が無い。

 何せこの任務中、介入しようとやって来た“黒鉄”と何度か戦闘した為だ。

 “黒隠”が死んだのを確認し“黒鉄”が去って行ったので、一ノ瀬もやっとこっちに来れたのだ。

 神崎は、きっと“黒鉄”が来ることを予想していたのだろう。

 だから一ノ瀬をこの任務に参加させたのだ。


 帰ったら一つ文句でも言ってやろう。

 そんな恨みを神崎へと抱きつつ、フラフラとした足取りで歩く真城を道中で発見すると回収し、そのまま本部への帰路につく。


(さぁて。……大変なのはこれからか)


 “影狩り”本部に帰ってからの大仕事。

 その事を思うと頭痛がするがもう遅い。


 やってしまった事は戻らない。

 無かった事にはもう出来ない。



 “影世界”を移動中、真城と桜井を引きずる一ノ瀬は……暗く重い溜息をついていた。



 無言で引きずられる真城。

 意識を何とか保ちながら……、真城の初任務は終了した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ