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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第33話 『無責任な言葉』



 眼前に、大柄の影人の拳が迫り来る。

 桜井はそれを何とか回避すると、警棒を振る。


 ガギィン!!


 桜井の警棒と大柄の影人の腕がぶつかり、金属の様な音が鳴る。

 攻撃が防がれたことを理解して、桜井は更に攻撃を叩きこむ。


 ガギン!! ガギン!!


 しかしそれらも同じく、大柄の影人に防がれる。


「……っく!!」


 桜井は一度距離を取り、警棒に纏わせた影を鞭状に切り替える。

 遠距離からの攻撃。風を切る勢いでしなる影の鞭。

 影を操作し複雑な軌道を描きながら、何度も何度も打ち付ける。


 しかしそれでも大柄の影人は怯まない。


 眼前で両腕をクロスさせ、顔を庇いながら一直線に向かってくる。

 全身の影を硬化させ、それでも傷つく攻撃は“再生”に身をゆだね。


「――――ッッ」


 大柄の影人の勢いを乗せたタックルを身に受けて、桜井は大きく後方へと吹き飛んだ。

 一応“影纏い”で全身の影を硬化させて防いだが、それでも完全にはダメージを無に出来ない。

 数回床をバウンドし、体勢を整えてから着地する。

 グラリと揺らぐ視界。

 口の中に、薄っすらと血の味が広がる。今ので口を少し切ったらしい。


 薬等で今は何とかなってるが、それでも元より桜広場でのダメージが完治している訳でもない。

 ここが野外である以上、『影世界専門部隊』からの援助は望めない。

 真城も今は、“黒隠”との一騎打ちの最中だ。早々助けは望めない。

 一ノ瀬も任務には参加しているものの……今現在どこで何をしてるのか分からない。


 現状、桜井一人で相手をするしかない。

 全く厄介なものである。



 大柄の男の能力は桜広場の時と変わらない。

 生半可な攻撃で、大柄の影人の“再生”の速度は超えられない。

 しかし強力な一撃を当てるには、“念動力”と“瞬間移動”が厄介だ。

 “肉体強化”からくる一撃も、決してまともにはくらえない。

 しかもこの戦い。一対一の状況だ。

 


 さて、……どう攻略したものか。



~   ~   ~   ~   ~



「――――ッッ!!?」



 真城は“黒隠”の言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。

 足立尊の彼女さんが死んでいた。

 それは、真城がここにきて初めて知る情報であったから。


 そうして真城は理解する。

 真城の犯した間違いを……。


 足立尊の絶望。ストレス。

 “黒隠”がなそうとする復讐の意味。その全て。


 “黒隠”は、彼女を穢された事に怒っていたのではなかった。

 彼女を穢し、彼女が死ぬ切っ掛けを生み出し、彼と彼女から幸せを奪っていった男に対する憎しみ。

 それこそが足立尊のストレスであり、“黒隠”がなそうとしていた復讐の正体であったのだ。



 そうであるのなら、真城の意見は見当違いもいいところ。

 全く、的外れな指摘であった……と。



 ギリギリ……と、“黒隠”は両腕に力を込める。

 それにつれ、真城の首が絞まってく。


「――……ぐ、がが……」


 これ以上は耐えられない。

 真城は右手の“力”を解き放つ。

 全方位、眩い光があふれ出す。


 “黒隠”は光の放出を察知して距離を取る。

 真城は解放された自身の首へと手を当てて、ゲホゲホと咳込みながら呼吸する。



 真城が光を全方位へ放つ技。

 それはこの任務中、もう四回は使ってる。

 ただ無意識に“力”を使うだけなので、右手に収束させるよりは楽なのだ。

 影人に対する効果は薄い。しかしそれでもこの様に、接近され過ぎた影人と距離を取るには丁度いい。


 しかしこの技にも欠点があった。

 それはこの光が、影人にのみならず真城の“影操作”で扱う影さえも無効化してしまう事。

 敵味方関係なく、ただ影を霧散させて無効化するのがこの“力”。

 なので真城が全方位に光を放つ際、真城も“影操作”が使えない。“影纏い”が意味をなさなくなってしまう。

 なにもそれだけでは無い。

 真城達“影狩り”が影人と戦う為の必需品。

 “影操作”をする為の“影結晶”さえ霧散させてしまうのだ。


 “影結晶”は“影エネルギー”の塊だ。

 ただ外気に触れるだけでも少しずつ霧散する代物が、真城の光を受けたらどうなるか?

 それは想像に難くない。

 幸いな事に“影結晶”は“影エネルギー”の集積体。高密度の“影エネルギー”から成る物で、例え“力”に触れたとて、一瞬では霧散しない。

 だがそれでも、普通の使用で使うより格段に早く無くなるのは確かである。


 真城の持つ“影結晶”。

 それは大体、真珠ほどの大きさだ。


 あと何回、光の放出に耐えられるのか?

 その判断を、真城はすることが出来ない。


 もしも判断を誤れば。

 もしも“影結晶”が砕ければ。

 真城は“影操作”を使えなくなってしまう。




「……、」


 そんな事を考えながらも、“黒隠”を目視する。


 “黒隠”、そして足立尊の怒りと憎しみ。

 復讐の目的、それを成す動機は理解した。


 もしそれが、真城の立場であったなら。

 真城の身に、そんな出来事があったなら。

 そう考えると心苦しい。

 同情だって出来てしまえる。


 だが、それでも、“黒隠”の復讐を容認する事は出来ない。

 真城がそれを、看過する事は出来ない。


 例えどんな理由があったとて……。

 復讐という結末でだけは終わらせない。



 もう一度、真城は強く拳を握る。

 未だ怒りの感情を露にする“黒隠”へと目を向けて。



「――それでも、復讐なんてさせない」

 

 

 もう一度、真城は強く訴えた。



……



「ああああああああああああああーーーー!!!!」


 “黒隠”は怒りを表し自身の頭を掻きむしる。


「てめぇの!! 意見なんて!! 聞いてねぇんだよ!!!!」


 “黒隠”の身体が弾け飛ぶ。

 飛び散った身体が影槍へと変化する。

 矛先が一斉に真城の方へ向き、全て同時に射出される。


「――ッ!!」


 対する真城は避ける事に専念する。

 上下左右、四方八方、縦横無尽に飛び回る影の槍。

 その一つ一つを出来る限り捉え、動きを予測し回避する。


(落ち着け!! 集中しろ!!)


 真城は内心で言い聞かす。


 出来る事であるのなら“黒隠”の変化した影槍を、真城の“力”で打ち消したいし最小限の動きで躱したい。


 しかし今の真城には、それが可能とは言い難い。


 原田の時に見た背水の陣。

 病室で一ノ瀬と相対し、一瞬出来たスローの世界。


 それは、いわゆる超集中。

 “フロー”だとか“ゾーン”と言われるものらしい。

 戦闘訓練の最中に、一ノ瀬からはそう聞いた。


 極限の集中状態。

 その状態になったなら……感覚が研ぎ澄まされ、雑音や雑念が消え失せる。

 周りの景色が遅くなって見える。等、様々な恩恵があるらしい。


 トレーニング、或いはルーティン等によって意図的に“フロー”や“ゾーン”に至る事は可能であると言われるが、……しかしそれを真城はものに出来ていない。


 真城は二度、この奇跡の体験を行えた。

 とは言えど、それを意識して出来るのかと言えば別の話だ。



 左頬を影槍が掠める。

 影で硬化した右脇に、影槍が突き刺さる。

 背後から二本の影槍が迫り来る。


 真城の影硬化。それにより、影槍が肉体にまで到達する事は無い。

 しかしそれでも、勢いよく突き刺さって来る影槍に、何度も身体をガクンガクンと怯ませる。


「かは……ッ!? ごふ……ッ!?」


 次第に影槍に包囲され、また重なる疲労から注意力が失せてくる。

 徐々に被弾が多くなり、ついには全身を影で纏って硬化したまま立ち止まる。


 完全な防戦一方。


(くそ!! 一体どうしたら……!?)


 真城は必死に考える。

 この状況を覆す、手段に思考を巡らせる。



 ……しかし。

 いい案が浮かばない。


 

(この……、あんまり時間をかけたくないのに!!)


 研究室に、桜井と大柄の影人を置いてきた。

 彼女らも今戦闘をしているはずである。

 もしかすると『影世界専門部隊』が援護をしてくれている可能性もあるのだが、それでも大柄の影人は強力だ。

 この戦いをなるべく早く終わらせて、研究室へ戻る必要があるだろう。


 ……だが、とりあえず大柄の影人の事は考えない。

 “黒隠”に対して全力で。

 出し惜しみなんてしてられない。



 突如、真城の真ん前に影の塊が生まれる。

 それは真城へと突き刺さった後の影槍が変化したものである。

 影の塊はそこから更に形を変えると、“黒隠”の上半身へと成っていく。


 大きく腕を振りかぶる態勢の“黒隠”。

 それを見て、真城は後方へと身を下げる。

 

 ブオン。と真城の鼻先スレスレを掠めていく“黒隠”の拳。

 それを見て、ホッとするのも束の間。


 “黒隠”の上半身。

 その形をグニャリと歪ませ、今度は片足を真上に振り上げた態勢の下半身へと成り変わる。


「――ッ!?」


 

 そうしてその足が、踵落としをする様に勢いよく振り下ろされた。


 真城は回避が間に合わず、頭上で両腕をクロスさせて受け止める。

 ズン……!! と体重の乗った一撃が、真城の身体をつき抜ける。

 あえてタイミングを合わせて膝を曲げ、衝撃の緩和を試みたが無理だった。

 真上から来た予想以上の重い重量に真城の身体が耐えられず、あえて曲げたはずの膝がそのまま地面へとぶつかった。

 

「ぐぐっ……!!」


 それでもなんとかクロスさせた腕を動かし、受け止めた“黒隠”の踵の向きをずらす。

 それと同時に身を引いて、横に転がるようにして回避する。


 ドスン!!

 と、地面を穿つ踵。

 その音を片耳で聞きながら、真城は更に回転して距離を取る。

 ……が、そんな真城の横腹に、勢いよく影槍が突いてくる。


「――――がっ!?」


 真城は身体を軽いくの字に曲げると、その勢いに押されて横に転がる。

 ダメージはそれほど無い。それは身体に纏った影のおかげ。

 しかし仰向けに転がった真城は、空中から狙いを定めて落下する数本の影槍を目撃する。


 真城は再び横に転がり回避する。




 回避。回避。回避と……。

 真城はこの戦い、逃げて避けてばかりである。


「――この!!」


 真城は怒りをぶつけるように、地面へ刺さった影槍へと右拳を殴りつけた。

 避ける為、転がった方向とは逆向きに。身体をねじる勢いに乗せた裏拳を。


 バキンという音がして、その影槍が霧散する。

 しかし真城のその行為に、それ程の意味はない。

 たかだか数本の影槍を霧散させたとて、それより多くの影槍が今も飛び回っている事には変わりない。


 真城は素早く起き上がり、再び影槍を避けてゆく。

 その影槍が時たま“黒隠”へと成り変わり、攻撃をしてくるが真城はそれを影で防御するなり回避行動に使うなりして逃げ回る。

 このままでは埒が明かない。

 どうにかして、真城が戦いの主導権を握らねば……。

 でなければ、逃げ続けるこの状況を打破できない。



 言葉で隙を作る試みも失敗した。

 真城がただ、“黒隠”の怒りを刺激しただけだった。

 “黒隠”の抱く復讐心。

 足立尊の絶望を、止めさせる切っ掛けにはならなかった。



 ……それでも真城は諦めない。

 “黒隠”の復讐を、足立尊の絶望をどうにかし、救う事を諦めない。



 だが、……どうすればいい。

 どうすれば、“黒隠”は復讐を止めてくれる?

 どうしたら、影人から解放された足立尊が……前を向いて歩いていける?


 栗枝環樹に脅されて、彼女の心と身体を穢された事。

 そして何より、その彼女が死んだ事。

 

 これでただ『復讐をやめろ』と言われても、引き下がる訳がない。

 ……引き下がれる訳がない。

 


 どうしたら。一体どうしたら。


 真城の中で、様々な案が浮かんでは消えてゆく。

 もしもまた何かを言って失敗すれば……。



――『……彼女の下に帰れだと?

   ……それが彼女の望む事だと?


   知った様な口を叩くんじゃねぇよ!!

   あいつはなぁ!! もう死んでんだよ!!


   忌々しい……あの男を庇ってなあ!!!!』

 

 

 そう再び、怒らせるだけの結果となりかねない。

 

 

(……。

 

 …………、……うん?)

 

 

 思い出した“黒隠”の言葉に、何か引っかかるものを感じた真城。

 そんな真城は“黒隠”の攻撃を避けつつももう一度、しっかりと“黒隠”の言葉を思い出す。



『忌々しい……あの男を庇ってなあ!!!!』



(……っ!??)



 突如、真城に電流が走った。

 それは物理的な意味ではない。

 一つの“確信”を持ったから。



 真城は駆ける足にブレーキをかけると振り向きざまに数本の影槍を打ち払う。

 右手に収束させた光を受けて、影槍は瞬時に霧散する。


 空中を漂う影槍。

 そんな影槍へと成った“黒隠”へ向けて強く言う。




「……やっぱり、それでも復讐は間違ってる。やめるべきだ!!」




 ダン!!

 と、強く地を蹴って……ここで初めて(・ ・ ・)真城が動く。

 攻撃を回避する為の逃げではない。

 “黒隠”へと、真城が攻撃をする為に。


 無数の影槍の下へと向かって、自らの脚で進んでく。


 集中力を極限に。

 今の真城では、狙って“ゾーン”には至れない。

 だが、それでも真城は問題ない。

 “影狩り”本部での修業期間。たかだか一週間ではあるものの、その濃密な一週間は真城の戦闘能力を格段に上げている。


 それは女の影人との戦闘時。

 大柄の影人との戦闘時。

 その中であっても、十分戦えるまでになっていた。

 そしてそれは“黒隠”であったとしても同様に。


 真城はなにも今まで、無策で逃げ回っていたわけでも無い。

 “黒隠”の攻撃、その速度。それに身体が慣れるのを待っていた為だった。


 しかしそれももう終わり。

 今なら真城の動体視力で十分に、影槍の動きを補足可能。

 もう初めの頃よりも、影槍の動きが速く感じない。


 これならばもう問題ない。

 “ゾーン”など、別に今は必要ない。



 ……このような少し回りくどいやり方を、他の“影狩り”はしないだろう。

 初めから全力で、叩き潰しに行けば良い。


 しかし真城はそうではない。

 

 何も考えずにただ斃す。

 そういった選択が出来たなら、真城もこの戦いをもう少し楽に終えられたのかもしれない。


 ……でも。


 あの影人、“黒隠”の怒り。

 その憎悪の瞳の奥底に、別の感情が見え隠れしていると感じたから。


 それは悲しみの感情。

 彼女を失った後悔の感情。

 

 足立尊本人だけでは無い。

 “黒隠”自身もまた、同様に心を痛めているのだと理解した。



――『私は……、やっぱり、影人さんとも仲良くしたいって思ってる!!』



 ふとよぎる桜井の言葉があった。

 

 真城は現在、そういった考えは持っていない。

 人間を救う為、影人が斃すべき対象である事に違いはない。

 ……違いはない。が、だがしかし。


 もしも出来るとするならば。


 真城は“黒隠”の心も救いたい。

 と、今回ばかりは……そう思えた。


 だから。



 だがらこそ。



 “復讐”なんて絶対に、――させる訳にはいかない。




 真城の言葉に反応を示す“黒隠”。

 再び影槍の幾つかが集結して塊となる。

 そんな塊が人型へと変わるより早く、真城は言葉を続けてく。



「彼女さんは!! お前を(・・・)庇った(・・・)んじゃねぇのかよ!!!!」



「――――っ!?」



 “黒隠”が息を呑むのが分かった。

 その反応を確認し、更に一歩前に出る。


「彼女さんは何で男を庇ったんだ!?


 そうまでして、お前を止めたかったからだろ!!

 お前に人殺しをさせたくなかったからだろ!!


 だったらいい加減目を覚ませよ!!」



「……――うるせぇ!!!!」


 怒鳴る“黒隠”。

 そんな“黒隠”の中へ向け、更に叫ぶ。


「足立尊!! お前も早く目を覚ませ!!

 じゃないとこいつ(“黒隠”)が、本当に教授を殺す羽目になるぞ!!

 彼女さんの望まなかった事を!! お前の身体でされる事になるぞ!!!!」


「黙れって……!!」


 一直線に“黒隠”の下へ駆けていく。

 右手の拳に“力”を纏う。

 光を収束し右拳へと込めていく。


 真城に向かって飛んでくる影槍を、真城はギリギリで躱してく。

 いくつかの影槍が身体を掠めるが気にしない。

 人体の急所のみ。確実に避けれていれば問題ない。


 真城が拳を振り下ろす段階。

 それほどに距離が縮んでも、“黒隠”はまるで避ける動作に移らない。

 一直線に真城を見据える瞳には、純粋な殺意のみが浮かんでる。

 あまりの怒りの所為からか『真城を殺す事』以外、……“黒隠”の頭には無いのだろう。


「彼女さんは!!!!

 復讐なんて望んでねぇはずだ!!!!」


「――――ッ」


 真城の拳が“黒隠”の身体を大きく穿つ。


「があああああああああ!!!?」


 大きな苦しみの声を上げ、“黒隠”の身体が吹き飛んだ。

 

 まずは一発。

 真城は“黒隠”への攻撃に成功する。


 呻く“黒隠”。

 その後数秒のたうって、荒い息をゼイゼイとしながら立ち上がる。

 真城の“力”を受けて尚、影は身体と分離しない。

 身体をボコボコと蠢かせ、血肉をブチブチと引き裂かれる様な音が鳴る。

 どうやら、“力”に抗っているのだろう。


 流石と言うべきか“フェイズ4”。

 研究室で仕留めた影人達とは訳が違う。



 ……だが、確かに手応えはあった。

 確かな手応えがあった。

 

 

~   ~   ~   ~   ~



(……ここはどこだろう。俺は……、確か……)


 “黒隠”の中で、微かに目覚める気配があった。

 それはずっとずっと奥底に、深く深く沈んでいたはずのもう一つの意識だった。



~   ~   ~   ~   ~



「かッ――はッッ――」


 強くむせ、まるで何かを吐き出すような声。

 苦しみ、藻掻き、自身の胸を強く鷲掴む。

 全身からどっと汗が噴き出した。


 それは今まで感じた事の無い痛み。

 身体を内側から乱暴に引き千切られる様な……そんな痛みを受けて尚、“黒隠”は立っていた。


 たった一撃。

 ただそれだけの攻撃で、“黒隠”の優位が崩れ去る。


 今にも失いそうな意識を保って、それでも譲る事の出来ないものの為に目を開ける。



「あいつは関係ねぇんだよ!!!!

 これは俺が望んだ復讐だ!!!!」


 怒りと殺意に身を任せ、全速力で前へ出る。

 全ての影槍をかき集め、それが身体を包んでく。

 それはまるで超巨大なドリルのように回転し、敵である真城へ向かってつき進む。



 それを見た真城は一歩引く。

 しかしそれは逃げる為のものではない。

 足を引くのと同時。真城は腰を捻って右拳も後ろに下げていく。

 それはまるで矢を射る為に弓の弦を引くように。


「だからそれを!! 彼女さんが望んでると思ってんのかって聞いてんだ!!」


 真城を目掛けてやってくるドリル。

 その奥の“黒隠”をただ見つめ、その身体の重心を前へ前へと持ってゆく。

 タイミングを合わせ、体重を移動させ……。


 その直後。

 真城の“力”を乗せた一撃が、ドリル諸共中の“黒隠”をも貫いた。



「お前がいつまでもそうやって悲しみに暮れながら、復讐で人生終える様な結末を!!

 彼女さんが望んでるわけねぇだろ!!!!」




 高速で渦を巻きドリル状に変化した影の塊が、真城の“力”に触れた途端に霧散する。

 ドリルの先端が大きくひしゃげると、その“力”が触れた箇所を皮切りに、水面に広がる波紋の様に霧散する箇所が伝播する。

 それが鋼鉄並みの硬度であったにも関わらず、真城にはまるで綿に触れる程度の感触しか残らない。


 巨大ドリルを大きく抉り、霧散させ、尚も進んだ真城の拳はそのまま“黒隠”の顔面へと突き刺さり、ドリルの塊の中から引き剥がす。

 そうして大きく後方へと吹き飛ばされた“黒隠”は、地面を何度も転がって停止した。


 が、それでも“黒隠”は止まらない。

 蠢く身体を押さえ付け、そうしてまた立ち上がる。



「……貴様にあいつの何が分かるってんだよ!!

 知った風な口を叩くんじゃねぇ!!!!」



 激昂する“黒隠”。しかし、



「だからお前に聞いてるんだろうが!!

 お前の彼女さんが、お前の復讐を望む様な人間かどうかを!!!!」



「――ッ!!


 ぐ……、があああああああああああああああああああああ!!!!」



 返す言葉が無かったのだろう。

 “黒隠”は言葉無く雄叫びのみを大きく上げると、再び真城へと突っ込んでくる。



「……分からず屋が!!」


 “黒隠”に、既に影槍を操作出来る程の思考力は残ってない。

 ただ怒りをぶつけるように、真城へと拳を振り下ろすだけの単純な作業を繰り返す。


 そんな“黒隠”に、真城が負ける通りがない。


 真城は小さな動作で“黒隠”の拳を躱しきると、数回拳を叩きこむ。

 ただ一方的に、真城の“力”が炸裂した。



~   ~   ~   ~   ~



 “黒隠”の中、真城の言葉を聞く意識があった。


 俺の復讐を、優沙(ゆさ)が望むはずがない。

 その真城の指摘は間違っていないだろう。


 だが、しかし、それでも……。



~   ~   ~   ~   ~



「……が、……が、……が」


 息も絶え絶えにフラフラと身体をよろめかせる“黒隠”。

 ブチブチと、何かが裂ける事が“黒隠”の身体から聞こえてくる。

 身体の輪郭がもぞもぞと蠢き、纏った影が霧散して消えていく。


 よろめいた拍子に“黒隠”がゆるい坂を転がった後、ガシャンと背中を金網フェンスに打ち付けて停止する。

 見ればその金網フェンス。真城も見覚えがあった。

 確かあれは桜広場を囲う立ち入り禁止の為の柵である。

 桜広場から一番近くに十号館があるのは知ってたが、館の裏側の道と言えなくもない道を通るなら、更に早く着くらしい。

 まぁこんな植物だらけの場所を歩いてまで、桜広場へなど行かぬだろうし今更知っても意味も無い。


 どの道、もう抵抗する気力も無いはずだ。

 トドメとばかりに畳み掛ける様に言葉を告げる真城。


「足立尊!!

 お前だってまだ幸せになれるはずだ!! 教授同様に罪を償って、彼女さんの両親にも死ぬほど頭を下げまくって!! ……そうしたら!! ……そうしたら!!」



 その瞬間、“黒隠”足立尊と目が合った。


 その瞳。その表情。

 それは一体、何を訴えかけるものだろう……?

 どんな感情の乗った顔だろう……?



 その含まれた想いが真城に届くと同時。

 冷水を浴びせられたが如く、真城の言葉が固まった。



「……――ッ」



 それは悲しみと怒りと、憎しみと後悔が入り交じる。

 “黒隠”のグシャグシャな顔だった。



 その顔は、真城が更に続けて言うつもりだった言葉。

 『スタートラインに立てる』だとか『もう一度やり直せる』などと言った綺麗事(・ ・ ・)を、――言わせない程の迫力があった。




 “救う”とは何だろう。

 ただ命を助ける事が、ただ生かし殺さない事が“救う”という事なのだろうか?


 どうしてそんな疑問を、抱く事が出来なかったのだろう。

 今の今まで、この瞬間となってしか疑問に思えなかったのだろう。

 神崎が、そう言っていたはずなのに。


 真城の人生で訪れた好機。

 人を救えるという状況。人を救える能力。

 その二つが合わさって、目先のものに囚われて、ただ救う事だけを第一に考えてしまったからだろう。


 復讐はいけない事。

 やってはいけない。やらせてはならないという感情と、その背中を押すように来た彼女さんの言葉から……足立尊の復讐を望んでいないという確信が合わさって、ただ自分が正しいと……。

 “黒隠”に復讐をさせない事が、“黒隠”や足立尊の救いに繋がると……そんな淡い幻想を抱かせていたのだろう。


 真城の抱く“正義感の押し付け”を、真城は無意識にしてしまっていたのだと理解する。

 “黒隠”や足立尊の立場からものを考えず、……ただ一方的に。



 これが本当に“救い”なのか?

 真城が望み、したかった事なのか?


 今、この“黒隠”の顔を見て。

 それでも尚、復讐を止める事が“救い”だと。……本当にそう言えるのか?

 胸を張って、ハッキリと。



 今になってホッとする。

 本当に、あそこで言葉がつかえて良かったと。


 罪を償って謝ってそうしたら……、


『スタートラインに立てる』


『もう一度やり直せる』


 ……。


 ……あぁ、なんて無責任な言葉だろう。

 その言葉の重さを、何も理解出来ていない。



 もし仮に、“黒隠”の復讐を止めて足立尊を人間に戻せても。

 その後の人生を歩むのは、足立尊本人だと言うのに。

 そこから真城は何一つ、手助けをしないし出来ないというのに。




 突如、“黒隠”に動きがあった。

 もう抵抗しないだろうという思い込み。勘違いが隙を生む。

 気付いた時には既に“黒隠”が右手を前に突き出して、真城の眼前へと迫っていた。


「――――ッ!?」


 息を呑む真城。

 対して“黒隠”。


(……こうなりゃもう、最後の手段だ!!

 あの男の為に溜めたエネルギー……全て使ってでもこいつを絶望のどん底に!!!!


 生きていりゃあ……斃されなけりゃあ、このエネルギー……また溜めればいいだけだ!!)



 真城の身体に手が届く。

 指輪が触れる、……その刹那。


 早く動けたのは真城だった。



 勢いよく、“黒隠”の右手を薙ぎ払う。

 それは真城の直観。

 影世界から栗枝教授を助けた時と同様の、“何か”を察知したものだった。


「……あっ!?」


 右手を払われた衝撃で、“黒隠”の右手から指輪が外れて飛んでいく。

 それは後方の金網フェンスを飛び越えて、更に奥へと入ってく。


「――――ッ、この!!」


 飛んだ指輪を追いかける。

 そんな“黒隠”の動作が――隙となる。



「はあああああああああああああああああ!!!!!!」



 それは一種の、防衛本能の様なものだった。

 “黒隠”の放つ最後の攻撃。

 そこに乗せられた“殺気”にも似たもの。

 生物が死ぬ間際に見せる最後の抵抗に、真城の本能が警笛を鳴らしたものだった。


 不意に熱せられたヤカンに触れてしまった手の如く。

 突然抱き着いてきた奴を条件反射で突き飛ばすが如く。

 真城の意識とは半ば関係無い状態で動いていた。


 右手が光輝いた。

 そうして光輝きつつ、手のひらに更に光が収束する。


 “黒隠”の一瞬の隙を見逃さず、最大火力の“力”を持って、その右手を押し付ける。



 “黒隠”の絶叫があった。

 しかしそれを無視し、右手を更に押し込んだ。



「あああああああああああああああああああ……!!!!!!!!」



 最後には“黒隠”の影の身体が、実体を無くしてフェンスをすり抜け。


 真城が気付いて能力を停止した時には既に、……その奥にあった坂へと“黒隠”が転がり落ちていくところだった。



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