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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第35話 『希望の花』



 真城晴輝の初任務。

 それが真城にとって大成功であったのかは置いといて、凪原町を拠点としていた影人達。

 そしてそのリーダーであった“黒隠”の討伐に成功したのは確かな事。


 真城も桜井も、まだまだ自分の未熟さを実感した事ではあるのだが……。

 凪原町を救ったという点においてなら、これ以上は無いのだろう。


 任務終了直後には色々と受け入れがたかった結果さえ、時間が経てば少しは受け入れられるものである。




 真城達が任務から戻った後の事。

 『収拾部隊』の人達が忙しく働いたそうである。

 幸いな事に、真城や桜井の戦闘を目撃した者はいなかった。


 少し問題となったのは、研究室での出来事だ。

 “黒箱作戦”によって被害を最小限に出来たとはいえ、それでも研究所内にいた人達に関しては、対処をせざるを得なかった。


 生徒達に関しては、“影耐性”に目覚めている人がおらず、また、すぐに気絶をさせられて寝ていた為に“教授に恨みを持った者による暴力事件”に巻き込まれたのだと説明して解放したので問題も然程無いだろう。

 教授に至っても、“影無し”状態ではあるものの“影耐性”には目覚めていなかった為、そこに関しては問題なし。


 しかし教授は“黒隠”の標的であった為、色々と“不利益な情報”を持っている事を懸念した『収拾部隊』が、持参していた特殊な薬と指輪を使ってそれら情報を口外しない様、暗示をかけたそうである。


 ……一体どういう事なのか?

 まぁ副作用は無いようだし、こちらも一件落着と言っていいだろう。



……



 そんなこんなで一週間。

 あの任務終了からそれだけの日数が過ぎたある日の事。


 真城は新聞を広げながら、東京医療国立病院の屋上に立ち尽くす。


 一週間という時間。

 真城が一体何をしていたのかと言えば……、暇を持て余しバイトなどで時間を潰していたという他無い。

 何せ真城は現在、……懲戒処分。出勤停止を受けた身だ。

 真城が何をして罰せられているのかは、最早説明する必要も無いだろう。


 理由は当然、『許可なく“力”を使ったから』である。


 まぁ、出勤停止とは言うものの、外出などは問題ない。

 言ってしまえば『事態がある程度収束するまで“影狩り”本部から離れてろ』と、そんな話なわけである。



 そう言えば、真城が初任務を受ける前、突然に一週間の戦闘訓練を言い渡され、バイトの予定をドタキャンさせられた件について。

 世間が夏季休暇だの何だので書き入れ時となる中での突然のお休みは、さぞやバイト先に迷惑をかけただろう……。

 などと思い、それとなく頭をヘコヘコと下げながら真城が休んでいた合間の出来事を聞いてみたわけなのだが、……そこでは真城を驚かす事態が起きていたらしい。


 なんでも、最初の数日は休みをとっていたはずの真城から連絡がかかって来て、『体調が良くなったので出社出来ます』といった旨のことを伝えられたようなのだ。

 そしてそれ以降は普段通り、真城にもバイトをしてもらっていたというのである。


 もちろん真城にそんな記憶は無い。

 当然バイトに赴けるような状況下でもなかったわけで……。


 これは“ドッペルゲンガー”の仕業に違いない。

 何が目的かは知らないが、何やら影人が動きを見せている!!

 そう思い本部に連絡した所、これまた神崎から驚きの返答が返ってきた。


『“気にしなくていいよ。こっち色々やっておくから”って言ったでしょ?』


 と、そんなことを言われたのである。

 どうやら、真城のバイト先が困らないように影武者なるものを向かわせてくれたらしいのだ。

 一体どうやって?

 だとか、メイクするにしてもバレるだろ?

 だとか、そもそも言動からバレるでしょ?

 といった疑問点を置き去りに、全て完璧にこなされたようである。


 ……恐ろしいことである。

 今度、何がどうなってそうなれているのか、原理を詳しく聞きたい所存である。

 

 とまぁ、そういった話は置いといて……。

 懲戒処分の話に戻ろうか。



 真城が“力”を使用した際の証拠映像は、『支援部隊』の監視衛星と監視カメラがバッチリクッキリ捉えていた。

 “黒箱”によって包まれた研究室内での出来事も、『影世界専門部隊』が持っていたカメラにしっかり映像が残っている。


 当然その証拠映像を見た者は、あまりの出来事に驚きを隠せずにはいられない。

 何せその映像……特に“黒箱”内の出来事では、“フェイズ3”の影人が影と人間に分離する瞬間が収められていたからだ。


 真城の“力”の効力も、外す事の出来ない代物だ。

 真城が研究室内で討伐した“フェイズ3”の影人達。彼ら三体を斃したにも関わらず、解放された被害者が昏睡状態に陥らないその事実。

 それは、『影人“フェイズ3”以上に成長してしまった被害者を助ける術はない』といった定説を覆すには十分なものだった。


 真城の起こした事象。

 その数々は、神崎が懸念した様に……“影狩り”のこれまでの有り様を、大義名分を揺るがす事態となっていた。


 証拠映像は流出、拡散し、噂を耳にした人が次々とやって来る。

 真城の任務終了時。それから一時間もしない内に、“影狩り”本部全ての人々に伝わった。



 そうして最後の最後には、神崎や一ノ瀬、九条などが考えていた“面倒事”も起きる始末。

 結果、真城をその“面倒事”から逃がす為、こうした処置がなされたと……そんなわけ。



「はぁ……。

 まさかあんな事(・ ・ ・ ・)になるとはなぁ」


 真城は溜息をつきながら起きた事を思い出す。



~   ~   ~   ~   ~



『“影狩り”に貴様は必要ない!!』


 面と向かって真城にそう告げて来たのは“影狩り”本部食堂で一度だけ見た男。

 軍服を思わせる黒いコートと、足元にまでとどく大きなマント身に付けた“過激派”と言われる集団をまとめ上げるリーダー格。西郷正義(さいごうまさよし)であった。


 そしてその西郷の言葉を皮切りに、後ろに続く隊員達も声を荒げる。


『その通りだ!!』


『影人は俺達の手で始末する!!

 お前の“力”なんぞ、はなっからお呼びじゃねぇんだよ!!』


『影人は全員ぶっ殺す!! 邪魔なんだよその“力”!!』



 神崎の懸念。

 それは影人をその場で処理出来る、大義名分が消える事。

 大義名分が消える意味。

 その事を、真城は改めて理解した。


 初め、ただ言われているだけの内はまだよかった。

 問題だったのが、そこから更にエスカレートしていって極論に達した事。



 影人は悪である。

 そんな影人を生み出した人間も同様に悪である。

 助ける価値なんてありはしない。

 寧ろそんな事よりも、今を生きる人間を助けるべきである。

 影人を殺せるなら殺すのが当然だ。

 もしそんな影人を生んだ人間さえ助けるのだとすれば、俺達ただの“影狩り”は影人にトドメを行えない。

 影人を斃さず捕縛して、真城の“力”を待つしかない。

 ……そんなもの、非効率なだけである。

 もしそこで、影人に逃げられでもしたらどうなるか?

 余計な被害者を増やすだけ。


 影人をその場で殺すには、真城の“力”は不必要以外の何者でもない。


 そんな“力”があるのがいけない。

 影人を生み出した悪の人間を、救う手立てがあるのが悪い。

 そんなものがある所為で、今後影人を殺す手を止める事になるのなら……。



『殺そう、この男を』


 それが一番手っ取り早い。

 邪魔な“力”を持った男。真城晴輝が死んでしまえば、その“力”も永遠に消え失せる。


 真城晴輝一人死ぬだけで、今後の未来。

 より多くの人間を、影人から救えるはずなのだ。




 “過激派”が蠢く。

 真城の逃げ場を断つように取り囲む。



 流石の真城も、殺されるのを覚悟した。



~   ~   ~   ~   ~



 結局その事態は神崎と一ノ瀬の手で治められ、真城も九条によって助け出された。

 あの時の“過激派”達の殺気だった目は、当分忘れられそうにない。


 あれから一週間が経ち、今も神崎さんが事態の収拾に動いている。

 神崎さんから、「収束出来た」という連絡もまだ貰ってない。


 あんな事態になった後で、真城はちゃんと“影狩り”に戻る事が出来るのか?

 その不安感が拭えない。




 少し現実逃避をする様に、広げた新聞に目を通す。

 真城の読んでいる内容。それは真城の任務先だった凪原大学の事が乗っていた。


『桜の木、倒れる』


 それは新聞に記載された一つの記事。

 凪原大学にある桜広場に植えられた桜の木。

 中央にあり、“黒隠”が守っていたあの桜の木。

 その桜が根元から折れたらしい。


 詳しい原因は不明。

 調べによると桜の木の根元が大きく腐っており、それが原因という見方が強い。

 真城と桜井が見た時はそのようには見えなかったが……、倒れたというのなら何かしらの原因はあるのだろう。


 真城が“黒隠”、足立尊の最期を見送って桜広場を後にする際に聞いたメキメキといった音。

 あれはもしかすると、桜が倒れる前兆だったのかもしれない。


 平日とはいえ夏休み期間中。

 加えて桜広場は閉鎖され、人が近寄れないことが相まって怪我人はいなかった。

 校内を徘徊中の教員が突如メキメキという轟音を聞き、駆けつけた事で発覚したものらしい。


 まぁそれだけであったなら、わざわざ記事にはならない案件だろう。

 問題となったのは寧ろその後。

 倒れた桜の木を撤去しに来た業者の方々が、腐った桜の木の根っこを掘り起こしたその時だ。


 桜の木の根元から、白骨化した遺体が発見されたのだ。


 埋まっていた衣類やバック、そしてDNA鑑定の結果により、それは当時大学一年生として凪原大学に在籍していた靖田優沙(やすだゆさ)さんである事が判明した。


 靖田優沙は当時、雑誌のモデルとして活動しており大学内にも密かなファンがいたらしい。

 容姿端麗、才色兼備と、モデルである事を除いても人気があり行方不明となった際にはかなりの話題となっていた。

 知名度がある事からストーカー、或いはファンとの事件性が疑われ、行方不明となった際には直ちに捜索が開始されたものの、一向に手掛かりが見つからず捜査も打ち切られていたようだ。


 そんな靖田優沙の発見は、ここ数日のニュースにもなっていた。

 そして更にこの件を賑わせた一番の要因。

 それは……。

 靖田優沙の遺体と一緒に発見された物。

 ボイスレコーダーに残されていた音声だ。


 本来、ボイスレコーダーというものは湿気に弱く、四年間も土に埋まってしまったら中がカビや錆びに犯されてデータを取り出すことは不可能なはずである。

 しかし今回、奇跡といっていい程に状態が良いままに埋まっていたおかげなのか、データのサルベージに成功した。


 肝心の音声データ。

 それは、靖田優沙と栗枝環樹教授の肉体関係を決定付けるものだった。



 この事によりこの事件、栗枝教授に疑いの目が掛かる。

 事件の関与。その事に対して警察が、栗枝教授の自宅へと訪れて事情聴取をした際に家宅捜索を実行。

 数十点に及ぶDVD、ビデオテープを押収した。


 押収したデータに入っていたもの。

 それは、様々な未成年女性との援助交際時の記録。

 隠し撮りしたポルノ映像などだった。

 中には、現在凪原大学に在学中の女学生との記録もあったようである。



 それにより、すぐさま栗枝教授は逮捕される事となる。

 罪状はポルノ所持。

 また、靖田優沙の殺害と死体遺棄の件。

 これも肉体関係からの話のこじれによる犯行だと断定し、今後調査する見通しなんだとか。




『栗枝環樹、逮捕!!』


 その見出しは、新聞の一面に掲載されていた。

 とある学会での有名人。

 数年前から少しずつ注目を集めていた、話題の人物が逮捕され、世間に衝撃が走ったのは言うまでもないだろう。



……



「はぁ……」


 真城は新聞をたたむとまだ蒸し暑い夏の空気に意識を戻し、もう一度重い溜息をついた。


 靖田優沙(やすだゆさ)

 それは真城も知った名であった。

 真城が本部から貰っていた行方不明者リスト。

 その中に記されていた名前の一つだったからである。


 “影狩り”の調査でその靖田優沙(やすだゆさ)という人物が、足立尊と恋人関係であった事を聞かされた。

 それにより“黒隠”の言っていた言葉が合致した。

 別に疑っていたわけでは無かったが……、“黒隠”の言っていた話が真実であったと理解して、……同時に“黒隠”があの桜を守っていた理由にもある程度合点がいく。



 真城が助けようとしていた人物。

 栗枝環樹の背景を改めて理解して……。


『本当に、こんな人間を助けるべきであったのか?』


『“黒隠”や足立尊の無念を晴らす為、復讐させてやった方が良かったのではなかろうか?』


 そういった思いも出て来るが……真城はそれを、首を動かし振り払う。


 それはそれ。

 これはこれ。


 例え栗枝教授が悪人であったとて、個人的な復讐を許す動機には成りはしない。

 栗枝教授は、これからちゃんと法の下で裁かれる。

 それこそが、真城の望んだ事である。



 ……それにしても。


「桜の下から死体が出て来る、ねぇ」


 “桜の木の下には死体が埋まっている”。

 それは何か有名な小説だかのフレーズにして都市伝説。


 神隠し。ドッペルゲンガー。

 そして東京の秘密地下鉄に今回と……。


 今の真城なら、次にどんな都市伝説が真実だと言われても驚かない。

 そんな根拠の無い自信さえ持てる。


 やれやれと、また溜息をしようとして止める。

 あまり溜息ばかりしていると幸せが逃げるといったお話を思い出す。

 いつもの真城なら気にも留めないが、“黒隠”が“運気操作”なるものを持っていた事からも、“運気”は実際にあるものなのだろうと改める。


 世界はまだ、真城の知らない事で溢れている。

 ……まぁそんなところだろう。




「ここにいたんだ」


 真城が妙な感慨にふけっていると、突然背後から話しかけられる。

 驚いて意識を現実に引き戻して振り返ると、そこには桜井が立っていた。


「どうしてここに?」


 真城は桜井に問いかける。

 その意味は、決して“どうして屋上に上がって来れたのか”ではない。

 そんな理由は決まってる。真城と同様に、影を操作してドアの鍵を開けたであろう事は想像に難くない。

 そうではなく、どうして謹慎中の真城の居所を知れたのか?

 それがこの問いの意味である。が……。


「神崎さんから聞いたんだよ。

 真城君ならきっとここだろう、って」


「あぁ……」


 真城がここにいる理由。

 それは神崎から“ある情報”を貰った為。

 そうであるのだから、神崎が真城の居場所を知っているのは当然と言えば当然か。


「本部で聞いたよ。

 晴輝くんの持つ“力”についてと、“影無し”の本当の理由……」



 どうやら真城が本部から追い出されている間に、真城晴輝という人物についての説明がなされたのだろう。

 真城が“影無し”の理由。

 それは歓迎会の時にも説明していたが、あれは真実の話ではなく真実を隠す意図ではぐらかされた内容であったのだ。

 確か真城の“影無し”は、特殊な状態だの特殊な事例といったように説明されていたはずである。


 それが今回は、ちゃんとした真実として説明をされたのだろう。

 歓迎会の時には話さなかった、真城の“力”についての説明と一緒に。


「話で聞いた“灰”って存在はよく分からなかったけれどね。

 まぁ実際問題、それで晴輝くんが“力”を貰って影を失ったわけだ。

 ……本当なの?」


「はい」


「ふ~ん……。そっかそっか」


 真城からの答えを聞き、一人納得した様に頷く桜井。

 それでもう自分がここに来た理由は無くなったと言わんばかりに一転して雰囲気が切り替わる。



「……その記事、見てたんだ」


 桜井が話題を変える様に、真城が手にした新聞を見つけて聞いてくる。


「……はい。

 まさか“黒隠”の復讐しようとしていた栗枝教授が裏でこういった事をしているとは思ってもいなかったですが……」


「そうだねぇ~。

 これは完全に女の敵ですよ、まったく」


「……ははは」



 少しの沈黙が流れる。


 そうして、少しして。



「……人助けって、難しいですね」



 そう真城は呟いた。


「へ……?」


「俺のアパートで、どうして俺が“影狩り”に入ったかの話をしたのを覚えてます?」


「う、うん」


「俺、その時は恥ずかしくてちゃんと言わなかったんですけど、……“人を助ける仕事”がしたくて“影狩り”に入ったんですよ。

 この“力”もそう。

 友人を助けたくて貰った“力”だったんです」


「……それで“灰”ってのと取引したんだ」


「はい。

 この“力”があれば人を助ける事が出来て、“影狩り”の役に立つ……そう思っていたんですけれど。……中々上手くいかなくて。

 桜井さんが言っていた“過激派”にも、随分な事を言われちゃいましたし……」


 はぁ、と肩を落とす真城。

 先程溜息は吐かない方がいいなとか思っていたのに、結局またこれである。


「あぁー……。

 あいつらは仕方ないよ。

 そういう連中はほっとけば。


 それよりも、自分のしたい事の方が大事でしょ?」


 桜井からの励ましの言葉。

 それで少しは気持ちが軽くなる。が、それでも……。


「でも栗枝教授の記事を見て、ほんの少し気持ちが揺らいじゃって……。

 『本当に助けるべきだったのか?』『“黒隠”の復讐をさせてやるべきだったんじゃないのか?』って。


 俺は最後まで“黒隠”の復讐をやめさせようとしたけれど、……結局それだって『復讐は止めるべきだ』とか『彼女さんはきっと望んでいない』とか、そういった無責任に言葉を只々重ねる事しか出来ませんでした」


 綺麗事を並べただけじゃ、人の心は救えない。

 その事を強く実感し、『じゃあどうすれば良かったのか?』という答えが今尚浮かばない。


「やっぱり俺は、人を助ける……ヒーローのような存在には、なれない人間なのかもしれません」



 医者になれさえすればいい。

 医者にさえなれたなら人を救えると、本気でそう思ってた。

 でも真城には医者になれる程に頭が良くないから医者にはなれないし人だって救えない。

 ……そうやって、現実を逃避してたのに。

 結局医者になれたとしても、真城には人を救えないのだと。

 そういった、知りたくも無かった現実に直面した気分だった。



 ガックシと落ち込んでいる真城を見て桜井は、


「ヒーローかぁ~。

 蘭ちゃんみたいな事を言うねぇ、晴輝くん」


 と、少し茶化して見るものの……。

 それで真城が立ち直るわけも無い。


 やれやれと、軽く頬をかく。




「お姉ちゃんには、晴輝くんの抱える“人助け”ってのがどういうものなのか良く分からないけどさ」


 胸を張り、フフンと軽くドヤ顔を決める桜井。

 いつか食堂で見た桜井の『お姉ちゃん』呼びを聞き、そういえば桜井にはそんな属性があった事を真城は思い出す。


「さっき言ったじゃん?

 栗枝教授は女の敵だ~、って。


 私はきっと止めなかったよ?

 “黒隠”の復讐。……まぁ実際は事情を知らなかったから止めちゃってたけどさ」


 桜広場で“黒隠”の出していた提案。

 復讐以外には興味がないと言った“黒隠”との交渉。

 あの時は確かに桜井も“黒隠”の意見に反対していたが、事情を知っていれば止めなかったという事を言っているだろう。


「……でも、晴輝くんは違うでしょ?

 理由はどうあれ、結局最後は栗枝教授を助ける為に動けたわけじゃん?

 栗枝教授の背景を知って尚、助ける事を選べるわけじゃん?


 なら、少なくとも私よりは……ヒーローに向いているんじゃないかな?」


「…………、」



 真城はそれを聞き、ほんの少しだけ……救われた気がした。

 お姉ちゃん属性だの何だのと、内心では小馬鹿にしていたが、どうやら本当にそういった属性でもあるらしい。


 桜井に慰められた事に照れて目を逸らす。

 気恥ずかしくなったので話題を変えようと試みる。



「……そ、それにしても色々な影人がいるんですね。

 俺が初めに会った友人の影人にも言えるかもしれないけど、ただ人間の身体を乗っ取って好き勝手するわけじゃなく、本来の人間が出来なかった事を引き継いで行動するような……。

 例えば今回の“黒隠”の復讐みたいな、足立尊さんの考えを受け継いで代わりに実行しようとするような……そんな影人もいるんですね」


 

 真城は初めに影人という存在を聞いた時、“私利私欲で好き勝手する悪者”のようなイメージを抱いていた。

 そしてだからこそ、桜井の目的である『仲良くなりたい』といった考えに対して疑問があった。


 しかし実はそうじゃないのかもしれないと今回は思わされた。

 影人も悪人などではない、歴とした一つの存在であり、人間ともあまり変わらない存在であるのなら……確かにその桜井の夢だって可能かもしれないと、今ならそう感じれる。


 まぁそれでも、影人が生まれるという事はその本人が何らかのストレスに悩んでいるとい事なのだから、生まれないに越したことが無いのは事実だが……。



「そりゃあそうだよ。

 影人さんにとっても他人事じゃないからね。

 産まれてこの方ず~っと一緒にいる双子みたいなものなんだし、そんなもう一人の自分が現実でひどい目にあってるのを見ていたら、平気でいられるわけじゃない?

 そうやって、自分を助けてあげたい。……って考えちゃう影人さんだっているわけよ」


「…………、」


 影は産まれてからずっと一緒にいる双子。

 ……そういう考えもあるのだろう。


 真城は静かに、足元へと目を移す。

 そこには真城の影は無い。

 真城の着る衣類の影のみが、不自然な影として出来ている。


 真城の双子。

 真城の影。


 そんな産まれてからずっと一緒にいたはずのものは、もうここには無い。


 影には。

 影人には、意思がある。


 真城の影は今、どこにいて、何を思っているのだろう。

 少なくともそんな影を切り離す事を良しとした真城には、良い感情を抱いていないだろうけど……。



……



「……それじゃあ、もう私は帰るね」


 真城との会話が一段落したことを見て取って、桜井は身を翻す。


「あれ? ここに来た目的は……」


「あぁ、それならもうすんじゃった」


 てへっと可愛らしく舌を出す。


「晴輝くんも元気になった様で良かったよ。

 最初ここに来た時は、随分と落ち込んだ顔をしてたからさ……。


 そろそろ謹慎も解けるだろうから、いつまでも落ち込んでたら大変だろうし」


「あ、いえ……その。

 ありがとうございました。

 何か変な相談に乗ってもらっちゃって……」


「ふふふ。

 いいよいいよ。

 何せ、私の方がお姉さんだからねぇ~、後輩の相談事なんて何でもないよ」


 それじゃ、っと小さく手を振り屋上を去っていく桜井。

 もしかすると何か気を使わせてしまったのかもしれない。


 真城も小さくお辞儀をして返すと、腕時計を確認する。



 目的の時間。

 真城がここ、東京医療国立病院に来た理由。

 

 その目的の時間が迫っていた。



「そろそろ行かないと」


 真城も急いで支度する。

 持っていた新聞を小さく綺麗に折りたたみ、ポケットへとしまい込む。


 そうして準備を整えて、真城も屋上を後にした。



……


…… ……



 真城が向かった先。

 それは、とある病室。


 そこで入院してるのは、三名の患者である。



 増田京兵(ますだきょうへい)

 杉谷美春(すぎたにみはる)

 松田椎菜(まつだしいな)



 そう。

 それは、“黒隠”こと足立尊(あだちたける)

 大柄の影人こと安部春緒(あべはるお)の二名以外。


 “フェイズ3”の影人に乗っ取られ、真城が助け出した者達だ。



 ここは特別病棟。

 影人によって被害を受けた者達が収容される地下。真城や原田が運び込まれた場所での治療を終えた者、或いは“二つの選択”で日常へ帰ることを望んだ者などが移される地上の病棟。

 退院する患者を保護者へと受け渡す為に用意された場所である。


 影人からの被害によって秘密裏に運び込まれた患者達の存在は、例え東京医療国立病院に在籍する一般の医師でさえ知り得ない。

 にも関わらず、治療を終えたからとはいえ影人の事を知らない一般医師が働く病棟へと患者を移してしまえば、資料上の問題を含めあらゆる箇所で“違和感”が浮き彫りになってしまう為、このような特別病棟が必要とされたらしい。

 浮き彫りになる“違和感”。それをなるべく最小限にする為に。

 表向きは普通の病棟。しかしここで働くのは影人の存在を知らされた医師達だ。



 本来であればこの病棟を経由して退院する患者は、影人によって外的な傷を受けた者。或いは影人が“フェイズ2”の時の状態で運良く“影狩り”に救われた者などが該当し、今回のような“フェイズ3”状態から回復し社会復帰を果たすのは異例。

 原田一喜での件を含めても、まだ二回目の事である。


 因みにだが、原田は既に退院済み。

 ちょうど真城が戦闘訓練に励んでいる時に治療が終わり、家族の下に返されたらしい。

 まぁ、記憶喪失である事は未だ完治せず社会復帰を果たすのはまだまだ先になりそうではあるのだが……。



 影人に襲われた人間が時折発現させる能力。“影耐性”。

 それは今回の三人の患者に現れてはいなかった。

 その為今回は“二つの選択”は行わず、影人に関する説明もしていない。


 影人に意識を乗っ取られていた所為なのか、或いはただ記憶が混濁しているだけなのか。

 それは現状分からないが、少なくとも“そういった情報”を覚えているのかどうなのか、遠回しな質問を幾つかしてはみたものの、結果は“白”であったらしい。

 一応今後思い出す可能性も考慮して、しばらくは秘密裏に監視を付ける事として退院の許可が下りたらしい。

 え、監視?

 とも思ったが、それで退院出来るなら仕方がないと今は納得する事にする。



 原田一喜の一件で問題となった後遺症。

 それは今回の患者にも表れた。


 増田京兵(ますだきょうへい)は、左目の失明。

 杉谷美春(すぎたにみはる)は、右手右腕の痛覚消失。


 しかし同時に、新たな発見もあった。

 真城がこの特別病棟に来た理由。わざわざ神崎から情報を貰ってまで訪れた、その理由。




「一体今まで何処に居たの!!

 こんな年になってまで親に心配なんてかけさせて!!」


「……ご、ごめんなさい。お母さん」



 真城が病室に近づくと、親子の会話が聞こえてきた。

 松田椎菜(まつだしいな)

 真城がバイトをするコンビニで世話になった松田実里(まつだみのり)さんの一人娘。

 その、松田椎菜と松田実里の会話だった。



 今回見つかった新たな発見。

 それは、松田椎菜に後遺症が無かった事。


 それは“影狩り”の神崎並びに、真城を驚愕させたものだった。



 遠目で確認する親子の抱き合う姿を見て、真城はそっと胸を撫で下ろす。

 松田椎菜の失踪。それによって心を痛めていた松田実里の存在は、ここ最近常に真城の頭にあったのだ。

 謹慎中、バイトで見かけた松田実里の顔には疲労の色が見て取れた。

 聞けば父親を早くに無くし、女手一つで育ててきた実の娘であるらしい。

 そんな娘の失踪に心を痛めるその姿を、真城は正直見ている事が出来ないでいたのである。

 だからこそ今回松田椎菜が退院すると知り、神崎に無理を言って退院の日時を聞いていた。全てはこの再会を見る為に。

 松田実里の下へと松田椎菜を返す事が出来たという、真城にとっても大きな成果を目に焼き付けて、今後の糧にする為に。



 “フェイズ3”の影人に“力”を当てた時。

 或いは“黒隠”と戦っていた時に覚えた違和感を、真城はもう一度思い出す。


 影人の肉体を無理やり引き裂くような、ブチブチとした音や感覚。

 それは思い出せば、原田の影人の時でさえあったような気さえする。


 その感覚が、どうしてか松田椎菜の影人。女の影人に“力”を当てた時にはしなかった。


 もしかすると、“それ”が影人から被害者を助けた際の後遺症の有無と関係しているのかもしれない。

 ……もし、そうであるのなら。


(“フェイズ3”になった人達も、ちゃんと救ってあげられる!)


 後遺症さえ出さないで、ちゃんと救い出せるはず。


 “黒隠”足立尊を助ける事が出来なかった。

 大柄の影人、安部春緒も同様だ。

 そして、“フェイズ3”となった人達も、後遺症無しでは救えないとも思っていた。

 この“力”は“影狩り”の“過激派”達には疎まれるものらしい。


 そんな絶望にも似た、出口のない泥だらけの道の中。

 真城は、希望を見た気がした。


 ……希望の花を、見つけた気がしたのである。



 真城の頬が緩む。

 目の前に見えた希望の光に、思わず真城の顔に笑みがこぼれる。

 無言で拳を握り、ガッツポーズを決める。


 これでやっと前に進める。

 真城の進んだこの道は、決して間違った道ではない。

 人々を救う為、着実に前へと歩んでる。



 真城は特別病棟を後にする。

 胸に希望を抱いたまま。


 増田京兵と杉谷美春の犠牲だって無駄にしない。

 その犠牲を糧にして、なるべく早くこの“力”の使い方をものにする。


「頑張るぞ!!」


 真城の歩みは止まらない。

 “夢”に向かって進んでく。



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