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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第26話 『最後の作戦』



 真城の操る黒煙内。煙幕の中での決戦。

 真城は全力で大柄の影人と対峙していた。


 全身“影纏い”。

 それに加えて、何重にも膨らんだ真城の拳。

 理由は付けたグローブに大量の影を纏っている所為だ。

 しかもそれだけに止まらない。

 足元。靴の裏にも影を潜ませ、如何なる攻撃をも躱す準備を整えた。


 縦横無尽。

 やたらめったらに襲い来る“念動力”の圧力に耐えながら、大柄の影人が見せた隙へと的確な打撃を加えてく。

 今の真城に、生半可な“念動力”など意味が無い。

 本来の真城であったなら、全身“影纏い”をするだけで、全ての影を使用する。

 しかし今はそうではない。

 ここら一帯を覆う黒煙。その煙幕が生み出す影も、真城は現在利用可能。

 影など使いたい放題だ。


 真城の足元が揺らぐ。

 それは大柄の影人が操る“念動力”の前兆。


 真城が飛び退くと同時、元居た真城の足元に土の槍が隆起した。

 更に続けて数度、真城の飛び退いた所を追う様にして土の槍が隆起する。

 しかしそれでも、真城は何も動じない。


 地面を蹴る。

 足裏の影をバネの様に変化させ、勢いに乗せて大きく跳ぶ。

 高さはざっと二メートル。

 そこから着地する場所は、なんと渦巻く黒煙上。……そう、未だに揺らぎ渦巻く煙幕に、真城は飛び乗った。

 

 驚く大柄の影人を視線に捉えながら、まるでサーフィンでもする様に黒煙上を滑走する。


 その原理は、体育館で戦った女の影人が行っていた移動法を真似たもの。

 あそこで得たアイデアを真城なりに工夫した。


 女の影人は自身の“加速”を使用中、方向転換する際に影を使って足場を形成させていた。

 ……そう。

 硬化した影を空中に固定すれば、それは足場になるわけだ。


 真城が飛び乗った黒煙上。

 その黒煙を形成する小さな粒。そしてそれに纏わす影を操り、真城の足元にのみ足場を生成。その他流動する黒煙の流れに身を任せ、円筒状のエリア内を移動する。

 限られたこの空間内を最大限に利用する戦法だ。


 大柄の影人がそれに対して土の槍。或いは泥団子を投げて寄越すが意味はない。

 流れに乗って移動する真城へと、命中させるだけでも難しいのである。

 加えて真城は、円筒内を立体的に跳び回る。


 真城は今、この戦場。

 円筒内における制空権。それを、完全に掌握していた。


 上手く大柄の影人の後ろへ回り込めたなら、隙を見て攻撃を叩きこむ。

 大柄の影人が攻撃を仕掛ければ、再び黒煙に乗って逃げ回る。


 例え一対一の攻防。ただの殴り合いであったとしても結果は真城が優勢だ。

 それは今までの戦いでも明らかだ。


 驕りではない。

 慢心でもない。


 ただ事実。

 こと戦闘技術。体術において、真城は大柄の影人を完全に凌駕していた。




 ……しかしそれでも、大柄の影人を斃せるかと問われれば別の話だ。


 真城の与えた傷。

 その全てが、まるで無かったかのように回復する。――“再生”の異能力。


 単純な肉弾戦であれば、真城有利のまま片が付く。

 だがそれを、大柄の影人は許さない。


 どれだけの攻撃を加えても意味が無い。

 それこそ“再生”の回復力。回復速度を上回る程の攻撃をしなければ……。



 結果、それによる膠着状態が続いている。

 決着が付かない。


 その状況を見て真城は内心舌打ちするが、しかし悲観することも別に無い。

 この作戦は、あくまでも時間稼ぎが目的だ。

 桜井の行動時間をどれだけ確保出来るのか。それがポイント。


 言って見れば、真城は大柄の影人に攻撃する必要さえ特に無い。

 大柄の影人を煙幕内に止まらせる。それさえ出来ていれば問題ない。


 では何故、真城は大柄の影人に攻撃をしているのか?

 それは単純に、大柄の影人の意識を真城に向けさせる為に他ならない。

 後はまぁ、“再生”についての情報確保。

 ついでに“再生”を使わせることで脳の処理限界でも来ないかなぁ~、ぐらいのものである。



 そんな戦闘の最中。

 ついに終わりの時が来る。



(くそ……、ここまでか)


 真城の乗る黒煙が。

 円筒状に渦巻く煙幕が。

 その色を、次第に失ってゆく。


 戦闘補助アイテム“煙玉”。

 それが生み出す黒煙が色を無くすタイムリミット。

 その時がやって来たのだ。


 無色透明となった小さな粒子。

 それはもはや、煙幕の役割を果たさない。

 加えて影も生み出さない。


 真城の操る影。

 その制御を外れた粒子達は霧散する。

 風に煽られ、風に乗って散り散りに。


 瞬間、大柄の影人の姿も消え失せる。



「――ッ!? しまっ――――」



 ……



 桜井と“黒隠”との戦闘中、桜井が視界の片隅に捉えていた黒煙が霧散する。


 同時。

 桜井は自身の眼前。視界の先の空間に、奇妙な揺らぎを感知する。


「――ッ、おわっと!?」


 後方へ飛び退く桜井。

 瞬間、桜井の元居た場所。顔のあった場所を回し蹴りが通り過ぎる。


 大柄の影人が、転移をして来たのである。


 “黒隠”を守る様に構える大柄の影人。

 それを見て取り、桜井も今一度距離を取る。

 “黒隠”と大柄の影人が合流した。

 ならばここで、桜井が尚も粘る必要は無い。


 後方から、真城が駆けてくるのが見えた。

 “黒隠”と大柄の影人への警戒は緩めずに、桜井も後退して合流する。


「……どうでした?」

 

 合流の直後、真城からそんな質問が飛んでくる。


「うん。なんとかね。

 ほとんど予想ありきになっちゃったけど……、“黒隠”の能力は“記憶操作”と“運気操作”の二つかな。

 まだ何か隠してるかもだけど、使わせる事が出来なかったや。……ごめん」


 そんな真城へと、現状で知り得た情報を共有する。


「いえ、仕方ないですよそこは……。

 煙玉の時間制限とはいえ、俺もあまり足止めが出来ませんでしたから」


 桜井の謝罪。

 それに対し真城も頭を下げた。


 煙玉の件は仕方がない。

 時間制限があったなど、そんなの元から分かってる。

 真城にもっと力があったなら或いは、煙幕が消えて尚も大柄の影人を足止め出来たはずである。……もっと時間を稼げたはずなのだ。



「どうしましょう……?」


 今後の行動。

 作戦の内容について真城は問う。

 その言葉には、少しばかりの不安の気持ちが宿っていた。


 正直、もう真城には打つ手が無い。

 “力”を使えば或いはとも思えるが、それにしたって勝機が薄い。

 何より、大柄の影人を斃せるビジョンが見えない。

 体術では勝っている。攻撃も当てられる。しかし勝てない。

 “再生”を超えられない。


 それだけでは無い。

 確かに体術で言えば勝てている。しかしその一撃一撃は大柄の影人の方が勝っている。

 “肉体強化”。筋力を倍加させる様な能力に、真城の硬化が耐えられない。

 攻撃を躱す事は出来ても、受けきる事が出来ないのだ。

 今は躱せるというだけ。……いずれは疲労から限界がやってくる。

 大柄の影人には“再生”があるのだから、体力だって無尽蔵と言えるだろう。

 

 結局、時間が経てば経つ程に、真城達が不利になる。

 その状況は変わらない。……覆らない。

 大柄の影人という大きな壁を超えられない。


 “黒隠”だけなら或いはと、そう考える事も出来なくない。

 しかしやはり無理である。

 “黒隠”を守る様に構える大柄の影人。

 純粋な戦闘能力と厄介な異能力。

 それを越えねば、そもそも“黒隠”に届かない。

 攻撃が、……当てられない。



 ……しかし、



「……作戦はある」


 桜井はそう言った。

 真っ直ぐに、倒すべき敵を見ながら、そう言ってのけたのだ。


「まずは、――」


 と言って語り出す。作戦の全容。

 それは簡単なものだった。

 簡潔なものだった。

 小難しい作戦など必要ないとばかりに。

 ただ合図と、やることのみを一方的に真城に告げる。

 その間わずか十数秒。

 そうして桜井は、真城にある物を手渡してから駆けてゆく。

 “黒隠”と大柄の影人へと向かってく。――最後の作戦が開始する。


 自身らが動ける内に。

 出来る限りの行動を起こす。


 そう。それは、自身らの体力との戦いでもあるわけだ。



……



 桜井と真城の動きを感知して、大柄の影人が前へ出る。

 それは“黒隠”を守る為。

 そして“黒隠”の敵を殲滅する為に。


 ドッ、と勢いを付けて動き出す。

 もう二度と“黒隠”へは近づかせん。

 もうそれ以上、……近づかせまい。


 “黒隠”をその場に残して、大柄の影人は転移する。

 真城と桜井の、目的を阻む為に。




 大柄の影人が二人の前に転移してくる。

 それを二人は迎え撃つ。


「らああああああああああ!!!!」


「はああああああああああ!!!!」


 声を張り上げ、真城が右拳を叩きこむ。

 桜井が、警棒を縦に振り下ろす。

 しかしそれを大柄の影人は硬化させた影で受け止める。

 更に“念動力”を発動し、上から下にまるで重力の様な圧力をかけて押しつぶす。

 ズンと大柄の影人の手前の地面が数センチ下へと凹む。

 だが、その“念動力”を受ける前。真城達は左右へと身を捻って回避する。

 

 左側へと逃れた桜井。

 身を捻った動きを利用し、その遠心力のまま警棒を横に薙ぐ。

 警棒の先には影の鞭。

 ブオンと風を切る一撃を、大柄の影人へとお見舞いする。


 それを見た大柄の影人。

 自身の周りの土を寄せ集め、土壁を築いてガードする。

 しかし、そこで桜井が攻撃を止めない事も理解している。

 土壁で弾いた影鞭が行動を起こすより先に、土壁を形成する土を一部利用。いくつかの泥団子を作るとそれを桜井へと投げつける。


「――ッ!?」


 突如飛来する泥団子。

 桜井を回避行動に専念させる事で、影鞭の操作をさせない魂胆だ。

 

 それだけでは無い。

 土壁へ、真城が向かっている事も見えている。

 今一度土壁を破壊して土煙を上げる算段であるのだろう。

 しかしそれも想定内。

 同じ過ちは犯さない。その為に、桜井の影鞭の二段攻撃目。それを躱すのではなく阻害した。今度は“念動力”圏内から土壁が出ないように。

 大柄の影人は素早く“念動力”を操作する。

 真城の打ち込む拳。その一撃を、避ける様にして土壁に穴を空ける。



「――なッ!??」


 驚く真城。

 そんな真城の打ち込んだ右拳を。

 土壁に突如空いた穴を通り抜ける形となった右腕を。

 穴を素早く閉じる事で捕縛する。


「このッッ!!」


 真城は勢いよく右腕を引っ張るが、土の壁から引き抜けない。

 力任せに左拳を打ち込むが、土壁が纏う影が硬化し砕けない。

 ただゴンと、金属がぶつかる音が響くだけ。


「晴輝くん!?」


 桜井が泥団子をよけながら、心配そうな声を上げる。

 しかし真城は『大丈夫!!』と口にする。


 もう一度、左拳を構え直す。

 

(……“力”は使わない約束だけど。バレなきゃ問題無いはずだ……よな!!)


 土壁に埋まった右腕に力を込める。同時に“力”を軽く起動する。

 土の中、真城の右拳の発した光は目視出来ない。

 それは幸いな事。

 “力”をなるべく抑えた事も理由だろう。


 しかし効果はあった。


 真城の右腕を覆う土。

 その表面を覆う様に硬化されていた影の膜が引いてゆく。

 真城の右腕を避ける様に。

 真城の“力”を避ける様に。


 瞬間。真城はもう一度、左拳を打ち込んだ。

 影の硬化が引き、ただの土壁となった場所を目掛けて。


 ドゴオッ!!


 真城の右腕を捕らえていた土壁が、打ち込んだ左拳の勢いに乗せて吹き飛んだ。

 真城は右手を引き抜くと、そのまま後ろへ後退する。

 距離を取り、体勢を整える。


(よし!! 上手く行けた!!)


 真城は内心ホッとする。

 しかし逆に、



(なんだ、今の違和感は……?)


 大柄の影人は、今まで感じた事の無い不自然さを身に感じて停止する。

 それは操っていたはずの影の制御権を奪われた様な。

 或いは、きちんと制御下においていたはずの影の制御を、無理やり引き剥がされたかの様な感覚。

 

 

 遠目から眺めていた桜井には、真城が土壁を粉砕した瞬間から不自然に動きを止めた大柄の影人が見て取れた。

 何故動きを止めたのか?

 その理由は分からない。

 しかし、それが好機である事は理解した。

 桜井は泥団子を躱す足取りを速めると一直線。“黒隠”の下へと走り出す。



「――ッ!?」


 桜井の突然の行動。

 それを見て、瞬時に我に返った大柄の影人は『させるか!』と、桜井の行く手を阻む為に“瞬間移動”を使用する。


 桜井の眼前に、転移する大柄の影人。

 しかし桜井は動じない。

 転移すると同時に放たれた右拳を難なく躱すと、大柄の影人の横をすり抜ける。

 大柄の影人など意に介さずに、狙うは一点。“黒隠”ただ一人と言わんばかりに。


 大柄の影人も諦めない。

 桜井の抜けていった先。その進路方向を阻む様に、土壁を隆起させる。

 しかもそれだけでは無い。更に“念動力”を操作して周りの土をかき集めると、土壁を迂回されない様さらに広範囲な土壁を展開する。


 これには然しもの桜井も足を止めるが、……それも僅か数秒の事だった。


 タンッと勢いよく壁に向かって跳ぶ桜井。

 大柄の影人は一瞬、壁を飛び越えるのかとも考えるがそうではない。

 何よりジャンプ力が足りていない。

 あれでは壁を乗り終えるどころか、壁に衝突して終わりである。


 一体何を考えて……?


 そんな疑問符を浮かべた大柄の影人が、答えを知るのはすぐの事。


 桜井は足元に影を纏わして、流動する土の壁を踏みつける。

 大柄の影人はその踏みつけられた箇所の土を操作して、足を捕縛しようと実行するが間に合わない。桜井が土壁に足を付けたのは一瞬であった為である。


 そうして桜井が土壁を蹴って向かう先。……それは、


「――ッ!?」


 大柄の影人であった。



 土壁を蹴った反動を利用して大きく身体を翻し、大柄の影人へ目掛けて跳んだ桜井。

 両手で警棒を構え、影も纏わしていた。

 ……大柄の影人が驚いたのは、何もそれだけでは無かった。

 気が付けばすぐそこに、真城が接近していていたのである。

 突如とした挟み撃ち。


 これが真城と桜井の立てた作戦か……?


 二人を迎え撃つ体勢へと移行する大柄の影人は目撃する。

 自身へと向かって走る真城の手に、あるのもが握られている事に。

 それはこの戦闘、何度か目にした代物。――“煙玉”であった。




――『これが最後の一つだよ。使い時は慎重にね』



 そう言って、桜井から渡された“煙玉”。

 それは先程の十数秒の作戦会議で、桜井から手渡されたものである。



――『使うときはあの影人さんにもそれとなく見せる事。……そうすれば、あの子はきっと警戒する』



 言われた様に、真城は大柄の影人に“煙玉”を見せつけた。

 そして視線の動きで理解した。大柄の影人が“煙玉”を見た事に。

 ……間違いなく今、“煙玉”を警戒したはずだ。


 桜井が相手を翻弄し、……絶好の機会が訪れた。

 この好機は逃さない。絶対に!!


 バシュン!!

 と大きな音を立て、“煙玉”が破裂する。

 地面へと打ち付けた衝撃で、黒い煙があふれ出す。


 それは、大柄の影人を巻き込まない絶妙な位置取りで。

 真城のみを包み込む。




「――ッ!?」


 大柄の影人は警戒度を高くする。

 それは真城の行った行動が、予想と的中した為だ。

 “煙玉”が見えた事。

 それにより、大方の予想は立てられた。


 “再び円筒状煙幕内でのデスマッチ”。


 初めはそう考えた。

 しかしすぐ、その考えを放棄する。

 あれは一人が大柄の影人に集中し、もう一人が“黒隠”へと向かう作戦。

 “瞬間移動”の弱点を利用して、大柄の影人と“黒隠”を分断する役割が円筒状煙幕にはあったのだ。

 しかし今は状況が違う。

 そもそも一人が“黒隠”へと向かう事が出来ていない。

 どうあがいても、大柄の影人を相手にするしかない状況。


 ならばどうするか?


 真城も桜井も、黒い煙を操作していた。

 そしてしかも、あの煙幕が生み出す影をも操作していた。


 原理はだいたい推測出来る。

 あの煙は、物質であるのだろう。

 言わばあれは“武器”としても機能できる代物だ。


 ならば真城が“煙玉”を使う意味。

 そしてその煙幕が、大柄の影人の視界を遮る目的でないのなら、……可能性は一つだけ。

 先程も言った。――“武器”である。


 煙にも影が纏えるのなら、それは立派な武器としても機能する。

 その影も利用可能。……一石二鳥と言う他ない。

 この戦いで、二人は大柄の影人を仕留めるつもりでいるのだろう。


 ……させるか!!


 大柄の影人は“念動力”を操作する。

 先程桜井を遮る為に用いた土。そのほとんどを利用して、真城を包む黒煙丸ごと押しつぶす。

 それはまるで、巨大な泥団子でも作るかの様に。

 真城が黒煙を操作するより先に、圧倒的な重量で。


 例えギリギリで“影纏い”が間に合っていたとしても意味はない。それ程の圧力で。




 ……しかし。


 手応えを感じない。


 人一人。押しつぶしたはずなのに。

 “念動力”から、その感触が伝わらない。




「はああああああああああああ!!!!」


 後方から聞こえる怒号。

 渾身の一撃を与えんと警棒を振り下ろす桜井へと視線を移す。


 元々今、大柄の影人は挟み撃ちの状況下。

 “煙玉”を使った分、警戒度の上だった真城を先に処理した手前、桜井への対応が遅れる。


 土で押しつぶした真城の件は後回しだ。

 違和感はある。だかしかし逃げ場などなかった。

 確実に、あの巨大泥団子内にいるはずだ。


 真城への対処に、土も“念動力”も割いてしまった。

 なんとかギリギリで、“影纏い”が間に合うか……?

 しかしどの道“再生”があるわけだ。

 この一撃くらい、貰ってしまっても問題ない。



 ……そんな慢心と諦めを、大柄の影人が抱いた時だった。



 襲い来る桜井の更に向こう。

 桜井の行く手を阻む為の土壁がほとんど取り払われた事で見えた景色。

 桜広場の中央の桜の木。そこに佇む“黒隠”に、今まさに右拳を振り下ろす真城の姿が。



……



 “煙玉”の主な利点は二つある。

 煙自体を操作出来る事。煙が生み出した影も操作出来る事。


 しかし、そんな用途とは別の利点も存在する。

 それは“影世界”へと入ることが出来る点。


 “影世界”への出入り。それは何の変哲もない只の影でなければ行えない。

 只の影とは、“影操作”の対象となっていない影の事。人格が芽生えていない影の事。


 “煙玉”が生み出した影。

 それを操作するか否かは使用者次第となっている。

 身体や影で『触れた』なら、“影操作”の対象内。

 もし『触れていない』なら、……その影は、何の変哲もない只の影。

 

 故に、影世界にも通じれる。

 

 

 真城が利用したのはそれ。

 大柄の影人が予想したような、攻撃への利用ではないのである。


 ただ単純に黒煙の作る影から“影世界”へと身を隠し、桜広場の中央に立つ桜の木。“呪いの桜”が作る影の下へと“影世界”経由で移動した。それだけだ。


 “影世界”への侵入。

 それは真城でも行える。全身“影纏い”が続く数分のみではあるのだが……。




 この桜広場。

 そこに出来る影の位置は限られる。

 場所が分かっているのなら、近づかせなければ良いだけだ。

 そう思っていたのだろう。


 まさか真城がそんな手で、“影世界”へと行ったなど予想出来なかったはずである。


 桜広場中央の桜の木。

 そこに佇む“黒隠”の眼前に伸びる桜の木の影の中から、真城が一気に殴りこむ。


 “影世界”から何かが出る瞬間、その予備動作として影が水面の様に歪んでしまう。

 だからこそ、初手の一撃。

 “影世界”から一直線にタックルするかの様に突っ込んだ攻撃を躱されてしまったが問題ない。

 影から飛び上がった空中で、身体を捻ると再び拳を構え直す。

 そこから重力に従って降下する勢いを糧に、真城は右拳を振り下ろす。

 全身全霊。全ての影を拳に纏わせた一撃を見舞う為に。



――『“黒隠”はあの桜の木を守ってる。だから攻撃の対象に“黒隠”と桜の木を両方入れちゃえば、“黒隠”はきっと躱せない。その攻撃を自身で受けなきゃ、攻撃が桜の木に当たるから』


 それもまた、桜井の入れ知恵。


 真城の不意の初撃を躱せたとはいえ、未だに動揺を隠せていない“黒隠”へと向けて。



 真城の一撃が炸裂した。



~   ~   ~   ~   ~




「――――ッ!!!?」



 真城の攻撃が“黒隠”へと炸裂した直後。

 それを見た大柄の影人が転移する。

 行先は勿論、真城の眼前。


「おわっ!?」


 転移と同時に真城へと一撃を加えると、“黒隠”を担いで距離を取る。

 大柄の影人自身も桜井から一撃を受けていたが気にしない。

 “再生”のおかげで傷は治り始めてる。

 問題なのは“黒隠”の方。

 真城の一撃を受けた“黒隠”は左わき腹の辺りを大きく抉り、傷口からは黒いモヤが霧散していた。

 “フェイズ4”の肉体は、既に人のものではない。

 全てが影と同化して、肉と呼べるものはない訳だ。だから血が出る事はない。

 しかし変わりに、身体を形成する影が大きく損傷し形を保てず霧散している。

 

 それは、“黒隠”の精神を大きく削り取られた証。

 一目見れば分かる程の重傷だった。


 もはやこれ以上戦う利点はない。

 それどころか、これ以上は“黒隠”の命に関わる。



 大柄の影人は怒りに身を震わせ、真城と桜井を睨みつけるが戦う意思は既にない。




 瞬間。大柄の影人の姿を見失う。

 それは身体に抱えた“黒隠”ごと。



「……なに!?」


「え!?」


 驚く二人。

 “瞬間移動”。それが使われたのは明白だった。


 一瞬、“瞬間移動”についての弱点を読み間違えたと勘繰るがそうではない。

 

 今はもう遠く。

 桜広場を囲う桜の木の更に向こう。

 立ち入り禁止のフェンスの所。


 そこを、実体を無くして通り抜けていく三つの影を見つけたからだ。


 それは“黒隠”と、それを担ぐ大柄の影人。

 そしてもう一人。前日、体育館で戦った女の影人の後ろ姿。



 戦闘を始めた“黒隠”を心配し、女の影人もやって来ていたのだろう。

 戦わず、陰に隠れていた女の影人を見つけた大柄の影人が“瞬間移動”を使用して、女の影人の眼前へと転移したに違いない。



「――ッ、くそ!! 待て!!」





 結局、あと一歩。


 あと一歩の所で今回も。

 ここまで追いつめておきながら。



 真城達は、敵の逃亡を許してしまったのだった。



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