第23話 『“とっておき”』
バシュン!!
と、何かの破裂音が響く。
同時、黒い煙幕が出現する。
それは、桜井の持っていた“とっておき”。煙玉の効力だ。
“影狩り”本部長。神崎拓富による戦闘補助アイテム。その一つ。
何故そうなるのか。といった原理を桜井は理解していない。
ただ勢いよく落下させた衝撃で、中にある薬品などが合わさって化学反応を起こすのだとか何とか。
桜井自身、『とりあえず役に立てば良い』の精神なのでそこらへんは気にしていない。
「……ッ!?」
「煙幕だと……!?」
突然の桜井の行動。噴出される煙幕に大柄の影人と“黒隠”は驚く。
更に続けて二度三度、破裂音が木霊する。
勢いよく辺りへと広がる煙幕。
それはものの数秒で横に三メートル。縦に四メートルほどにまで広がってゆく。
次に何をしてくるか?
そう警戒を強める“黒隠”だったが、すぐにその違和感を感じ取る。
その煙の不自然さ。
見た目、という訳では無い。
動きに、である。
煙幕は桜井が打ち付けた物体から勢いよくあふれ出している。
だがしかし、その煙幕は風によって流されるわけでは無く、そのほとんどがその場に溜まる様に停滞すると桜井と真城を包み込んで回転する。
まるで桜井と真城を守る様に、ドーム状の煙の防壁を形成する。
それはもう、自然の動きではありえない。
「……これは、いったい」
“黒隠”は疑問を口にする。
しかしその答えは返って来ない。
ただそのまま、成り行きを見守りながらも向かってくる影槍を避け続ける。
渦巻く煙幕。
その隙間から尚も桜井の眼光が影人達を捉え、離さない。
しかも、――その影の槍が。
今になって速度を増す。
桜広場一帯を、影の糸が張り巡る。
それは今までよりも多く。更に、更に、張り巡る。
それは、桜井自身の影。そして桜井の着用する衣類などその他諸々の影を足して尚、余りある程の量である。
桜井が煙幕を使うまで。
その時点でもう既に、使える影には限界が来ていた。……そのはずだ。
“影操作”で使用できる影の量は、その人間が作る影面積に左右される。
例えギリギリ目視が出来る程にまで細くしたとして、それでももう使える量はほとんど無かったはずである。
なのに何故、今になって速度が上がる?
更に長く伸びていける?
桜井の操る影。
その量は、一体どこから来たというのか?
一体どこから集めて来たのか?
疑問を浮かべる“黒隠”。
しかしその答えは単純だった。
桜井が、先程使用した煙玉。
煙幕により出来た影を利用し、操っているからである。
通称“煙玉”。
正式名称はよく知らない。
神崎拓富が何かしら『カッコいい名前』をつけて喜んでいた様ではあるのだが、既に“影狩り”内部では“煙玉”として浸透している物である。
確か桜井が“影狩り”で“煙玉”について教わった時でさえ、『“煙玉”』と言われていた気さえする。
記憶違いかもしれないが、今はもうどうでもいい。
この煙玉が持つ利点。
それは主に二つある。
一つ目は、この煙玉が出す煙幕を思い通りに操作する事が出来る点。
二つ目は、この煙幕が作り出した影もまた“影操作”で利用可能という点だ。
本来、“影狩り”の者が利用する“影操作”。それを使って、地面に出来た雲の影。或いは炎や水といった、“目で見えるが触れないもの”や“触れられるが掴めないもの”。
等々、固体ではないものが生み出す影を操る事は出来ない。
これは、“影操作”で操る事の出来る影の二通り。
『自分自身の影を操ること』
『自身が触れている物体の影を操ること』
の二つ目の条件から外れてしまう為である。
では何故、この煙の影を操る事が出来るのか?
それは単純に煙というものが固体からなる集合体である為だ。
無論全てがそうというわけではない。
しかし少なくとも、この煙玉から発生する煙幕は固体の粒子で出来ていた。
黒い煙幕。
その正体は、黒色火薬を燃焼し発生させているものではない。
小さな黒い粉末を、爆風に乗せて飛ばしただけだ。
神崎曰く、その黒い粉末は時間経過で黒から無色に変わるうえ吸い込んでも人体に影響は無い。そして生分解もされる為、環境にも優しいのだとか何とか。
まぁ何はともあれ。
この煙が固体の集まりから成るものである以上、それら固体粒子を影で掴んで動かせば煙幕自体を自在に動かす事も可能であり、それから生まれる影もまた“影操作”で操作可能というわけだ。
『触れて』さえいるのなら。
“影操作”の条件。その二つ目で言われていること。
その『触れている』状態とは、何も“肉体が触れているもの”のみに止まらない。
“自身の影”さえ触れていれば、それもまた『触れている』とみなされる。
これにはいくつかの制約やら条件やらがあり、例えば車や建造物などといった大きなものに関してはこの限りではないのだが、とりあえずは“人一人で持ち上げる事が出来るものは大丈夫”くらいの認識で間違いない。
風に舞う黒い粉末。
しかもそれらは、元々ゴルフボール程の小さな玉に収まっていた代物だ。
その質量や重さからしても、持ち上げ可能である以上、何の問題もありはしない。
戦闘補助アイテム。“煙玉”の用途。
それは今回の様に、自身の持つ影の上限を増やしたい時などに用いられる代物だ。
いくら“影操作”で自身の影の他に衣類などの影を使えるとしても、その上限には限りある。
かさばる恰好。重たい荷物を持ったままでは、動きづらいことこの上ない。
戦闘にも差し支える。
しかし、だからといっても身軽な恰好では使える影が少なくなってしまう為、それもまた不利な状況を生みかねない。
かさばらず、しかし十分に影を作れるもの。
そういったコンセプトの下、作られたのがこれだった。
あえて難点を言うのなら。
燃焼で煙を生み出してない為に、一つの煙玉が出す煙がそれ程多くないという事だろう。
黒煙が無色になるまでの時間の関係で、数分しか黒煙が持たないというのもある。
煙幕が人目に付きやすいという点もある。おかげで好きに使えない、使う場所が限られる。
そういった不便さが、確かなキズではあるのだが……。
桜井がやった事。
それはつまり、こうである。
桜井が煙玉を打ち付ける。
そこからあふれる黒煙。その小さな粒子全てに影で『触れる』ことで、煙幕の影を操作出来る状態にする。
その影を使い、“黒隠”と大柄の影人への攻撃を強化する。
その後、煙幕(を形成する黒い粒子)に触れている影を使って煙幕自体を操作。
ドーム状の煙の防壁を作って桜井と真城を覆い隠す。ここまで。
ここまでの行いを、わずか数秒でやってのけたのだ。
「晴輝くん!! しっかりして!! 晴輝くん!!」
俯いたまま呆然としている真城の肩を揺する。
背中を揺すり、肩を叩く。
真城は気絶している訳では無い。
素人判断で定かではないが、軽く脳震盪を起こした状態だと考える。
本来なら戦闘から離脱して、安静にしてもらいたい所だが……。
なにより今は戦闘中。
命のやり取りをする場所で、そう贅沢も言っていられない。
「え!? ……あ、ここは」
肩を叩いた直後。
すぐに真城から応答があった。
驚いて、周囲を確認し、状況を理解する。
「そうか、俺はあの影人の攻撃で……痛っ」
頭痛がし、頭を抑える。
少しヌルリとした感触がして手を離す。
真城が頭を抑えた手のひらには、少しばかりの血が付着していた。
「晴輝くん大丈夫? 立てる?」
そういって手を差し出す桜井。
しかしそんな桜井を見て、真城は驚いた。
何せ桜井。
その瞳は充血し、鼻には血を拭った跡があったからだ。
よく見れば顔面蒼白。額には玉のような汗をかき、肩で息をしている。
真城自身もそうではあるが、桜井も十分酷い有様だ。
折角手を出してもらっていて申し訳ないが、これ以上桜井に迷惑をかけるわけにもいかない。
真城は自分の力で立てる事を伝えると、何とかフラフラと立ち上がる。
身体に激痛が走るが、なんとか我慢も出来る程。
随分とじっとしてしまったが、そのおかげか今は眩暈も治まった。
何とか行けそう。……まだまだ大丈夫。
真城が何もしないでいた間、桜井にはかなりの苦労をかけたはずだ。
何とかこれから挽回したい。
真城は再び周囲を確認する。
桜井と真城を守る様に旋回する黒い煙。
それが何なのかは分からないが、少なくとも悪いものでは無いはずだ。
敵からの攻撃の類でないのなら……これはきっと桜井が持って来ていた戦闘補助アイテムか何かだろう。そう一人で納得する。
黒い煙は、徐々に薄くなってきている様だ。
原因は分からないが、もう一分も無いだろう。
もうすぐ戦闘が再開される。
呼吸を整え、準備にとりかかる。
いままで付けられていなかったグローブを両手にはめる。
そんな真城へと、桜井の声が届く。
「もう時間が無い。今から説明する事、よく聞いて」
「……はい」
桜井の真剣な顔を見て、真城は素早く頷いた。
~ ~ ~ ~ ~
時が来た。
瞬間、“黒隠”と大柄の影人を追尾していた影槍。
そして桜広場一帯をまるで蜘蛛の巣の様に張り巡らせていた影の糸が消え失せる。
同時。
ドーム状に旋回していた黒い煙が形を崩して霧散する。
煙のあった場所からは、真城と桜井が姿を見せる。
両者、にらみ合うこと数秒。
そして再び、戦いの幕が開く。
~ ~ ~ ~ ~
「作戦通り一気に決めるよ!!
何せこれ以上の長期戦はこっちがどんどん不利になる!!」
「了解!!」
桜井の掛け声を受け、真城はそれに返答する。
と同時、二人は一気に走り出す。
撤退する気は毛頭ない。
“黒隠”が目の前にいる好機を、ここで逃す手などありはしない。
(大柄の方の影人さん。
能力は大体把握出来てる……でもそれは、あくまで推測の域を出ていない。
まずは私の推測が間違ってないかどうか。――それを先に確かめる!!)
桜井は警棒に影を纏わせ、さらにその先端から影を伸ばして鞭状に変化させる。
先程無理をした割に、まだちゃんと“影操作”も使える様だ。
そう、とりあえずは一安心をする桜井。
目と鼻の出血も、今はもう止まっている。
頭痛や吐き気といった身体の不調も治まった。
戦闘補助アイテムという程ではないが、“影狩り”から配付されている薬を服用したおかげだろう。
即効性があり、この様な状況でよく重宝される。
痛み止めの延長なのか、或いは疲労回復の効能も混ざっているのか。
それ自体は定かでないが……。とりあえず現状、桜井はすこぶる調子がいい。
そこだけ切り取ると何かヤバい薬の様にも聞こえるが、……問題は無いはずだ。
大柄の影人を視線に捉え、桜井は大きく警棒を振る。
ブンッ、という風を切る音と共に鞭形状の影がしなる。
……が、それを大柄の影人は土を隆起させることで土壁を作ってガードする。
勿論、影も纏い済み。
(やっぱり、この攻撃は土の壁で対処するよね)
桜井は内心で納得する。そして、
(――それなら!!)
桜井は警棒を握る力を強める。
“影操作”。それを最大限利用する。
土壁によって弾かれた影鞭を、再び桜井は操作する。
ギュインッ、影鞭の先端がその軌道を修正。
それはまるで意思を持った生物の様に土壁を迂回すると、その背後に身を隠す大柄の影人へと迫る。
「――ちッ!?」
それに対し、驚く大柄の影人。
しかしその影鞭の行動は、既に何度も見せている。
瞬時に思考を切り替えると身体を捻り、影鞭を躱す。
更に後転。距離を取り、続く影鞭の軌道を対処すべく構えをとる。
だがそれも、桜井の狙い取り。
「――ッ、オラァ!!!!」
突如。
雄叫びの如き真城の声が響く。
瞬間。
ドゴォ……!! という轟音と共に土煙をあげて土壁の中心が大きく吹き飛ぶ。
真城の振り下ろした拳。その当たった部分を起点として抉られた土壁。それは次第に形を無くし、残った左右の壁も崩れ去る。
「――――ッッ!?」
真城を認識していなかった訳では無い。
だがしかし、拳を使った格闘戦を得意とする真城より、鞭を使った遠距離からの攻撃を得意とする桜井を優先的に警戒していた点は否めない。
桜井の影鞭を凌ぐ為に作った土壁。
しかしそれは、既に役目を終えた様なものだった。
真城が破壊しなくとも、いずれは“念動力”で解除する予定であった代物だ。
しかしまさか。
その土壁が仇となり、桜井どころか真城の動向を見失っていたわけだ。
それは完全なミスだった。
今思えば、影鞭を回避する為に距離を取ったのも間違いだ。
出来た土壁を良い事に、大柄の影人の視界から逃れて土壁へと接近する真城。
そんな動作を、把握出来ていたのなら……。
わざわざ土壁との距離も空けなかった。
距離を空けなければ……こうもあっさりと土壁を破壊されなかったはずなのだ。
うねる土で絡めとり、真城を拘束出来たのだ。
……だが、距離を取ったが為に。
土壁を自在に動かせる程の“念動力”範囲下に土壁が……入ってない。既に操作圏外だ。
「――くっ!!」
大柄の影人が呻く。
これも奴らの作戦か?
ここまで作戦の内なのか?
そんな思考が駆け巡る。
土煙が宙を舞う桜広場。
そんな煙舞う一帯の中心で、勢いを殺さず駆けてきた真城と大柄の影人が対峙する。
勢い良く振り下ろされる真城の拳。
対して、その拳を寸での所で回避してみせる大柄の影人。
どうにかこうにか真城の連撃を受け流し続ける大柄の影人だが、しかし一向に反撃に転じれない。
大柄の影人が捌くのは、何も真城の攻撃だけではない。
既に距離をつめた桜井も、その戦闘に加勢している。
真城の放つ無慈悲な連撃。
その合間を縫う様に隙を埋める桜井の攻撃。
二人の息の合った連携が、大柄の影人を少しずつ後退させていく。
……
(何をやってんだアイツは……。まんまと罠に掛かりやがって)
桜広場。その中央で、影人“黒隠”は立っていた。
服に付いた土汚れを払いながら、乱れた服を整える。
桜井の放った影槍。その複数本を躱しきり、疲れた様子はほとんど無い。
桜井の攻撃が止んで以降、煙幕が晴れるまでの数秒間。
結局、“黒隠”は元の定位置へと帰って来ていた。
一際大きく育った中央の桜の木。
その幹にもたれ掛かりながら、“黒隠”は戦いを静観する。
落ち着いて、冷静に。
真城と桜井の動き。その一挙一動を見逃さない。
(それに比べて、“影狩り”達は大したものだな。
あの安部を相手に、一歩も引けを取っていない。
初めは防戦一方だったのに、あの煙幕以降……格段に動きが良くなった。
煙幕内で何かしたのか。……或いは単純に安部の手の内を把握しだしたか)
しかしそれでも、“黒隠”が焦る様子は一切ない。
(土煙を舞わせたのはわざとか。
“アレ”の攻略法に気付いたか。……運の良い奴らだ。
だが、“ソレ”を封じた所で――)
大柄の影人が右拳を振り下ろす。
その挙動に合わせ、筋肉が膨張する。
今の真城に、その拳を防ぐ術は無い。それは桜井も同様だ。
影を硬化させた防壁も、ほんの数秒しか持たない。
無意味に影を砕かれて、後方へと吹き飛ばされる。そんな未来しか見えない。
回避。それをするしかない。
(――簡単に安部は斃せない!)
それに……、と“黒隠”の視線が更に動く。
注視するはその表情。
(疲労の色も見て取れる。
先程からの蓄積もあるだろうが、理由はそれだけじゃないな。
やはり無理をしてる。安部のペースに追いつく為に)
人間の表情。
そこからは、あらゆることが読み取れる。
“目は口ほどにものを言う”。
そんな諺さえあるぐらい、人間の感情というものは表に出やすいものなのだ。
大柄の影人。安部の動きに全力で真城と桜井が対応する。
“影操作”に“念動力”。“肉体強化”に“瞬間移動”。
純粋な戦闘力に加えて多彩な異能力。
たった一度の攻防の中でさえ、考える事は山積みだ。
能力への対応に頭をフルで使いながらも、自身の攻撃を届かせる為に安部との距離を詰めねばならない。
安部からくる攻撃も、全力で避けねばならない。
それは言うなれば、長距離走。その始まりから終わりまでを全力で駆けるようなもの。
あらゆる力と手段を使い、何とか格上の相手にしがみ付いている状態だ。
そんなもの。
長く続くわけが無い。
(残り限られた体力をフル活用して、一気に安部を仕留めるつもりか。
この戦いで、安部を先に対処するべき。そう判断したんだろう。
が、やはり愚かとしか言いようがないな)
……
「……そんな、……嘘」
その状況。目の前で起こった現実に、桜井の呻く様な声が漏れた。
それは信じ難い事態であった。
大柄の影人の身体が、傷が、再生している。
影人の身体。
そこにも勿論傷は付く。
それは、人の肉体を残す“フェイズ3”にのみならず、実体を持たない影である“フェイズ1”や“フェイズ2”。肉体が影と同化する事で実体を無くした“フェイズ4”でも同様だ。
“影狩り”の行う“影纏い”。
その攻撃は、実体を持たないはずの影人の肉体を削り取る。
削り取られた断面からは血は出ない。ただ黒い断面。
しかしそれは、人がする怪我と大差ない。影人の怪我。
欠損だけではない。切り傷も、打撲痕さえ出来るのだ。
そうして出来た傷。
全力を振り絞り、何とか届かせ付けた傷。
真城と桜井。二人で与えたダメージが、……見る影も無く霧散する。
元からそこに傷など無かったかのように。
人の努力と苦労の賜物をまるで嘲笑っているかのように。
影人に出来る傷。それは“影無し”の人間が持つ様な、どこかが欠けた影では無い。
見た目だけで言えばそうだが、厳密にはそうではない。
“影無し”の影は回復しないが、影人の負った傷は時間が経てば甦るのである。
しかしそのスピードが尋常ではない。
傷が癒える為の時間。それは人間と然程違いはない。……そのはずなのに。
尋常ならざるスピードで、その傷が完治する。
悪夢のような出来事。
(ここにきて、まだ能力を隠し持っていたっていうの!?
しかもよりにもよって回復系……ッ!!)
桜井は歯を噛みしめる。
真城もそれは同様だ。
いままで見ていた“大柄の影人”というハードルが、高く高くせり上がる。
影人“フェイズ4”。大柄の影人。
その存在。その討伐は、――――まだまだ先になりそうだ。




