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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第22話 『桜井の覚悟』



「……あっ、……がっ!?」


 視界が、大きく傾く。

 体勢が崩れる。


 意識が、遠退く。



 ゴシャリ、と。

 嫌な音と共に、真城の身体が大きく吹き飛ぶ。

 受け身の一つも取る事無く、勢いのまま地面へと身体を強く打ち付ける。

 一度、二度とバウンドし、やがて止まる。


 うつ伏せのまま、両手足を投げ出して、ピクリとも動かない。


「晴輝くん!? ……晴輝くん!!」




「――ッ、うっ――ぐっ……」


 しかし、それでも、桜井の叫び声に何とか声を絞り出す。

 

 真城はなんとか、意識を失わずに堪えていた。

 “影纏い”による防壁が、ギリギリの所で間に合っていたのである。


 急な不意打ち。それにより真城は、女の影人の時でさえ一度気を失った。

 もう二度と、同じ失敗は起こさない。


 それは真城の意地だった。

 

 握り拳に力を込める。

 土ごと拳を握りこむ。


 こんな所で終われない。

 今すぐにでも立ち上がり、次の攻撃に備えなければ。



 ……しかし。


(……あれ、おかしいな)



 力があまり入らない。

 視界がぼやける。

 焦点が定まらない。


 身体が、揺れている様に感じる。

 これは、眩暈か?


 頭が痛い。

 きっと先程の影響だ。全く受け身がとれなかった。

 頭もぶつけていたのだろう。

 吐き気もする。これもきっとその所為か……?




「――晴輝くん!!」


 遠目から見ていた桜井だからこそ、真城の異変に気付いていた。

 何度も真城に呼び掛けるも、その反応が返って来ない。


 上半身を軽く起こしたまま、視線をじっと下に向け、真城はずっと動かない。



 一歩。また一歩。

 真城に近づく大柄の影人。


 その状況に、真城が全く気付けていない。


 大柄の影人はそのままトドメを刺す気だろう。

 それはもう確実だ。



 それを桜井は阻害したい。しなければならない。

 しかし、真城までは距離がある。


(どうする……!? どうする……!?)


 このままでは間に合わない。

 それに、行った所で何が出来る?

 桜井一人で、一体何が……?


 迫る桜井へ向け、大柄の影人は泥団子を射出する。

 真城と同様に、大小様々な泥団子が十も二十も桜井へ向かう。


 桜井は走る向きを変え、真横に走る。

 一度“念動力”で投げつけられた泥団子は、“念動力”の範囲内から出てしまえば軌道を修正される事は無い。

 正面からぶつかってくるのなら、そのまま横へ逃げればいい。

 ……しかし、それでは一向に真城の元へは向かえない。

 距離が、縮まらない。


 時偶、自身に向かって飛んでくる泥団子を桜井が実体化させた影で掴んで投げ返してみるが、効果は無い。

 結局、大柄の影人の“念動力”範囲内に入った瞬間に“力”で受け止められてしまい、再び投げ返されてしまうだけである。


 もしも足元に影があったなら……。そんな事を考える桜井。

 もしそうであるのなら、泥団子を避ける方法など簡単だ。

 “影世界”へと、潜ってしまえばいいだけだ。


 しかし、それは叶わない。

 理由はこの場所。大きく開けた、この桜広場に問題があった。


 四方を桜に囲まれたこの広場。

 サッカーコートほどの大きさを持ったこの広場。

 中央には一本、一際大きな桜の木が鎮座する。


 戦闘の最中、真城と桜井は何度か吹き飛ばされ、距離を取り、最初に居た中央の桜の木からは随分と離れた所へ追いやられた。

 それに対し、“黒隠”はいつの間にか中央の桜の木付近まで移動している。

 大柄の影人はフリー。自由に転移して移動する。


 現在の影の位置取り。

 桜広場にあるそのほとんどの影は、桜広場を囲う様に並べて植えられた桜の生み出すものが大多数を占めている。

 それ以外の影といえば、中央に鎮座する大きな桜の木が作ったもの。

 言ってしまえばそれだけだ。


 この桜広場は、その周りに桜の木しか存在しない。

 周りに大きな建物……建造物がないのである。


 故に、桜広場に対し建物の影が差し込んでくることは無い。


 後は燦燦(さんさん)と太陽が照り付ける、陽の当たる空間だ。

 桜井の足元も、勿論太陽に照らされた場所である。

 周囲の桜。それらが作る影まではまだまだ距離もある。

 近くに飛び込める影はない。


 この桜広場は、元々学生達が勉学の疲れを癒す為、休憩する為に設けられた場所らしい。

 そういった理由からなのか校舎からは少し離れた場所に存在しており、一番近くにある十号館でさえそこから徒歩五分程度の距離がある。

 加えて言えば、現在ここは立ち入り禁止。

 更にフェンスやシートによって無理やりな侵入さえ阻んでいる。

 周囲には桜の木。そして高い建物が無いおかげで上から一般人に見られる危険も無い。

 おかげでこうして戦闘の場として利用できている訳なのだが……今はそれが少し悪い意味で作用していた。


 ……ならば自身の影を使って、“影世界”へと入ればいいじゃないか。

 そう思う者もいるかもしれない。

 しかしそれはダメなのだ。出来ないのだ。


 “影結晶”によって授かった、“影操作”で操っている状態の影。

 或いは影人の操作する影を含む、自我を持った影など。

 そういった影は、何故か入りこむ事が出来ない。……“影世界”に繋がっていないのだ。


 只々純粋な、何の変哲もない普通の影でなければ……“影世界”へは入れない。

 そういうルールがあるらしい。“影狩り”でも、その理由はよく分かっていない。


 従って、……今は単純に逃げるしかない。



(どうする……!? どうする……!? どうする……!?)


 そうしてる今も、大柄の影人は真城へと近づいてゆく。

 止める手段も時間も無い。





 ……いや、手段はある。


 一か八か。

 今ある桜井の全てをつぎ込めば……或いは。



 ……しかしそれは諸刃の剣。

 もし仮に、それで真城を救えても、それで桜井が動けなくなっては意味がない。


 でも……、それでも……。

 このまま真城の頭が踏み砕かれるのを見ている事なんて出来ない。


 それに……もしかすると、真城は――――。



 やるしかない。覚悟を……決めよう。



…… ……



 桜井は警棒を握り直す。強く、強く握り締める。


 目標を視界に捉える。

 影を操作し、警棒へと纏わせる。

 繊細な操作。そして集中。

 大きく深呼吸。鼻で吸って口で吐く。


(――行くぞ!!)


 強く大地を踏みしめる。

 その勢いに乗せて、水平に構えた警棒を前へと突き出す。

 狙いは大柄の影人、……ではない。

 大柄の影人が真城へ向けて進む進路を阻害するように、狙いを定めた一撃が、大柄の影人と真城の間を通り抜け、その向こう。桜広場の周りを囲う様に植えられた桜の一つへと向かって伸びていく。

 それは警棒の先から一直線に放たれた影の一線。


「……?」


 大柄の影人も、警戒はしたのだろう。

 自身の目の前を通り過ぎてゆくソレに、足を止め、視線だけで様子を窺う。

 疲弊で狙いを外したか。

 きっとそんなふうにでも思ったのだろう。

 大柄の影人は再び真城へと歩き出す。

 目の前に伸びる影の糸。高々ロープ程度の太さしかないソレは、大柄の影人にとって障害物にもなり得ない。


 しかし。

 桜井は狙いを外してなどいない。

 狙い通り、正確に、目的の場所へと伸ばしている。



「……安部(あべ)!!」


 “黒隠”の声が木霊する。

 それはきっと、遠くから見ていた“黒隠”だからこそ気付けた事だろう。

 攻撃を外したと、そう考えて思考を停止した大柄の影人には気づけなかった事。


 安部と呼ばれ、大柄の影人が振り向く。

 大柄の影人。その名前が“安部”であろうという事など今はどうでもいい。

 呼ばれて、振り向き、“黒隠”の方を見る。……そして、その過程で気が付く。


 桜井の放った影。

 その矛先が、向かった先にある桜の木の幹を軸として回転し、その向きを変えている事に。


「――ッ!!」


 向きを変え、その矛先が大柄の影人自身へと向いている事に気付くや否や、大柄の影人はとっさに手前の土を隆起させて壁を作る。

 そして同時、その壁に影を纏わせガードの準備を整える。


 瞬間。キン、という衝突音が響き、桜井の攻撃が不発に終わる。

 結局、桜井の最後の一撃は無意味に終了した。



 ……きっと、大柄の影人もそう思った事だろう。


 何せ、今までの桜井ならそこで攻撃を止めていたのだから。



 しかし、今回の桜井はそうではない。



「――ッ!?」



 突如、大柄の影人の作った土の壁の真横から勢いよく伸びてくる影の矛先を確認する。

 急な出来事に土を動かすのが間に合わず、身体を捻って回避する。


 桜井は攻撃を諦めてはいなかったのだ。

 大柄の影人へと向かい、土の壁にガードされた直後の事。

 桜井はその壁にぶつかった地点から九十度影を曲げ、壁を横から通り抜ける形で再び大柄の影人へと仕掛けていた。


 

 意識を集中し、尚も影を操り続ける桜井。

 二撃目が大柄の影人に避けられて尚、桜井の操作は続く。

 影の伸びる速度が上がる。

 一度大柄の影人に躱された影は、そのまま大柄の影人を無視して一直線に伸びてゆく。

 そうして、その先にある別の桜の木の幹を軸に、再び方向転換をしてから大柄の影人へと襲い掛かる。

 それを何度も繰り返す。


 大柄の影人は顔を顰める。

 桜井が一体何をしたいのか。……その目的が分からないからだ。

 土の壁でガードをすれば、そこから方向を変えて伸びていく。

 身体を捻って躱しても、気にせず桜の木に向かっていき幹を利用して方向を変える。

 影は伸びる度に細くなっていき、速度も上がる。


 いい加減鬱陶しくなってきたのか、目標を真城から変えて桜井へ向かう。

 “瞬間移動”を使って一瞬で桜井の眼前へと移動する。


 しかしそうすると……、



「……なるほどな」


 桜井はその矛先を大柄の影人から“黒隠”へと切り替える。

 “黒隠”は自身へと向かってくる影を見ながら思考する。

 大柄の影人が桜井への攻撃をやめて“黒隠”の下へと向かおうとするが、それを“黒隠”は制止する。


「待て!!

 お前は先にその女を始末しろ。この程度の攻撃なら問題ない」


 そう言って“黒隠”は一度後ろを確認した後、影を纏った腕を振る。

 バチンという衝撃音と共に桜井の影を弾き返す。


 桜井の操る影の攻撃自体はそれ程強力なものではない。

 それ加え、伸びる度に細くなるが故に質量もそう多くない。

 だが、それでも速度のみは上がっている。

 故に、“黒隠”が弾く為に用いた腕も少しばかり弾き返され、“黒隠”の身体を後退させるが……まぁその程度。

 自身の痺れた腕に視線を移して問題が無い事を確認すると、“黒隠”は次の攻撃へと対処すべく身構える。



 はあはあと、息を切らしながら大柄の影人の攻撃を躱す桜井。

 その身体の疲労。額から玉のように溢れ出る汗は、決してこの茹だる夏の熱気からくるものだけではない。

 能力の使用。それを酷使し続ければどうなるか?

 そんなもの桜井だって理解している。


 しかしそれでも……、


(まだ足りない……。もっと集中しなきゃ!!

 もう自分の影だからどうのなんて言ってられない。

 使える影は全部!! この攻撃に……ッ!!)


 身体を捻る。

 必死に身体を後退させる。

 思い切り走る。

 ……そうやって、大柄の影人から全力で逃げ回る。


 朦朧とする意識の中、それでも影の操作に集中し、“黒隠”を追わし続ける。



 突如、回避に専念していた“黒隠”は目撃する。

 自身を追って迫っていた影の矛先。その先端が、――三つに分裂する。

 そしてそれだけでは無い。

 桜井へ向け拳を振り下ろした大柄の影人もまた、同様に目撃する。

 桜井の持つ警棒。

 その先端からは今も影が伸び続け、その伸び続ける影は今も“黒隠”を追っている。……その警棒の先端。

 伸び出ている影の付け根から新たに二本、影の槍が射出される。



「……これは!!」


「……くッ!!」



 “黒隠”へ三本。

 大柄の影人へ二本。



(……うっ)


 計五本となった影の槍を操作しているからだろう。……桜井は唐突な吐き気に襲われる。


 ……しかし、それでもと、喉元までせり上がった吐き気を唾液と共に飲み込む。

 まだここで終われない。

 こんな所で終われない。



 “黒隠”は、自身へと迫る影槍の対処に追われている。

 大柄の影人も同様だ。

 先程真城へと向かっていた事。或いは今しがた桜井へと攻撃していた事さえ忘れて、今は土壁ガードと回避に専念中。

 真城との距離も、既にかなり離れている。


 しかしそれでもまだ怪しい。

 桜井が真城を助ける為の、……決定的な“隙”が欲しい。



 影槍の速度を更に上げる。

 二人を追う、影槍が更に増える。


 桜広場。その周囲に植えられた桜の木。

 そのほとんどに影を巻きつけながら影人を追い続ける桜井の影は、既に目視でギリギリ確認できる程度の太さになっていた。

 それはまるで、さながらスパイ映画。潜入ミッションなどで目にするような“赤外線を張り巡らされた部屋”を彷彿とさせる。

 しかもその上で、影の糸は互いに絡まりあい蜘蛛の巣の様なより強固なものを形成。

影人二人の動きを阻害する。

 これではもはや影の糸を一、二本切った所で意味はない。


 桜広場一帯を、影の糸が張り巡る。



 ……これだけすればいいだろう。


 ……チャンスはもう、今しかない。



 桜井は真城へと駆ける。

 そして桜井は自身の背負っていたリュックから、“とっておき”を数個取り出す。

 それは、ゴルフボールくらいの小さな玉。

 “影狩り”で生産された、……戦闘補助アイテムだ。


 補助……とは言うものの使い所が限られてしまうのが、この“とっておき”の欠点だ。

 しかしそれでも、今この場所でならそれ程問題も無いだろう。

 ……まぁ、多少問題が出たとして、命には代えられない。

 近隣の住民。はたまた一般の生徒達にも多少不審がられるかもしれないが、……それはもう仕方がない。

 便利である事は承知だし、その欠点を理解して使用する桜井にも問題が無いとは言い切れない。……だが、もしそれでも問題が起こるなら、文句は製作者にでも言って頂きたい。




 突如。


 ガクンと、桜井の身体がグラつく。

 立っている事が出来ずに片膝を付く。


 激しい頭痛。

 上がる脈拍。

 激しい呼吸と咳。

 込みあがる吐き気。


 そして、前かがみになった事でポタポタと垂れる汗。


 ……その中に、桜井は赤いものを目撃する。


 それは何か?

 或いは目の錯覚か。

 下たる汗を拭う意図もあった。目の錯覚を直す意図もあった。


 目を擦る。

 汗を拭う。


 そうして、……拭いた手を見る。


 手が、少し赤く染まっていた。



 これは、……血だ。

 目から、軽く出血をしている。


 それだけでは無い。

 ポタポタと、地面に赤い染みを作る。

 その原因は、鼻血。


 ……そう、鼻からも出血はおきていた。



 桜井には、その理由がすぐに理解出来た。

 出来てしまった。


 そんな事、考えるまでもない。



 “影操作”。能力の酷使。

 そして、それによる脳の処理限界が迫っているのだ。

 能力の使用には、どうしたって頭を使う。

 例えそれが無意識であっても、脳は必ず動いている。

 話したり、身体を動かしたり、計算をしたり。……能力だって例外じゃない。

 無理に使い続ければ、いずれ限界は来るものだ。

 話し続ければ声が枯れる。

 動き続ければ身体は痛く重くなる。

 計算でさえ、頭が痛くなるわけだ。


 加えて今のこの状態。


 夏の暑さ。そして晴天。

 ……いや、そんな事よりも。

 なにより外での戦闘というのがもうキツイ。


 桜井自身、このように影の糸を操って相手を追ったり、戦闘エリア内に影の糸を張り巡らせて捕縛したりと……そういった戦闘スタイルで戦う事は多いのだ。

 実際、女の影人と体育館で戦った時もそうだった。


 桜井は、影で武器を作るというのがあまり得意ではない。

 その代わり、影を長く細く伸ばす事に長けていた。

 剣で切る、拳で殴るといった戦闘タイプではない。

 どちらかと言えばサポートタイプなのである。


 そんな桜井が、現状で抱えている問題点。

 それは、今も言ったが“外”である事だ。


 影の弱点は光である。

 これは、言わずもがな。

 例えそれが“フェイズ4”へと至った影人でさえ、その弱点を克服する事は無い。




 これは少し話が逸れるが、影人は光。太陽光などに弱い。

 それは、“絶対にダメ”という訳では無い。……というのは現状桜井たちが屋外で戦えている事からも分かるだろう。

 問題なのは、長時間太陽などの光に当たり続けるのがダメという事だ。

 影人や、“影操作”で使う影などは、外の世界で実体化する為に、言わば“影エネルギー”というものを消費する。

 そして、その“影エレルギー”が無くなれば、影人は存在を維持出来ず、また精神が消耗し消滅してしまう。

 外の世界で、影人が連続で活動出来る時間はおおよそ6時間。

 それ以外は“影世界”や影のある場所へと入り“影エネルギー”を補充しなければならない。

 夜も同様だ。

 例え太陽光が無くとも、影人は活動するだけで“影エネルギー”を消費する。

 夜の暗さは影じゃない。

 どれだけ居ようとも、“影エネルギー”は補充できない。

 ただ太陽光の下で活動するよりは、“影エネルギー”の消費を抑えられる……というだけだ。




 まぁ、何が言いたいのかというと……。


 “影操作”で操作する影。そしてその実体化には“影エネルギー”を必要とする点だ。

 

 そして、それらの行いを太陽光の下で行えば、より多くの“影エネルギー”を必要とする事。


 影人と“影狩り”。その違いは人間であるかどうかである。

 “影狩り”。つまるところ人間は、“影エネルギー”が枯渇しようとも死にはしない。

 そもそも人間は“影エネルギー”などというものを持ち合わせてはないからだ。


 ……しかし“影狩り”は少し違う。

 それは、“影結晶”を使い続けた代償ではあるのだが……、身体の一部が影と同化する事でその箇所に“影エネルギー”を貯蔵する事が出来るのだ。

 影の操作。或いは実体化に使用している“影エネルギー”。そのほとんどは“影結晶”から代用して行える。基本は皆そうしている。

 しかし自身に“影エネルギー”を宿した者達は、自身の“影エネルギー”を利用して行う“影操作”と“影結晶”で代用して行う“影操作”。……その違い。ラグに気付く事だろう。

 より正確に。より精密に。“影操作”を扱うなら、外付けである“影結晶”よりも自身の“影エネルギー”を使う方がいいのである。



 今回の桜井の“影操作”。

 それは、自身の持つ“影エネルギー”を多く使用した代物だ。

 そうでなければ、こういった芸当は難しい。

 屋内ではなく屋外というのだから尚更だ。


 しかし、それらは桜井を疲弊させる要因となっていた。


 “影結晶”に蓄えられた“影エネルギー”ではなく、自身の持つ“影エネルギー”を使う事で起きる弊害。欠点。……それは、精神の疲弊。

 ただ使うだけでもそうなのだ。

 にも関わらず、今ここは太陽光に照らされた場所である。

 より多く、自身の“影エネルギー”をつぎ込まなければ維持出来ない。

 

 

 そしてもう一つ。


 少し思い出すと分かる。……影が傷つくとどうなるか。


――『自身の影が傷つけば、それは精神ダメージとして自分自身に訪れる』


 それは、太陽光によって削られる“自身の影”というのも有効だ。



 太陽光のある場所。屋外で戦うということはつまり……それだけで精神を大きく疲弊させるものなのだ。



 屋内なら良かった。

 体育館のように閉鎖され締め切られた空間なら問題は無かった。


 しかし今はそうではない。


 真城を救う為だった。

 覚悟だって決めた。


 ……その結果、行った事。


 いくら影を細く伸ばしても、限度というのはやって来る。

 衣類などの影ではまだ足りない。

 使える影は全て使った。


 結果、自身の影を、延々と太陽光に炙られ続けた。



 その、諸々が合わさった状態が……今の桜井。

 純粋な疲労だけではない。

 能力を過剰にしようする為に脳を。

 足りない影を補う目的で精神を。

 疲弊させた結果が……これだった。



 しかしそれでも諦めない。


 こうなる事は分かっていたのだ。

 問題ではない。


 桜井にとって問題なのは、自身が動けなくなる事。

 倒れて何も成せない事だ。



 倒れそうになる身体を無理やり起こす。

 無理やり引きずる。


 そうして、真城の下へとたどり着く。



 ここまで来た。

 まだ終わりではない。




 そうして桜井は、……“とっておき”を勢いよく地面へと打ち付けた。



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