第21話 『“念動力”』
真城には、不思議な事が起こっていた。
それは、悪い意味ではない。いい意味で……である。
大柄の影人の注意が真城から逸れた、その時だ。
桜井からの攻撃を土の塊で防御した、その時だ。
桜井へと手をかざし謎の力を発した、その時だ。
真城を締め付けていた謎の力が、少しずつ、しかし確実に緩み始めたのである。
真城に訪れた好機。
それを、真城が逃すはずもない。
全身に力を込める。
身体を縛り付ける謎の力を振り払うように、全力で藻掻きまくる。
バチンという、何かが弾ける音がした……気がした。
同時、真城の身体を縛り付けていた不可視の力が、その効力を失った事を理解する。
真城は瞬時に体勢を立て直すと、眼前の大柄の影人を見据える。
そしてそのまま影を纏った拳を握り締めると、今までのお返しとばかりに怒りを乗せた一撃を大柄の影人へとお見舞いした。
桜井を捕縛する為に片腕を前に出して、力の放出に専念していた為だろう。
突然の不意打ち。或いは、分かっていても躱す事の出来なかった攻撃を受け、大柄の影人は顔を顰める。
咄嗟の判断で真城を払う様に片腕を大きく横に薙ぐが、真城はそれを躱して距離を取る。
そしてそのまま一歩二歩と後退していき、桜井との合流を図る。
桜井も桜井で、大柄の影人から後退している途中の出来事。
真城の事態にほっと胸を撫で下ろし、理解する。
この大柄の影人が使う能力。
その正体が、“念動力”であるのだ……と。
数秒して、真城と桜井は合流する。
大柄の影人の扱う“念動力”。その効果範囲は、自身の肉体へと襲い掛かった不可視の違和感とそれが弱まり無効化された事実から確認済み。
大柄の影人からの距離を保ちつつ、二人は情報を交換する。
「晴輝くん。あの影人さんの能力。
少なくとも、土の壁を作ったり私たちの動きを阻害、拘束してたのは“念動力”ってやつだと思う。
初めは“土操作”の力があって、それとは別に相手を拘束する能力があるのかとも考えたけれど……あれは同一の能力だよ」
その言葉を受け、真城は少し考える。
“念動力”。その単語については意味を含めて、流石の真城も知っている。
正直な話をするのなら、“念力”と“念動力”の区別は付いていない。
だがしかし、“手を触れずに物を動かす”とされる超能力の一種である事は理解している。
その昔、オカルト番組か何か……超能力特集的なものをテレビでやっていた。
両手を前に突き出して触れずにリンゴを持ち上げたり、手を使わずにスプーンを折り曲げたりと、どこか胡散臭いと感じながら視聴していた子供の頃の記憶が甦る。
どうせ種や仕掛けがあるのだろう、と。
ガヤガヤ騒ぐ観客達に対し、冷ややかな視線を向けていたのを思い出す。
あの頃はまさか、今こんな事態に直面する事になるなんて思いもよらなかった。
「同一の力っていうのは、多分当たってると思う。
俺が拘束されている間、あの影人が土を動かしたり明花さんへ力を使う度に拘束が緩まっていってた。……多分同じ力を複数同時で使うと威力が下がる、とかなのかも。
いくら能力を感覚で操れても、結局それを処理するのは脳の仕事だから、どこかしらでの限界はあると思う。
俺も複数同時に影を操るとなると注意力が散漫になって満足に動かせない……、ってのはよくあるし」
「うん。私もそう思った。
あの影人さんが私にも“念動力”を向けてる間、晴輝くんの動きがマシになっていってたのは見てても分かったしね」
真城の答え。それを聞いて桜井も頷く。
しかし、
「でも、それが分かった所でどうしましょう……。
結局の所、その“念動力”がある限り迂闊に攻め込めない。
近づけばそれだけ、さっきみたいな拘束をされるリスクが上がる」
打開策。それが今は浮かんでこない。
現状で既にしている通り、一定の距離を保つ事。……それ以外に打つ手が無い。
“ソレ”を受けない様には出来ても、突破出来なければ意味が無いのだ。
このままずっと逃げ回っていても埒が明かない……と、そう真城は歯噛みする。
「しかもそれだけじゃないよ。
晴輝くんももう気が付いているとは思うけど、あの影人さんも“フェイズ4”。
今まで使用した能力からしても“念動力”の他に、“瞬間移動”と“肉体強化”があると見ていい。……今までにない程の、強敵だよ。
それに、向こうに“瞬間移動”がある以上はどれだけ距離を保ってても意味が無い。
一瞬で距離を詰められて、すぐさま“念動力”で拘束……なんて事にもなりかねない。
とりあえずは――ッッ!!」
話の途中。
二人の視界を遮る様に、大柄の影人が現れる。
“瞬間移動”の能力を使って。
突如現れ、両手を左右、二人に向けて払う様に横に薙ぐ。
その腕は、筋肉は、みるみると膨張し、二人の身体を軽々と大きく吹き飛ばす。
「――がッ!?」
「――うぐっ!!」
咄嗟にガードはするものの、踏ん張りがきかない。
“影纏い”で固めていてもこの威力。
もしも生身で受けてしまえば、一溜まりもないだろう。
作戦会議をさせないつもりか。
将又、拘束は多少痛めつけてからのが良いと考えたのか。
その真意は分からない。
しかしそれでも、この大柄の影人を相手取り、単体で挑むには分が悪い。
真城も桜井も、共に戦闘スキルが高くない。……今はまだ、実力不足が否めない。
協力しなければ、――この、大柄の影人とはやり合えない。
くそ。と、小さく真城は舌打ちする。
二人で協力しなければならない相手。
しかし、対する相手は一瞬で距離を縮める事が可能な“瞬間移動”持ち。
しかも、その後ろには“黒隠”まで控えている。
未だ攻撃をしてこない相手。
その手の内だって未知数だ。
……これ以上、桜井との距離を離されるわけにはいかない。
左右別々の方向へと殴り飛ばされた真城と桜井。
真城は、どうにかこうにか身体を器用に動かして逸早く体勢を立て直すと、身を翻して桜井の下へと駆けようとする。
しかし、その真城の動きを察知したのだろう。
瞬時に真城の眼前へと大柄の影人が転移してくる。
しかもそれは、今にも蹴りを放たんとする体勢のまま。
「――ッッ!!??」
目で見るのでは遅すぎる。
危ない。……と、真城の本能が警笛を鳴らすと同時、反射的に真城は身体を大きく逸らして受け身も取らずに真横へとダイブする。
ブオンという風を切る音と共に、真城の左頬から左耳にかけて何かが擦れる感覚が通り過ぎてゆく。
それが大柄の影人の履く靴であった事。
ギリギリでの回避に成功したのだと気づくよりも早く、真城は乾いた地面へと身体を打ち付けた。
ゴロゴロと回る視界。
狂う平衡感覚の中、自身が今どの位置にいるのかも掴めないほど地面を転がり続けて停止する。
停止すると同時、勢いよく身体を起こして立ち上がる。
土埃が舞い上がる。
目や口に砂が入る。
……しかし、それでも構わない。構っている、余裕はない。
涙目のまま、その視線を大柄の影人の居た場所へと向ける真城。
しかし、
「――ッッ!!」
大柄の影人は、既に拳を振り上げた態勢で真城の前に立っていた。
単に“瞬間移動”で距離を詰めたのか。
或いは、ただ走って追いついたのか。
それを知る術は真城に無い。
地面を余計に転がって、大柄の影人との距離をとったつもりでいたのだが……。
“瞬間移動”は厄介だ。
そう……改めて、真城は考える。
だが、落ち着け。
“瞬間移動”自身は恐怖でも、拳自体は怖くない。
拳の交わし方ぐらいなら、真城だって心得ている。
落ち着いて、見て――躱せ。
上体を捻る。
右手を手刀の様にし前へと構える。
迫りくる拳を、手の甲を使って横へと弾く。それだけ。
たったそれだけの事で、真城は大柄の影人の攻撃を無効化する。
無表情だった大柄の影人の顔に、初めて驚きの表情が浮かぶ。
更にそれだけでは無い。
大柄の影人が体重を乗せ、完全に振り切った拳。
真城によって気道を変えられたその拳は、真城の右頬すれすれを通過してなお止まらない。
完全なフォームで殴る為だけに放たれた一撃は何かにぶつかるか、或いは腕が完全に伸び切るまでは終わらない。
避けられた。そう理解した程度で、簡単に止める事が出来ないのだ。
腕が伸び、身体全体の重心が前へと傾く。
そしてその、傾いた先には……最小限の動作で攻撃を受け流した真城が控えている。
右手の手刀の様な構えを止める。
親指以外。真っ直ぐに伸ばしていた四本の指を折りたたんで拳を握る。
「おりゃあ!!」
掛け声に乗せ、右拳を前へと放つ。
その拳に、吸い寄せられるように前へと傾いてくる大柄の影人の身体。顔。
カウンター。
思えば、原田の影人との戦いでも使っていた。
今まで意識した事は無かったが……案外、この戦闘スタイルは真城に合っているのかもしれない。
真城の拳が大柄の影人の顔面を穿つ。
しかし、……その瞬間の事だった。
ガクン、と。
真城の身体に重く重力がのしかかる。
そう。これは……、
(“念動力”か!!)
真城は瞬時に理解する。
警戒していたのだから当然だ。
大柄の影人は、自身へと真城の拳が届く刹那、“念動力”を使って攻撃を阻害したのだ。
真城の身体がメキメキと音を立て始める。
これ以上この場に留まれば、真城は再び、先程と同様に拘束され動けなくなるだろう。
「……ッ!!」
そう、分かっていた真城の行動は速かった。
速やかに、真城は影を操作する。
足裏に収束させた影。
それを勢いよく、地面へ向かって放出し、真城の身体を押し上げる。
大きなバク転をする様に、放出した影の勢いに乗せて身体を大きく吹き飛ばす。
後方へ、後方へ。そうして真城は距離をとる。
少しして、身体への負荷が軽くなる。
大柄の影人が操作する“念動力”圏内を抜けたのだ。……そう、確信する。
ちらりと横目で、桜井の居場所を確認する。
桜井は今、“黒隠”へと駆けている最中だった。
どうやら桜井は真城と大柄の影人が戦っている間に“黒隠”へと攻撃を仕掛ける算段らしい。
上手く行けば儲けもの。
だが当然、そう甘くもないだろう。
真城がそう考えた直後だった。
真城の視線の先。
未だ“黒隠”へと走る桜井の眼前に、大柄の影人が転移していた。
拳を振り下ろす大柄の影人。
それをなんとか躱す桜井。
大柄の影人もまた、桜井が“黒隠”へと向かっている事に気付いたのだろう。
分かっていた事ではあるのだが、……どうしても“大柄の影人”という壁を越えられない。
やはり桜井と合流した方が良い。
その方が、“テレポート”の対処だってしやすい。
出来るかどうかは置いといても、先に二人で大柄の影人を何とかした方が良いと感じる。
でなければ、“黒隠”に攻撃なんて出来やしない。
そう思い、真城は桜井の援護に向かう。
先程の攻防で、なんとなく大柄の影人の戦闘技術を察する事は出来た。
“念動力”や“瞬間移動”などの異能力を除いた殴り合いであるのなら、軍配は真城に上がるだろう。
要するに、先程の攻防。
大柄の影人は、真城を舐めていたのだ。
初めに転移して、すぐさま“念動力”での拘束を行えば、真城は逃げる事しか出来なかった。
だが、そうはしなかった。
“念動力”での拘束だけなら、最悪真城は全身の“影纏い”で拮抗出来る。
出来てしまえる。という事は大柄の男も理解していた。
だからこそ、それ以外の方法で真城を弱らせる為に……大柄の影人は、真城に肉弾戦をする必要があったのだ。
結果はまぁ……真城の方が強かった訳だが。
とはいえ、次も同じように来てくれるはずもない。
更にもう一段、大柄の影人は真城への警戒度を上げただろう。
「こっちは大丈夫!!
晴輝くんは“黒隠”に向かって!!」
思考しながらも桜井へと歩を進めていた真城へ、桜井の声が届く。
「確かにこの影人さんは大変だよ!! “瞬間移動”とかすごく厄介!!
だけど……分身できるわけじゃない。
折角分断されたんだ。そこを利用しない手は無いよ!!
一人がこっちを抑えてるうちに、もう一人が“黒隠”へ向かう。
そういう作戦!! ……良い?」
「……ッ、了解!!」
真城は桜井の意思を読み取る。
気道を変え、“黒隠”へと走る。
結局の所、この四人は集う事になるだろう。
“黒隠”へ向かう真城と桜井。
それを阻害する大柄の影人。
真城か桜井のどちらかが“黒隠”との距離を縮めれば、それを追って大柄の影人もやって来る。
そうなれば、必然的に真城も桜井との合流が叶うのだ。
いずれ合流出来る。
ならば、別に今する必要も無い。
……後は、
(どうやって“黒隠”をあの場に止まらせるか……!!)
考えも無くはない。
だが、それにはまだ至れない。
まだまだピースが足りていない。
しかしそれでも、真城には今出来る精一杯をするしかない。
もう一度、チラリと桜井を確認する。
桜井は未だに大柄の影人と戦闘中。
今ならば、“黒隠”を守る壁は何もない。
……行けるか? いや、行くしかない。
このチャンス。逃しはしない。
……
…… ……
「とりゃあ!! はぁ!!」
「……、」
掛け声と共に警棒を振るう桜井。
その攻撃を、両腕で捌く大柄の影人。
大柄の影人が“念動力”を放つと同時、その気配を素早く察した桜井は真城と同様の方法で距離をとる。
“念動力”圏内を抜けたのを理解する桜井。
すかさず攻撃方法を切り替え、警棒の先端から伸ばした鞭状の影を使った遠距離攻撃を開始する。
大柄の影人は身体を捻ってそれを躱す。
躱しきれない攻撃は“念動力”で土を操作し壁を築く。
影を纏わした土の壁。それで桜井の鞭攻撃をガードする。
隙をつき、大柄の影人が桜井の眼前へと転移する。
はち切れんばかりに筋肉を膨れ上がらせた腕や拳。或いは脚を振り、桜井へと攻撃を仕掛ける。
桜井はそれを躱す。
躱せなければ、影を纏ってガードする。
桜井のガードのみでは威力を完全に殺しきるには至れない。
だから桜井も大柄の影人が放つ攻撃の向きには逆らわず、あえて大きく吹き飛ばされる。
攻撃を避けられたのなら警棒での近距離戦。
躱せず吹き飛ばされたなら、影の鞭を使っての遠距離戦。
桜井と大柄の影人は、その一連の攻防を繰り返す。……しかし。
「……くっ」
桜井は小さく歯噛みする。
この攻防で、桜井は大柄の影人に対し有効な攻撃を与え切れずにいるからだ。
それに対して大柄の影人。
桜井があえて攻撃方向に逆らわず吹き飛ばされる事によってダメージを最小限に抑えてるとは言えど、実際に攻撃は受けているのだ。……直撃はしていない。しかし、受け流しきれているわけでもない。
着実に。確実に。ダメージは桜井に蓄積している。
しかも。
そんな桜井を相手取り、その合間合間で、“黒隠”へと駆ける真城に向かい、“念動力”で固めた土の塊。大小様々な泥団子を飛ばしていく。
しかもそれは、一つ二つなどではない。
十や二十といった泥団子を……弾幕の様に、だ。
それに対しても、桜井は再び歯噛みする。
桜井だけでは、どうしても大柄の影人を抑えられない。
真城の進撃を、サポートしてあげられない。
自分の力の無さを自覚する。
……
…… ……
「うお!?」
真城の目の前を、泥団子が通り過ぎる。
真城は今、大柄の影人の“念動力”範囲外。
そしてだからこそ、大柄の影人は土の塊を飛ばすという選択をしてきたわけだ。
一度“念動力”を使用して“投げて”しまえばそれ以上の“念動力”は必要ない。
後はもう、与えられた運動エネルギーに従って、標的へと向かうのみ。
(くそ……っ!! 近づかなけりゃ“念動力”は怖くないと思ったが、……こういう使い方もできるのかよ!!)
真城は、必死で泥団子を避けまくる。
たかが泥団子。されど泥団子。
決して侮れられやしない。
その理由は……真城が避けた泥団子。
真城に命中し損ねて地面へと衝突した箇所が、衝突した泥団子の大きさに凹む。
深々と地面にめり込み、穴を作る。
非常に硬いのだ。……この泥団子は。
“念動力”によって、限界まで圧縮されている。
しかもそれだけでは無い。
飛んでくる速度。威力。
それはもう、プロ野球の剛速球に匹敵するのではなかろうか。
真城の肩を、泥団子が掠めていく。
影を纏った拳で、何とか泥団子を打ち払う。
地面へと衝突した泥団子が、深々と地面にめり込んでゆく。
そして、
「――ッ、痛!?」
避けきれなかった右足に、泥団子が被弾する。
視線をずらした瞬間に、頭へと泥団子が被弾する。
全身に影は纏っていた。
しかしそれでも、ダメージがゼロにはならない。
受けた箇所が、グラリと大きく振動する。
(……だめだ。“黒隠”に近づけねぇ!!)
真横から飛来する、無数の泥団子。
軌道自体は簡単だ。
しかしそれでも、完全には避けられない。
“黒隠”へと向かう足が止まる。
泥団子の対処を、優先するしかない。
「……!?」
突然、真城の視界を覆い隠す程の大量の土が、真城の眼前へとやってくる。
大柄の影人が、真城に転移で寄越したのだろう。
その行為に疑問符を浮かべる真城。
しかし、そんな真城へと……桜井の悲鳴にも似た声が届く。
「晴輝くん!!!!」
「……ッ!?」
突如。
真城の視界を覆うように展開した大量の土をかき分けて、横に薙ぐ様な大柄の影人の蹴りを、姿を、目撃する。
大量の土で視界を奪ったのはこの為か。
そんな答えに行き付くよりも速く。
真城の命を。
或いは意識を、刈り取る為の一撃が……炸裂した。




