第18話 『夜のひと時。情報の整理』
カップ麺も食べ終わり、一息つく。
「ねぇ……。
私から、少し踏み入った質問。してもいいかな?」
急に桜井が改まり、そんなことを聞いてくる。
「そりゃ……構いませんが」
それに対して真城は頷く。
“踏み入った話”というのだから聞きにくい内容ではあるのだろう。
だからこそ、桜井はその確認を取って来たというわけだ。
まぁ、とはいっても。
聞かれてみなければ何とも言えない。
それに真城としては話題に困っていたところでもある。
どんな話かは兎も角としても、桜井から話題を振ってくれるならこれ程有難い事も無い。
「えぇっと~。
それじゃあ遠慮なく聞くんだけれど……。
晴輝くんって、どうして“影狩り”に入ろうと思ったの?」
「……と、言いますと?」
質問を質問で返す様でアレな気もするが、真城はそう問い返す。
質問の内容自体は簡単だ。
確かにそれは真城にとって“踏み入った事”ではあるものの、だからと言って別に語りたくない程でもない。
どちらかと言えば、問題となるのは神崎との件だろう。
真城は現在、神崎から“燕尾服の男”や貰った“力”については伏せてくれとお願いされている。
それはつまり、限られた“影狩り”の人間以外には公開するな、という事だ。
……桜井も、例外ではないのである。
そして、だからこそ真城は問い返したのだ。
桜井の質問の意図。聞きたい箇所を正確に聞き出す為に。
もし仮に、“影狩り”にスカウトされた経緯について聞かれたのであれば、原田の件を話す事となるだろう。
ここで注意しなければならないのが先程も言ったように神崎との約束事。
“影狩り”の歓迎会で神崎がした捏造話……経緯としては、『“フェイズ3”となった友人に襲われている所を一ノ瀬に救われた』事となっていた。
当然の事だが真城が単独で“フェイズ3”を撃破したなどという情報は公開されていない。
……後、一応ではあるが真城と一ノ瀬が“黒鉄”と遭遇したという情報は公開されている。
どうせなら“黒鉄”の件も伏せようかと考えていたらしいが、一ノ瀬と九条の連絡内容が本部に残っていた為断念する運びとなったのだ。
良くも悪くも識別名“黒鉄”というのは有名な影人であり、その行動範囲やら行動理由といった事柄は本部でも共有、重宝される為である。
桜井が現状知り得ている情報としてはそれくらいだろうか。
それを含めた上での問答。
そうなるとやはり、一番に思い浮かぶのは“影狩り”に対する意欲だろうか。
「えっと。ほら……、“影狩り”ってさぁ。
その性質上どうしても影人さんに対してマイナスのイメージを持っている人が多いじゃない?
晴輝くんは知ってるか分からないけれど実際、敵討ち~とか復讐が~とか……そういった理由で入ってくる人が多いわけさ。
……“過激派”程では無いにしても、ね」
「……は、はぁ」
「でも晴輝くんってそうじゃないでしょ?
そんな気がしたんだ。私。
ほら、体育館で戦った女の影人さんにトドメを刺すの、戸惑ってたみたいだし。
影人さん自体にはそれほど恨みが無いのかなって」
あぁ、なるほど。
そういう事か。
真城の纏う雰囲気。
それは“影狩り”としても、これからやっていこうとする者としても、少し違った印象を桜井に与えていたのだろう。
しかし、
「……ど、どうだろう。
他の人と比較出来ないから何ともですけど。
まぁ、それなりには影人に対して思うところがあるつもりですよ?
友人が“フェイズ3”になってしまいましたし」
真城は、少し言葉をはぐらかす。
多分だが、桜井の感じた違和感は当たっているのだろう。
真城は確かに影人に対し強い悪意や恨みを持っているわけではない。
しかし、だからといって良い感情を持っていると言えば嘘になるし、悪い感情を何一つ持っていないというわけでもない。
原田の一件から鑑みても、『影人さえ居なければ』と思わずにはいられなかった。
今回の任務内容。“黒隠”が引き起こしたとされる行方不明事件の数々も、真城は怒りの感情を抱いている。
それはまず間違いない。
ただ……、真城はそういった感情よりも更に強い感情を持ち合わせている。というだけなのだ。
影人に対し抱く悪い感情。しかしそれを覆い隠してしまう程の真城の想い。
真城の夢。……“人助け”だ。
そう。……どちらかと言えば喜んでいるのだ。
その“力”が、ただ通りすがっただけの燕尾服の男から与えられたものであったとしても。
その“力”で、真城にしか出来ない方法で、人々を救えるという事が。
不謹慎だと、そう考える者も多いだろう。
ただ与えられただけの“力”で偉そうに……そう感じる者もいるだろう。
しかしそれでも、真城を本当の意味で否定出来る者など、はたして存在するのだろうか。
自分を優位に見せたい。評価されたいと思う心は、誰しもが持つ感情の一つなのだから。
しかし……とは言うものの。
そう言った思いや感情が、人々に対してあまり良い印象を与えないという事もまた、真城はきちんと理解している。
思うだけならいざ知らず、それをわざわざ声に出し、言葉を発してまで“素直な気持ち”を伝えようとは思わない。
“人を助けたいから影人の存在は寧ろ嬉しい”
などと……、それこそ一巻の終わりである。
無論、真城だってここまでストレートな意見は持っていない。
しかしそれでも、やはりあるのだ。
そういった気持ちも、……少なからず。
そしてだからこそ真城は、桜井からの問いに対して言葉をはぐらかしたのだ。
その真意。真城の気持ちを桜井に悟らせない為に。
「あぁ~、確かにそう言ってたね。歓迎会で」
コクコクと、桜井が思い出したように頷いて見せる。
まだ何か思うところはあるようだが、一応は納得してくれたみたいだ。
「そういう明花さんは違うんですか?
前に“穏健派”だって話は聞きましたけれど」
桜井からの言葉が途切れるや否や、すかさず真城は質問を投げる。
折角の会話を途絶えさせるわけにはいかない。……そういった考えも確かにある。
しかし実際は、真城が“影狩り”に入った理由についてこれ以上掘り下げられない為の処置であった。
勿論、先程真城が思い至った様な不謹慎な内容をそのまま伝えようとは考えていない。
しかし、だからといって“人助け”を目的としているとも言いにくい。
漫画やアニメなどに登場するヒーロー。
そういったものを憧れの対象とし、自身もそうありたいと語るには、真城は歳を取り過ぎている。
まぁ、ヒーローというのは言い過ぎで、実際は“人を助ける行為がしたい”というだけのものではあるのだが……。
それでも恥ずかしい事に変わりはない。
その昔原田に『人を助ける仕事がしたい』などと呟いて、それを聞かれてしまったばっかりに赤面した記憶。
そんな小っ恥ずかしい出来事を、真城は今尚思い出せるのだ。
「えぇ~!?
私が入った理由~~!?」
聞かれた桜井は少し困った様におどけてみせる。
「う~ん、どうしよっかなぁ~」
次にニヤニヤとした笑みを浮かべ、質問の内容を話すか否かを悩みだす。
桜井は時にこう、何というかわざとらしいリアクションをする事が多い気がする。
それは素でやっているのか、あえてやっている事なのか……少なくとも真城には判断が付かないが、まぁあえて触れる必要もないだろう。
別にその行為自体が鼻につくわけではないし、ある種それが桜井という人物の可愛さとして機能するなら何の問題もないはずだ。
事実、真城の脳はそれを可愛いと判断するのだから……男の思考回路は単純である。
少しばかり考えて、一つの結論が出たらしい桜井。
真城の瞳をじっと見つめ、
「もう少し仲良くなってからね!」
と口元に人差し指を当てて“内緒”のポーズをとって見せた。
まぁ……ここら辺は想定内。というよりもっともな意見だろう。
原田との一件が真城にもあったように、桜井もまた何らかの一件があって“影狩り”と遭遇したわけなのだから。
「あ、でもそうだなぁ~。
入った理由とはちょっと違うけど、“穏健派”って意味なら私は……、
やっぱり、影人さんとも仲良くしたいって思ってる!!」
体育館内でも一度聞いた答え。
桜井は屈託のない笑顔で、もう一度そう言った。
……
…… ……
それから時間が少し経ち、時刻はもうすぐ10時。
もう寝るか?
そんな思考が駆け巡る。
今日は疲れた。と、戦闘での疲労からくる眠気がほどよく真城にやってくる。
そんな時の事だった。
「そう言えばさ~。
学内で見つけた“影無し”の教員さんっぽい人。
本部で確認してはもらったんだけれど……情報が無かったんだよねぇ~」
本部からの専用端末。スマホを操作していた桜井が呟いた。
学内で見つけた“影無し”の教員。
それは、影人の探索途中で真城が偶々発見した男性だ。
本部には、“影狩り”達が斃した影人の情報や、それで“影無し”となった者達の情報を保存しているので、一応ではあるのだが、その男性がいつ頃誰の手によって“影無し”になったのかを調べてもらっていたのである。
本来であれば気にはならない事。
しかし、それでも何かあるのではないかという真城の“勘”が働いた結果である。
そしてその結果――。
「じゃあ、いつどうやって“影無し”になったのか分からないって事ですか?」
「……そういう事になる、かな。
勿論、“影狩り”の誰かがその情報を本部に伝え忘れた結果って事もあるんだけれどね~。
“影無し”の状態って、そもそも私達“影狩り”が影人さんを斃した事で出来る後遺症の様なものだし、それ以外の方法で偶然そうなった~なんて事はあり得ない。
誰かが必ず斃している訳だよ。影人化した影を……。
影人さんが影人さんを斃すって事例も、勿論無くはないけれどさ」
「……うーむ」
「まぁ~だ納得いかなそうな顔だねぇ……。
それなら、その教員さんについてももう少し調べてみようか?
どの校舎に部屋を持っているのか~とか、色々。
影人化が起こった時期とか、推測出来るかもしれないし」
桜井は手元のスマホを操作して、凪原大学のホームページを素早く開く。
そこから教員情報についてのページに飛ぶと、専用端末に送られてきた情報とを見比べながら目的の項目を探していく。
桜井はプライベート用にスマホを一つ。“影狩り”で使う専用端末のスマホを一つと、計二つのスマホを持っていた。
それは真城も同様。
“影狩り”で支給される専用端末は使用している回線やら諸々が違う為、一般で利用しているインターネットなどには接続がされていない。
専用端末はあくまでも“影狩り”内での情報を行き来させる為のツールであり、その見た目がスマホである点も一般人として人混みに紛れた際目立たない為の処置である。
「あ、見つけた」
桜井がそう言って、画面を真城にも見せてくる。
栗枝環樹。
それが真城の見つけた“影無し”男性の名前らしい。
凪原大学。教授。
今は大学の九号館に研究室を持っており、その研究内容は『環境に優しい新物質の開発と生成』についてらしい。
研究結果についても中々良好な様であり、ここ二、三年での成果が著しい。
なんでも、今まで行っていたとある物質の生産工程を見直して、自身の研究などを織り交ぜた結果、その生産スピードが飛躍的に向上したそうな。
真城は勿論の事、桜井も知らなかったが、ここ数年で次第に注目を集め始めている人物らしい。
何年も前から凪原大学に在籍し、つい一年前には准教授から教授に昇格したようである。
日々の研究結果の賜物だろう。
そんな検索結果を見て、
「むむむ……?」
と、小首をかしげて見せる桜井。
「どちらかと言えば、人生を謳歌できていそう……なんだけど??」
むむむと唸る桜井を訝しみ、桜井の眺める画面をもう一度よく確認する真城。
「でも研究って、色々ストレスとか溜め込みそうじゃないですか?
ここで紹介されているのが成功例として、その裏で日の目を見ることが無かった研究って沢山あると思うんですよねぇ。失敗作とか色々」
桜井の意見に対して、真城も意見を述べてみる。
確かに、傍から見ればこの栗枝環樹教授の人生は今が絶頂期と言っても過言ではないだろう。
今までの積み重ねがついに実り、結果として実績を出している。
他の研究職の人間からすれば羨ましい限りの事に違いない。
しかし、そこに至るまでの過程、経緯までが全てこのように輝かしいものであったとは限らない。
どこかで一度、挫折したかもしれない。
思い通りにいかない結果に、何度も頭を抱えたかもしれない。
あくまでも、現時点。
幸福、というだけである。
「まぁ、それもそうか」
真城の意見に、桜井も納得する。
「……そうなると、この人の影が影人化して“影狩り”が処理したのはもうちょっと前の出来事って事になるんですかねぇ。これ」
「だろうね。
研究の成果が実る前。ざっと四、五年前ってところかな~……――ッ」
ハッと、自分で言って気が付く桜井。
一瞬言葉を詰まらせると、少し考え込むようにして呟く。
「……もしもそれが四年前なら。
図らずもこの町の案件と関わっている可能性もあるかもしれない。
もしかしたらお手柄かもしれないよ、晴輝くん」
真城の感じた“勘”。
それが少し、信憑性を帯びてくる。
「本部にも、もう少し詳しい情報が無いかどうか調べて貰おう。
何か分かるかもしれない。
……例え何も無くっても、それで“関係ない”って事が分かるしね」
……
一つの話題が終了し、一息入れる。
桜井は紙パックのぶどうジュースを開けるとストローをさして口を付ける。
これは桜井が真城宅に来る途中、寄ったコンビニで購入したドリンクだ。
次いで同じく、コンビニで購入した数個入りのミニあんぱんを取り出してかぶりつく。
どうやらカップ麺だけでは足りなかった様である。
「あ、そうだ。
“四年前”で思い出したんだけれどさ、端末に届いていた情報の中で一つ気になるものがあって……。
“呪いの桜”。……って、知ってる?」
ミニあんぱんを一つ食べ終わると同時、桜井がそんな事を口にする。
「あー……」と、それを聞いた真城は記憶の中に思い当たる物を見つけて眉を顰める。
それは真城の好きな話題ではない。
いわゆる“オカルト”の類の話だったからだ。
「知ってますよ。……一応は。
その端末にある情報より詳しいかは分かりませんけど……凪原大学の学生なので、はい。
桜広場の事ですよね?」
「そうそう、それそれ」
真城の返した返答に、桜井が相槌を打って返す。
“呪いの桜”。
それは学生に対し禁忌とされる噂である。
人の口に戸は立てられない。
“それ”を隠そうと思えば思う程、その噂は強調されていってしまったもの。
表立って口に出し、それを教師に聞かれれば強く咎められてしまう。……そのレベルのものである。
まぁ、大学側からすれば、そんな噂一つでも大学の経営に差し障りかねない問題なのだから対処したい気持ちも分かる。
が、しかし、だからこそ、根強く囁かれ続けてしまった噂。であるのだから。
大学に入学して半年間。
その上でほとんど大学に顔を出していない真城でさえ耳に入れた事があるのだから、相当だろう。
曰く、それは“近づくだけで運気が落ちる”のだとか。
……“呪いの桜”。などと、大層なあだ名が付いてはいるが蓋を開ければこんなものである。
真城の知っている範囲で言うなれば――、
~ ~ ~ ~ ~
それが囁かれ始めたのは四年近く前の事。
信憑性も無いままに、根も葉もない噂のみが唐突に言われ出したのである。
その出所は未だ不明。
その時は教師陣も、噂などすぐに消えると思っていた。
学長がそういったオカルト話を信じなかったこともある。
しかし結局、いつになっても噂話が潰えないどころか『就活に失敗し続けるのはこの桜の所為なのではないか?』といった話にまで発展し始めた為、これは流石に……と、大学の今後について危惧し始めた学長が、縁起の悪い桜の木の切り倒そうと試みた。
問題が起こったのはその時だった。
桜の木を切り倒す為に呼ばれた業者達が次々と不運な事故に遭い、その噂の事も相まって決行を中断されてしまったのである。
“呪いの桜”。図らずも結果的に、その噂の信憑性を上げる事となってしまった。
それ以降は単純だ。
言われる噂はそのままに、“呪いの桜”のある桜広場ごと立ち入りを禁止し、閉鎖という形で幕を閉じたのである。
~ ~ ~ ~ ~
「確かに“黒隠”が活動を始めた時期。足立尊が影人化した時期ともほぼ一致してますね……。
“黒隠”が凪原大学を拠点にする理由かどうかは定かではないですけれど、調べてみる価値はありそうです」
「でしょでしょ?」
真城の同意に桜井もコクコク頷く。
「それに“運気を吸い取る”なんて、いかにもそれっぽいし……。
それ自体が“能力”なのかは兎も角としても、悪い事が続く~なんてのは中々にストレスを与えられそうではある。
物理的にも、精神的にも」
「……ですね。
であるなら、明日はその桜の木を調べてみましょうか。
何か分かるかもしれませんし、俺が案内しますよ。桜広場」
「よろしく~~」
こうして、明日の予定が決定する。
大まかに言えば、栗枝環樹教授についてと“呪いの桜”についてのあれこれだ。
「後はまぁ、この四年間での行方不明者リストとか、本部に居るときに聞けなかった詳しい情報とかもまとめて送られて来てるみたいだから、晴輝くんも気になったら見ておいて。
私は明日の為に準備とかをしてから寝るから、先に寝るんだったら寝ちゃっても良いよ~」
「明日の準備って、何かやることがあるんですか?」
「そりゃあねぇ。
流石にこの大きなリュックを背負ったままってのも大変だし……。
必要なものだけを分けて、小さいリュックに詰めておこうと思ってね。
警棒も折れちゃったし、スペアも出しておかないと」
桜井はポンポンと床に置いておいた大きなリュックを叩いて見せる。
確かにそのリュックを背負った状態で今後も大学を探索するとなると大変だろう。
今日でさえ女の影人との戦闘があった。
もしかすると今後、“黒隠”との戦闘だってあるかもしれない。
このように大きなリュックでは身体が重くなり、小回りだって悪くなる。
そもそもの話、女の影人と体育館で戦っていた時でさえ大きなリュックは邪魔な様だった。
戦闘開始と同時。降ろして床に投げ捨てていたくらいだ。
あの時は一体何が入っているのかとも思ったが……。
着替え一式にタオル。加えて寝る時に包まる用の毛布等々。
確かにそれだけのものがつまっていれば、それくらいの大きさは必要だろう。
それらを出して尚、まだ何か大量に入っている様でもある。
何故ゆえ、そう色々な物を持参しているのかと、そんな疑問が降って湧く。
しかし同時に『逆に考えよう』とも思い至る。
桜井は元々、真城宅について一ノ瀬に聞いていたくらいである。
真城宅に泊まる前提であったのなら、そういった準備も当然といえば当然の事なのかもしれない。
真城は自身の布団を広げながらも、桜井が大きなリュックから取り出した中身。その中から目に付いた物を一つ指さす。
「その丸いやつは何なんですか?
結構な数がありますけれど……」
コロコロとしたゴルフボールくらいの大きさをした丸い塊。
それは真城が思うに、“市販で売られている様なものではない”と、そう思える代物。
桜井が無造作に広げた物の中で、一番に気になった物だった。
「へ? ……あぁ。
これはねぇ、戦闘補助アイテムだよ。
使えそうなやつを幾つか持って来たんだぁ~。
これは秘密兵器。“とっておき”ってやつだね」
ニヤリと、少し含みのある笑みを浮かべる桜井。
戦闘補助アイテム。
それは真城も聞いた事があった。
影人との戦闘の際、必要に応じて使用するアイテムを“影狩り”内部で作っており、それらアイテムを総称して“戦闘補助アイテム”と呼ぶのだとか。……文字通りの意味である。
その製造における第一人者が、彼の“影狩り”本部長。神崎拓富であるらしい。
戦闘訓練の際、真城はそのように九条から教わった。
戦闘員が任務に持ち出せる代物は、安全面がある程度保証された物なんだとか。
しかしその際、真城は九条より注意喚起も受けている。
その過程で生み出された試作品。或いは神崎拓富が趣味で作った発明品には間違っても手を出すな。出してはいけない。……と。
何でもそれが、“変わり者”と呼ばれる所以であるらしい。
……それだけ注意をされてしまうと、逆に安全と分かっていても戦闘補助アイテムの存在について気にしなくもなるというもの。
故に、真城は“それ”を見るの自体が初めてだった。
「まぁ、こういったものは使わないに越したことは無いんだけれどね。
使い所も限られるし……、何よりそれだけピンチな状況になるってことだし」
「……そうですねぇ」
真城もそれに同意する。
こういったアイテムは真城のグローブや桜井の警棒とは違い、あくまでもその場その場で必要に応じて使い分ける代物だ。
戦闘の度、毎回使う物でもない。
まあ確かに出来る幅は広いに越したことはない。
秘密兵器。切り札と呼べるようなものは多く持っていて損はない。
……しかしだからといって、それを使うかどうかは別の話。
桜井が言う様に、使わないに越したことは無いわけだ。
桜井に一応断って、真城は布団に横になる。
流石に眠さが限界だ。
目を瞑り、布団を被る。
視界が黒くなる。
眠りに落ちるまで。
意識が切れるまでの間際。真城には、考える事があった。
思い浮かぶのは、体育館での戦い。そこで取り逃がした女の影人の事である。
真城と桜井はその戦闘後、本部に女の影人の顔写真を提出していたのだ。
そしてその結果は、既に真城の端末にも届いていた。
それは――、
『約二週間前に失踪した松田椎菜さんと同一人物である』
という結果であったのだ。
松田椎菜。
真城のバイト先で同様に働く松田実里さんの一人娘。
もしもあの時、とどめを刺せていたのなら……。
もしも殺していたのなら……。
ゾクリ、と真城の背中を冷たいものが走る。
そして同時、とどめを刺さなくて良かったと本気で安堵した。
……助けたい。
そんな思いが駆け巡る。
しかし、“力”を使えない。
(俺は……、どうしたら……)
問答。葛藤。
あらゆる感情が渦巻く中、真城の意識は落ちていった。




