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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第17話 『ボロアパート真城宅』



 今は夜。時刻は8時。

 現在、真城と桜井両名は真城宅の真ん前にまでやって来ていた……。


 そう、それは。

 凪原町にある木造二階建てのボロアパートに、である。


 何故そうなったのか。

 それは十数分前の事に遡る。


 女の影人を取り逃し、夕暮れも間近という事で大学を後にする事となった二人。

 理由としては、夜な夜な大学を歩き回るのは警備員に見つかるリスクが大きいという事と、見つかった後の処理が面倒だという事だ。

 無論、それでも“影狩り”である真城達ならばそのリスクを最小限に抑える事が可能である。

 見つかってもすぐに“影世界”へと逃れてしまえばいいのだから。

 一瞬で姿をくらませば、さしもの警備員も目の錯覚、見間違いだと思い込む。

 もしかすれば、幽霊か何かだと勘違いをしてくれるかもしれない。


 ……だが、それでも、リスクは無くならない。

 ゼロではない。


 その問題はただ一つ。

 “夜には影が出来ない”……という事だ。

 勿論全く出来ないという事も無い。

 月明かりがさしていればそれだけでも薄っすらと影が出来る。

 夜道が暗ければ外を出歩けないので街灯などもあるだろう。

 夜に仕事をする人もいる。おかげで灯りの点いたままの建物なんかも至る所に点在している。

 夜でも利用可能なコンビニなんかも良い例だ。


 ……が、それでも。

 昼間と比べてしまうなら、影ができる地帯が極端に少なくなってしまっているのも確かである。


 人から見つからない様にしなければならないのだから、目立つ行為は厳禁だ。

 自身で明かりを用意する。懐中電灯などを点けるといった行いも悪手である。


 であるならば、必要な時に必要な場所に影が無い。“影世界”に駆け込めない。……というのは、やはり勝手が悪いのだ。


 この条件に加えて、“影人も好んで夜は動かない事”、“そもそも大学内に影人が襲うような一般人が警備員ぐらいしか残っていない事”を鑑みれば、リスクを冒してまでする事でもない。

 残る問題である警備員に至っても、そもそも影人が物理的な危害を人間に及ぼすといった行為自体が、ここ数年鳴りを潜めている。

 原田の一件であったような『殺したいほど憎い人間』でもない限りは、影人もストレスを与えることに尽力し仲間を増やすことを優先することだろう。

 影人化。……それはたった一夜の出来事で発症するものではない。

 何週間、或いは何月もストレスを溜め込むことによって引き起こされるものである。

 であるならば、大学を後にする際にでも警備員の影を確認しておくだけで事足りる。


 結果をまとめるなら、やはり夜に動く必要は無いという訳だ。



 そんなわけで、一夜を過ごす為の宿を探す事になった二人。

 このご時世、一夜明ける手段などいくらでもあるものだ。

 ネットカフェ。漫画喫茶。カプセルホテル。カラオケボックス。

 真城や桜井としてはこれくらいのものだが、もしかするともっと多くあるかもしれない。

 とにかく、そういった場所で時間を過ごせば良いのである。

 体力の回復と、睡眠時間の確保。

 大学が開くまでの暇つぶしが出来ればそれでいい。

 それだけでいい。


 ……そのはずである。


 宿代だって、会計の際に領収書を発行してもらって後々本部に渡せばいいだけだ。

 本部だってケチではない。

 しっかりとした手順を踏み、且つそれが任務内での事なのだから問題無い。


 ……にも関わらず、何故か桜井が真城宅に行くと言って聞かない。

 何故なのか?

 別に何もないよ、ホント。

 寧ろ来られても困るというか、男の一人暮らし部屋など見られて困る物しかない。

 オタクといった趣味があるわけではないので、アニメのフィギュアやDVD、アニメやアイドルなんかのポスター、抱き枕などといったストレートな代物があるわけではない。

 とはいえ、コンビニなどで手に入るちょっとエッチな感じの雑誌が一つも無いかと言えば嘘になる。

 それに何より、真城は原田との一件から今の今までの期間、一度も家に帰っていない。

 全くと言っていいほどの放置状態である。

 部屋に散乱したコンビニ弁当のゴミ然り、一週間以上をほったらかしにした衣類や布団の類然り……、正直な話をするならば真城でさえ部屋を除くのが少し怖い。

 一体どれほど悍ましい惨状になっているのか。……想像するに難くない。

 まず間違いなく、黒光りするイニシャル“G”。彼らの天国となっていることだろう。


「やっぱりやめません?

 俺の家、何も良いのも無いですって……。

 何処か駅周辺を探せばいい所が……。あ、今検索して見つけましたよ。

 ここのネットカフェとかどうですか、近いですし」


「え~~、いいじゃん晴輝くんの家で。

 ネットカフェって有料じゃない。

 それにネットったってこのご時世、スマホとバッテリー。そんでもって充電器もあれば問題ないでしょ……。


 それともなにかね。私を家に上げたくない理由でもあるのかね?」


 ……いや、そういう事では無く。ね?

 そもそもの話からして付き合っているわけでもない。それどころか今日が初対面といって差し支えない程度の間柄。

 一つ同じ屋根の下、男と女が共に過ごして良いわけ無い。歳だって近いのだ。


 ここまで考える真城は異常だろうか?

 寧ろほとんど今日会ったばかりの一人暮らしの男性の家で一晩を明かそうという桜井の行動の方が異常なのではなかろうか?

 危機管理能力が低すぎるのではなかろうか?


 まぁ逆に言えば、それだけ桜井が真城を信用しているという事でもあるのだろう。



 確かに真城が今後“影狩り”での活動していくのであれば、わざわざ職場の人間関係にヒビを入れようとは思うまい。

 まともな思考をした者であれば当然だ。

 余程のことでも無い限り、わざわざあえて嫌われるような行動をとったりなどしない。

 真城自身、別に好かれたいとは思わないが……だからといって嫌われたいわけでもない。


 男と女。

 ひとつ屋根の下で一夜を明かす……と言っても、真城は性欲を抑えられぬただの獣ではないつもりだ。

 分別を弁えることの出来る歴とした大人である。


 ……であれば、だ。

 結果として桜井に手を出す事の無い真城兼真城宅は、“桜井の安全を確実に保証している”とも言えなくもない。

 ……桜井の判断が、ある意味で正しい事になる。

 初めからそれが狙いで真城宅を選んでいるのだとしたら……賢い、か?



 とはいえだ。

 逆にそこまでして安全を保障しないでも、ネットカフェや漫画喫茶を使って個室に籠る事だって出来るのだし、そちらの方が安全と言わざるを得ない。

 ホテルに行き、別々の部屋に泊まった方が尚安全だ。

 真城宅“のみ”が良い理由にはなり得ない。


「じゃ、じゃあカラオケとかはどうですか?

 俺、最近の歌とか流行りとか全然わかりませんけど、合いの手くらいなら付き合いますよ? 付き合いますから……。

 食事の注文だって出来ますし、ドリンクバーで水分も取り放題ですよ!!」


 もう、真城でさえ何を言っているのか分からない。

 どうにかこうにか桜井を真城宅から逸らそうと必死なのである。



 ……。


 ……そうして、必死であったからだろう。

 今ここがどこなのか。

 どこを歩いているのかを、全く理解していなかった。

 頭に入っていなかった。


 だからこそ、桜井から唐突な言葉を受けて表情が固まったのは言うまでもない。


「晴輝くんの家ってあのアパートであってる?」


 すっとボロアパートを指さして、真城の答えを待つ桜井。

 小首を軽く傾けて、自身の可愛さポイントをふんだんにアピールしながらも、行いの非道さを隠せてない。


(……一体いつ、どうやって俺の家を!!?)


 真城の引き攣る表情で正解を察したのだろう。

 ニッコリと。それはもうニッコリと微笑みを浮かべながら、


「一ノ瀬さんに聞いたら教えてくれたんだ~。晴輝くんの家」


 無邪気に、そう返答した。



(そ、れ、は!!

 俺の個人情報じゃねぇかああああああああああ!!!!)


 一体いつ調べたものなのか。

 桜井に聞かれてから調べたのか……?

 原田の影人化経緯と一緒に調べていたのか……?


 いやいや、そんなのどうでもいい。

 内心での絶叫と共に、脳内に浮かんだ一ノ瀬の顔を思いっきりぶん殴る。


(……あの野郎。

 この任務が終わったら絶対一発殴ってやる!!)


 拳をグッと握り締める。

 青筋をピキリと立て、真城はそう誓うのであった。



~   ~   ~   ~   ~



 ここはボロアパート真城宅。


 家の場所を知られてしまっているのだから仕方がない。

 そういう事にして諦めた真城は、せめてゴミ部屋に入れるまいと桜井に提案する。


「すいません!!

 ちょっと部屋を掃除してくるんで!! 十分程でいいので時間をください!!

 片付け終わったら呼びますんで、ここで、どうか、お待ちを!!」


 とだけ言い残し、一人急いで部屋に駆け込むこと数分。

 ガサゴソと壮大な音を立てつつ部屋に散乱するゴミの一掃に取り掛かる。

 家の扉を開けた瞬間、ムワリとした熱のこもった空気が真城の全身を包み込む。

 それと同時、ゴミから漂う刺激臭が鼻を刺す。

 ツンとする臭いから逃れる為に鼻を塞いで口呼吸に切り替える。

 一週間もの間放置されたコンビニ弁当やらカップ麺のゴミの類。

 それに加えて、この夏の熱気がこもる部屋の中で放置され続けたわけである。


 もはや必然という他ない。


 棚からゴミ袋をいくつも取り出してゴミを中へと放り込む。

 その袋を更に新たな袋へと入れて二重にする。

 それでゴミの臭いがどうにかなるとも思えんが、一応だ。

 本来であれば、外に捨てに行きたい所存ではあるのだが、生憎と今日はその曜日ではない。

 仕方がないので一旦場所を確保するという名目でゴミ袋をまとめてベランダへと追いやった。

 流石にそれだけでは目立つので、ブルーシートなどを上から被せてカムフラージュ。

 寧ろ目立ってないか? と、どこかからツッコミが入る気もするが、気にしない方向で事を進める。


 更に部屋の窓を全て大きく開け放ち、部屋の空気の換気を試みる。

 床に敷かれた布団を勢いよくバタつかせて風をつくる。

 埃が舞うが気にしない。

 少しすると外の空気が流れ込み、部屋のムワリとした空気が消えていく。

 多少涼しくなった事を確認すると、リモコンを操作してエアコンの冷房を起動する。


 水回りも忘れてはならない。

 台所へ向かうと水道の蛇口をひねって水を垂れ流す。

 例え一週間。されど一週間。

 水道管の中が早々錆びるとも思えないが一応だ。

 管の中の汚い水を出し切る、という意味でも間違いは無いはずである。

 排水口の中。排水トラップに水を溜めておくという意味もある。

 トイレの水も一度流しておく。

 便座も洗浄用の使い捨て濡れシートで拭き取って綺麗にする。

 念のため風呂場も一応確認する。

 風呂場の壁や床、浴槽をシャワーで軽く流すと、浴槽の中をスポンジで磨く。


 ……そうして、ようやく準備が完了する。


 急いで桜井を迎えに行く。

 既に部屋掃除でヘトヘトではあるが気にしない。

 夜とはいえ蒸し暑いこの季節、何時までも外で待たせるのは真城としても心が痛む。

 桜井を見つけて声をかけ、その後部屋の前まで案内する。




「それでは……、おっ邪魔しまーーーす!!」


 バンッと、勢いをつけて扉を開け放つ桜井を見て、


(……いや、そんな勢いつけなくても)


 と、内心でツッコミを入れた真城。

 そんな真城の事など露知らず、桜井は部屋へと入っていく。



 まぁ……、変に意識されるよりはいいんだけれどね。



 ……


 …… ……



 桜井を上げてすぐ、風呂場へと誘導した。

 決していかがわしい目的がある訳では無い。

 ただ純粋に、汗でべたつく身体を洗い流すよう勧めただけだ。

 真城達は今の今まで外にいた。

 ただでさえ夏の暑さが辛いのに、影人との戦闘まで行ってきたのである。

 相手が異性である以上、気を使わないのもいかがなものか。

 浴槽に湯は張っていない。

 やれる事と言ってもシャワーが限界だろう。

 しかし、それでもやらないよりはマシである。


 汗の臭いが気になる。

 べったりと、肌に張り付く服が気持ち悪い。

 真城でさえ、早く身体を洗い流したい。


 とはいえここはレディーファースト。

 そうでなくとも、客人なのだから先に譲るべきだろう。


 真城はその間にでも、もう一度丁寧に部屋を片付けるつもりである。

 

 一瞬、身体を拭くタオルについて悩んだが……そこは流石桜井だ。

 ……元々真城宅へとお邪魔する予定でいたのなら、寧ろ当たり前と言っていいかもしれないのだが、桜井は今回タオルや着替えの一式を持参していたようである。

 良かった良かった。


 まぁ、こんな夏場だし、身体を動かす仕事故に服を何着か持っているのも道理というもの。

 持って来ていた大きめのリュックには一体何が入っているのかとも思ったが、任務が一日で終わらないことも考えて色々用意していたのだろう。

 対する真城としてはその辺を何も考えていなかった為に、背負っているリュックにはほとんど何も入っていない。

 汗を拭く為のタオルと、水分補給の為に用意したペットボトルのみである。……これもひとえに経験の差と言うべきか。




 ……そうして時間が少し経ち。


「上がったよ~」


 と、扉の向こうから桜井の声がかかる。

 どうやらもう済んだらしい。

 まぁ、身体を軽く流すだけなのでそう時間もかかるまい。

 桜井が風呂場から出てくれば、次は真城の番である。


 ラッキースケベイベント? ……なんだねそれは。

 そんな事、一歩間違えなくとも犯罪だ。

 そうだと理解して、わざわざ風呂場に近づこうなど愚の骨頂。

 適切な距離を取り、間違ってでも風呂場周辺へと足を踏み込まない為の配慮。気配り。

 そういった諸々をこなした真城にとって、当然そんなこと起きるはずもないのである。



 風呂から上がった桜井が、洗面所から顔を出す。


「ごめんね~……。先にお風呂使わせてもらっちゃって。

 汗ベタベタで気持ち悪かったよね。おまたせ」


 そう言って申し訳なさそうにする桜井。

 急いで出てきたからなのか、その淡い茶色の髪の毛はまだ乾いておらず、それどころか拭き残した水分が水滴となってポタポタと首にかけた白いタオルを濡らしていた。


 本当なら髪型やメイクを整えておきたかったであろうに。

 未だ火照った顔で謝罪をする桜井に、逆に申し訳なくなる真城。


「いえ……、気にしないでください」


 そう言って、今度は桜井を部屋の中央へ案内する。

 

 着替えも持参していたのだろう。

 桜井の服装が、風呂に入る前と後で変わっている事に気が付いた。

 今は、薄いピンク色ワイシャツとその上に白とピンクのニットベスト。茶色いショートパンツといった外見である。

 ショートパンツは腰から膝にかけて外側に少し広がった作りとなっており、ミニスカートの様に見えなくもない。

 

 

 ただでさえ風呂から上がったばかりというシチュエーション。

 それに加えて、ほんのりとしたシャンプーの香りが真城の鼻腔を刺激する。

 ……非常にまずい。

 精神衛生上よろしくない。

 

 

 真城は急ぎ座布団を取ってテーブルの前へと移動させると、そこに桜井を座らせる。

 そしてその後、台所の棚から紙コップを取って来ると、ビニール袋から取り出したオレンジジュースと共にテーブルの上に置く。

 このオレンジジュースはここへ来る途中で寄ったコンビニで購入した代物だ。

 

 その他、テレビのリモコンやらドライヤーといった物を桜井の前へと持ってくると、少し時間を潰すように告げてから真城は風呂場へと移動する。




 煩悩をかき消せ……煩悩を押し殺せ……。


 女性を一人、家に入れたからなんだと言うのだ。

 平常心。そう、平常心だ。……平常心を保ち続けろ。


 みっともないぞ。真城晴輝。


 気持ちが悪いぞ。真城晴輝。


 こんな事では、この先を……やっていけない!!




 ……そんなこんなで心頭滅却。

 無我の境地。或いは悟りを開きかけながらもシャワーを浴びる事……数分。

 

 風呂場から出た真城は、部屋着として愛用するジャージへと着替えると、桜井の待つ部屋へと向かった。



「お待たせしました!」



……



「……何やってるんですか?」


 桜井のいる部屋。

 そこへ顔を出した真城の表情が引き攣った。


 その理由は単純で……。


 桜井が四つん這いの体勢で部屋に設置されたタンスの後ろ。壁との隙間を覗き見ていたからである。



「……何やってるんですか?」


 真城は片手を額に当て、落ち着いてからもう一度桜井へと問いかけた。

 ビクリと身体が反応し、桜井は大きく振り返る。


「へ!? ……あ、晴輝くん!? び、びっくりした」


 驚いたのは真城の方だ。

 一体全体そんなところで何をしている?


「い、いや~……ははは。

 何と言いますか、私も男の部屋に入ったのは初めてなもんでして。

 とりあえずここはお決まりの“エロ本探し”で晴輝くんの趣味でも把握しようかな~……なんて……?」



「なんでそうなるの!?」


 真城は盛大にツッコんだ。


 もしかしてもしかしなくても明花さん?

 あなたも、緊張してらっしゃいます……?



……



 そんなこんなで時刻は9時。

 現在、真城と桜井は適当なバラエティ番組を眺めながら晩御飯を食べていた。

 とは言っても、ちゃんとしたご飯などがある訳でもない。

 真城宅に元からあったカップ麺である。


 ここへ来る途中、確かにコンビニには寄っていた。

 しかし真城も、まさか自身の家に来ることになるとは露知らず……桜井もまた、真城宅を目指している事を伏せていた為に、簡単な飲み物とスナック菓子程度しか購入していなかったのだ。

 まぁ……しっかり食べようと思うなら近くにコンビニもあるのだから買いに行く事も可能である。

 ただ単純に、折角シャワーを浴びて着替えた事もあり再び外に出ようとは思えなかっただけなのだ。




「……」


「……」



 無言。


 テレビの音。

 そして麺をすする音のみが響く空間。


(……気まずい)


 そう内心で考えて冷や汗を流す真城。

 何故に桜井と向かい合う形でテーブルに着いてしまったのか……。

 今更後悔してももう遅い。


 真城は只今絶賛緊張中。

 目の前の桜井も同様なようで、テレビへと向けた視線を一向に真城に向けてこない。


 ……非常に気まずい空間が出来上がっていた。

 そもそもの話、この晩御飯の用意でさえ必要以上の会話をしなかったわけである。

 こうなるもの必然というもの。


(……どうする?

 いくらなんでも、このままずっと無言でいるってのはちょっと……耐えられない。

 何か話す事とか無いのか、俺?


 話題……話題……)


 そうやって思考を巡らせた結果だろう。

 一つ話題を思いつく。


「あ、……そういえば、ありがとうございます。

 俺の初任務について来てくれて。とても助かりました」


 それは、今のいままで言おう言おうと考えていたにも関わらず、言うタイミングを逃し続けてきた言葉だった。


「……へ?

 あ、あぁ、気にしなくていいよ~~そんな事。

 私が晴輝くんと仲良くなりたかったってのもあるんだし……。


 ここは仕事の先輩としても、お姉さんとしても、いい腕の見せ所だな~、ってね!!」



「……」


「……」



(――いや、話題を続けろよ俺!! そこで無言になってどうするよ!?)



 あたふたと。

 そんな真城の葛藤が目に見えたのだろう。



「……ぷっ、くくっ、あはは」


 桜井が、口元に手を当てて笑い出す。


「……あ、あはは」


 それにつられ、真城も笑う。

 それは、どちらかと言えば苦笑いに近かったが、まあそれでも良しとしよう。



 少しばかり、先程よりも空気が軽くなった気がした。



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