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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第16話 『“力”は使えない』



 それは、修練場での出来事。

 一週間に及ぶ戦闘訓練での事だ。

 九条(くじょう)から、影人との戦闘法。

 影人の斃し方についての説明を聞いていた、……その時だった。


『影人の肉体である“影”に対しダメージを与え続ければ、人格が消滅し斃せる事は判明しています』


 と……。

 九条は、そんな事を言っていた。

 影人へと攻撃を続け、影を削り、ダメージを蓄積させる。――そうする事で影人は斃せるのだ、と。



 それは、執務室での出来事。

 執務室へと呼ばれ、足を運んだ先での事だ。

 真城が渡された資料を読みなら、スクリーンに映し出された映像や情報について神崎(かんざき)から説明を受けていた、……その時だった。


『実はこの件、真城君が龍牙君と戦闘訓練に励んでいる間に一度、『影世界専門部隊』から数名を凪原町に向かわせたんだ』


 と……。

 そしてその結果。


『“フェイズ3”複数体と“フェイズ4”一体を確認。

 戦闘の後、“フェイズ3”二体の影人撃破に成功した』


 と……。

 

 それを……真城が聞き逃さなかった訳がない。

 聞き逃せるはずがない。

 

 言葉に出さずとも、声に出さずとも。

 真城晴輝(ましろはるき)が反応しない。なんて事はない。


 “フェイズ3”を二体撃破した。

 それはつまり、二人もの人間が“死んだ”という事。

 “死ぬ”。……という事が、確実になったという事だ。


 “灰”の言っていた内容。

 “影狩り”達の、周知の事実。


『“フェイズ3”以上の影人となってしまった者を助ける術はない』


『例え影人を斃しても、解放された肉体が意識を取り戻す事は無い』


『後に衰弱し、確実な“死”を迎える』――と。


 しかし真城は例外だ。

 真城なら救うことが出来る。……助ける事が出来た。

 ――……、そのはずなのだ。



 それは、執務室での出来事。

 任務の内容を語り終え、一ノ瀬や桜井が部屋を去った後の事だ。

 真城も席を立ち、任務の準備でも始めようかと考えていた、……その時だった。


『いいかい真城君。

 君の持つその“力”。

 「影と肉体を分離する」とされる“力”を任務中、絶対に使ってはいけないよ』


 神崎から、そんな事を告げられたのは……。

 勿論「何故か」と聞き返したが、その理由は言ってしまえば……『真城の“力”は限られた人間以外には伏せられているから』と『上がそう決定を出したから』だった。


 何故、そんな事をしているのか?

 それは言わば、『いままでの“影狩り”の在り方』を真っ向から否定しかねない、そんな事態だからだ。

 “影狩り”の存在意義。

 それは“影世界”の破壊だとか『白川宗介(しらかわそうすけ)』の捜索だとかいう次元の話ではない。

 “影狩り”に所属する者達の理由は“影人への復讐”にこそある。

 自身と同じ目に遭わせない。という“正義感”にある。


 そしてだからこそ。

 “その為”になら“なんだって”してしまえる者達だ。

 人の命を奪うこと、さえも。



 火災。

 それは、あまりにも理不尽に人の命を奪うものだ。

 人為的なものから自然的なものまで、その発生原因は様々。

 放火。或いは火気の取り扱い、不注意や不始末によって起こるとされる。

 何も火の扱いによるものだけではない。

 漏電や短絡といった電気系統から発火する事もある。

 落雷などでも落ち所が悪ければ発火する可能性があるし、大地震が起きた際……それによって引き起こされる二次災害としての火災、というのもある。


 少し話が逸れてしまったが、要するに何が言いたいのかと言えば……。

 火災が起きた際、“逸早い鎮火”が求められるという事だ。


 何故か。

 それは延焼を防ぐ為、と言う他ない。

 延焼とはつまり……燃え広がりを防ぐという事。

 その為ならば……――。



 影人は人を襲う。

 それは人を殺す為。

 自身の仲間を増やす為。


 ……いるだけで、周囲に害を成す。火災のようなもの。


 だからこそ、止めねばならない。

 殺してでも、止めねばならない。


 でなければ、被害者は増える一方だ。



 “影狩り”において、国より認められた行為がある。

 それは人殺しという行為において、影人が絡む事態や案件であった場合に限り罪を大方免除されるというものだ。

 人殺し。……それは“影狩り”であるが故に、避けては通れない物事。


 “フェイズ3”以降の影人を斃せばどうなるか?

 衰弱し、死に至る。……確実に。

 直接的、或いは間接的な人殺しかどうかなんて問題ではない。

 それを知っていて。

 そうなると分かっていて尚、意図して影人を討っているのだから。


 そして、それでも、そうしなければならない事も知っている。

 だからこそ、……討たねばならない。

 そこから広がる延焼を、抑えなければならない。


 それは、……“仕方のない事”だ。



 しかし……もし。

 そうしなくても良い方法があったなら?

 人間を衰弱させ、死に至らしめる事なくして、影人を討てるなら?

 “フェイズ3”以降であっても、問題なく助ける事が出来るなら?

 ……どうなるだろう?

 ……どうするのだろう?


 神崎の言っている事とは、まさに“それ”だった。


 目の前に、影人がいる。

 自身には、その影人を斃せるだけの力がある。

 そんな時。


 影人を……斃していた。

 斃す事が出来ていた。

 

 これ以上の被害を出すまいと。

 もうこの人間が助かる事はないのだと。

 “仕方ない”という、大義名分を掲げて。


 しかし、それが出来なくなる。

 救えないから仕方がないという理由で斃せなくなる。

 大義名分が、……なくなってしまう。


 救う方法があるのだから。

 助ける手立てがあるのだから。


 だからこそ、秘匿する。

 そうならない為に。


 一部の者にしか知らせない。

 “影狩り”の戦闘員達の大義名分を失わせない為に。



「……それに言っただろう。

 真城君の“力”はまだまだ分析が必要だ、とね」


 出来る事と出来ない事。

 メリットとデメリット。

 それが一体何なのかが分かっていない。……という事。


 そもそもの話、この“力”がどういったものなのか、も。

 真城自身、分かっていない。

 そんな真城にも分かっている事。

 それはこの“力”が影人や影に対して有効であり、『影に取り込まれた肉体を、影と分離する事が可能』という点。

 そしてそれはあくまで結果的な効力であり、その“力”の本質は『影を霧散させ、消失させる事』。或いは『無効化する』というものだろう……という点である。


 そういった効力を知らぬまま、果たしてその“力”に頼って良いものか?

 そこを一部の人間達含め、神崎は決めあぐねているのだろう。


 何より真城は一人しかいない。

 別の箇所で起こる別々の事件に対し、救済する為の“力”は一つしか存在しない。

 そしてそれは、同じ命を天秤にかける事と同義である。



「真城君の“力”は未知数だ。

 情報量がまるで足りていない。


 でもね、とりあえず一つ。分かっている事がある」


 神崎は、真城の目を見つめ人差し指を一本立ててこう告げる。


原田一喜(はらだかずき)君が“記憶を失った”、という事だ。

 それが真城君の“力”によるものか、或いは影人を斃した際に現れる後遺症なのか。

 そこはまだハッキリしないけれどね。


 ……事実、“記憶を無くす”という結果が出たわけだ。


 その理由が前者なら、今後真城君が“力”を使って人々を救えても、皆が皆、記憶を無くす結果となってしまう。

 勿論、そうであったとして助けなくて良い理由にはならないけれども、……しかし果たしてそれが、被害者の為と成り得るのか。

 “命”さえ助かれば、それでいいのか?

 なんて事にもなりかねない。

 その記憶喪失が一時的かそうでないかでも大きく状況が変わってくる。


 その理由が後者だったとしても、現れる後遺症には様々なものがある。

 極端に言えば、意識を戻しても一生寝たきりのまま……だとかね。

 一生目が見えない。

 一生歩けない。

 一生手が動かない。

 そういった事でさえ起きかねない。

 それもまた、“命”さえ助ければそれでいいのか?

 という問答に繋がってしまう。


 “責任の所在”。

 “責任の有無”。

 それを真城君一人に押し付けない為にも、新しいルールが必要だ。

 でなければ今後、いずれ真城君は罪の意識に耐えられなくなってしまう。

 ……壊れてしまう事だって無くはない。


 だから……その為の時間をくれないだろうか?

 君を守る為の時間を、君の“力”を研究する為の時間を、どうか」



 ……そう言って、頭を下げる神崎を見て。

 真城は……、何も、言い返す事が出来なかった。



 だから悩み続ける。

 だから迷い続ける。

 任務が始まってさえ……。

 戦闘が始まってさえ……。


 真城は、答えを出すことが出来ないでいた。



 だからこそ、今になって。

 今、この瞬間になってさえ、真城は……――。



~   ~   ~   ~   ~



 その拳が、寸前で止まっていた。

 

 女の影人がガードの為に前へと出していた両腕と、その結果で出来ていた身体との間。

 その間を埋めるようにして差し込まれた真城の右拳。


 女の影人の顎を穿つ勢いで放たれたそれは、しかし女の影人へと当たることなく止まっていた。


 理由は明白。

 真城は、迷っていたのだ。

 この機になって……さえ。


 真城は迷っている。

 影人との決着の付け方に。


 真城なら出来るのだ。

 相手が“フェイズ3”であれ、それ以降であれ……影人化を起こした被害者を、真城は助ける事が出来る。

 その“力”を持っている。

 真城が“しよう”とさえすれば、この女の影人とその被害者とを引き剥がすことが出来るのだ。……救う事が可能なのだ。


 しかし、……それをする事を真城は許されてはいない。

 使えないのなら、斃すしかない。

 ……殺すしかない。


 ……だが、そんな事を真城が許せるはずがない。


 殺せないのだ。真城には。


 だからこそ、手を止めた。

 手を止めざるを得なかった。


 勿論、女の影人がこの一撃で斃せた保証はない。

 斃せなかったかもしれない。

 しかしそれでも、斃してしまう可能性もあったのだ。


 真城に確証はない。

 どれだけダメージを与え続ければ影人が死ぬのか……その経験が真城に無い。

 それでも、そんな経験をするわけにはいかない。

 慎重にならなければならない。

 やりすぎて、殺してしまうわけにはいかないのだから。


「……な、に?」


 驚く女の影人。

 しかし、なにも驚いたのは女の影人に止まらない。

 桜井もそれは同様だ。


「晴輝くん!?」


 真城へと向け、疑問の声を上げる桜井。

 その瞳は、状況の説明を訴えていた。

 

「あ、っと……これはその……」


 影人を斃す事。

 それが“影狩り”の仕事である。

 真城が拳を止めた事。

 それは即ち、職務放棄にあたる事。


 影人を斃さない。

 もしもその行為をするのなら、そこには理由が必要だ。

 納得のいく理由。

 ……つまりは言い訳。

 それを真城は、桜井にしなければならない。


 

 だが、そんな隙を女の影人は見逃さない。

 理由なんて興味が無い。

 女の影人にとっては、“助かった”事のみが重要なのだから。


「……ヒヒッ!!


 ヒヒヒ……ッ、ヒッ!!」


 まるで大きく口が裂けたような笑い。

 歪な笑顔を作る女の影人は、両腕を引き締めると真城の右腕を抑え込む。


 激痛に顔を顰める真城。

 そんな真城へと、女の影人の蹴りが炸裂した。


「――ッ、が!?」


 真城の右腕をがっちりと捕まえて、そこに全体重を乗せつつ跳ぶ。

 真城の顔付近へと狙いを定めて放つ蹴り。


 不意に放たれたソレは、真城の反応速度を上回り……真城の顔面へと直撃する。


 視界が暗転する。

 何が起きたのか、何をされたのかを理解出来ない。

 受け身すら取る事も出来ず、床に背を打つ真城を見て、桜井も行動を開始する。……が、もう遅い。


 女の影人へと、警棒を振るう直後の事。

 女の影人を中心として、黒い霧が発生する。

 それは、影を霧状に変化させて行う目くらまし。


「しまった……っ!!」


 体育館という閉鎖された空間。

 光を遮られた薄暗い空間。

 それら全ては、黒い霧をより厄介なものへとたらしめる。


 周りが見えない。

 方向感覚が狂わされる。


「やられた……か」


 黒い霧が霧散して、視界が晴れると同時。

 事態を把握した桜井は溜息を吐く。


 先程まで感じていた、女の影人の気配。

 殺気を、今はもう感じない。


 それが意味する結果はただ一つ。

 逃げられた。……という事だろう。



……


…… ……



「――――」


 誰かの呼ぶ声がした。


「――――ッ」


 意識が覚醒する。

 そして同時、自身がいままで気絶していたという事実を理解する。


 戦いはどうなった……?

 桜井は?

 女の影人は?


 そういった思考が、真城の脳内を一瞬にして駆け巡る。

 居ても立っても居られない。

 頭の後ろ。後頭部から感じる感触……、感覚はなんだ?


「――っは!!」


 瞳を開けると同時、真城は身体を跳ね起こす。


 現状の確認が必要だ。

 一秒でも早く、状況を理解しなければならない。

 事態は今、一刻を争うものかもしれない。

 であるならば……――。



――ごつん!!!!



「いでぇ!?」


「あたぁ!?」


 激突音が響いた。

 次いで、苦悶の声が上がる。

 

 真城は額、桜井は鼻を押さえて悶え苦しむ。

 痛みを堪え、足をバタつかせ、その瞳に涙を溜める。


 そんな中、先に復帰したのは桜井だった。

 鼻血が出ていない事を確認し、目に溜まった涙を指で拭いならが真城に話しかける。


「もしかして晴輝くんって、寝起きにすぐ飛び上る派……かな?」


 なんだその“派”というのは。

 もしや他にも“派”があるとでも言うのか。


 そんな事を考えながら、真城は辺りを確認して状況を理解する。

 桜井が正座の姿勢で座る姿。

 飛び起きると同時、顔面衝突を起こした理由。

 目覚めてすぐ、後頭部から感じた感触。


 ……それらを見て。

 真城は今の今まで桜井に膝枕をしてもらっていたのだと理解する。


「なんでまた膝枕なんてしてたんですか……?」


 率直な疑問を問う真城。

 もしかすると、そこに意味などないのかもしれない。

 本当に偶々、そういった事をしただけなのかもしれない。

 ……しかし気になる。気になってしまう。

 真城だって男の子である。

 例え女性からして膝枕という行為自体、何も感じないものだとして、そこに何か好意のようなものを勘繰ってしまうのは残念……男の性と言うものだ。

 誠に悲しい話ではあるのだが、真城は彼女という者が出来たことの無い人間だ。

 いわゆる、彼女いない歴=年齢。と呼ばれる類の人間だ。

 それは真城の家系だの生い立ちだのといった諸々の事情が原因であり、決して……決っしてそれ以外の理由が原因ではないはずなのだが、しかし事実このような現状に収まっているといった結果にあるわけだ。

 うらやましいとかは思ってない。

 ……本当だぞ。


 などと、真城が考えている事など露知らず。


「いやぁ~……。

 倒れた時に頭打ってたし、気絶もしてたから心配になってさ」


 といった、淡泊な反応が返ってくる。


 ……まぁ、知ったけどね。

 分かってたさ。他意が無い事くらい。うんうん。

 ……というか、心配してくれたのは有難い限りではあるのだが、頭を打って気絶していた場合は、頭や首を大きく動かしてはいけないのではなかったか?

 膝枕という行為自体も非常に有難いわけなのだが……こういった場合の対処法としては呼吸を確認してからの気道の確保などが正しい処置だった気がする。

 真城自身もうろ覚えな知識である為、間違っているかもしれないがとにかく、それが脳震盪であるならば下手な知識であれこれするよりも救急車を呼んだ方が良かったのではなかろうか。……気絶してしまっているなら特に。

 

 まぁ、こうして意識が目覚めたわけだし、眩暈や立ち眩み。身体の痺れといった症状も出てない以上は問題もないだろう。

 勿論、こういった素人の判断では信用に欠ける為、一応でも診察を受けた方が良いのだろうが……、今回は真城の自己責任という事で話を終わらせよう。

 診察はこの任務が終わった後にでも本部で見てもらえばいい。

 今は目先の案件。影人の問題を解決する事が優先だ。


 ……そういえば。


「あの……。

 女の影人はどうなりましたか?」


 次いで、桜井に質問をする。

 それはどちらかと言えば、膝枕案件よりも優先順位が高いものではあったのだが……、それより何より膝枕が気になってしまったのだから仕方がない。

 決して忘れていたわけでは無い。


 対する桜井は少し申し訳なさそうな顔をし、


「逃げられちゃった」


 とだけ口にする。


 事の成り行き。

 真城の気絶。

 そして……真城がトドメをささなかった事。


 女の影人の逃亡を許した件。

 それは、真城の罪に他ならない。

 真城にどのような理由があったにせよ、決して許される事では無い。

 何より、自分の不手際によって仲間であるはずの桜井を窮地に立たせた。危険にさらしてしまった事。

 信用を失っても仕方のない行動をした。……そのはずだ。


 にも関わらず、桜井は真城を責めようとはしない。

 ……何故だろう?

 そんな疑問が湧いてくる。

 


「……俺を咎めないんですか?」


 桜井の様子を窺うように、真城はおずおずと問いかける。

 正直な話、何を言われても言い返す事は出来ないわけではあるのだが……。

 それにしたって、このままスルーしたままで良いわけでも無い。


 もし仮に“言い訳”をするとしても、『捕虜にしようとした』くらいが関の山というものだ。

 “黒隠”が何処にいるのか?

 それを知る為に今、ここにいる女の影人を斃してしまうよりもまず情報を聞き出す事を優先した……と、述べる程度のものである。

 少なくとも、真城の持つ“力”についてや、それを使えなかったが為に躊躇してしまったというような真実を今、伝える訳にもいかない。

 今回どれだけの失敗を真城がやらかしたとしても、神崎からの言い付けを一方的に破るわけにはいかないのだ。

 


 数秒が永遠に錯覚する程の間を開けて、桜井が口を開ける。

 しかし、桜井の言葉は真城に対する責めや罵倒などでは無かった。

 それは、どちらかと言えば平坦な……どこか察しているような口ぶりだった。


「まぁ、大方予想は付くからね~。

 晴輝くんは新人さんなわけだし、これが初任務なわけでしょ?

 新人に失敗は付き物なんだし、気にしな~い気にしな~い」


 責めるでも罵倒するでもない言葉。

 それは、失敗をしてしまった真城に対する励ましの言葉であった。


「あの影人さんが“フェイズ3”だから戸惑っちゃったんだよね。

 “フェイズ3”を斃したら、肉体を乗っ取られてる人間も死んでしまうから。


 ……新人くんにはよくある事なんだよ。こういうの。

 影人さん達は斃さないとならない。……じゃないと被害が拡大する。

 そう分かっていても、影人さん達を斃す覚悟が足りてない、出来てないって人はいる。


 でも、それが悪ってわけじゃないんだよ?

 ……そもそも当たり前の話なんだから。

 普通の人が人を殺すことに躊躇ったり、躊躇したりする事は。


 平然とやってのけられる人の方が怖いよ。……絶対」


 真城の肩にポンと手を置く。

 真城の目を見て、ニッコリと微笑む桜井。


「それとも。……もしかして、あの影人さんを捕まえて捕虜にするつもりだった?」


 ピクリ。と、真城の身体が反応する。

 図星。というわけではないのだが、一応言い訳として考えていた内容だ。

 偶然とはいえ、桜井の発した“捕虜”という言葉に対して反応をしてしまった。


「あー……。

 それなら確かに、晴輝くんには難しかったかもしれないね。

 影人さんってどれくらい攻撃したら斃せるのかの判断が難しいから~。

 ただ倒すだけなら気にしなくてもいいんだけれど、捕虜となれば……う~ん。


 戦闘経験を積んでいけば、なんとな~~く分かってくるんだけれどもね。

 まぁそもそもうちの“影狩り”達。……特に“過激派”なんかは、わざわざ影人さんを捕虜にしようなんて考えないからなぁ……」


 腕を組み、むむむ……と悩むポーズを決める桜井。


「私としては、あの女の影人さんの事を考えて攻撃を躊躇してくれたのかなぁ~……なんて思って見たり、ね」


 意味深に真城へと語り掛ける桜井に対し、はてなマークを浮かべる真城。

 そんな真城の反応を確認し、


「ほら私、前に言ったじゃない?

 私は“穏健派”なんだよ~って話」


「……そういえば言ってましたね」


 食堂での件を思い出して、頷く真城。

 何故今になってその話が出て来るのかとも思ったが、続く桜井の、


「晴輝くんが攻撃を止めた時、少し期待しちゃったんだよね。

 もしかしたら晴輝くんが、私と同じなんじゃないか~って……。

 

 ……私の夢は、出来れば影人さんとも仲良くしたいって事だから」


 といった話を聞いて納得する。

 桜井の言う穏健派とは、つまり影人と戦うのではなく話し合いたい。仲良くしたい。といった意味だったのだろう。


 “影狩り”は主に復讐者の集まりによる組織である為、そういった考えの者は少数……稀だろう。

 もしかすると桜井は、そういった自分と同じ考えの人を探していたのかもしれない。

 今いる“影狩り”にはいないからこそ、新人である真城に近づいた。

 真城の考えや立ち位置を確かめ、もし出来るなら真城にも“穏健派”になって欲しかった。

 ……そんな所だろう。

 今回の任務。

 桜井がついて来てくれた事には感謝しかなかったが、何故ついて来てくれたかに関しては疑問だった。……しかし、その理由はここにありそうだ。



「……さて、そろそろ帰ろうか」


 そんな真城の思考を中断させるように、桜井がパンと手を叩く。


「……え、どこにですか?」

 

 桜井の言葉に対し、反射的に聞き返す。

 一体何処に帰るのか。

 それが例え本部だとしても、何故にどうして今なのか。

 

 時間にしても夜手前。

 女の影人と戦い始める時でさえ日は傾いていたのだから、今ともなれば外は暗くなりかけだ。

 季節が夏であり、PM7:00手前になってさえ太陽が完全に沈まないとは言え、それを過ぎれば暗くなる。

 大学もそのうち生徒がいなくなるわけだから、我々としては動きやすいのではなかろうか……?


 そんな疑問を口にする真城であったが、


「影人さん達も夜はあまり活動しないんだよ」


 と説明を受ける。

 『もちろん絶対ではない』といった補足はされるものの、真城としては少し驚く事だった。

 真城の持っていた先入観では影人は夜に行動するものと考えていたが……どうやら違ったらしい。

 

「影って太陽なんかの光源が無いと出来ないでしょ?

 周りが暗ければ影なんて出来ないし、そもそも夜が暗い事と影そのものに何の関係も無いわけだしね。

 影人達だって、影が出来ている昼間の方が活動時間ってわけさ」


 ……それもそうか。

 普段あまり考えない事ではあるが、よくよく考えれば確かにそうだ。


「まぁ後は単純に、人がいなくなるとは言っても警備員の見回りとかはあるわけだし、そんな中で私達だけが歩き回ったら目立つでしょ?

 私達が隠れてあれこれするにしても、ある程度周りに人がいる方がカモフラージュになるってわけよ。


 さてさて。

 それじゃあ行きましょうか。

 

 ……晴輝くんの家ってここから近いんだよね?」


 ……何故そんな事を聞くのか。

 その答えを聞くより先に、スタスタと歩き出してしまう桜井。


 おいおい。

 ちょっと待って。

 ……どういう事よ?


 そんな思考を巡らせながら後を追いかける真城。

 相変わらずロクな説明も無く先に行ってしまう人である。


 はぁ……。

 と、一つ溜息を吐き、先を行く桜井を見失わないように心掛ける真城であった。



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