第9話 『初任務』
桜井明花と別れた後。
真城は“専用端末”の着信履歴を確認する。
先程の着信。
それは九条からのものだった。
急いで九条へと連絡を返すと、「執務室へと来てほしい」との内容であった。
どうやらそこで、真城に“任務”の内容を伝えるらしい。
“影狩り”本部へ来て、初めてとなる真城の任務。
初任務だ。
真城の“夢”への新たな第一歩である。
~ ~ ~ ~ ~
“影狩り”本部。
第十階層、執務室。
そこに今、真城は訪れていた。
本部の説明の為に、真城も案内をされたことがあったので迷わずに来ることが出来た。
執務室に用意された本部長用の机には既に神崎が腰を下ろし、秘書の九条も既に横で待機済みである。
一ノ瀬も呼ばれたらしく、鬱陶し気に壁にもたれ掛かっている。
手には何らかの資料が握られ、一ノ瀬はその資料に目を通している最中のようだった。
真城は、手前に用意された来客用のソファーに腰を落ち着かせると、一ノ瀬が読んでいるものと同じであろう資料を九条から渡される。
「これって……」
真城は目を見開く。
それは渡された資料の内容によるものなのだが、しかしその真城の声を遮る様に神崎が口を開く。
「それじゃあ、始めようか」
部屋の空気が少し重い。
これから任務についてのあれこれが語られるのだから当然ではあるのだが、以前ここに来た時とはまたえらく違った雰囲気である。
神崎の表情からは、一切のおふざけムードが感じられない。
神崎の座る机。
その横の壁には大きめのスクリーン出現し、そこに繋がっているPCの画面をすぐにでも映し出せる状態だ。
神崎の指示で九条が動き、カチカチといったマウス操作の音を数回響かせた後、今回の任務内容についての画面が表示された。
それは、
『凪原町周辺における影人発生原因』
……今回真城に与えられる任務なのだろう。
九条から渡された資料にも同様のタイトルが記されているのだから間違いあるまい。
真城の驚いた理由。
それは、まさにこのタイトルが原因であった。
「前回、真城君が遭遇した一件。
そのことに加え、真城君から得た情報などを基に、凪原町周辺の洗い出しを行った。
……その結果がこれだ。
資料の一ページ目を開いてくれ」
神崎に促されるまま、真城は持っている資料の一ページ目を開く。
そこに書かれた内容は主に一つ。
タイトルにもある様に、凪原町とその周辺の地域に渡って『調査部隊』が探索を行ったというものだった。
『調査部隊』。
それは、“影狩り”に存在する幾つかの部隊の一つである。
“影狩り”では、本人の希望、或いはその人間の能力や適性に応じ、それら部隊に配属することとなる。
『調査部隊』は、影人達の戦力やその潜伏先の事前調査。
『戦闘部隊』は、『調査部隊』の調べた情報を基に影人と戦い、殲滅する。
『収拾部隊』は、戦闘後の後処理などを担当し、事態の収束、隠蔽を図る。
『支援部隊』は、その他部隊のサポート及び、それら部隊の任務状況の管理や指示。
と、いった具合である。
その他にも、“影世界”に活動拠点を置き、“フェイズ3”や“フェイズ4”といった強力な影人との戦闘や、“影世界”からこの本部に向けて直接やってこようとする危険な影人達を迎撃する『影世界専門部隊』。
“二択”で日常へ帰った者が情報漏洩をした場合の口封じ、或いは裏切り者の抹殺といった案件を請け負う『暗殺部隊』。
戦闘のダメージや老化などといった理由で、戦闘などが出来なくなった者達が行う『施設従業員』。
“影世界”及びそれらの調査、研究、実験を行う『影世界研究チーム』……などなど、だ。
「結果から言って、凪原町は完全に黒だった」
神崎が続けて口を開く。
「それも思いの外、事態は深刻だ。
……今まで放置されていたのが可笑しい程にね。
『調査部隊』からの報告は以下の通り。
現在、凪原町で起こっている事態。
その“ドッペルゲンガー騒動”の発端には、四年前のある事件が関係している事が分かった」
四年前のある事件。
突如、神崎の発したその言葉。
それに何か引っかかりを覚える真城。
四年前……。それは一体、何だったか。
「一人の男子学生が行方不明となった。
……それが、四年前に起きた事件らしい」
「……っ!?」
そうだった。と、真城はその言葉で思いだす。
真城の暮らす街。
おかしくなったその街の、原因だ。
「行方不明、というだけならそれ程問題では無い。
親族には申し訳ないがね。
問題となるのはその学生が、消える数日も前から『俺がもう一人いる』といった言動を繰り返し発していた点だ。
半狂乱となって校内で暴れたこともあったらしい。
普段の素行が悪くなかったことも相まって、両親からは相当心配されていたようだね。
大学でのストレス。
いじめなどを受けているのではないか……ってね。
しかし、結果は分からず終い。
その学生の失踪という結果だけを残し、その事件は幕を閉じている」
真城も頷く。
それは、神崎の語った事件と真城自身が知っている事件内容が一致していたからだ。
事件は確かに幕を閉じた。
その通りである。
結局、失踪届が出されたはいいものの、警官達の努力もむなしく学生が見つかることは無かった。
行方不明のまま、捜査は打ち切らざるを得なかったのだ。
しかし……。
「しかし、噂だけが残った。
『奇行を繰り返した学生が失踪した不可思議な事件』……としてね。
学生の言っていた『俺がもう一人いる』といった言葉が独り歩きし、当時の学生達や近隣住民なんかの間は相当騒がれていたらしい。
死の前兆。
彼は“ドッペルゲンガー”に出会ってしまった。
殺されてしまったんだ……ってね」
神崎は、そこで一度言葉を区切る。
「その事件から、現在に至るまでの四年間。
凪原町を中心として行方不明事件が多く確認されるようになったみたいですね。
そのせいもあり真城さんが以前おっしゃっていた様に、行方不明事件が起きた際、凪原町の住人は“ドッペルゲンガー”といった話題を口にするのが恒例、……悪い癖になっているようです」
九条からの補足説明。
それに真城はコクコクと頷く。
凪原町の“ドッペルゲンガー”といった噂話。
それは原田が影人化を起こした一件について九条に説明した際に、ついでで話しておいた内容だったからである。
自分の街で噂になっている“ドッペルゲンガー”騒動と、原田の言っていた“ドッペルゲンガー”の間に、何か繋がりがあるのではないか? と。
九条が手元のPCを操作し、この四年間での行方不明者リストをスクリーンに表示して見せる。
成人の男女から学生といった子供まで。
総勢なんと十一名。
真城が凪原町へと引っ越してからの数か月で知った行方不明者だけでも、三名ぐらいであったことを考えると、この四年という期間内で十一名というのは少し少ない気もするが……。
ハッキリ言って異常である。
今まで話題として上がらなかった。
世間をよく騒がせなかったと、驚かざるを得ない。
勿論、これは凪原町内で消えた行方不明者といったカテゴリーで調べ、判明した人数だ。
皆が皆、影人の被害者であり、影人化を引き起こしたとは限らない。
その中には、身寄りのなかった老人の蒸発といった案件や、川で溺れた子供といった案件。
借金を抱えた会社員の失踪というのもあった。
しかし、その中の一つ。
とある名前に目が留まる。
松田椎菜。
それは、真城が働くコンビニでお世話になっていた優しいおばさん……松田実里さんの実の娘の名であった。
「影人化・影人が関与する事件において、“ドッペルゲンガー”といった噂や単語は良い判断材料です。
真城さんは驚くかもしれませんが、現在ここ日本において“そういった噂話”が立つことはそう珍しいことでも無いんですよ。
この件でもそうですが、こういった影人絡みの案件は一般的に出回り、その事例として語られる“ドッペルゲンガー”と非常に酷似した状況ですから。
人が消える。失踪する。
そういった事柄に、少しオカルトな要素を加えれば……“ドッペルゲンガー”、“神隠し”といった単語が湧いて出るのも不思議な事では無いのです」
「だから僕達“影狩り”は、そういった噂話を聞きつけては『調査部隊』を送り、それが影人絡みだど判明すれば『戦闘部隊』に対処させる。
これから真城君達にやってもらうみたいにね」
九条が説明し、それに補足を加える神崎。
噂から影人をあぶり出し、殲滅する。
その性質上、“影狩り”は噂が立ってからしか動けない。
後手にしか回れない。
事が起こってからしか動けないのは、……どの組織も同じな様だ。
「勿論、何もかもが後手というわけでもないさ」
それは、真城の考えを読んだのか。
或いは、表情から読み取ったのか。
神崎はそんな事を口にする。
「以前、影人化が起きる条件として“影世界”。
延いては、それを生み出した男。白川宗介の話をしただろう?
別に“ドッペルゲンガー”という事象自体は今に始まったことじゃない。
この長い歴史を調べれば、白川宗介が“影世界”を生み出す前からそういった事例は確認されていたんだよ。
日本でいうのなら江戸時代。生霊が現れる、生まれるといった現象は病気の一つだと考えられていて、“離魂病”や“影の病”。“カゲワズライ”といった名で呼ばれていたらしいんだ。
他にも有名どころで言うのなら、芥川龍之介が“ドッペルゲンガー”を見たといった話とかね。
海外でだってドッペルゲンガーの目撃例は少なくない。
少し調べれば出て来るよ。色々な歴史上の人物が……。
他にも“影人間”なんて事例もあるけれど、これも同じ類だと僕は考えている。
まぁ要するにドッペルゲンガーってのは、世界中で確認された現象なんだ。
僕が思うに影人、“ドッペルゲンガー”が起こるプロセスは昔からあったものなんじゃないかな。
今ある“影世界”ほど大きくはないものの、何らかの条件下でそれは自然に発生し、さまざまな人間が“ドッペルゲンガー”を体験した。……そう、考えている。
あくまでも自然発生したもの。
だからそこ、条件が潰えれば自然消滅もする。
白川宗介の生み出したこの“影世界”は、そういった“何らかの条件下で自然発生する事象”と同じことを人工的に行い、固定・維持しているだけなのかもしれない。
ならばその条件さえ崩せば……“影世界”は自然消滅し、事態はひっくり返るかもしれない。ってね。
白川宗介を見つければ、我々が先手を打てる日もくるさ。
いずれ、……かならず」
ふぅ……。
と、息を吐く神崎。
「少し熱くなってしまったよ。……悪いね」
そういって頭を下げる。
「さて、……話を戻そう。
実はこの件、真城君が龍牙君と戦闘訓練に励んでいる間に一度、『影世界専門部隊』から三名を凪原町に向かわせたんだ。
行方不明者数から見て、敵の戦力も多いと踏んでね」
何故、『戦闘部隊』ではなく『影世界専門部隊』であったのか。
それは神崎が言ったように、敵の戦力。人数の問題だ。
影人はその性質上“フェイズ3”ともなれば、こちらの世界では既に行方不明者扱いだ。
そんな行方不明者の集団が見つかれば、それこそ、それを嗅ぎつけた“影狩り”達との戦闘は避けられない。
だからこそ彼らは集団になるにつれ“影世界”に潜伏することが多くなる。
今回、神崎が下した結論もそれだ。
敵が凪原町下の“影世界”を陣取っているのならそれを叩く、と。
「結果は三ページ目。
予想通り、“影世界”内に潜伏していた影人。
“フェイズ3”複数体と“フェイズ4”一体を確認。
戦闘の後、“フェイズ3”二体の影人撃破に成功した。
問題は次。
撃破した個体はどれも、行方不明者としては新しかったこと。
加えて、逃亡した“フェイズ4”がこの件の首謀者と思われる、四年前の事件の被害者。
足立尊であることが判明したこと。
……そして、その足立尊が逃げた先が“凪原大学”であったことなどが挙げられる」
ピクリッ。
と、その大学の名に真城が反応する。
凪原大学。それは真城の……。
「足立尊が学生時代に通っていた大学が凪原大学だった。
多分、影人化して以降、行方不明となってからも凪原大学内に人知れず潜伏し、拠点とすることで仲間を増やしていたんだろう……。
そこで、真城君に声をかけたというわけさ。
今真城君が通っている大学も凪原だろう?
夏季休暇中の大学に侵入し、潜伏している足立尊を見つけ出して撃破する。
それが今回、真城君に与えようと思っている任務の内容だ」
自身の通う大学での影人探索。
そして訓練ではない、本物の影人との戦闘を含む任務。
その内容に真城はゴクリと息をのむ。
四年前の事件が、まさか今現在真城の通う大学での出来事であったことには驚いた。
流石にそこまでは真城も知らなかったからだ。
まあ……元々真城も本気で調べ回ったわけでは無い。
あくまでも、過去にそういった事件があったと知る程度。
とはいえ、事件があった大学の名が伏せられていたことを考えると、嬉々として噂をしていた街の住人達であっても、どこかしら後ろめたさがあったのかもしれない。
……どの道、真城には関係ないことではあるのだが。
「先程も言った通り、足立尊は“フェイズ4”だ。
警戒してくれ。
彼の影人は四年という歳月をかけ、かなりの成長を遂げている事だろう。
その危険度から考えて、これより、足立尊を識別名“黒隠”と命名する。
“黒隠”の能力はまだ判明していない。
『影世界専門部隊』との戦闘でさえも、終始“フェイズ3”の後ろに身を置き、戦闘を避けている様子だったらしい。
しかし、かと言って“黒隠”がサポート、支援向けの非戦闘員とも限らない。
警戒は怠らないでくれ。
加えて、“フェイズ4”が彼だけという保証もない。
これも頭に入れておいてくれ。
少なくとも、まだ“フェイズ3”は複数いるだろうしね」
「え、えーっと……」
内容を静かに聞いていた真城であったが、あまりの任務難易度に声を上げる。
初任務だからと気を緩めていたわけでは無い。
しかし、この任務はいくらなんでも危険すぎるのではなかろうか。
この一週間、真城は必死に戦闘方法を覚えていた。
“影操作”も、何とか形に仕上がっているつもりだ。
しかし。
それでも、初めてである事には変わりない。
戦いの経験値が、圧倒的に不足している。
「これを俺一人で対処するってのは、流石に無理なのでは……?」
真城も流石に弱音を漏らす。
しかし、
「あっと。済まなかったね。
勿論、今回の任務は真城君一人ではないよ。
元々任務というのは、最低でも二人から三人で行ってもらうものなんだ。
際限なく数を増やし強くなる影人達と違って、我々“影狩り”は圧倒的に人手不足。
影人に襲われたからといって“影狩り”に入ってもらえるとは限らないし、何より誰もが“影耐性”を手にできるわけでもない。
だから人材は大切にしたいし、敵戦力を見極めて、十分に対処できるだけの戦力を送りたいと考えている。
今回の任務には、真城君の他に龍牙君も同行する。
凪原大学下の“影世界”にも『影世界専門部隊』から三名を待機させておくから、最悪真城君達が“黒隠”の対処に苦戦しても、“影世界”へと誘導さえしてくれれば二面から挟み撃つことも可能だ。
他にも『支援部隊』が監視衛星や監視カメラなんかを駆使したサポート、オペレートもしてくれるから、戦力としては十分だと思うよ」
そう言われて安心する真城。
確かにそれだけの人数がいれば十分かもしれない。
監視衛星、監視カメラといった不穏な単語も聞こえたがまあいい。
何より、本部でも恐れられているらしい“黒鉄”と対峙出来る一ノ瀬がいるのも心強い。
この一週間の戦闘訓練の間でさえ、一ノ瀬の戦闘能力の高さには真城も驚かされた。
正直言って有難い。
「ただ……、こちらとしては“黒隠”や、その他影人の能力が分からない以上、なるべく相手に龍牙君の存在を悟られたくない。
最終兵器として取っておきたいんだ。
そうなると問題は真城君でね。
初任務ということもあるし、本部への定時連絡の方法含め色々とサポートをしてもらう為に、もう一人ほど『戦闘部隊』から付けようと考えている。
候補は色々いるんだけれど……、真城君はまだ入ったばかりだし知ってる人も限られてきちゃうから顔見知りって訳にもいかないんだけれどね」
そういうことかと真城も唸る。
確かに一ノ瀬の戦力は優秀だ。
しかし、相手からしたらどうだろう?
今回の件。
『影世界専門部隊』のおかげで、“黒隠”を凪原大学に追い込んだ形だ。
無論、“逃げ込んだ”というのなら“黒隠”にも何かしらの秘策があるのだろう。
しかし、それを踏まえても一ノ瀬という戦力が向こうに知られているのなら、最悪の場合、恐れをなして雲隠れをされてしまうかもしれない。
逃げられてしまうかもしれない。
“影世界”で『影世界専門部隊』が待機しているからといって、その包囲網を突破されない保証はない。
ここで“黒隠”を確実に仕留めるのであれば、一ノ瀬の参戦は出来る限り伏せておくのが賢明だ。
しかし……。
どうしたものだろう。
確かにここ“影狩り”に真城の知る人物などそうはいない。
今ここの、執務室にいるメンバーくらいである。
ただ、贅沢も言えまい。
これは仕事であり任務なのだ。
真城にコミュニケーション能力が無いからと言って駄々をこねて良いわけがない。
真城は頷いて顔を上げる。
『別に誰でも問題ありませんよ』と。
その言葉を口にしようと覚悟を決める。
……が。
真城がその覚悟を口にするタイミングで、何者かの介入があった。
大きな音をたて、執務室の扉を開け放つ侵入者がいた。
その物音に、真城の言葉は遮られる。
「だったらその任務。私が参加しよう!!」
大きな声で胸を張る侵入者。
それは、桜井明花。其の人だった。




