第8話 『過激派と穏健派』
「はぁ~~~~~~~~」
真城はテーブルに突っ伏すと深く、深く、溜息をついた。
一週間の戦闘訓練。
九条や一ノ瀬からの指導は滞りなく行われた。
……あれから一週間。
真城は、辛く厳しい戦闘訓練に耐えに耐え、鍛え抜いたのだ。
真城が溜息をついた理由。
それは実にシンプルで、疲労と筋肉痛からくる気怠さが原因だった。
真城は運動が得意ではない。
それに加え、普段使わない筋肉を使った点。
一ノ瀬にボコボコにされた点。
様々な要因が合わさって真城は現在、非常に疲れていた。
……単に寝すぎたことも要因かもしれない。
地獄のような一週間を乗り越えた真城にと、神崎から休暇を頂いたのである。
たった一日ではあるものの、頂いた休暇。
真城はそれを『一日中ゴロゴロする』ことに費やした。
“影狩り”の休暇や休日。
少し大雑把な話をしてしまうと、“影狩り”にそんなものは無い。
……いや、無いと言ってしまうと労働基準法とかあれやこれやに引っかかる。
より正確に言うのであれば、“本部”から直接与えられる仕事や任務、依頼を除けば、その他の空き時間は自由に使っていいのである。
寝るもよし。自主訓練をするもよし。
バイトなど、副業を始める事だって構わない。
“影狩り”に所属した時点で、“何もしなくとも”月一で決められた給料が支給される。
これは、“影狩り”内におけるどの職種、部隊であっても同様だ。
用意された仕事や依頼をこなす事で、それに応じた給料がプラスで支給されるので、時間が空いているならやってみるのも良いだろう。
“影狩り”に所属する以上、しなければならない事は大まかに二つ。
任務をこなすことと、月一の健康診断を受けること。
……それ以外は結構自由な組織なのである。
まぁ……それでも労働基準云々で言えば、色々とグレーゾーンではあるのかもしれないが。
……そんなこんなで今日。
真城は、『呼び出しがあるまで待機』という指示を受けている。
どうやら真城に参加してほしい任務があるらしい。
時刻は今、正午を少し過ぎた程度。
昨日寝てばかりであったというのに、尚も取れぬ疲労感から長めの睡眠を取ってしまった。……結果、朝食という名の昼食を拝むこととなった。
“影狩り”本部、第五階層。……食堂。
時間帯が時間帯な為、人が混雑し、まるでひしめき合っているかの様である。
ここ本部において食事をするのなら、食堂が手っ取り早く安い。
購買でもパンや弁当、飲料などは手に入るが、どうせ食べるなら出来立ての方が良い。
本部にいるのだから、わざわざ例の新幹線を動かしてまで外へ食べに行くということもない。
“影纏い”を会得した今ならば新幹線など使わずに“影世界”経由で外に出る事も可能だが……それにしたって往復で時間がかかってしまう。
結果として朝昼晩の食堂は、毎度地獄と化すようだ。
本部に食堂は一つしかないのだから当たり前である。
今回は運よく、席を見つけ食事にありつく事が出来た為、まぁ良しとしよう。
真城は、注文したハンバーグ定食を食べ終えると一息つく。
少し周りを窺う。
真城は“影狩り”に来て日が浅い。
“影狩り”にどういった人達がいるのか、真城はまだよく知らないのだ。
歓迎会で少し会った程度である。
改めて見ると、この“影狩り”には色々な人がいるのが分かる。
白衣を纏う研究員。
ガタイのいい屈強そうな男性。
スマートフォンを片手に食事をとる女性。
……中でも真城の目を引いたのは、とある一つの団体だ。
どこか軍服を思わせる黒いコート。
そして、それを纏う集団。
食堂に並べられたテーブル。その一角をまるで貸切るかのように占拠していた。
あれは一体……。
そんな疑問が浮かぶ真城へと、突然誰かが声をかけた。
「隣、座っていいかな?」
「へ? ……あ、はい」
突然の呼びかけに、真城は相槌を打つ。
真城に声をかけた女性。
それは、淡く茶色みのあるストレートな髪を肩まで伸ばした明るそうな女の子だった。
「いや~、どうもどうも。
この時間はどこも席が空いてなくってさぁ……」
そう言って、真城の隣の席へと腰掛ける。
見た目年齢は真城と同じくらいだろうか。
先程“影狩り”の人材を見渡した時にも感じていたが、ここの年齢層は三十前後が多いイメージだった。
真城と同年代の人に会うのは初めてかもしれない。
「えーと……。真城くんで、良かったかな?」
「は、はい。
どうして俺の名前を?」
「ふっふ~ん。そりゃあ知ってるよ~。
何せ、私が“影狩り”に入って初めての新人さんだったからねぇ。
歳も近そうだったし、いつか会って話したいなぁって覚えてたんだ~。
神崎さんの言っていた『“影が全て消えた特殊な事例”』っていうのも、個人的に気になったし。
それに、“影狩り”内でもかなり危険視されているあの“黒鉄”に襲われて無傷だった~なんて、運が良いにも程があるよ。
これはきっと凄い逸材だな~なんてね。
……勿論、真城くん本人に興味があったってのが一番だよ?」
なるほど。
そういう意図があったらしい。
そういえば、この“影狩り”に新入りが入ったのは真城が久しぶりである、といった話を歓迎会の辺りで聞いた気がする。
真城としても、同年代の人と話せるのは有難い。
ここ“影狩り”は、どちらかと言えば真城よりも年齢の高い者が多く、話が合わせづらかったのだ。
真城がコミュ障であることに加え、相手が異性である点を考慮しても、これはかなり嬉しい事である。
「本当はもう少し早く声をかけたかったんだけどね……、中々見つけられなくてさぁ」
ははは。と、少し申し訳なさそうに笑って見せる女の子。
彼女は歓迎会以降、真城のことをずっと探していたのかもしれない。
真城は歓迎会の翌日からの一週間、修練場に籠って戦闘訓練、特訓を行っていた。
その期間中の真城は、朝起きて修練場に直行。
夜まで特訓をした後、大浴場で汗を流し、疲れ切った筋肉をマッサージルームでほぐしてから自室で就寝。……という流れを繰り返していた。
しかも特訓中、ご飯を食べる為だけに第九階層にある修練場と第五階層にある食堂を行き来するなど時間が無駄だろうという一ノ瀬の意見を取り入れ、……結果、朝昼晩の三食は時間になると九条がいくつかの食事を持って修練場に現れる、という事となった。
「私だって暇じゃない」と、日に日に瞳の光を無くしていく九条には申し訳なく思ったものだ。
昨日はもう言わずもがな。
前日に購買で買っておいた弁当や飲料のおかげで、部屋を出たのはトイレのみ。
まぁ……、詰まる所。
何が言いたいのかと言うと、真城自身、この食堂を利用するのは一週間と一日ぶりなのである。
食堂を利用しないことに加え、自室と修練場を往復する様な生活を送っていたのだ。
この女の子が、いくら真城を探したところで無駄なわけである。
……しかし、そろそろ“女の子”というのも面倒になってきた頃合いだ。
そういえば、真城はまだこの子の名前を聞いていない。
「えーっと……。君の名前って」
「…………。
……おっとしまった! 私まだ、自己紹介してないじゃん!?」
真城の質問を聞き、たっぷりと時間を置いた後。
口元に手を置いて、女の子は大げさにおどけて見せる。
可愛さよりもあざとさの感情が先に出てしまったが、本人は本当に「アワアワ」と慌てている様なので、単に抜けているだけかもしれない……。
「私の名前は桜井明花。よろしく!」
ニッコリと笑顔を見せる桜井。
すっと差し出された手を握り、真城は握手を交わす。
「ねぇ。せっかくだし真城くんのこと、これから晴くんって呼んでいい?
もちろん、晴輝くんでも可だよ!」
キラキラと瞳を煌めかせ、グイッっと真城へと顔を近づける桜井。
(近い近い……)
桜井が近づいた分だけ、身体を逸らして距離を取る真城。
真城にとって桜井明花は、“可愛い子”に分類される女の子である。
そんな子からいきなり距離を詰められると、真城としては目のやり場に困ってしまう。
こういった明るい性格の子は嫌いではないが好きでもない。
しかし、だからと言って向こうに悪気がないのだから無下にも出来ない。
こうなるともう、向こうの要件をなるべく済ませて引き上げてもらうしかないか……。
「……じゃあ、晴輝で」
「ふむふむ、晴輝くんだね。了解了解。
じゃ、晴輝くんに次の質問ね。
今大学生? 何年生?」
……何故そんなことを聞くのか。
そう考える真城ではあったが、考えても無駄そうだと諦める。
ちらりと横目で窺った桜井が、両手をグーにし肩の高さまで持っていき、ブンブンと上下に動かす。そうして、真城の回答を今か今かと待っているのが見えたからだ。
ご丁寧に萌袖までしており、自身の可愛さをふんだんにアピールしている事が分かる。
「大学一年生だけど……」
別に隠すこともない。
教えたところで何か不利になるわけでもない。
半ば、流れ作業の様に桜井の質問に答えた真城。
しかしそれを聞いた桜井は、
「え、本当!? やった!!」
と、物凄く喜んで見せた。
何事か?
そう考えた真城だったが、次の桜井の、
「私、大学二年。
私の方が、おっねぇっさん~」
という言葉を聞いて、ガクリと椅子から崩れ落ちそうになった。
この、目の前の女の子。
桜井明花は真城よりも年上らしい。
今までの言動から、同い年。或いは年下だと考えていたが、どうやら真城の勘は違っていたようである。
(お前、俺より年上かよ!?)
……それは真城の心からのツッコミだった。
「ふっふっふ~」
そんな不敵な笑いを繰り返す桜井。
どうやらご満悦らしい。
胸を張り、自らのほどよく膨らんだ胸元に手を置いて「分からないことがあれば、何でもこのお姉ちゃんに聞きなさい!」とか言っている。
もしも今、この子に効果音の様な表現を使うのなら、『ドヤッ』としている状態なのだろう。
どうやらこの女の子。
桜井明花は、お姉ちゃん属性……もとい、姉というものに強い憧れがあるのかもしれない。
単に真城同様、同年代の知り合いがおらず寂しかったのかもしれないし、久々に出来た新人に先輩風を吹かせているだけかもしれないが……。
まぁ、何はともあれこの桜井明花はこういった女の子なのだろう。
「えぇっと、それじゃあ桜井さん」
「明花でいいよー」
「……明花……さんは」
「明花でいいって~。
『さん』とか『ちゃん』とかって、何だか他人行儀で嫌じゃない」
「…………」
いやいや。
先程、真城のことを『晴輝“くん”』と呼んでいたではなかろうか。
そんなツッコミを脳内で行う真城。
どうやら桜井的には、自身が相手の名前に対して『くん』や『さん』を付けることは有りらしい。
まぁ、桜井の言うところの“他人行儀に感じる”というのは、自分が、相手が、ということではなく、“桜井自身”が……というのであれば合点も良くのかもしれない。
要は桜井の気分次第というわけだ。……致し方ない。
質問しようとした手前、桜井明花に話の腰を折られる真城。
呼び捨てでいいとは言われたものの、正直困る。
真城は、人を呼び捨てにすることに慣れていない。
元々真城はこうなのだ。
心を許し、打ち解けた会話の出来る“友人”というものが少なかった真城は、親友であった原田を除き、誰に対しても他人行儀に接していた。
それは例え、両親であっても例外ではない。
“医者”を諦め、両親の期待に応えることが出来なかった真城は、いつしか両親に対しても砕けた会話が出来なくなっていたのである。
……そんな真城に、呼び捨てをしろというのは少しばかりハードルが高い。
うーんと、真城が困った顔をしていたのが伝わったのか、桜井明花は「やれやれ……」と溜息をつき、「じゃあ、そのうちちゃんと呼び捨てで呼ぶこと!」と、妥協してくれる。
……申し訳ない。
そういった努力もしてみよう。
そう、真城が心の中で思う。
「……それで、私に聞きたい事って?」
脱線してしまった話を桜井が修正する。
元々真城は、桜井へと何らかの質問をしようとしていたのである。
「あぁ、えーっと。
あそこの団体さん……何?」
真城が聞いたこと。
それは先程、桜井明花に話しかけられる前に、丁度真城が気になっていたことだ。
軍服のような黒いコートを纏う謎の集団。
その集まりが、一体どういった者達の集まりなのか、という点だ。
何故、真城がその集団を気になったのか。
それは偏に、“見た目の異様さ”という点ではあるのだが……、だからこそ気になることがあったのだ。
それは、あのような黒い軍服姿では街を歩けないということ。
目立ちすぎるという点だ。
“影狩り”は秘密結社である。
それはつまり、その存在を一般人に知られてはならないということでもある。
“影狩り”において、組織特有で共通する制服のようなものは存在しない。
研究員が着ている白衣や、本部内に配置された店の従業員などといった制服を除けば、皆が皆、私服姿なのである。
にもかかわらず、だ。
あの一団は、人目に付きやすい異様な恰好をしている。
それは一体どういうことなのか?
それこそが、真城の抱いた疑問であり、桜井に対し投げかけた質問の真意だった。
勿論真城に他意はない。
ただ気になったから聞いただけ。
それだけであった。
しかし、その質問を聞いた桜井は顔を顰め、『げっ』という不快そうな表情を作る。
それはまるで、『今、あいつらも居るのかよ』といった、まるで今、その一団がいることを認識したような表情であった。
「……あれは“過激派”。
相手が影人なら、どんなことをしてもいいとか考えてる様な連中。
あいつらは例え街中であっても影人さえ見つければ、殺意剥き出しで暴れ回ろうとするから仕事範囲を“影世界”のみに限定されてるのよ。
だから服装とかも関係なくってね。
あぁしてあんな制服まで作ってやりたい放題。
実際、影人討伐数が多いからって理由で神崎さん達も目を瞑ってるみたいだけど~……」
声のトーンを落として語る桜井。
その言葉から桜井の内心を推し量ることは出来ない。
しかし、少なくとも“過激派”に対し良い印象を抱いていない事は真城にも伝わった。
桜井が“過激派”だと述べた集団。
その集団にもう一度、目を向ける真城。
“過激派”では現在、マントを付けたリーダー格の男性が団員に向けて演説中のようである。
真城のいる場所からは、その話の内容を完全に窺い知ることは出来ないが、どうやら『“過激派”の在り方について』述べているようである。
「あのマントを付けて、偉そうに語って聞かせてる男が“過激派”のリーダー。
西郷正義。
もし晴輝くんも“影狩り”内で『影世界専門部隊』に関わる事があったら気を付けてね。
あいつらほとんど“過激派”だから」
「……わ、わかった」
何をどう気を付ければいいのかは分からない。
しかし、有無を言わせない雰囲気の桜井にのまれ、素直に頷く真城であった。
「……ったく、蘭ちゃんはどうしてあんな奴を」
さらにブツブツと桜井は何か言っているようだが、それを真城は聞き取れない。
“過激派”か……。
真城はそう、独り言ちる。
“影狩り”は、主に復讐者たちの集まりである、と。
九条が言っていたことを思い出す。
しかし……。
真城はそのことを、どこかで見ないフリをしていた。
知らないフリをしていたのである。
……理由は明白。
真城はそんなことの為にこの“影狩り”に入ったわけでは無いからだ。
正義の組織だと。
人々を守る為の組織だと……、そう思っていたかったからだ。
しかし、現実は非情である。
“過激派”という存在は、どうあっても真城とは真逆の存在だ。
どう折り合いをつけるのか。
どこを終着点と定めるか。
それは、今後の真城にとって重要な課題となるだろう。
そう、……真城は内心で思った。
「因みにそういった意味で言えば、私は“穏健派”ね。
別にあの人達みたいなグループなり、コスチュームがあるわけじゃないけれど」
真城が内心で決意を固めていることなど露知らず、桜井はそんなことを口にする。
“過激派”に便乗して“穏健派”。
別に深い意味などないだろう。
少し悪戯っぽく笑う桜井を見てそう思う。
彼女なりに場を和ませようとしたのかもしれない。
先に声のトーンを落としたのが桜井であるとはいえ、変に気を使わせてしまったらしい。
ふぅ……。
と、一息吐くと、桜井は自身の食器を片付け始める。
どうやら昼食が食べ終わったようだ。
「今日はありがとね。
話し相手になってくれて嬉しかったよ。また今度」
そういって別れを告げる桜井。
真城も頷いて、同じく食器を片付ける。
少し長めの昼食となってしまったが、真城自身、久しぶりに誰かと他愛のない会話をした気もするのでまあ良しとしようか。
「……あ、そうだ」
別れる直前。
桜井が思い出したように真城に問いかける。
「晴輝くんの本当の名前って……」
しかし、その途中。
突然、真城の持つ“専用端末”が音を立てる。
着信だった。
一瞬、桜井の質問の続きを聞くか、“専用端末”を出るかという二択を迫られるが、その後、着信なら後で掛け直せばいいと思い至る。
何を考えているのか。
電話のコールよりも、目の前の相手の方が優先だろう、と。
「ご、ごめん。
さっきの質問、もう一回言ってくれる?」
「あー……、ははは」
しかし。
その着信で気分を削がれたのか、或いは考え直したのか。
それは定かではないがしかし、
「また今度にするよ。じゃあね」
と、一言残し、桜井は食堂を後にするのだった。




