第7話 『戦闘訓練』
真城達の居るこの修練場。
それは、四方を白い壁に囲まれた長方形の部屋。
丁度、バスケットボールのコート一個分くらいの大きさだろうか。
壁も厚く丈夫な為に滅多な事では傷つかなければ、防音設備も万全で、どれだけ爆音を轟かせても問題ないらしい。
流石は修練場というだけのことはある。
修練場エリアには、これと同じような作りの部屋がいくつもあり、必要に応じて受付で借りる仕組みとなっている。
その際に、利用時間に応じて料金が発生するのだが今回は神崎からの指示である為、料金は彼持ちだ。
訓練の期間中、この一室は丸々貸し切りである。
「それでは、説明から始めますね」
準備が整ったのか、九条が真城へ向かって声をかけた。
これからいよいよ、戦闘訓練の始まりだ。
…… ……
「それでは、これから一週間。
真城さんには、“影結晶”の扱い方とそれを用いた戦闘方法ついて学んでいただきます。
私のいる二日間で“影操作”をあらかたマスターし、残りの五日間で一ノ瀬さんから“影操作”を用いた戦闘に関する指導。
……といったスケジュールを想定していますが、基本的には真城さんが頼りとなります。
特に“影操作”についてですが……。
『こうすれば上手くいく』
といった手順がありません。
真城さん自身が見つけ、ものにしなくてはならない事なんです」
修練場。
その部屋の真ん中に、正座で座る真城。
その真城へと、説明を始める九条。
“影狩り”へと入団した者が初めに経験する難所ポイント。
“影操作”の会得とは、そういうものらしい。
元々、“影操作”などという“力”は、人間には備わっていない。
備わっていない“力”なのだから、人間は覚えずに成長する。
人は産まれてすぐに、“声”を発する。
喉を使い、“声”を発することを覚えるのだ。
始めのうちはただの大声や泣き声でしかなかった声も、次第に“言葉”に変わるだろう。
相手に自身の思惑を伝える為には、ただの声よりも意味のある“言葉”の方が使い勝手が良いからだ。
喉で出した“声”を応用し、“言葉”にする。
始めは仰向けに寝る事しか出来なかった赤ん坊も、身体を捻り、寝返りをうつようになるだろう。
手足を使い、四足歩行を始めると、次第に足だけで立つようになる。
人の身体に、取扱説明書などという物はない。
人が成長する過程で、身体の仕組みを知り、覚え、『ああでもない』『こうでもない』と試行錯誤をした結果、その機能を制御出来るようになるのである。
真城がこれから覚える“影操作”とは、……つまりそういうものである。
“影結晶”を使えば、人間は確かに“影操作”という能力を取得できる。
しかし、それを会得出来るかは別の話。
“影操作”に取扱説明書などという物は無い。
“影操作”を取得した瞬間に、脳が瞬時に扱い方を理解できるわけでもない。
『ああでもない』『こうでもない』と何度も失敗し、試行錯誤を繰り返し、覚えていくしかないのだ。
自身の身体を動かすように。
「……でも。
その話を聞く限りだと、たった二日間で“影操作”をマスターするっていうのは、かなりハードルが高い事なのでは?」
「そうですね。
本来でしたらかなり厳しいでしょう。
ですが、真城さんの場合は少し違います。
ひとえに“影操作”と言いましても、我々が覚えることは『自分自身の影を操ること』と『自身が触れている物体の影を操ること』の二通りです。
しかし、真城さんは“灰”と契約を交わしたことにより、特殊な“力”と引き換えに自身の影を失っている為、実際に真城さんが覚えなければならない事は『自身が触れている物体の影を操ること』の一種のみとなっています。
勿論それでも、覚えることが大変であることは変わりありませんし、正直な所、自身の影を操作することよりも他の物体の影を操る方が難易度は高めです。
が、単純に考えれば覚えることが本来の半分ですから、なるようになるでしょう。
……なるように、するしかありません。
まぁ、それを実戦レベルに仕上げるとなれば……。
一週間という期間は非常に短いとは思いますが……。
一ノ瀬さんもいるとはいえ、神崎さんは一体何を考えて……」
突然、ガックリと肩を落とし項垂れる九条。
右手を額に当て、大きな溜息をつくその姿からは、九条が日頃から受けているであろう神崎からの無茶ぶりやらストレスやらの大きさが伺える。
その後数秒。
九条は、たっぷりと時間を使って立ち直ると「まぁ、文句を言うだけ時間の無駄ですから、さっさと初めてしまいましょうか」と、真城へ向き直る。
その瞳は、どこか光を無くしているように見えた。
……ご愁傷様である。
「……ではまず。
こちらが今回、真城さんに用意した“影結晶”になります」
そう言って、九条は懐から一つのアイテムを取り出す。
見るとそれは、ちょうど腕時計と同じほどの大きさをしたブレスレットだった。
真城はそれを見て一瞬疑問符を浮かべるが、そのブレスレットの中央に取り付けられた丸型のケース内に黒い宝石……もとい“影結晶”が埋め込まれていることに気付き、納得する。
そう言えば“影結晶”は大気中に触れ続けると霧散して消えてしまうのだったか。
神崎が確かそういった話をしていた気がする。
あの時の“影結晶”は卵型のカプセルに入れて保管されていたわけだが、今回は真城が戦闘訓練をするにあたって、『“影結晶”を埋め込んだブレスレット』というのが採用されたのだろう。
「使い方はシンプルです。
このブレスレットの中央。丸いケースに付いているボタンを押すことでケースの蓋が開き、中の“影結晶”が外に露出する仕組みとなっています。
本来“影結晶”を使用する場合、“影結晶”が直接肌に触れている方が良いのですが……、まだ“影操作”の扱いに慣れていない方が“影結晶”に触れ続けながら修行するというのは危険ですので、このブレスレットはこういった形状をしているわけです。
“影結晶”に直接触れずとも、一応は“影操作”を発現させることが可能ですので、これは言わば練習用のアイテムですね。……実戦向きではないですが」
真城はブレスレットを受け取ると、左腕に付ける。
何度かボタンを押して動作を確認するも、まぁやれることはこれだけである。
話を聞く限り、ここからは真城が一人で頑張ることとなる。
“影操作”の特訓。
それは今後、影人達との戦闘で役に立つ“力”だからだ。
……しかし。
しかし。
と、真城は思う。
“影操作”。……それは、本当に必要なものなのだろうか?
確かに影人は“影操作”を使い、人間離れした行動をとる。
しかしそれだけだ。
真城でさえ、“力”を持っているとはいえ倒すことが出来たのだから、別段“影結晶”を使わなければならないといった風には思えない。
同じような身体能力、戦闘技術を持っているのなら、“影操作”という能力は戦いを左右するうえで必要というのも確かに理解できる、が……。
“影操作”という能力が便利なことは、もちろん真城も理解出来る。
戦闘において、リーチの差というものが、どれほど重要なのかということも、原田との戦闘で嫌というほど理解した。
“影結晶”を利用し、特訓して戦闘に応用できるまでかなりの努力が伴うとしても、逆に言えばそれだけで手に入る“力”というのなら利用しない手は無い。……というのも分かる。
しかし。……しかしだ。
問題となるのは副作用があるという点だ。
神崎曰く、“影結晶”に触れた人間は影人化を起こすと言うし、例えそれが“影耐性”を持った者達であっても例外ではないようだ。
無論、影を持たない真城からすれば、それは杞憂なことかもしれない。
真城の手に入れた“力”があれば、例え“影狩り”の人間が影人化を起こしたとしても問題ないのかもしれない。
しかし。
それでも。
それだけの危険を冒してまで“影結晶”を使用することに意味はあるのだろうか?
真城の抱いた疑問。
それは、神崎から話を聞かされた時から既に抱いていた疑問だった。
「“影結晶”の必要性について、ですか」
真城の疑問を聞き、九条は少し考えるそぶりを見せる。
次いで九条は、自身の首にかけた黒いペンダントに触れると、“影操作”を使って右手に黒いモヤを出現させた。
ふと、九条の身につける黒いペンダントに視線が向かう。
今まで気にしていなかったが、あれも“影結晶”ではなかろうか?
「真城さん。右手を少し前に出してくれませんか?」という九条の指示のもと、真城が右手を前に突き出すと、その手を覆うように九条の黒いモヤが絡みつく。
がっしりと、腕を掴まれた感触が真城に伝わる。
「真城さん。
この影を振り解くことは出来ますか? 真城さんの“力”は使わずに」
無理である。
これは真城も経験済み。
原田と戦った際には、真城も散々苦労させられた。
右手を握ったり開いたりと動かしたところで、黒いモヤを掴んだり、振り解くことも出来ない。
試しに、腕を大きく振ろうともしてみたが、がっしりと絡みついたモヤがそれを阻害する。
掴まれた腕からモヤを払おうと左手を使うも、モヤは霧散することなく触れた感触すらしない。
……されど、右手は掴まれ続け、その感触を真城に伝え続ける。
不思議な感覚だ。
「影人と戦う上で警戒しなければならないのはこれです。
普通の人間に、影を捕らえることなんて出来ません。
こうやって、影で絡めとられてしまうと、我々に出来ることは無くなってしまいます。
……しかし。
一ノ瀬さん。協力してくれますか?」
後ろを向き、後方で成り行きを窺っていた一ノ瀬へと突然九条が声をかける。
一ノ瀬は舌打ちで答えると、二人の下へとやってくる。
何をするのかと警戒をした真城だったが、そんな真城を無視する様に九条の放つ黒いモヤを一ノ瀬は無造作に掴み取り、強引に真城の腕から引き剥がしてみせた。
驚く真城。
「“影結晶”。そして“影操作”の必要性というのは、ここにあります。
『影に触れること』
『掴むことができること』
……これが出来なければ、我々は影人に対抗できませんから」
“影結晶”。その必要性を告げる九条。
「一ノ瀬さんの手を見てください」と言われ、視線を向ける真城。
見れば一ノ瀬の手には薄い影が纏われていた。
それは、黒いモヤ。……影が覆い、まるで手の周りを影でコーティングしているかの様に見てとれた。
「……これは?」
「はい。
これは、自身の身体の表面を影で覆う技です。
それを使って一ノ瀬さんは先程、本来、捕らえることの出来ないはずの影を捕らえました。
我々はこれを“影纏い”と呼んでいます。
目には目を、歯には歯を、影には影を。
影という実態の無いものを捕らえる為には、同様に影が必要なのです」
影には影をぶつけること。
それこそが“影狩り”のもつ影人への対処法、対抗手段だと話す九条。
人や物では触れることの出来ない影。
しかし、影同士でなら触れることが出来るらしい。
例え原理が不明でも、“そう”であるなら利用しない手は無い。
……それこそが、“影纏い”の誕生経緯であったそうな。
因みに、このストレートなネーミングセンスは神崎由来のものである。
たった五秒の産物だ。
「我々の主な戦闘方法。
それは身体を影で覆って、影人からの攻撃を対処する。
或いは、武器などに影を纏わして攻撃をする。といったものになります。
……原田さんや“黒鉄”の件で、一ノ瀬さんが鉄パイプに影を纏わせていたのがそれです」
言われて思い出す真城。
そういえば一ノ瀬は影人との戦いで鉄パイプを振るっていた、と。
なんの変哲もない鉄パイプを使い、影人と交戦しているのを見て、確かに真城は疑問を持っていた。
その理由がこれだったらしい。
「例え武器と呼べないものでも、影さえ纏わせれば攻防の役に立てるのも利点です。
訓練次第で、纏わした影の強度、硬度も変えられるので、新聞紙を棒状に丸めた程度の柔らかいものであっても十分に武器として使えます」
さらに捕捉を加える九条。
銃刀法のある日本国内であっても、武器の補充に困らない。……とのこと。
影を纏う、纏わせるといった行為には他にもいくつか用途があるようで、“影世界”に侵入する際や、“影世界”内での“影のエネルギー”から身を守る目的にも用いられるらしい。
「それに……」
九条が少し声のトーンを落とす。
「影人との戦いにおいて我々が“影纏い”を必要とする最たる理由。
それは真城さんの遭遇した、“黒鉄”。
及び、本部より識別名を与えられる程に成長してしまった影人。
“フェイズ4”との戦闘です。
彼らに通常の武器は通用しません。
それは、影人によって乗っ取られた肉体が影と同化し過ぎた結果、その肉体までもが影と同じ、実体を持たない物へと変質してしまっているからです。
彼らとの戦闘において、“影操作”を用いた“影纏い”は必須事項……。
でなければ、拳一つ当てることも出来ずに一方的な攻撃を受けることになります」
「えぇ……」
改めて、“黒鉄”という存在の危険性を知る真城。
それに加え、“フェイズ4”となった影人は実体を持たないという事実。
やはり真城は運が良かったのだろう。
燕尾服の男から“力”を貰っていたとはいえ、結果的にその“力”を行使して原田を倒すことが出来たのは、拳やら投げ技といった物理攻撃によって原田を弱らせることが出来た点が大きい。
その、“純粋な物理攻撃”さえも通らないというのであれば、きっと真城は原田に負けていたことだろう。
そういった点からしても、原田が“フェイズ3”であったことは真城にとって運が良かった。
……何せ、これは神崎から聞いたことではあるのだが、原田は“フェイズ3”には分類されてはいるものの、“フェイズ2”からそれ程日が経っておらず、使える能力も覚えたての“影操作”。……という、“フェイズ3”の中では非常に弱い部類であったという話。
真城は内心で、日頃の自身の行いの良さに感謝した。
話を終え、真城からの質問に答えた九条。
それにより、色々と疑問が解消した真城。
……なるほど。
そういった問題があるというのであれば、確かに“影結晶”。並びに“影操作”は必要だ。
神崎達“影狩り”が、例え副作用という点を飲んででも“影結晶”を使う理由も理解できる。
それが……、影人に対して恨みや殺意を抱くような者達であるのなら尚更だ。
「それでは」
ポン。
と、手を叩く九条。
九条なりに説明に区切りがついたのだろう。
「まずは第一ステップ。
純粋に影の動かし方から練習していきましょうか……。
真城さんの場合は“服の影”……ですかね」




