第5話 『歓迎会』
「失礼しました」
そう言って、真城と九条は執務室を後にする。
結局の所、真城はこれから一週間、一ノ瀬と九条の下で戦闘訓練を行うこととなった。
一ノ瀬は渋い顔をしていたが、神崎の性格を理解している為か、強くは否定しなかった。
無駄だと分かっているのだろう。
話が一段落した後、真城は次の様な事を質問した。
一つ目は、今住んでいるアパートの件。
今後、“影狩り”本部を拠点とするならば、今のアパートはどうすればいいのか?
という点だ。
真城としても、拠点の重要性は理解できるし、この本部を中心とした立ち回りが一番効率的であることも分かる。
しかし。しかしだ。
正直な話をするのであれば、……急過ぎる。
真城としても、今のアパートに思い入れがあるわけではない。
寧ろ、原田の一件を終えたところで凪原町の“ドッペルゲンガーの噂”が途絶えたわけではないので、どんな理由であれ凪原町を離れる口実が出来るのは有難い。……が、それを含めても真城一人では考えることが多すぎる。
“アパートの契約”、“家賃”……等々だ。
次に、今後の大学生活……もとい、大学の成績とそれに伴う両親との問題。
バイトの件などといった真城の生活周りの事情である。
現在、大学は夏休み期間中。
しかし、それも終われば授業が開始する。
真城はバイト生活に明け暮れる日々を過ごしていた為、大学生活とは縁がない。
とはいえ、それが元となり今後の大学生活が危ぶまれる事態となっているのも事実である。
両親へと成績が届けられるまでは、幾分かの猶予がある。
しかしそれも時間の問題だ。
両親に現在の真城の成績が知られれば、“影狩り”どころの騒ぎではなくなってしまう。
バイトの問題。……シフトの件も存在する。
今日、真城はバイトのシフトを入れていない。
しかし明日からは別の話。
学生達が夏休みのシーズンに突入した事もあり、そろそろ忙しくなる頃合いだ。
真城がバイトで働く日数も、今週から一気に多くなる。
真城の戦闘訓練が決まったのは今さっきの出来事であり、その期間が一週間であることも今聞いた。
無論そんな事態を想定出来るはずもない真城としては、当然バイトを入れている。
具体的に話すなら明日から四連勤。一日休んで五連勤。
仮にこれを『仮病』を使って休んでも、今後の事を考えるならばバイトを辞める必要もあるだろう。
退職届。連絡は真城がするにしても、辞める為には最大でも半年。短くとも三か月ほど前から伝えておくのが常識というもの。
シフトで多少の調整が出来るとはいえ、バイトを完全に辞めるまでは“影狩り”に本格参戦とも言い難くなってしまう。
これらの点は、真城が“影狩り”に所属するにあたって懸念していた問題であった。
真城の自業自得ということもある。
『それくらい自分で何とかしろ』と言われる覚悟もあった。
しかし、神崎の答えはあっさりと。そして素早く返された。
――『気にしなくていいよ。こっち色々やっておくから』
と。
……いったい何をやっておいてくれるのか。
少し怖い気もするが、準備が整うまでは少し待っておいてほしい、とのこと。
数日はかかるそうなので、準備が出来次第声をかけてくれるとか。
とりあえず早急に対処しなければならないバイトの件は、『仮病』を使うことにする。
明日からの四連勤と、その次の五連勤分だ。
バイト先には申し訳なく思うが、何でも真城が休んでいる期間の口実などは色々と働きかけをしてくれるらしい。
……診断書も偽造してくれるのだとか。
国家の力は偉大である。……そう思う真城であった。
……
九条と二人。
真城は案内されるまま、九条の後を追う。
「まずはお疲れ様です。真城さん」
そう言って、真城へと視線を向ける九条。
神崎からの“影狩り”の内容に加え、今後の方針等々。
真城が思っていた以上に時間を費やした。
それが原因ではあるのだが、真城は少しぐったりしていた。
後の戦闘訓練の件もある。
そういった事を労わった言葉なのだろう。
次に、
「次は真城さんの部屋へ案内しますね」
と、エレベーターに向かう九条。
そういえば真城の部屋も既に用意されているという話を事前に聞いていた事を思い出す。
目的のエレベーターへ到着すると九条は乗り込み、『B4』のボタンを押す。
真城もそれに乗り込む。
向かうは第四階層。私室エリア。
真城の部屋は、どうやらその階層にあるらしい。
四階層目に到着すると、「こちらです」と歩き出す。
途中、洗濯機が並べられたスペースを発見した。
洗濯スペースは私室エリア内にそれぞれ備え付けられているのだとか。
洗濯物はこちらを利用すれば良いだろう。
なんでもこの四階層、現在利用者がほとんどいないらしい。
真城の“力”や“灰”の件をなるべく隠す意図もあるようだが、真城としては関係ない。
元々この私室エリアは部屋を多く作っており、人員を配置する部屋の位置はほぼランダムだ。
その為、部屋の使用率はまばらであり三つある私室エリアの内、上二つの階層でさえ満室という訳ではないのだが、第四層の空き部屋は特に多いようである。
理由は不明。
まぁ、別に大した理由でもないのだろう。
程よく二層目から入れていった結果かもしれない。
案内された部屋。
それは壁際に面した一番隅の場所にあった。
部屋の前へと着いた九条は懐から取り出したカギを使い、ガチャリと扉を開ける。
九条に促されるまま部屋へと入る真城。
部屋の内容は事前に聞いていた通りのワンルーム。
机、ベッド、クローゼット。……それに、
「テレビとエアコン、冷蔵庫も繋げておきましたので、今からでも使用可能です。
ご自由にお使いください。
こちらの電気代は給与から自動で天引きされますのでその点はご容赦ください」
テレビとエアコンだ。
それらについての説明をくれる九条。
エアコンは有難い。
夏の季節には必要不可欠な代物だ。
地上とは違いここは地下。
照り付ける太陽が無い分、外よりは熱を感じない。
涼しいと感じる時さえあるだろう。
或いは蒸し暑い時さえあるかもしれない。
地下であるが故、窓も無いのでエアコンが無ければ換気もままならない。
テレビも有難い。
大きさにして13か15V型と小さいが、無いよりはマシだ。
テレビをつけているだけでも、十分な暇つぶしが出来る。
一人暮らしを始めてから、時たま“無音”というものを嫌うことがある。
環境音でも何でもいい。
自身の行動を阻害しない程度の、程よい音を欲する時がある。
人は孤独を嫌う。
それは真城も例外ではない。
時に自ら孤独を欲する者もいる。
しかし、であったとしても永遠に孤独で居たいと考える者などそうはいない。
無音とは、それだけで孤独感を募らせる。
家族と暮らしていた時には気にも留めていなかった無音。
親からの小言がうるさく、早く一人暮らしをしたかった真城が実際に一人暮らしを始めて分かったこと。
あの小言がやけに懐かしく、小言を欲する自身がいるという皮肉に何度苦笑いをしたことか。
九条曰く、この私室エリアの防音対策が万全ということを踏まえても、音を発してくれる物は重要だ。
テレビ、ラジオ……。なんでもいい。
PCが無いのは仕方がない。
今度、一度アパートへ戻り、必要な品を持ってくる必要があるだろう。
なんでも、タンスや本棚など大きめの家具をこちらまで持ってきたい場合でも、それ用の手続きさえ済ませれば問題ないらしい。
戦闘訓練などが落ち着いてきたらやってみることにしようか。
その他にも、必要なものを買い揃えなければなるまい。
トイレは共有。
洗濯物は先程見つけた洗濯スペースを利用すればいい。
風呂は五階層の大浴場。
食事も五階層の食堂を利用する。
九条曰く、『基本は寝るだけの部屋』ということなので、こんなものだろうと納得する。
もっとも、真城の暮らしていたアパートが1Kであった事を考えると、それほど違いも無いだろうし、寧ろ娯楽エリア内の施設を利用できることを踏まえれば断然こちらの方が住みやすそうだ。
部屋への案内、説明を済ませた九条は「何かあれば、こちらで連絡を下さい。私のアドレスも入れてあります」と言って携帯端末を一つ渡してくる。
見たところ、ただのスマートフォンに思えたが、どうやら“影狩り”内での情報をやり取りする為の“専用端末”らしい。
“秘密結社”というだけあって、情報漏洩などといったリスクや悪意のある者からのハッキングに備えたものなのだろう。
九条は“専用端末”の使い方を軽く説明すると、部屋を後にする。
この後も彼女は、色々と忙しいらしい。
九条と別れた後、扉を閉めて鍵をかける。
テレビをつけ、ベッドに横になる真城。
リモコンを操作し、幾つかのチャンネルへと切り替える。が、今は平日の昼間。
やっていてもニュース関連、トーク番組や食レポ等々だ。
真城の興味のある番組はやっていない。
仕方がないのでテレビを消して、リモコンを置く。
……暇だ。することが無い。
先程の食堂の件もある為に、現在真城は迂闊に出回ることが出来ない。
神崎が言うには今日の夜。
夕食時に、真城の紹介兼歓迎会を行ってくれるようである。
そこで真城の説明をするのだとか。
「自己紹介くらいは考えておかないとなぁ……」
そんなことを考えつつ、真城は目を瞑る。
夕食時まではまだ時間があるからだ。
少しばかりの昼寝をしよう。
……起きたら色々考えよう。
~ ~ ~ ~ ~
夜。
トボトボと覚束ない足取りで歩く、一人の影があった。
真城である。
「……緊張した」
ここは本部、第四階層私室エリア。
歓迎会は既に終わり、今は自室へと帰宅する途中なのだ。
何故こうなったのか。
その経緯を説明しよう。
歓迎会はそこそこ盛大に行われた。
なんでも新入りは久々らしい。
結果、真城は“影狩り”の人々に囲まれるなり質問攻めを受けることとなった。
しかし、真城にコミュニケーション能力は備わっていない。
まぁ、そういうことである。
真城は聞かれた質問に対し満足のいくような回答を用意できず、「はい」だの「いいえ」だの、相槌を打つことしか出来なかった。
幸い、“影狩り”の人々は大人である。
真城がそういった態度であっても、決して馬鹿にすることなく、「まぁ初日だし緊張くらいするわな!」とフォローをしてくれた。
有難い話である。
ひとえに、コミュニケーション能力が無い……といっても種類がある。
真城は実の所、人と話すことが苦手というわけではないのだ。
問題となるのは、思考に費やす時間だろうか。
自身が底辺であることを理解し、両親に対し後ろめたさのあった真城。
自身に近づいてくる人々の言葉の裏にある心理。
そういった環境、経験から、真城は質問の内容に対し、“何故その質問をしたのか?”を考えてしまうことがある。
勿論、今の“影狩り”の人達がそういった感情を真城に向けていないことは分かっている。
しかし、それでも。
そういう疑念が過ってしまう。
“考えすぎてしまう”からこそ、答えるタイミングを逃してしまう。
質問攻めを受けているなら尚更だ。
自身のプライベートに対する質問であったことも理由の一つ。
真城は、自身を語るのが得意ではない。
先に言った様に“何故その質問をしたのか?”が、気になってしまうからだ。
その質問に他意が無い事も、コミュニケーションの一環であることも理解しているのに、……だ。
適当なことでもいってしまえば済む話かもしれない。
しかし真城は変な所で真面目である。
どんな小さなことであっても、他人への嘘や悪口を後ろめたいと思ってしまうのだ。
逆に、“仕事”や“授業”といったように割り切ってしまえる会話であれば問題ない。
病室での九条や一ノ瀬との会話。
神崎からの説明なんかは良い例だ。
基本的に聞く側に徹することが出来たのも良かった。
一対一であったこともある。
一度心を許した者ならプライベートであっても然程問題ではないのだが、原田という親友を無くした今、そういった人物は特にいない。
……今後この生活で増えていければいいのだが。
……
…… ……
……そして、今に至る。
現在真城は、そういった質問攻めから解放されて、グロッキーなのである。
程よく食事にはありつけた為、空腹感は無い。
今宵はパーティーという事で、食券による購入形式ではなく無料のバイキング形式となっていた。
真城に興味の無い人々も、歓迎会に託けた無料の食事にありつけるとあっては黙っていない。
真城が帰宅した今も、五層の食堂はどんちゃん騒ぎの最中だ。
ストレスを溜めさせたくない組織柄、真城の入隊をいいように利用されたのかもしれない。
まぁ真城としても、そこらへんはどうでもいい事である。
真城の説明も曖昧なまま終わっていた気がする。
結局の所、真城の“影無し”については“特殊な状態”として説明された。
“影無し”が起こるメカニズム。
消える影の部位やその大きさに関しては、未だ解明できていない。
そういった点を利用して、“影が全て消えた特殊な事例”だと嘘を言った形になる。
組織として、同じ仲間達に嘘をつくというのは信用度を失いかねない事ではあるが、“灰”という不可解な存在が絡んでいることから、神崎の一存では決められないのも事実。
神崎は確かに“影狩り”の本部長である。
しかし実際に“影狩り”の方針を決める存在は清水厳征や国の上層部なのだという。
真城と“灰”の一件は清水厳征がいない今、上層部の指示で保留中。
神崎も難しい顔をしていたが、まぁ仕方のない事なのだろう。
自室に到着する。
部屋へ入ると一気にベッドへ倒れこむ。
歓迎会までの時間を使い昼寝をしたにも関わらず、どっと眠気が真城を襲う。
そういえばと、風呂に入っていない事を思い出す。
しかし今も歓迎会、……もといパーティーが開催中。
大浴場は先程までいた食堂と同フロア。
今から再び五層へと戻る気力は真城に無い。
大浴場の利用時間は朝の5時から夜の24時までだったはず。
今日はもう寝て、朝風呂に入れば良いだろう。
如何せん真城は明日から戦闘訓練なのだ。
体力は温存しておきたい。
今日は寝てばかりであったが仕方がない。
慣れない環境に適応するだけでも初めの内は苦労する。
少しずつ慣れていけばいいのだ。




