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カゲビト  作者: 永眠布団
第二章 初任務

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第4話 『組織の成り立ち』



 神崎(かんざき)は新たに注がれた麦茶を飲み干す。

 つられて真城(ましろ)も麦茶に口をつける。


 “影狩り”の目的は大方、理解できた様に思う。

 

 影人の殲滅。

 また、その発生原因である“影世界”の破壊と、その為に必要な『白川宗介(しらかわそうすけ)』の確保。


 そういうことだろう。


 真城を窺う神崎は、少し間をおいて口を開く。


「次は簡単に“影狩り”の成り立ちについて語っていこうかな……。


 どうだろう、真城君。

 今まで話にはついて来れているかい?」

 

 今の段階でも、かなり多くのことを語った神崎。

 流石、“長話”というだけのことはある。


 しかし、


「はい。続けてください」


 真城は返答する。

 真城としては、それもまた早く知りたい情報だ。


 影人“黒鉄(くろがね)”と相対していた一ノ瀬(いちのせ)然り、“影狩り”がどうやって影人達と戦う手段を手に入れたのか。

 それが真城の持つ“力”と同質、同様の経緯を経て手に入れたものなのかは、真城にとっても気になる案件だった。


 ……それに、頭を使うこういった小難しい話は、一気に聞いてしまうに限る。

 質問は随時していいとも言われているのだから、分からなくなってきたら質問をすればいい。


 真城の返答を聞き、「そうか」と小さく頷いた神崎は、そのまま話す姿勢をとる。



「まず、我々の組織。

 “影狩り”は『清水厳征(しみずげんせい)』が立ち上げた組織でね。


 影人によって大切な人を失った者。

 影人の被害にあった者。

 影人化を発症した者。


 様々の者達が、厳征君の下に集って出来たものだ」


 “影狩り”の始まり。

 それを語り始める神崎。


 清水厳征。

 それは事前に九条(くじょう)から聞いていた名前の一つだった。


「“影狩り”がこうして国の下、活動を始めたのが三年前。

 しかし、実際に僕たちが活動を始めたのはもう少し前だ。


 僕が、厳征君や龍牙(りゅうが)君と出会ったのが大学の頃だから……今から七年前かな。

 厳征君達はもう少し前から、影人達と戦っていたみたいだけれどね」


「……そんなに前からなんですか?」


「うん。

 影人の増加は、十年前の“東始大学爆破事件”以降から起こっていた案件だからね。

 今ほど強力な影人はいなかったにしろ、かなり大変だったと思うよ」


 懐かしむ表情を見せる神崎。

 しかし、真城には疑問が浮かぶ。

 それは“影狩り”達の戦闘方法だ。


 話からして、最初に影人と戦い始めたのは清水厳征と一ノ瀬龍牙の二人なのだろう。

 しかし、どうやって影人と戦ったというのか。

 真城自身、影人との戦いは相当苦労した。

 燕尾服の男から貰った“力”があったとはいえ、何度死を覚悟したことか……。

 それ以降、少しずつ“影狩り”の人数が増えていったとしても、結局の所、影人と戦うことが出来なければ意味がない。



 そんな真城の疑問に答えるように、神崎は懐を探ると、


「まずはこれを見てくれ」


 と、いって取り出した物をテーブルに置く。

 それは拳大の透明な卵型カプセル内に納められた、同じく拳大の大きさの黒い物質。

 薄く透けており、黒い水晶、宝石の様にも見えるそれを真城が認識したのを見て、神崎は話を続ける。


「これは“影結晶”と言われる物質だ。

 名付けたのは我々……、というか僕。


 “影世界”を探索していると見つけることが出来る物質でね、この“影結晶”は先程説明した“影世界”内部の、“影のエネルギー”が凝縮し固形化した物だ。


 大気に触れ続けると徐々に溶けて霧散してしまうから、有事以外はこうやってカプセル内に入れて保管している」


 「見てみるかい?」と言って、カプセルから取り出した“影結晶”を真城へと手渡す神崎。


 触れてみると、ひんやりと冷たく、見た目よりもずっしりと重い。

 “影のエネルギー”といった謎エネルギーが凝縮した代物とはいえ、感触、見た目共にただの鉱石といった印象を受ける。

 説明をされなければ、それが“影結晶”などとは分からないほど。

 適当な鉱石の名前を付けられて売られていても気付かないかもしれない。


「実は人間が触れるにはちょいと危険なものなんだ。これ」


 なでてみたり、見る角度を変えてみたりと“影結晶”について自身なりに分析していた真城だったが、神崎の呟いた言葉に思考が停止する。


「へ?」


 素っ頓狂な声を上げた真城は、握っていた“影結晶”を危うく落としそうになるが、急ぐ気持ちを落ち着かせ、速やかに、そして慎重に“影結晶”をテーブルに置く。


「……なんて物を触らせるんですか」


 今まで“影結晶”を掴んでいた両手を服で拭き取る動作をしながら神崎へと向き直る真城。

 その目で、「そういうことは先に言ってくれ」と訴える。


 真城の動きが可笑しかったのか、口元を右腕で隠す神崎。

 少しイラっとした。


「ごめんごめん。

 影を持っていない真城君が触っても、別に問題はないんだ。……多分」


 こほん、と一つ咳をして弁解をする神崎。

 しかし弁解できているのかどうなのか。

 多分ではなくハッキリしてほしい。


 神崎は、“影結晶”を掴むと、話を再開する。



「これが我々“影狩り”の持つ、影人への対抗手段。


 影人に取り込まれた原田一喜(はらだかずき)君。

 或いは“黒鉄”と接触した真城くんなら見た記憶があるんじゃないかな?」


 と、“影結晶”を持っていない方の手を真城に向けて見せる。


 直後。

 その手へと目線を向けた真城が「何を?」と訪ねるより早く、変化は起きた。


 神崎の手の表面を覆うような黒いモヤが出現し、手の平に収束。

 小さな黒い球体が出来上がる。

 次いでそれはくるくると、とぐろを巻いた一本の細長い棒状へと形を変えて、真城の眼前へと迫り、伸びてくる。


 それを躱そうとした真城だが、真城に触れる寸前。

 寸での所でピタリと止まった。


 自在に形を変える黒いモヤ。

 勿論、真城には見覚えがあった。


 しかしこれは……。

 と、驚く真城に神崎の声がかかる。


「驚いたかい?

 本来、影人のみが持ち合わせる力。……“影操作”。

 この“影結晶”を利用すれば、我々人間にも“影操作”が扱えるようになる」


 おぉ、と声を漏らす真城。

 そういえばと、一ノ瀬も病室で影を動かしていたのを思い出す。

 あれは、こういう原理だったのだろう。


 原田との戦闘では、持てるリーチの違いから大分苦労させられたもの。

 その力を自身も使えるのだとすれば、これ以上なく心強い。


 しかし、良い部分だけではないと神崎は釘を刺す。


「無論、危険性。デメリットも存在する。

 簡単に“影操作”を扱える様になるわけでもないから鍛錬も必要だしね。


 扱える人間も限られる。

 この“影狩り”に招かれた時点で、その点は問題ないが、“影耐性”があることは必須事項。

 “影耐性”は、影の変化に気付くことの出来るスキルだが……。

 文字通り、『影の浸食を受けにくい』、『影人化を起こしにくい』といった体質に変化した証。という事でもある。

 “影耐性”を持たぬ者が触れてしまえば、最悪の場合、それだけで影人化を引き起こしかねない。


 “影結晶”は“影のエネルギー”の結晶体。

 “影世界”から漏れる微弱なエネルギーとはわけが違う。


 ……危険な代物だ」


 手に持つ“影結晶”。

 それを卵型カプセルに納めると、テーブルの上に乗せる。


「それに、”影耐性“があれば安心。というわけでもない。

 あくまでも『なりにくい』というだけの話。

 使い続ければ我々“影狩り”であってもいずれ……」


 影人になる。と、神崎はそこで一度言葉を締めくくる。

 “影結晶”のメリットとデメリット。

 それは、神崎がしっかりと教えておきたい所なのだろう。



「とはいえ、これを見つけ、使用法を理解できたことが、カギだったわけだ。

 これのおかげで我々は、影人と戦うことが出来るようになった。

 ……副作用はあるけどね」


 そこは仕方ないと割り切る神崎。


「因みに厳征君は別だよ。

 彼は“影結晶”を見つける以前から“影操作”を使えていた」


「……え」


「真城君と同じ。

 厳征君は燕尾服の男。僕らが“灰”と呼ぶ存在と取引した人物だからね」



 ……!?



 疑問を投げかけた真城へ、神崎の衝撃の答えが届く。


 どうやら、真城以外にも“灰”と接触した人間はいたらしい。

 真城とて考えていなかったと言えば嘘になるし、自身のみが特別だと考えるほど幼稚でもない。 

 何より、灰色の燕尾服を着たあの男を呼称して“灰”と呼んでいた時点で、その可能性は大いにあった。


 しかしこうも早くにその存在を知れるとは、真城も思っていなかったのだ。


「厳征君が“力”を使って影人と戦い始めた。


 その後、“影世界”から“影結晶”が見つかった。

 その“影結晶”を使えば他の皆も影人に対抗できると分かった。

 

 そうして、現在に至るわけさ」



 神崎が話を終わらせる。

 “必要なことは全て話した”、という事だろう。

 

 しばしの沈黙。


「あの……、私も初耳なんですが」


 不意に九条の声がかかる。

 九条なりに、話すタイミングを伺っていたのだろう。


「清水さんの件です」


 九条が初耳といった事。

 それは、清水厳征が“灰”と接触していた。という事だろう。

 病室で九条は言っていた。

 “燕尾服の男”という情報は初めて聞いたものであると。

 ならば神崎は、自身の秘書であるはずの九条にまで“灰”という情報を隠していたことになる。……それは何故か。


「まぁ、“灰”の存在は“影狩り”内部でも僕と龍牙君。そして厳征君の三人しか知らないことだったからね……。


 何より僕自身が出会ったこともないし、僕が厳征君と出会った時点で彼は既に“灰”との取引を済ませてしまっていた。


 それ以降、“灰”の行方も分からぬまま今に至ったわけだし、こうして真城君のことを知るまで、“灰”という存在は僕の中でも疑わしいものだったんだ。


 実際、“灰”の目的は僕らにも分からないし、影人を倒し“影世界”を破壊するという目的において、さほど重要では無かったこともあるしね」


 九条の反応を見て、「すまなかったね」と謝罪する神崎。

 話を聞く限り神崎自身も、“灰”の存在には半信半疑だったのだろう。


 しかし文字通り、“灰”と接触した二人目の人物。真城が現れたというなら話も変わる。


「今後は情報を解禁していくと?」


「そうだね。

 “灰”の目的は不明でも、厳征君以降音沙汰の無かった“灰”が動いたことには意味があるはずだ。

 それが我々にとって良いか悪いかを抜きにしても、“灰”の計画が一段階前に進んだと見ていいのかもしれない」


 九条の問い。神崎の答え。

 今後は“影狩り”内でも、“灰”の事に関する説明をしていく方針となったのだろう。


「“灰”と接触した二人。

 何かしらの接点。或いは共通項でもあるのか……。

 

 出来ればすぐにでも真城君と、厳征君を会わせたい所なんだが」


「いないんですか?」


「うむ。

 現在、厳征君は“影世界”の探索中でね。

 長い事席を外しているうえ、いつ帰ってくるのかも分からない。


 厳征君なりに何か納得することや発見でもあれば、そのうち戻ってくるんだろうけども……」


 清水厳征。

 真城以外で“灰”と接触した人物。


 真城としても、是非会っておきたくはあったが、居ないというなら仕方がない。


「因みに、清水さんはどういった“力”を……?」


「一言で言うなら“影操作”。

 なんだけれど……、厳密に言えば“影結晶”を使って得られる我々の“影操作”とはまた違ったものでね。

 なんというか、出来る幅が更に広いんだ。

 

 ……まぁ、会った時にでも説明しようか。

 或いは厳征君本人から直接聞いてみるといい」


「その方が面白いからね」と、話をはぐらかす神崎。

 ……よくわからない。



 ……



「まぁ、何はともあれ。

 そんな厳征君の下に集って出来たのが“影狩り”ということさ」

 

 必要な話を終えた神崎が、無理やり話しの締めにはいる。

 いきなり雑になったのは気のせいだろうか?

 九条が途中で話に割り込んだこともあるのだろう。


 姿勢を崩して横になる神崎からは、先程の真剣さは感じとれない。


 ふぅ……。と、長めの息を吐くと、神崎はリラックスした表情で真城へと向き直る。

 真城自身、本部長という肩書で少しお堅いイメージがあったし、実際に出会って会話して、それが正しいものとも思っていた。

 しかし、どうも違うらしい。

 勿論、本部長である以上、そういった面もあるのだろうが、どちらかと言えば“今の姿”の方が彼らしいとも感じる。


 九条が“変わり者”と言っていた事を踏まえても、真面目な雰囲気が長続き出来ないタイプの人間なのかもしれない……。


「随分と長話になってしまったし、最後は手短に済ますとしようか。


 今の話でも言ったように“灰”と接触したのは僅か二人。

 厳征君と真城君だけなんだ。

 それだけでも、真城君の存在が“影狩り”にとって重要な存在だというのは、なんとなく伝わってくれていると思うんだけれど……。


 真城君の“力”。

 それは真城君が思っているように。或いはそれ以上に、すごいものだという事を理解してほしい」

 

 真城の持つ“力”。

 自身の影と引き換えに、燕尾服の男、“灰”と取引をして手に入れた力。

 

 影に取り込まれた肉体を分離する力。

 影を霧散させ、消失させる力。

 無効化する力。


 それは真城自身。

 結局のところ、どういった“力”なのかを理解していないし、出来ていない。


「九条君からも聞いているとは思うけれど、現状真城君の“力”の事は一部の人間以外には伏せられている。

 理由は混乱を避ける為。

 確かに真城君の“力”は今後すごく役に立つ。……だけれど、それ以前の問題が山積みなんだよねぇ色々と。


 “力”の運用方法についても今後の会議で決定予定。

 まぁ僕としてはなるべく早く実戦に投入したい所なんだけど……、上が中々に消極的でね。現状維持って意見が多い。


 それにその“力”について、まだまだ分析が必要でね。

 出来る事、出来ない事。メリット、デメリット。等々と。

 だから、それがある程度判明するまで使わないで貰いたいんだ。

 これが今出ている、上の決定。


 ……正直、面倒事は避けたいしね」


 面倒事?

 そういえば、この“力”が“影狩り”にとって良いものとも限らない、といった話を九条や一ノ瀬も言っていた気がする。


 それを聞こうと神崎へ顔を向けるが、


 ガチャリ。

 と、それを遮るように扉が開く。



「……なんだ、まだやってたのか」


 一ノ瀬だった。

 一ノ瀬は座る真城を一瞥すると、神崎へ向けて問う。


「なんの用だ。

 突然呼び出して」


「うむ。

 龍牙君には、真城君の教育係を任せたいと思ってね。


 特に、戦闘技術。

 “影無し”の真城君に“影操作”を教えられるのは、厳征君を除けば、ずっと厳征君の戦いを見てきた君が適任だろう?」


「断る」


「ふっふっふ……。いいのかね?

 真城君の事を隠そうとしていた点。

 帰ってきた厳征君にバラしちゃうぞぉ……?」


 チッ。と、舌打ちをして押し黙る一ノ瀬。

 神崎の言っていた内容は不明だが、神崎が一ノ瀬の扱いに慣れているという事は分かる。


「何もずっとという訳じゃない。

 期限は一週間。

 それまでに真城君に“影操作”を大方マスターしてもらいたい。

 影人“フェイズ3”くらいは相対できる程にね」


「……お前はこいつを殺す気か?」


「そうならない為の君だろう?」


 笑顔の神崎と、不機嫌な一ノ瀬。

 その見た目からしても対照的な二人だった。


「初めの二日間は九条君もよろしくね。

 九条君は龍牙君の監視役兼、真城君の教育係だ。

 

 龍牙君だけだと、重要な説明とかを省いていきなりの戦闘になりかねない」


「わ、私もですか!?

 ……わかり、……ました」


 突然話に巻き込まれる九条。

 反論するのが無駄だと分かっているのか、ガックリと肩を下げて項垂れる。


 真城の教育係として任命された二人。

 確かに真城としても、全然知らない人というよりかは有難い。


 しかし……。

 一ノ瀬に加え、本部長の秘書までもを務める九条までが教育係とは……。


 ふと、真城の脳裏に言葉が過る。


――真城さんは今後の戦力としても申し分ない。

――一般人が“フェイズ3”の影人を撃破出来たという例は前代未聞とか。


 “力”の件を除いても、真城の存在はどうやら期待されているのだろう。

 しかし、いきなり一週間が戦闘訓練に決まるとは……。


 “影狩り”本部長。神崎拓富の話を聞くだけのつもりだったが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。


 真城は、これから待ち受けるハードな戦闘訓練。

 そして、自身の意向を挟む余地なく、進んでいく会話の内容を聞き流しながら、乾いた笑みを浮かべるのであった。



~   ~   ~   ~   ~



「一体、何が目的だ?」


 執務室。

 それは真城と九条が部屋を出た後のこと。


 一ノ瀬は神崎に問いかける。

 問の内容は、一ノ瀬を真城の教育係に指名した点だ。

 何かと理由を付けていた様だが、影を操作することなど“影結晶”があれば十分だ。

 誰が教えたところでそう変わらない。


 確かに真城は“影無し”である。

 それ故に、“影操作”での戦闘方法も多少違ったものとなる。

 しかし、それだけ。

 わざわざ一ノ瀬が教えてやらねばならない程じゃない。

 それこそ九条一人で十分だ。


「理由は色々ある。

 真城君の“力”の扱いについても理由の一つだが、……君にも悪い話じゃないはずだよ」


「なんのことだ」


 疑問を浮かべる一ノ瀬。

 しかし、それを見て意味ありげに含み笑いをするだけの神崎は、最後まで理由を話す事はしなかった。



「いずれ分かるさ。僕の優しさが」




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