第2話 『“影狩り”本部』
東京地下に設けられた巨大空間。
その端から端までを余すことなく活用して、“影狩り”本部は存在していた。
この巨大空間。
元は何かの施設が作られ運用されていたらしいのだが、時の流れにより運営、管理が困難となり撤去された跡地であった。
埋め立てるにも莫大な費用がかかり、折角埋め立てたとしても地盤が緩くなりがち、という問題から長年放置されていたわけだが、政府専用の地下通路と同様に“影狩り”の設立に伴って運用価値が見込まれた為、現在に至る運びとなった。
東京の地下には未だに再利用されることなく放置された地下空間が数多く残されているらしく、今後の影人との展開や状況によっては、それらを使った支部の増築も検討されているのだとか。
“黒い新幹線”の中で揺られること数分。
車両一つがやっと通ることの出来る程度の、丸くくり抜かれたトンネルの様な一本道を抜けた先。
一面を暗く、黒く染めていた車窓の景色は、開けた空間に出ると同時に車内へと光を取り入れる。
目的地。“影狩り”本部へと着いたことを告げるアナウンスが流れると、“黒い新幹線”はその動きを停車させた。
扉が開くのを待ってから、九条と一ノ瀬が車両を下りる。
それに続く真城。
車両を下りた真城の目の前には操車場が広がっていた。
真城が乗っていた車両以外にも同じ様な車両がいくつも格納され、いつでも使用可能な状態で待機しているようだった。
本部の外観はどういうものなのかと気になっていた真城ではあったが、どうやらこの操車場自体も本部内に設けられた一室という事らしく、“黒い新幹線”が開けた空間に入った時点で既に本部の中であった様だ。
元々あった巨大空間をそのまま使った為、外観というものは存在しないらしい。
……すこし残念。
本部は幾つかの階層に分かれており、この操車場は一番上の階だとか。
この後は、“影狩り”の本部長である神崎拓富と会う手筈になっている。
その為に、神崎が待機する執務室へと向かうわけだが、九条が道すがら色々と“影狩り”本部を案内してくれる様で、そこまで付き合うつもりの無い一ノ瀬とはここでお別れだ。
九条と二人きりとなった真城は、促されるまま下へと続く階段を下る。
勿論エレベーターもあり、執務室まで一気に行くことも出来る訳だが、今回は案内も兼ねているので徒歩で向かう。
螺旋状の階段を下りた先。
そこは、多くの扉が配置された長く続く廊下だった。
「この階層は職員達の私室エリアになっています。
部屋はワンルーム。
トイレは共有で、別階層には食堂や大浴場などが設けられているので、基本は寝るだけの部屋ですね。
我々“影狩り”は、この本部を拠点として任務へ向かうので、その為の私室が各自用意されているんです。
家族がおり、ここで暮らすのが嫌。或いは出来ないといった者もいますが、基本的にここで暮らすことが前提です。
任務や有事の際に一々本部まで足を運ぶというのは面倒ですし、何よりその為に“黒い新幹線”を動かすのも大変です。お金もかかりますしね……。
真城さんの部屋も既に用意されているので、後で案内しますね」
各自、私室が用意される。
“影狩り”という組織は、いわゆる“住み込み”の仕事なのだろう。
九条の言う様に、基本はこの本部で待機。
任務というのが何かは不明だが、“影狩り”の存在意義を考えるなら、影人達の調査や撃退などが主だろうか。
……とにかく、そういった任務、仕事を受けて初めて“影狩り”は現場に向かい、解決しては戻ってくるという流れを繰り返す形か。
しかし、どうしたものか。
真城は現在、一人暮らしをしている。
二年契約にも関わらず、まだ数か月しか住めていない。
今後、この本部でお世話になることを考えると、どうしたものか……。
違約金を支払ってしまっても構わないが、現在のアパートは両親にも知られてしまっている。
“影狩り”の性質上、両親に訳を話すわけにもいかないし、かといって無断でアパートの契約を切ったことが知られれば面倒が起こりかねない。
この件は“影狩り”本部長である神崎氏にも相談する必要があるか……。
何より思い出したくも無かったが真城は現在、大学の留年が半ば確定している。
勉学に身が入らなかった事とバイトが原因ではあるのだが……、留年なんて事態が知れれば実家に強制送還ルートである。
無謀ではあるが、この件についても一応相談してみよう。
……というか、そもそも“影狩り”としてやっていく以上、今後大学で勉学に励むこと自体難しい気がする。
大学と“影狩り”の両立など真城には不可能だ。
「こちらが先程伝えた食堂、大浴場のある階です」
三階層にも渡って続いていた『私室エリア』を抜け、ついに別エリアに出る。
何故、『私室エリア』がそれほど多いのかというと、今後“影狩り”の組織が拡大して職員が増えていく事を懸念して、「先に多く部屋を作っておこう」となった為である。
本部が地下深くにあることもあって、後に部屋を増やすといった行為に大変な労力を要するが故の処置だ。
なので現状、空き部屋は多くあるのだとか。
一階層が操車場。
二階層から四階層までが私室エリア。
五階層目となって、ようやく人通りが多くなる。
落ち着いた服装の者から、個性的な服装の者。
所々に生傷を抱える戦闘員や、白衣を纏った研究員。
道行く彼らの合間を縫うように前を行く九条と、それを追う真城。
「この階層には他にも談話スペースやマッサージルームなどもあって、簡単に言うなら……まぁ娯楽エリアでしょうか。
娯楽エリアも二層に渡っていて、この下の階には映画鑑賞の出来るスペースやカラオケルーム。
スポーツジムなんかがあります」
階層の内容について説明する九条。
なんでも娯楽エリア内の施設は、無料で提供されるものが多く、例え料金が発生するものであっても、外と比べれば手ごろな価格なのだとか。
失敗がそのまま命に直結する仕事。……仕事以外では身体を休め、ストレスを溜めないようにするのもまた、重要なことなのだろう。
試しにと、食堂へ案内される。
少しばかり昼時を過ぎてしまっているとはいえ、未だに多くの人達が利用し賑わっているようだった。
「食堂はまぁ、普通ですかね。
食券を買って受付に渡すだけ。……どの料理も三百円程度で、大盛、特盛なんかは無料で出来ますから、色々と利用してみるのが良いかと」
九条が指さした方向へ目を向けると、受付カウンターで佇むスタッフが目に留まる。
その奥に見える調理場では、今も料理人達が忙しなく働いていた。
受付カウンターの横には食券機が並ぶ。
ちらりと内容を確認すると、メニューは和食・洋食・中華と各種色々取り揃えている様で、これなら悩むことはあっても、食べ飽きるということは無さそうであった。
――「あれ、“影無し”じゃね?」
ふと、真城の耳に届く声。
――「しかも完全に影がないぞ。……あいつ」
次いで理解する。
真城自身のことを言われているのだ、……と。
「仕方がありません。
ひとえに“影無し”といっても、真城さんの状態は珍しいんです。
“影狩り”内では特に……」
それに同じく気づいたであろう九条が、真城の肩に手を置く。
思えば、ここは影人達と戦う為の組織であった。
真城の影が無い状態。……“影無し”。
病院からここまでの道のりで、誰かから指摘されることも無かった為失念していたが、真城や九条と同様に、ここにいる人達は皆“影耐性”を持っているのだ。
「一旦ここから離れましょうか。
私と一緒にいる時点で、彼らも変な行動は起こさないはずですが、一応。
……それから、この件についての説明をしますね」
色めき立つ食堂を離れ、急いでその場を後にする二人。
九条に手を引かれるまま、人通りをかき分けて人のいない場所へと移動する。
「まず初めに、謝らせてください。
不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「い、いえ。
そんな別に……」
ペコリ、と頭を下げる九条。
それに対し、まさか謝られるとは思っていなかった真城は驚く。
正直な話、今の状態に対し真城は何とも思っていなかった。
真城の影が無い今の状況は、自分の意思で“灰”と取引をした為であり、言わば自業自得な為である。
それに手に入れた“力”のことを考えれば、儲けものとさえ認識している。
確かに食堂で指摘された時には驚いたが、別に事実なのだし、それに対し不快な気分になることも無かった。
「実は現在、真城さんのことは上層部にしか伝わっていないんです。
昨日、真城さんの“力”について神崎さんに連絡を入れて確認を取ってみたんですが、“力”の件に加えて“灰”のことなど色々と特殊な状況ということで混乱を避ける為、組織全体にはまだ非公開となりました。
かなり急なことでもありましたし、“そういった諸々の事情”がしっかりと解決してから受け入れようという案も出たらしいのですが、真城さんは今後の戦力としても申し分ないという事で今に至ります。
昨日なんて一日中、真城さんの件についてあれこれ会議してたんですよ?
神崎さんは少し、納得がいってない様子でしたが……」
と、まぁそういう事らしい。
九条が頭を下げたのも、そう言った今の真城の状況が含まれていたからだろう。
真城のことを“戦力としても申し分ない”としている点は気になったが、“力”があるとはいえ戦いに不慣れな一般人が“フェイズ3”の影人を撃破出来たという例は前代未聞なんだとか。
実際は単に真城の貰った“力”が影人に対して有効であっただけなので、色々と恥ずかしい。
しかし、
「さっきの人達の反応的に“影無し”って珍しいんですか?
一部分が無いわけじゃなく影が全てないってことを含めても、影人の“フェイズ2”以降とかと同じ感じで、“灰”の件を除けばそれほど“珍しい”ってわけでもないと思うんですけど……」
素朴な疑問。
それは先程、九条が『“影狩り”内では特に』といった話をしていたからだ。
「そうですね……。
簡潔に言ってしまうなら“影狩り”には現在、“影無し”の状態の方は稀です。
それは、真城さんにも選んで頂いた“選択”の話になるんですが、影人化を起こした被害者の多くは、“選択”の際に日常へ帰ることを望みます。
自身の影に肉体を乗っ取られかける、或いは襲われるといった恐怖がトラウマとなっていることが多く、一度助かった安堵感と相まって、もう一度自ら危険に飛び込んで行くような事をしません。
この“影狩り”に身を置く者の多くは、そういった影人化を起こした被害者ではなく、影人によって大切な方を失った者達です」
“復讐者”。
と九条は少し言い淀んだ後に告げる。
一ノ瀬が病室で語ったことを思い出す。
影人の起こす行動の中には、影人に乗っ取られた被害者達が殺したいほど憎んでいた者を殺そうとする奴もいるのだとか。
原田の影人に襲われた真城がいい例だ。
しかしちょっと待ってほしい。
それは確か、稀という話では無かったか?
“影狩り”に所属する者のほとんどが、そういった事態からくる復讐者であるのなら、真城と原田の様な件は、稀ではなく頻繁に起こる事態ということになってしまう。
しかし九条が言うには、“稀”という表現には少し語弊があり、実際は、ここ数年の間で稀になった。という事らしい。
なんでも、“影狩り”が発足するより以前は、影人達の動きも活発であり、手当たり次第に人々を襲っては逃げてを繰り返していたのだとか。
影人に対して有効な手立てもなく、“影世界”へと逃げられてしまうと追う手段も無い。
そんな状況は影人にとって、これほどに好き勝手出来る環境もなかったのだ。
しかし影人のそういった動きも、近年では鳴りを潜め、人を襲って殺してしまうよりも影人化させて戦力を増やすといった動きにシフトしていった。
“影狩り”の誕生。それが主な原因だ。
相対する敵がいなかった頃とは違い、“影狩り”が誕生して以降の影人はその戦力を大きく減退させた。
それ故だろう。
「実際に国の助力の下、“影狩り”が発足したのは三年前。
最近のことです。
それより以前は非公式の団体として、勝手に影人を倒す人達の集まりでした。
今いる“影狩り”のほとんどは、影人がまだ活発に動いていた頃の被害者なんです」
なるほど、そういうことか。
と、真城は納得する。
つまりは“影狩り”が発足して以降の三年間は少なくとも、遊び半分で人を襲うような影人
は現れず、“肉体を乗っ取ったばかりの影人が憎んでいる人間を襲う”といった稀に起こる行為のみになったという事なのだろう。
それが一ノ瀬の言った、“稀”という意味だったのだ。
結果として、現在の“影狩り”は復讐に燃える者達が多く、影人化を起こし、尚且つ“影狩り”に入った“影無し”の存在は稀であることから、真城は指摘を受けたのだろう。
「あぁー……。でも、真城さんの場合はそれ以外の意味も含んでいます」
ん? と、九条のセリフに納得しかけていた真城の思考が止まる。
「さっきも言った様に、“影狩り”には復讐を目的とする者が多いのです。
真城さんが言っていたように、『影人の“フェイズ2”以降と同じように見える』というのもまた問題です。
あまり仲間を悪く言うつもりはありませんが、“影狩り”の中には色々な人がいます。
復讐を目的とし、影人に対し良い感情を抱く者が少ない中、時には影人化を起こした者に対しても憎悪を向ける者もいます。
『お前の弱い心が影人を生み出した』
『心の弱いお前も同罪だ』
『お前が影人を生んだせいで苦しむ人がいる』
……といった具合です。
それに加えて真城さんは現状、影が完全に無い状態ですから、“真城さんの影が無い理由”を知らされていない“影狩り”達からすれば、
『“真城さんが生み出した影人は、今も街を徘徊中”』
というように、思われるわけです」
―― “影人共を一匹残らず、殲滅したい。”
―― “一刻も早く。”
そうした理念を持つものが多くいる“影狩り”。
それ故に、“影無し”は少しばかり肩身が狭いのだと九条は語る。
「まずいないとは思いますが『“フェイズ3、4”の影人が“影狩り”内に紛れ込んでる!? スパイかもしれない!!』……なんて考える者もいるかもしれませんね」
ニヤリと、悪戯っぽく微笑む九条。
怖い冗談はやめてほしい……。
まぁ、話が少し暗い方へと流れてしまった為、空気を和まそうとしたのだろう。
「……とはいえ、思ったよりも良くない状況かもしれません。
一刻も早く真城さんのことを“影狩り”達に公開した方が良いのかも……。
その為にも、神崎さんのもとへ行かなければ……」
「案内はまた今度しますね」と、九条は頭を下げるが、それも仕方のないことなので納得する真城。
階段を降り、寄り道をすることなく、真っ直ぐと執務室へと向かう。
七から九までの三階層は中央で壁によって仕切られ二つのエリアに分断されているのだという説明を軽く受けながら、一層、また一層と降りていく。
その下のエリア、十階層目に目的の執務室があるのだとか。
七から九までの三階層は研究室・実験室エリアと修練場エリアの二種類が半々で存在し、“影狩り”に所属する研究員は前者を使い、戦闘員は後者を使う。
なんでもその設計上、直接行き来することができず、六階層目か十階層目を経由していかねばならないようだ。
上の階から下の階までを一直線に繋いでいるエレベーターも二種類存在し、乗るのを間違えると大変面倒なのだとか。
……目的の階に到着する。
第十階層目。
執務室に加え、戦闘員達へ任務の状況を伝える司令室。
影に関する世界中の書籍、或いはこの本部での研究ファイルなどをまとめた書庫。
急な発病、或いは定期的な診察が必要な者が利用する病室などがあるエリアだ。
病室には様々な症状に対応する為に、色々と設備が整っているようである。
ここでの仕事は、肉体面に加え精神面でも疲弊することが多い。
それが肉体面であるのなら、病室でどうとでもなるだろう。
問題となるのが精神面。
影人化に必要な要素が“ストレス”であることからも、そういった精神面のケアが重要となる。
ストレスを発散する為に“娯楽エリア”があるわけだが、それでも多くのストレスを抱える者、ストレスを受けやすい者の為、病室には医師の他にもカウンセラーなどがいるのだとか。
「ここが、執務室です」
九条が目的の場所で立ち止まる。
両開きの茶色い扉。
その扉にはしっかりと『執務室』と書かれたプレートが掛けられている。
「神崎さん。
お待たせしました。九条です」
扉をノックする。
一枚の扉を隔てた先にいるであろう『神崎拓富』へと話しかける。
数秒の沈黙の後、ガチャリと扉が開けられた。
「やぁ。待っていたよ。
……君が、『真城晴輝』君だね?」
出てきたのは一人の男性。
眼鏡をかけ白衣を纏った、二十代後半くらいの男だった。




