第1話 『秘密の地下鉄』
日本の首都。――“東京”。
その地下には、様々な空間、建造物が存在する。
それは東京メトロ、都営地下鉄といった地下鉄道。
或いは地下調節池や下水処理場といった水処理施設。
駅からその周囲に広がる地下施設、地下街等々。
多くの人々が利用することの出来る場所。
無くてはならない施設の数々。
その中には、
『東京ドームの地下には競輪場がある』
『市ヶ谷駅地下に眠る防空壕がある』
『銀座の地下には閉鎖された地下街がある』
といった、今は使われることの無い空間も多数存在する。
そんな東京の地下には、まだまだ人の知らない多くの空間が作られ、秘密裏に運用されているという噂。
嘘か真か囁かれる類の話。
『政府専用の秘密地下鉄がある』
『地下鉄路線網の中には数多くの連絡線が隠されている』
というのは有名な都市伝説かもしれない。
もし仮に、そういったものが実在しているというのなら、一体どれほどの空間が、我々国民に秘匿され、存在し続けているのだろう。
真城自体、そういった話題には詳しくなかった。
“ドッペルゲンガー”という事例からも分かるように、真城はそういった話に興味が無い。
……無かった。
それは真城の育った環境によるところが大きく、両親がそういった話題に興味を示さなかった為である。
真城自身、知って役立つ情報でないのだから知る必要もない、という考えでもあった。
とはいえ、そんな真城の考えを大きく覆すほどの衝撃があった。
秘密の地下鉄。
その存在が、事実であったなど。
……
…… ……
時間を少し遡る。
検査入院という事であれこれと診察を受けて過ごした次の日の事。
時間は昼時。
病室で目を覚ました真城は、少しばかり時間を潰した後にやってきた九条、一ノ瀬を室内に迎え入れた。
真城は今日から、 “影狩り”という名の秘密結社に所属する。
その件にあたって今回、“影狩り”の本部へと向かう事となっていた。
真城の大学は既に夏休み期間に突入しており、一人暮らしであることに加え、バイトの予定も入っていない。
故に真城は、事件のあった翌々日である今日を承諾した。
慣れない戦闘で疲弊した身体も、睡眠をとったおかげなのか大分楽になった。
ここが病院という事もあり、切り傷や擦り傷に対し適切な処理もしてもらっている。
気になる点と言えば、所々の筋肉痛くらいのものである。
真城は九条に促されるまま、病室を後にする。
廊下を抜け、エレベーターへと向かう。
チン、という到着音と共にエレベーターの扉が開く。
九条は携帯端末に専用のIDを表示。
タッチして読み込ませると『1階』のボタンを押す。
見ればエレベーターには地下へ行く為のボタンは存在しなかった。
この場所が秘匿されている為なのだろう。
誤って一般人、或いは一般の医師達が訪れないようにするための処置。
IDを読み込ませる場所でさえ、何の変哲もないただの壁として偽装されていた。
季節は夏であることに加え、時刻は正午。
既に高く昇り、煌々と照り付ける太陽が路上のアスファルトや大気を熱す。
エアコン、冷房によって適温に設定された病院内とは違い、自動ドアを抜け、外へ出た真城達へと、ムワリとした蒸し暑い空気が出迎えた。
暑い……。
真城の抱いた感想がそれだった。
顔にあたる日光に目をしかめ、右手をかざして日よけにする。
横目に一ノ瀬の姿を確認する。
その服装で目に付くのが茶色いロングコート。
確かに、影人などと戦闘することを考慮するならば、色々と武器を忍ばせることの出来る服装というのは使い勝手が良いのだろう。
しかし現在、そういった事態ではないことに加えて、この暑さ。
さしもの一ノ瀬もロングコートを脱いで肩に担いでいた。
対して九条。
白いTシャツに藍色のジーンズ、小さな黒いペンダントといったシンプルなもの。
上からもサマージャケットを羽織る程度で、涼しげのある恰好だった。
病室でも思ったが、二人は共通した衣服を着ていない。
組織に所属する以上、何かしら共通した衣服、制服といったもの。或いは戦闘服のようなものを着るのだと考えていたが、……この組織は普通の組織ではない。
“秘密結社”なのだから、そういった決められた制服など存在しないのだろうと思い直す。
共通する衣服を纏い、しかもそれはどの公務員の制服でもない。……などというのは“見つけてくれ”と言っているのと同義である。
「まずはこのまま最寄り駅へ向かいます」
目的地を告げる九条。
多少面倒ではあるものの、ここから駅までは徒歩で向かわねばならない。
車をレンタルしてくることも出来たようだが、結局のところ返す手間を増やすだけなので、歩いた方が早いという判断だ。
本部の場所へは、最寄りの駅から電車を乗り継ぐ必要があるらしい。
因みにだが、彼女らには本部へと行き来する為の“近道”が存在するようである。
しかしその“近道”は一般人が通ること、入ることの出来ない場所にあった。
仮に彼女らの協力を経て、その“近道”に侵入することが出来たとして、常に命の危険が伴うこととなってしまう為、今回は普通の手段をとる事となったのだ。
“近道”。
それは“影世界”と呼称された空間のことを指す。
“影狩り”達は、どこにでもある影を経由して“影世界”へと侵入する。
それは一面が灰色の世界。
まるで水中を泳ぐように、或いは空中、宇宙空間を漂うように、身体を浮遊させる空間。
障害物など一切無いその場所は、“影狩り”達が目的地へと移動する為によく使われる。
なにせ、目的地の“座標”さえ知っていれば、そこへ向かって一直線に移動するだけで良いのだから。
とはいえ、先程述べた通り、常に命の危険を伴う場所である為、“影狩り”達の中でも本部が認めた者しか入ることの出来ない場所となっていた。
理由は大まかに二つ。
一つ目は単に、“影世界”は影人達の根城でもあるということ。
最悪の場合は“フェイズ4”とも接触するので、注意が必要だ。
二つ目は、“影世界”に満ちている毒素、……言わば“影のエネルギー”が人体に悪影響を及ぼすということ。
“影狩り”達は訓練、特訓によってそれらの毒素から身を守る術を覚えることが出来るので、要は“ソレ”が出来なければ本部から許可は下りないということになる。
深く潜れば潜る程、その毒素も強くなる。より強固な対策、術が必要となってくる。
……まぁ、そんなわけだ。
……
…… ……
程なくして最寄りの駅にたどり着く。
そこから電車に乗りこむと、東京駅へ向かう。
平日の昼間ということもあり、人通りもそれほど多く無い。
携帯片手に歩を進めるスーツ姿の男性。
手押し車を押して歩く高齢の女性。
ベンチに腰掛け、他愛のない会話に勤しむカップル。
その中でも真城がそうであるように、夏休みの期間に入った為だろう。
小中高と様々な年代の少年、少女達の姿が目立っていた。
ガタゴトと電車に揺られること十数分。
何事もなく東京駅に到着し、今度は地下街へと降りていく。
多種多様な人々を無視して進む一行。
少しして、九条が立ち止まる。
それは、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた平坦な銀色の扉。
九条は持っていたカバンから携帯端末を取り出すと、再びIDを表示してその扉を開ける。
中は少しひんやりとする。
剥き出しのコンクリートの壁。
天井や壁には複数の配管が伝い、道の隅に置かれたボックス状の機械についた意味不明なメーターは世話しなく動き続け、辺りのランプがチカチカと点滅する。
時折聞こえる、ゴウンゴウンという音が、今もこの場所で何かが稼働していることを伝えてくる。
文字通り『関係者』にしか分からない設備が置かれた空間だった。
もう慣れているのだろう。
不思議なものを見るように辺りを見渡しながら進む真城とは違い、辺りには目もくれず淡々と先を進む九条と一ノ瀬。
人一人がやっと通れるほどの道を抜け、更に下へ続く階段やら梯子を下りる。
上へ下へと、入り組んだ道を進む。
今自身が、どこにいるのかさえも分からくなった頃。
九条の声が届く。
「ここです」
無心で歩いていた真城は歩みを止めると、同じく立ち止まった九条、一ノ瀬らの方を見る。
トンネルの様な通路を進んだ先は行き止まりだった。
しかし……、
「……ここは」
真城は息をのむ。
行き止まり、……ではあった。
真城の視線の先に映った光景。
それは鉄格子によって区切られ、でかでかと赤い文字で『これより先、立ち入り禁止区域』と記された一つの大きな看板が備え付けられた、“行き止まり”であった。
ピッ、という電子音が木霊する。
九条がかざした携帯端末のIDに読み取り機が反応した音だ。
病院地下のエレベーターと同様に、この空間の何処かにも読み取り機が隠されていたのだろう。
ガチャリという解錠音と共にガラガラと音を立てて開く鉄格子。
意外とハイテクなようである。
驚く真城を置いて先に進む九条、一ノ瀬。
我に返るまで十分な時間を有すること数秒、真城は慌てて二人の後を追った。
~ ~ ~ ~ ~
駅のホームがあった。
電車が停車していた。
……それも、先程の鉄格子を抜けた先に。
真城の受けた衝撃は大きかった。
何せ人知れず、こんな地下に鉄道が走っていようなど……。
勿論、地下鉄というものを真城が知らないわけではない。
電車の種類など事細かに判別出来る程ではないにしろ、一般的な知識程度は持ち合わせているつもりだ。
しかしそんな真城が、見たことの無い、見慣れない電車。
“黒い新幹線”。
文字通り、何処を見ても黒一色で染められた新幹線がそこにあった。
それは紛れも無く……真城の知る由もない“秘密の地下鉄”であった。
「ここは、元からあった政府専用の地下路線を改良して作られた場所です。
元々は国会議事堂や総理大臣公邸、皇居など、日本の重要施設を地下で繋いでいた秘密路線、通路だったのですが、“影狩り”の設立に伴って運用価値が浮上したため、現在ではこの東京駅を含むいくつかの駅とを繋ぐことになりました。
“影狩り”の持つ秘匿性を考慮するならば、当然とも言えます」
空いた口が塞がらない真城に近づくと、九条はこの施設についての説明を始める。
「勿論緊急時などには、天皇や首相、またそれに類する方々の避難経路としても使われます。
後はまぁ……、時々政府の方達が本部に訪れる際にも使用しますね。
基本的に常時稼働中というわけでなく、任務や有事があった際にのみ動かす仕様です。
今回は『真城さんを本部へ案内する』ということを事前に伝えておいたので、この駅で待機してもらっていました」
一昨日の一件に続き、今日までもが“驚く日”であることを理解して遠い目になる真城。
政府専用だの秘密路線だのといった情報に加え、元からあった物を改良したという話。
……既に疑問やらツッコミやらが追いつかない。
とりあえず九条の言うように、この地下鉄の存在理由は理解した。
しかし、疑問はそれだけではない。
真城の目の前でひときわ異彩を放つ、黒い新幹線。
それは、素人目に見ても手の込んだ作りとなっており、金と時間、労力などがふんだんに盛り込まれた一品なのだろう。
話を聞く限りには、天皇や首相も使用するようなので、ある意味この手の込み様は当たり前とも言えなくはない。
真城もこれからはこの電車を使う側になるのだから何も言えないが、国の税金が秘密裏にこういった事にも使用されているのだと考えると、国民達には少し申し訳ない気持ちになる。
ふと、何故新幹線なのか? という疑問が浮かぶ。
勿論、地下を通る新幹線というのもあるようだし、何もおかしな点はない。
ただ真城の知識が乏しいわけだが、真城のイメージする地下鉄車両というのは先頭が四角く平べったいものだ。
別に、国税の使い道について思うところがあるわけでもないが、もっとシンプルな形状でも問題は無いはずである。
それらを踏まえ、わざわざ新幹線にする意味とはなんなのだろう。
そういった疑問を九条に投げる。
それは真城として、それほど深い意味があるわけでもなかった。
たまたま浮かんだ疑問について聞いてみただけだった。
しかし、それを聞かれた九条は一瞬表情を強張らせると、「気づいてしまったか……」といったように視線を宙に泳がせる。
その視線が一ノ瀬に向けて止まる。
ほんの数秒。
一ノ瀬からの返答が無いことを確認すると、真城へと向き直る。
「……それは単純なことなんですが、これを設計した人の“趣味”という他ありません。
真城さんの言うように、もっとシンプルなデザインにすることも出来たんです。
元々その予定でしたし、“影狩り”用として改良する以前の政府専用車両はもっとシンプルなものでした。
……ですが、ある男の一声で、こういった形に収まりました」
「……それは、いったい?」
何処か遠くを見つめ、溜息まじりに語る九条。
その雰囲気に呑まれる真城。
ある男の一声。
その答えを、……九条は少し躊躇ってから口にした。
「『どうせならカッコいい方が良い』……という意見です」
えぇ……。
期待して損した。いや、聞いて損した。
いや、そもそも九条の反応からしても、ロクなもので無いことは察せたが。
「そんな一声で変わっちゃったんですか……?」
「……変わっちゃったんです」
九条はガクリと肩を落として項垂れる。
余談だが九条的には、完成した“黒い新幹線”を見て、不覚にも『カッコいい』と思ってしまったこともまた、落ち込ませる要因となっているそうな……。
「“影狩り”の設立。……その基盤を作った三人。
『清水厳征』。
『神崎拓富』。
『一ノ瀬龍牙』。
その中の一人で、“影狩り”の本部長でもある『神崎拓富』という方は中々の変わり者です。
悪く言えば、漫画やアニメ系統のオタクなんですが、そういった厨二心を妄想で終わらせず、持てる技術を駆使して再現しようとする発明家、研究者です。
言動は至って普通なのですが……、発想の根幹、その行動のほとんどが『その方がカッコいい』といった感じの理由で説明ができます。
まぁ……この“黒い新幹線”然り、その他“影狩り”本部の設備や戦闘員達の武器開発といった様々な技術面を支えるエキスパートでもあり一種の天才。開発理念がどうであれ実際に成果も出ているので何も言えないんですが」
ハァ……、と溜息をつく九条からはその苦労が伺える。
どうにも九条は、その『神崎拓富』の秘書をも兼任しているらしい。
他の人達よりも接する機会が多い分、そういった苦労が絶えないのだろう。
神崎という人物に加え、一ノ瀬にも振り回されている九条。……ご愁傷様である。
しかし、と。
真城は一ノ瀬に視線を向ける。
『一ノ瀬龍牙』
まさか目の前にいるこの男が、“影狩り”を作った一人であったとは……。
“黒鉄”と呼ばれ、本部からも危険視されている強力な影人を相手にしても互角以上に渡り合えた実力、技量は本物らしい。
あの原田との一件に加えて“黒鉄”の襲撃。
助けに入った人物が一ノ瀬であったことは、真城にとって幸運だったのであろう。
「俺は別に何かしたわけじゃない。
あいつらのように何かあるわけでもない。
一緒にいて、共に行動して、気が付いたらこんな組織が出来てたってだけだ」
視線に気づいたのか一ノ瀬が口を開く。
その言葉からは一ノ瀬自身、清水や神崎らと同列とは考えていないらしい。
「そろそろ行きますよ。
本部に着いたら、真城さんも神崎さんと会うことになりますので、覚悟くらいはしておいて下さいね」
説明も終え、真城が大まかにでも納得したことを確認すると、九条は“黒い新幹線”に乗ることを促した。
三人が乗ったことを確認し、“黒い新幹線”は出発する。
ここから先、“影狩り”の本部に到着するまでは止まらない。
ふぅ……。と、一息つくと椅子に腰かける。
当たり前だが、車両には真城を含む三人しかいない。
現在電車を運転している者を合わせても四人だ。
九条や一ノ瀬は扉に寄りかかるようにして静かにしている。
電車から発せられる音を除けば、何の音も聞こえない。
目的の本部までは数分とかかるらしい。
ここまで来る為に随分と歩いたことを思い出す。
疲れたという程でもないが、これから本部を案内されることを考えると、少しでも体力を残しておきたい。
真城は未だ、“影狩り”という組織の規模を知らない。
本部というものが果たしてどれほどの大きさなのか、ということもさえも……。
そんなことを考える真城を乗せ、“黒い新幹線”は地下路線を進む。
“平凡な日常”を捨てた真城を歓迎するように……、先の見えない闇の中へと。




