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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第24話 『情報統制』

 


「……ここ、は?」


 目が覚めると、まず見慣れない白い天井が目に入る。

 ほのかに香るアルコールの匂い。そして身体から伝わるフカフカした布の感触を感じ取り、どうやら自分は布団に寝かされていたのだと理解する。ここは一体何処なのか?

 真城は未だにぼやける視線を動かして……そうして、ある見知った人物で目を止めた。


「良かった、目が覚めたようですね。ここは病院ですから、安静にしていてもらっていいですよ」


 真城の様子を確認し、安堵したように手元の本をパンと閉じ、九条蘭(くじょうらん)がゆっくり立ち上がる。ちょっと見ないうちに、少しやつれただろうか。九条の目元には薄っすらとクマのようなものが出来ていた。……いやまぁ、いつもの事かもしれないが。


 真城がゆっくり辺りを見回すと、窓の外には未だに漆黒の夜空が広がっており、時間を確認する為に時計を探して見てみれば、時刻は0時をとうに過ぎ、現在は2時半となっていた。真城が最後に時間を確認したのが確か22時過ぎであったので、あれから4時間ほど経ったらしい。

 ついでに日付を確認し、何日も寝ていた訳ではないことにも安堵する。


「ここは何処(どこ)……いや、あれから後、一体……どうなったんですか? 影人に、乗っ取られた人達は……――ッ、そうだ!! 白菊は!?」


 ガバッと勢いよく上体を跳ね起こし、真城は九条へと問いかける。

 ……が、その直後、ズキリと痛んだ頭を押さえて呻く真城に対して、九条は「まずは落ち着いてくださいな」と言って真城の両肩を押さえると、そのまま布団へと横たえる。

 ズキズキと痛む頭を摩りつつ、未だに治っていない頭痛にため息をこぼしつつ、真城はただ真っ直ぐと、九条を見つめて答えを待つ。



 ここが何処なのか……など、そんなことは見れば分かる。十中八九病院であることに間違いない。

 が確かに、気にならない点が無いかと言えばそうではない。この病室に“窓がある”ということは、ここは“影狩り”専用に設けられた地下の特別棟などではなく、何も知らない一般人も利用する一般病棟ということである。


 今回の事件。

 それは確かに任務という正式なプロセスを経て関わったものではない。

 しかしそれでも、真城は“影狩り”に属する人間であるということに違いは無い。そんな真城が特別棟ではなく一般病棟に運ばれた……というならば、だ。

 それはつまり……“影狩り”の介入・情報操作が行われるよりも速く、一般人の連絡で駆け付けた救急車によって真城が近場の病院へと搬送されてしまった。或いは、“何らかの事情”によって“影狩り”があえてそのように働きかけた結果こうなった……ということになるのだろう。


 真城とて、今回が初めての任務という訳でもなければ、“影狩り”や影人の存在を知ったばかりのペーペーではないつもりだ。

 真城が目覚めた時、既に九条が居たことからしても、“影狩り”の動きが完全に後手後手……という訳ではないのだろう、ということくらいは真城でも察することは出来ている。

 そしてその点において、何かしらの“理由”を勘ぐらないという訳でもない。


 だが、それでも。

 真城からしてみれば、これは優先順位の問題だ。


 自分がどうして“ここ”にいるのか?

 どういった思惑で、こういった状況になったのか?

 と、いったことよりも、真城が気を失ってから以降に何がなされたか?

 白菊は? その他被害者達の安否はどうなのか?

 そういったことの方が、よほど重要というだけだった。



 九条は真城からの問いに対して一度「そうですね」と言葉を区切ったその後で、ようやく話を切りだした。


「まず……“影人化”していたと思われる被害者の方々ですが、こちらの病院へと搬送されて以降一通りの診察を済ませた結果、命に別状は無いとのことですし“後遺症”に関しましても、現在確認出来た範囲では何も見つかっておりません。まだ意識の戻っていない方も中にはおりますが……真城さんが分離を済ませてくれた以上は、じきに目を覚ますと思いますよ。真城さんが先ほど申していた白菊梓さんについては……まだ意識が戻ってはないようですが」


「そう、ですか……」


 白菊はまだ起きていない。

 その答えを聞き取って、真城は言い淀むように返事する。

 それは真城が意識を失う少し前、白菊がどういう状況にあったのか。それを思い出していたからだ。


 ……そうである。

 他の影人被害者達ならいざ知らず、真城は……白菊の分離を完全に終わらせられてはいなかった。そして、いなかったにも関わらず、真城は白菊の影人から受けた攻撃で意識が明滅し、“力”が暴発した訳である。

 意識を失うその瞬間、暴発した”力”が白菊の影人を飲み込んだ。その事は覚えてる。

 ……覚えている訳ではあるのだが、だからこそアレ(・・)で“混沌点”を綺麗に引き剥がせたとはどうしても思えない訳なのだ。

 まぁ勿論、奇跡が起きた可能性も無くはない。何せあの時の影人達の”混沌点”は比較的剥がれやすいものだった。であるならば……或いはといった所だろう。


 それに、だ。

 そこにある”混沌点”を全て綺麗に引き剥がす。

 それこそが後遺症の起こらない唯一の方法だ、……という点には諸説ある。

 少なくとも、”混沌点”を引き剥がす事が条件ではあるもの、その全てを引き剥がす必要があるのかどうかについては、まだ議論の余地もあるだろう。

 ……これはもしもの話だが、その説が正しいと仮定して、白菊の影人に残っていたあの最後の”混沌点”。あれが“綺麗に引き剥がす必要の無いもの”であったなら?

 白菊に、後遺症が出ない可能性も無くはない。

 それこそ三割。いや先ほどの“綺麗に剥がせた可能性”なども見積って加味すれば、半々くらいにはなってくれてもいいはずだ。


 真城はゴクリとツバを飲む。

 確率の神様に、願い事でもする様に目をつぶる。

 “混沌点”を無事に引き剥がせた記憶は真城に無い。しかし少なくとも、影人が白菊の肉体から分離することは出来ていた……はずである。それはつまり、一番最悪な事態である“二度と目を覚ますことなく衰弱死”という状態は防げたということになる。

 白菊はまだ起きていない。しかしこれ自体は“後遺症”という訳じゃない。いずれ必ず起きることは確実だ。

 ……であるならば、今はまだ待つ時だ。

 後遺症の有無。それは白菊が起きるまでは分からないのだから。


「…………、ッ」


 ふと真城は、自身の内に“安堵している自分”がいることに気が付いて、苛立たし気に歯噛みする。……まぁ勿論、九条には気づかれない程度にではあるのだが。


 その安堵はきっと、”結果”が先延ばしになった事によるものだ。

 真城の下した行いが、失敗か否か。それが結果として出力されてしまう事。そしてもし仮に、それが“失敗”という結果をはじき出してしまう事。それを恐れているのだろう。

 “失敗”と分かるくらいなら、いっそこのまま結果が出ないままの方が……或いは真城に都合が良いなどと、そんな甘えた考えは持つことさえ烏滸がましいと分かっているにも関わらず。



「お疲れ様でした。今回の一件、真城さんは私用での帰省中でしたのに……こんなことになってしまって」


「あ、えっと……」


 真城は自分を殴り殺したい衝動を抑え込み、九条へと向き直る。


「……それに、本当に申し訳ございませんでした。端末の破損による通信途絶……それが真城さんからの実質的な救援要請なのだという理解と判断が早急に下された後、急ぎ部隊を編成し真城さんの救助へと向かわせたにも関わらず……結果、到着が間に合わず」


「……いえ、それは」


 真城は言葉を濁すように返答する。

 そのことについては寧ろ、悪いのは真城だろう。

 真城が判断を誤って、本部への連絡タイミングを逃してしまった事。それがそもそもの原因なのだから。

 あの黒子姿の人物が影人だと……そう判断した時点で、むざむざ後を追いかけずにとっとと本部に連絡を入れるなり支援要請を求めるなりすれば良かっただけであり、またそういった事をした後で、本部の対応なり部隊の到着を待ってから敵地に乗り込むといった手順をしっかり踏んでいたのなら、あそこまで危機的状況にはなっていなかったはずなのだ。

 少なくとも、複数体の“フェイズ3”に加えて危険度の高い“フェイズ4”クラス一体。そんな奴らを相手に真城が一人で戦う羽目にはならなかったはずである。

 それに、もしかすれば……あの黒子姿の影人でさえ、ちゃんと仕留められた可能性だってあっただろう。

 ……そういったことを考慮せず、真城が単独で追っていってしまったこと。それが大間違いであったのだ。



「えぇっと……とりあえず、これまでの経緯についての説明をしてしまいますね」


 と、何とも言えない表情で言葉を詰まらせる真城を見やりつつ、九条は話を進めてく。

 真城としても、これまでの事についてはちゃんと知っておきたかったので素直に「はい」とだけ返事をし、そのまま静観の姿勢を取って待つ。

 真城からの返答に頷いて、九条はゆっくりと語りだす。


「まず今回、“影狩り”(組織)の対応は遅れてしまっているのが現状です。……というのも集まってしまった一般人の方々に加えて、通報によって駆け付けた警察関係者や医療関係者、またマスコミなども加わって……随分と賑わった騒ぎとなってしまっているからです。現在は水樹さんの尽力によってこちらの思惑通りに話題を誘導しつつありますが……それでも想定よりも話題の広がるスピードや関わってこようとする者達が多く、随分と後手に回っているといった所です」


「そ、そんなことに……」


「はい。そもそも今回の一件が“任務”という想定された事態ではなく、突発的に起こってしまったものである。といった点からしてそうなのですが、それに加えて……」


 チラリと、九条はそこで一度言葉を区切ると、真城の右手へと目を向ける。と、言いづらそうに再び話をし始めた。


「本案件の発生時刻……夜間では真城さんの能力は相当目立ったことでしょう。場所は比較的一般人の少ない商店街ではありましたが、それでも突然商店街で“謎の光”が目撃されればそれを不審に思ってしまう方も少なくはありません。実際、それを異変だと感じ取り、警察へと通報を入れた方も複数いたらしいのです。……その結果、『救援部隊』が気絶した真城さんの下に駆け付けた時点でも、その周辺では既に小さな騒ぎになっておりました」


「…………う、」


 確かに考えない訳ではなかった。

 真城はそう思い、苦い顔を作る。

 あんな街灯も少ない、ゴーストタウン間際の商店街で“光”の全方位放出ばかりをしていては、そりゃあ目立つというものだ。

 あの行為自体は、影人の中にある“混沌点”を見つけ出す為のものなので仕方なかった訳ではあるのだが……。いや、それはそれとして。真城が意図したものではないにせよ、最後の暴発はかなり目立ったことだろう。


「幸いなことに騒ぎを聞きつけた野次馬達が集まるより早く、『救援部隊』並びに『収拾部隊』が到着出来たおかげで商店街周辺での“影人関連の痕跡”は出来うる限り抹消することは出来たのですが……、今回の一件での倒れている(被害者)人物()が思いの外多かったこと……また、それら人物を移動させようと手間取っている間に野次馬達が商店街へと入ってきてしまったことに加えて、通報により駆け付けてしまった警察官などの介入もあり、今回の件はもうこれ以上完全に“なかったこと”には出来ないと判断。……結果、倒れている人物(被害者)達を一度元の場所へと戻しつつ後々の情報操作に必要な“痕跡”のみを作って撤退する運びとなりました」


「……“痕跡”というのは?」


「はい。今回事件があった商店街の中で何故か一番破損が酷かったスナックバー。それが今回の被害者達が使用していたと分かったので、そのスナックバーを一部倒壊させておいたことですね」


「……えぇ」


「その際に、真城さんだけでも秘密裏に回収、ということも考えたのですが……今回の真城さんは“影狩り”の職員としてではなく一般人として行動していたので、その日一日の中でも真城さんを目撃・会話している人物は多くいると判断し、下手に今回の事件とは“無関係”だとするよりも“被害者の一人”だとした方が違和感も少なくなるだろうといった考えから……そのぉ、真城さんはその場に放置させた方が都合が良いだろうといった流れもあってですね、」


「あぁ、いえ。そこは仕方ないですよ」


 申し訳なさそうにする九条へと真城はそう言い返す。

 本部の意向として、考えがあったならそれは仕方ないことである。

 それにだ。こうしてちゃんと助かっているのだから、別に文句は何もない。


「ありがとうございます。……それでその後の結果として、入ってきた野次馬や警察官によって倒れている真城さんや被害者達が発見され、救急の通報を受けた医療関係者達が介入し……こうして、この病院へと搬送されてきた訳です」


「あぁ……それで俺も一般病棟にいたんですね」


「そうですね。まぁ搬送する病院については流石に操作しましたが。……それ用の設備や事情を知っている人間がいた方が、何かあった時にも対応が利きますしね」


 一通りこれまでの流れを聞き終わり、真城はとりあえず納得する。

 真城が目覚めて、最初に感じた違和感の正体。何故ここが特別病棟ではないのか、といった疑問の答えは……つまりはこういった事情故のものであったらしい。

 真城自身も、事件に巻き込まれた一般人といった体で運ばれてきたのなら、この病棟にいるのも当然だ。

 ……とはいえど、


「俺は兎も角として、被害者達は良かったんですか? その……特別棟で検査とかはしなくても」


「……まぁ出来ればそうしたかったのは事実ではありますが、既に……というよりも『収拾部隊』が現場に到着し、被害者達を全て発見した時点で出来る検査は終えてしまっていますから、まぁ問題はないかと。……実際、倒れていた被害者達が全員“影無し”になっていることは確認したので、こちらも状況証拠から見て“真城さんが斃したのだろう”とそう判断した訳ですし」


「な、なるほど」


「まぁでも検査の結果、今回の被害者達の中で“影耐性”に目覚めた人達がいなかった点については運がよかったというべきでしょうか。もしもあの中に目覚めた者がいたのなら、流石に何かしらの理由をでっち上げてでも特別棟に連れていく必要がありましたから」


 九条は、フゥと一度ため息をこぼした。

 しなくて済んで良かったと、そういった表情で。


「……正直な話、今回の一件はこれだけ大事になってしまった以上、下手に無理矢理な介入をすればそれだけで我々の存在が露呈するリスクに繋がってもきますから、“しなくていい”ならそれに越したことはないのです。……今回、被害者達をあえて全員、一般の医療機関に任せきりにしてるのも、“そういった事情”からですね。やろうとさえ思うなら彼らを無理にでも特別棟に移動させる手はありますが、しかし“それ”をしたことで、一時的であれ被害者達の所在が分からなくなってしまっては、要らぬ勘繰りが起こる可能性もありますし」


 本当に、疲れが滲んだ表情でそう告げる九条へと、衝動的に真城は頭を下げていた。


「……すみませんでした」


 それは心からのものだった。

 真城の軽率な行いが、こうして九条達に迷惑をかけたのだ。

 であるならば、謝らない理由は無いだろう。

 しかし、真城の謝罪を受け取って、それでも九条は「構いませんよ」と告げていた。


「どの道、こういった事態はいずれ起きていたことですよ。これまでの“我々”がかなりアバウトにやって来てしまった結果でもあるんです。……これはそういったものの精算をさせられているのだと、そう考えてもいますので」


「……?」


「今までの“我々”は何かあれば“事態を無かったこと”にしてもみ消して、影人化から解放された被害者も『どうせ死ぬのだから』と行方不明扱いにしておりました。ただそれだけで、後は知らぬ存ぜぬを貫いて……それで良いのだとさえ考えておりました。……でもそれは、言ってしまえば“楽だった”からという理由に他なりません。“そう”するだけで良いのだから“そう”すれば良いのだと、そういった脳死に近い考えからのものでした。……しかし、もうそういった怠慢(・・)は今後通用しなくなるのです」


「…………、」


「真城さんが現れて、その能力で“フェイズ3”も助かるのだと判明したあの時から。……いずれはこうなることなのだと、皆が分かっていたはずなのです。もうこれまでの様にはいきません。真城さんの能力で、今後の被害者達が社会復帰を望める状態になるというのなら、その者の事件さえ下手に“なかったこと”には出来なくなってくるでしょう。そうやって無理に包み隠しても、“影狩り”(行方を)が拘束(晦ま)していた(していた)期間を表向きには公表出来ないのですから、それは結果として“綻び”に繋がってしまいます。……ですから、何かしら大改革をしていく必要があるのです。それがただ今回。今日であったというだけなのです。……なので別に、そこで真城さんが謝る必要はないですよ」



 ……


 …… ……



 話が一段落して、真城達は一息つく。

 そういえばと窓を覗けば、チカチカと点滅する赤いランプの正体が、救急車だけでなく複数のパトカーでもあることに気が付いた。

 それに加えて、もう少し目を凝らして見てみれば、病院のある一角に随分と乱雑に止められた複数台の車両に混じって、中継車のような恰好の車までもが止まっていることにも気が付いて……九条の言っていた“大事”の意味を、否応なく感じ取る。


 それにしても、だ。

 真城は中継車らしき代物から目を逸らし、もう一度パトカーの方へと目を向けた。


(大事だって話はもう充分に理解出来たけど、……それにしたって随分と警察の出入りが多いような気がするな。事情聴取ってことならまぁ、分からない訳でもないけれど、あれだけの数が……事件現場ならいざ知らず、なんで病院なんかにいるんだろう?)


 ……そんな疑問を、九条は察したのかもしれない。

 一度静寂になった病室で、再び九条が口を開いた。


「先ほど“我々”の対応が遅れている理由の一つに、警察関係者の介入があるといった話をしましたが……それは『商店街で複数人の男女が倒れていた事件』並びに『“謎の発光現象”の目撃談』によるものだけでなく……検査の結果、どうにも今回の一件での被害者達のほとんどの身体から、薬物反応が検出された次第でして、そちら関連での調査・介入も来てるのです。……しかもそれだけではなく見ての通り、どこから嗅ぎつけてくるのやらマスコミの方達も刻々と押し寄せて来てまして」


「薬物!? それはもしかして白菊も――ッ!?」


 勢いよく起き上がろうとした真城が、九条の手で再び横に倒された。

 なんと無駄の無い動きだろう。本当に一瞬で視界がグワンと移動して……気が付けば既に横になっていた。

 一体何処で身に着けた技術なのか。……いや、聞くまい。

 どうせ仕事中、閃いた画期的なアイデアに飛び上がる神崎を、再び椅子に座らせて仕事に戻させる……とか、そんな感じで磨かれた涙ぐましい成果だろう。


「……落ち着いてください。白菊さんからはそういった成分は検出されておりません」


「そう、ですか」


 その言葉さえ聞けたならば充分だ。

 真城はホッと胸を撫で下ろす。

 話がそれてしまった為なのか、九条は一度コホンッと小さく咳をして、再び話をし始める。


「まぁそんなこんなで、意識が戻った方々からは事情聴取(取り調べ)をさせてほしいと警察の方からは詰め寄られている訳なのです。これは一応、被害者である真城さんと白菊さんも対象ですね」


「俺もですか!?」


「はい。実際の所はどうなのか、それは後々聞くとして……今回は“そういった”情報統制をしていくことになったので諦めてください。真城さんも一般人(・・・)として病院(ここ)に運び込まれたという時点で、今回の件とは無関係という訳にはいかないのですから」


「……まぁ、確かに」


 ぐぎぎぎぎ、と真城は奥歯を噛みしめる。嫌な汗が垂れてくる。

 真城が今回、この病院に運ばれてきたことは“そういった経緯”によるものだということは、先ほど九条も言っていた。

 “無関係”だとするよりも“被害者の一人”だとした方が違和感も少なくなる。真城をその場に放置させ、一般人が呼んだ救急車で搬送させた方が都合が良い。……そんな風なことを言っていた。


 言いたいことは理解出来る。

 納得も出来ていたのだがしかし、……真城に演技力まで期待するのはどうだろう?

 そこだけは、流石に一言申したい。

 だがそんな強い衝動を、ここは大人な真城が飲み込んで深呼吸。落ち着いた表情を張り付けた。


「……まぁといっても真城さんは今回、白菊さんを助ける目的で介入した一般人という扱いですし、当然薬物反応も出ていませんので我々が用意するマニュアル通りに受け答えしてもらえば結構ですよ」


「……そう、ですか」


 それを聞いて『あぁ良かった』とはなるまい。

 いやまぁ、自分で一からセリフを考えるよりはマシなのだろうが……結局重要なのは演技力だ。ここが上手く出来ないと、警察から『こいつ……何か隠してやがるな』みたいなことを思われかねない。

 それだけはどうか勘弁願いたい。警察うんぬん以前に、真城は知らない人と話すのが得意ではないのだから。


「白菊さんも、まだ目が覚めてはいませんが……今回は完全な被害者ですので、精神状態などを加味しつつ事件のあらましなどを軽く聞かれる程度でしょう。事件が事件ですので慎重に対応してもらえるでしょうし心配はないと思いますよ? ……まぁ既に薬物の使用が確定している方々に至っては事情聴取のみならず、その後の受け渡しの日取りなんかも調整中とのことですが」


「まぁ、そうでしょうね」


 麻薬は違法だ。

 そんなことは今の時代、小学校低学年の者でさえ知っている。

 彼らは今回……結果として、黒子の衣装を纏ったあの影人にいいように利用され、肉体を影人に乗っ取られる事態となった。その点においては、彼らも同様に被害者と呼べるだろう。

 だが、それとこれとは別の話だ。

 彼らは影人の問題とは無関係に、法を破った。法を破っていたことが露呈した。

 であるならば彼らが然るべき処罰(ばつ)を受けるのは、当然の結果というものだ。


 それにしても、と真城はふと疑問を口にする。


「……そういえば、その、彼らに事情聴取ってさせてしまっても良いんですか? これは白菊にも言えることですけど、彼らって影人に乗っ取られていた訳ですよね? そういった都合悪い部分の話を彼らがしてしまう可能性って無いんですか? あっいや、そりゃあ警察だって何でもかんでも素直に信じるような人達だとは思ってませんが、複数の人間が同じようなことを話したのでは……場合によっては、何かしら疑問に思う人も出てきちゃうのではないでしょうか」


 それは当然の疑問だ。

 もしも本来であったなら、彼らは“影狩り”が利用する特別棟……もとい地下病棟に運ばれるはずだった者達だ。

 彼らはそこで診察を受け、“影耐性”の有無などを確認した上で、その者の状態に応じた様々な処置を受ける運びとなっていたはずである。

 彼らは“影耐性”には目覚めていない。と、先ほど白菊が言っていたことを加味しても、影人に身体を乗っ取られていた被害者だ。程度の差はあれ、何かしら影人に関する記憶を持っていないとも限らない。であるならば……処置としては“指輪”や“腕輪”といったアイテムを装着し、暗示のようなもので“影人関連”の話を口に出来ないように細工するといった手法が取られていたりしたはずだ。

 しかし……“暗示”というものがどれ程のものかは知らないが、“それ”を補強する為だとかで必要な“指輪”や“腕輪”といったアイテムは些か目立つはずである。デザインがいくつあるのかは真城には分からないが、警察の前で同じような代物を白菊も含めた全員が付けていれば……流石に怪しまれるのではなかろうか?

 警察に指摘され……はずしたりしようものならば、或いは“暗示”が溶けてしまう可能性もなくはない。

 ……いや、というかそもそも。“暗示”というものはそんなに信用出来るものなのか?

 普通にかかり方が甘かったりだとか、失敗してたりだとかなら、それだけでヤバいのではなかろうか。


 不安がる真城。

 しかし心配する真城をよそに、九条は親指をグッと立てて笑った。


「安心してください、真城さん。野次馬達が駆け付けてくる前に『収拾部隊』が痕跡を全て消し終えた、と言っておいたではないですか。それには当然、被害者達の記憶のロックも含まれていますから。……今の彼らに何を聞いても“影人関連の(都合の悪い)”情報は何も出てきませんよ」


「……へ? 記憶のロック、ですか? 確か暗示をかけるって話じゃなかったでしたっけ。ほら確か“指輪”や“腕輪”をつけて暗示を補強するとかって――」


「あぁそのことでしたか、真城さん。技術とは、日々進歩しているのですよ。少し前までは確かに“指輪”や“腕輪”といったアイテムを使っての暗示だった訳ですが、今ではなんとナノマシンを一発打ち込むだけで、相手の記憶の一部抑制が行えるようになったのです。……どういう訳か神崎さんがやる気を出してくれたおかげですね。本当に、やれば出来る人なんですから、ちゃんといつも真面目に働いてくれるなら別に文句も無いのですが……」


 ナノマシン。

 その単語を聞いて、そういえば確かに切矢(きりや)がそんなことを言っていたことを思い出す。

 まさか本当に実用化されていようとは……。


「……それって、危険は無いんですよね? 当たり前ですけど」


「当然じゃないですか……流石に安全性は保障しますよ。詳細な内容は省きますが、簡単に言ってしまえば、人間の脳波の流れから“あらかじめ設定された影人関連の単語”の情報を読み取って、その情報を思い出そうとする度に脳へと『思い出すな』といった信号を送る……そういった機能を持ったナノマシンというだけですので安心してください。……まぁ後はナノマシン自身が何らかのトラブルで機能停止した際や、ナノマシンからの信号を振り切って情報を思い出してしまった時などに本部(我々)が分かるようになっているというだけでして、別にその……ナノマシン自体に人体を害するような機能は備わってませんので」


「い、いやぁー……、」


 怖いでしょ、それは。



 ……


 …… ……



 なんとも言えない表情で九条をジッと見ていた真城だが、「まぁその話はいいでしょう」と言ってその話題を切り上げる。


 思わぬ方向へと話が進んでしまったが、本来真城が知りたかった情報はナノマシンの事ではない。警察からの事情聴取に答えねばならないと、そう九条から聞かされて、知らなければならないと……そう思った情報があったのだ。

 ずっと後回しにしたままで、聞くタイミングを逃し続けていた疑問があったのだ。



「あのぉ……ところで一つ、質問いいですか?」


「……? どうしましたか?」


「因みに今って……、どういった情報統制がされているんです? 事情聴取は受けるにしても、組織の裏事情をちゃんと把握しておかないと……話の食い違いとかが起きてしまっては元も子もないですし」


 九条は目をパチクリと瞬かせ、『そういえばまだ言ってなかったな』といった表情を作った。……がしかしそれは一瞬のことである。すぐに何事もなかったかのように頷いて説明をし始める。


「筋書きとしてはこうですね。『尾倉法俊(おぐらのりとし)が率いる不良グループは、白菊梓(しらぎくあずさ)を性加害目的で付け狙っていた』『白菊梓が一人になった所を見計らい、不良達が画策。自身らがアジトとして利用している廃スナック店に連れ込んで事に及ぼうとした』『しかしそれに気が付いた真城晴輝が、白菊梓を助けようとそのアジトへと乗り込んだことで争いに発展。しかし脆くなっていたアジトが一部倒壊』『倒壊に巻き込まれてしまった尾倉法俊含め不良グループ。並びに白菊梓、真城晴輝の一同はどうにか脱出に成功したものの、気を失って倒れてしまった』と……まぁこんな感じの内容です。因みに、真城さんが起こした“謎の発光現象”につきましては『アジト倒壊時に電線が切れたことで起きてしまった火花』といった具合で調整中ですかね」


「おぉ……」


 真城は話を聞き終えてまず先に感嘆の声を上げていた。

 確かに影人関連の内容は完全に消えている。しかしその上で、ある程度納得のいく説明として取り繕えてもいるようだった。……というか話の前半部分なんかは、まるで見て来たような一致である。これならば、十分に騙すことが叶うだろう。

 驚く真城に九条は、さも当然といった様子で更に言葉を続けてく。


「真城さんが驚いてくれたなら良かったです。何せこの筋書きを作るのに、私もかなり骨を折りました。大勢の職員に協力してもらいましたし……水樹さんは多分まだ、各方面を走り回っていますから」


 そう言って九条は前置きし、


「一言で“情報を操作する”とは言っても、やはり何でも良いという訳ではありません。先程もお伝えしたように第三者に大きな違和感を与えてしまいかねない無理矢理な操作では“綻び”が出来てしまいますからね。……ですから操作の内容を決めるよりもまず先に、事前に出来うる限り『収拾部隊』には周辺の情報を集めて来てもらい、それで得られた聞き込みの内容や衛星映像・監視カメラなどの情報をまとめ上げ、推察し、照らし合わせて……実際に起こった内容と左程遜色無いレベルまで実情を把握した……その上で、“公開出来ない情報”を隠蔽し、今回の“表向きで公開(情報統制)する内容”を完成させていきましたからね。……もしかすると真城さんが体験したことそのままの部分もあるのではないでしょうか?」


「そう、ですね」


 真城は素直に頷いた。


「今回は特に警察も介入してますし、警察が調べようとして出来てしまえるような部分の情報などは、なるべくいじらないように努めた結果でもありますが……その甲斐もあって、まず問題なく事態は収拾に向かってくれるでしょう。警察がどれだけ動いても、きっと“この結果”になるはずです。……それでもならなそうならば、後は“上”に圧力をかけてもらいましょう」


 まず間違いなく疲れているであろう九条がそう言って笑う。

 真城が眠っている間に、随分と動き回っていたであろうに……今回の事件を起こしてしまった真城には何も文句を言ってこない。嫌味の一つでも言ってくれた方が寧ろ真城としては有難いのだが……本当に頭が上がらない。

 それは九条に対してだけではない。今回の事件を収拾する為に動いてくれた本部の人間全員に言えることだった。



「ふぅ……」


 九条が一通りの説明をやり終えて、満足げに息をはく。

 その様子を見て取って真城は何の気なく、机に置かれた自身のスマホに手を伸ばし……青ざめた。


「う゛っ……」


 どうにも着信履歴が大量についている。

 しかもその全てが母親からのものであったのだ。


 真城の顔からスーッと血の気が引いていく。

 何せ当たり前のことなのだ。

 真城の今日の出来事は“影狩り”の任務とは無関係。

 その上で、真城は実家に帰省中であったのだ。


 こんな時間になってまで、一向に家に帰らずに連絡も入れていないなら……それは当然、母親からの鬼電があっても不思議じゃない。


(……いや、待てよ)


 九条との話を思い出す。

 今日の出来事は既に大事になっている。そして真城は被害者の一人として病院に搬送されたとのことだった……ということはつまり?


「…………、」


 もしや、まさかといった目で、ゆっくりと九条へ目を向ける。


「そりゃあ当然、病院側や警察側から真城さんの自宅には連絡がいっていますとも。軽傷ではあるものの意識が戻っていませんでしたから、意識が戻るまでは入院させる旨の内容と、意識が戻った後で警察からの事情聴取を行いたいといった連絡が……二、三時間ほど前には既に」


「だぁぁぁああ」


 真城はガックリと頭を抱えて項垂れる。

 そりゃあ心配されるのも当然だ。

 これだけ心配をかけてしまっては……どう言い訳したものか。

 いや、どう頭を下げたら良いものか。


「……因みに病院側からは『命には別状無い』。『今夜は安静にさせておきたい』などといった内容も付け加えつつ、他の方の自宅にも同様の連絡が送られたようですが……どうにも、心配した白菊さんのお母様がこちらまでお越しになってしまったらしく、現在はとりあえず別室に待機させております。……まぁ事件が事件ですから、分からない訳でもありませんし、もしも白菊さんの意識が戻った際は、時間外ではありますが特別に面会を承認するのも良いかもしれませんね。……と言ってもそういった権限は私にはありませんので、最終的な判断はここの医療スタッフにお任せすることになりますが」



 ……さて。っと。

 そこで九条が言葉を切り上げて、真城へと目を向けた。


「随分と長くなってしまいましたが……これでこちらの説明は以上になります。……が、私としましては今回の事件に関する報告書などの作成もしたいので、そろそろ真城さん視点での今回の出来事についての説明を、していただけないでしょうか?」



 …… ……



 九条から説明を求められ、真城は今日の出来事をなるべく詳しく述べていく。


 白菊と出会って、助けを求められ、大学の文化祭へと行ったこと。

 尾倉法俊(おぐらのりとし)率いる不良グループに襲われたにも関わらず、白菊を一人にしてしまったこと。

 白菊を捜して街を彷徨っている時に、黒子の衣装を纏った影人に遭遇したこと。

 そして、その影人を追った結果、白菊や尾倉達の身体を乗っ取った影人達と戦闘になったこと。……そういった出来事を、時系列通りに、思い出しつつ説明した。


 全ての話を聞き終えて、九条はゆっくりと口を開いた。

 その内容は、真城も予想した通り……黒子姿の影人についてのものだった。


「黒子姿の影人……ですか?」


 白菊は眉を寄せ、半信半疑のような表情で考え込む。

 しかし、次いで白菊が口にした言葉は、真城の予想とは少し違うものだった。

 真城としては、正体不明の影人を疑問視するような内容だと考えていたのだが……、


「それはもしかすると……その姿そのままに“黒子”の”識別名”(コードネーム)が与えられた影人かもしれませんね」


 どうやら九条……いや“影狩り”は、その存在を既に認知していたらしい。


「“黒子”は、“影狩り”が設立した当初から度々目撃情報が上がっている影人ではあるのですが……これまでに一度として戦闘の記録は無く、目撃情報の全ては『遠くからこちらを見ていた』『いつの間にか居なくなっていた』といったものでして……その存在以外にはこれといった情報が何もない影人でもあったんです。そんな影人が、まさか真城さんの言うような能力を有していようとは……」


 やはり、簡単に信じられるものではないらしい。

 そりゃあそうだ。真城だってそんな能力があるなんて信じがたい。

 というか、そんな“影狩り”と影人達との勢力図をたった一体で書き換えてしまえる能力を持った存在が、未だに野放しになっていようなど……考えたくもないことであるのだろう。



(それにしても、)


 と真城は一人、思考する。

 “黒子”という影人(存在)を、“影狩り”は知っていた。それもかなり昔から。

 ……ということは、だ。

 “黒子”の情報は、本部のデータバンクを調べればいつでも知りえた(・・・・)ということになる。


 本部のデータバンク。

 それは“影狩り”に所属する人間であったなら、誰でもアクセス可能な代物だ。

 勿論、情報によっては公開が制限され、アクセス権限が無いと閲覧出来ない情報もあるのだが……”識別名”(コードネーム)持ちの影人についての情報は誰もが見られるものだった。


 それにである。

 真城はこの一か月近くの間……データバンクの情報を、よく閲覧してたのだ。

 それは真城が一日の、本部でのスケジュールを終わらせて、汚れた衣類を洗濯するような極短い間ではあるのだが、バンクの情報を閲覧し……『超能力の種類』や『超能力で出来る範囲や応用』についての項目を読み耽っていた訳だ。

 もし仮に、そこで『“識別名(コードネーム)”持ちの影人について』の項目をちゃんと読んでいたのなら、真城は“黒子”という存在についても知ることが出来ていたはずなのだ。

 そしてもし、事前に“黒子”と名付けられた影人がいるのだと……知ってさえいたのなら、真城が文化祭にお邪魔してメイド喫茶から出た時に見た、あの黒子姿の“影無し”の存在を見て取って、もっと警戒が出来ていたはずなのだ。

 ……見間違えだのなんだのと、そんな可能性を考えず「影人だ」と察することが出来たのだ。


 あそこで警戒してたなら、もっと良い立ち回り方を考えられたに違いない。


 真城は自身の愚かさに苛立った。

 奥歯をギリギリと噛みしめて、拳を強く握り込む。


 何故、超能力に関する項目を真城は先に見たのだろう。

 本部が影人へと“識別名”(コードネーム)を与えているということは、それ相応に危険だと、そう判断された存在だからに他ならない。

 そんな存在達の情報を、まず先に知らなくて何になる。

 せっかく本部の人間が“危険だ”と忠告する為に公開している情報を、どうして真城は後回しになどしたのだろう。そんなこと、誰に教えられずとも分かって当然なはずなのに。



「……真城さん?」


 何やら真城の様子がおかしいと、九条が真城に問いかけた時だった。

 九条の声に被さるように、突如病室の廊下がにわかに騒ぎ出す。

 真城もそれに気づいて顔を上げ、騒ぎへと耳を傾ける。


 ……その結果。

 真城にある情報が飛び込んだ。



 白菊の意識が戻った、と。



「ちょっ、真城さん!?」



 気が付けば、真城は無意識にベッドから飛び起きて、騒ぎ声がした方向へ。

 白菊がいる病室へ……九条の制止する声も届かずに、わき目も振らずに駆けていた。



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