第21話 『“力”の使い方』
「『その』『真髄』『ヲ』『見せて』『ミロ』」
黒子姿の影人の、その言葉を皮切りに、真城を逃がすまいと円形に取り囲んでいた影人達が動き出す。
「……ッな!?」
一瞬の油断。
また黒子姿の影人が仕掛けてくるのだろう……という思い込み。
黒子姿の影人とのタイマン中、他の影人達は動かないだろう。という先入観。
或いは、そう勝手に結論付け、認識から一時的にでも外してしまっていた判断ミス。
様々な要因が重なって、真城の行動がワンテンポ遅くなる。
たかだか一瞬。
しかしその一瞬の隙を突き、影人達が押し寄せる。
“フェイズ3”が相手では、収束させた“力”なんて使えない。もしこの右手が触れたなら……それだけで、“混沌点”を無闇矢鱈に引き剥してしまうだろう。
真城は慌てて“力”の収束と発動を止めると、右手に影を纏わせて戦闘態勢を整える。
影人の一体が真城へと腕を振る。
それは影を纏ってはいるものの、なんとも単純な攻撃だ。
先ほどまで戦っていた黒子姿の影人と比べれば、それこそ大人と赤子ほどの違いだろう。対処は実に簡単だ。
……ただそれは、一体の攻撃であったなら。
「ぐっ!!」
しかし何度も言うように、影人は十数体。
例え単純な攻撃であったとて、四方八方様々な攻撃がほぼ同時に押し寄せてくるのなら、その厄介さは黒子姿の影人に匹敵さえするだろう。
何せ、黒子姿の影人と戦うのとは訳が違い、下手に“力”での無効化が行えない。
真城は全身に影を纏うと、全力で影を硬化する。
そうやって、どうしても避けられない攻撃は受けつつも、出来うる限りの攻撃は躱してく。最低限の動作で的確に先を読み、まず一体。次いで二体と殴り飛ばす。
三体目を殴り飛ばし、どうにか影人達の包囲を突破しようと道を切り開き、一気に駆け抜ける……が間に合わない。
やはり最初の一瞬。
ワンテンポ遅れてしまった失態を、取り返すのが難しい。
「クソ……ッ!!」
ガンと鈍い衝撃音と共に、影人の一体が振るった影の大槌を受けた真城が、影人達の包囲する中心地……ほぼ出発地点へと戻される。
この人数が相手では、流石に対処が追い付かない。
もしもこの状況下で黒子姿の影人まで加わって来たのなら、かなり分が悪いことになるのだが……しかし、先程とは打って変わって、黒子姿の影人が動く様子は見られない。
後方から、こちらを窺っているだけだ。
何を考えているのかは分からない……が、今はそれがありがたい。
だが。
しかし。
それでも。
黒子姿の影人などいなくとも、次第に真城は押されてく。
まるで絶え間なく押し寄せる波の様な勢いで、影人の猛撃が真城をジワジワ呑んでいく。その猛撃を、真城一人では止められない。
降り注ぐ攻撃を掻い潜り、躱せなければ防御して、針の穴を通すが如き小さな隙を突いての反撃を繰り返す。
しかし次第に真城が硬化させた影がひび割れて、視覚外からの攻撃で行動タイミングを乱されて、仕舞いには体勢をも崩される。
「――――ッッッ」
突如、世界が回転する。
影人達のしたり顔。今だやれ、と言わんばかりに影人達が殺到する。
このままでは――、
「だっ、たらッ!!」
と、真城は“力”を開放する。
全方位無差別に、真城に宿る“力ある光”を放出する。
だが、それは濃度を高めたものでは決してない。
あくまでも目を眩まし、また“光”によるダメージで影人達を怯ませて、この絶体絶命な盤面を覆す為のもの。
真城が“力”を得てすぐの頃、よくこうしてピンチを脱したものである。
これならば、影人達の“混沌点”を剥がす心配もないだろう。
放出された光が、影人達を飲み込んで視界を白く塗り潰す。
光から逃れる為、影人達は足を止め身体を大きく翻す。
ある影人は痛みを堪える様に蹲り、またある影人は一目散に距離を取る。
真城へと向けられた攻撃は、一つまた一つと中断されて止んでいく。
……それは全て、真城の望んだ状況だ。
そうしてこの機を活用し、包囲網を突破する。そんな算段であったのだ。
「――!?」
だが真城は、それを自ら中断する。
それはこの“光”の放出で、期せずして“あること”に気が付いたからだった。
…… ……
真城が発した“光”が影人達を飲み込んで、夜闇を白く照らし出す。
それと同時に、知覚した情報が真城の脳に流れ込む。
真城が“力”を放出し、それが影人の身体を通り過ぎていくその瞬間。
真城が感じ取っていたものは、放射状に広がった“力”がまるでレーダーやソナーの様に影人達の位置や肉体の形を炙り出し、且つその身体の中までもをスキャンするかの様なものだった。
それは、今までもガラス部屋で行った影人の分離作業。その過程で感じていた、『影人の肉体に真城の“力”を浸透・波及させていく時』とよく似た感覚ではあったのだが、しかしそれによってもたらされた情報は……数秒間、真城を硬直させるだけのものだった。
何せ真城の脳内に飛び込んできた情報は、影人の“混沌点”の場所と数であったのだ。
まるでレントゲンか何かで影人の頭のてっぺんから足のつま先までをスキャンでもした様に、その影人の中にある“混沌点”の大まかな場所と、“混沌点”がいくつあるのかを、真城は素早く把握する。
それも、たった一体だけのものではない。
真城が放った“力”の全範囲放出を浴びたほぼ全ての影人の“混沌点”。それを認識出来たのだ。
「な、ん……え? ――ッ!!!?」
突如、何が起こったのかが上手く理解できていない真城の脳へと、頭が割れんばかりの激痛が押し寄せる。
それはきっと、これだけ大量の情報を一度に脳へと取り入れた代償であるのだろうが、問題ない。
これで得られた情報の重要性に比べれば、この程度は屁でもない。寧ろたったこれだけの痛みでこの情報が得れるのだ。文句を言う筋合いは何もない。
それに多分……この頭痛は、大量の影人の情報が一気に押し寄せたから起きた事。例えば一体だけの情報であったならきっと頭痛も起こるまい。
真城はこめかみを押さえて歯を食いしばりながらも、脳に叩き込まれた情報と今のこの状況とを少しずつ咀嚼して整理する。
まず真城が思い浮かべた疑問。
それは何故突然、真城の脳にこの様な情報が叩き込まれることになったのか……であろう。理由として簡単で、まず間違いなく……真城が影人達に向かって“力”の全範囲放出を行ったことが原因だ。
しかし、情報が得られたことについては疑問が残るものである。
何せもし“力”の全範囲放出でそんなことが分かるなら、今までも情報を得る機会は真城にあったはずなのだ。何せこの全範囲放出、使うのが別に初めてという訳じゃない。
確かにここ最近はあまり使わなくなっていた。……とはいえ、初期は多用していたはずである。
……もしも或いはこの初期に、このことに気づきさえしたならば、もっと早く“後遺症”の有無の謎に対して答えを出せていたはずなのだ。
……考えられる可能性としては、真城の“力”に対する理解力や操作技術が上がったこと。もしくは、“混沌点”という存在を知覚することが出来たから。或いはその両方といった所かもしれないが……しかし何度考えたとしても、ここで得られた情報は有用だ。
何せ、“力”が影人へと浸透・波及する速度が今までとは訳が違う。
これまでの真城なら『影人と人間を分離』する為に、絶妙な加減に“力”の純度を調整し、それを影人の身体へと押し当てることによって“混沌点”を見つけ出す、という工程をとって来た。
しかしこれには欠点……という程では無いにしろ今後の課題が多々あって、“力”の浸透・波及には時間がかかる他、またそれによって影人の身体から“混沌点”の位置を全て割り出すのにも時間を有するという問題があったのだ。
真城はこれを解決する為に、ずっと影人の身体に触れ続けて“力”が浸透するのを待つというスタイルではなく、影人の身体の部分部分に少しずつ触れていく事で“力”の浸透速度を上げていこう、とする案を思いついてもいたのだが……こちらの方法であるならば、それらよりも更に早く、“混沌点”の場所と数を割り出せる事になる。
まぁ勿論、今回のやり方ではあくまでも大まかにしか場所の特定出来ない為、“混沌点”の分離作業をするのなら、やはり今まで通りのやり方でも場所の特定と分離をする必要があるだろう。
しかしそれでも、今までは影人の全身に“力”を浸透・波及させて確認し、“混沌点”が何処にいくつあるのかを知る必要があったものを寸舜で終わらせられるなら……使わない手はないはずだ。
何より、この一番純度の低い“力”なら、誤って“混沌点”を引き剥がす恐れがないのもありがたい。大まかにでも位置が分かるなら、それだけ無駄を省いた行動をすることだって可能だろう。考えることの多かった分離作業……その一部を簡略化出来るなら、これまでよりも戦闘に思考を割くことだって出来るのだ。
まさにいいこと尽くめ。
今までの真城が欲しかった機能そのものだ。
真城は、自身の感情の高ぶりを理解する。
喜び、興奮。そういった様々な感情が、真城のテンションを上げていく。
…… ……
一体どれだけ立ち尽くしていたのだろう。
巡らせていた思考を終わらせて、真城は意識を現実へ戻してく。
真城の焦点が合った時、まず夜空の星々が目に入る。……暗い、ということは真城が放った“力”の効果はすでに切れているのだろう。
真城が目線を落としてく。と丁度眼前から一体の影人が迫ってくるのが見て取れた。
真城の“光”が消えたことで、影人もこちらへと近づける様になったのだ。今はまだ一体だけだが、いずれ他の影人達もこちらへ向かってくるだろう。
だが、真城としては丁度良い。
単なる偶然ではあったが、ここで新しい“力”の扱い方について知れたのは行幸だ。
今はそれを試したい。
真城は向かってくる影人を注視する。
先ほどの“力”の放出で得た情報は膨大過ぎた事。そして唐突であった為に、そのほとんどを既に忘れてしまったが、別に二度と出来ないという訳ではない。
寧ろ先ほど情報を得られた体験が単なる嘘や偶然では無いと証明したい。
……いや、証明した方が良いだろう。
「――、よし!!」
真城は影人に向かって接敵する。
そうして一気に影人の懐へと飛び込んで、勢いよく影人の胸元へ掌底を叩き込む。そして同時に“光”を放出する。
一瞬だけ、閃光弾でも放たれたかの様な光の明滅が、影人一体の身体を覆い尽くす。
「ぐ、がッ」
影人が上半身を大きくのけ反らし、更には“光”からもたらされる肉体を焼く痛みによって身体を大きく震わせる。
影人が目を腕で覆いながら後退していく光景。そんな様子を尻目に真城は、自身の脳内に流れてきた情報の精査に取り掛かる。
頭痛は何も起こらない。
(よし……だったら、こいつの“混沌点”は)
影人の全身。それをスキャンしたかの様なイメージ像。
そうとしか形容しえない情報を、真城はくまなく読み込んで“混沌点”のある位置を探してく。その結果、
(なるほどね……心臓部付近と左脇腹付近の二か所に“混沌点”がある訳か)
と、必要な割り出しに成功する。
完全な場所までは分からない。が、やはり大まかな場所に加えてその個数が分かるだけでもありがたい。というかそれが重要まであるだろう。
それに、この間でもまだ五秒ほどしか経っていない。これだけの情報を得るためにたった五秒というのなら、やはり破格の性能だ。
影人は未だに怯んだまま。
であるならば、と真城は次の一手を打っていく。
右手へと“力”を収束する。
それは影人を人間と分離する為に、濃度を調整した代物だ。
調整には慣れてきた。とはいえど、それでもまだ三秒ほどは必要だ。こちらも時間をもう少し縮めたい……が、とりあえず今は我慢しよう。
何せ、影人が怯んでいるのなら、その時間も然程問題になりはしない。
影人が、ようやっと動き出す。
が、それまでに真城も準備を終えている。
影人が何やら影を操作する。
しかし真城には関係ない。その影が武器の形へと成る前に、こちらの要件を済ませばいい。
真城は“力”を調整して収束させた右拳を二度、素早く影人へと打ち付ける。
パパンと小さく軽い衝撃音が木霊すが……今の真城にとっては拳の威力など、それほど重要なものではない。
真城が重要視するものは、“力”の浸透にこそあるのだから。
「……――ッ」
真城の“力”の浸透が、再び影人の痛覚を刺激する。
それにより影人は苦悶の表情を浮かべるが、しかし今度は後ずさることなく真城へと影の剣を振り下ろす。が真城はそれを難なく回避して、再び拳を二撃叩き込む。
影人が今度は後ずさる。だがそれを真城も逃がさない。
すかさず動きを先読みし、影人の背後へと回り込み、また二撃を食らわせる。
(よし!)
真城が先程から執拗に加えた攻撃は、どれも影人の心臓部と左脇腹へと向けて複数の場所・角度から加えたものである。
その目的は当然、“混沌点”を割り出す為のもの。
“光”を放出することで得た情報。それにより“混沌点”の大まかな位置を把握した真城は、今度はその情報を頼りに“混沌点”の正確な位置を特定する必要があったのだ。
そしてそれ故に、“混沌点”があるとされる心臓部と左脇腹へと向けて“力”の浸透を行った。
複数回、別の場所と角度から、同時に“力”を波及させることにより、“力”が完全に浸透する時間をも短縮し、結果……十秒と至らずに“混沌点”の完全な特定に成功した。
これで後は、“混沌点”の引き剥がしをするだけだ。
影人が苦悶の表情でよろめくのが見て取れた。
影人もかなり弱っている。
ならば分離の作業中、抵抗される可能性も薄いだろう。
……まぁ真城もそれを考えて、当然警戒を怠らないつもりだが。
真城は一度、素早く辺りを見回して、他の影人達の状態を確かめる。
すると影人の何体かが、真城の隙を窺う様にして待機しているのが見て取れた。
真城が目の前の影人との戦闘を開始して、まだ一分と経っていない。しかしこの影人と同様に、最初の全範囲放出を食らって以降、態勢を立て直すだけならば一分間も必要ない。
寧ろ今の今まで、サシの勝負を邪魔されなかったのが幸運だ。
……だが、これからの戦闘の最中も邪魔が入らないとは限らない。
真城はこれから、分離作業のもっとも重要な処置に着手する。
故に万が一にも、それを邪魔される様な事にはなりたくない。
(……この一瞬で、終わらせる)
真城は右手を開いては握る。
集中力を上げる為、一度大きく深呼吸して息を止める。
先ほど何度か拳を打ち付けて、“力”を浸透させて分かった事。
それはあの影人の中にある“混沌点”が比較的緩く引っ付いているだけであり、もう少し強く撫でつけてやるだけで綺麗に引き剥がせそうという事だ。
やはり例外的な方法で“フェイズ3”になった為か、或いは“フェイズ3”になってから然程時間が経っていない為か。それは分からないが兎に角、影と肉体が固く混ざり合っていない点はありがたい。
であるならば……、真城になら出来るはず。
今まで何度も行ってきた分離作業。その経験を、今こそ役立てる時だろう。
(――行くぞ!!)
真城は一気に動き出す。
それと同時、真城は“光”を全範囲に解き放つ。
それは今度こそ、“目眩まし”だけの目的で。
…… ……
夜闇に再び閃光が迸る。
それにより、周囲の影人がこちらへと割り込んでくるのを阻害する。
そうして誰にも邪魔されない一瞬の空間内をただ一体で立ち竦む影人へ、真城は分離作業を開始する。
既に分離の前準備は終えている。
“混沌点”には十分に、真城の“力”が浸透し、後はそれを剥がすだけ。
もう一度、“力”を影と肉体の混ざり合った隙間へと流し込み、刺激を与えてやるだけで、その作業は終了する。
故に真城は、“力”を調整し収束させた右拳を影人の身体へと打ち付ける。
その衝撃に添うように、影人の体内へ、真城の“力”が波及する。
パンッ、と何かが弾ける音がした。
人と影とが分離する。分離して、影が勢いよく弾け飛ぶ。
「――ッしゃあ!!」
体外へと弾け飛び、その中の一際大きな影の塊が動き出す。
それが影人の本体だ。後は本体を破壊して分離作業の完了となる訳だ。
故に真城はソレを逃さない。
一心不乱、一目散に逃げようと動き出すソレに向け、真城は無慈悲に拳を振り下ろす。
多分この攻撃が、今日一番威力があっただろう。
ガンという音がして、アスファルトが僅かに沈み込む。
当然その影を纏った一撃に、影人が耐えられるはずもない。
完全に動きを停止して、その塊が完全に霧散し消えていく。
ガックリと、まるで糸でも切れたかの様に、今の今まで影人に肉体を乗っ取られていた男が、膝から崩れ落ちていく。
真城はその人が怪我をしないよう、ギリギリの所で受け止める。
この人の分離は完了だ。しかし今はまだこの場所で寝かしておくべきではない。
ここは戦場。まだ他の影人達が残っている。
真城は急いで人一人を担ぎ上げると、少しでも戦闘の邪魔にならない場所へと駆けていく。
後ろを振り返って見てみれば、影人の数体が真城を追って来ているみたいだが……、まぁ問題は無いだろう。
この人間をとっとと安全な場所に寝かしたら、すぐに影人達の相手をすればいい。
影人達の目的が真城にある以上、影人ではなくなったこの人に、それほどの価値はないはずだ。
よくて人質にするくらいだが……そんなもの、真城が“光”を全範囲放出するだけで、どうとでもなるだろう。
…… ……
真城晴輝が、男を担いで駆けていく。
そんな光景を横目に、ある存在は歓喜に震えるような音を発してく。
その音は、ここにいる誰の耳にも届かない。
しかしもし、その音を真城が聞いていたのなら、或いは今日一番……感情の籠った声であったと、そう感じたに違いない。
「あぁ、これが……伝え聞いた彼の“王”の。……いや、彼の“神”の――、」




