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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第19話 『“救援要請”』

 


「うそ、だろ……?」


 変わり果てた白菊の姿へと目を向けて、真城は絞り出すように呟いた。

 真城の眼前。そこに佇む白菊は、分かれた時と変わらない外見だ。

 しかし、その表情は今まで見たことも無い程に蒼白で虚ろなものであり、その足元にあるべき影が無いことが、否応なく……真城の知る白菊ではない事を、……白菊が影人に成り代わられてしまったことを告げていた。


「……、……ッッ!!」


 真城は今にも脱力し、膝から崩れ落ちそうになる身体を堪えて踏み止まる。と、目一杯に怒りを込めた瞳をこの事件の元凶と思われる影人へと……、黒子姿の影人へと向けて睨みつける。

 ……がしかし、それで動じる相手ではない。

 黒子姿の影人は、その表情の見えない衣装をユラユラさせて立っているだけだった。真城から向けられた怒りの感情を受けて尚、意に介する様子は無い。


 真城はそんな影人に更に怒りを膨らます。

 怒りに任せて、大きく声を張り上げる。


「白菊にッ!! コイツらに何をしたッ!!」


 それに対する返答は無かった。


「――――――ッ」


 咄嗟に、反射的に黒子姿の影人へと突っ込んで行きそうになる心を抑え込む。

 状況が状況だ。だがしかし、今は怒りに任せる時じゃない。

 まずは落ち着け。現状を把握しろ。そう自身に言い聞かせ、一つ大きく息を吸って吐き出した。


 真城は黒子姿の影人へと目を向ける。

 あの影人は危険だ。それは周りを囲う“影人達”からも伺える。


 影人の成長にはいくつかの段階が存在する。

 そして、それらの段階への移行には相応の時間が必要だ。

 にも関わらず、あれらの影人はあまりにもその成長速度が速過ぎる。

 長く見積もっても数時間。たったそれだけの時間で“フェイズ1”から“フェイズ3”の段階まで至ったというのなら、それはもう……明らかな異常事態と言えるだろう。


 まず、自然な形ではありえない。

 では、何が起こったというのだろう?

 思い当たる節はある。というか、まず考えられるものと言えばソレしかない。

 そう。つまりは――、


(そういった“能力”があるということか)


 真城はゴクリと唾を飲む。

 憶測だ。これはあくまで憶測だ。

 だがしかし、もしも本当にそうならば、それは由々しき事態ということだ。



「……――ッ」


 真城は自身の行いの早計さに歯噛みする。

 この影人は厄介だ。まず、一筋縄ではいかない相手に違いない。

 白菊を捜してた。……そういった理由があるにしろ、何故ヤツが影人と分かった時点で、もっと警戒をしなかった? 何故自ら跳び込んだ?

 ヤツを見つけた時に。影人だと分かった時点で。しっかりと本部に連絡を入れておくべきだったのだ。

 それなのに、真城はそれをしなかった。

 まだ一人で大丈夫。まだ一人でも問題ない。そんな風に過信して、真城は判断を誤った。

 その結果がこのザマだ。ほとほと呆れて手に負えない。

 罠だと分かっているのなら、それ相応に準備と警戒をするべきであったはずなのに。


「……クソ」


 真城は自身に悪態を突きつつ現実問題に注視する。

 反省点はいくらでも沸いて出るのだが、状況はそれを許さない。いつまでも後悔はしてられない。

 “こう”なってしまった以上、何故“こう”なったのかをいつまでも愚痴っていた所で意味は無い。それよりも“ここ”からどう立て直すのかが重要だ。


 ……まず先に、考えるべきはあの黒子姿の影人だ。

 影人を人為的に生み出せて、その成長を促せる。

 そんな能力をもった影人がいるのなら、それは脅威以外の何ものでもない。

 ここで必ず斃さねば、後々何が起こるかは明白だ。奴だけは見過ごせない。

 それはまず、確定事項でいいだろう。


 だが……。

 奴は“フェイズ3”かそれ以上。

 簡単に仕留められるとは思えない。真城一人で、どうにか出来る保証もない。

 もっと戦力が必要だ。確実に斃す為。絶対に逃がさない為にもだ。

 とっとと本部に連絡していれば……。そんな後悔を脳内から払拭しつつも真城は黒子姿の影人から目を離さず、片手をゆっくりとポケットへ突っ込むと専用端末へと手をかけた。




 ~   ~   ~   ~   ~



 “影狩り”から支給されている携帯端末には、市販の物には無い機能が付いている。その内の一つが、携帯端末右側の側面に備え付けられた電源ボタン・音量ボタンとは別の計三つのボタンである。

 これら三つのボタンは押しただけでは意味がない……が、押す順番によって様々な機能が作動するようになっている。それは例えば“カメラアプリの起動”や“録音”、“予め設定しておいた仲間との通話”等々だ。

 わざわざ画面を開き、必要なアプリを見つけて起動……といった動作を踏まずとも、ボタンの位置と順番さえ暗記してしまえば、後は服の中からでも操作が可能なうえ、順番にボタンを押すだけなので、咄嗟の対応が求められる場面でも反射的あるいは直感的に操作出来るなど、非常に便利なものである。

 “影狩り”は秘密結社。故に真城も隠密行動の途中など、これまででも使用する機会は多々あった。特に、発見した“影無し”の人物を秘密裏に撮影するといった場面では、非常に役立つ代物だ。



 ~   ~   ~   ~   ~




 今回もそれを使用する。

 携帯端末へと手を伸ばしたのはその為だ。

 使うのは本部への“救援要請”機能である。

 これは即ち緊急時。つまりはこういった事態に陥った際に使われるものなのだ。

 通話の必要は無い。ボタンを押した瞬間に、本部へと救援要請が送られる。

 後はそれを本部の人間がキャッチして、GPSから真城の現在地を割り出せば、すぐに救援部隊(という名の、状況に応じて特別に『戦闘部隊』『影世界専門部隊』『収拾部隊』などから編成されたチーム)が駆け付けてくれるだろう。



 端末を、真城はすかさず操作する。

 間違えの無いように、三つのボタンを押していく。――がしかし。

 これで救援要請完了だ――と、そう思ったその瞬間。

 突如として真城の操作する右腕が、端末を握る右手ごとグイッと勢いよく持ち上がる。


「――ッッ!?」


 見れば真城の右腕に細い影の糸が巻かれており、その糸は黒子姿の影人まで伸びていた。いつの間にか、黒子姿の影人が伸ばしていたものらしい。

 全く気が付かなかった。端末の操作中、下手な動きをされない様にと黒子姿の影人へと意識を向けていたにも関わらず。


 何かそういった能力もあるのかとも思ったが、そうじゃない。

 これは真城の失態だ。

 相手は複数。であるならば、きっと物量に任せて攻めてくる。そう考えたのが間違いであったのだ。……まさかこの暗闇で、視認が難しいレベルの細い影を伸ばしてくるなどと、思ってもいなかった。


「くッ!!」


 勢いよくポケットから引き抜かれた右手から、専用端末が零れ落ちて宙を舞う。

 真城はその端末へと懸命に手を伸ばすが、すんでのところで端末は更に伸ばされた黒子姿の影人の操る影によって撃ち落とされ、真城から数メートル離れた位置へと転がった。


「『オマエ』『()』『“力”』『を』『見せて』『ミロ』」


 黒子姿の影人の放つ異音(こえ)

 その言葉が放たれるとほぼ同時、周囲の影人達が真城に向かって殺到する。


「……こん、の!!」


 押し寄せる影人を前にして、真城は“力”を発動する。

 左手に影を纏わせて、右手に“力”を纏わせる。それはいつものスタイルだ。


 ……だが、我先にとやって来た影人の一体へと向けて、右手を振り下ろすその瞬間、ハッとして右手を引っ込めると、無理やりな態勢のまま後方へと飛び退いた。

 そうして態勢を整えて、影を纏わせた左手で影人を殴り飛ばす。と、真城はチラリと右手に纏わせた“力”へと目を向ける。


「…………、」


 影人へと“力”を打ち込もうとした瞬間、真城の脳裏を過ったもの。

 それは真城が“影狩り”で行った、“フェイズ3”の影人から影を分離して被害者に後遺症を起こさせない為の実験と、その結果のことだった。


 “フェイズ3”の影人は、真城の“力”を使っても後遺症が出る場合と出ない場合が存在し、その原因は分からない。……というのは過去のこと。

 今の真城なら、その後遺症の有無を決定付けるものが何なのか。その正体が肉体と影の混じり合った“混沌点“であることと、そこを綺麗に剥がせれば、後遺症は起こらないということを知っている。……知ってしまった訳なのだ。

 であるならば、迂闊に“力”は使えない。

 下手に“力”を押し当てて、無理に“混沌点”を引き剥がそうものならば、被害者に無用な後遺症を引き起こさせてしまうだろう。


 “知っている”と“知らない”では天と地だ。

 知らなくてしてしまうならいざ知らず、知っているのにやれる程……真城の神経は図太くない。


 真城は右手に纏った“力”を解除して、右手にも影を纏わせる。と初任務以降、久しく行っていなかった“影操作”のみの戦闘スタイルへと切り替えて、影人達へと接敵する。

 そうして拳を振り下ろし、影人を一人また一人と殴り飛ばして迎え撃つ。


 一体一体の影人は、別にそれほど強くない。

 個別の能力を手に入れてはいないのか、使ってくるのは“影操作”の一つだけ。

 であるのなら、対処は簡単と言えるだろう。

 が、問題はやはり数である。そして真城自身、影人に対して決定打が少ない点。……そして何より、トドメを刺せないことが厄介だ。


 “力”を使わず、影人は斃せない。

 そんな真城の事情など露知らず、影人は本気でやって来る。

 真城はそんな奴らを相手取り、何度か攻撃を加えるが……斃しきらずに気絶させ行動不能にさせるのは、これが思った以上に難しい。

 少しでも威力が弱ければ、殴り飛ばされた影人はすぐに起き上がり、負けじと戦線復帰をされてしまう。


 ……無論、威力を強くし過ぎてしまった結果、殺してしまうよりは良いのだが。

 とはいえど、


(くそっ、……やりづらい)


 何度かの攻防を経て、真城は大きく舌打ちする。

 こうして“力”を使わずに戦って、その結果……否応なく気が付いた。

 真城の使うあの“力”。それを使わないということが、ここまで不便であることに。


 真城の持つ“力”。それは言わば影人にとっての毒の様なものである。

 一度触れればそれだけで影人の身体を侵食して破壊する、そういった類の能力で、しかも影人のみならず影人が放つ影に対しても有効な……本当に対影人特化の代物だ。

 そんな便利な能力を使わずに戦う。というのだから、当然不便極まりない。

 それこそ“力”を使わずに戦っていた時期があったなど、思い出せない程である。


 “力”を使えば、後は影でトドメを刺して終了する。たったそれだけで済んでいた相手へと何度も拳を叩きこんではぶっ飛ばす。殺さないよう手加減して程々に、などと……これではいくらやってもキリがない。



 もしこれが本来の任務であったなら。或いはプライベートの最中、ただ強い影人に襲われたというだけであったなら、当然“撤退”という選択肢もあっただろう。

 戦況を判断し、自身が勝てないと踏んだなら、逃げることさえ戦略だ。

 真城がこの一月程、本部で行っていた戦闘訓練のほとんどは、つまりはこういった場面での“逃げ”の選択をする為の……“死なない為”のものだった。


 ……だがそれを、今の真城は行えない。

 それは目の前に突然現れた影人――黒子姿の影人が持つ特異性。ここで必ず斃さねばという脅威度もあるのだが、それより何より白菊の存在がその大半を占めていた。


 助けを求めてくれていたにも関わらず、真城はその手を払いのけ、あまつさえ影人化へと至らせてしまった女の子。

 もしここで取り逃がしでもしたならば……、次に救える保証はない。

 白菊の影人が成長し、“フェイズ4”にでもなったなら……今の真城の“力”では分離する手立てがない。

 確実な衰弱死。そんな結末になってしまう。


(……そんな結末は許さない!!)


 であるならば。

 最悪の場合、例え黒子姿の影人を後回しにしようとも白菊の影人だけは……ここで確実に分離させる必要があるだろう。


 ……黒子姿の影人を斃す方が、優先順位が高いことくらい分かってる。

 しかしそれでも、ここでしか助けるチャンスが無いだろう白菊のことを、真城はどうしても捨てられない。

 白菊を救うこと。それだけは絶対に、真城の手で行いたい。いや、行わねばならないことである。



 が、ではその為にどうするか? 

 やはり戦力は必要だ。

 黒子姿の影人を斃すのも、白菊を含めた影人達の被害者を救うのも、まずは本部に救援要請を送るのが先決だ。


 今の真城は、力を十全に使えない。

 影人達を捕縛する“影牢”さえ持っていない。

 この身は一つ。散り散りに逃げられでもしたのなら、もうそれこそ手に負えない。


 であるならば、と真城は影人達から距離を取る。

 そうして勢いよく走り出し、影人達の攻撃を躱しつつ一直線に先程弾き飛ばされた専用端末の下へとたどり着く。

 身を翻し、落ちた端末を拾い上げ、無駄のない動作で“救援要請”の為のコードを瞬時に押していく。だがしかし、


(――よし!! これで……――、)


 最後のボタンを押し終わり、これで本部へと“救援要請”が送れたと安堵したその直後。

 完了をしらせる微かなバイブレーションが無いという違和感を感じ取り、真城は端末へと目を向ける。


(端末が、動いてない!?)


 いや、よく見れば、電源のランプは点いている。

 がしかし画面が黒一色のまま動かない。


(――何で、)


 まさか落とした衝撃で壊れたか?

 そんな風に考えて、自身の運の無さに歯噛みする。が、しかしすぐに画面が黒一色である点は然程問題ではないと思い直す。

 画面を表示させる機能が死んでいる。バイブレーションの機能も同様だ。それはまず事実だろう。

 しかしそれ以外の、それこそ“救援要請”を送る機能さえ使えれば、どうにかこの場は事足りる。


 本来“救援要請”の機能など、それこそ緊急時にしか使われない。

 いや、そもそも三つのボタンに備えられた機能など、そのほとんどが緊急時や隠匿性のある行動を補助する為のものである。

 故に、それら機能は端末の電源が切れていようが関係無い。それ自体が独立した機構を持っていて、例え端末のバッテリーが切れていても使えるよう改良がされている。

 ならば“救援要請”の機能など、まだ使える可能性はあるはずだ。


 真城は念の為にともう一度、素早くボタンを押していく。

 そうしてボタンを押し切って、電源ランプを確認する。例え端末が振動をしなくとも、確認出来る手立ては別にある。

 これで電源ランプが点滅すれば問題無い。それこそが、ちゃんと機能が稼働して要請を本部へ送った証拠となる。


「……、――――ッ」


 だが、それでも電源ラップは動かない。

 何故、ここまで運が悪いのか。そう言って頭を押さえたい衝動に駆られるが、端末が壊れたその経緯を思い出し、真城は瞬間ハッとする。


 それはこの端末を、黒子姿の影人よって弾き飛ばされた時のこと。

 あの時、この端末を弾き飛ばした代物は“影による攻撃”であったということに。




 ~   ~   ~   ~   ~



 “影世界”。延いては“影結晶”や影人と……、“影”にまつわる全てには、“影エネルギー”と呼称される特殊な力が存在し、常にソレを放出し続けている訳である。

 問題は、それが人体に概ね有害である点だ。

 日々“影世界”から溢れ出るその微弱な影のエネルギー。それは次第に身体を蝕んで、“影人化”を引き起こす要因となっている……言わば現代日本の影人問題の大半を担う代物だ。


 そしてその影のエネルギー。人体以外でも、影響を及ぼす性質を持っている。

 その最たる例を挙げるなら、電子機器への影響が言えるだろう。

 備え無しに“影世界”へと電子機器は持ち込めない。その理由は単純で、要するに壊れてしまう為である。その原因とされるのが、“影世界”内部における“影エネルギー”という訳だ。


 “影人化”させるのは、何も人体だけとは限らない。

 無生物も同様に“影人化”を引き起こさせ、物体を影と同化させていく。

 そういう力を持っている。


 では、そんな“影エネルギー”から人体や電子機器を守る為にはどうするか?

 その答えは簡単だ。単純に“影エネルギー”が当たらない様にしてしまえば良いのである。……まぁつまりは、“影纏い”を利用して人体や電子機器をコーティングしてしまう。たったこれだけで外部からの“影エネルギー”を遮断出来るという訳だ。


 無秩序にエネルギーを放出し続ける“影世界”及び“影結晶”とは違い、“影操作”で人間が操る影ならば、ある程度放出されるエネルギーの流れや向きに指向性を与えることが可能といったことなのだろう。

 人間が操る程度の影ならば――日本広域に広がり続ける“影世界”や、その“影世界”に溜まる“影エネルギー”が凝固したとされている“影結晶”に比べても――“影エネルギー”が少量といったこともあるのだろう。

 そんなこんなで、人体や電子機器への影響を極力抑えられる訳である。


 まぁ結局のところ。

 どれだけ影でコーティングをしようとも、それを操作する為に“影操作”を扱う訳だから、次第に肉体が“影エネルギー”に侵されていくことになるのだが……。



 ~   ~   ~   ~   ~




 ……では、逆説的に。

 “ある指向性”を与えられ、濃度を増した“影エネルギー”を放出する。そんな影の攻撃が、電子機器に触れたならばどうなるか?

 ……或いは、“影世界”の内部で起こることと同様に、電子機器を一部“影人化”(変質化)させ――意図的に故障させることも可能なのではなかろうか?


 そんな考えが、真城の脳内を満たしてく。

 そんな馬鹿な、と吐き捨ててしまいたい衝動にも駆られるが、事実手元の端末は何の反応も示さない。


「――――ッ」


 “救援要請”が使えない。

 その事実が、真城の思考を白く染めていく。

 だが、いつまでも棒立ちしてはいられない。

 視界の先には、今にも飛び掛からんと攻めてくる影人達が押し寄せる。


「ッ、この――」


 真城は向かい来る影人達をあしらいつつ今一度距離を取る。

 その中で、どうにかこの状況を打開する方法を考えて、考えて、考えて、真城はある一つの機能を思い出す。



 ソレをやるのは初めてだ。

 しかも、ソレが使えるという保証もない。

 端末が故障したというのなら、ソレも使えない可能性だってある。

 ……などと、様々な考えが一瞬頭を駆け巡るが関係無い。迷っている暇はない。

 これ以上、ここでの失敗は許されない。であるならば、出来得る手は打つべきだ。すぐさま行動を開始しろ。


 真城は大きく振りかぶる。と手に持った端末をアスファルトの地面へ向けて振り下ろす。ガンッと大きく音が鳴り、勢いよく打ち付けられた端末がひび割れた。

 突然の行動。しかしそれは何も、真城の気が触れてしまった訳ではない。

 真城は地面をバウンドして回転する端末へ、追撃とばかりに更に拳を振り下ろす。それも全身全霊で。影を纏い、更に硬化をさせた状態で。


 バキンッと嫌な破砕音が夜の町に木霊した。

 突如、不可解な行動を起こした真城を前にして、影人達の動きが硬直する。


 真城はゆっくりと拳を持ち上げる。と、真城の拳があった場所には小さな凹みが出来ており、その凹みを中心にアスファルトには放射状のヒビがのびていた。

 アスファルトの凹みに添うように、端末がひしゃげているのが見て取れる。これを見て、まだ端末が生きているとはまず誰も思うまい。


 だが、これで問題ない。

 端末の破壊こそ、真城の目的なのだから。


 ……或いは邪魔されるかとも思ったが、杞憂だった様である。

 無事に事を遂げられた。




 ~   ~   ~   ~   ~



 専用端末に搭載された機能。その一つには“端末の破壊”及び“通信途絶”をトリガーとして起動するものが存在する。

 それは主にこの専用端末が紛失した際の回収を目的として搭載されている機能である。


 “影狩り”で支給されているこの特別製の端末は、そこに使用されている最新技術や特殊技術の他にも様々な国家機密情報が入っており、またそれ関連のデータバンクへのアクセス権をも有している。

 故に、この端末を紛失しようものならば、非常に困った事態になりかねない。



 というわけで。

 一応、相応の対策もされてはいる。

 この端末が紛失し一般人の手に渡ってしまった時。或いは相応の技術を持った外部の人間や組織に渡ってしまった時の為、データを抜かれてしまわぬようセキュリティーロックが何重にもされている。


 が、それでも問題は山積みだ。

 いくらセキュリティーが強固でも、物理的な破壊を防ぐ術は難しい。分解されてしまってはそれまでだ。

 データを抜かれる可能性は低いだろう。だが先程述べた様に、この端末は最新の技術やら特殊な技術で作られた部品の塊だ。

 見る人が見たならば、或いはデータよりも価値の高いものとなるだろう。


 故にデータや技術の流出が起らぬよう、紛失してしまった端末は即時回収の指示が出る。

 回収の担当は、主にその端末の所持者本人や『収拾部隊』となる場合がほとんどで、回収すべき端末を探す為の指針として“この機能”が付けられた。



 とはいえど、機能としては単純だ。

 この専用端末は特殊な回線と接続され、それによって通信などのやり取りが可能なようになっている。そしてそれは電源がOFFの時でも関係無く、常に接続される仕組みである。

 故にもしも接続が切れるなら……それは端末の破損時か、或いは端末内のバッテリーが完全にゼロになった時しかない。


 仮に何かしらの事情で端末との回線が切れたなら、その報告は“影狩り”本部の指令室へと伝わって、回線が途絶えた場所とその端末の保持者が誰なのかが表示される訳である。

 指令室には『支援部隊』の者達が最低一人は在中し、様々な仕事をこなしている。故にそのメッセージを誰かが発見したならば、その後の処理が即時進められる事になる。


 その通信途絶は本当か?

 本人に状況確認は出来るのか?

 途絶地点から予測される回収の難易度は?

 緊急性はどの程度?

 手の空いた『支援部隊』の人数は?

 様々な状況を確認し、“回収”の判断がされたなら速やかに部隊が動き出す。


 まぁ概ねは、充電のし忘れでバッテリーがゼロになった場合がほとんどではあるのだが……それも外部の人間に端末を充電させなくし、バッテリーゼロで端末の場所を特定する目的なのだから仕方がない。(専用端末は充電にも専用の機材を使用するか、本部内での自動ワイヤレス充電でしか充電出来ない)


 ある時はあるのだ。

 だからこそ、決しておざなりに対応される事は無い。



 ~   ~   ~   ~   ~




 端末は破壊した。

 “救援要請”が使えない。であるならば、他の機能で代用をするしかない。

 緊急性が伝わってくれるかは分からない。故に“救援要請”するよりは、彼らの到着に時間を有することだろう。

 派遣されるのは『支援部隊』。であるならば、戦力としては使えない。

 『支援部隊』が到着し、そこから状況を判断し、『戦闘部隊』の派遣を要請からの『戦闘部隊』到着……と、必要以上のプロセスもいるはずだ。

 直接『戦闘部隊』を送ってくれたなら良いのだが……、まぁ流石に無理だろう。


 とりあえず、真城の端末が破損したという連絡は本部に届いてくれたはず。

 今はまずそう信じ、救援がくるまでの時間稼ぎに徹しよう。

 逃がさず殺さず。持ちこたえる事に徹しよう。



「さぁて……」


 真城は影人達を俯瞰する。

 目を凝らし、影人達全ての位置を把握する事に専念する。


影人(あいつら)はどう来るか」


 きっと、逃げてばかりではダメだろう。

 程よく影人と戦って、注目を集める必要があるはずだ。

 影人達がどんな理由であの黒子姿の影人に従っているのかは知らないが、ある程度ヘイトを集めねば、飽きて何処かへ行こうとする奴も出かねない。ならば、そうならない様に注視して行動を起こさねば。

 真城は一度大きく呼吸して、覚悟を決めると影人達へと突っ込んで――。



 その時だった。

 まるでタイミングでも計ったかのように、影人達に動きがあった。

 いや、より正確に言うのなら、一番の警戒対象の黒子姿の影人が――ユラリと動き出したのだ。


「『ドゥ』『した?』」


 黒子姿の影人がそう音を発すると同時。

 揺らめく漆黒の衣装をはためかせ、黒子姿の影人が天を舞う。


「――ッ!!!?」


 真城へと向かって放物線を描いて跳んでくるソレを、慌てて真城は回避する。とその直後、ドゴンッと鈍い落下音を響かせた。

 薄っすらと舞う土煙の中心で、黒子姿の影人がゆっくりとこちらに顔を向けるのが分かった。


「『オ前』『no』『“チカラ”』『は』『ソノ』『程度之』『モの』『ナノか?』」


 真城を見据えて、そう疑問形の音を発した黒子姿の影人は、未だに舞い散る土煙を突っ切ってユラリユラリ……と、加速度的に距離を詰めてくる。

 それはまるで真城の視界から外れる様に。真城の盲点へ、すかさず滑り込む様に。


「――ッ、な!?」


 直後だった。

 真城の視界から黒子姿の影人が外れた刹那、影で形作られた漆黒の球体が、真城の右半身に――強く打ち付けられていた。



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