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カゲビト  作者: 永眠布団
第四章 帰省

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第18話 『最悪の結果』

 


 真城が、連絡の取れなくなった白菊を捜し始めて三十分程が経過した。

 その中で真城は、絞った範囲内を全速力で駆け抜けて、必死に白菊や不良達の情報を集めて回っていたのだが、その結果はあまり芳しくは無かった。


 白菊の容姿などを説明し、道行く人々へと問いかけてはみたものの、その目撃情報はまるで見当たらず、また不良達についても聞いてみたが……こちらも同様であったのだ。

 事情が事情と呑み込んで、時たま遭遇するガラの悪い男達に突っかかってもみたのだが、尾倉のおの字も出てこない。

 不良の溜まり場。或いはそうなっていそうなポイントなどを聞き出して突撃もしてみたが……尾倉はおろか、文化祭で絡んできた連中の顔さえ見つからない。

 ほとんど手詰まり状態となっていた。


「なんでだ!! なんで情報の一つも見つからないッ!!」


 苛立たし気に、真城は電柱へと拳を打ち付けた。

 ゴンと鈍い音がして、電柱が揺れたようだが気にしない。


 真城は投げやりに携帯を操作して白菊へと電話する。

 が、その結果も分かりきったものだった。


 クソッ、と舌打ちまじりにそう吐き捨てると同時、携帯を握る方の手から微かにパキキという音が聞こえて慌てて手を開く。

 どうやら怒りのまま、無意識で携帯を握る手に力を込めていたらしい。


「………」


 気持ちを落ち着かせる様に、一度大きく深呼吸をするものの、しかし一向に落ち着かない。ドクンドクンと響く鼓動。胸を締め付ける様な圧迫感は増すばかりだ。


 白菊から折り返しの連絡やメールなども来ていない。

 やはり“何か”は起きている。

 そういった予感。いや、確信はあるものの、一向に白菊の足取りが掴めない。

 もどかしい。不安や焦りは募っていく一方だ。


 真城は落ち着いて携帯の画面に目を落とす。

 脳裏に過るのは、『もしかすると警察に連絡した方が良いのでは?』といった考えだ。

 人を捜索する上で、これほど頼りになる者もいないだろう。

 或いは警察であるのなら、白菊家を特定する事は容易だし、何より頭数が多ければそれだけ虱潰しに捜す事が出来るのだ。が、しかし――。


「……いや」


 と真城は首を横に振る。

 仮に警察へと連絡したとして、なんて説明すればいいのだろう?

 白菊が行方不明だから探して欲しい?

 不良達に襲われた可能性が高いから捜索に協力してくれ?

 ……いや、それではまず無理だろう。


 何せまず、白菊が不良に襲われたという証拠が無い。

 真城は今日一日の白菊との会話から。或いは尾倉達の動きから。そして連絡の付かなくなっている現状から。ほぼ確実だと決めつけてはいるものの、やはり“物的証拠”が欠如してしまっている感は否めない。

 となれば真城が警察へと訴える事が出来るのは“白菊と連絡が取れなくなっている”という一点に尽きるだろう。

 ……が、しかしそれでは、実際に“連絡がつかなくなっている”というだけで、イコール()で“行方不明になっている”という根拠にはなり得ない。

 仮に真城が白菊家にたどり着き、“白菊がまだ帰っていない事”をちゃんと確認出来たなら或いはといった感じだが――。

 ……いや、やはり訴える材料が足りていない。

 そもそも“白菊がまだ帰っていない事”を確認したとして、“連絡がつかなくなっている”事を根拠に訴えたとしても、警察から『友達と遊びに行っているのでは?』だの『文化祭の打ち上げで何処かに食べに行っているのでは?』だのと返されてしまっては、真城としては返せる言葉が何も無くなってしまうのだ。

 確実に“いなくなっている”のだと、そう証明出来ぬなら、事件性を訴える事もままならない。



 真城は詳しくないのだが、例えば“ストーカー被害”というのは警察が中々動いてくれないという話は有名だ。“ストーカーにつけられている”という段階だけでは“実害がある”と判断されにくいらしいのだ。

 そして同様に“行方不明”というものも。

 例えば数時間程度なら、長めの外出なのか家出なのか。或いは何らかの事件に巻き込まれたのかを判断するのが難しい……というのが理由らしい。

 緊急性や事件性を疑われなければ、それこそ『半日から一日は、とりあえず様子を見てみよう』なんてされるケースもあると聞く。


 当然、どちらもその真偽は分からない。

 都市伝説以下の根も葉もない噂レベルである可能性だって否めない。

 だがそれでも真城は、現在持ちえている情報だけでは当たらずも遠からずな結果になるのだろう。と……そんな風に踏んでいた。


 だからこそ。

 どうせ手伝ってもらえないならと、最初から警察に連絡する事を諦めて、無造作に携帯をポケットに投げ入れる。



「まだ探してない場所は……、」


 と脳内マップを吟味して、今度は逆に人通りの少ない細道に向かって駆けていく。

 時刻は既に22時を軽く過ぎていた。



 …… ……



「――あ、え……?」


 細道を走り抜け、少し広めの道に出た所で、真城は目の端に何かが横切っていくのを確認して立ち止まる。眼前、数十メートル先の丁字路を横切って消えていった人物に、真城は見覚えがあったのだ。

 それは頭のてっぺんから足のつま先まで黒一色。黒衣(くろご)と呼ばれる衣装に身を包んだ、この場所には不釣り合いな恰好。いわゆる“黒子”姿の者だった。


「あの時の黒子は、やっぱり……見間違えじゃなかったのか」


 舞台など、そういった場所であるならいざ知らず、こんな町の中で二度も遭遇した黒子(人物)が、まさか同一人物じゃないなんて事はないはずだ。

 まず間違いなく、アイツは文化祭で見た“影無し”の黒子であるのだろう。


 で、あるのなら。

 アレを放置もしておけない。

 文化祭で見つけた時、黒子()の足元には影が見当たらなかったのだ。

 今の黒子()は……十中八九、影人だ。


 白菊捜索の最中、突如として降って湧いた“影狩り”としての責務事項。

 真城はその二つの“すべきこと”に一瞬動きを停止する。が、すぐに首を振って黒子姿の影人へと目を向ける。


 白菊捜索を諦める気は毛頭ない。が、影人も無視出来ない。

 その中で、影人が目の前に現れたというのなら……影人を優先する他無いだろう。

 “フェイズ1”ならいざ知らず、あれはまず間違いなく“フェイズ3”かそれ以上。

 あの影人を放置して、またどこかで影人工場が作られようものならば……、その被害がどれほどのものになるのか見当もつかない。


 真城は全力で影人を追いかける。

 その中で「それに、もしかしたら」と内心、小さく呟いた。

 あれだけ捜しても見つからなかった人物が、こうして目の前に現れた意味はきっと何かあるのだろう。

 何の根拠もない、ただの憶測でしかないのだが、もしかすると……影人が目指すその場所に、白菊がいるのかもしれないと。そんな縋る想いを胸に抱き、真城は一目散に駆けていく。


 全速力で駆け抜けて、黒子が消えていった丁字路を左折する。

 走りつつ、その前方を確認し、


(――いたッ!)


 十数メートル先の道。

 そこにある横道へと、黒子が丁度消えていく姿を視認する。

 その行動に、何処かへと真城を誘い込もうとする意志を確かに感じるが、しかしかと言って追いかけない選択肢は真城に無い。


(たとえそれが罠だとしても――)


 それでも、今は追いかける。

 その先に何があろうとも、そこに白菊がいる可能性が少しでもあるのなら。


(罠だろうが何だろうが、全部ぶっ壊して助け出す!!)



 ……


 …… ……



 黒子姿の影人を追って、たどり着いたのは人気の無い商店街の一角だった。

 そこにあるシャッターの閉まった店舗。その見るからに廃墟の様な商業施設が立ち並ぶ街の中心で、黒子姿の影人は立っていた。


 真城は影人から一定の距離を取って立ち止まると、小さく「ここは」と呟いた。

 真城の記憶にある脳内マップと照らし合わせて見渡せば、この場所は白日町(はくじつちょう)の西側に位置する小規模な商店街である事に気が付いた。

 もうほとんど使われる事の無くなった……、年々ゴーストタウン化の進む土地である。


 ここは聞き込みの際に、不良の溜まり場として挙げられていた内の一つだが、真城の家と白菊の通う大学、そして真城達の通っていた小学校の場所や位置関係から考えて、捜索を後回しにしていた場所だった。

 距離などの問題から可能性を低く見積もっていたのだが、……どうやら間違っていたようだ。思い返せば、意識の無い……或いは暴れる女性を連れて移動するのだから、車が使われた可能性を真っ先に考慮すべきであったのだ。そして同時に、車があるのなら捜索する距離や範囲はさらに広くなるという事態にも。


 真城はヒヤリと汗をかく。

 もし仮に、こうして追いかけてきた影人が白菊と無関係であった場合、……白菊捜索が非常に困難である事実に今更ながら息を呑む。

 車で移動されたなら、白菊の連れ去られた場所はこの街の中だけに留まらない。それどころか他県である可能性さえ浮上する。

 当然、時間が経てば経つ程に、白菊を捜す為の情報は刻一刻と減っていく。

 であるならば、真城一人でどうにか出来る域を超えている。


 心臓を鷲掴みされるような焦燥感に吐き気がする。

 胸が圧迫されて息苦しい。視界もチカチカと点滅し、もういっそ頭を抱えて蹲りたい気持ちでいっぱいだ。


 だが、状況がそれを許さない。

 白菊を捜す事。それを今諦めてしまったら、もう二度と立ち上がれないだろう。そんな気がしてしまうのだ。

 夢を追う事を諦めた真城など、最早死んだも同然だ。

 その上で、目の前にいるのは影人だ。もしも気を緩めれば、それこそ直接的な死が待っている。


 スゥ……と一度、息を吐いて深呼吸。

 影人は、未だにこちらを見てはいない。戦闘態勢をとっていない。

 ならばここは集中だ。一度白菊の件を頭の隅に追いやって、ここは影人へと全神経を研ぎ澄ます。


「…………、」


 落ち着いて腕時計を操作する。

 それだけで、露出した“影結晶”が肌に触れ、真城が“影操作”を行える状態が出来上がる。これで戦闘準備は完了だ。


 黒子姿の影人がこちらへと振り返る。

 それと同時、道の奥、入り口らしき場所が完全に壊れて穴と化している、窓ガラスの砕けたスナックバー。そんな廃墟の様な商業施設の中でも格段に崩壊の進んでいる辺りから、ゾロゾロと人影が集まってくるのが見て取れた。


「『キタ』『な』。……『マ』『城』、『ha』『るき』」


「……!?」


 黒子姿の影人が発する(こえ)

 その音を聞き取って、真城は目を見開いた。

 それはこの影人が真城の名前を把握している事以上に、その影人から発せられた音が……あまりにも異質であったからだった。


 それは成人男性の怒気を孕んだ。

 それは発音が拙い女児の。

 それは高齢男性のしわがれた。

 それは女学生の嬉々とした。

 そう聞こえる(こえ)は自前のものなのか。そうでないのか。

 それは分からないがともかく、黒子の恰好をした影人から紡がれるソレは、異質な音の連なりであったのだ。


 真城は警戒心を強くする。

 この影人は、本当にただの影人か?

 そういった疑念が、真城の中を支配する。


 ゾロゾロと溢れる様に現れた人々が、黒子姿の影人を守るかの様に集ってく。

 その人々の足元には影が無い。彼らもまた、影人だ。

 数にして十数体。しかし相手が“フェイズ3”であるのなら、然程警戒の必要はないだろう。真城が警戒するべきは、やはりあの黒子姿の影人だ。

 しかし、


「――ッ」


 その人々へと目を向けて、真城は再び目を見開いた。

 集まってくる影人。その者達の顔に、真城は見覚えがあったのだ。

 あれは……文化祭で真城と白菊を襲撃してきた不良達。そして、それを束ねるリーダー尾倉その人だ。……こんな所に奴らのアジトはあったのか。

 だが、真城が驚いた理由は何も“探していた男達”を見つける事が出来たから、というものではない。


(何故……あいつらが影人に?)


 という、“影狩り”としての驚きであった。


 現在、ここ日本において“影が人格を持つ”という事は、然程珍しくは無い事だ。

 それこそ一定の条件さえ満たすなら、誰だってそうなる可能性は常にある。

 人格を宿し、成長し、やがて主人格を乗っ取る事さえも。今はそんな世の中だ。

 だから、尾倉を含めた不良達が“そう”なったこと自体、特筆して驚く様なことは別に無い。いつか発症する病気……それに発症したという、その程度の事柄だ。


 故に真城のこの驚きは『“そう”なった事』でなく、『“そう”なるまでの過程』を指してのものだった。


 影人とは、人格を持った影の事。

 そして、その影人によってもたらされる状態は“影人化”と呼称され、またその進行具合によってフェイズ分けがされている。


 影が人格を持った状態を“フェイズ1”。

 その影が肉体を離れて自立する状態を“フェイズ2”

 人間の意識を乗っ取って肉体を手に入れた状態を“フェイズ3”。

 そこから更に成長し肉体の影化が進んでいる状態を“フェイズ4”。

 末期状態を“フェイズ5”。


 大まかに言えばこの通り。

 しかし“フェイズ1”から始まって“フェイズ2”、“フェイズ3”と進行していく速度には大なり小なり時間がかかるものなのだ。

 その辺を真城も詳しくは知らないが……早くとも数週間。遅ければそれこそ数か月とかけて進行していく、そういった“病”の類のようなもの。


 にも関わらず、これは――あまりにも進行が速すぎる。



 真城が尾倉達の襲撃を受けた際、尾倉達の影は“影人化”を起こしてはいなかった。

 であるのなら、そこからまず“フェイズ1”になり、肉体を乗っ取った状態“フェイズ3”へと至るまで……相応の時間を有して然るべきはずなのだ。


 そうであるにも関わらず、目の前にいる尾倉を含めた不良達は全員が“フェイズ3”。

 これは明らかな異常事態と言う他無い。

 何せ、真城が尾倉達とこうして再び出会うまで……半日どころか数時間しか経ていないのだ。


(一体、何が起きている……?)


 状況の把握が追いつかない。真城は思わず一歩後退る。

 目の前には“フェイズ4”らしき黒子姿の影人が一体と、それに付き従う様に集う“フェイズ3”十数体。……しかしそれ以上の得体の知れなさが真城の忌避感を煽り立て、目から得られる情報以上のプレッシャーが真城の全身をビリビリと刺激する。


 これはもう、自身の手に負える状況ではないのだと、真城の直観が訴える。

 逃げた方が良いのだと、心や体が騒めき立つ。


 だが、そんな真城の目が、身体が、ある一点を捉えて硬直する。

 不良の影人達の中、どこか見覚えのあるギャルやその他女性陣らの影人達の中にいる一人の女性と目が合って、真城は「あ……っ」と声にならない声を漏らす。


 それは焦点の定まらない虚ろな目ではあるものの、その外見は分かれた時と変わらない。肩まで伸ばした黄色みがかったブロンドの髪の両端を白いリボンで括ったツーサイドアップ。その髪の先端を微かな風に揺らめかせる彼女(・・)は、オレンジのTシャツに白と紺色のスタジアムジャンパー。空色のハーフパンツといった出で立ちで――。



「……白菊、(あずさ)


 しかし。

 あるはずのモノを持っていない。

 夜闇の中、街灯と月明かりに照らされた足元に、あるべきはずの影が無い。


「うそ、だろ……?」


 それが何を意味するか。

 それを真城は理解する。

 理解して、それを拒む様に首を振る。


 白菊は――。

 他の人達と同様に、影人へと成っていた。



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