新しい風と忌まわしき血筋
前回よりかなり量は多いです。内容をまとめきれませんでしたが、是非読んでください。
あれから月日は経ち、新しい天界の公務員たちがやって来た。
ただ、その公務員が全員天使になれるわけではない。
天界公務員試験では、「天使」と、天使の下で実務を行う「死神」を同時に募集するのだ。
そして試験の後、「天使」としてすぐに十分活躍できる者は甲種合格者としてそのまま「天使」として働き始めることができ、基準を満たすことができなかった者の中で二次合格基準を満たす者は乙種合格者となり、まずは「死神」として働き始めるのだ。
つまり、甲種合格者であるリミエルは「天使」として、ゴモラ、ソドム、パリザイは「死神」として私たちの職場、天使庁に入庁するのだ。
ちなみに私はというと、甲種合格、しかも同期トップの成績に相当する成績で入庁したらしい。
と言うのも、私はその特殊な出生故に一般での受験を拒否され、一般より厳しい条件で試験を受けたから、成績については伝聞で知った、という事情があったのだった。
父がそっとこぼした言葉曰く、試験担当者は私を落とす気で採点に挑んだらしい|(乙種合格相当だった場合も落とすつもりだったそうな。)が、私の成績が文句なしの満点だったためにいちゃもんをつけたり点数を勝手に下げてまで落とそうとしたところ、天使長にバレて左遷されたそうだ。
なにはともあれ、新入職員の受け入れのため、今天使庁全体が忙しくなっている。
もちろん私も例外ではなく、雑多な書類の処理に追われていた。
大量の書類を仕分けしている最中、庁内放送が流れた。
『庶務課のリナエル・サザンクロスさん、今すぐ天使長室へお越しください』
周囲の人々の視線がしっかり突き刺さってくる。頭が痛くなってきた。
「あ、あの、ラジエルさん・・・・・・」
「ああ、早く行ってきなさい。ただ、君がいないと書類の処理が大変なことになるから、なるべく早く戻ってこい」
「はい、済みません・・・・・・」
上司のラジエルさんは厳しいけれど、偏見なしで人を判断するいい人だ。私の状況にも理解がある上に、私が孤立しないように配慮してくれている。私もそれに応えて仕事に全てを打ち込みたい。
なのに、私のその思いをあの人たち、いや”あの人”は見事にぶち壊そうとしてくる。
本当に、そこは本物の悪魔らしく行動するのだ。まるで私を闇へ堕とそうとするかのように。
そのせいで私には未だに仲のいい同僚がいない。いやコミュニケーション能力のない私にも問題があるのだろうが、問題の過半数はあの人の自由奔放な行動が原因なのだ。今だって私に突き刺さる視線が普段の二倍ぐらい痛くなっている。
気がつくと天使長室の前に私は立っていた。
コンコン、とノックしてから、私は扉に向かってこう言った。
「天使長、リナエル・サザンクロスです」
『リナエル、入りなさい』
部屋に入ろうとした瞬間、女の声が聞こえた。
『待ちくたびれたわ、リナエル』
やはりあの人か、と私は半ば呆れてドアを開けた。
ドアの向こうには、普通の天使より豪華な白い衣装を着た天使長と、真っ黒で目の毒になりそうなほど露出の多い服を着た”あの人”がいた。
「またですか母上!自分の暇潰しのために父上の名を使うのはお止めくださいと何度言ったら理解して下さるのですか!」
こんな女のために自分の仕事人生を邪魔されてはたまったものではない、という思いを込めて私は怒りをぶつけた。
「だって暇なのよ?家でじっとしているなんて私にはできないわ」
しかし全く伝わる気配は無い。
「父上も父上です!母上のわがままなんて聞き流せばよいでしょうに!」
「済まない・・・・・・。だが泣きつかれては聞き流すのは酷だと思ってしまって・・・・・・」
そう言いながら困ったような顔をした父に、私はため息を返すことしかできなかった。
「父上、失礼に当たるかも知れませんが父上はこの天使庁の最高責任者でいらっしゃる方・・・・・・それだけでも十分周りから疎ましく思われてしまう上に、私は「天使」と「悪魔」という相反するものの間に生まれた存在であるという事実もついているのです。それらだけで妬み嫉みを多く受けていますのに、これ以上職権乱用して私をどうでもよい事で呼び出すのはお止めください!父上は私をどこにもいられない存在に仕立て上げようとなさっているのですか!」
怒りをぶつけた途端、案の定父は怒り始めた。
「そのような事を僕が本気でしようとしているとお前は思っているのか!?お前の事を僕はしっかりと大切にしている!お前のことを許さぬ奴がいるなら左遷してやると何度も言っているでは無いか!」
(そんな事をすぐしようとするからますます毛嫌いされるというのに!)
しかもそれを本気でできてしまう役職に父が就いているという事実が私を追い込んでいるのだ。
もうお分かりになっている方もいると思うが、私の父は天使長、ミカエル・サザンクロスなのである。
天使長の娘であるだけならば、まだ出世を狙う取り巻きが寄ってきていたかもしれない。だがそれもこれも全て母がぶち壊しているのだ。
「んもう、いいじゃない。私はこの天界では暇なのよ。少しぐらい構ってくれる人がいて欲しいから手伝ってもらっているのに、そんなにケンケン言わないでちょうだい」
「母上がそんな思考回路で物事を考えて行動を起こすから怒っているんです!母上は私を本格的に堕天させたいのですか?」
「あら、私はそんな事は少しも考えてはいないわ。・・・・・・でもその考え方もありねぇ。ミミンと同じように悪魔の道に進んでくれるのはお母さんは嬉しく思うわ」
「・・・・・・ああ、あなたはそういう人ですもんね。つまらない事で最初の結婚相手から脱走してきて様々な悪魔とやらかした経歴を持つ立派な女悪魔でしたよね母上は」
「褒め言葉をありがとうリナエル」
「全く褒めてなんかいませんよ」
こちらももうお分かりだろうが、母は人間界でも有名な女悪魔、リリスなのである。
どうして天使長である父と大悪魔である母が結婚するに至ったのかは現在でも天界一の謎となっているのだが、それによって生まれてきた私はかなり苦労させられた。おまけに、妹のミミンは天使ではなく悪魔として生きる事を選んでしまったため、ますます周囲の軽蔑心が増大していったのであった。
そんな私でも一応人並みの待遇が保たれているのは、|(自分で言うのもアレなのだが)私が周囲よりも優秀であるからだろう。|(もっとも、それもおそらく周囲から避けられる要因となっているのだろう。人の心とは大いに面倒くさいものだ)
「それで、私を呼び出した本当の目的は何ですか」
「いやあねぇ、目的なんてないわよぉ。ただ私があなたと遊びたかっただけなの」
「ハァ?」
ふざけんなそんなことがまかり通るくらいならこのバカ母を血祭りに上げてやる。
「リリス冗談はよせ。リナエルが本気で聞いてきている時に口を挟むな」
いや呼び出しに加担している時点であなたも私の信頼を無くしているんですけど。
「実は、今度入ってくる者たちのことだが」
本当の目的、本当にあったのか。
「教育係はお前に任される事になったんだ」
ほう、それは本当にバラしてよいことなんでしょうかね。
「まあ、お前は別の者が個別で付いたからアレだが、毎年の教育係は事前に本人に伝えるのが慣習となっていてな。特に今年度は担当者であるお前の関係者が入ってくるから、一応注意しておかなければならんのだ」
あーなるほど。読めた。
「要するに贔屓はするなという事ですね」
「そういうことだ。まあお前ならしないとは思うがな」
「承知しました。肝に銘じます」
「これで僕の用事は終わりだ。退出してよい」
「では、失礼いたしました」
これで部屋を出れば仕事に戻れる。ああ、これであのバカ母から
「ちょっとぉ、もっとゆっくりしていきなさいよ」
「私の仕事をこれ以上妨害しないでください」
そんなこんなで月日が経ち、あっという間に入庁式の日になった。
「とうとうこの日が来たな」
「はい。私も職務をしっかり果たします。いったんこの場を離れますが、またここへ戻ってきますので、そのときにはまたよろしくお願いします」
「うむ。それでは、教育係の役目をしっかり果たしてきなさい」
そして部署を離れるとき、ラジエルさんがこっそりと耳打ちしてきた。
『教育係となった者はよい出世をしている。もしかするといつか君のお父上のそばで仕事ができるかも知れないぞ』
お父さんのそば、ということはやはり高位官僚の立場だろう。あのポストぐらいになると出自に関係なく実力のみで位が判定されるのだから、普通なら嬉しいと思うところなのだろうが、お父さんの近くだと絶対にあの母が付いてくる。あの母に絡まれると仕事が全く進まなくなるからイライラすること間違いなしになるので、結構微妙だ。
だが今その地位を占めているのはお父さんの友人ばかりだ。あの人たちならどうなんだろうか。
会場に着くと、たくさんの人で会場が賑わっていた。
その中で、全く落ち着かない塊が黒と白の二つに色分けされている。
白い塊は、甲種合格者であり、天使の白い制服に身を包んだ新しい天使たちだ。
黒い塊は、乙種合格者として、死神の黒い制服に身を包んだ、これから下積みに入る将来の天使たちだ。
この塊の中で個人を見分けるのは難しい。だがこの中のほとんどの人たちは、きっと将来への期待に目を輝かせているのだろう。
私のときは居心地が悪くて仕方が無かった。周りが明らかに私を奇異の目で見つめ、私を一刻も早くのけ者にしたがっている気配で満ちていた。
式が始まれば、会場は一気に静まっていった。
お父さんの話も、ありきたりなのにしみじみと心に染み渡ってくる。
やはり私の父上だ、と胸を張りたくなった。
『次は、今年度の新入庁者の教育係を務める、リナエル・サザンクロスさんからの祝辞です』
案の定、会場がざわついている。私の存在は生まれる前から天界中で知られている。きっとこの中にも、私を軽蔑の目で見る人もいるだろう。
だが、私はその人たちを、今から話す内容によって治めてみせる。
「皆さん、今回皆さんの教育係を務める事となりました、リナエル・サザンクロスです」
ブーイングが出る事も想定内。
「皆さんの中には、私が指導することに異議を唱えようとする方もいるでしょう」
会場にどよめきが走る。
「確かに私は、天使長の娘であると同時に、天使と悪魔のハーフでもあります。ですが、私はそれに関係なく日々淡々と職務をこなしています」
会場のどよめきが大きくなる。
「この仕事を選んだ以上、たとえどのような上司が来ようとも、自分のやるべき事をこなさなければなりません。ですが、私は皆さんを教え導く立場として、仕事をするに当たって大切な事を皆さんにお教えします」
群衆が一気に私に怒りをぶつけようとしてきた。
「教育係である以上、私は皆さんに最良の方法を教えます。もし私よりも優れた方法があると言って別の方法を教えようとする人が出るかもしれません。その方の方法でやるのは止めはしませんが、もしそれで不利益を被っても私は擁護したり責任をかぶる事はしませんので、しっかりと心に置いていてください」
それまで騒いでいた会場は、一気に静まりかえった。
私は一礼し、元の席へと帰っていった。




