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2.気づき

 アファンタジアとはなんだろうか。ここではWebサイト、Aphantasia JPの『アファンタジアとは』から要約して紹介させていただく。

 2015年に提唱された概念であり、「実際に目の前にあるものや人の知覚は機能しているが、心的イメージの形成が難しい」特質のことをいう。この心的イメージとは、目の前にリンゴはない状況で「リンゴを思い浮かべてみて」と言われて、多くの人がリンゴの「視覚イメージ」を実際に思い浮かべるもの。アファンタジアの人の場合は実際に視覚イメージを思い浮かべることはほとんどない。


 なんとも不便なものだ。リンゴをイメージしろと言われてイメージできないのだ。リンゴを絵にかいてみろと言われたらどうするのだろうか。どうやら、リンゴの形や色は知識として知っているらしい。当たり前か。知らないものはイメージできないのはアファンタジア以前の話だもの。

 ともなればリンゴの絵を描くには、きっとまずはリンゴの形を描くのだろう。丸を書いて、上はへこませて、下は多少平たく描こうか。へたを曲がった線のように一本描いて、赤く塗ろう。


 おかしいな。


 リンゴを描く手順がイメージできただろうか、そして違和感を覚えないだろうか。

 あなたはどうやって絵を描いている。私はどうやって絵を描いている。

 なぜ、あなたは丸い輪郭を描いた。頭の中のリンゴが丸い形をしていたからか。リンゴは丸いからではないのか。

 なぜ、あなたは赤い絵の具を手にしたのだろうか。頭のイメージの色を作るために、最も近い色を取った。そんなことを言わないでくれよ。違うだろう。リンゴは赤色と知っているから赤い絵の具を取ったのだろう。


 きっとそのはずだ。


「あぁ、間違えていた。リンゴは青リンゴだった」


 あなたは今何をした。頭の中でリンゴとは別の青リンゴの視覚イメージを用意したか。

 それとも、頭の中のリンゴのイメージを緑色で上書きしたか。


 私は後者だ。

 そこで初めて私は自覚した。私の人の顔を覚えられないという不便。その原因の名は「アファンタジア」というらしい。


 どうやら、私は心的イメージを描けないらしい。いや、描けるんだけどなぁと思うところもあったのだが、どうやらこれは心的イメージではないらしい。確証はない。なぜなら私は、私しか知らないからだ。私が誰かに成り代わって、心的イメージを体感できればいいのだが、それができないというのがアファンタジアの難しさなのかもしれない。

 これが思い込みか、それとも本物のアファンタジアなのか。それを簡易に確かめる方法はないため、自身をアファンタジアであると仮定し考えていくと、様々な気づきが生まれた。

 私が視覚イメージと誤認していたもの。これを仮にプロンプトイメージとでも呼ぼうか。もしかすると、正確な名称があるのかもしれないが、私は知らないのでこれで許して頂きたい。

 一般的に、リンゴをイメージしてくださいと言われたとき、アファンタジアではない人は頭の中に画像を置くのだと思う。この画像がどれだけはっきりとしているのかは、個人差があると思うのだが、少なくともそこに画像はあるはずだ。

 私は、この画像の代わりに言語・非言語を問わずたくさんの意味的な何かが転がっているのだと思う。

 最近のAIになぞらえよう。AIに画像を生成させるとき、私たちは言葉で様々な要素を伝える。これをプロンプトという。指示文のような意味合いだ。アファンタジアでない人が頭に画像を置くのだとしたら、私はこのプロンプトを頭に置いているように思う。

 これをただの完成品と設計図の違いととらえるだろうか。違うのだ。断じてプロンプトは設計図ではなく指示文でしかない。そこには明確な違いがある。


「イメージしたリンゴの後ろには何があるだろうか」


 そこにイメージしていたものがあった場合、それが何かを答えるだろう。何もないのであれば無いと答えるだろう。プロンプトは違うのだ。このような背景だというプロンプトがないとき、背景が無いのではない。背景という概念そのものがそこには存在せず、背景があるとも無いとも言えないのだ。今のように聞かれて、そこで初めて背景という概念のプロンプトが付与される。背景が作られたり、背景が無いという事実が作られるのだ。


 これを意識してみると、これまで面白い体験をしていたことに気づく。

 心理テストをしたことがあるだろうか。正式に研究機関が行うようなものではなく、雑誌にはさまれたような、いわゆる俗な心理テストだ。


「木を描いてください」


 ここでは、実際に紙にイラストを描いたケースは除く。手を抜いて心的イメージでこれを行った場合を想定しよう。

 さて、頭の中に木をイメージしていただけただろうか。では続きといこう。


「葉っぱの色は何色でしたか」


 たった今私がてきとうに考えたものだ。そこに意味はないし、色が意味する何かを用意もしていない。ただ、色を聞いているだけだ。アファンタジアでない人はおそらく、作り上げた心的イメージを参照し答えてくれるだろう。カラーパレットを見せれば、より詳しいRGBまで知ることができるかもしれない。

 私は違う。このようなテストのとき、そもそも葉っぱの色というプロンプトが無いことがある。先ほども言ったが、枯れ木という話ではない。葉があるというプロンプトがあって、それでいて葉の色に関するプロンプトがない。そこまで考慮していなかった、というやつだ。

 このとき私は無意識のうちに、質問されてからプロンプトイメージに葉の色は○○であるというプロンプトを追記する。意識的ではないのだ。聞かれてから追記するというズルのような状態にもかかわらず、私はそれが普通だと思っていた。知らないゆえにズルをズルと思わない。あまり日常で体験できるものではないだろう。

 だれにも迷惑をかけないゆえに純粋に楽しめる、私が気付きにより得た面白い体験だ。

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