[09]楽園の手前
アルテミス発見!
城壁の入り口近くに倒れている――うん、この世界では浮くが、もとの世界では特に目立たない、紺色のブレザーを着た女。まちがいなくアルテミスこと荻原水姫だ。
アルテミスは気を失った状態で発見される。それをプレイヤーが運ぶのだが、この際に自宅へと連れていってはいけない。
自宅に入ると、王宮から”迎え”が来て、アルテミスは連王と出会ってしまう。
そうなったら終わりだ。
これを阻止するために、学園へと運び込む。
連王より密命を預かった俺は、臨時講師ながら学園内のマスターキーを所持している。本来は学長が管理しているのだが、調査の為に俺に貸し出している。
だから学園内、どの部屋であろうとも使いたい放題!
学園に運び込むまでは苦労はしない。ゲームの設定上、誰も気にしないようになっている。学園内に入ってからは苦労する――
人気のない倉庫。もちろん最初からここに運び込むことを決めていたので、腕や足を縛るロープも、体が動かなくなる麻酔薬も用意している。
俺は両手足の拘束に関しては、かなり自信があるほうだ。動けなくした人間を殺すのは、全力で逃げる人間を狩るのとはまた違う楽しみがある。あまり現実では言えないし、ネットに書き込むわけにもいかないけどな。
麻痺する薬を口に注ぎ、部屋を出て鍵をかけてから、寮にいる四人に「メモ」を渡す――そしてまた戻って来て、鍵を外して隣室で待つ。
続々とやってくる男子生徒四名。
「メモ」を見せ合って、倉庫へと入り、内側から鍵がかかる。
よし、完璧だ!
アルテミスは死ぬことはないので、放置しておいても大丈夫。そう、アルテミスは死を回避する能力を持っている。
これは死亡したラインハルトが原因。
彼が死ぬ間際にアルテミスに口づけをした。この口づけは”祝福”という特別な加護で、皇王が生涯ただ一人に与えることができるもの。
この加護を受けた物を殺害しようとすると、その者の身体能力値が五分の一低下するというもので。STRやAGIなどのパラメータが最低値スレスレになり、アルテミス殺害は不可能となる。
これにより井上スキルを手に入れていても、次回プレイでアルテミスを発見、即殺害することが出来ない。
この世界に来た当初は持っていないスキルであることだけは、はっきりしているので、ラインハルトと出会う前にアルテミスを発見しなければ殺害はできない……ということだ。
そんな無敵なアルテミスだが、エーリヒ率いるクズ共には「あてくしのみりょく」も通じず、主人公補正の代名詞「危機的状況でヒーローが助けに入る」も発動しない。
後者者の能力は、女性が作っているシナリオではまず発生しない。女性が書く恋愛物のヒロインを陥れた女の行く末を見たら明か。その上これはBL、女が助かるモードなど必要ない。むしろ女は滅ぼされる存在。
例外は無双にして最終兵器団長はアルテミスも殺害できる――あの団長、さすが神子の弟と言うべきか、アルテミスが貰った祝福も利かない。彼の能力値は一目盛りも下がることがない……実は五分の一になっているが、それでも目盛りが吹っ切れてるんだろう、そのように言われたりもするが、パラメータが確認できる範囲で上限吹っ切れているのは事実。
これからの攻略に役立ってくれている、エーリヒ率いるクズな彼らを放置して俺は王宮へと行き「異世界人の気配を学園で感じる」と団長に報告する(アルテミスが来た日、団長は必ず王宮にいる)団長は俺と一緒に学園へとやってきて……俺の案内により発見する。
エーリヒ以下クズ共がいようが、いまいが、俺には関係はない……どうやら立ち去ったようだな。そっか、そろそろ寮の点呼か。
団長はアルテミスを見て、俺の意見に同意してくれる。
「異世界人のようだな」
そして王宮へと持ち帰る――暴行された痕跡そのまま。
日夜放埒ながら仕事はしっかりとしている神子こと連王は、団長から言われてアルテミスを見る。暴行されたアルテミスに興味はないどころか、汚いものと認識。
「ちはや」
「はい」
「魔力を貸せ」
連王は神子だが魔力はない――神子だから”魔”に属する力を持っていないのではと、言われているが。
「かしこまりました」
さっさとこの女を元の世界に送り返そうとするのだが、アルテミスはディアーナという女名前の男と魂が結びついており、強制送還ができない。
いや、強制送還そのものは出来るらしいのだが、
「龍人が呼び出した女か」
違う意味で連王が興味を持ち、王宮に監禁して龍人ヴォルデモートをおびき出す――この名前ハリーなんとかという児童文学を思い出すが、魔法は廃れているので魔法使いはそんなに登場しない。箒に乗れるやつもいない。
ちなみにBWでハリーといえば王宮図書館の司書。初期に攻略した、ちょろい眼鏡だ。
アルテミス隔離ルートに進んだので、俺はゲルハルトを殺した犯人を連王に報告。証拠の品も提示して、団長が騎士団員を連れて学校へ。
俺は牢獄に捕らえられている生徒を解放するために地下へ。放置しておいても大丈夫なんだけど、後まわしにして忘れたら面倒が起こるから。
彼らに冤罪は晴れたこと、学園復帰を約束。
「私の推理が間違っているとでも!」
ティナに目を付けられるが、牢獄は空にしておかないと、死亡フラグキャラクター「ヨカナーン」が出てこないので仕方ない。
さあ! 天狗に乗って巡回裁判官を捜しに行こう! 本当は今すぐ捜しに行きたいのだが、一度家に戻り旅の支度を整えてからでなくては。
スキルを手に入れたらまずは御坂を――
「お前のせいで! お前が学園に来たから!」
曲がり角から刃物を持った男が現れ……妹大好きな男じゃないか。
刃物に魔法をかけて、炎を纏わせて俺に振り下ろしてくる。
肩から胸にかけて熱が走った……死んだな。
「取り押さえろ!」
「団長は……」
そうだった。妹大好き兄、好感度下げるために妹を連王に勧めると、刃物持って襲いかかってくる――その前に対処しておかないと駄目だったことをすっかりと忘れていた。
井上スキルに気を取られて……ちっ……俺、回復魔法の達人なんだが、自分の傷はなおせな……
「おはようございます、ちはや様……どうなさいました?」
召使いのリリーが濃い青のカーテンを開くと、窓から朝日が射し込んでくる。なかなか起き上がらない俺を心配して、リリーが覗き込んでくる ――
「おはよう、リリー」
せっかくアルテミスを排除したのに、その日のうちに死ぬとは。
でも文句は言わない。だって俺は連続殺人者。きっと俺が殺した中には、明日を楽しみにしていた人もいたはず。だから俺も殺されたって文句はいわない!
俺が殺した人には、結婚式直前(二日前)の人もいた。その二人、不倫の果ての略奪婚で、俺が殺した男の元奥さん、自殺したという過去が暴かれて、妊娠六ヶ月の悲劇の花嫁が一転、自業自得ザマア! 状態に。俺は元奥さんの親族が依頼した必殺仕事人とかテレビで騒がれたけど、もちろん依頼なんてされてない。
略奪者花嫁は元奥さんと同じように縊って自殺したものの、発見が早くて死にきれなかった……けど後遺症で全身麻痺になっちゃって、生まれてきた子供も同じく麻痺状態だって。その辺りで別の殺人事件が話題になって、情報は途絶えたけれども。今頃どうしているんだろう――積極的に知りたいとは思わないし、ゲームの世界にいる俺にはどうすることもできないが。
でも凄いよな。通りすがりで殺した俺ですらびっくりするような情報が、希望していないのに手に入るんだから。
さて、一からやり直しだけど、きっとエリートクズは今回も頑張ってくれるはず!
エーリヒとクズな仲間たちを捜し出す間、恋愛パートに煩わされたくないので、妹大好き兄を連王に押しつけ、アルテミスが来るまで時間を稼ぐため、今度は妹を連王にあてがう。
女をあてがうのは簡単。連王は愛人を一人失うと”女の”愛人を三人追加という、二名増政策を採ってくれるので。
ゲルハルトが死んでから追加が来ていなかったので、そこへ「可愛い女子学生いるよ」と押し込むのだ。
1・妹が連王の愛人(どうみても性奴隷ですがね)になると、兄が殺意を持つ
2・井上スキルがない状態では兄の攻撃をかわせない
3・兄は一時王宮に出入りしており、現在も出禁になっていないので易々と侵入できる(そのため、妹の現状も分かる)
4・団長が四人のゲルハルト殺害犯を捕まえにきた時、混乱に乗じて寮を抜け出す
分かっていたんだけどなあ。井上スキルに気を取られて過ぎていた。今回はしっかりと対策を取ろう。
気を取り直して学園攻略へと向かう。
ゲルハルトはワスラン侯子と同じく死亡すると甦ってはこない、セーブデータをロードすると既に死亡状態でゲームが始まる。
王宮へと向かい、念写撮影した写真を受け取り、臨時講師として赴任。
ティナという名のパッシブスキル推理は、もちろん付きまとってくれている。
学長から鍵を、保険医にパッシブスキルを押しつけてから、さきほどアルテミスを監禁した倉庫へと行き、一度目と同じく監禁道具を隠し置いて準備完了。
学長から渡された名簿で生徒会役員の名を調べて近付き、親衛隊の名を手に入れる。
その後、女子生徒に話を聞いて歩き――今回の妹はちょっと強気なショートカットの少女で、兄は目立たない男。
女子生徒全員に話しかけると親衛隊の一人が声をかけてきた。
よし、こいつが一人目だな。
授業中、誰もいない教員室で女性教員の机を漁って、エーリヒが強請っている確証を……よし、あった! 女性教員のあられもない姿。さすがエリートクズ。今回も強請り調教、ご苦労さん。
教員室に人がいないのは、教員も犯人の可能性があると設定されていたため……おっ! 魔法基礎を教えている教員の机引き出しに女子生徒の盗撮写真発見!
これも間違いなくクズ! 据え膳食わぬは男の恥とか自己弁護して強姦するタイプだ! アルテミス無力化部隊に是非とも参加していただこう。
女性教員に当人の恥ずかしい写真を見せ、エーリヒの犯行と確証を得る。
ここまでは簡単なんだが、あとの一人が難しい。その間にも連王が女に手を出して孕ませたりすると困るので、目立たない兄を王宮と俺の連絡係に任命して、用事はないが頻繁に学園と王宮を行き来させて好感度を上げる。前回と同じ策だが、今回は対策を万全にする――
妹好きキャラクターに殺されない方法は幾つかある。
一つは当然無視すること。連絡係に使わなければ、王宮に立ち入ることもできないので、妹を連王に勧めても殺せない。
二つ目は井上スキルで殺害すること。井上スキルさえ手に入れば、妹好きキャラクターを殺すことも可能だが、現時点ではそれができない。
スキルがなくても殺せるのではないかと、この世界で二回目になった時に試したことがある。結果は自宅にある刃物を持って大通りで振り回すことはできたが、人を殺すことはできなかった。この俺が人を殺せないということは、ゲーム内で制約があるという証拠とも言える。
三つめは妹を連王に薦めないこと――だが、妹好きが連王に陥落したらそれでエンディング。アルテミスが中々現れない場合を考えると、それもできない。
二つ目と同じく井上スキルさえあれば殺害できるのに! シルヴィアは抱かれた奴のみ殺害で、抱かれたら即エンディングの相手には能力を発揮できないのが辛い。
四つめが取るべき策――
「ミッターマイヤーさん」
「ちはや殿」
ティナという厄介な生き物がまとわりついている保険医に話しかける。本当の目的は、
「もう降参ですの?」
ステープラーなウザイ女……ではなく、ティナだが、このツインテールは俺に敵対心を持っているので、話しかけても無視する。自分から話しかけてきた際に俺が無視すると怒るのだが。
だから俺はミッターマイヤーに話かける。
それを盗み聞き――となりに居るのだから聞こえて当たり前だが――したティナが、勝手に犯人だと判断して【妹好きの兄】を捕まえる。
要するに冤罪で捕まってもらう。俺は捕まえないよ、ティナが捕まえるだけだよ。
最初から目立たない兄を捕まえてくれと言っても駄目。
ある程度ミッターマイヤーと信頼度を上げ、こちらの話を聞いてくれるようしなくてはならない。信頼度は話しかけることで上がる。信頼度が上がると、ティナが犯人だと思っている生徒を教えてくれる。その犯人説を論破して……ティナに益々ライバル視され、必要ないのだがミッタマイヤーの俺に対する信頼が上昇する。
面倒だが井上スキルを手に入れるまで。
それさえ手に入れたら、こんな鬱陶しい推理キャラクターなんて即座に処分だ。俺はシルヴィアと一緒に破滅でもなく、恋人もできず、友情すらないオンリー・ロンリー連王エンディングを迎えて……もしかして、それが真のエンディングか? いや、待て、待て……
今回は出来る限り恋人を作らず、無為に時間だけが過ぎるようなプレイにしてみるか。
妹好き兄の恋愛パラメータが危険区域間近になってきたので、妹を連王に推薦して性奴隷にしてもらってエンディングフラグを折ってから、シルヴィアに”妾のシーラ女が身籠もった”と、ティナに”王宮内殺人事件の犯人は、出入り自由な学生らしい”偽りの情報を流して、逮捕してもらうことにしよう。
シーラ、お前という犠牲は忘れない――そしてまた、犠牲になってもらう。
街中を探索してアルテミスを発見。それにしてもこいつ、毎回同じ体勢で倒れてるな。
こいつは死なない設定だから、監禁放置しても平気だろう。
えーと、後一人、後一人。この情報からすると……あー牢獄に捕らえられてるな。
なんでよりによって、女好きを犯人として牢獄につなぐんだ馬鹿探偵。たしかに犯罪者だが、今は必要なんだよ。
仕方ないなあ、冤罪を晴らしますか。
ゲルハルトを殺害した四人をアルテミス無効化前に逮捕してしまうと、彼らが襟を正してしまって暴行しないので、あくまでも暴行→逮捕と手順を踏まなくてはならない。
奴が無罪であることを証明できたのは、アルテミスを捕らえてから二日経過していた。今朝も元気そうだったので、今日の夜までは持つだろう。
苦労したんだから、エーリヒと共に役に立ってくれよ【魔法使いのイスラ】